紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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妖々夢編
第21話 春雪異変


 

 

 この幻想郷には四季がある。

 移り変わる景色は、どの季節も美しい。

 春には桜が咲き乱れ、夏には太陽が燦々(さんさん)と照りつける。

 秋には紅葉で山が覆われ、冬には雪が降り積もり一面銀世界となる。

 

 今日も館の掃除に追われる私は、窓を拭きながら四季豊かな景色を眺めていた。

 窓から見える景色は、しんしんと雪が舞い落ちる冬景色だった。

 一面が雪で覆われた銀世界。

 寒さで私の吐息は白く濁り、手は赤くなっている。

 

 

 ––––しかし今、季節は春である。

 

 

◆◇◆

 

 

「博麗の巫女は、一体何をやってるのかしら」

 

 そう言って、お嬢様は紅茶を一口喉に流し込んだ。

 ふうっ……と一息吐いてから、お嬢様は言葉を続ける。

 

「寒くて布団から出るのが嫌になるじゃない」

「元々布団なんて使ってないでしょうに」

「棺桶の下に敷いているわ」

「それじゃあ布団からは出られない」

「細かいことはいいんだよ、パチェ」

 

 フッと笑うお嬢様とは対照的に、パチュリー様は呆れた様子でため息を吐く。

 

「ねぇ咲夜」

「何でしょうか、お嬢様」

「ちょっとだけ、お使いを頼まれて欲しいの」

「はい。何なりと」

「博麗神社に行って、霊夢を叩き起こしてあげて」

「畏まりました」

「あぁそれと、帰りは遅くなって構わないわ。後の仕事は妖精メイドにでもやらせなさい」

「……はい」

 

 私はお嬢様の言葉の真意を図り得なかったが、とりあえず返事をしておいた。

 聞き返したところで、まともな答えが返ってくるとは思えない。

 お嬢様は、そういう性格の方だ。

 それほど長くもない紅魔館での生活で知り得たことである。

 

「あぁそうだ。咲夜、これを持って行きなさい」

「これは?」

 

 お嬢様が私に差し出したのは、2つのビー玉サイズの球体だった。

 青く塗られたそれには、銀色の星印が付いていた。

 デザインはきっとお嬢様だろう。

 

「それは貴女の魔力に対応して、補助攻撃をしてくれる物。弾幕ごっこで、きっと貴女の役に立つわ」

 

 私がその球体を手に取ると、パチュリー様がそう仰った。

 こんな小さなものが補助攻撃をするなど考えにくいが……

 

「貴女の戦う意思によって大きさが変化して起動するわ。普段から大きいと、持ち運びに不便でしょう?」

 

 まるで私の心を読んだかのように、パチュリー様が仰った。

 

「……しかし、パチュリー様」

「どうしたの?」

「本日、私は弾幕ごっこを行う予定は無いのですが」

「私は、レミィに言われた通り作っただけよ」

「……」

「なぁに、"念には念を"というやつよ。そんなに身構えなくてもいいわ。貴女はそれを持って、博麗神社に向かいなさい」

「……畏まりました」

「それと––––」

 

 お嬢様は、再び私に何かを差し出す。

 

「––––これも、持って行きなさい」

「こ、これは……」

「これも、念には念を……というやつよ」

 

 お嬢様は窓から雪が降り積もった外を眺めながら、少しニヤリとして言った。

 

 

◆◇◆

 

 

「この寒さの中で……よく寝ていられるわね」

 

 私が外に出た時には、既に雪は止んでいた。

 しかし、寒いことには変わりがない。

 そんな中で、私が大きな門の扉を開けると、その脇には居眠りをする門番がいた。

 

「……? あぁ、咲夜さん。お出かけですか?」

「ええ。お嬢様のお使いよ」

「そうですか。随分と寒そうな格好ですが」

「あなたよりはね」

 

