紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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番外編 The episode of Frandle

 

 

 

 月と生命(いのち)は似ている。

 生まれて……やがて欠けて……そして、また生まれる。

 ほら、似てるでしょ。

 だからかな?

 うん、きっとそう。

 だから……生命は月のように、綺麗で美しい。

 そんな尊い生命だからこそ––––

 

「ねぇ……貴女は、どんなふうに欠けるの?」

 

 

 –––– 壊 し た く な る 。

 

 

◆◇◆

 

 

 吸血鬼の成長過程は、人間のそれとは少し異なる。

 10歳程度までは人間とほぼ同じ様にして成長する。

 だが、それからは成長速度が急激に落ちる。

 人間で言うところの10代から20代の、活動が盛んな時期が非常に長いのだ。

 そしてよく誤解されがちだが、吸血鬼は不老不死ではない。

 吸血鬼は不老長寿である。

 寿命も存在するし、死ぬことも出来る。

 ただし老いて死ぬ事は殆どないと言えよう。

 大体の死因は同族の勢力争いや、人間のヴァンパイアハンターによるものである。

 基本、他殺で死ぬのが吸血鬼だ。

 

 まあ、そんな吸血鬼についての知識は、今は置いておく。

 今夜は、あの子について語ろう––––

 

 

◆◇◆

 

 

 あの子が生まれたという情報を持ってきたのは、館のメイドの1人だった。

 その時私は、家庭教師から帝王学を学んでいた。

 

「お嬢様ッ!」

 

 メイドは息を切らしながら、私に言う。

 

「ノックもなしに入ってくるなんて……」

「大変なんです!!!」

 

 私はまだ5歳。

 しかし、この館の主の長女であり、将来が約束された存在だった。

 それに加えて、純粋に力があった。

 そんな私に対してメイド達は従順だったし、歯向かうなんて考えられない事だった。

 そんなメイドが、私の言葉に耳を貸そうとしない。

 これは余程の非常事態であると、容易に想像がついた。

 

 ––––そして事実、私の想像を遥かに超えた事態であった。

 

 

◆◇◆

 

 

「お父様ッ!お母様ッ!!」

 

 私は叫びながら、その部屋の扉を開けた。

 その部屋は母の寝室で、出産を控えた母とそれに寄り添う父が居るはずだった。

 

 部屋には誰もいなかった。

 その代わりに––––

 

 

 

 ––––肉塊がいくつも転がっていた。

 

「これは……?」

 

 遅れて、私にこの事を伝えに来たメイドがやってきた。

 

「ッ!?……うっ、、、うぇっ」

 

 あまりの凄惨(せいさん)さに、メイドは吐き気を催していた。

 血や肉塊に見慣れた吸血鬼の私でさえ、嫌悪感を覚えていた。

 

 その部屋の光景は、495年ほど経った今でも忘れない。

 バケツをひっくり返したように、床に広がる血痕。

 壁に飛び散る、赤黒い塊。

 真っ赤に染まりながら転がる目玉。。。

 

 私は今まで500年ほど生きてきて、それほどの惨劇を見たことがあるだろうか––––

 

 

「アヒャッ、キャハッ」

 

 不意に、あまり聞いたことのない類の笑い声が聞こえた。

 それは、母のベッドから聞こえた。

 私は恐る恐る近付いた。

 ここまで恐怖を覚えたことも、500年間で一度もないだろう。

 母のベッドの上には、棺桶がある。

 母はいつもそこで眠るのだが、声の主もそこに居るようだった。

 私は固唾を飲み込んで、ゆっくりと棺桶の中を覗いた。

 その中には、小さな赤ん坊がいた––––

 

 

 

 ––––気付けば私の頭は吹き飛んでいた。

 後ろによろけるも、なんとか堪え、一瞬にして再生させた。

 

「な、なんだコイツは……!?」

「お嬢様、大丈夫ですか!?」

「ええ、なんとかね……それよりも、貴女は下がってなさい。死にたくなければね」

「ッ……で、ですが」

「私は平気よ……そうだ、ドロシーを呼んできて頂戴。私1人で、なんとか出来る問題じゃないわ」

「わ、わかりましたッ!」

 

 おっと、知らない人物が出てしまったな。

 ドロシーというのは、この頃に紅魔館にいた魔法使いで、母の友人だった。

 名前は、ドロシー・エンチャントレス。

 パチェよりも知識や魔法技術は劣るが、魔法使いの中ではかなり上位の存在で、魔力はパチェを上回るだろう。

 

「それにしても、酷い状況だな……」

 

