紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第27話 幽冥楼閣の亡霊少女

 

 

「はぁ、ほんと長ったらしい階段ね」

 

私は長い長い階段の終わりに差し掛かっていた。

辺りを舞う花びらの量も段々と増えてきた。

この先に異変の元凶が居ることは間違いないだろう。

 

「……まさか、あれが––––」

 

階段を登り続けると、上の方に桃色に光る何かが見えた。

あそこから花びらが舞っていることは、誰が見ても明らかだった。

 

「––––急がないとッ!」

 

私の勘が騒いでいた。

––––あの桜は、絶対に満開にしてはならない。

私はふわりと浮き上がると、全力で急いだ。

 

「ああもう! 死霊ばっかでうんざりよッ!」

 

私は桜の花びらと沢山の死霊を掻き分けながら向かった。

そして階段の終わりに辿り着くと、大きな屋敷が見えてきた。

その屋敷は紅魔館とは異なり、平屋の古風な建物だった。

どちらかと言えば、私の神社に近い造りだ。

––––大きさは比にならないが。

 

「死人のくせに、いい家に住んで……」

 

私はその屋敷の庭に降り立ちながら呟く。

 

「しかもこんなに春を奪って、暖かくして、花見もして……いい御身分だこと」

 

私は苛立ちを露わにしながら、悪態を吐いた。

 

「勝手に人の庭に乗り込んできて、文句ばっか言ってるなんて」

「ッ!?」

 

人の気配は、まるで無かった。

私の感覚では、彼女は突然そこに現れた。

––––それが幽霊なのだろう。

私はそう悟った。

 

「どうかしてるわ。まぁ、うちは死霊ばっかですけど」

 

現れた彼女は、10代後半といった容姿だった。

咲夜と同じくらい……もしくはそれよりも若いくらいに見える。

しかし彼女の纏う空気は同世代のそれとは思えず、フワフワと掴み所のない雰囲気の中に、品格と威厳を備えていた。

紫やレミリアとは違ったカリスマ性を持っている。

 

「……さて、用件はなんだっけ? 見事な桜に見とれてたわよ」

「お花見かしら? 割と場所は空いてるわよ」

「あ、そう? じゃ、お花見でもしていこうかしら」

「でも、貴女はお呼びではない」

 

彼女は自身を仰いでいた扇をピシャリと閉じながら言った。

しかし私も怯むことなく、言葉を返す。

 

「そうそう、思い出した」

「何かしら?」

「私はうちの神社の桜で花見をするのよ」

「……」

「そんなわけで、見事な桜だけど。集めた春を返してくれる?」

 

彼女は溜息をつくと、大きな桜の木を見た。

少し悲しそうな目をしている。

 

「もう少しなのよ。もう少しで、西行妖(さいぎょうあやかし)が満開になるの」

「なんなのよ、西行妖って」

「うちの妖怪桜。この程度の春じゃ、この桜の封印が解けないのよ」

「わざわざ封印してあるんだから、それは、解かない方がいいんじゃないの? なんの封印だか判らんし」

「結界乗り越えてきた貴女が言う事かしら」

「まぁいいや、封印解くとどうなるっていうの?」

「すごく満開になる」

「……」

「––––と同時に、何者かが復活するらしいの」

「興味本位で復活させちゃダメでしょ。何者かわからんし」

「あら、私は興味本位で人も妖怪も死に誘えるわよ」

「反魂と死を同じに考えちゃダメでしょ。面倒なものが復活したらどうするのよ」

「試して見ないと判らないわ」

 

彼女は私に視線を戻すと、言葉を続ける。

 

「なんにしても、お呼ばれしてない貴女がここにいる時点で死んだも同然。というか、ここに居る事自体が死んだと言うことよ」

「私は死んでもお花見が出来るのね」

「あなたが持っているなけなしの春があれば本当の桜が見られるわ……何者かのオマケつきでね」

「さて、冗談はそこまでにして……幻想郷の春を返して貰おうかしら」

「最初からそう言えばいいのに」

「最初から2番目位に言った」

「最後の詰めが肝心なのよ」

 

彼女はフワリと浮き上がった。

桃色に輝く妖怪桜を背景に見る彼女のシルエットは、そこはかとない美しさを感じざるを得なかった。

 

そんな彼女との、弾幕ごっこが始まる。

 

 

 

「––––花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

「––––花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」

 

 

◆◇◆

 

 

「幽々子ったら……私との約束、忘れてるのかしら」

 

博麗霊夢と弾幕ごっこを繰り広げる亡霊––––西行寺幽々子を眺めながら、八雲紫は呟いた。

幽々子の弾幕には別段の速さは無いものの、凄まじい物量があった。

避ける隙間を感じさせず、動きが制限される。

そんな、綿密で正確で圧倒的な弾幕だった。

 

––––そして何より、彼女の弾幕は美しかった。

桜が花開き、そして満開になり、散って花びらが舞い踊る。

その様が優雅に再現されており、見る者の心を動かす力があった。

 

 

「ゆ、幽々子ッ!? それはッ––––」

 

 

◆◇◆

 

 

『もうすぐ春……』

 

冥界にある途轍もなく広い屋敷––––白玉楼。

 

『そしたらまた、ここでお花見よ?』

 

その白玉楼で、お茶を啜りながら呟くのは主人の西行寺幽々子であった。

隣には、冬眠から目覚めた八雲紫が腰掛けている。

 

『春には、ここの桜が綺麗に咲くものねぇ』

 

