紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第23話 凶兆の黒猫

 

 ––––寒符「リンガリングコールド」

 

 

「甘い甘い! そんなんじゃ私は墜とせないぜ!」

 

 自身のスピードを活かしながら、魔理沙はレティの弾幕の合間を縫って縦横無尽に駆け抜けていた。

 いや、正確には飛び回っていた。

 そして全く当たる気配のないまま、スペルカードの制限時間を迎えた。

 

「避けられちゃった。じゃあ、次はこれでどうかしら?」

 

 

 ––––怪符「テーブルターニング」

 

 

 圧倒的な弾幕の物量に加えて、時折細いレーザーのようなものが流れてくる。

 先ほどまでは余裕だった魔理沙にも、少しだけヒヤリとするような場面が出てきた。

 それでも、魔理沙の顔が歪むことはなかった。

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

 それは妹様との戦いでも見せた、例の超極太レーザーだった。

 そのレーザーは辺りの弾幕を全て搔き消しながら、レティに向かっていく。

 そんな様子を見たレティは、少しだけ笑っていた。

 しかしそれは、楽しさから来る笑みではない。

 悔しさと諦めに満ちた、哀しい笑みだった。

 

 そんな極太レーザーを被弾したレティは、意識を失ったように地面へと堕ちていった。

 そのまま"春眠"とやらにでも入るのだろうか?

 

「こんな奴でも」

 

 落ちていくレティから、何やら力が送られてくる。

 これは『春度』だろう。

 流石にある程度力の強い妖怪ともなれば、春度が目に見えるようになるのだろうか?

 とにかく結果として言えることは、レティの春度が魔理沙に送られたということだ。

 

「倒せば、少しは春度が増えたかな?」

 

 私たち2人のもとへと降りてくる魔理沙が尋ねた。

 

「あんま、暖かくならないわね」

「そうだな。妖怪とは言えども冬限定の妖怪みたいだし、そんなに春度は持ってなかったのかな」

「とにかく、次の黒幕でも探さないとね」

 

 そんな会話をして、私たち3人は––––もちろん私は魔理沙の箒に乗せてもらって––––次の場所へと飛び立った。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「はて……」

 

 霊夢の勘に任せてフラフラと辺りを飛び回っていると、ある物が目に付き、私たち3人は其処に降り立っていた。

 そして霊夢が呑気な様子で言葉を続ける。

 

「こんなところに家があったっけ?」

 

 その"ある物"とは、一軒の家だった。

 まるで人間が住むようなその家は、人里から離れた山奥にある。

 質素な雰囲気のその家は、独特な雰囲気を漂わせている。

 私の空間把握能力も、若干鈍いような気がする。

 

「人間のような何かが棲みそうな家だな。猫とか犬とか狐とか……」

 

 魔理沙も、なんとなく私と似たような感じ方をしているのかもしれない。

 似ているだけで、全く別の感じ方であったとしても。

 

「なんでもいいが、少し暖を取らせてもらいたいな」

「そうね、それには賛成するわ」

 

 私は素直に肯定していた。

 ここまで来て、やはり寒さが厳しく、軽く休憩を入れたい気分だった。

 

「寒くてたまらないぜ」

「ほんとに、もう春なのかしら」

 

 私は改めて周りを見渡す。

 一面銀世界のそれは、どう考えても冬の景色だった。

 

「どう考えてもおかしいじゃない」

「おかしいと思ったら人に聞く!」

 

 そう言って何処からか飛び出してきたのは、頭に生えた猫耳と二本の尻尾が特徴的な少女だった。

 人間と同じような風貌だが、その耳と尻尾が妖怪であることを確信させる。

 

「人じゃ無いじゃない」

「まあ、聞かれても答えられないけど」

 

 少女はフンッと鼻を鳴らしながら言った。

 それから、私達に問う。

 

「で、何の用?」

「4本足の生き物に用などないぜ」

 

 先ほどの少女の仕草を真似た魔理沙が答えた。

 少女は露骨に嫌な顔をしていた。

 そんな少女は嫌味っぽく言う。

 

「迷い家にやってきたってことは、道に迷ったんでしょ〜?」

「道なんてなかったけどな」

「迷い込んだら最後! 二度と戻れないわ!」

 

 何故か、少女は()()って、誇らしげに言った。

 

「でも確か迷い家って……ここにあるもの、持ち帰れば幸運になれるって……」

「なれるわよ」

 

 霊夢が思い出したように言うと、やはり少女は誇らしげに返す。

 

「じゃあ、奪略開始ー」

「なんだって? ここは私達の里よ。人間は出てってくれる?」

「"迷い込んだら最後、二度と戻れない"……ってのは、どうなったのよ?」

 

 少女は痛いところを突かれて怯んでしまった。

 その光景が可笑しくて、私は笑ってしまった。

 少女はそんな私に気を悪くしたのか、軽く突っかかってきた。

 

「むっ! バカにしたな! 人間なんかが私に楯突こうなんて……」

「ふふっ、大人しく保健所に駆逐されてみてはどうかしら?」

 

 尤も、保健所なんてものが、この幻想郷にあるとは思えないが。

 

「無理無理、絶対無理」

 

 しかしその少女は意味を理解して、言葉を返す。

 私たちを馬鹿にした様子で。

 

「試してみたいのね」

 

 その態度に怒りを覚えた私はナイフを取り出した。

 それは弾幕用のものではない。

 いつもお嬢様相手に使っている銀ナイフだ。

 

「咲夜」

「分かってる、これを使うつもりはないわよ」

 

 ボソッと小声で霊夢が私の名を呼んだ。

 その発言の意味を理解した私は、冷静であることをしっかりと伝えた。

 

