紅魔女中伝   作:ODA兵士長

26 / 55
第24話 七色の人形使い

 

 

「咲夜ッ!?」

 

 咲夜が化け猫に突っ込み、そしてぶつかったその瞬間、悲鳴にも近い大きな声で私の隣にいた魔理沙が叫んだ。

 私はその様子を、黙って見ている。

 咲夜の行動に驚きがなかった訳ではない。

 だが、アイツが何の考えもなしに破天荒な動きをするとは思えない。

 

「アイツ……」

 

 誰が教えたか知らないけど、あれは弾幕ごっこをする中で重要な技術である––––"喰らいボム"

 まぐれならまだしも、それを土壇場で狙ってやるなんて……

 

「……化け物ね」

 

 

◆◇◆

 

 

「咲夜ッ!」

 

 その魔理沙の叫びは、私が"時を止める前に"聞く最後の声になった。

 

 

 ––––時符「プライベートスクウェア」

 

 

 魔理沙の声が聞こえると同時に、私はボムを使用した。

 時を止めて、魔力ナイフで全ての弾幕を掻き消して、ついでに化け猫にも当たる様にも配置した。

 

 そして時は動き出す。

 

「うわっ!?」

 

 時が動き始めると、化け猫は驚きのあまり声を出していた。

 魔力ナイフではそこまでの威力は出ないが、それでもスペルカードはブレイクした。

 

「本当はスペカ取得もするつもりだったけど……なかなかやるわね」

「今のは……何? 何をしたの? ボム?」

「どうせ分からないわよ、貴女じゃね」

「また馬鹿にして〜〜!」

「馬鹿にもするわよ。貴女、弱いもの」

「な、なんだとぉ!?」

「ふふっ、弱い犬ほどよく吠える」

「私は犬じゃないッ!!!」

 

 

 ––––方符「奇門遁甲」

 

 

◆◇◆

 

 

「なんか、最後はあっけなかったな」

 

 そんなことを言う魔理沙の後ろで、私は箒に乗っていた。

 

「煽った甲斐があったわ」

 

 化け猫は、私に煽られて冷静さを欠いていた。

 ランダムにばら撒く弾幕は統一性がなく、冷静でさえいれば難なく攻略できるものだった。

 最後のスペルカードをきっちりと取得して、私は勝利した。

 負けた彼女は意気消沈と言った様子でフラフラと何処かへ行ってしまった。

 レティとは異なり、"倒した"とは言い難いが、それでも勝利したことは事実だし、春度もそれなりに回収できた。

 本当にこれが集まれば春を取り戻せるかは、分からないのだが……

 

 

◆◇◆

 

 

「おい霊夢、本当にこっちなのか?」

 

 少しして、日は既に沈み、魔理沙が魔法で灯りを付けるほどに暗くなっていた。

 そして私たちは、気付けば魔法の森に差し掛かっていた。

 魔理沙の家は魔法の森の中でも人里に近い方にあり、今いるこの場所とは異なるのだが、それでも大した距離ではなかった。

 

「聞いてるのか、霊夢? さっきから行ったり来たりしてるぞ?」

「うるさいわね。だったらあんたらで探せば良いでしょ?」

「何だよその言い方」

「あんたが先に突っかかって来たんでしょうが」

 

 何故か2人は険悪なムードになっていた。

 私にとっては心底どうでもいい争いだが、ここで仲間割れされるのは不都合だ。

 というより面倒臭い。

 

「ちょっと2人とも、寒さでイライラしないの」

 

 小さい溜息混じりに、私は2人を制止する。

 

「はぁ……まあ、仲間割れしてる場合じゃないってのは分かるけど」

「……そうだな、悪かったよ」

「私も悪かったわ」

 

 素直すぎる2人に、少し私は驚いていたが、本当に寒さでイライラしていただけなのだろう。

 もしかしたらその寒さで、頭も冷やせたのかもしれない。

 

「それにしても……」

 

 霊夢が何かを想うように、ひっそりと呟いた。

 

「夜は冷えるわね」

「本来なら、夜桜でも見ながら酒を飲めたんだがなぁ」

「ええ本当に。誰が春なんて奪いやがったのかしら? 頭にくるわ。視界も最悪だし」

 

 そんな最悪な視界の中に、私は違和感を感じた。

 空間的な違和感。

 おそらく私以外の2人は、気付いていない。

 ……霊夢は勘で気付いているかもしれないが。

 

「冷えるのは貴女の春度が足りないからじゃなくて?」

 

 その違和感の主が声を発した。

 魔理沙の後ろで箒に乗っている私は、彼女が驚いて体をビクッとさせたのに気が付いた。

 

「いや、足りないかもしれないけど……関係あるの?」

 

 霊夢は驚きもせず答える。

 目の前の少女が、あたかも初めから私たちと共にいたかのように。

 金髪にカチューシャをした彼女の顔立ちは造形物のように端正だった。

 まるで人形のようだ、と私は思っていた。

 そんな彼女が霊夢に言う。

 

「しばらくぶりね」

「おい、知り合いか?」

 

