紅魔女中伝   作:ODA兵士長

44 / 55
少し投稿遅れました、、、申し訳ありません。
理由としては、今回少し長めなのと、リアルで忙しいせいです()
次話投稿も遅れるかもしれません。
気長に待ってやって下さい。。。

それでは本編、どうぞ。

あ、今回だけはオリキャラ注意です。




第40話 剣術を扱う程度の能力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

「入っていいわよ」

「失礼します、お嬢様」

 

 ドアを開け、そう言いながら一礼する。

 そして私は時を止めると、紅茶を用意した。

 お嬢様は椅子に腰掛け、その様子を驚くことなく眺めていた。

 

「ありがとう、咲夜」

「いえ、これが仕事ですから」

 

 ––––萃香との戦いから3日が経った。

 次の宴会は、まだ行われていない。

 それは、異変と呼ぶには静かで騒がしすぎる宴会騒動の終焉を表していた。

 もう萃香は、人を萃めていないのだろう。

 

「痛ッ……」

「大丈夫ですか?」

「ええ。ちょっと痛んだだけだから」

 

 ––––萃香との戦いを終えたお嬢様の体は重傷だった。

 吸血鬼特有の再生能力も、お嬢様の体力が戻りきっていないためか中々使えないようだった。

 恐らく萃香は相手の力すらも散らすことが出来るのだろう。

 そうでもなければ、お嬢様の体はとっくに元通りの筈だ。

 

「……やっぱり、安静にしていた方がよろしいかと」

「平気だって。咲夜は心配性ね」

「私は別に––––ッ」

 

 それでも全身の骨がグチャグチャになっていたあの状態から3日でここまで回復するのは流石と言ったところか。

 そんなお嬢様の状態もあり、この前の宴会は即中止になった。

 詳しいことは分からないが、私たちが戻る前には既に宴会どころでは無かったらしいが。

 なんでも、八雲紫が西行寺幽々子の逆鱗に触れたとか––––

 

「さくやー、いるー?」

 

 お嬢様のティータイム中に、突然部屋の扉が開く。

 

「こら、フラン。ノックもなしに人の部屋に入るもんじゃないわ」

「あ……ごめんなさい、お姉様」

「次から気をつけなさい」

「はい、お姉様…………あ、それでね咲夜!」

「全くこの子は……」

 

 お嬢様は頭を抑えて小さな溜息を吐いた。

 

「どうなさいましたか、妹様?」

「お客さんだよ」

「お客様……ですか? どうして妹様が……」

「美鈴のお仕事手伝ってるの!」

「はぁ……なるほど?」

 

 いまいち理解は出来なかったが、客が来ているというのは本当なのだろう。

 半ば強引に、妹様は私の袖を引っ張っている。

 お嬢様に目配せすると、呆れながら小さく頷き行くことを許可された。

 失礼しますとだけ言い残し、私は妹様に連れられるがまま外へと向かった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

フランがレミリアの部屋に行く少し前のこと。

 

「めーりん、起きてるー?」

「おや、妹様。どうなさいました?」

「遊ぼッ!」

 

 フランは門前の美鈴の所へ来ていた。

 館内では完全に自由が許された彼女に、もはや地下室に引きこもる理由などなかった。

 好奇心が旺盛な彼女は、次々に新たな場所へと向かう。

 そして最近、彼女の中で流行りの場所といえば此処だった。

 

「妹様……私だって、その……一応ですが、仕事中なんですよ?」

 

 お姉様は少し怖い。しかも今は怪我をしている。

 咲夜は仕事が忙しそうだから迷惑かけたくない。

 パチュリーは本読んでばっかで面白くない。

 小悪魔は私にビビりすぎ。

 ぶっちゃけ、フランにとっては美鈴が1番"都合のいい"相手であった。

 

「えーいいじゃん」

「いやいや、流石に……」

「じゃあ私も美鈴の仕事手伝う!」

「へ……?」

 

 美鈴は呆気にとられていた。

 

「いいでしょう? どうせ暇だし」

「あはは……妹様が、それで良いのなら」

「なら決まりね! 何すればいいの?」

「うーん。とりあえず、寝なければ何でも––––「ねぇ美鈴」

 

 フランが言葉を遮る。

 そしてある方向を指さしながら言った。

 

「誰か来るよ……?」

 

 美鈴は、こちらへ向かって来る少女のことを見たことがあった。

 萃香と戦う彼女の姿を。

 その少女とは––––

 

