「はぁ、ほんと長ったらしい階段ね」
私は長い長い階段の終わりに差し掛かっていた。
辺りを舞う花びらの量も段々と増えてきた。
この先に異変の元凶が居ることは間違いないだろう。
「……まさか、あれが––––」
階段を登り続けると、上の方に桃色に光る何かが見えた。
あそこから花びらが舞っていることは、誰が見ても明らかだった。
「––––急がないとッ!」
私の勘が騒いでいた。
––––あの桜は、絶対に満開にしてはならない。
私はふわりと浮き上がると、全力で急いだ。
「ああもう! 死霊ばっかでうんざりよッ!」
私は桜の花びらと沢山の死霊を掻き分けながら向かった。
そして階段の終わりに辿り着くと、大きな屋敷が見えてきた。
その屋敷は紅魔館とは異なり、平屋の古風な建物だった。
どちらかと言えば、私の神社に近い造りだ。
––––大きさは比にならないが。
「死人のくせに、いい家に住んで……」
私はその屋敷の庭に降り立ちながら呟く。
「しかもこんなに春を奪って、暖かくして、花見もして……いい御身分だこと」
私は苛立ちを露わにしながら、悪態を吐いた。
「勝手に人の庭に乗り込んできて、文句ばっか言ってるなんて」
「ッ!?」
人の気配は、まるで無かった。
私の感覚では、彼女は突然そこに現れた。
––––それが幽霊なのだろう。
私はそう悟った。
「どうかしてるわ。まぁ、うちは死霊ばっかですけど」
現れた彼女は、10代後半といった容姿だった。
咲夜と同じくらい……もしくはそれよりも若いくらいに見える。
しかし彼女の纏う空気は同世代のそれとは思えず、フワフワと掴み所のない雰囲気の中に、品格と威厳を備えていた。
紫やレミリアとは違ったカリスマ性を持っている。
「……さて、用件はなんだっけ? 見事な桜に見とれてたわよ」
「お花見かしら? 割と場所は空いてるわよ」
「あ、そう? じゃ、お花見でもしていこうかしら」
「でも、貴女はお呼びではない」
彼女は自身を仰いでいた扇をピシャリと閉じながら言った。
しかし私も怯むことなく、言葉を返す。
「そうそう、思い出した」
「何かしら?」
「私はうちの神社の桜で花見をするのよ」
「……」
「そんなわけで、見事な桜だけど。集めた春を返してくれる?」
彼女は溜息をつくと、大きな桜の木を見た。
少し悲しそうな目をしている。
「もう少しなのよ。もう少しで、
「なんなのよ、西行妖って」
「うちの妖怪桜。この程度の春じゃ、この桜の封印が解けないのよ」
「わざわざ封印してあるんだから、それは、解かない方がいいんじゃないの? なんの封印だか判らんし」
「結界乗り越えてきた貴女が言う事かしら」
「まぁいいや、封印解くとどうなるっていうの?」
「すごく満開になる」
「……」
「––––と同時に、何者かが復活するらしいの」
「興味本位で復活させちゃダメでしょ。何者かわからんし」
「あら、私は興味本位で人も妖怪も死に誘えるわよ」
「反魂と死を同じに考えちゃダメでしょ。面倒なものが復活したらどうするのよ」
「試して見ないと判らないわ」
彼女は私に視線を戻すと、言葉を続ける。
「なんにしても、お呼ばれしてない貴女がここにいる時点で死んだも同然。というか、ここに居る事自体が死んだと言うことよ」
「私は死んでもお花見が出来るのね」
「あなたが持っているなけなしの春があれば本当の桜が見られるわ……何者かのオマケつきでね」
「さて、冗談はそこまでにして……幻想郷の春を返して貰おうかしら」
「最初からそう言えばいいのに」
「最初から2番目位に言った」
「最後の詰めが肝心なのよ」
彼女はフワリと浮き上がった。
桃色に輝く妖怪桜を背景に見る彼女のシルエットは、そこはかとない美しさを感じざるを得なかった。
そんな彼女との、弾幕ごっこが始まる。
「––––花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「––––花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」
◆◇◆
「幽々子ったら……私との約束、忘れてるのかしら」
博麗霊夢と弾幕ごっこを繰り広げる亡霊––––西行寺幽々子を眺めながら、八雲紫は呟いた。
幽々子の弾幕には別段の速さは無いものの、凄まじい物量があった。
避ける隙間を感じさせず、動きが制限される。
そんな、綿密で正確で圧倒的な弾幕だった。
––––そして何より、彼女の弾幕は美しかった。
桜が花開き、そして満開になり、散って花びらが舞い踊る。
その様が優雅に再現されており、見る者の心を動かす力があった。
「ゆ、幽々子ッ!? それはッ––––」
◆◇◆
『もうすぐ春……』
冥界にある途轍もなく広い屋敷––––白玉楼。
『そしたらまた、ここでお花見よ?』
その白玉楼で、お茶を啜りながら呟くのは主人の西行寺幽々子であった。
隣には、冬眠から目覚めた八雲紫が腰掛けている。
『春には、ここの桜が綺麗に咲くものねぇ』
