紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第36話 密と疎を操る程度の能力

 

「……ここは?」

 

 八雲紫に強引にスキマで連れて来られた先は、全く見覚えのない空間だった。

 洞窟のようなそこに出口はない。

 そもそも入り口もないのだが。

 そんな空間に、どこか違和感を感じていた。

 

「明るい……?」

 

 その空間に光源は無いはずだった。

 しかし、まるで壁が鈍く光っているかのように空間全体が見渡せる。

 それは私が空間に関わる能力を持っているからとかそういうわけではない。

 本当に明るく見えるのだ。

 

「ここは紫が私達のために用意してくれた場所さ」

「ッ!?」

「……やぁ、初めまして、メイドさん」

 

 モワモワと霧のような何かが集まり始めた。

 それが一点に集まると、幼い少女の形になった。

 そうして姿を現したのは、先ほどの声の主であろう。

 二本の特徴的なツノが生えた少女は酒に酔っているのか、少し頰が赤かった。

 

「貴女は誰かしら? お嬢様の言っていた犯人ってこと?」

「ああ、そうだね。私が犯人だ」

「50点。質問に半分しか答えてないわ」

「あはは……悪い悪い。私は伊吹萃香––––鬼だよ」

 

 萃香は自信たっぷりに言った。

 自分の種族に自信があるのだろう。

 

「……鬼?」

「そうかそうか知らないよねぇ。あんたは特に、幻想郷に来て日が浅いみたいだし」

「貴女……私を知ってるの?」

「知ってるも何も、最近はずっと見てたさ! あんたは面白いし、宴会では大活躍だからねぇ」

「……見ていた?」

「そうだよ。あんたは宴会ではいっつも調理と片付け役に徹していたわね。えらいえらい。でも、参加してる連中の殆どが気付いていないわ。誰もあんたに感謝していない」

「みんなが盛り上がっている時に片付けをするのは、失礼だと思わない? だから誰にも気が付かれないように片付けするの。誰にも気を使わせない。そう在るべきなのよ」

「ま、楽しみ方は人それぞれだけど」

 

 萃香は手に持っていた瓢箪を口に付けると、喉を鳴らして酒を飲んだ。

 

「ぷはぁーッ! さあ、そろそろ本題に入ろうか」

「本題?」

「こんなネタバラシみたいな事をするために呼んだわけじゃないからね」

「……?」

()ろうよ。私とさ」

 

 クイクイと手招きをする萃香は、どこか私を見下した目付きをしていた。

 それが気に食わなくて、私は苛立ちを覚えていた。

 

「はぁ……鬼って言えば、アレでしょ? 凄い怪力だとかなんとかの」

「あれ、知ってるの?」

「昔話で聞いたこと程度だけど。でも、貴女はそんなに強そうには見えないわ」

「……言うねぇ」

「大体貴女ねぇ、鬼って……嘘を吐くにも無理がありすぎるのよ。そんな子供染みた嘘じゃねぇ」

「ははは……やっぱりあんたは面白いよ。私と対峙したこの状況でも尚、そんな言葉が出せるのかい」

 

 私の手足は震えていた。

 それは苛立ちもあるが、殆どは恐怖から来るものだった。

 溢れ出る妖力と威圧感で、私は圧倒されていた。

 しかし己を奮い立たせるように、ナイフを構えて萃香を睨みつけた。

 

「……やる気みたいで嬉しいよ」

「貴女が鬼だなんて嘘、暴いてやるわ」

「ははっ! 嘘かどうかは……私の萃める力を見て、賑やかに殺されてから言うことね!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「どういうこと、紫?」

「どういうことも何も、こういうこととしか言えないわ」

「貴女……一体何を考えているの?」

「……さあ幽々子、宴会の余興は始まったわ。そろそろ座りなさい」

「紫……貴女って人は……!」

 

 紫は内心で少しだけ焦っていた。

 幽々子がここまで怒りを表すことは殆どない。

 いや、見たことがないと言っても過言ではないだろう。

 

「さぁ、大事な妖夢ちゃんが剣を抜いたわよ?」

「くっ……」

 

