「おい霊夢、これは……どんな状況だ?」
「……見たまんまでしょ。説明するまでも無いわ」
博麗神社を出た私達は、霊夢の勘の指し示す方向へと向かっていた。
異変についての情報が殆ど無い今、彼女の勘に従うのが一番早いと判断したからだ。
「はは……笑えない数だな」
そうして進んで行くうちに、段々と寒くなっていくのを肌で感じていた。
進めば進むほど、周りの気温が下がっていくのだ。
この異変の首謀者なのか、それとも関係のない者なのか……それは分からない。
しかし、"何か"が居るということだけは確実に理解できた。
「やるしかないわよ。邪魔なのは事実だし」
そんな"何か"を目指していると、妖精の大群に出会った。
それらは全て冬(もしくは寒さ)に関係した妖精である。
"何か"を中心に取り巻く寒気が、この妖精たちを集めたのだろうか?
「誰がやるんだ?」
「この数を1人で相手にするつもり?」
「あー……それはごめんだぜ」
「だから魔理沙、手伝いなさい」
妖精は強い種族ではない。
寧ろ、弱い種族の代表格だ。
しかし彼女たちには、たった1つ強みがある。
それは––––"死を恐れないこと"だ。
彼女たちは死なない。
殺されても『1回休み』になるだけで、気づいた頃には復活している。
だからこそ、受けるダメージを気にせずに、攻撃ができるのだ。
そんな無鉄砲さがある。
「分かった。咲夜はどうする?」
「一旦地上に引くわ。私がこのまま貴女の箒に乗っていたら戦いにくいでしょう?」
「そうだな。そうしてくれると助かるぜ」
「地上にも妖精がいるみたい。咲夜、頼んだわよ?」
「ええ。私が処理出来る分は処理するわ」
魔理沙は、ぐっと高度を下げた。
私は彼女の箒から降りる。
「じゃあ、後でな」
そう言うと、魔理沙は再び上空へと戻って行った。
その空を見上げると、霊夢がすでに攻撃を開始していた。
それに気づいた妖精達も一気に反撃をしてくる。
それはもちろん霊夢に対してだけではなく––––
「くそぉ! 人間が調子に乗るな!」
「私たちの力を思い知れー!」
「なあなあ本当にやるの? あたし怖いよ」
「行くぞー!」
「なんか分かんないけど楽しい!」
「みんな待ってよぉ!」
妖精達の様々な言葉が飛び交う中––––私に対しても攻撃を開始した。
「……」
私はポケットから取り出した2つの球体を無造作に放り投げた。
するとそれは一瞬のうちに抱えるほどの大きさになり、私の前方で浮遊した。
そして次の瞬間には、弾幕用の魔力ナイフを妖精達に向かって発射し始めた。
「……強すぎじゃないかしら、これ」
私は自分に向かってきた弾幕を避けるだけで、勝手に敵が倒れていく。
目の前から妖精達が次々と倒れて姿を消していく。
ふと空を見上げれば、霊夢と魔理沙も同様に、苦労せず妖精達を蹴散らしていた。
「これは……?」
ふと、私は何だか得体の知れない力に包まれていることに気がついた。
力とはいっても、戦闘等に用いるタイプの力ではない。
何か特別な性能を持つ、そんな力だった。
魔力や妖力に近いような気もするが、違うような気もする。
「……ああ、なるほど」
私はある結論に至った。
この力は、春そのものだ。
理屈は分からないが、感覚的にそう思った。
私の頭がおかしいように思えるかもしれないが、魔力や妖力だって、そんな感覚の力なのだ。
何もおかしいことはない。
つまりこの力は、春力……いや『春度』とでも言うべきだろう。
「……ッ!」
私が呑気に春度について考えていると、なんだか前方の空間に違和感を感じた。
視線をそこへと移すと、大きな氷塊が飛んできているのが見えた。
魔力ナイフでは相殺しきれておらず、それは私に向かって一直線に飛んできている。
避けることは造作もなかった。
トレーニングで受ける美鈴の蹴りの方が圧倒的に早い。
しかし問題は、避けられるか避けられないかではない。
「……貴女、本当に妖精?」
妖精とは思えない力を見せた彼女に、私は少し呆れたように問う。
