紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第4話 運命に導かれて (挿絵あり)

 

「まさか……魔法使い相手に遠距離戦をやるつもり?」

 

 ––––パチンッ

 

 私のナイフが全て落とされたのを確認した後に、私は時間を停止させた。

 初めから、一筋縄ではいかないとは思っていた。

 しかしまあ……いとも簡単に撃ち落としてくれるものだ、と少し落ち込んでいた。

 しかし、まだ負けたわけではない。私にはまだ闘う術がある。

時を止めている今のうちに、ナイフを配置した。

 数本は、もしもの事を考えて取っておく。

 それ以外の全てはパチュリーに刃先を向けて停止している。

 

 それにしても––––この右腕は、いつもの様にナイフを投げてはくれないのね。

 

 

 ––––パチンッ

 

「馬鹿な事はやめて、さっさと帰––––ッ!?」

 

 パチュリーは目の前に突然現れたナイフに気付いたようだが、その頃にはもう––––

 

 

「訳も分からないまま、死になさい」

 

 

 ––––ナイフが皮膚を抉り肉を掻き出した。

 ここまで大量のナイフを刺したのは初めてかもしれない。

 そこに音はなかった。その後、刺さり切らなかったナイフが床に落ちる音が響き、そして彼女が倒れる音だけがした。

 ナイフが刺さる音は、微塵も聞こえなかった。

 

「……」

 

 しかし私は、ただそれを眺めているのみだ。

 勝利したことに笑いもせず、はたまた、吐き気を催すほど衝撃的なその光景に目を逸らすこともない。

 私はただ、倒れゆくパチュリーの身体を見ていた。

 

 ––––私の足は、まだ魔法陣に囚われている。

 

 

「まさか本当に、レミィの言う通りになるなんてね」

 

 何かをボソッと呟きながら、彼女は立ち上がった。

 服や身体は自身の血で汚れているものの、傷は一切見当たらなかった。

 

「……魔法使いは不死身なの?」

「そんな事はないわ。ただ、死期が予想出来ていればそれなりの対処ができるのよ。もちろん、自然死はどうしようもないけど」

「流石は偉大な魔法使い様」

「褒められた気はしないわね」

 

 パチュリーは何らかの魔法で、自らの服装を整える。

 それは血の汚れも消滅させた。

 何事もなかったかのように、元通りになる。

 

「まあ、そもそもあの程度の傷では死なないわ。妖怪を物理的な攻撃で殺すなんて不可能でしょう?」

「……」

「あら、知らなかったの?」

「……知らないわよ。妖怪のことなんて」

「一般的に妖怪は、肉体がかなり丈夫に作られているし、再生力もかなり高いわ。そんな妖怪を殺すには弱点を突くか、(いわ)れのある武器を使うしかないのよ」

「じゃあ吸血鬼を殺すなんてそもそも……」

「ええ、出来ないでしょうね……と言いたいところなのだけど、それは嘘になってしまうわ」

「どういうこと?」

「私は嘘が嫌いなのよ」

「……私が聞いたのはそっちじゃないわ。私が吸血鬼を殺せる可能性を聞いたのよ」

「それならさっき言った通りよ。弱点を突けば、妖怪を殺す事はできる。そして吸血鬼は、その強大な力の代償とも言えるほど、弱点が多いわ。例えば……この銀ナイフとかね」

 

 パチュリーは自身の周りに散らばった銀ナイフを手に取る。

 そして、私に投げつけた。

 

「貴女にこのナイフが効かなくとも、吸血鬼に効くなら充分よ」

 

 パチュリーが投げたナイフは、私の3mほど右を通過した。

 私はそれを、目で追うことすらしない。

 

「難しいのね、これ。簡単だとは思ってなかったけど」

「お手本を見せてあげるわ」

 

 私は余らせておいたナイフを取り出し、パチュリーへと向ける。

 

「遠慮しておくわ。これ以上は本当に死んじゃうかもしれないから」

「なら、この足枷を解いてもらえるかしら?」

「ええ、いいわよ。貴女が大人しく帰るのならね」

「そう……残念ね」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「流石に、2度も同じ手には掛からないわよ」

 

【挿絵表示】

 

 パチュリーは魔法陣による結界を張っていた。

 時を止めてるうちに配置したナイフは、その場に留まり続けていた。

 

「……本当に、残念だわ」

 

 私には闘う術が無くなった。

 

吸血鬼(レミィ)は、私なんかよりもずっと力があるわ。私に勝てない貴女が、吸血鬼を倒せるとは思えない。私は貴女の為を思って言っているのよ」

 

 パチュリーが、私の方へと歩み寄る。

 

「ここは貴女の来るべきところではないわ。分かったならさっさと––––「嫌よ」

 

 私はパチュリーの言葉を遮り、言い放つ。

 パチュリーは私の言葉に驚いたのか、目を見開いていた。

 