「はじめまして、魂魄妖夢と申します」

 

 鍛え上げられた剣捌きと隙のない足捌き。

 どれを取っても超一級品である彼女の剣技は、美鈴の目にも焼き付いていた。

 確かに萃香に負けはしたが……それでも彼女には実力がある、そう美鈴は思っていた。

 

「十六夜咲夜さんは、いらっしゃいますか?」

「居ますけど……」

「呼んでいただけますか?」

「いや、どうして……」

「私、呼んで来てあげるよ!」

「え、ちょ、妹様!?」

 

 フランは元気よくそういうと、美鈴の声を聞くことなく館の中へと駆けて行った。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「めーりん、連れて来たよ!」

「……客って、妖夢だったのね」

 

 妹様に連れられて門前へと向かうと、美鈴と共にそこに居たのは妖夢だった。

 

「出て来てくれてありがとう、咲夜」

「貴女だと分かっていれば出なかったかもしれないけどね」

「あはは……つれないなぁ」

「それで? 私に、用でもあるの?」

「うん」

 

 妖夢は、静かに背中の剣に手を掛けた。

 

「––––私と戦って欲しいの」

 

 そして私へ鋭い眼光を向けながら、そう言った。

 しかし私が感じたのは、戦慄でも恐怖でもなく––––

 

「………え、また?」

 

 ––––ただの呆れであった。

 

「今までの私と同じにしないで!」

「……この間貴女のことを見てから、3日よ? そんなにすぐ変わるものなの?」

「変わるよ……私は、変わらなきゃいけないんだ!」

 

 妖夢の目は真剣そのものだった。

 妖夢は刀を抜くと、私に向けて構えた。

 そばにいた美鈴は少し心配そうに、そして妹様は嬉々として私たちの様子を見守っていた。

 

「……そう言えば、その剣、直ったのね?」

「直ったわけじゃないよ」

「……?」

「これは楼観剣であって、楼観剣じゃない。前と同じだと思ってたら––––」

 

 妖夢が剣を振るう。

 しかしその刃渡りでは到底届く距離ではない。

 弾幕か?それとも斬撃が飛んでくるのか?

 私は念のため構えたが、特に変わった様子もなかった。

 しかし––––

 

「……かはっ!?」

「––––痛い目見るよ、咲夜」

 

 私は謎の呼吸困難に陥っていた。

 突然、息が出来ない。

 そして極端に凍える寒さと、恐ろしいほどの沈黙が訪れた。

 私の耳に届くのは、骨を伝って聞こえる、私の息を吐く音、筋肉の収縮音、そして心臓の鼓動だけだった。

 

「はぁっ! はっ! な、何をしたの!?」

 

 数秒すれば、その異常な現象は収まった。

 今は呼吸もできるし、体感温度もいつも通りだ。

 

「私に勝つまで、教えてあげない!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ごめんあそばせ〜〜」

「ゆ、紫……ッ!」

「そんなに怖い顔をしないで下さいな」

 

 あの宴会から一夜明け、西行寺幽々子の住まう冥界にも日が差し込んでいた。

 花が散ってしまった桜も、既に緑に染まり始めている。

 そんな白玉楼に来客が1人。

 スキマを開いて顔を出す、八雲紫の姿がそこにはあった。

 

「私はまだ、貴女のことを許したわけじゃ……!」

「今日は責任を取りに来たのよ」

「責任……?」

「少し、お邪魔するわね?」

「ちょっと、待ちなさいよッ!」

 

 幽々子の制止は耳に入らず、紫はそのままスキマに消えて行った。

 紫の向かった場所は想像がつく。

 しかし彼女が何するのかは、幽々子には分からなかった。

 だが––––幽々子はそこへ向かわなかった。

 きっと紫には考えがある。

 たしかに彼女への怒りは今でも抑えられないが、長年を共にしてきた信頼はある。

 幽々子は、紫に全てを任せることにした。

 

「さて、お茶でも淹れようかしら」

 

 何十年、何百年ぶりに––––幽々子は自ら茶を沸かした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「…………」

 

 私は1人、部屋で正座していた。

 目の前には恐らく幽々子様が作った朝食が置かれている。

『仕事はしばらく休みなさい』という一枚の手紙と共に。

 

「…………」

 

 少し焦げている卵焼き、少し多めに盛られたご飯、そして豆腐とワカメの入ったお味噌汁。

 見た目が多少悪くても、品数は少なくても、幽々子様の手料理はとても美味しそうだった。

 それでも私はその食事に、手をつけることができなかった。

 今は何も、喉を通りそうにない。

 