 美鈴は、いつも着ているチャイナドレスの様な服の上からコートを身に纏い、紅いマフラーを巻いていた。

 頭の上にはいつもの帽子が乗っているが、それは少し雪で白く染められていた。

 肩の上も少し白くなっている。

 割と長い時間、寝ていたのだろう。

 

「あ、良かったらこれを!」

 

 思いついた様に彼女は肩の雪を払うと、マフラーを外し、それに少し付いていた雪も払いおとす。

 

「首元が冷えると、体全体が冷えますから」

 

 そして私にマフラーを巻いてくれた。

 冷たそうに思えるそのマフラーからは、意外にも温もりを感じられた。

 彼女の体温で温められていたのだろうか。

 

「……ありがとう」

「いえいえ。では、お気を付けて」

 

 私は頷き、マフラーを口元まで上げてから出発した。

 

 

 

「咲夜さん、随分と素直に礼を言う様になったなぁ……」

 

 

 

◆◇◆

 

 

「霊夢ぅ」

「何よ」

「異変だぜ」

「ああ、そうね」

「解決しに行けよ」

「あんたが行けばいいじゃない」

「異変解決は巫女の仕事だぜ」

「霧雨魔法店は何でも屋でしょう? 異変解決も引き受けてよ」

「今日は定休日だぜ」

「どうでもいいけど、ちょっと足伸ばしすぎよ」

「このコタツが小さいのが悪い」

「文句があるなら出て行きなさい」

「そ、それは勘弁してくれ」

 

 魔理沙とそんな会話をしていると、不意に縁側へと繋がる襖が、スッと開いた。

 

「やっぱりここにいたのね」

「おー、咲夜じゃないか」

 

 そこには、上半身は長袖にマフラーを巻いた暖かそうな格好の癖に、下半身はミニスカートという寒暖差の激しい服装をした、紅い館のメイドが居た。

 その隣にいつも居る、小さくて喧しい悪魔の姿はなかった。

 

「また、あんた1人で来たの?」

「あら、お嬢様を連れてきた方がよかったかしら?」

「いいわよ、五月蝿(うるさ)くなるだけだし。そんなことより、閉めてくれる? 寒いんだけど」

「ああ、悪いわね」

 

 咲夜は部屋に入ると、襖を閉めた。

 

「で? 何の用かしら?」

「お嬢様のお使いよ」

「ああ、お嬢様(ガキ)の使いってやつかしら」

「それは私に喧嘩を売ってるのかしら? それともお嬢様に?」

「どっちにも」

 

 咲夜はナイフを取り出した。

 

「お、おい咲夜。手荒な真似は良くないぜ……?」

「はぁ、あんた1人でも、結局五月蝿いのね」

「お嬢様の命令だもの」

「はぁ? 五月蝿くしてこいとでも言われたの?」

「少し違うけど、そんなところよ」

「はぁ……?」

「私は貴女を起こしてこいと言われたわ」

「既に起きてるんだけど?」

 

 ––––パチンッ

 

「……ッ!!」

 

 魔理沙は目を見開いた。

 霊夢は、ほんの少しだけ。

 

 ––––夢符「二重結界」

 

 霊夢がそう言うと、周りに独特な模様をした結界が張られた。

 固定された1つの結界の周りで、もう1つの結界がグルグルと回るように張られている。

 それらが私のナイフを消失させた。

 そのナイフは私の魔力で生成させた、弾幕ごっこ用のナイフだった。

 

「あら、防がれちゃった」

「こんな狭い部屋で結界なんか張らせないでくれる?」

「少しはやる気、出たかしら?」

「はぁ、もう。分かったよ。行けばいいんでしょ、行けば」

「やっと博麗の巫女が動くのか。しゃーないから、私も付いて行ってやろう」

「あんた、今日は定休日なんじゃないの?」

「特別営業だぜ」

「ほんと、調子がいいヤツね」

「褒めても何も出ないぜ」

「褒めてないわよ」

 

 霊夢が立ち上がると、それに魔理沙が続く。

 そして霊夢は、私の横を通りすぎると襖を開けた。

 