「……何故? 理解出来ないわ。貴女は自ら死に向かおうとしているのよ? 貴女達人間は、死が怖いのでしょう?」

「そんなの、私にも分からないわ。死が怖くないと言えば嘘になるでしょうね。死にたいとは思わないから」

「それなのに、どうしてそこまで吸血鬼に拘るの?」

「……それも分からないわよ。ただ、()いて言うなら––––運命かしら?」

「ッ!」

 

 私は、何も考えていなかった。

 何か意図があった訳ではない。

 気付いた時には、そう呟いていた。

 

「……え?」

 

 意味がわからない。

 勿論先ほどの私の発言も理解できないが、それ以上に––––

 

 

 ––––魔法陣を解くパチュリーの行動も、私には理解出来なかった。

 

「……何故、解いたの?」

 

 私は問う。

 

「そんなの、私にも分からないわ。ただ、強いて言うなら––––」

 

 パチュリーは答える。

 先ほどの私と同じように。

 

「––––運命よ。私はここで貴女を引き留めることが出来ない運命に、そして貴女はレミリア・スカーレットに導かれる運命にあるのよ」

「……私が、導かれる?」

「孰れ分かるわ。今はただ、吸血鬼を倒すことだけ考えなさい」

 

 幾多ものナイフが、ふわふわと浮かび上がり、私の元へとやって来る。

 おそらくパチュリーが、魔法で移動させているのだろう。

 

「ナイフ、返すわね」

「……どうも」

「それと––––」

 

 パチュリーが私に近づく。

 何の躊躇いもなく、私の間合いに入ってくる。

 そして、私の右腕を掴んだ。

 

「ぐぁッ……!?」

「––––やっぱり。美鈴にでもやられたのかしら?」

「は、離し…………?」

 

 私の腕が、鈍く光りだす。

 

「再生力を高める魔法よ。人間の再生力程度でも、高めればこの程度の傷ならすぐに癒えるわ」

「何故……?」

「気に入ったのよ。貴女のこと」

「……はぁ?」

「何でもないわ。聞き流して頂戴」

「……」

「まあでも……本当に貴女を気に入ったのは私じゃなくて––––」

 

 そう言いかけて、パチュリーは一息吐いた。

 詮索しても教えてもらえないだろうと考え、私は何も聞かなかった。

 そんな私の様子を見て、パチュリーが私の腕から手を離す。

 

「……だいぶ良くなったかしら?」

「ええ、ありがとう」

 

 軽い打撲程度だったし、多少の痛みはあれどナイフを投げることは出来ていた。

 しかし、やはり傷を負っているのと負っていないのでは大違いだ。

 

「礼なんていらないわ。一応、私と貴女は敵対しているのよ」

「この状況では、とてもそうは見えないけど」

「ふふっ。こぁ! この子を案内しなさい!」

 

 パチュリーが少し大きめの声で誰かを呼んだ。

 

「はいは〜い」

「返事は一回でいいわ」

「はーい」

「じゃあ、お願いできるかしら?」

 

 現れたのは、先ほどの小悪魔だった。

 小悪魔だから、"こぁ"……何とも安直なネーミングだ。

 

「お任せください、パチュリー様」

「ええ、頼んだわ」

 

 小悪魔にそう言うと、パチュリーは再び私に視線を移す。

 

「死なない様に、努力なさい」

「別に死んでも、悔やんでくれる人なんていないわ」

「……貴女自身が、悔やむでしょう?」

「私が……?」

「それと、これを持って行きなさい」

「……え?」

「首にぶら下げるだけでいいから」

 

 パチュリーが私に手渡した。

 それは、青い光を微かに放つ石が付いたネックレスだった。

 

「……きっと役に立つはずよ」

「ありがとう……?」

 

 パチュリーは蹄を返し、元いた場所へと戻って行った。

 これは一体……?

 

「さて、行きましょうか?」

「……ええ」

 

 残る疑問に首を傾げつつも、私は再び小悪魔に連れられて、図書館を出た。

 

 

◆◇◆

 

 

「まさか貴女が……パチュリー様といい勝負をするとは思いませんでしたよ」

 

 図書館を出て少し歩いたところで、小悪魔が言う。

 

「あら、皮肉かしら?」

「そ、そんなつもりは……」

「はぁ……いい勝負ですって? 私は手も足も出なかったわ」

「人間がパチュリー様と戦えること自体が、本当に凄いことなんですよ」

「でも、あの魔法使いは私を殺すつもりすらなかったようだし……勝負と言えるのかしら?」

「で、でも、貴女は一度、パチュリー様を瀕死まで追い込みました。それだけで素晴らしいことです」

「……どうして貴女は、そんなに私を褒めるのかしら?」

「ッ……それは……」

 

 小悪魔が立ち止まる。

 私達の目の前には、再び大きな扉があった。

 

「吸血鬼は強大です。単純な戦闘能力ではパチュリー様や美鈴さんが敵うことはありません」

「……だから戦う前に励ましたかった、ということ?」

「はい。もちろん私もこの館の者ですから、貴女を応援することはできません。しかし、人間が吸血鬼に挑むなんて、あまりにも––––」

「私が望んでいることよ。貴女が気に病むなんて、御門違いも甚だしいわ」

「……そうですね。パチュリー様も仰ってましたが、どうか死なないように頑張って下さい」

「ええ、死ぬ気で頑張るわ」

 

 私は扉に手をかけ、押しあける。

 

「え……いや、死なないようにって––––」

 

 小悪魔の言葉を最後まで聞くことなく、扉を閉めた。

 

 

◆◇◆

 

 

「……」

 

 誰もいない。

 私は辺りを見回す。

 

 パチュリーの図書館や、小悪魔と歩いてきた廊下には灯りがあった。

 しかしこの部屋には、灯りがない。

 

 ––––そもそも、此処は"部屋"なのだろうか?

