紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第37話 分身体

 

 

「やるねぇ……さすがは曲がりなりにも"鬼"を名乗るだけあるよ」

 

 萃香は片膝をついて、苦しそうに言った。

 対してレミリアは余裕そうに萃香を見下している。

 

「鬼なんて、大したことないのね」

「はは……言ってくれるねッ!」

 

 唐突に萃香が踏み込み、間合いを詰める。

 一瞬でレミリアの目の前へ辿り着くと、拳を彼女の顔へと叩き込んだ。

 しかしレミリアは(すんで)のところでそれを躱すと、萃香の腹にカウンターを叩き込んだ。

 唾液と血が混じったものを吐き出しながら、萃香は蹲る。

 

「お前には速さが足りない。それじゃあ、私には届かないよ」

「くっ……この、ガキが……ッ!」

 

 立ち上がり様に拳を振るう萃香だが、それもレミリアには"視"えている。

 難なくそれを避けると、萃香の顔を吹き飛ばすように蹴り上げた。

 

「もうそろそろやめたら? 死ぬわよ?」

 

 レミリアと萃香の戦いは一方的なものだった。

 パワーとフィジカルでは勝る萃香だが、圧倒的なスピードを持つレミリアを相手に苦戦を強いられていた。

 もちろんレミリアのパワーも、常人のそれではない。

 ダメージが蓄積するごとに、萃香の戦況はどんどん悪くなっていた。

 

「……はは、笑わせるね」

 

 それでも萃香は立った。そして笑みを浮かべる。

 あまりにタフなその体に、レミリアは呆れていた。

 

「我ら鬼が、簡単に負けを認めるはずないだろう?」

「……分かった。じゃあ死ね」

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 紅い大きな槍が、萃香目掛けて一直線に飛んでくる。

 それは弾幕ごっこ用に手加減されたものではなく、殺傷能力の高い実戦用のものであった。

 萃香とて、それをまともに受けてしまえば無事では済まないだろう。

 萃香は慌てて自分自身の体を散らして、その槍を受け流した。

 

「ぐはっ……!」

 

 しかし散らすのが僅かに間に合わず、ダメージを受けてしまった。

 体に穴が開いたかのような激痛が萃香を襲う。

 ダメージを体に散らしてなんとか耐えるも、ダメージ量が多すぎる。

 萃香はもう、立つことすら出来ないほどに消耗していた。

 

「……さあ、いい加減に––––ん?」

 

 負けを認めろ、レミリアがそう言おうとしたその時だった。

 何処からともなく、妖気が漂い始めた。

 それは明らかに萃香のものであるが、目の前の萃香から発しているものではない。

 

「お前、まさか––––」

「……ふふ、察しがいいね」

 

 先ほどまで膝をついていた萃香が、余裕の笑みを見せながら立ち上がる。

 今までのダメージがまるで無かったかのように、あっけらかんとしている萃香がそこには居た。

 

「分身体か……?」

「そうそう。まあ、私はちゃんと本体なんだけどね」

「何故、分身体が……」

「戦ってるのはあんただけじゃないってことさ」

「ッ!!」

 

 レミリアの表情に焦りが見えた。

 その焦りは、目の前の萃香に対してではない。

 

「まさか––––咲夜と?」

「あのメイドちゃんは面白かったよ。見込んだ通りだ」

「お前……!」

「ああ、メイドちゃんだけじゃないよ? 霊夢とか人間の魔法使いとか半人半霊の子とかとも闘ってるんだ」

「そんな奴らはどうでもいいッ!!」

 

 この宴会が始まる前、レミリアにはある運命が視えていた。

 それは、血に(まみ)れた咲夜の姿だった。

 いつもハッキリ視えている運命だが、今回はその姿がぼやけていて咲夜がどんな状況にあるかはよく分からなかった。

 しかし、咲夜が血に染まっていることだけは読み取れた。

 だからこそレミリアは––––パチュリーにはここまで明確に視えた内容を隠しつつ––––自分以外に戦わせないよう頼んだのだ。

 そして咲夜は自分の隣に置いておけば安心だと思っていたし、萃香と対峙しているのは自分だという事実がある以上咲夜に危害は及ばないだろうとレミリアは考えていた。

 

