紅魔女中伝   作:ODA兵士長

33 / 55
番外編 『宴会妖々夢』

 

 

「咲夜遅いねぇ……何かあったのかな?」

「……そうねぇ。きっと、道草でも食ってるのよ」

「咲夜が? まさか」

「ふふっ、そのまさかかも知れないわよ?」

 

 レミリアとフランは、妖精メイドの用意した紅茶を飲みながら咲夜の帰りを待っていた。

 咲夜に下した命令は1つだけ。

 

 ––––死霊共がうろついててうるさいから、亡霊の姫に文句を言ってきなさい。

 

 そして私は、例の弾幕ごっこ用の青い球体––––ちなみに私は"マジカル☆さくやちゃんスター"と呼んでいる––––を持たせた上で咲夜を向かわせた。

 それが暗に"弾幕ごっこをする必要に迫られる"ということを意味していることは、咲夜にも伝わっていることだろう。

 だからこんなにも、帰りが遅いのだ。

 もう日は沈んでいる。

 

「もぉ……私、お腹空いたよ〜」

「もう少し待ってなさい。もうすぐ食事の時間だから」

「え……?」

 

「––––ごめんあそばせぇ」

 

「うわっ!?」

 

 フランは驚きを隠せなかった。

 それもそのはず、突然真後ろから声が聞こえたのだ。

 しかしレミリアは動じることなく、不敵な笑みすら浮かべて、その怪奇現象を目の当たりにしていた。

 

「準備はできたのか?」

「ええ、それはもう」

「よしフラン、行くぞ。今日がお前の、幻想郷デビューだ」

「え……?」

 

 レミリアはフランの手を取ると、迷うことなくその()()()に足を踏み入れた。

 フランも続いて、足を踏み入れる。

 フランは不安で一杯だった。

 しかし繋がれた姉の手をしっかりと握りしめ、そのスキマをくぐり抜ける。

 すると––––

 

 

「うわぁ……!」

 

 

 ––––見渡す限りに広がる満開の桜が、月明かりに照らされていた。

 それは美しく幻想的な光景であった。

 フランドールは初めて見る外の世界に、心を躍らせていた。

 

「はじめまして。かわいい吸血鬼の姉妹さん」

 

 そんな2人に声をかける者がいた。

 彼女は桜の花びらのようにフワフワとした雰囲気を持つ、夜桜のように妖艶な桃色の髪をした少女だった。

 

「貴女が噂に聞く亡霊の姫ね……? はじめまして」

「知っているとは思うけれど、一応自己紹介をするわね。私はこの白玉楼の主、西行寺幽々子よ。今日は大宴会、楽しんで行って下さいな」

「私は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。こっちは妹のフランドール・スカーレットだ。言われなくとも、存分に楽しませてもらうつもりさ」

「––––お嬢様、妹様、どうぞこちらへ」

「あ、咲夜だ!」

 

 突如として現れた咲夜は、レミリアとフランの席を用意し、酒と料理を並べた。

 レミリア達が腰をかけると、一礼した後に忙しなく戻って行った。

 その光景を見ながら、幽々子と紫も同じように腰を下ろした。

 咲夜はさっさと、準備に戻ってしまった。

 

「あのメイドちゃん……名前は咲夜だったかしら? とっても優秀な子ねぇ。うちに譲ってくれないかしら?」

「譲らないさ。咲夜は私達の家族だからな。それに、ここには半人半霊とやらがいるんじゃないのか?」

「妖夢は庭師ですもの。メイドじゃないわ」

「あら幽々子。身の回りの世話はぜーんぶ妖夢に任せてるくせして」

「だってぇ、あの子なんでも出来るんだもの」

「なぁに? うちの子凄い自慢でもするつもり?」

「別にそんなつもりじゃないけど……霊夢は家にはいらないかなぁ」

「な、何よその言い方!」

「いや、私は欲しいぞ。是非ともアレを私のモノにしてみたいものだな」

「させるか!」

「あら……? そういえば妹ちゃんはどうしたの?」

「ん……? フ、フラン!?」

「あぁ、フランドール嬢ならあそこですわ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ひ、久しぶり……」

 

 俯きながら恥ずかしそうに話しかける少女。

 彼女の名前はフランドール・スカーレット。

 495年ほど幽閉されていた彼女は、外の世界を知らない。故に、人との関わりを知らない。

 そんな彼女が、家族以外の知り合いに声をかけようとしていた。

 

「ん……? ああ、お前は紅魔館の妹君!」

 

 彼女が声をかけたのは、霧雨魔理沙。

 よく紅魔館へ侵入(訪問)する魔理沙は、フランの数少ない知り合いの1人だった。

 