 かなり広いその空間には、月明かりだけが差し込んでいる。

 見えないこともないが、視界が悪い。

 

 そんな中を、私は歩き出した。

 その足取りに不安は感じられない。

 普通の人間ならば、暗く視界が悪い場所では––––況してや、初めて訪れた場所であれば尚更––––足取りが覚束なくなるだろう。

 

 ––––折悪しく、私は"普通の"人間ではなさった。

 

 私は時間を操ることが出来る。

 そしてそれは、空間を操ることに他ならない。

 故に私は、空間把握能力に長けていた。

 空間把握能力、などと大袈裟に言っているが、これはどんな人間にもある能力だ。言い換えれば、どこに何があるかを理解することが出来る力だ。

 私と普通の人間が違う点があるとすれば、人間が目視によってのみ空間を把握できるのに対し、私は第六感的な感覚により空間を把握できた。

 だから私は、例え暗闇であってもこうして歩くことが出来る。

 

 もっと言えば––––

 

 私はナイフを投げる。

 それは一直線に、"彼女"の元へと飛んでいく。

 

「……」

 

 ––––"何か"がそこにいるのも、私には分かる。

 

「物騒な挨拶ね。これが人間式なの?」

 

 何かを眺めるように椅子に腰掛ける少女がいた。

 そこには月明かりが届いておらず、そのシルエットだけが薄っすらと目視できる。

 そしてその手には、先ほどのナイフが握られていた。

 

「ええ、これが一般的な人間の挨拶ですわ」

「なら、挨拶を返してあげるとするかな。人間式のを」

 

 ナイフが飛んできた。

 それはパチュリーが投げたような、遅く、そして的外れなものとは似ても似つかない。

 そのナイフは、まるで私が投げたように……いや、それ以上に速く、そして正確だった。

 私は飛んできたナイフを、避けることなく掴んだ。

 

「やけに上手いのね」

「貴女こそ、よく反応したわ。褒めてやろう。まぁ、タネは分かってるけど」

「……なんのことかしら? タネも仕掛けも御座いませんわ」

「確かに貴女自身の"力"だから、トリックとは言えないかもしれないけど––––」

「もしかして……私の"力"が判っているのかしら?」

「私には全てお見通しさ」

 

 彼女が立ち上がる。その時に初めて気がついた。

 少女は––––いや、"少女"というよりも"幼女"と言った方が正しいかもしれない。それほど幼い印象を受けた。

 

「……随分と可愛らしいのね。貴女、本当に吸血鬼?」

「あれ、私……自分が吸血鬼だって言ったかな?」

「言ってないわ。で、違うの?」

「いいえ、違わないわ。私は誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットよ」

 

 彼女は両手を胸の前に持っていきながら、そう言った。

 

【挿絵表示】

 

「ところで貴女、料理は得意かしら?」

「……いきなり何?」

「質問を質問で返さないでほしいわ」

「貴女には"全て"お見通しなんじゃなかったかしら?」

「うるさいわね、そういうのは視えないのよ。いいから、質問に答えてくれない?」

「料理ねぇ……出来ないことはないわ。ある程度の物は、上手くできると思う。けど、他人に作ったりはしたことがないから、よく分からないわね」

「へぇ……そう」

「どうしてこんな質問するのよ?」

「貴女は知ってるかしら?料理の腕前は、ナイフ投げの腕前に比例するのよ」

「……はぁ?」

「だから"挨拶上手"な貴女なら、料理が上手いと思ったの」

 

 少女が歩き出す。彼女は月明かりに照らされ、その姿が露わになった。

 そんな少女の口元には、吸血鬼特有の八重歯が顔を出していた。

 その歯は月明かりで輝いているように見える。

 

「そして私も、ナイフを投げるのが得意なの」

「……そうね。それはさっき痛感したわ」

「でしょう?だから私も、料理が得意なのよ」

「へぇ……貴女は料理が出来るの?」

「勿論よ。信じてないのなら––––」

 

 少女の背から、黒い大きな翼が音を立てて現れた。

 そんな少女の目は、今宵の満月のように、紅く輝いていた。

 

「––––今からお前を"料理"してやろう」

 




*挿絵に使わせていただいた素材

1枚目
・パチュリー・ノーレッジ アールビット様
・ヴワル図書館 うすた様
・ナイフ アールビット様

2枚目
・スカイドーム(赤い夜 R6) 怪獣対若大将P様
・レミリア=スカーレット Cmall様 ココア様 moto様 フリック様

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