理由としては、今回少し長めなのと、リアルで忙しいせいです()
次話投稿も遅れるかもしれません。
気長に待ってやって下さい。。。
それでは本編、どうぞ。
あ、今回だけはオリキャラ注意です。
––––コンコンコンコンッ
「入っていいわよ」
「失礼します、お嬢様」
ドアを開け、そう言いながら一礼する。
そして私は時を止めると、紅茶を用意した。
お嬢様は椅子に腰掛け、その様子を驚くことなく眺めていた。
「ありがとう、咲夜」
「いえ、これが仕事ですから」
––––萃香との戦いから3日が経った。
次の宴会は、まだ行われていない。
それは、異変と呼ぶには静かで騒がしすぎる宴会騒動の終焉を表していた。
もう萃香は、人を萃めていないのだろう。
「痛ッ……」
「大丈夫ですか?」
「ええ。ちょっと痛んだだけだから」
––––萃香との戦いを終えたお嬢様の体は重傷だった。
吸血鬼特有の再生能力も、お嬢様の体力が戻りきっていないためか中々使えないようだった。
恐らく萃香は相手の力すらも散らすことが出来るのだろう。
そうでもなければ、お嬢様の体はとっくに元通りの筈だ。
「……やっぱり、安静にしていた方がよろしいかと」
「平気だって。咲夜は心配性ね」
「私は別に––––ッ」
それでも全身の骨がグチャグチャになっていたあの状態から3日でここまで回復するのは流石と言ったところか。
そんなお嬢様の状態もあり、この前の宴会は即中止になった。
詳しいことは分からないが、私たちが戻る前には既に宴会どころでは無かったらしいが。
なんでも、八雲紫が西行寺幽々子の逆鱗に触れたとか––––
「さくやー、いるー?」
お嬢様のティータイム中に、突然部屋の扉が開く。
「こら、フラン。ノックもなしに人の部屋に入るもんじゃないわ」
「あ……ごめんなさい、お姉様」
「次から気をつけなさい」
「はい、お姉様…………あ、それでね咲夜!」
「全くこの子は……」
お嬢様は頭を抑えて小さな溜息を吐いた。
「どうなさいましたか、妹様?」
「お客さんだよ」
「お客様……ですか? どうして妹様が……」
「美鈴のお仕事手伝ってるの!」
「はぁ……なるほど?」
いまいち理解は出来なかったが、客が来ているというのは本当なのだろう。
半ば強引に、妹様は私の袖を引っ張っている。
お嬢様に目配せすると、呆れながら小さく頷き行くことを許可された。
失礼しますとだけ言い残し、私は妹様に連れられるがまま外へと向かった。
◆◇◆
フランがレミリアの部屋に行く少し前のこと。
「めーりん、起きてるー?」
「おや、妹様。どうなさいました?」
「遊ぼッ!」
フランは門前の美鈴の所へ来ていた。
館内では完全に自由が許された彼女に、もはや地下室に引きこもる理由などなかった。
好奇心が旺盛な彼女は、次々に新たな場所へと向かう。
そして最近、彼女の中で流行りの場所といえば此処だった。
「妹様……私だって、その……一応ですが、仕事中なんですよ?」
お姉様は少し怖い。しかも今は怪我をしている。
咲夜は仕事が忙しそうだから迷惑かけたくない。
パチュリーは本読んでばっかで面白くない。
小悪魔は私にビビりすぎ。
ぶっちゃけ、フランにとっては美鈴が1番"都合のいい"相手であった。
「えーいいじゃん」
「いやいや、流石に……」
「じゃあ私も美鈴の仕事手伝う!」
「へ……?」
美鈴は呆気にとられていた。
「いいでしょう? どうせ暇だし」
「あはは……妹様が、それで良いのなら」
「なら決まりね! 何すればいいの?」
「うーん。とりあえず、寝なければ何でも––––「ねぇ美鈴」
フランが言葉を遮る。
そしてある方向を指さしながら言った。
「誰か来るよ……?」
美鈴は、こちらへ向かって来る少女のことを見たことがあった。
萃香と戦う彼女の姿を。
その少女とは––––
「はじめまして、魂魄妖夢と申します」
鍛え上げられた剣捌きと隙のない足捌き。
どれを取っても超一級品である彼女の剣技は、美鈴の目にも焼き付いていた。
確かに萃香に負けはしたが……それでも彼女には実力がある、そう美鈴は思っていた。