 私は部屋を見渡した。

 ベットにぶち撒けられた血は、恐らく父と母のもの。

 壁にへばりついている肉塊は、メイドや使用人達のものだろう。

 父と母は、恐らく先程の赤ん坊の攻撃でコアとなる部分をやられたのだろう。

 ここで言うコアの部分とは、人間で言う心臓のところだ。

 その部分の損傷だけは、普通再生することができない。

 だからこそ、心臓を杭で突かれると、吸血鬼は死に至るのだ。

 

 ––––因みに私は、他の吸血鬼とは異なり、再生力に長けている。

 コアだろうが頭だろうが、どこを吹き飛ばされようとも蝙蝠1匹分さえ残れば、瞬時に再生することができる。

 

「お嬢様! 連れて参りました!」

「一体何事……って、カミィ!?」

 

 カミィとは、私の母のことだ。

 ただそれは愛称であり、母の本名はカミーラ・スカーレットである。

 

「まさか、ご主人も? 一体どうして!?」

「……犯人はそこの赤ん坊よ。私もさっき、頭を飛ばされた」

「赤ん坊……? どこに?」

「棺桶の中。……シッ! 静かにして」

 

「キャハッ、ヒャハハ」

 

「聞こえるでしょう? 生まれたばかりなのに、泣き喚くわけでもなく、狂気の笑い声を上げてるのが」

「……まさか。信じられない」

「事実よ。目の前の状況が見えないわけじゃないでしょう?」

「ッ……」

「今は、私が簡易的な結界をかけてあの子を封じてる。でも、そう長くは持たないわ」

「私に、結界を張れと?」

「ええ。貴女なら、簡単でしょう?」

「簡単だけど––––」

 

 ドロシーは、私の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「––––どうして、殺さないの?」

「……」

「私は殺したい。殺したくてたまらないわ。私の大好きなカミィが殺されたんだもの、当然でしょう?」

「魔法使いらしくない発言だな。感情に左右されるなんて」

「魔法使いにも、感情はあるわ! そして私は、それを悪いとは思ってない!」

「……あの子は」

 

 また、あの子の笑い声が聞こえた。

 

「私の妹だ。殺させないわ」

「な……ッ! 貴女、父と母が殺されたのよ? 憎くないの!?」

「憎いさ。それは、殺してしまいたいほどにな」

「じゃあどうして!?」

 

 私は少し微笑みながら、ドロシーに言った。

 

「必要なんだ、あの子が。私の勘が、そう言ってるのよ」

「勘……ですって?」

 

 この頃の私は、自身の能力をしっかりと把握しておらず––––今でも完全に把握しているとは言い難いが––––それをただの勘だと思っていた。

 

「そうさ、勘だよ。でも、私の勘って当たるのよ?」

「……」

「現に、この状況も予言していたと思うのだけど?」

 

 あれは半年近く前の事だろうか。

 既に母の身には子が宿っており、腹部も膨らみを持っていた。

 そんな母とドロシーが談笑しているところに、私は飛び込んだ事がある。

 驚く2人に、私は言った。

 

 ––––お母様、その子供を産んだら死にますわッ!

 

 あの時は、お腹の中にいる子供に母がとられるのではないかと私が心配して言ったのだろうと、軽く流されていた。

 しかし私には、ハッキリと視えていたのだ。

 

「……分かった。貴女の言う通りにする」

 

 ドロシーは肩の力を抜いて、そう言った。

 

「あの子は殺さない。結界も張る。だけど––––」

 

 ドロシーは、私のことを睨む。

 

「私は貴女に付いて行くことは出来ないわ」

 

 そんな彼女の目には、憎悪と恐怖の色が映っていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 ドロシーの掛けた結界は、かなり強力なものであった。

 3重にも渡るその結界を破るのは、並みの力では不可能であり、あの子はもちろん、私にも到底破ることは出来なかった。

 しかしその3つの結界には、それぞれ鍵のような呪文がある。

 その為、1つ1つ鍵を開けながら中に入れば、あの子に接触できるようになっていた。

 

 その日も、私は慎重に鍵を開け、そして鍵を閉め、さらに奥の結界の鍵を開ける––––そんな作業を繰り返して、あの子に対面していた。

 

「おはよう、フラン。今日で貴女も10歳ね」

 

 フランが生まれてから10年の月日が流れていた。

 同じく、館からドロシーが居なくなってから、そして私達の両親が死んでから10年が経つ。

 

「……お姉様」

「挨拶をされたんだから。挨拶をしないとダメよ、フラン」

「はい。おはようございます、お姉様」

「よく出来ました」

 

 私はそう言って、フランの頭を撫でた。

 

