"時間を操る程度の能力"
それは私の能力。他人にはない、私だけの能力。
だからこそ、私は考察する。
私に何が出来て、何が出来ないのか?
私の能力はその名の通り、時間を操ることができるものだ。
時の流れを止めたり、加速させたり、減速させたり……
そして、能力の干渉領域は0から無限大まで。
即ち、一本のワインボトルといった一部の時間から、全世界の時間まで操ることができる。
ただし、干渉領域が狭ければ狭いほど、時間停止は難しい。
逆に、干渉領域が広げれば広いほど、時間の加減速が難しい。
また、時間を操ることとは空間を操ることと同値である。
私は空間を広げたり狭めたりすることができる。
その力を使って紅魔館内部の空間を広げ、外から見た以上に広いものにしている。
そんな私の能力は、「世界」を操る能力と言っても過言ではないだろう。
しかし、その能力にも限界が存在する。
まず、時間を巻き戻すことができない。
負の時間はどうしても操れない。
私に操れるのは、正と零の時間だけだ。
さらに、時間を止めると他者に干渉できない。
時間を止めるとは、空間の動きを止めること。
全ての動きが静止した世界となる為に、いくら私の銀ナイフで突き刺そうとも、それが皮膚を突き破ることはない。
全ては静止したまま、時を止めた瞬間の状態を保ち続ける。
ただし、能力の対象外も存在する。
まずは私自身だ。
時を止めた世界でも、私は動くことができる。
さらに、私が身につけている衣服や所持しているナイフ等、私の管理下にあるものだ。
だからこそ、私の投げたナイフは、相手に刺さらずに空中に静止するのだ。
私の管理下から離れた瞬間、若しくは相手の管理下に入った瞬間でナイフは静止する。
故に、多少の誤差はあれど一定の距離からしかナイフを出現させることはできない。
従って、八雲紫がスキマを出現させる時間やお嬢様が「不夜城レッド」を発動させる時間等を与えてしまう。
他にも、空気が能力の対象外である。
空気までも動きが止まってしまえば、私は呼吸どころか身動きも取れなくなってしまうだろう。
しかし現に、呼吸もできるし身動きも取れる。
おそらく私の操ることができる"空間"には、ある一定の体積が必要なのだろう。
空気を構成する原子や分子の1つ1つの体積は、目に見えるものに比べれば限りなく0に近い。
だからこそ、私の空間操作が適応されないのだろう。
––––以上が、今までの経験と考察で知り得た全てだ。
ひと言に"時間を操る"といえども、その用途は多岐に渡るし、制限も幾つかある。
だが、この能力が大きなアドバンテージになることは間違いないだろう。
それでも、この能力とは全く無関係なところで、ある問題が浮上した。
今まで考えたこともなかった問題だった。
なにせ、ここに来るまでは当たり前のことだったのだから。
––––私は、空を飛ぶことが出来ない。
私に限らず、人間は空を飛ぶことが出来ない。
それは至極当然のことだった。
しかし、霊夢や魔理沙はその"常識"を見事に打ち破った。
霊夢は"空を飛ぶ程度の能力"を持ち、魔理沙は"魔法を使う程度の能力"を持っている。
霊夢は重力を感じさせないフワフワとした飛び方をしており、魔理沙は魔法使いらしく箒に跨り、それを操るような飛び方をしている。
以前、博麗神社で魔理沙と空を飛ぶことについて話したことがある。
その話によれば、幻想郷の人間全てが空を飛べるわけではないそうだ。
むしろ、空を飛べる人間など霊夢以外に知らないと言っていた。
霊夢は適当に話を流しているようだったが、空を飛べる人間を魔理沙の他に知っている風ではなかった。
そのことから導き出されることは、"特別な能力を持つ人間"が空を飛ぶことができるという事。
そして私は"特別な能力を持つ人間"である。
私が今まで空を飛ぶことが出来なかったのは、"人間が空を飛ぶことができる"ということを認識していなかったからだ。
私は幻想郷に来て、それを認識した。
だからこそ、私は空を飛ぶことができる
◆◇◆
「なんだ? お前がここに来るなんて、珍しいじゃないか。それも1人で」
扉を開けて中から出て来た魔理沙は、驚いた様子でそう言った。
「てか、私の家、初めてだよな? なんでこの場所知ってるんだ?」
「霊夢から聞いたのよ」
「そうか、なるほどな。まあ、中に入れよ」
「お邪魔致しますわ」
魔理沙の部屋には、彼女の性格が現れていた。
「少し散らかってるが、気にしないでくれ」
「……少し?」
魔理沙の家は、大きな部屋が1つの簡単な間取りではあるが、1人で暮らすには十分な広さだった。
部屋真ん中には大きなテーブルがあり、その脇には小さなソファがある。
部屋の左奥には研究用と思われる机と椅子があり、座ると目の前に大きめの窓がある形になっていた。
部屋の右奥には大きな暖炉があり、料理をする小さなスペースがある。
とても生活感溢れる、居心地の良い空間だった。
––––大量のモノが散乱していなければ。
中央のテーブルには食べ終えた皿やグラスが散乱し、周りには残飯が散らかっているように見える。
ソファの上には大量の––––パチュリー様のものであると思われる–––––魔道書が積み上げられており、座るスペースなどなかった。
研究用に使われている机には、幾らかの本と謎の物体や液体の入った瓶が乱雑に放置されていた。
そこにある椅子だけはやけに綺麗な為、普段はそこに腰掛けていることが伺える。