「十六夜咲夜さんは、いらっしゃいますか?」
「居ますけど……」
「呼んでいただけますか?」
「いや、どうして……」
「私、呼んで来てあげるよ!」
「え、ちょ、妹様!?」
フランは元気よくそういうと、美鈴の声を聞くことなく館の中へと駆けて行った。
◆◇◆
「めーりん、連れて来たよ!」
「……客って、妖夢だったのね」
妹様に連れられて門前へと向かうと、美鈴と共にそこに居たのは妖夢だった。
「出て来てくれてありがとう、咲夜」
「貴女だと分かっていれば出なかったかもしれないけどね」
「あはは……つれないなぁ」
「それで? 私に、用でもあるの?」
「うん」
妖夢は、静かに背中の剣に手を掛けた。
「––––私と戦って欲しいの」
そして私へ鋭い眼光を向けながら、そう言った。
しかし私が感じたのは、戦慄でも恐怖でもなく––––
「………え、また?」
––––ただの呆れであった。
「今までの私と同じにしないで!」
「……この間貴女のことを見てから、3日よ? そんなにすぐ変わるものなの?」
「変わるよ……私は、変わらなきゃいけないんだ!」
妖夢の目は真剣そのものだった。
妖夢は刀を抜くと、私に向けて構えた。
そばにいた美鈴は少し心配そうに、そして妹様は嬉々として私たちの様子を見守っていた。
「……そう言えば、その剣、直ったのね?」
「直ったわけじゃないよ」
「……?」
「これは楼観剣であって、楼観剣じゃない。前と同じだと思ってたら––––」
妖夢が剣を振るう。
しかしその刃渡りでは到底届く距離ではない。
弾幕か?それとも斬撃が飛んでくるのか?
私は念のため構えたが、特に変わった様子もなかった。
しかし––––
「……かはっ!?」
「––––痛い目見るよ、咲夜」
私は謎の呼吸困難に陥っていた。
突然、息が出来ない。
そして極端に凍える寒さと、恐ろしいほどの沈黙が訪れた。
私の耳に届くのは、骨を伝って聞こえる、私の息を吐く音、筋肉の収縮音、そして心臓の鼓動だけだった。
「はぁっ! はっ! な、何をしたの!?」
数秒すれば、その異常な現象は収まった。
今は呼吸もできるし、体感温度もいつも通りだ。
「私に勝つまで、教えてあげない!」
◆◇◆
「ごめんあそばせ〜〜」
「ゆ、紫……ッ!」
「そんなに怖い顔をしないで下さいな」
あの宴会から一夜明け、西行寺幽々子の住まう冥界にも日が差し込んでいた。
花が散ってしまった桜も、既に緑に染まり始めている。
そんな白玉楼に来客が1人。
スキマを開いて顔を出す、八雲紫の姿がそこにはあった。
「私はまだ、貴女のことを許したわけじゃ……!」
「今日は責任を取りに来たのよ」
「責任……?」
「少し、お邪魔するわね?」
「ちょっと、待ちなさいよッ!」
幽々子の制止は耳に入らず、紫はそのままスキマに消えて行った。
紫の向かった場所は想像がつく。
しかし彼女が何するのかは、幽々子には分からなかった。
だが––––幽々子はそこへ向かわなかった。
きっと紫には考えがある。
たしかに彼女への怒りは今でも抑えられないが、長年を共にしてきた信頼はある。
幽々子は、紫に全てを任せることにした。
「さて、お茶でも淹れようかしら」
何十年、何百年ぶりに––––幽々子は自ら茶を沸かした。
◆◇◆
「…………」
私は1人、部屋で正座していた。
目の前には恐らく幽々子様が作った朝食が置かれている。
『仕事はしばらく休みなさい』という一枚の手紙と共に。
「…………」
少し焦げている卵焼き、少し多めに盛られたご飯、そして豆腐とワカメの入ったお味噌汁。
見た目が多少悪くても、品数は少なくても、幽々子様の手料理はとても美味しそうだった。
それでも私はその食事に、手をつけることができなかった。
今は何も、喉を通りそうにない。
「––––ひどい顔してるのね」
「ッ!」
「ごきげんよう、妖夢ちゃん」
「……紫様」
私の声は、今にも消えそうだった。
「貴女と萃香の戦いは、ずっと見ていたわ。私は他の4人よりも、貴女の戦いを見ていたの」
「あんな、恥ずかしいところ……」
「––––貴女の戦いは素晴らしかったわ」
「……え?」