 私も感じた疑問を、魔理沙が投げつけた。

 霊夢はその質問に答えることなく、少し考えている様子だった。

 

「私のこと覚えてないの?」

 

 彼女にとって、霊夢は知り合いであるらしい。

 しかし霊夢は依然として考え、黙り込んでいる。

 

「まあ、どうでもいいけど」

 

 少し残念そうに溜息をつきながらも、彼女は諦めたようだった。

 それを機に、霊夢も彼女を思い出すことを諦めたようだ。

 そんな霊夢が問う。

 

「それはともかく、春度って何?」

「どれだけ、貴女の頭が春なのかの度合いよ」

「あんまり、高くても嫌だなぁ」

「貴女の春度も、随分と高そうだけど」

 

 そう言って2人の間に割って入ったのは、私だ。

 

「貴女は悩みが少なそうでいいわね」

「失礼な! 少ないんじゃなくて、悩みなんてないわ!」

「って、言い切られてもなぁ」

「でもどうして、こんなに冬が長くなったのよ?」

 

 そう言って、霊夢が再び話を戻す。

 

「春度を集めている奴らがいるからよ」

「はぁ……誰の所為で春なのにこんな吹雪にあってるんだよ」

 

 魔理沙が口を漏らすように呟く。

 

「ちなみに、私の所為ではないわ」

「ああ、そうかい」

「本当に……あんたは関係ないわけ?」

 

 霊夢が核心をつくような質問を、彼女に投げかけた。

 

「あるわけ無いわ」

 

 彼女のその言葉に嘘は感じなかった。

 本当に彼女は、関係なさそうだ。

 

「じゃ」

 

 霊夢もそう思ったようで、その場を後にしようとする。

 無駄な時間を食いたくはないので––––既に時間をかなり無駄にしている気はするが––––霊夢の行動に私は賛成だった。

 

「ちょっと!」

 

 だが、目の前の彼女は納得がいかないようだ。

 

「折角、旧友と出あったというのに……」

 

 そういえば、彼女にとって霊夢は旧知の仲であった。

 事実がそうであるかは定かではない。

 しかしもしそうなら、これでサヨナラというのも寂しいものがあるのだろう––––

 

「手土産はあんたの命だけかい?」

 

 ––––と思ったが、ただの戦闘狂だったようだ。

 気付けば、彼女の左右にはスピアを持った人形があった。

 どう操作しているかは分からないが、私には人形が自律的に動いているようにしか見えなかった。

 

「はぁ……無駄な時間が増えるわ……」

「いいじゃない、旧友みたいだし」

「私は覚えてないんだけどね」

「向こうはやる気満々よ?」

「はぁぁあ…………ほんと、仕方ないわ。2人とも少しだけ待ってて」

「ええ、構わないわ」

「頑張れよ〜」

 

 霊夢は袖からスペルカードを出すと、枚数を宣言した。

 霊夢と対峙する人形使いの少女も、同様に宣言した。

 

「所詮、巫女は二色。その力は私の2割8分6厘にも満たない」

 

 そして間も無く、2人の弾幕ごっこが始まった––––

 

 

◆◇◆

 

 

「ありゃ、向こうも魔法使いか。私と同じだな」

「人間には見えないけど?」

「うーん、そうかもな。でも、人間っぽいところもあるような、ないような……」

 

 2人の弾幕ごっこを見ながら、私と魔理沙は他愛もない雑談をしていた。

 霊夢が負ける姿を想像できない私達は、どこか安心してその決闘を見届けていた。

 

「……まあ当然、霊夢が優勢だな」

「ええ。でも何か、違和感があるような……?」

 

 私は人形使いの動きに、何処と無く違和感を覚えていた。

 劣勢であるはずなのに、緊張感がない。

 かと言って、楽しんでいるようにも見えない。

 戦う前は戦闘狂だと思っていたが、そこまで戦うことが好きではない……のかもしれない。

 とにかく彼女から、負けたくないという闘争心や対抗心、もしくは必死さのようなものが受け取れない。

 まるでこの勝負を、ただ淡々とこなしているようにすら見える。

 

「……たしかに。あの魔法使い、手を抜いてるぞ」

「手を、抜いてる? どうして?」

「さあな、そこまでは分からないぜ」

 

 魔理沙は、コホンッと1つ咳払いをすると、言葉を続けた。

 

「でもな、何となく想像はつくぜ」

「?」

「魔法使いってのは、負け戦をしない奴が多いんだ。それこそ何か特別に戦う理由がないとな」

「貴女は、そうとは思えないけど?」

「私は……まあ、人間だからな。無茶もするさ」

「自分で無茶だという自覚はあるのね」

「まあ、そんなことはどうでもいいだろ? とにかく、負けると分かっている戦いを自らすることは少ないんだ」

「じゃあ、あの魔法使いには何か目的が?」

「ああ、多分な。霊夢と旧友ってことは、霊夢の強さも知っているはず。それでも尚、勝負を挑むに値する理由がアイツには有るんだろう」

「へぇ……でも見た感じ、そんな大した理由があるとは思えないけど」

「さぁ、どうだろうな」

 