 紫はスキマを開いてそれぞれの戦いを眺めていた。

 

 ––––スキマ空間へと送られたのはレミリアと咲夜だけではなかった。

 彼女たちに加えて、妖夢、魔理沙、そして宴会に姿を見せていない霊夢がそれぞれ別々の空間へと送られた。

 そして彼女たちは今、萃香の分身体と対峙している。

 唯一の"本体"はレミリアが対峙していた。

 しかし強さで言えばどの萃香も遜色なく、若干本体が秀でていると言った程度の差である。

 

「妖夢……ッ」

 

 心配そうに声を震わせる幽々子は、萃香と妖夢が映るスキマを必死に見つめていた。

 

「大丈夫。萃香は鬼だけど、手加減のできる子よ」

「……貴女のことは信じてる。だからきっと大丈夫なのでしょう……でも、あの鬼は信用できない」

 

 幽々子の瞳は鋭く光っていた。

 木っ端妖怪ならばその目を見ただけで殺せてしまうほどに鋭く。

 

 ––––幽々子と萃香は、あまり仲のいい関係とは言えなかった。

 紫という共通の知人を介した顔見知り……そんな程度の関係である。

 しかし、萃香に底知れない力があることは幽々子も重々に承知していた。

 だからこそこんなにも妖夢が心配で仕方がないのだ。

 

「御機嫌よう、妖怪の賢者さん」

「……あら、貴女も文句を言いに?」

「まあ、そんなところかしら」

「ふふっ……貴女を宴会で見るなんて珍しいわね、パチュリーさん?」

 

 紫と幽々子の元へとやって来たのは、紅魔館の大図書館を管理しているパチュリー・ノーレッジであった。

 紫は彼女を紅霧異変の後から見ていない。

 そもそも、言葉を交わすのはこれが初めてである。

 彼女のそばには紅美鈴とフランドール・スカーレットの姿もあった。

 

「パチュリーでいいわよ」

「あら、じゃあこちらも紫で構わないわ。なんなら、ゆかりんって呼んでくれても––––」

「貴女、どういうつもり?」

 

 パチュリーは語気を強めて紫の言葉を遮った。

 

「レミィだけでなく咲夜まであんなところに押しやって……」

「……私にも分からないわ。私はただ、萃香に頼まれてやっただけ」

「その萃香という鬼とやらに頼まれて、霊夢のことすら危険に晒したって言うの?」

「危険って……これはただの余興。謂わばショーなのよ?」

「……これはレミィからの伝言なのだけど––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 –– Feast Day 16:00 ––

 

「さて、私はそろそろ行くよ」

「本当に出来るの? レミィに幹事なんて」

「きっと出来るさ。私には視えてる。それに、いざとなれば咲夜もいるしね」

 

 あ、そうだ……とレミリアは手を合わせた。

 そして言葉を続ける。

 

「蘇生石って、まだある?」

「……あれは精製が難しいの。そうホイホイと作れるものじゃないのよ」

「そう……分かった」

 

 レミリアは落胆したように溜め息を吐く。

 

「蘇生石なんて、使う予定があるの?」

「いや……分からない」

「分からない? レミィが?」

「ええ。何故か、運命が曖昧に視えるのよ。誰かの能力かしらね」

「……八雲紫かしら? 何かしらの境界を弄られたとか」

「かもね。ただ何となく血のイメージが視えた気がしたのよ。だから念の為……ね」

 

 レミリアは咲夜の用意した紅茶を少し口に含んだ。

 それからパチュリーに切り出した。

 

「––––パチェ、貴女に頼みがあるわ」

「頼み?」

「宴会にフランを連れて来てあげてちょうだい。護衛に美鈴も」

「それは構わないけど……それが頼み?」

「いや……本当の頼みは––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「––––私以外に戦わせるな。レミィはそう言ったわ」

 

 紫に対して、パチュリーは力強く言った。

 運命が"視"えるレミリアの言葉は、紫にも重く受け止められる。

 それでも––––八雲紫は動かない。

 