「––––ひどい顔してるのね」

「ッ!」

「ごきげんよう、妖夢ちゃん」

「……紫様」

 

 私の声は、今にも消えそうだった。

 

「貴女と萃香の戦いは、ずっと見ていたわ。私は他の4人よりも、貴女の戦いを見ていたの」

「あんな、恥ずかしいところ……」

「––––貴女の戦いは素晴らしかったわ」

「……え?」

 

 耳を疑い、紫様の顔を見つめた。

 紫様は優しい顔をしていた。

 

「私の、どこが……」

「貴女は一度も背を向けなかったわ。たとえ相手が自分より強大で勝つ見込みが無くても、常に貴女の目は萃香を捉えていた」

「…………でも、それは」

 

 ––––みんな一緒だ。

 レミリアさんや霊夢はもちろん、咲夜や魔理沙だって立ち向かっただろう。

 そして風の噂では私以外は萃香に勝ったと言う。

 どう考えたって、ただ私が––––

 

「––––私が弱いだけだ。なんて、考えてるのかしら?」

「ッ……」

「貴女は強いわ。それを貴女が気付いてないだけ」

「そんなこと……ありません」

「……ところで、貴女はあの刀をいつまで折れたままにしておくつもり?」

「え……?」

「直さないのかと、聞いているのよ」

「……な、直るんですか!?」

「そんなの、当たり前でしょう? 刀なんだから、打ち直せばいいのよ」

「で、ですがその刀は––––」

 

 妖怪が鍛えた刀––––楼観剣。

 それは只の日本刀ではなかった。

 お師匠様から受け継いだその一振りは、斬れぬものなどあまりないと言われる伝家の宝刀。

 その辺りにいる刀鍛冶には扱えない代物である。

 

「貴女の言いたいことは分かるわ」

 

 そんなことは紫様だってご存知だろう。

 しかしその刀に関して、紫様しか知らないことが1つあった。

 

「付いて来なさい。ある妖怪を紹介するわ」

「……妖怪?」

「そう、妖怪」

「それは一体……何者なんですか?」

 

 私は恐る恐る紫様に尋ねる。

 

「––––来れば分かるわよ」

 

 そう言って紫様はスキマを開いた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あの……一体どこに?」

「まあまあ、もうすぐ着くから」

 

 紫様は少し微笑んでそう言った。

 なんだか考えがあるような、それこそ皆の言う"胡散臭い"といった笑みである。

 

「…………」

 

 そこは魔法の森の奥。

 霧雨魔理沙やアリス・マーガトロイドが住んでいる森だが、森の奥は瘴気が深く、とても住めるような環境ではない。

 見たこともない植物が生い茂り、瘴気の霧で視界が悪い。

そこは、とても不気味だった。

 

 …………別に、怖いわけじゃないよ?

 

「さあ、見えてきたわ」

 

 紫様がそう言って指差す先に、ポツンと小屋があった。

 まるで人の気配は無いが、私たちの目的地はその小屋らしい。

 

「こんなところに、住んでる人なんて––––」

「いるわッ!」

「ひゃあッ!?」

 

 突然後ろから現れた1人の少女。

 私は驚き、変な声を上げてしまった。

 

「どんなところでも、住めば都なんじゃよ」

「す、すみません……」

「––––ところで、懐かしい顔が居るもんじゃのぉ」

 

 少女は紫様を睨むように見ながらそう言った。

 少女の口調はまるで老婆のようだが、見た目だけで言えば霊夢達と変わらない程に見える。

 透き通った金色の長い髪が特徴的な、色鮮やかな扇の柄が入った紺の着物を身につけていた。

 後で聞いたのだが、その少女の名は、立烏(たちえ)鈴鹿《すずか》。

 そして、別の名を––––

 

「久しぶりね––––"武器"の鈴鹿」

 

 例えば萃香が"技"の萃香と呼ばれるように、鈴鹿にも二つ名というものがあった。

 それだけ名の通った、強い妖怪であるという証。

 そして彼女にもまた、二本のツノが生えていた。

 

「ヒャッヒャッヒャッ! その名を覚えているのも、地上じゃあんなくらいじゃろうて」

 

 豪快に笑うその姿は、私にとっては不気味でしか無かった。

 そしてその姿は萃香と被り、私の中のトラウマがフツフツと湧き上がる。

 

