紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第22話 冬の忘れ物

 

 

「おい霊夢、これは……どんな状況だ?」

「……見たまんまでしょ。説明するまでも無いわ」

 

 博麗神社を出た私達は、霊夢の勘の指し示す方向へと向かっていた。

 異変についての情報が殆ど無い今、彼女の勘に従うのが一番早いと判断したからだ。

 

「はは……笑えない数だな」

 

 そうして進んで行くうちに、段々と寒くなっていくのを肌で感じていた。

 進めば進むほど、周りの気温が下がっていくのだ。

 この異変の首謀者なのか、それとも関係のない者なのか……それは分からない。

 しかし、"何か"が居るということだけは確実に理解できた。

 

「やるしかないわよ。邪魔なのは事実だし」

 

 そんな"何か"を目指していると、妖精の大群に出会った。

 それらは全て冬(もしくは寒さ)に関係した妖精である。

 "何か"を中心に取り巻く寒気が、この妖精たちを集めたのだろうか?

 

「誰がやるんだ?」

「この数を1人で相手にするつもり?」

「あー……それはごめんだぜ」

「だから魔理沙、手伝いなさい」

 

 妖精は強い種族ではない。

 寧ろ、弱い種族の代表格だ。

 しかし彼女たちには、たった1つ強みがある。

 それは––––"死を恐れないこと"だ。

 彼女たちは死なない。

 殺されても『1回休み』になるだけで、気づいた頃には復活している。

 だからこそ、受けるダメージを気にせずに、攻撃ができるのだ。

 そんな無鉄砲さがある。

 

「分かった。咲夜はどうする?」

「一旦地上に引くわ。私がこのまま貴女の箒に乗っていたら戦いにくいでしょう?」

「そうだな。そうしてくれると助かるぜ」

「地上にも妖精がいるみたい。咲夜、頼んだわよ?」

「ええ。私が処理出来る分は処理するわ」

 

 魔理沙は、ぐっと高度を下げた。

 私は彼女の箒から降りる。

 

「じゃあ、後でな」

 

 そう言うと、魔理沙は再び上空へと戻って行った。

 その空を見上げると、霊夢がすでに攻撃を開始していた。

 それに気づいた妖精達も一気に反撃をしてくる。

 それはもちろん霊夢に対してだけではなく––––

 

「くそぉ! 人間が調子に乗るな!」

「私たちの力を思い知れー!」

「なあなあ本当にやるの? あたし怖いよ」

「行くぞー!」

「なんか分かんないけど楽しい!」

「みんな待ってよぉ!」

 

 妖精達の様々な言葉が飛び交う中––––私に対しても攻撃を開始した。

 

「……」

 

 私はポケットから取り出した2つの球体を無造作に放り投げた。

 するとそれは一瞬のうちに抱えるほどの大きさになり、私の前方で浮遊した。

 そして次の瞬間には、弾幕用の魔力ナイフを妖精達に向かって発射し始めた。

 

「……強すぎじゃないかしら、これ」

 

 私は自分に向かってきた弾幕を避けるだけで、勝手に敵が倒れていく。

 目の前から妖精達が次々と倒れて姿を消していく。

 ふと空を見上げれば、霊夢と魔理沙も同様に、苦労せず妖精達を蹴散らしていた。

 

「これは……?」

 

 ふと、私は何だか得体の知れない力に包まれていることに気がついた。

 力とはいっても、戦闘等に用いるタイプの力ではない。

 何か特別な性能を持つ、そんな力だった。

 魔力や妖力に近いような気もするが、違うような気もする。

 

「……ああ、なるほど」

 

 私はある結論に至った。

 この力は、春そのものだ。

 理屈は分からないが、感覚的にそう思った。

 私の頭がおかしいように思えるかもしれないが、魔力や妖力だって、そんな感覚の力なのだ。

 何もおかしいことはない。

 つまりこの力は、春力……いや『春度』とでも言うべきだろう。

 

「……ッ!」

 

 私が呑気に春度について考えていると、なんだか前方の空間に違和感を感じた。

 視線をそこへと移すと、大きな氷塊が飛んできているのが見えた。

 魔力ナイフでは相殺しきれておらず、それは私に向かって一直線に飛んできている。

 

 避けることは造作もなかった。

 トレーニングで受ける美鈴の蹴りの方が圧倒的に早い。

 しかし問題は、避けられるか避けられないかではない。

 

「……貴女、本当に妖精?」

 

 妖精とは思えない力を見せた彼女に、私は少し呆れたように問う。

 

