「まさか……魔法使い相手に遠距離戦をやるつもり?」
––––パチンッ
私のナイフが全て落とされたのを確認した後に、私は時間を停止させた。
初めから、一筋縄ではいかないとは思っていた。
しかしまあ……いとも簡単に撃ち落としてくれるものだ、と少し落ち込んでいた。
しかし、まだ負けたわけではない。私にはまだ闘う術がある。
時を止めている今のうちに、ナイフを配置した。
数本は、もしもの事を考えて取っておく。
それ以外の全てはパチュリーに刃先を向けて停止している。
それにしても––––この右腕は、いつもの様にナイフを投げてはくれないのね。
––––パチンッ
「馬鹿な事はやめて、さっさと帰––––ッ!?」
パチュリーは目の前に突然現れたナイフに気付いたようだが、その頃にはもう––––
「訳も分からないまま、死になさい」
––––ナイフが皮膚を抉り肉を掻き出した。
ここまで大量のナイフを刺したのは初めてかもしれない。
そこに音はなかった。その後、刺さり切らなかったナイフが床に落ちる音が響き、そして彼女が倒れる音だけがした。
ナイフが刺さる音は、微塵も聞こえなかった。
「……」
しかし私は、ただそれを眺めているのみだ。
勝利したことに笑いもせず、はたまた、吐き気を催すほど衝撃的なその光景に目を逸らすこともない。
私はただ、倒れゆくパチュリーの身体を見ていた。
––––私の足は、まだ魔法陣に囚われている。
「まさか本当に、レミィの言う通りになるなんてね」
何かをボソッと呟きながら、彼女は立ち上がった。
服や身体は自身の血で汚れているものの、傷は一切見当たらなかった。
「……魔法使いは不死身なの?」
「そんな事はないわ。ただ、死期が予想出来ていればそれなりの対処ができるのよ。もちろん、自然死はどうしようもないけど」
「流石は偉大な魔法使い様」
「褒められた気はしないわね」
パチュリーは何らかの魔法で、自らの服装を整える。
それは血の汚れも消滅させた。
何事もなかったかのように、元通りになる。
「まあ、そもそもあの程度の傷では死なないわ。妖怪を物理的な攻撃で殺すなんて不可能でしょう?」
「……」
「あら、知らなかったの?」
「……知らないわよ。妖怪のことなんて」
「一般的に妖怪は、肉体がかなり丈夫に作られているし、再生力もかなり高いわ。そんな妖怪を殺すには弱点を突くか、
「じゃあ吸血鬼を殺すなんてそもそも……」
「ええ、出来ないでしょうね……と言いたいところなのだけど、それは嘘になってしまうわ」
「どういうこと?」
「私は嘘が嫌いなのよ」
「……私が聞いたのはそっちじゃないわ。私が吸血鬼を殺せる可能性を聞いたのよ」
「それならさっき言った通りよ。弱点を突けば、妖怪を殺す事はできる。そして吸血鬼は、その強大な力の代償とも言えるほど、弱点が多いわ。例えば……この銀ナイフとかね」
パチュリーは自身の周りに散らばった銀ナイフを手に取る。
そして、私に投げつけた。
「貴女にこのナイフが効かなくとも、吸血鬼に効くなら充分よ」
パチュリーが投げたナイフは、私の3mほど右を通過した。
私はそれを、目で追うことすらしない。
「難しいのね、これ。簡単だとは思ってなかったけど」
「お手本を見せてあげるわ」
私は余らせておいたナイフを取り出し、パチュリーへと向ける。
「遠慮しておくわ。これ以上は本当に死んじゃうかもしれないから」
「なら、この足枷を解いてもらえるかしら?」
「ええ、いいわよ。貴女が大人しく帰るのならね」
「そう……残念ね」
––––パチンッ
「流石に、2度も同じ手には掛からないわよ」
パチュリーは魔法陣による結界を張っていた。
時を止めてるうちに配置したナイフは、その場に留まり続けていた。
「……本当に、残念だわ」
私には闘う術が無くなった。
「
パチュリーが、私の方へと歩み寄る。
「ここは貴女の来るべきところではないわ。分かったならさっさと––––「嫌よ」
私はパチュリーの言葉を遮り、言い放つ。
パチュリーは私の言葉に驚いたのか、目を見開いていた。
「……何故? 理解出来ないわ。貴女は自ら死に向かおうとしているのよ? 貴女達人間は、死が怖いのでしょう?」
「そんなの、私にも分からないわ。死が怖くないと言えば嘘になるでしょうね。死にたいとは思わないから」
「それなのに、どうしてそこまで吸血鬼に拘るの?」
「……それも分からないわよ。ただ、
「ッ!」
私は、何も考えていなかった。
何か意図があった訳ではない。
気付いた時には、そう呟いていた。
「……え?」
意味がわからない。
勿論先ほどの私の発言も理解できないが、それ以上に––––