耳を疑い、紫様の顔を見つめた。
紫様は優しい顔をしていた。
「私の、どこが……」
「貴女は一度も背を向けなかったわ。たとえ相手が自分より強大で勝つ見込みが無くても、常に貴女の目は萃香を捉えていた」
「…………でも、それは」
––––みんな一緒だ。
レミリアさんや霊夢はもちろん、咲夜や魔理沙だって立ち向かっただろう。
そして風の噂では私以外は萃香に勝ったと言う。
どう考えたって、ただ私が––––
「––––私が弱いだけだ。なんて、考えてるのかしら?」
「ッ……」
「貴女は強いわ。それを貴女が気付いてないだけ」
「そんなこと……ありません」
「……ところで、貴女はあの刀をいつまで折れたままにしておくつもり?」
「え……?」
「直さないのかと、聞いているのよ」
「……な、直るんですか!?」
「そんなの、当たり前でしょう? 刀なんだから、打ち直せばいいのよ」
「で、ですがその刀は––––」
妖怪が鍛えた刀––––楼観剣。
それは只の日本刀ではなかった。
お師匠様から受け継いだその一振りは、斬れぬものなどあまりないと言われる伝家の宝刀。
その辺りにいる刀鍛冶には扱えない代物である。
「貴女の言いたいことは分かるわ」
そんなことは紫様だってご存知だろう。
しかしその刀に関して、紫様しか知らないことが1つあった。
「付いて来なさい。ある妖怪を紹介するわ」
「……妖怪?」
「そう、妖怪」
「それは一体……何者なんですか?」
私は恐る恐る紫様に尋ねる。
「––––来れば分かるわよ」
そう言って紫様はスキマを開いた。
◆◇◆
「あの……一体どこに?」
「まあまあ、もうすぐ着くから」
紫様は少し微笑んでそう言った。
なんだか考えがあるような、それこそ皆の言う"胡散臭い"といった笑みである。
「…………」
そこは魔法の森の奥。
霧雨魔理沙やアリス・マーガトロイドが住んでいる森だが、森の奥は瘴気が深く、とても住めるような環境ではない。
見たこともない植物が生い茂り、瘴気の霧で視界が悪い。
そこは、とても不気味だった。
…………別に、怖いわけじゃないよ?
「さあ、見えてきたわ」
紫様がそう言って指差す先に、ポツンと小屋があった。
まるで人の気配は無いが、私たちの目的地はその小屋らしい。
「こんなところに、住んでる人なんて––––」
「いるわッ!」
「ひゃあッ!?」
突然後ろから現れた1人の少女。
私は驚き、変な声を上げてしまった。
「どんなところでも、住めば都なんじゃよ」
「す、すみません……」
「––––ところで、懐かしい顔が居るもんじゃのぉ」
少女は紫様を睨むように見ながらそう言った。
少女の口調はまるで老婆のようだが、見た目だけで言えば霊夢達と変わらない程に見える。
透き通った金色の長い髪が特徴的な、色鮮やかな扇の柄が入った紺の着物を身につけていた。
後で聞いたのだが、その少女の名は、
そして、別の名を––––
「久しぶりね––––"武器"の鈴鹿」
例えば萃香が"技"の萃香と呼ばれるように、鈴鹿にも二つ名というものがあった。
それだけ名の通った、強い妖怪であるという証。
そして彼女にもまた、二本のツノが生えていた。
「ヒャッヒャッヒャッ! その名を覚えているのも、地上じゃあんなくらいじゃろうて」
豪快に笑うその姿は、私にとっては不気味でしか無かった。
そしてその姿は萃香と被り、私の中のトラウマがフツフツと湧き上がる。
「して、紫。お主が来るということは、また面倒な事でも持ってきたのかい?」
「いやねぇ……私をトラブルメーカーみたいに言わないで?」
「とらぶるめぇかぁ? なんじゃそれは」
「超絶美少女って意味よ」
「お主は頭が湧いとるのか? それとも言葉が不自由なのか?」
「酷いわねぇ……まあ、今日は大した面倒事じゃないわ」
「お主が来る事が、1番の面倒事なんじゃがのぉ」
紫様は扇で口元を隠しながら笑う。
鈴鹿は呆れたように溜息を吐いていた。
「それで、何の用じゃ?」
「なんだかんだ言いつつも、応えてくれる貴女が好きよ」
「黙れ。早く用件を言わんと、儂の気が変わるぞ?」
「ふふふ……妖夢、アレを出しなさい」