「あたいは氷の妖精、チルノ! あんたは?」

「私は紅魔館のメイド、十六夜咲夜よ。覚えなくていいわ」

「なんでよ」

「どうせバカには覚えられないでしょう?」

「なにをーッ!?」

 

 

 ––––霜符「フロストコラムス」

 

 

 チルノは怒りを露わにしながら、スペルカード宣言を行った。

 頭に血が上っているようだが、しっかりとルールには従っている。

 別にルールに従わなくても、それなりに対応するだけだが。

 

「避けられるものなら避けてみろ!」

 

 幾多の小さな氷塊が弾幕として飛んでくる。

 かなりの量だった。

 チルノは妖精にしては、かなり強力な部類であるのは間違いないだろう。

 

「当たれ! あたれぇ!!」

 

 力はある。

 弾幕の精度も高い。

 先ほどまで相手にしていた妖精とは桁が違う。

 

「当たれよぉ……」

 

 

 ––––しかし、チルノはどこまでも妖精であった。

 

「……スペルカードブレイク」

 

 私がチルノの目の前に立つと同時に、時間切れでスペルカードによる弾幕が消え去った。

 そして無防備なチルノに、私の魔力ナイフが突き刺さった。

 その次の瞬間には、チルノは姿を消していた。

『1回休み』になったのだろう。

 

「今の、チルノじゃないか?」

 

 チルノとの対戦を終えると、上の妖精達を駆逐し終えた魔理沙と霊夢が下りてきた。

 

「魔理沙の知り合い?」

「まあ、そんなところだな。お前んとこの異変の時に戦ったんだ」

「へぇ」

「妖精にしては中々強いやつだった気がするが……」

「所詮は妖精よ」

「やっぱりお前、強いんだな」

 

 なぜか魔理沙が少し悲しそうな表情をしていた。

 私にはよく意味が分からなかったが、特別興味もなかった。

 

「さむ〜」

「霊夢、さっきからそればっかりだな」

「仕方ないでしょう?寒いんだから。本当にいい加減にしてほしいわ」

「この寒さの正体、分かるのか?」

「心当たりが1人いるわ。いつもならもう寝てる季節だって言うのに」

 

 霊夢が呆れてそう言うと、少し目つきを変えてある方向を見上げた。

 それに釣られて、私と魔理沙も見上げる。

 そこは霧のような何かで、不自然に視界が悪くなっていた。

 

「……雑魚ばっかで飽きてたんだ。なあ、咲夜」

「そうね、雑魚ばっか倒しても何もなりゃしない。さっさと黒幕の登場を願いたいものだわ」

 

 だんだんと霧が晴れていくのが分かった。

 いや、霧が晴れているのではない。

 寧ろ、霧に包まれているようだった。

 今いるここだけが、まるで台風の目の様に霧が薄くなっているのだ。

 そして寒さも一気に増している。

 私達は目指していた"何か"がそこに居るのだと感覚的に理解した。

 

「くろまく〜」

 

 霧の中から1人の女が姿を現した。

 彼女の青と白を基調としたゆったりとした服装、この寒さに耐えうるものでないことが予想できる。

 だからこそ、彼女自身が寒さを好む性質であることが容易に理解できた。

 

「霊夢、あいつか?」

「ええ。たしか雪女の一種、レティ・ホワイトロックよ」

「あら、博麗の巫女様に覚えていただけているなんて光栄ねぇ」

「私、寒いの嫌いだから」

 

 クスクスと笑うレティを、霊夢は軽く睨みつけていた。

 その横で、私はニヤリとした表情と銀のナイフをレティに向けて言う。

 

「とにかく、貴女が黒幕ね? では早速」

「ちょい、待って! 私は黒幕だけど、普通よ」

「こんな所に黒幕も普通もないわ」

「まあ待て咲夜、まずは話を聞こうじゃないか」

 

 魔理沙は私を制止すると、言葉を続けた。

 

「幻想郷の春を冬に変えちまったのは、お前か?」

「いいえ。でも、冬が長くて困ってはないけど」

「そうだな、お前には動機がある。怪しいぜ」

「私の話、聞いてたの?」

「聞いてたぜ」

「あら、じゃあ理解できなかったのかしら? かわいそうに、寒さでやられたのね」

「そうだな。本来なら今頃は、桜の木の下で眠る季節だしな」

「私もいい加減、春眠したくなってきたわ」

「しっかりしろ。この寒さで寝たら殺すぜ」

 