––––魔法陣を解くパチュリーの行動も、私には理解出来なかった。
「……何故、解いたの?」
私は問う。
「そんなの、私にも分からないわ。ただ、強いて言うなら––––」
パチュリーは答える。
先ほどの私と同じように。
「––––運命よ。私はここで貴女を引き留めることが出来ない運命に、そして貴女はレミリア・スカーレットに導かれる運命にあるのよ」
「……私が、導かれる?」
「孰れ分かるわ。今はただ、吸血鬼を倒すことだけ考えなさい」
幾多ものナイフが、ふわふわと浮かび上がり、私の元へとやって来る。
おそらくパチュリーが、魔法で移動させているのだろう。
「ナイフ、返すわね」
「……どうも」
「それと––––」
パチュリーが私に近づく。
何の躊躇いもなく、私の間合いに入ってくる。
そして、私の右腕を掴んだ。
「ぐぁッ……!?」
「––––やっぱり。美鈴にでもやられたのかしら?」
「は、離し…………?」
私の腕が、鈍く光りだす。
「再生力を高める魔法よ。人間の再生力程度でも、高めればこの程度の傷ならすぐに癒えるわ」
「何故……?」
「気に入ったのよ。貴女のこと」
「……はぁ?」
「何でもないわ。聞き流して頂戴」
「……」
「まあでも……本当に貴女を気に入ったのは私じゃなくて––––」
そう言いかけて、パチュリーは一息吐いた。
詮索しても教えてもらえないだろうと考え、私は何も聞かなかった。
そんな私の様子を見て、パチュリーが私の腕から手を離す。
「……だいぶ良くなったかしら?」
「ええ、ありがとう」
軽い打撲程度だったし、多少の痛みはあれどナイフを投げることは出来ていた。
しかし、やはり傷を負っているのと負っていないのでは大違いだ。
「礼なんていらないわ。一応、私と貴女は敵対しているのよ」
「この状況では、とてもそうは見えないけど」
「ふふっ。こぁ! この子を案内しなさい!」
パチュリーが少し大きめの声で誰かを呼んだ。
「はいは〜い」
「返事は一回でいいわ」
「はーい」
「じゃあ、お願いできるかしら?」
現れたのは、先ほどの小悪魔だった。
小悪魔だから、"こぁ"……何とも安直なネーミングだ。
「お任せください、パチュリー様」
「ええ、頼んだわ」
小悪魔にそう言うと、パチュリーは再び私に視線を移す。
「死なない様に、努力なさい」
「別に死んでも、悔やんでくれる人なんていないわ」
「……貴女自身が、悔やむでしょう?」
「私が……?」
「それと、これを持って行きなさい」
「……え?」
「首にぶら下げるだけでいいから」
パチュリーが私に手渡した。
それは、青い光を微かに放つ石が付いたネックレスだった。
「……きっと役に立つはずよ」
「ありがとう……?」
パチュリーは蹄を返し、元いた場所へと戻って行った。
これは一体……?
「さて、行きましょうか?」
「……ええ」
残る疑問に首を傾げつつも、私は再び小悪魔に連れられて、図書館を出た。
◆◇◆
「まさか貴女が……パチュリー様といい勝負をするとは思いませんでしたよ」
図書館を出て少し歩いたところで、小悪魔が言う。
「あら、皮肉かしら?」
「そ、そんなつもりは……」
「はぁ……いい勝負ですって? 私は手も足も出なかったわ」
「人間がパチュリー様と戦えること自体が、本当に凄いことなんですよ」
「でも、あの魔法使いは私を殺すつもりすらなかったようだし……勝負と言えるのかしら?」
「で、でも、貴女は一度、パチュリー様を瀕死まで追い込みました。それだけで素晴らしいことです」
「……どうして貴女は、そんなに私を褒めるのかしら?」
「ッ……それは……」
小悪魔が立ち止まる。
私達の目の前には、再び大きな扉があった。
「吸血鬼は強大です。単純な戦闘能力ではパチュリー様や美鈴さんが敵うことはありません」
「……だから戦う前に励ましたかった、ということ?」
「はい。もちろん私もこの館の者ですから、貴女を応援することはできません。しかし、人間が吸血鬼に挑むなんて、あまりにも––––」
「私が望んでいることよ。貴女が気に病むなんて、御門違いも甚だしいわ」
「……そうですね。パチュリー様も仰ってましたが、どうか死なないように頑張って下さい」
「ええ、死ぬ気で頑張るわ」
私は扉に手をかけ、押しあける。
「え……いや、死なないようにって––––」
小悪魔の言葉を最後まで聞くことなく、扉を閉めた。
◆◇◆
「……」
誰もいない。
私は辺りを見回す。
パチュリーの図書館や、小悪魔と歩いてきた廊下には灯りがあった。
しかしこの部屋には、灯りがない。
––––そもそも、此処は"部屋"なのだろうか?