2人は縁側に腰掛け、庭を眺めていた。

冬も終わりに差し掛かったとはいえ、まだ庭の桜には花がついていない。

どこか寂しく思えるほど、木の肌が剥き出しであった。

 

『でも、今年はここで花見をするつもりはないわ』

『あら、どうして?』

『今年は博麗神社でしましょう』

『……どうして?』

『どうしても』

 

幽々子はまた一口、お茶を啜った。

 

『まあ私は、桜を見ながらご飯が食べれれば、それでいいのだけど』

『あなたは本当に、花より団子よね』

『失礼ね。花も団子も、よ』

『ただの欲張りさんね』

 

八雲紫は、クスッと笑みをこぼした。

 

『でも……私は妖夢の作るご飯があるし、やっぱりここがいいわ』

『……』

『それに、今年こそあの桜を咲かせてみたいもの』

『……それは、ダメよ』

『貴女はいつもそう言うわ。でも、何故かは言ってくれない』

『……』

『貴女が言わないということは、それなりに理由があるのでしょう。それは理解できる。でも、納得できない』

 

幽々子は立ち上がると、振り返り紫を見た。

 

『あの桜が満開になったらどんなに綺麗なのか? あの桜の木に眠るのは誰なのか? 私は見てみたいわ』

『……誰かが眠ってるなんて、何処で知ったの?』

『古い本を見つけたわ。貴女は、誰が眠っているか知っているの?』

『……いいえ』

『まあ、知っていても答えないわよね。今まで私に隠していたんですもの』

『……』

『とにかく私は、あの桜を満開にする』

『無理よ、そんな事出来やしない』

『出来るわ』

『どうやって?』

『––––幻想郷の、春を奪う』

『ッ……!』

 

幽々子は真っ直ぐ紫を見つめている。

そんな紫の顔は、少し困った表情で埋まっていた。

 

『……分かった。でも、条件がある』

 

紫は少しの沈黙の中考え、そして幽々子に告げた。

 

『霊夢が––––いや、霊夢じゃない可能性もあるわ。とにかく、人間が貴女のもとまで来るようなことがあったら……退治されなさい。そして、西行妖のことは諦めて』

『私に、負けろと言うの?』

『ええ、そうよ。だって貴女が本気を出したら……人間程度じゃ絶対に抗えないでしょう?』

 

––––死を操る程度の能力。

それが幽々子の能力だ。

相手をやんわりと死へ導くことも出来るし、死の蝶を飛ばして触れたものを即死に導くことも出来る。

 

––––生前の幽々子は、それを疎んでいた。

尤も、生前の幽々子は能力の制御が出来ておらず、それ故に苦しんでいた部分が大きい。

だが、自身の能力を疎んでいたのは事実。

そんな力を再び彼女に使わせるなどあってはならない。

況してや、西行妖の封印を解くなんて……

 

『その条件、私が飲むメリットがないわねぇ』

『ッ……』

『でも、いいわよ。人間を相手にするなら、ハンデを付けるのは当然ですものねぇ』

 

幽々子は、悪戯っぽく笑った。

紫はその言葉に安堵しつつも、少しの不安が残ったままだった。

 

 

 

––––あの桜の下に眠るのが、他でもない貴女自身であると知ったら、貴女はどうするのかしら?

 

 

◆◇◆

 

 

「ゆ、幽々子ッ!? それはッ––––」

 

八雲紫は叫んでいた。

とはいえ、おそらくその声は弾幕の中にいる2人には聞こえていないだろう。

しかし、叫ばざるを得なかった。

 

 

––––「反魂蝶」

 

 

幽々子のスペルが発動した。

 

 

◆◇◆

 

 

「よしっ、スペルブレイク!」

「……」

 

霊夢は柄にもなく喜びを露わにしていた。

––––それほど、霊夢は幽々子の弾幕に苦しめられていた。

取得出来たスペルは僅か1枚。

他は全てボムを使用し、弾幕を打ち消しながら何とか避けていた。

それもそのはずだ。

このレベルの弾幕を、彼女は"一人で"受けたことがなかった。

紅霧異変の時は、咲夜が補佐していた。

それ以前にも弾幕ごっこに近いものをしていた時期はあるが、それはスペルカードルールによるものではない。

霊夢は初めて自分の身ひとつで、このレベルの弾幕を捌ききっている。

だからこそ喜びを感じていた。

それ以上に不安と焦りもあった。

霊夢は自身を鼓舞する意味も込めて、喜びを表現していた。

 

「これで終わりかしら?」

 

霊夢には、今何枚目のスペルか、数えられていなかった。

それほどまでに闘いに集中しており、そして消耗していた。

 

「……」

「ッ……!」

 

幽々子は無言だった。

言葉の代わりに途轍もない殺気が溢れた。

普段はあまり感じない類の恐怖を、霊夢は感じていた。

そして、そんな幽々子の体は西行妖の下へ吸い込まれるように堕ちていく。

 

「あれは……ッ!」

 

戦いに集中し過ぎていたのだろう。

霊夢は気が付いていなかった。

西行妖は既に八分咲き。

満開と言っても差し支えない程––––実際、満開の定義は八分咲き以上である––––開花していた。

 

「封印が……解かれてる?」

 

霊夢の勘が、全力で危険信号を送っていた。

しかし、霊夢が動くよりも前に、スペルカードが発動した。

 

 

 

–––– 身のうさを思ひしらでややみなまし

 

      そむくならひのなき世なりせば ––––

 

 

 

––––「反魂蝶」

 

 

 

幽々子()()()()()()のスペルが発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢ッ!!!!」

 

 


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