 八卦炉を取り出した魔理沙は、徐にレティにそれを向けた。

 レティがそれを見ても動かないことから、スペルカードルールを理解していることが読み取れる。

 今、スペルカードを宣言していない魔理沙が攻撃をしたら、ルール違反であることが分かっているのだ。

 

「おい霊夢、咲夜。この敵は私がやる。いいな?」

「……まあ好きにしなさい。その代わり、次はあんた休みね」

「ああ、いいだろう。それは公平だな。咲夜もいいか?」

「ええ、構わないわ」

「よっしゃあ! じゃあ私が相手だぜ、レティ!」

「春眠する前に、少しは楽しませてくれるかしら」

 

 レティと魔理沙、2人の弾幕ごっこが始まった。

 

 

◆◇◆

 

 

 第三者同士の弾幕ごっこを眺めるのは、私にとって初めての経験だった。

 魔理沙の弾幕を見たことはあるが、レティの弾幕は、もちろん初めて見る。

 

 レティの弾幕は冬の妖怪らしい、クールな青の弾幕だった。

 それが周囲に散りばめられて、見とれるほどの美しさがあった。

 

 魔理沙の弾幕は、星を(かたど)ったキラキラと色鮮やかな弾幕だった。

 その上マスタースパークのように高火力の弾幕も持ち合わせている。

 

 2人の弾幕は、互いに似ても似つかないものだった。

 そんな相反する2つの弾幕が交差するその光景は、見ている者の心を動かすような、本当に美しいものだった。

 

 だが、そんな2人の弾幕ごっこを見る私の表情は、感情を失っているそれに等しかった。

 私は意図的に感情を殺している。

 隣にいる霊夢に、悟られるのが嫌だったのだ。

 私が感じている、この圧倒的な敗北感を––––

 

 私には、あんなに美しい弾幕ごっこは出来ない。

 ああいった弾幕の織り交ぜ合いは、2人が空を飛び回れるから出来るのだ。

 

「こんなこと、空を飛べない私にはできない」

 

 そうだ。

 飛べない私には––––

 

「––––え?」

 

 先ほどの発言は、霊夢のものだった。

 既に感情を殺していた私は、表立って驚くことはなかった。

 しかし、まるで私の心を見透かしたような霊夢に驚かざるを得なかった。

 

「そんなことでも考えてるように思ったから」

「……」

「否定しないのね」

「ッ……」

「やっと表情が崩れた。その顔の方が面白いわよ、あんた」

「……人の顔見て面白いだなんて、酷いこと言うのね」

「悪いわね。でもそう思うほど、つまらない顔してたから。さっきのあんた」

「……」

「きっと負けず嫌いのあんたのことだから、表情に出さないようにしていたんでしょうけど……流石に表情が硬すぎよ。弾幕ごっこを見る者のする顔じゃないわ」

「……じゃあ、どんな顔して見ていればいいのよ?」

 

 霊夢は空を見上げる。

 そこには変わらず、2人の弾幕が美しく広がっていた。

 

「さぁね。そんなの、人それぞれでしょ」

 

 そんな霊夢の横顔は、空に輝く弾幕に劣らぬ美しさがあった。

 きっと霊夢は、この弾幕を純粋に楽しんで見ているのだ。

 そんな純粋さが、霊夢の美しさを引き立てている気がした。

 

「……」

 

 私も、空を見上げる。

 戦況的に魔理沙が有利であることは明白だった。

 レティの弾幕の物量や密度は申し分ないものだったが、それでも魔理沙を堕とすには、まだまだ足りないものだと感じる。

 そして私は、2人の表情に注目した。

 優位に立っている魔理沙は、とてもキラキラとした笑顔を浮かべている。

 心の底から勝負を楽しんでいるように見えた。

 対して劣勢のレティは、少し辛そうな表情を浮かべている。

 額に汗が滲み、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっている。

 しかし、口元には笑みが溢れていた。

 まるで今の戦況を楽しんでいるように……

 

「……」

 

 2人の弾幕は美しい。

 それは空を飛び回れるからだと思っていた。

 3次元的に展開されるからこその美しさだと思っていた。

 しかし……本当は違ったのだ。

 弾幕の『美しさ』は、視覚的な美しさとは異なるのだ。

 勝負として用いられる"弾幕ごっこ"だが、その名の通り、結局は"ごっこ遊び"なのだ。

 どれだけ楽しんで遊べるか––––それが、弾幕ごっこの『美しさ』であり、『強さ』なのだ。

 

「……綺麗なものね」

 

 私は思わず呟いていた。

 それを聞いた霊夢は、少しだけ微笑んでいた。


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