 彼女の名前––––フランドールは、私が与えたものだ。

 frantic(狂った) doll(人形)と言う意味を込めて、私はフランドールと名付けた。

 

 そう、彼女は私にとっては人形同然だった。

 少しばかり、気が狂っているが––––

 

 

「"今の"貴女は本当にいい子ね」

 

 

◆◇◆

 

 

 フランドールは、狂っている。

 そう思い始めたのは、実はつい最近のことだった。

 生まれてすぐに両親を殺した時点で、狂っていたのかもしれないが、それはただ単に能力の暴走の可能性が高いと考えていた。

 当初の私は、あの子を幽閉したものの、能力の制御さえ出来ればすぐに出してやるつもりだった。

 私の父と母、そしてたくさんのメイド達……たくさんの家族を殺したのは確かだが、あの子が家族である事もまた事実。

 ドロシーにはあんな事を言ったが、私も感情に左右されているのだ。

 

 ––––あの子は、殺したくない。

 

 話を戻そう。

 あの子が狂っていると思った切欠(きっかけ)は、私が彼女の羽に手を触れた時のことだった。

 

「私に触るなッ!!」

 

 フランドールは突然声を荒げた。

 そして私の手を振りほどく。

 私は驚いていた。

 フランが私の手を振りほどいたことに……ではなく、彼女の羽が赤色に光っていたのだ。

 

 ––––フランの羽は、吸血鬼の中でも奇形だ。

 

 黒くて細い木の枝のようなものが背中から伸びており、それには幾つもの宝石のように美しい結晶がぶら下がっている。

 その結晶それぞれが、左右対称に固有の色を持ち、かなり色鮮やかな印象を受ける。

 

 ––––今、その羽全てが赤色に染まっているのだ。

 

 私はそれに驚いていた。

 

「お前なんか、壊れちまえッ!」

 

 フランは右手を私に向けると、それを握り締めた。

 私の胸が––––心臓が弾け飛ぶ。

 私は体を無数の蝙蝠に変身させ、そして元の形に再生した。

 

「お前は誰だ?」

「どうして壊れないッ!?」

「……お前"も"、フランドールか?」

「わ、私は––––ぐぁッ!?」

「フランッ!?」

「あ……あぁ、ぐ………」

「どうしたの!?」

 

 フランは頭を抱えて苦しみ始めた。

 そんなフランの羽は、赤い光が点滅していた。

 そして次第に、元の色に戻っていく。

 

「––––ご、ごめんなさい……お姉様」

 

 完全に元の色に戻ったとき、フランは我を取り戻したようだった。

 フランは泣きじゃくり、私に赦しを乞うた。

 

「アレは、貴女なの?」

「……うん。あの人も、私」

 

 ––––フランドールは、多重人格だった。

 いや、多重人格というのは相応しくないのかも知れない。

 確かに幾つもの人格があることは確かだが、それらは全てフランドールであり、別の存在ではない。

 そして、記憶も全人格が共有しているようだ。

 

 そんな彼女の人格の変化は、羽の色によって判断できる。

 赤色の羽は、破壊衝動に駆られたフランドール。

 橙色の羽は、活発で好奇心旺盛なフランドール。

 黄色の羽は、楽観的で能天気なフランドール。

 緑色の羽は、比較的落ち着いた温厚なフランドール。

 青色の羽は、内気で引っ込み思案なフランドール。

 藍色の羽は、冷徹で残忍なフランドール。

 紫色の羽は、僻み妬み嫉み恨みを抱えたフランドール。

 そしてこれらの要素を全て持った、七色の羽を持つのがオリジナルのフランドールである。

 

 そして何より恐ろしいのは、私がその人格変化を"視"ることが出来ないのだ。

 彼女は私の予想しないうちに人格を変化させる。

 もし、結界の外で赤色の羽に変化してみよう。

 ––––想像もつかないほどに、破壊の限りを尽くすだろう。

 

 だから私は、彼女を幽閉し続けるしか手段がなかった。

 幽閉したくてしているわけじゃない。

 それを彼女は分かっていないだろう。

 彼女は私に嫌われていると思っているのだろう。

 そう思うと、私は胸が苦しかった。

 

 両親を殺された私の、彼女に対する憎しみは、もはや無に等しい。

 もともと両親と過ごす時間も少なかった上に、たった5年しか同じ時を過ごしていないのだ。

 両親への想いは、思い出と共に風化していた。

 両親には悪いが、それが当然なのだろう。

 そもそも、そんな憎しみが強く残っていれば、彼女を生かす意味がない。

 

 

 ––––やっぱりあの子は、殺したくない。

 