「フランドールよ。フランドール・スカーレット」

「おお、そうだったそうだった。館の外に出られるようになったのか?」

「そうみたい。今日が初めてのお外よ」

「そうかそうか、そいつは目出度(めでた)い。じゃあ、お前も一緒に飲むか、フラン?」

「うん! ありがとう、魔理沙!」

 

 フランの手にはワイングラス、魔理沙の手には日本酒の注がれた御猪口(おちょこ)

 なんとも不格好ながらも、彼女たちは盃を交わした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あら霊夢、1人?」

「……咲夜か」

 

 白玉楼の縁側に1人腰掛け酒を飲む霊夢に、私は声をかけた。

 暇そうな霊夢の隣に腰掛けると、霊夢は私に酒を注いだ。

 そして小さく乾杯し、酒で喉を濡らす。

 次に口を開いたのは霊夢だった。

 

「宴会の準備はもう終わったの?」

「お酒の準備も、料理の準備も終わったわ。宴会中は藍が働くって言うから……今日のお詫びとかで」

「ふーん。それであんたも暇って訳だ?」

「まあそうね。でも貴女が1人なんて珍しいわね。いつもなら魔理––––」

 

 ふと見ると、魔理沙が妹様と談笑しているのが見えた。

 妹様は、いつも図書館に来る魔理沙を興味深く観察していた。

 やっと話す機会ができて、とても嬉しそうに話していた。

 魔理沙も人当たりのいい性格をしているし、話しやすいのだろう。

 妹様の笑顔が輝いていた。

 

「––––ふふっ、妹様に取られたのね?」

「取られたっていうか……別に」

 

 妹様の笑顔とは対照的に、霊夢は少し不貞腐れたような表情を浮かべていた。

 

「貴女達、本当に仲が良いわよね。昔からの付き合いなの?」

「まあそうね。小さい頃から知ってるわ。あんたには、そういうのないの?」

「あると思う?」

「いや、全く」

「ふふっ……その通りなんだけど、その返答はムカつくわね」

「ごめんごめん。でも、あんたは人を寄せ付けなそうだから」

「まあ、間違ってないわね。でも……どうしてかしらね?」

「私に聞かれても困るわよ。ちっちゃい頃に何かあったとか?」

「そうなのかしら? 知らないのよねぇ」

「……知らない?」

 

 霊夢は怪訝な顔をして私に尋ねた。

 確かに、今の話の流れなら"知らない"ではなく、"分からない"と答えるのが正解な気がする。

 しかし、私には"知らない"と答える理由があった。

 

「––––幼い頃の記憶がないのよ、私」

「え……?」

「1番古い記憶は……5年くらい前の記憶かしらね」

「記憶喪失とか、全健忘とかの類いかしら?」

「さあ? 分からないけど、何も知らなかったの」

 

 私は酒を一口飲んでから、言葉を続けた。

 

「––––でも、自分の生きる術だけは何故か感覚的に知っていたわ」

「生きる術?」

「こんなことを言ったら、貴女がどう思うか分からないけど……私、殺人鬼なのよ」

「さ、殺人鬼……?」

「人を殺してお金を奪って……そんな感じで生活してたわ」

 

 幻想郷に来て、初めて誰かに打ち明けた事だった。

 もちろんお嬢様や八雲紫など、私の素性を知っている者は居るが、こんな風にして自ら打ち明けた事はなかった。

 誰かを信頼するなんて、あの頃の私には考えられなかっただろうが……少なくとも、霊夢は信頼しているのかもしれない。

 いや、信頼とはまた別の類か?

 私は霊夢に抱くこの感情の正体を、正確にはまだ知らない。

 だが、好意に近い何かだという確信は持っていた。

 

 そんな霊夢に、私が殺人鬼だと打ち明けた。

 私は少し怖かった。

 何が怖いのかは分からない。

 ただ、打ち明けることが怖かったのだ。

 正確に言えば、霊夢の返事が怖かった。

 

 長い沈黙だった。

 いや、実際は大した時間ではないのだろう。

 私の恐怖心が、時間を遅らせているような気がした。

 そしてゆっくりと、霊夢が口を開く。

 

「あぁ、納得」

「……………それ、侮辱してるの?」

 

 こんな私の内心など気にもしていない様子で、霊夢はあっけらかんと答えた。

 

「いや、あんたの能力って、暗殺向きだし。性格的にも、人を殺すのに躊躇いがなさそうだし」

「まあ、そう言われると何も言い返せないわね……」

 