 しかし、状況が変わった。

 

「お前……咲夜をどうした?」

「どうしたもこうしたも、普通に戦っただけさ」

「……咲夜は何処だ?」

「さぁね。聞きたいなら、力ずくで聞きなよ。鬼なんて大したことないんでしょ?」

 

 分身体に預けていた妖力を得た萃香の力は、先ほどまでに比べると格段に上がっていた。

 ダメージが無くなったわけではないだろうが、かなり軽減されているように見える。

 

「……ああ、大したことない。さっさと聞き出してやろうじゃないか」

「ははっ、そうこなくっちゃねぇ!」

 

 仕掛けたのはレミリアだった。

 初動でトップスピードを迎えるレミリアの動きは、萃香にとってはまるで瞬間移動だった。

 突然消えたレミリアが、既に目の前に迫っている。

 戦慄する萃香だが、その恐怖を心から楽しんでいた。

 しかし避けられるわけでもなく、レミリアの拳を顔面に受けると、萃香は後方へと吹き飛ばされた。

 壁に衝突し落ちる萃香。

 

 ––––それでも彼女は笑っていた。

 

「……ははは、効くねぇ。怒りに震えながらも、その怒りをちゃんと我が物にしている。流石だよ」

「お褒めに預かり光栄ねッ!」

 

 レミリアは気を抜かず追撃した。

 再びトップスピードを迎えると、そのまま膝蹴りを萃香の鳩尾へと叩き込む。

 

「なッ!?」

 

 ––––しかし萃香は吹き飛ぶどころか、倒れることすらなかった。

 両足で踏ん張りレミリアの膝蹴りを耐えると、その足を掴んだ。

 

「や、やめ––––」

「どりゃぁああ!!!」

 

 大きな掛け声をあげると、萃香はレミリアを投げた。

 圧倒的なパワーで投げ飛ばされたレミリアは、凄まじいスピードで一直線に壁へ大きな音とともに衝突する。

 

「はぁ、はぁ……ほんと、デタラメな力ね」

 

 なんとか立ち上がるレミリアだが、今の一撃でかなりのダメージを受けてしまった。

 鬼からもらう一撃はあまりにも大きすぎる。

 

「さっきも言ったけどさ」

 

 息を切らすレミリアに、萃香が言う。

 

「私と戦ってるのはあんただけじゃない。あんたの他に、4人いる」

「それが、どうした?」

「その数だけ分身体もいるんだ」

「……ッ!」

「気付いた? あんたは察しがいいからね」

 

 1人の分身体を回収しただけで、萃香の力はここまで跳ね上がった。

 そんな彼女の力の源とも言える分身体が、あと3体もいる––––

 

「––––それが、どうした?」

「ははっ、あんたもやっぱり面白い奴だね」

 

 眼光を鋭く光らせるレミリア。

 ニヤリと口に笑みを浮かべる萃香

 そんな2人が、再度ぶつかる––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「なんだっけ? 斬れば分かる……とか言ってた?」

「ッ……」

「ダメだね、その剣じゃ。私は斬れないよ」

「黙れ……分かるはずなんだ。お前を斬れば、私は強くなれるッ!」

 

 ––––真実は目で見えない。耳で聞こえない。

 真実は斬って知るものだ––––

 

 それが師の教えであり、妖夢の信条であった。

 だから、全て斬らなければ始まらない。

 剣が真実に導いてくれる筈なんだ––––

 

「絶対に、斬るッ!」

 

 ––––人鬼「未来永劫斬」

 

 妖夢は一直線に萃香へと向かう。

 そして、萃香の体を斬り上げ––––

 

「お前程度が、鬼を語るな」

「なッ!?」

 

 萃香は、妖夢の一振りを素手で掴んでいた。

 その手からは鮮血が滴っている。

 しかし––––斬れない。

 

「おかしいおかしいおかしいおかしいッ!!」

 

 妖夢は全力で剣を引いた。

 しかし微動だにしない。

 剣を離すという選択肢は、妖夢には考えられなかった。

 ––––この剣に、斬れないものなんて……!