「して、紫。お主が来るということは、また面倒な事でも持ってきたのかい?」

「いやねぇ……私をトラブルメーカーみたいに言わないで?」

「とらぶるめぇかぁ? なんじゃそれは」

「超絶美少女って意味よ」

「お主は頭が湧いとるのか? それとも言葉が不自由なのか?」

「酷いわねぇ……まあ、今日は大した面倒事じゃないわ」

「お主が来る事が、1番の面倒事なんじゃがのぉ」

 

 紫様は扇で口元を隠しながら笑う。

 鈴鹿は呆れたように溜息を吐いていた。

 

「それで、何の用じゃ?」

「なんだかんだ言いつつも、応えてくれる貴女が好きよ」

「黙れ。早く用件を言わんと、儂の気が変わるぞ?」

「ふふふ……妖夢、アレを出しなさい」

「え、あ、はい!」

 

 紫様の言うアレとは、恐らく楼観剣だろう。

 私はそれを直すためにここへ来たのだ。

 

「む……それは……」

 

 刃の中ほどでポッキリと折れてしまったそれを、私は鞘とは別に包んで持って来ていた。

 その包みを開き、刀の柄が姿を表すと鈴鹿は驚いたように目を見開いた。

 

「まさか……楼観剣か?」

「この剣を、知っているのですか?」

「知っているも何も––––それを打ったのは儂じゃよ」

「……えっ!?」

 

 妖怪が鍛えた楼観剣。

 ならば、楼観剣を鍛えた妖怪がいても何も不思議ではない。

 そうだ、この刀だって誰かの手で生み出されたものなのだ。

 そして生み出した誰かと言うのが––––

 

「この剣を直して頂きたいのよ、鈴鹿」

「直す……? おおう、これはまた盛大に折れとるのぉ」

「直るかしら?」

「ああ、もちろん。しかして、この剣をこうも折ってしまうなんて、一体何があったんじゃ?」

「ふふっ……貴女も知ってるわ」

「ほぉ?」

「その剣を折ったのは––––萃香よ」

「……おおう。これまた、懐かしい名前じゃのう」

 

 鈴鹿は少し嬉しそうに微笑んでそう言った。

 しかしすぐに厳しい表情に変え、鋭い目つきで私を睨みつける。

 

「この剣は、到底彼奴(あやつ)に折れるものではない」

「ッ……」

「お主に、この剣を持つ資格があるのか?」

「それは……」

 

 ある、だなんて言えなかった。

 こんなに弱い自分が、楼観剣に見合うだなんて思えなかった。

 

「お主は、この楼観剣では絶対に斬れないものを知ってるのか?」

「絶対に斬れないもの……?」

「……そうか。それが分かったら剣を取りに来い」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ただいま帰りました、幽々子様」

「お帰りなさい、妖夢。お夕飯(ゆはん)にしましょう?」

 

 白玉楼へ戻れば、既に食事の用意がされていた。

 幽々子様の作った、温かい食事だ。

 申し訳なさと嬉しさが混じりあった複雑な気持ちのまま、私の目には軽く涙が浮かんでいた。

 そして幽々子様の手料理を頂きながら、私は幽々子様に尋ねた。

 

「幽々子様……」

「なぁに、妖夢?」

「楼観剣に絶対に斬れないもの……って、ご存知ですか?」

「…………ふふっ」

「??」

 

 幽々子は少し驚いたような顔をして、それからクスクスと笑い始めた。

 私の理解は追いつかない。

 

「ああ、おかしいわぁ」

「な、何か変なことを言いましたか?」

「いや、そうじゃないのよ。昔、全く同じことを尋ねられたものだから。なんだかおかしくなっちゃって」

「同じことを……?」

「ええ、妖忌にね」

「……お、お師匠様に?」

「そうよ。もう随分と前の話だけれどねぇ……貴女、鈴鹿に会ってきたのね?」

「鈴鹿さんを知っているのですね」

「ええ、もちろん。とても力のある妖怪ですから」

「そのようですね……威圧感というか、雰囲気だけで圧倒されちゃいました」

 

 鈴鹿さんの鋭い目付きは、今でも目に焼き付いている。

 思い出すだけで背筋に悪寒が走るほど。

 

「……そ、それで幽々子様」

「なにかしら?」

「幽々子様はご存知なのですか? 楼観剣に斬れない物を……」

「…………」

 

 ふんわりとした優しい笑顔の幽々子様が、少しだけ真剣な眼差しで私を見つめた。

 心臓がグッと掴まれたような苦しさが胸を襲う。

 