 先程まで恐怖を抱いていた自分が無性に恥ずかしくなるほど、霊夢は何事もなかったかのような顔で酒を一口のんだ。

 私はもう一度、ゆっくりと言った。

 

「とにかく私は……殺人鬼なのよ」

「––––殺人鬼()()()ではないのね」

 

 酒を喉へ流し終えた霊夢が、そう言った。

 私は少しだけ戸惑ったが、すぐに答えは出た。

 

「もし、ここを離れて外の世界に戻るようなことがあれば……私はあの生活に戻るでしょうからね。それが1番楽だし、その生き方しか知らないのよ。楽しかったってのもあるしね」

「へぇ……」

「案外、引いたりしないのね?」

「まあ……正直、ピンときてないもの」

「貴女らしいといえばらしい……のかしら?」

「さあね」

 

 私は安堵していた。

 なんとなく、霊夢に対して抱く感情の種類が分かった気がした。

 

「それより……1つ引っかかったんだけど」

 

 ホッとしている私を尻目に、霊夢が言う。

 

「何かしら?」

「最古の記憶は5年前……なのよね?」

「ええ」

「なるほど、5年前か……」

 

 霊夢は少し考えているような素振りを見せた。

 

「……どうしたの?」

「大したことではないと思うけど––––」

 

 霊夢は言葉を続ける。

 

「––––レミリアが幻想郷に来たのが、ちょうど5年くらい前の話なのよね」

「…………関係あるの? それ」

「分からない。なんとなく?」

「お得意の勘ってやつかしら?」

「そうかもね」

「それより、お嬢様が5年前にきたって、何故霊夢は知ってるの? 紅霧異変までは、結界で覆われていたはずなんだけど……?」

「あら、あんたは5年前の"吸血鬼異変"を知らないの?」

「吸血鬼異変……?」

「そう。レミリアが幻想郷に攻め入った異変よ。その時の私はまだ小さかったし、紫が友人とやらを呼んで解決したらしいけど」

「お嬢様が……5年前にそんなことを……?」

 

 

 ––––あれからもう既に5年は経っているぞ?

 

 ––––たったの5年ですわ、我々妖怪にとっては。

 

 

「なるほど。あれはそういうこと……」

「何か思い当たる節でも?」

「ええ。ちょっとね……」

「ふーん」

 

 あれはまだ、霊夢と知り合う前のことだ。

 なんだか、遠い昔のように感じられる。

 それほど私が変わったということなのだろうか?

 

 私が少し感慨に浸っていると、思い出したように霊夢が尋ねた。

 

「それでさ、あんたはどうして幻想郷に来たの?」

「あー、それね。今思い出しても、かなり謎なのよねぇ」

「どういうこと?」

「さっきも言ったけど、私は外の世界で殺人を繰り返していたわ。そんな時に、八雲紫が現れたのよ」

「紫が……?」

 

 霊夢が目を丸くした。

 

「そう。その時点でも、今考えたら意味がわからないのだけどね」

「それで?」

「彼女は言ったわ。"レミリア・スカーレットを殺せ"ってね」

「…………はぁ?」

 

 キョトンとしたような顔から、今度は疑うような顔に変化した。

 こうして見ていると、霊夢は表情豊かで面白い。

 内心少し微笑みながら、私は説明を続けた。

 

「それから私は、紫のスキマで幻想郷に来たわ。そして紅魔館に侵入して……もう少しってところでお嬢様に敗れたの」

 

 まるで私でない誰かの事を話しているように感じるほど、なんだか遠い昔のような、他人事のような事に思えてしまった。

 何故だろうか?

 

「あー……なるほど。それで、"殺すために仕えてる"ってことになるのね」

「そう……ね」

「何? 違うの?」

「いいえ、合ってるわ。合ってるけど……」

 

 私は口ごもる。

 どうしてかは分からなかった。

 だが、霊夢がその答えを言った。

 

「––––殺意が湧いてこない?」

「ッ……」

 

 私はついに何も言えなくなった。

 少しの沈黙の後で、絞り出すように私が口を開いた。

 

「……はぁ、心でも読めるの?」

「勘よ」

「ほんと便利ね、それ」

「まあね。私も頼りにしてる」

「ふふっ、なにそれ」

「だって実際、頼りになるから」

「それはそうかもしれないけど……」

「そんなことはどうでもいい。あんたの話を聞かせなさい」

「はぁ……わがままな人」

「うるさいわね」

「まあいいけど。そうね……貴女の言う通り、殺意が湧いてこなくなったのよ。元を言えば、私は私の生活の為に人を殺していただけだったし。いつしか楽しむようにはなってたけど」