 

 萃香は顔色ひとつ変えずに、妖夢に言葉を返した。

 

「ほとほと、期待外れだね」

 

 萃香は、その手ひとつで妖夢の剣をへし折った。

 

「あぁぁああぁあぁぁああぁああぁあああぁぁああぁあぁぁあああぁぁああぁあぁぁああぁああぁあああぁぁああぁあぁぁあああ!!!」

 

 絶叫と共に、妖夢は膝から崩れ落ちる。

 目に涙を浮かべる彼女に、もはや戦意はなかった。

 

 ––––そして萃香は消えた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「本当にあんたら姉妹はちょこまかと……ッ!」

 

 レミリアは戦い方を変えていた。

 真っ向でぶつかることを避け、ヒット&アウェイを繰り返す。

 この戦い方は、萃香にとっては懐かしいものであった。

 

「……お前、妹と––––フランと戦ったの?」

「あれ、知らない? 紫がお前さんをボコボコにした時さ」

「そうか、フランと戦ったチビとはお前のことだったのか……」

 

 レミリアはあの時の戦いを知らない。

 そもそも、フランに戦わせるつもりすら無かった。

 気づいたら誰かと戦っていた、それだけである。

 そもそも、あんな地下室にわざわざ戦いに行くなんてこと、すると思っていなかった。

 

「だが、私はフランほど甘くはないぞ」

 

 レミリアとフランの戦い方は非常に似ている。

 スピードは姉妹で変わらない。

 パワーだけなら、おそらく妹の方が上。

 

 ––––しかし萃香にとっては、レミリアの方が圧倒的に厄介であった。

 

 レミリアの攻撃は、フランのようにでたらめに放たれたものではなく、しっかりと急所を狙ったものである。

 さらに攻撃に緩急があり、軌道も読みにくく、ただ速いだけの攻撃では無かった。

 一発一発は萃香にとって大したことなくとも、蓄積されればそれなりのダメージになる。

 

「ああッ! 鬱陶しいッ!!」

 

 怒りに任せて振るわれた萃香の拳は、レミリアにとって避けやすいものである。

 首だけでそれを躱すと、萃香の鼻を目掛けて拳を放つ。

 しかし萃香もそれで倒れるわけではなく、今度はレミリア目掛けて膝蹴りを放った。

 それを見たレミリアは、咄嗟の判断で後方へと下る。

 この徹底したヒット&アウェイで、萃香にはダメージが蓄積されていた。

 

「チッ……またか」

 

 このまま押し切れば––––レミリアがそう思った瞬間、再びどこからともなく妖力が流れ込む。

 それを萃香が纏うと、体力を回復しパワーが増したように見える。

 

「さて、第3ラウンドかな?」

「ッ……」

 

 戦況が悪くなることを案じながらも、レミリアにはそれ以上に危惧していることがあった。

 萃香に分身体の妖力が流れてくるということは、その分身体と戦っていた誰かが戦闘を終えたということである。

 つまり現在私以外の4人のうち、すでに2人は戦闘を終えている。

 その2人共が勝利していれば問題ないが……負けている可能性は否定できない。

 もっと言えば、既に死んでいる可能性だって––––

 

「すぐに終わらせてやる」

 

 そんなことを考えている暇はない。

 とにかく今は、早くこいつを倒して咲夜を––––

 

「ふふっ……やっぱりあんたは面白いね」

 

 向かってくるレミリアに対して、萃香は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「くそッ、そんなの反則だぜ……!」

 