 

 それから400年ほど経った頃、パチュリーが紅魔館にやってきた。

 その時にも色々とあったが…………

 それは別の機会に語ろう。

 

 やってきたパチュリーは、結界をより強固なものに張り替えていた。

 それでも三重にしなければならないほど、あの子は危険だった。

 

 そんな彼女を変えたのは––––咲夜だった。

 495年経った今、フランドールは変化を遂げていた––––

 

 

◆◇◆

 

 

「フラン、食事よ」

 

 紅霧異変の直後、地下を抜け出したフランが破壊行動に出たあの日以来……

 フランの食事は、咲夜に持って行かせている。

 私が何を考えて食事を持って行かせているのか、咲夜には分からないだろう。

 そもそも、私にも分かっていないのだ。

 ただなんとなく、それこそ勘でそうしているに過ぎなかった。

 

 だか今日は、咲夜が外出しており、館に居ない。

 久々に私が、フランに食事を持って行った。

 

「お姉様……? 今日は咲夜じゃないんだ」

「あら、私じゃ不服かしら?」

「そんなことないよ。別に、お姉様が嫌いってわけでもないし」

 

 

「––––え?」

 

 それは唐突に告げられたことだった。

 

「どうしたの? 変な顔してるよ」

「いや……」

「変なお姉様」

「……どうして?」

 

 私の頭には、疑問符しか浮かばない。

 

「どうしてって、何が?」

 

 当のフランは、何のことを言っているのか分からない、といった様子だった。

 

「……」

「お姉様?」

 

 私はこの子に嫌われていると思っていた。

 この子は、私に嫌われていると思っているはずだった。

 

 ––––全部、私の思い過ごしだったのか?

 

「私としたことが––––」

「ッ!? お、お姉様!?」

 

 

 ––––私はフランを抱きしめていた。

 

 

「本当に、どうしたの?」

「フラン、私はお前を愛しているぞ」

「……い、いきなり何?」

「今まで、すまなかった」

「……いいよ。必要なことだったって、分かってるから」

「……え?」

「この前、咲夜から聞いたよ。私が閉じ込められている理由。私が狂ってるからってだけじゃないって」

「はぁ……咲夜のやつ、そんなこと話したのか」

「私が無理矢理聞いただけ、咲夜は悪くないよ」

「……分かった、そういうことにしておこう」

 

 私はもう一度、深い溜息を吐いた。

 

「私、今までは、私が能力の制御ができないから––––狂ってるから、閉じ込められてるんだと思ってた」

「……それも、理由の1つだ」

「うん。でも、それだけじゃなかった」

「……」

「それだけだと思ってたから、悔しかったし、嫌だったし、何より自分に腹が立った」

「……私に、じゃないのか?」

「お姉様に? それはないよ」

「……なぜだ? 普通なら、私に憎悪を––––「何言ってるのよ、お姉様」

 

 フランは、私に微笑みかけた。

 

「私は普通じゃない……でしょう?」

「で、でもッ!」

「私はお姉様みたいになりたかったの」

「……私みたいに?」

「うん。能力をちゃんと使えて、人を惹きつけるモノがあって、何より私が大好きなお姉様みたいに」

「……何故、フランは私を好いていられるんだ?」

「それは––––なんとなく?」

「……へ?」

「ふふっ。お姉様、また変な顔してる」

「ッ……」

「でも、本当になんとなくなのよ。なんとなく、お姉様が私を守ろうとしてるって分かってた。だって、普通なら殺すでしょ? もし私の事を嫌っていたのなら」

「……」

「事実、お姉様は私の事を殺さずに守るために幽閉していた。私の勘も、結構当たるのね」

「……」

「ありがとう、お姉様。守ってくれて」

「ッ……!!」

 

 今度はフランに抱きしめられた。

 私は、目から涙を零していた。

 

「でも、もう大丈夫。私、成長したから」

「……?」

「咲夜に教えてもらったの」

 

 フランはそっと私から離れると、何かを持って戻ってくる。

 

「これ見て、お姉様」

「……クマの、ぬいぐるみ?」

「そうよ。私が作ったの」

「貴女が……これを?」

「うん。咲夜に教えてもらいながら」

「咲夜が……」

「咲夜が教えてくれて……私、分かったの––––壊すよりも、創る方が楽しいって!」

 

 そういうフランの微笑みは、今まで見たどの笑顔よりも輝いていた。

 

 

 

 ––––そして私はフランに、館内に限り地下から出る事を認めた。

 フランの為に新しく部屋も用意した。

 館の外に出るようになるのも、時間の問題であろう。

 

 

 

 


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