「……萃香は約束を大事にする性格よ。そして約束が破られたとなれば、その怒りで取り返しのつかない暴れ方をするかもしれない。彼女はそういう性格」

「あの子達の命よりも、その約束とやらを優先させると言いたいの?」

「ええ……私は幻想郷の管理者でもあるの。より幻想郷に利益のある選択をするわ。そこに私情は挟めない」

 

 パチュリーは深く溜め息を吐いた。

 そして大きく息を吸ってから、紫を睨みつけて言う。

 

「なら、私も戦うしかないわね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「どうしたどうした!? その程度かい?」

「ッ……」

 

 手数は私の方が優っている。

 相手の動きだって、目で追えないほどの速さじゃない。

 時間を止めて確実に、正確にこのナイフを突き刺す。

 

 ––––しかし、ナイフが通らない。

 

「……またそれかい」

 

 接近した私の顔面目掛けて、萃香が拳を叩き込む。

 ギリギリで時間を止め、私は距離を取る。

 私のナイフは、萃香に通用していなかった。

 力一杯突き刺しても、出来るのはちょっとした切り傷程度。

 時を止めて設置するようなナイフじゃあ、かすり傷すら出来ない。

 

「どうして……」

「諦めな。そのナイフじゃあ、私には敵わない」

 

 これも彼女の能力なのだろうか?

 それとも、このナイフが鬼には通用しないということなのだろうか?

 

「……分かったわ。降参よ」

「へ……? 降参?」

「そう。私に貴女を倒す術は無いわ。長期戦になったら、人間の私の方が不利なのは目に見えてるもの」

「そうか……ふふっ、降参かぁ」

「何がおかしいの?」

 

 萃香はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「……無知ってのは本当に罪なものよ」

「は……?」

「人間が鬼に降参する。これが何を意味しているのか、知らないんだろう?」

 

 萃香は手に持っていた瓢箪を再び口につけると、酒を飲み干し高らかに笑った。

 

「じゃあ––––死のうか」

「……は?」

 

 一歩、萃香が踏み出した。

 彼女小さな体からは考えられないほど、その一歩は大きかった。

 一瞬で私の前に迫ると、萃香は右手を振り上げた。

 

 

 

 ––––鮮やかな紅色の血が辺りに飛び散った。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……ふふっ、やるじゃないか」

 

 萃香は地面に大の字になり、天を仰いでいた。

 

「反則だよ。お前さんの技は」

 

 萃香は自分の技に自信があった。

 過去の話ではあるが、"技の萃香"なんて呼ばれた事もあった。

 萃めて散らす力が、こんなにも簡単に敗れるとは思っていなかった。

 ––––加えて、相手は人間である。

 

「そう? あんたが弱いだけじゃない?」

「鬼を相手にそんなことが言えるのか……」

「どうでもいいけど、さっさとここから出してくれる?」

 

 霊夢の怒りはピークに達していた。

 2時間前に八雲邸に連れ去られたかと思えば、宴会の時間になると同時にこの空間に送られて謎の戦闘を強いられた。

 今回はレミリアがなんとかしてくれるだろうと期待していた反動も加わって、霊夢の苛立ちは膨れ上がっていた。

 

「まあまあ、落ち着きなよ」

 

 そんな霊夢は、萃香との戦いで初めから全力だった。

 もちろん全力で無ければ勝てない相手であった事も確かなのだが、それ以上に怒りが霊夢の力を加速させていた。

 初めから全力の夢想天生。

 触れることさえできない霊夢から放たれる不可避の攻撃に、萃香はなす術がなかった。

 

「はぁ……まったく。今日は厄日ね」

「さぁ霊夢。行こうか」

 

 萃香がそう言うと、壁の一部が崩れ落ちた。

 そこは萃香が萃めて作っていた壁であり、それを散らしたのだ。

 そして崩れた壁の先には、また別の同じような空間があった。

 

「私に勝ったのはあんた達2人さ。鬼に勝ったんだ、誇ってくれよ」

 

 萃香は悔しそうに、しかしどこか嬉しそうに言った。

 

 


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