「あたいは氷の妖精、チルノ! あんたは?」
「私は紅魔館のメイド、十六夜咲夜よ。覚えなくていいわ」
「なんでよ」
「どうせバカには覚えられないでしょう?」
「なにをーッ!?」
––––霜符「フロストコラムス」
チルノは怒りを露わにしながら、スペルカード宣言を行った。
頭に血が上っているようだが、しっかりとルールには従っている。
別にルールに従わなくても、それなりに対応するだけだが。
「避けられるものなら避けてみろ!」
幾多の小さな氷塊が弾幕として飛んでくる。
かなりの量だった。
チルノは妖精にしては、かなり強力な部類であるのは間違いないだろう。
「当たれ! あたれぇ!!」
力はある。
弾幕の精度も高い。
先ほどまで相手にしていた妖精とは桁が違う。
「当たれよぉ……」
––––しかし、チルノはどこまでも妖精であった。
「……スペルカードブレイク」
私がチルノの目の前に立つと同時に、時間切れでスペルカードによる弾幕が消え去った。
そして無防備なチルノに、私の魔力ナイフが突き刺さった。
その次の瞬間には、チルノは姿を消していた。
『1回休み』になったのだろう。
「今の、チルノじゃないか?」
チルノとの対戦を終えると、上の妖精達を駆逐し終えた魔理沙と霊夢が下りてきた。
「魔理沙の知り合い?」
「まあ、そんなところだな。お前んとこの異変の時に戦ったんだ」
「へぇ」
「妖精にしては中々強いやつだった気がするが……」
「所詮は妖精よ」
「やっぱりお前、強いんだな」
なぜか魔理沙が少し悲しそうな表情をしていた。
私にはよく意味が分からなかったが、特別興味もなかった。
「さむ〜」
「霊夢、さっきからそればっかりだな」
「仕方ないでしょう?寒いんだから。本当にいい加減にしてほしいわ」
「この寒さの正体、分かるのか?」
「心当たりが1人いるわ。いつもならもう寝てる季節だって言うのに」
霊夢が呆れてそう言うと、少し目つきを変えてある方向を見上げた。
それに釣られて、私と魔理沙も見上げる。
そこは霧のような何かで、不自然に視界が悪くなっていた。
「……雑魚ばっかで飽きてたんだ。なあ、咲夜」
「そうね、雑魚ばっか倒しても何もなりゃしない。さっさと黒幕の登場を願いたいものだわ」
だんだんと霧が晴れていくのが分かった。
いや、霧が晴れているのではない。
寧ろ、霧に包まれているようだった。
今いるここだけが、まるで台風の目の様に霧が薄くなっているのだ。
そして寒さも一気に増している。
私達は目指していた"何か"がそこに居るのだと感覚的に理解した。
「くろまく〜」
霧の中から1人の女が姿を現した。
彼女の青と白を基調としたゆったりとした服装、この寒さに耐えうるものでないことが予想できる。
だからこそ、彼女自身が寒さを好む性質であることが容易に理解できた。
「霊夢、あいつか?」
「ええ。たしか雪女の一種、レティ・ホワイトロックよ」
「あら、博麗の巫女様に覚えていただけているなんて光栄ねぇ」
「私、寒いの嫌いだから」
クスクスと笑うレティを、霊夢は軽く睨みつけていた。
その横で、私はニヤリとした表情と銀のナイフをレティに向けて言う。
「とにかく、貴女が黒幕ね? では早速」
「ちょい、待って! 私は黒幕だけど、普通よ」
「こんな所に黒幕も普通もないわ」
「まあ待て咲夜、まずは話を聞こうじゃないか」
魔理沙は私を制止すると、言葉を続けた。
「幻想郷の春を冬に変えちまったのは、お前か?」
「いいえ。でも、冬が長くて困ってはないけど」
「そうだな、お前には動機がある。怪しいぜ」
「私の話、聞いてたの?」
「聞いてたぜ」
「あら、じゃあ理解できなかったのかしら? かわいそうに、寒さでやられたのね」
「そうだな。本来なら今頃は、桜の木の下で眠る季節だしな」
「私もいい加減、春眠したくなってきたわ」
「しっかりしろ。この寒さで寝たら殺すぜ」
八卦炉を取り出した魔理沙は、徐にレティにそれを向けた。
レティがそれを見ても動かないことから、スペルカードルールを理解していることが読み取れる。