「え、あ、はい!」
紫様の言うアレとは、恐らく楼観剣だろう。
私はそれを直すためにここへ来たのだ。
「む……それは……」
刃の中ほどでポッキリと折れてしまったそれを、私は鞘とは別に包んで持って来ていた。
その包みを開き、刀の柄が姿を表すと鈴鹿は驚いたように目を見開いた。
「まさか……楼観剣か?」
「この剣を、知っているのですか?」
「知っているも何も––––それを打ったのは儂じゃよ」
「……えっ!?」
妖怪が鍛えた楼観剣。
ならば、楼観剣を鍛えた妖怪がいても何も不思議ではない。
そうだ、この刀だって誰かの手で生み出されたものなのだ。
そして生み出した誰かと言うのが––––
「この剣を直して頂きたいのよ、鈴鹿」
「直す……? おおう、これはまた盛大に折れとるのぉ」
「直るかしら?」
「ああ、もちろん。しかして、この剣をこうも折ってしまうなんて、一体何があったんじゃ?」
「ふふっ……貴女も知ってるわ」
「ほぉ?」
「その剣を折ったのは––––萃香よ」
「……おおう。これまた、懐かしい名前じゃのう」
鈴鹿は少し嬉しそうに微笑んでそう言った。
しかしすぐに厳しい表情に変え、鋭い目つきで私を睨みつける。
「この剣は、到底
「ッ……」
「お主に、この剣を持つ資格があるのか?」
「それは……」
ある、だなんて言えなかった。
こんなに弱い自分が、楼観剣に見合うだなんて思えなかった。
「お主は、この楼観剣では絶対に斬れないものを知ってるのか?」
「絶対に斬れないもの……?」
「……そうか。それが分かったら剣を取りに来い」
◆◇◆
「ただいま帰りました、幽々子様」
「お帰りなさい、妖夢。お
白玉楼へ戻れば、既に食事の用意がされていた。
幽々子様の作った、温かい食事だ。
申し訳なさと嬉しさが混じりあった複雑な気持ちのまま、私の目には軽く涙が浮かんでいた。
そして幽々子様の手料理を頂きながら、私は幽々子様に尋ねた。
「幽々子様……」
「なぁに、妖夢?」
「楼観剣に絶対に斬れないもの……って、ご存知ですか?」
「…………ふふっ」
「??」
幽々子は少し驚いたような顔をして、それからクスクスと笑い始めた。
私の理解は追いつかない。
「ああ、おかしいわぁ」
「な、何か変なことを言いましたか?」
「いや、そうじゃないのよ。昔、全く同じことを尋ねられたものだから。なんだかおかしくなっちゃって」
「同じことを……?」
「ええ、妖忌にね」
「……お、お師匠様に?」
「そうよ。もう随分と前の話だけれどねぇ……貴女、鈴鹿に会ってきたのね?」
「鈴鹿さんを知っているのですね」
「ええ、もちろん。とても力のある妖怪ですから」
「そのようですね……威圧感というか、雰囲気だけで圧倒されちゃいました」
鈴鹿さんの鋭い目付きは、今でも目に焼き付いている。
思い出すだけで背筋に悪寒が走るほど。
「……そ、それで幽々子様」
「なにかしら?」
「幽々子様はご存知なのですか? 楼観剣に斬れない物を……」
「…………」
ふんわりとした優しい笑顔の幽々子様が、少しだけ真剣な眼差しで私を見つめた。
心臓がグッと掴まれたような苦しさが胸を襲う。
「それは、貴女が考えないとねぇ––––」
◆◇◆
「悩んでるみたいねぇ、妖夢」
「ええ、誰かさんのおかげでね」
「でも、その誰かのおかげで、立ち直れるかもしれないのよ?」
夜も更け、空には欠けた月が浮かんでいた。
少し酒を飲みながら、紫と幽々子は月を眺めていた。
「そもそも、妖夢が落ち込んだのは誰のせい?」
「あら、それは萃香じゃなくて?」
「……まあ良いわ。にしても、鈴鹿ってまだ生きてたのね」
「そうそう死ぬような輩じゃないでしょう?」
「たしかに、そうねぇ……」
幽々子は酒を一口、喉に流した。
だけど、と言葉を続ける。
「なんだか懐かしいわね。妖忌のことも、思い出したわ」
「そう……」
「貴女は、楼観剣に斬れないものって何だか分かる?」
「……私にあの剣を扱う実力も資格もないわよ?」
「ふふっ……そうよねぇ。私も」
幽々子はクスクスと笑った。
––––さて、妖夢はどんな答えを見つけるのかしら?