2人は縁側に腰掛け、庭を眺めていた。
冬も終わりに差し掛かったとはいえ、まだ庭の桜には花がついていない。
どこか寂しく思えるほど、木の肌が剥き出しであった。
『でも、今年はここで花見をするつもりはないわ』
『あら、どうして?』
『今年は博麗神社でしましょう』
『……どうして?』
『どうしても』
幽々子はまた一口、お茶を啜った。
『まあ私は、桜を見ながらご飯が食べれれば、それでいいのだけど』
『あなたは本当に、花より団子よね』
『失礼ね。花も団子も、よ』
『ただの欲張りさんね』
八雲紫は、クスッと笑みをこぼした。
『でも……私は妖夢の作るご飯があるし、やっぱりここがいいわ』
『……』
『それに、今年こそあの桜を咲かせてみたいもの』
『……それは、ダメよ』
『貴女はいつもそう言うわ。でも、何故かは言ってくれない』
『……』
『貴女が言わないということは、それなりに理由があるのでしょう。それは理解できる。でも、納得できない』
幽々子は立ち上がると、振り返り紫を見た。
『あの桜が満開になったらどんなに綺麗なのか? あの桜の木に眠るのは誰なのか? 私は見てみたいわ』
『……誰かが眠ってるなんて、何処で知ったの?』
『古い本を見つけたわ。貴女は、誰が眠っているか知っているの?』
『……いいえ』
『まあ、知っていても答えないわよね。今まで私に隠していたんですもの』
『……』
『とにかく私は、あの桜を満開にする』
『無理よ、そんな事出来やしない』
『出来るわ』
『どうやって?』
『––––幻想郷の、春を奪う』
『ッ……!』
幽々子は真っ直ぐ紫を見つめている。
そんな紫の顔は、少し困った表情で埋まっていた。
『……分かった。でも、条件がある』
紫は少しの沈黙の中考え、そして幽々子に告げた。
『霊夢が––––いや、霊夢じゃない可能性もあるわ。とにかく、人間が貴女のもとまで来るようなことがあったら……退治されなさい。そして、西行妖のことは諦めて』
『私に、負けろと言うの?』
『ええ、そうよ。だって貴女が本気を出したら……人間程度じゃ絶対に抗えないでしょう?』
––––死を操る程度の能力。
それが幽々子の能力だ。
相手をやんわりと死へ導くことも出来るし、死の蝶を飛ばして触れたものを即死に導くことも出来る。
––––生前の幽々子は、それを疎んでいた。
尤も、生前の幽々子は能力の制御が出来ておらず、それ故に苦しんでいた部分が大きい。
だが、自身の能力を疎んでいたのは事実。
そんな力を再び彼女に使わせるなどあってはならない。
況してや、西行妖の封印を解くなんて……
『その条件、私が飲むメリットがないわねぇ』
『ッ……』
『でも、いいわよ。人間を相手にするなら、ハンデを付けるのは当然ですものねぇ』
幽々子は、悪戯っぽく笑った。
紫はその言葉に安堵しつつも、少しの不安が残ったままだった。
––––あの桜の下に眠るのが、他でもない貴女自身であると知ったら、貴女はどうするのかしら?
◆◇◆
「ゆ、幽々子ッ!? それはッ––––」
八雲紫は叫んでいた。
とはいえ、おそらくその声は弾幕の中にいる2人には聞こえていないだろう。
しかし、叫ばざるを得なかった。
––––「反魂蝶」
幽々子のスペルが発動した。
◆◇◆
「よしっ、スペルブレイク!」
「……」
霊夢は柄にもなく喜びを露わにしていた。
––––それほど、霊夢は幽々子の弾幕に苦しめられていた。
取得出来たスペルは僅か1枚。
他は全てボムを使用し、弾幕を打ち消しながら何とか避けていた。
それもそのはずだ。
このレベルの弾幕を、彼女は"一人で"受けたことがなかった。
紅霧異変の時は、咲夜が補佐していた。
それ以前にも弾幕ごっこに近いものをしていた時期はあるが、それはスペルカードルールによるものではない。
霊夢は初めて自分の身ひとつで、このレベルの弾幕を捌ききっている。
だからこそ喜びを感じていた。
それ以上に不安と焦りもあった。
霊夢は自身を鼓舞する意味も込めて、喜びを表現していた。
「これで終わりかしら?」
霊夢には、今何枚目のスペルか、数えられていなかった。
それほどまでに闘いに集中しており、そして消耗していた。
「……」
「ッ……!」
幽々子は無言だった。
言葉の代わりに途轍もない殺気が溢れた。
普段はあまり感じない類の恐怖を、霊夢は感じていた。
そして、そんな幽々子の体は西行妖の下へ吸い込まれるように堕ちていく。
「あれは……ッ!」
戦いに集中し過ぎていたのだろう。
霊夢は気が付いていなかった。
西行妖は既に八分咲き。
満開と言っても差し支えない程––––実際、満開の定義は八分咲き以上である––––開花していた。
「封印が……解かれてる?」
霊夢の勘が、全力で危険信号を送っていた。
しかし、霊夢が動くよりも前に、スペルカードが発動した。
–––– 身のうさを思ひしらでややみなまし
そむくならひのなき世なりせば ––––
––––「反魂蝶」
幽々子
「霊夢ッ!!!!」