「それは、貴女が考えないとねぇ––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「悩んでるみたいねぇ、妖夢」

「ええ、誰かさんのおかげでね」

「でも、その誰かのおかげで、立ち直れるかもしれないのよ?」

 

 夜も更け、空には欠けた月が浮かんでいた。

 少し酒を飲みながら、紫と幽々子は月を眺めていた。

 

「そもそも、妖夢が落ち込んだのは誰のせい?」

「あら、それは萃香じゃなくて?」

「……まあ良いわ。にしても、鈴鹿ってまだ生きてたのね」

「そうそう死ぬような輩じゃないでしょう?」

「たしかに、そうねぇ……」

 

 幽々子は酒を一口、喉に流した。

 だけど、と言葉を続ける。

 

「なんだか懐かしいわね。妖忌のことも、思い出したわ」

「そう……」

「貴女は、楼観剣に斬れないものって何だか分かる?」

「……私にあの剣を扱う実力も資格もないわよ?」

「ふふっ……そうよねぇ。私も」

 

 幽々子はクスクスと笑った。

 

 

 ––––さて、妖夢はどんな答えを見つけるのかしら?

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「んん……」

 

 眠れなかった。

 どうしても考えてしまう。

 楼観剣に斬れぬもの……それは何か?

 

 形あるものはいずれ壊れる。

 だからおそらく……形のない何かだ。

 ……でも空気は斬れる。雨だって雲だって、時間さえも斬れてしまう。

 もちろん今の私にはそれらは何一つとして斬れないが、お師匠様が斬れると言っていたし、実際に目の当たりにだってしている。

 

 だからこそ、分からない。

 私の思いつくものなど、全て斬れてしまうように思える。

 そもそも、たとえ斬れなそうな物を思い付いたとしても、それを証明する手段がない。

 本当にそれが斬れぬ物なのか、私には判断ができないのだ。

 

 ––––本当に私は未熟だ。

 半人前などとよく言われるが、否定できたものじゃない。

 私には何にも力なんてないし、凄いのは私じゃなくて楼観剣なんだ。

 もう、私が剣を振る意味なんて––––

 

「……なんだろう?」

 

 違和感を感じた。

 

「どうして、私……」

 

 ––––泣いてるのだろう?

 

 私の頰には一筋の涙が通っていた。

 何故か?

 分からない。

 いや、違う。

 忘れていたんだ。

 

「––––私はいつから、自分の為に剣を振るうようになったの?」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……あら?」

「おはようございます、幽々子様!」

「妖夢、貴女はまだ休んでいて––––「いえ、大丈夫です」

 

 私は朝食を作る為に台所にいた。

 そしておそらく幽々子様も、昨日の様に朝食を作る為にいらしたのだろう。

 ––––そんなことさせちゃあ、従者失格だね。

 

「私はもう、大丈夫ですから」

 

 私は元気いっぱいに微笑んで見せた。

 幽々子様は少し驚きながら、それでも嬉しそうに笑みを返してくれた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ほぅ……いい目をするようになったのう」

「……ありがとうございます」

 

 ホッホッホッと高笑いをする鈴鹿に向けた妖夢の目に、不安の色はなかった。

 ただ真っ直ぐに、鈴鹿の目を見つめる。

 

「さて……それじゃあ、お主の答えを聞こうか?」

 

 鈴鹿は楼観剣を鞘から抜く。

 そして妖夢に向けて構えた。

 対する妖夢は、剣など構えない。

 腰に携えた白楼剣には手を触れず、丸腰のままジッと鈴鹿を見つめる。

 妖夢に不安や迷いは無かった。

 

「私の答えは––––」

「いざ、尋常に……ッ!」

 

 鈴鹿の剣が迫る。

 妖夢は動かない。

 そしてそのまま、楼観剣は妖夢の身体を––––

 

 

 

「––––幽々子様をお守りする。その、信念だけは絶対に斬れません」

 

 

 

 鈴鹿の楼観剣は、妖夢の胸の前で止まっていた。

 

「……何故避けなかった?」

「斬られない自信があったので」

「例えその信念とやらが斬れなくとも、お主の体は斬れてしまうかもしれぬじゃろ?」

「––––いや、斬れません」

「何故そう言い切れる?」

「それは…………」

 

 妖夢は鈴鹿の瞳をジッと見つめて、軽く微笑んだ。

 

「鈴鹿さんは、ずっと私の目を見ていましたから」

「…………」

「一度も斬る場所に視線を移すことなく、ずっと」

 