今、スペルカードを宣言していない魔理沙が攻撃をしたら、ルール違反であることが分かっているのだ。
「おい霊夢、咲夜。この敵は私がやる。いいな?」
「……まあ好きにしなさい。その代わり、次はあんた休みね」
「ああ、いいだろう。それは公平だな。咲夜もいいか?」
「ええ、構わないわ」
「よっしゃあ! じゃあ私が相手だぜ、レティ!」
「春眠する前に、少しは楽しませてくれるかしら」
レティと魔理沙、2人の弾幕ごっこが始まった。
◆◇◆
第三者同士の弾幕ごっこを眺めるのは、私にとって初めての経験だった。
魔理沙の弾幕を見たことはあるが、レティの弾幕は、もちろん初めて見る。
レティの弾幕は冬の妖怪らしい、クールな青の弾幕だった。
それが周囲に散りばめられて、見とれるほどの美しさがあった。
魔理沙の弾幕は、星を
その上マスタースパークのように高火力の弾幕も持ち合わせている。
2人の弾幕は、互いに似ても似つかないものだった。
そんな相反する2つの弾幕が交差するその光景は、見ている者の心を動かすような、本当に美しいものだった。
だが、そんな2人の弾幕ごっこを見る私の表情は、感情を失っているそれに等しかった。
私は意図的に感情を殺している。
隣にいる霊夢に、悟られるのが嫌だったのだ。
私が感じている、この圧倒的な敗北感を––––
私には、あんなに美しい弾幕ごっこは出来ない。
ああいった弾幕の織り交ぜ合いは、2人が空を飛び回れるから出来るのだ。
「こんなこと、空を飛べない私にはできない」
そうだ。
飛べない私には––––
「––––え?」
先ほどの発言は、霊夢のものだった。
既に感情を殺していた私は、表立って驚くことはなかった。
しかし、まるで私の心を見透かしたような霊夢に驚かざるを得なかった。
「そんなことでも考えてるように思ったから」
「……」
「否定しないのね」
「ッ……」
「やっと表情が崩れた。その顔の方が面白いわよ、あんた」
「……人の顔見て面白いだなんて、酷いこと言うのね」
「悪いわね。でもそう思うほど、つまらない顔してたから。さっきのあんた」
「……」
「きっと負けず嫌いのあんたのことだから、表情に出さないようにしていたんでしょうけど……流石に表情が硬すぎよ。弾幕ごっこを見る者のする顔じゃないわ」
「……じゃあ、どんな顔して見ていればいいのよ?」
霊夢は空を見上げる。
そこには変わらず、2人の弾幕が美しく広がっていた。
「さぁね。そんなの、人それぞれでしょ」
そんな霊夢の横顔は、空に輝く弾幕に劣らぬ美しさがあった。
きっと霊夢は、この弾幕を純粋に楽しんで見ているのだ。
そんな純粋さが、霊夢の美しさを引き立てている気がした。
「……」
私も、空を見上げる。
戦況的に魔理沙が有利であることは明白だった。
レティの弾幕の物量や密度は申し分ないものだったが、それでも魔理沙を堕とすには、まだまだ足りないものだと感じる。
そして私は、2人の表情に注目した。
優位に立っている魔理沙は、とてもキラキラとした笑顔を浮かべている。
心の底から勝負を楽しんでいるように見えた。
対して劣勢のレティは、少し辛そうな表情を浮かべている。
額に汗が滲み、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっている。
しかし、口元には笑みが溢れていた。
まるで今の戦況を楽しんでいるように……
「……」
2人の弾幕は美しい。
それは空を飛び回れるからだと思っていた。
3次元的に展開されるからこその美しさだと思っていた。
しかし……本当は違ったのだ。
弾幕の『美しさ』は、視覚的な美しさとは異なるのだ。
勝負として用いられる"弾幕ごっこ"だが、その名の通り、結局は"ごっこ遊び"なのだ。
どれだけ楽しんで遊べるか––––それが、弾幕ごっこの『美しさ』であり、『強さ』なのだ。
「……綺麗なものね」
私は思わず呟いていた。
それを聞いた霊夢は、少しだけ微笑んでいた。