◆◇◆
「んん……」
眠れなかった。
どうしても考えてしまう。
楼観剣に斬れぬもの……それは何か?
形あるものはいずれ壊れる。
だからおそらく……形のない何かだ。
……でも空気は斬れる。雨だって雲だって、時間さえも斬れてしまう。
もちろん今の私にはそれらは何一つとして斬れないが、お師匠様が斬れると言っていたし、実際に目の当たりにだってしている。
だからこそ、分からない。
私の思いつくものなど、全て斬れてしまうように思える。
そもそも、たとえ斬れなそうな物を思い付いたとしても、それを証明する手段がない。
本当にそれが斬れぬ物なのか、私には判断ができないのだ。
––––本当に私は未熟だ。
半人前などとよく言われるが、否定できたものじゃない。
私には何にも力なんてないし、凄いのは私じゃなくて楼観剣なんだ。
もう、私が剣を振る意味なんて––––
「……なんだろう?」
違和感を感じた。
「どうして、私……」
––––泣いてるのだろう?
私の頰には一筋の涙が通っていた。
何故か?
分からない。
いや、違う。
忘れていたんだ。
「––––私はいつから、自分の為に剣を振るうようになったの?」
◆◇◆
「……あら?」
「おはようございます、幽々子様!」
「妖夢、貴女はまだ休んでいて––––「いえ、大丈夫です」
私は朝食を作る為に台所にいた。
そしておそらく幽々子様も、昨日の様に朝食を作る為にいらしたのだろう。
––––そんなことさせちゃあ、従者失格だね。
「私はもう、大丈夫ですから」
私は元気いっぱいに微笑んで見せた。
幽々子様は少し驚きながら、それでも嬉しそうに笑みを返してくれた。
◆◇◆
「ほぅ……いい目をするようになったのう」
「……ありがとうございます」
ホッホッホッと高笑いをする鈴鹿に向けた妖夢の目に、不安の色はなかった。
ただ真っ直ぐに、鈴鹿の目を見つめる。
「さて……それじゃあ、お主の答えを聞こうか?」
鈴鹿は楼観剣を鞘から抜く。
そして妖夢に向けて構えた。
対する妖夢は、剣など構えない。
腰に携えた白楼剣には手を触れず、丸腰のままジッと鈴鹿を見つめる。
妖夢に不安や迷いは無かった。
「私の答えは––––」
「いざ、尋常に……ッ!」
鈴鹿の剣が迫る。
妖夢は動かない。
そしてそのまま、楼観剣は妖夢の身体を––––
「––––幽々子様をお守りする。その、信念だけは絶対に斬れません」
鈴鹿の楼観剣は、妖夢の胸の前で止まっていた。
「……何故避けなかった?」
「斬られない自信があったので」
「例えその信念とやらが斬れなくとも、お主の体は斬れてしまうかもしれぬじゃろ?」
「––––いや、斬れません」
「何故そう言い切れる?」
「それは…………」
妖夢は鈴鹿の瞳をジッと見つめて、軽く微笑んだ。
「鈴鹿さんは、ずっと私の目を見ていましたから」
「…………」
「一度も斬る場所に視線を移すことなく、ずっと」
鈴鹿も、妖夢の瞳を真っ直ぐに見つめていた。
「ホッホッホッ、合格じゃよ」
「……!」
そして鈴鹿も笑う。
その目はとても優しいものだった。
鈴鹿は楼観剣を鞘に納める。
「それじゃあ、この剣はお主のものじゃ」
「や、やった……!」
「––––じゃがな」
楼観剣を妖夢に手渡す直前で、鈴鹿は再び妖夢を睨み付けた。
「問題は不正解じゃ。この楼観剣、相手の気持ちなど簡単に斬れるわ」
「え……?」