 私、霧雨魔理沙は戦慄を覚えていた。

 突然紫の隙間で連れてこられた私は、突然現れた謎の妖怪と戦う羽目になっていた。

 その妖怪とは––––鬼。

 名を伊吹萃香というらしい。

 

「確かにお前さんの魔法は火力が高い」

 

 今、私は全力でマスタースパークを打ったところだ。

 それは目の前の鬼に目掛けて一直線に飛んだ。

 そして鬼は避けることもなく、その場に立っていた。

 

「しかし薄めちまえば、ただの灯りさ」

 

 ––––いつの間にか、マスタースパークは消滅していた。

 いや、消滅というよりも分散と言った方が確かかもしれない。

 とにかく、萃香には効果がなかった。

 通常の魔法攻撃はもちろん、火力の高いマスタースパークでさえ薄められてしまう。

 私には攻撃手段がない………

 

「さて、そろそろお遊びは終わりにしようか」

 

 ニヤリと笑う萃香。

 私は背筋に悪寒が走るのを感じた。

 私にはもう、勝ち目なんて無––––

 

 ––––いや、待て。

 本当に私に攻撃手段は無いのか?

 何か見落としているんじゃ無いのか?

 考えろ。考えるんだ。

 

「ちょこまかと……いつまでそうやって逃げていられるかな?」

 

 私は空間内を飛び回り、萃香の攻撃を避けていた。

 幸いにもスピードは私の方が上らしい。

 このままであれば、萃香の攻撃は当たらない。

 もちろん、私の体力が切れる方が先であろう。

 しかし今は、私が考えるだけの時間が稼げればいいッ!

 

「よし、これならッ!」

「……ッ!? あんた、血迷ったのかい!?」

「いっけぇーッ!!」

 

 箒に跨った私はトップスピードで萃香へと突進した。

 

「いいよ、来なッ!」

 

 萃香は正面から私を受け止める態勢に入った。

 純粋な力と力の勝負。

 鬼なら絶対に受ける––––私の予想通りだ。

 予想外なことといえば––––

 

「ッ!?」

 

 ––––私のスピードが落ち始めたことだった。

 私の意思に反して落ちている。

 きっと萃香の能力によるものだろう。

 おそらく推進力を薄めて……っと、そんなことはどうでもいい。

 この状況は予想外だが、私には逆に好都合だった。

 

「さあ、勝負だ!」

「バーカ! そんな勝負、するなんて言ってないぜッ!!」

「なッ!?」

 

 萃香に衝突する直前、私は箒から"跳んだ"。

 真横に跳んだ私は、萃香のすぐ横を通過する。

 そしてその時––––

 

「食らえッ!!」

 

 

 ––––魔砲「ファイナルスパーク」

 

 

 このファイナルスパークは、私の秘策だった。

 こんなところで出すつもりは無かったが、仕方ない。

 マスタースパークよりもさらに火力の高いこの技は、打つのに大量の魔力を消費する。

 それは私の魔力が枯渇するほどに。

 だからそう何度も打てるわけじゃないし、そもそも打ったあとは戦うことすら出来なくなる。

 しかし、今回はこれが萃香に通らなければ私の負けは確定する。

 これは私の最後の賭けであった。

 その賭けの確率を少しでも上げるために騙し討ちのような事もした。

 さらに萃香は私の推進力を薄めるのに能力を使っていた為、このファイナルスパークを薄めるほどの余裕が無い可能性だってある。

 

 そんな賭けが成功したか、私に見る余裕はなかった。

 実を言うと、この技はまだ未完成。

 ぶっちゃけ言うとただ火力を上げただけのマスタースパークなのだ。

 

 実践で使うのを渋る理由の1つとして、反動の大きさがある。

 地に足を着けていても耐え難いこの反動に、空中にいた私が耐えられるはずもなかった。

 私は自分の攻撃の反動で吹っ飛んでいた。

 そして壁に衝突し、勝敗も分からぬまま––––落ちた。


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