「紅魔館でレミリアに仕えていれば、衣食住には困らないものね?」

「そうそう。もう今じゃ、私のプライドしか殺す理由が無いのよね」

「それ、かなり大きな理由に思えるけど。特にあんたの場合は」

「まあ……否定はしないわ。できないし。だけど……ああ何度もへし折られたら、私のプライドも()たないのかも」

「へぇ……プライドの塊みたいな咲夜がねぇ」

「それに私、お嬢様が…………」

「……レミリアが、何?」

「いいや、なんでもないわ。忘れて」

「…………」

「まあでも、殺す努力はしているわ。それが今の私の生きる意味だと思ってるし」

「あんた、変わり者ね」

「貴女には言われたくない」

「まあ、なんとなく十六夜咲夜っていう人間がわかった気がするわ」

「すごいわね。私はまだ分からないことだらけなのに」

「自分では気がつかないことも沢山あるのよ」

「そんなもんかしらねぇ……」

「そんなもんよ」

 

 私たちはなんだか面白くなって、笑い合った。

 少し酒を飲んでから、私が口を開く。

 

「じゃあ今度は、博麗霊夢という人間について話さない?」

「私の話なんて、別に面白いことないんだけど」

「別に、それでいいのよ。そもそも約束だったじゃない。私は話したわよ?」

「あーはいはい。分かったって。でも何を話したらいいか…………」

「じゃあ、貴女の親は?」

「知らないわ」

「あら奇遇。私と同じね」

「……育ての親は知ってるけど」

「あー……もしかして紫?」

「正解」

「そんなことだろうと思ったわ。魔理沙じゃないけど、異変直後の霊夢の態度からして……ね」

「ああもう。それは忘れなさい」

「それは出来ない相談ね」

「はぁ……まあ実際、紫には感謝してるのよ。私のことをどこで拾ったかは知らないけど、ここまで育ててくれたんだもの」

「あら……意外と素直なのね」

「別に私は、元々素直よ」

「そうかしら……? まあ、そういうことにしておきましょうか」

 

 霊夢は何かを思っていた。

 その何かは分からないが、考え込む霊夢はあまり揶揄(からか)い甲斐が無くて面白くなかった。

 そんな私を尻目に、霊夢は考えていた何かの整理を付けるように言葉を発した。

 

「……紫ってさ、胡散臭いでしょ?」

「ええ、そりゃあもう」

「でも、その仮面を外すこともあるのよ。宴会の時だったり、特定の人の前では割と外れかかってるけど……それでも完全に外れてはいないわ」

「…………」

「仮面を外した紫の本当の笑顔……あんな顔ができる人に、私はなりたい」

「……目標なのね、八雲紫が」

「アイツに言ったらダメよ」

「言わないわよ。言う義理もない」

「ふふっ、そうよね。安心したわ」

 

「––––ところがどっこい! 私が聞いてたんだな〜〜これがッ!」

 

 唐突に大きな声で割り込んできたのは魔理沙だった。

 私も霊夢も全く気が付かずに驚くが、霊夢は恥ずかしそうな嫌そうな顔をしていた。

 

「……魔理沙? 貴女、妹様と一緒じゃ……?」

「フランなら、お姉様のところに戻るって行っちまったぞ」

「それで暇になってここに来たのね?」

「ああ。霊夢とは約束があったしな!」

「約束……?」

「ああそうさ。なあ、霊夢!」

「……そうね。さっさと注ぎなさいよ」

「言われなくても注いでやるよ」

「ありがと」

 

 魔理沙は霊夢の御猪口に並々と酒を注ぐと、ほら咲夜もと私の御猪口にも酒を注ぐ。

 最後に霊夢が魔理沙に酒を注ぎ、3人で乾杯しようとした……その時だった。

 

「ねぇ……ちょっといい?」

 

 どこか緊張した様子で私たち3人のもとに来たのは妖夢だつた。

 

「あら、妖夢じゃない。幽々子に付いていなくていいのかしら?」

「いいのよ。幽々子様にあっち行ってろって言われたんだし」

「それってクビかしら?」

「クビじゃないか?」

「クビね」

「お、おまえら〜〜ッ!」

「まあまあ。とりあえず、4人で飲み直しましょうか?」

「賛成だぜ」

 

 妖夢に酒を注いでやった後、4人が声を合わせて言う。

 

「「「「乾杯」」」」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 宴会は夜明け前まで続いた。

 レミリアが日の出前に帰ると言い出したのをきっかけに、宴会はお開きとなった。

 次は博麗神社でやりましょうと言う紫の誘いを断る者は居なかった。

 

 

 

 ––––そして3日空いてすぐに、再び宴会が開かれた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。