 

◆◇◆

 

 

「……スペルカード、取得」

 

 霊夢は難なく、人形使いの弾幕を攻略していた。

 しかし霊夢の表情に喜びや嬉しさの類は無かった。

 寧ろ、霊夢は苛立ちすら覚えている。

 

「流石、霊夢ね。やっぱり強い」

「あんた、何で私の名前知ってるのよ?」

「ふふ……あそこにいる魔法使いも知ってるわ。霧雨魔理沙、でしょう?」

「あんた……一体何者?」

「本当に覚えてないのね。結構ショックだわ」

「あんただけ私の名前を知ってるなんて気持ち悪いわ。あんたの名前、早く教えなさい」

「私に勝ったら、教えてあげるわ」

 

 

 ––––咒詛「首吊り蓬莱人形」

 

 

 少女は人形を何体か出現させると、自身の周りを回転させる。

 そしてその人形達が、弾幕をばら撒き始めた。

 少女は特に何をするでもなく、霊夢の動向をジッと見つめていた。

 

「はぁ……本当に気持ち悪い」

 

 霊夢は悪態をつきながら、弾幕を攻略していた。

 この弾幕ごっこにおいて、霊夢はまだ一度もボムを使用していない。

 使う必要性が感じられないからだ。

 弾幕自体は色とりどりで非常に美しく、そして精度もかなり高いものだった。

 しかし、避けやすい。

 それは速さと密度が足りないからだ。

 

 ––––あの人形使いは、手を抜いている。

 

 その結論に霊夢が至るまでに、時間はかからなかった。

 彼女が手に持っている魔導書は一切使わず、彼女自身が弾幕を生成することは一度もなかった。

 彼女が操る人形が、これほど精度の高い弾幕を放つのだ。

 もし彼女自身が弾幕を放つことがあれば、その精度や威力は桁違いだろう。

 

 なのに、彼女はそれをしてこない。

 

「舐めてるとしか、思えないわ」

 

 霊夢が本体に近づき、ショットを浴びせると、弾幕は全て消え去った。

 このスペルカードもまた、霊夢が取得したのだ。

 

「強いわね。私じゃ敵わない」

「ふん。力を出し切ってない奴が、何を偉そうに」

「出し切っても勝てないわ、貴女には。それが分かったから私は満足よ」

「あんた……一体、何が目的?」

「私はただ、久々に貴女の強さを感じたかっただけよ。修行もせず、力が衰えていたら喝を入れるつもりだったけど……予想通り、というか期待通りの強さだったわ」

「……意味が分からないわ。どうしてあんたがそんなことを?」

「はぁ……本当に私が分からない? 確かに成長したけど、面影はあると思うんだけど」

「……?」

「まあいいわ、教えるって約束だったしね」

 

 魔理沙と咲夜は、霊夢達の戦いが終わったと見るとすぐに霊夢の側に向かっていた。

 既に少女の声が聞こえる位置まで来ている2人も、霊夢とともにその名を聞いた。

 

「私はアリス。アリス・マーガトロイドよ」

 

 もちろん、咲夜には全く聞き覚えのない名前だ。

 しかし、それ以外の2人にとってはそうではない名前だった。

 

「アリス……? って、あのアリスか?」

「ちんちくりんだった、あのアリスなの?」

「ちんちくりんは余計だけど。どう? 思い出した?」

「確かに、面影はある気がするぜ……」

「全く気がつかなかったわ。成長したのね、色々と」

「まあそうね。本当に、色々あったから……あの時は五色(いついろ)だったけど、今じゃあ七色(なないろ)よ」

「そう。いつからこっちに?」

「少し前からよ。魔界には飽きちゃって。そんなことより、異変の方は何とかしなくて良いの?」

「……そうね。昔を懐かしむのは、異変を解決してからにしようかしら。いつでも神社に遊びに来なさい、歓迎するわ」

 

 それじゃあ、と立ち去ろうとする霊夢をアリスは引き止めた。

 

「ちょっと、これ持って行きなさいよ」

 

 アリスの手から、鈍く光る花びらがヒラヒラと舞った。

 それは偏に、吹雪をもろともせず霊夢のもとへと飛んで行く。

 

「春度って言うのは……この桜の花びらのことかしら?」

「判ってて集めてたんじゃないの?」

「いや、まぁ……うん」

 

 霊夢の言わんとしていることは、私には何となく分かった。

 今まで受け取って来た春度は、輪郭のボヤけた形のないものだった。

 ここまでハッキリとした形のある春度を受け取ったのは、初めてのことである。

 

「とにかく、早く異変を解決してね。寒くて朝起きられないわ」

「魔法使いって寝るの?」

「私は人間に合わせて生活してるから」

「へぇ。まあ、さっさと解決しに行きましょうか」

 

 そして霊夢は飛び立ち、私たち2人も慌てて後を追った。

 

「風上に向かってる。私何も言ってないのに……流石は博麗の巫女ね。勘が鋭い」

 

 アリスは独り言を呟いていた。

 

「さて、上海。家に戻るわよ」

「シャンハ-イ」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。