「あんた、行かないの?」

 

 霊夢が背中越しに私に問う。

 私も同じように、背中越しに答えた。

 

「遠慮しておくわ。足手まといになるだけよ」

「ふーん、意外ね。来るもんだと思ってたけど」

「……私はただ、お嬢様の命令でここに来ただけ。すべき事は、もう果たしたわ」

 

 そう言って、私は軽く俯いた。

 

「そう思ってる奴は、そんな顔しないと思うぜ?」

 

 魔理沙が私の頰に手を当てると、私の俯いた顔を上げさせた。

 

「行こうぜ咲夜。遠慮なんてするもんじゃないぞ」

「そうね。遠慮なんて、気持ち悪いだけよ」

 

 魔理沙は私の目をまっすぐに見つめ、霊夢は変わらず背中越しに言った。

 

「……どうして?」

 

 私の声は、今にも消えそうに震えていた。

 目には何か熱いモノが込み上げている。

 必死にそれを零さぬようにしながら、私は言葉を続けた。

 

「どうして、そんなことを言うの? 足手まといになるのは、分かりきっているのにッ!」

 

 悔しかった。

 悲しかった。

 辛かった。

 苦しかった。

 この2人は、私に同情しているだけ––––

 

 

「あー、もう。面倒臭いわね!」

 

 振り返った霊夢が、私の肩を強引に引っ張った。

 私は体勢を少し崩しながら、霊夢と向かい合う形になった。

 

「あんたは行きたいの? 行きたくないの? どっち!?」

「わ、私は……」

 

 霊夢の怒号のような質問に、私は少したじろいでしまった。

 霊夢の言葉の圧に押されていた。

 そんな中で魔理沙が私の肩を軽く叩いた。

 

「足手まといになるとか、迷惑をかけるとか、そんなことはどうでもいいことなんだ。少なくとも、今の私たちにとってはな」

「……」

「異変を楽しめよ。その過程で解決するのであって、異変解決が絶対の目的じゃないんだ。それが新しい幻想郷の"異変"……だろ、霊夢?」

「さぁね。私はただ、このまま冬が続くと困るから、妖怪を退治するだけ」

「はぁ、なんにも分かっちゃいないな。まあとにかく、お前がしたいようにすればいいんだよ」

「私が……したいように……」

 

 異変を楽しむ魔理沙と、異変を迷惑だと捉える霊夢は、一見すると対称的に思える。

 だが、実は共通しているものがあるのだ。

 それは––––2人とも、自分の為に異変解決に向かうということだ。

 他人(ヒト)のことなど気にせず、自分の考えに則って我が道を突き進んでいるのだ。

 それに比べて私は、"2人の足手まといになる"という尤もらしい根拠を掲げて、異変解決から……目の前の2人から逃げていたのだ。

 

「もう一度問うわ。あんたは行きたいの? 行きたくないの? どっち?」

 

 霊夢が私に問う。

 先ほどよりも落ち着いた声色だが、言葉にはしっかりとした圧がかかっていた。

 しかし、私はもう屈しない。

 

「行きたいとか、行きたくないとかじゃないのよ」

「……どういうこと?」

 

 私の返答に、霊夢は困ったようにそう言った。

 

「私は、行かなきゃいけないのよ」

 

 そんな霊夢に、私は断言した。

 その言葉には先ほどの霊夢の言葉のような圧がかかっていた。

 

「理由を聞いてもいいか?」

 

 私の言葉の圧に少し押され気味だった霊夢に変わって、魔理沙が私に問う。

 理由なんて、非常に簡単なものだった。

 

「––––運命よ。私は行く運命にあるの」

 

 自分がどうしてそう考えたのか、そんな理屈や根拠はなかった。

 ただ直感的に、そう思った。

 それが私の理由だった。

 

「ふふっ、まあ、好きにしたらいいさ」

 

 魔理沙はやっぱり困ったように、だけど納得してくれたように微笑んでそう言った。

 

 


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