かなり広いその空間には、月明かりだけが差し込んでいる。
見えないこともないが、視界が悪い。
そんな中を、私は歩き出した。
その足取りに不安は感じられない。
普通の人間ならば、暗く視界が悪い場所では––––況してや、初めて訪れた場所であれば尚更––––足取りが覚束なくなるだろう。
––––折悪しく、私は"普通の"人間ではなさった。
私は時間を操ることが出来る。
そしてそれは、空間を操ることに他ならない。
故に私は、空間把握能力に長けていた。
空間把握能力、などと大袈裟に言っているが、これはどんな人間にもある能力だ。言い換えれば、どこに何があるかを理解することが出来る力だ。
私と普通の人間が違う点があるとすれば、人間が目視によってのみ空間を把握できるのに対し、私は第六感的な感覚により空間を把握できた。
だから私は、例え暗闇であってもこうして歩くことが出来る。
もっと言えば––––
私はナイフを投げる。
それは一直線に、"彼女"の元へと飛んでいく。
「……」
––––"何か"がそこにいるのも、私には分かる。
「物騒な挨拶ね。これが人間式なの?」
何かを眺めるように椅子に腰掛ける少女がいた。
そこには月明かりが届いておらず、そのシルエットだけが薄っすらと目視できる。
そしてその手には、先ほどのナイフが握られていた。
「ええ、これが一般的な人間の挨拶ですわ」
「なら、挨拶を返してあげるとするかな。人間式のを」
ナイフが飛んできた。
それはパチュリーが投げたような、遅く、そして的外れなものとは似ても似つかない。
そのナイフは、まるで私が投げたように……いや、それ以上に速く、そして正確だった。
私は飛んできたナイフを、避けることなく掴んだ。
「やけに上手いのね」
「貴女こそ、よく反応したわ。褒めてやろう。まぁ、タネは分かってるけど」
「……なんのことかしら? タネも仕掛けも御座いませんわ」
「確かに貴女自身の"力"だから、トリックとは言えないかもしれないけど––––」
「もしかして……私の"力"が判っているのかしら?」
「私には全てお見通しさ」
彼女が立ち上がる。その時に初めて気がついた。
少女は––––いや、"少女"というよりも"幼女"と言った方が正しいかもしれない。それほど幼い印象を受けた。
「……随分と可愛らしいのね。貴女、本当に吸血鬼?」
「あれ、私……自分が吸血鬼だって言ったかな?」
「言ってないわ。で、違うの?」
「いいえ、違わないわ。私は誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットよ」
彼女は両手を胸の前に持っていきながら、そう言った。
「ところで貴女、料理は得意かしら?」
「……いきなり何?」
「質問を質問で返さないでほしいわ」
「貴女には"全て"お見通しなんじゃなかったかしら?」
「うるさいわね、そういうのは視えないのよ。いいから、質問に答えてくれない?」
「料理ねぇ……出来ないことはないわ。ある程度の物は、上手くできると思う。けど、他人に作ったりはしたことがないから、よく分からないわね」
「へぇ……そう」
「どうしてこんな質問するのよ?」
「貴女は知ってるかしら?料理の腕前は、ナイフ投げの腕前に比例するのよ」
「……はぁ?」
「だから"挨拶上手"な貴女なら、料理が上手いと思ったの」
少女が歩き出す。彼女は月明かりに照らされ、その姿が露わになった。
そんな少女の口元には、吸血鬼特有の八重歯が顔を出していた。
その歯は月明かりで輝いているように見える。
「そして私も、ナイフを投げるのが得意なの」
「……そうね。それはさっき痛感したわ」
「でしょう?だから私も、料理が得意なのよ」
「へぇ……貴女は料理が出来るの?」
「勿論よ。信じてないのなら––––」
少女の背から、黒い大きな翼が音を立てて現れた。
そんな少女の目は、今宵の満月のように、紅く輝いていた。
「––––今からお前を"料理"してやろう」
*挿絵に使わせていただいた素材
1枚目
・パチュリー・ノーレッジ アールビット様
・ヴワル図書館 うすた様
・ナイフ アールビット様
2枚目
・スカイドーム(赤い夜 R6) 怪獣対若大将P様
・レミリア=スカーレット Cmall様 ココア様 moto様 フリック様