「じゃが、鬼に二言はない。この剣はお主のものじゃよ」
そして鈴鹿は、押し付けるように妖夢へ楼観剣を託した。
妖夢はそれを受け取ると、いつものように背中に背負う。
「お世話になりました」
そしてお辞儀をして、妖夢は立ち去った。
その背中を、鈴鹿はとても嬉しく、誇らしく、そして懐かしく感じていた。
「…………覗いとるんじゃろう? 紫や」
「ふふっ……御機嫌よう」
「面白いのう。まさか"同じ事"を言われるとは思わんかったわい」
––––幽々子様をお守りすると決めたこの信念、斬られる訳がないッ!
かつて、1人の男に言われた言葉を、鈴鹿は思い返していた。
「そういえば、楼観剣にはどんな"謂れ"があるの?」
鈴鹿には彼女を"武器"の鈴鹿と言わしめる能力があった。
それは––––武器に謂れを与える程度の能力。
ここでの『謂れ』とは、その武器を特別なものへと昇華させるものである。
「あれはただの日本刀だよ」
鈴鹿はニヤリと口角を上げる。
「ちょっとばかし、斬れ味が良いだけさ」
––––斬れると思うものが斬れる程度の能力。
それが楼観剣の『謂れ』である。
◆◇◆
「くそッ、負けたぁ!」
大の字になって寝そべる妖夢。
しかし、妖夢の体に傷はない。
表情も晴れ晴れとしている。
「貴女……一体何があったの?」
勝負には勝った。
なんとか隙を突いた私が時間を止め、妖夢にナイフを突き立てる事で決着に至った。
しかし、私の身体はボロボロだった。
この戦いでは、常に私は時を止めさせてもらえなかった。
妖夢は"空気"を斬った。
すると一瞬だけ、私は真空へと送られる。
そしてそこは、私の操れる空間ではなくなった。
空気を斬られると、もちろん呼吸は出来ないが、それと同時に能力を封じられた。
私の能力は"空間"に大きく関係している。
空間が他者のものになってしまったあの瞬間だけは、私は能力を行使出来ないのだ。
「何もないよ。ただ、楼観剣を直してもらっただけ」
「……」
「でも、咲夜には敵わなかったなぁ」
妖夢は立ち上がると、笑顔でそう言った。
たしかに、この勝負には何とか勝てた。
しかし……これからも勝ち続けられるのか?
私には不安だった。
「ありがとう、咲夜。またね」
「……ええ、また」
––––妖夢は強い。
それは初めて会った時から思っていた。
その強さに、己自身で気付いたということだろうか?
対峙している妖夢の瞳は、いつもと違うものだった。
「咲夜!」
立ち去る妖夢が、突然振り返って私の名を呼んだ。
顔を上げて彼女を見ると、満面の笑みで私に言う。
「私、自分の剣を信じてるから! だから貴女よりも速くなるわ!」
––––自分の剣を信じなさい。そしたら貴女は、もっと速くなる。
私が彼女に言ったことだった。
そして実際、私よりも"速く"なりつつある。
「次は負けないからね!」
妖夢はそう言って飛び立って行った。
「きっと気付いたんですね、彼女」
そばで見ていた美鈴が、妹様の手を引きながら私に歩み寄りそう言った。
「強くなることは過程であって、目的ではないです」
「……」
「咲夜さんは、何のために強くなろうとするんですか?」
「……そんなの、お嬢様を殺すために決まってるでしょ」
私は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
そしてその呟きは、夕日に溶けていく。