「だけど、ここは私にやらせて。弾幕ごっこを楽しんでみたいの」

「そう……勝手にしなさい」

「ええ、勝手にさせてもらうわ」

 

 霊夢は一見すると呆れているような、若しくは興味のなさそうな表情をしている。

 しかし、その言葉には"信頼"に近い何かを私は感じた。

 さらに不覚にも、私はそれを嬉しいと感じていた。

 魔理沙を一瞥すれば、微笑ましい光景でもみているような笑みを浮かべている。

 

 そして私は、少女の前に立つと、スペルカードを取り出した。

 少女もそれに応えるようにスペルカードを取り出す。

 

「貴女なんて、お嬢様に比べたら……」

「お嬢様?」

「なんでもない。こっちの話よ」

「よく分からないけど、馬鹿にしてるんだよね?」

「さぁ? 試してみればいいじゃない」

「試すまでもないよ!」

 

 

 ––––仙符「鳳凰展翅」

 

 

 少女の周りに展開された魔法陣のような何かの内側で、輪状に青と緑の二種類の弾幕が発生する。

 そして青と緑の弾幕が、それぞれ逆の回転で弧を描くように広がっていった。

 私のところへ到達する頃には、二種類の弾幕が交差し合いそれぞれの隙間を埋めるような形になっていた。

 

「どう? 貴女に避けられる?」

「……」

「地面を走って避けるつもり? まさか貴女––––」

 

 

 ◆◇◆

 

 

「なあ霊夢」

「なによ?」

「お前は、アレをどう見る?」

「どう……って?」

「私は、上手いなと思ったよ」

「……?」

「咲夜は飛べない。だからこそ、必然的に2次元空間での弾幕ごっこになるんだ」

「……ああ、なるほど」

「分かったか?」

「ええ。3次元空間では絶対的な死角になる真上と真下を見る必要が、2次元平面ではなくなるのね」

「そうだ。だからこの勝負……咲夜の勝ちだ」

「……」

「……霊夢?」

「本当にそうかしら?」

「どういうことだ……?」

「見てれば分かるんじゃない?」

「……?」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 戦況は、私が優勢だった。

 化け猫の弾幕は、私に当たる気配はない。

 スペルカードルール上、時を止めることはボムの扱いになる為、無闇に能力を使うことはできない。

 しかし今のところ、ボムを使わずに全て避けきれている。

 時を止めずに避けることに、すでに私は慣れていた。

 こんな弾幕よりも、美鈴の蹴りの方が断然避けにくい。

 

 ––––まさかあの組手が、弾幕ごっこにも活きてくるなんてね。

 

「なんで……なんで当たらないの!?」

「そろそろ終わりにしてもいいかしら?」

「くそぉ……だったらッ」

 

 化け猫は、そう言いながら地面へと降り立った。

 

「これならどうよ!?」

 

 

 ––––童符「護法天童乱舞」

 

 

 彼女が突然体を丸め始めた。

 私はそれが何をするのか予想もできなかったが、予想などしている暇もなく、直ぐに"飛んで来た"。

 彼女自身が弾幕となり、私に向かって一直線に飛んで来る。

 それを私は難なく避けるが、厄介なことに彼女は弾幕を撒き散らしながら移動していた。

 それらの小さな弾幕を避けているうちに、彼女は再び飛んで来る。

 それを繰り返しているうちに、彼女の弾幕が私を捉え始めた––––

 

 

 ◆◇◆

 

 

「少しヤバそうだな……」

「言ったでしょう? 2次元平面で戦うことが、必ずしも強いわけじゃない」

「……どういうことだ?」

「本来3次元空間ならば、相手は前後左右に加えて上下にも避けることが出来るわ」

「そ、そうか。今の咲夜は上下が失われている……当てやすいってことか?」

「ええ。あの化け猫がそれに気付いて地面に降りた……とは流石に思えないけど、偶然にも平面上では回避しにくい攻撃を仕掛けてる。だから厳しい状況に見えるのよ」

「確かにあの攻撃、上に回避すれば避けやすそうだもんな」

「やっぱり、飛べないことはハンデでしかないのよ」

「……」

「まあ、心配はいらないと思うけど。アイツなら」

 

 

 ◆◇◆

 

 

「くっ……」

 

 私の額には汗が滲み、顔には余裕のない表情が浮かんでいた。

 今は、ギリギリのところで躱せているが……

 当たるのも時間の問題だ。

 幸いスペルカードルールには時間制限がある。

 それまで持ち堪えられるかどうか……

 

「ッ!!」

 

 気付いた時には遅かった。

 何も考えず、ランダムに動き回っていると思っていた化け猫の突進は、私をある点に誘い込む様に動いていた。

 避けようとした先に、前にばら撒いた弾幕がある。

 

「これはスペルカードルールに則った決闘、不可避の弾幕はあり得ない」

 

 この緊迫した状況で、私は何故か冷静だった。

 冷静に考えて、小さな声で言葉を発した。

 それはおそらく私以外誰も聞き取れない程の、もしかすると、声にすらなっていないかもしれない程の小さな声で。

 

「どこかに抜け道が……」

 

 

 ––––いや、そんなことを考えている暇はないッ!

 

 それは本当に私の思考だったのだろうか?

 自分でもあまり記憶にない、意識のない突発的な行動だった。

 確かなことは、私に突っ込んで来る化け猫に対して、私も突っ込んだということである。

 

 

「咲夜ッ!?」

 

 魔理沙の驚きを隠せていない大きな声が響く。

 

 そしてそれが、私が聞く最後の声になった––––

 


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