 鈴鹿も、妖夢の瞳を真っ直ぐに見つめていた。

 

「ホッホッホッ、合格じゃよ」

「……!」

 

 そして鈴鹿も笑う。

 その目はとても優しいものだった。

 鈴鹿は楼観剣を鞘に納める。

 

「それじゃあ、この剣はお主のものじゃ」

「や、やった……!」

「––––じゃがな」

 

 楼観剣を妖夢に手渡す直前で、鈴鹿は再び妖夢を睨み付けた。

 

「問題は不正解じゃ。この楼観剣、相手の気持ちなど簡単に斬れるわ」

「え……?」

「じゃが、鬼に二言はない。この剣はお主のものじゃよ」

 

 そして鈴鹿は、押し付けるように妖夢へ楼観剣を託した。

 妖夢はそれを受け取ると、いつものように背中に背負う。

 

「お世話になりました」

 

 そしてお辞儀をして、妖夢は立ち去った。

 その背中を、鈴鹿はとても嬉しく、誇らしく、そして懐かしく感じていた。

 

「…………覗いとるんじゃろう? 紫や」

「ふふっ……御機嫌よう」

「面白いのう。まさか"同じ事"を言われるとは思わんかったわい」

 

 

 ––––幽々子様をお守りすると決めたこの信念、斬られる訳がないッ!

 

 

 かつて、1人の男に言われた言葉を、鈴鹿は思い返していた。

 

「そういえば、楼観剣にはどんな"謂れ"があるの?」

 

 鈴鹿には彼女を"武器"の鈴鹿と言わしめる能力があった。

 それは––––武器に謂れを与える程度の能力。

 ここでの『謂れ』とは、その武器を特別なものへと昇華させるものである。

 

「あれはただの日本刀だよ」

 

 鈴鹿はニヤリと口角を上げる。

 

「ちょっとばかし、斬れ味が良いだけさ」

 

 

 

 ––––斬れると思うものが斬れる程度の能力。

 

 それが楼観剣の『謂れ』である。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「くそッ、負けたぁ!」

 

 大の字になって寝そべる妖夢。

 しかし、妖夢の体に傷はない。

 表情も晴れ晴れとしている。

 

「貴女……一体何があったの?」

 

 勝負には勝った。

 なんとか隙を突いた私が時間を止め、妖夢にナイフを突き立てる事で決着に至った。

 しかし、私の身体はボロボロだった。

 

 この戦いでは、常に私は時を止めさせてもらえなかった。

 妖夢は"空気"を斬った。

 すると一瞬だけ、私は真空へと送られる。

 そしてそこは、私の操れる空間ではなくなった。

 空気を斬られると、もちろん呼吸は出来ないが、それと同時に能力を封じられた。

 私の能力は"空間"に大きく関係している。

 空間が他者のものになってしまったあの瞬間だけは、私は能力を行使出来ないのだ。

 

「何もないよ。ただ、楼観剣を直してもらっただけ」

「……」

「でも、咲夜には敵わなかったなぁ」

 

 妖夢は立ち上がると、笑顔でそう言った。

 たしかに、この勝負には何とか勝てた。

 しかし……これからも勝ち続けられるのか?

 私には不安だった。

 

「ありがとう、咲夜。またね」

「……ええ、また」

 

 ––––妖夢は強い。

 それは初めて会った時から思っていた。

 その強さに、己自身で気付いたということだろうか?

 対峙している妖夢の瞳は、いつもと違うものだった。

 

「咲夜!」

 

 立ち去る妖夢が、突然振り返って私の名を呼んだ。

 顔を上げて彼女を見ると、満面の笑みで私に言う。

 

「私、自分の剣を信じてるから! だから貴女よりも速くなるわ!」

 

 ––––自分の剣を信じなさい。そしたら貴女は、もっと速くなる。

 

 私が彼女に言ったことだった。

 そして実際、私よりも"速く"なりつつある。

 

「次は負けないからね!」

 

 妖夢はそう言って飛び立って行った。

 

「きっと気付いたんですね、彼女」

 

 そばで見ていた美鈴が、妹様の手を引きながら私に歩み寄りそう言った。

 

「強くなることは過程であって、目的ではないです」

「……」

「咲夜さんは、何のために強くなろうとするんですか?」

「……そんなの、お嬢様を殺すために決まってるでしょ」

 

 私は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。

 そしてその呟きは、夕日に溶けていく。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。