暖炉はあまり使われている形跡はなく、キッチンに当たる場所にはよく分からない茸がたくさん置いてある……というより、生えているように見える。
また、床にはグチャグチャのまま放置された布団が敷きっぱなしになっていた。
足の踏み場を探すのに苦労するその部屋に、私は嫌悪感しか覚えなかった。
「貴女……よくこんな所で暮らせるわね」
「なんだよ? ちょっと散らかってるだけじゃないか」
「ちょ、ちょっと……? これが……?」
私は大きく、そして深く溜め息を吐いた。
「なんだよその溜め息は––––ッ!?」
魔理沙は目を見開く。
「ふぅ、こんなものかしら」
「えっ……ええっ!?!?!?」
「どう? 見違えたでしょう?」
私はこの家とは比べ物にならないほど大きな館に仕えるメイドだ。
この部屋を一瞬で掃除するなど、私には朝飯前だった。
普段からもっと莫大な量の掃除をこなしているのだから。
「おまっ、な、何すんだよ!?」
「あら、不満かしら? 綺麗になったでしょう?」
「こ、これじゃあどこに何があるか分から……」
魔理沙は焦った様子で部屋を見渡す。
しかしそうしているうちに、魔理沙の顔から焦りの色がなくなっていった。
そして気付いた時には、魔理沙は言葉を紡ぐことを止めていた。
「分からない訳ないでしょう? じゃなきゃ、掃除の意味がないじゃない」
「すげぇ……綺麗だ」
幸い、散らかったモノをしまう場所は殆ど存在した。
使われて放置された食器は洗って棚に整理したし、実験用具等も分類して片付けた。
そしてゴミと思われるものも処分し、丁寧に掃除も行った。
「これでも私、メイド長なのよ?」
「すげぇ! 本当にすげぇや!」
魔理沙は感激した様子で私を見つめた。
その目はキラキラと輝いている。
「部屋が綺麗だと、なんだか落ち着くぜ」
「今度からは自分で整理整頓することね。毎日私が来るわけにもいかないでしょう?」
「そうだな……頑張ってみるよ」
あはは……と乾いた笑いをしながら、魔理沙は改めて部屋を見渡す。
「にしても、本当に綺麗に……ん?」
「どうかした?」
「そういや、本はどこにいったんだ?」
「ああ、それなら外にまとめてあるわ」
「外!? そんなことしたら、雨に濡れちゃうじゃないか!」
「大丈夫、今日は雨降らないから」
「今日"は"……? ま、まさかお前!」
「あれはパチュリー様の本でしょう? 私が持って帰るわよ」
「な、なんだと!」
「パチュリー様が困っているのよ。貴女に本を盗られるってね」
「私は盗ってないぜ! 死ぬまで借りてるだけだ!」
「そう……なら––––」
––––パチンッ
「––––死ねば返してくれるの?」
「ッ……わかったぜ。返す、返せばいいんだろ? ナイフをしまえよ」
私は魔理沙の喉にナイフを突きつけていた。
「分かればいいのよ」
「はぁ……お前、一体何しに来たんだよ?」
「ああ、そういえば本題に入ってなかったわね」
「誰かさんが世話を焼いてたせいでな」
「誰かさんが世話を焼かせただけよ」
「悪かったよ……それで? 用件はなんだ?」
「単刀直入に聞くわ。貴女はどうやって、空を飛べるようになったの?」
「……またその話かぁ。お前、本当に飛べないこと気にしてんのな」
「この先スペルカードルールに従うとしたら、空を飛べないのは致命的でしょう?」
「まあ、それはそうかもしれないが。一応、飛べなくても弾幕ごっこはできると思うぜ?」
「それは最悪の場合よ。飛べた方が有利なのは明らかだもの」
「……まあ分かったよ。んで、空を飛ぶ方法を聞きたいんだっけ?」
「違うわ。
「んー、きっかけは空飛ぶ妖怪達への憧れだな。んで、魔法を研究してたら、気付いた時には飛べるようになってたぜ」
「空を飛ぶために、特別な練習はしなかったの?」
「うーん、したっちゃしたんだが、参考にはならないと思うぞ」
「いいわ。参考にするかはこっちで考えるから。取り敢えず聞かせて」
「ワガママなやつだな。まあ、別にいいけど。その練習ってのは、地面に向かってマスパを撃つんだ」
「……は?」
「んで、反動で体が爆発的に飛び上がるだろ? それで空にいる感覚? みたいなもんを養ったかな。あとは死にたくないから必死にもがいてたら、なんか飛べてた」
「……」
「あ、ちなみにこの時の練習を応用して、新しいスペカも考えてるぜ」
「そ、そう……」
ケラケラとふざけた笑い声を上げる魔理沙に対し、私は落胆の表情を浮かべていた。
魔理沙の話は、予想以上に参考にならなかった。
私の見解では、天才肌の霊夢に比べて魔理沙は凡才であると思っていた。
だからこそ、それなりに努力をして、今の力を身につけているものだと思っていた。
しかし……彼女も実は天才肌だったということなのだろうか?
「……なあ、咲夜」
私が少し考え込んでいると、魔理沙が真剣な眼差しで声をかける。
先ほどのヘラヘラした様子とは全く異なり、私はほんの少しだけ恐怖にも近い驚きを覚えた。
「努力を語る人間は、この世には存在しないんだぜ」
「……え?」
「例えいるとしたら、私はその人間を努力家だと認めない。本当の努力家は、その努力を隠す為にも努力するんだ」
「……」
「努力を語るってことは、手の内を明かすってことだ。例え親しい間柄だとしても、全ての手の内を明かすなんてことは滅多にないよ。私の言いたいこと、分かってくれるか?」
やはり魔理沙は、相当の努力を積んでいる。
さらに、それを隠す努力も惜しまない人間だ。
私は、そう思った。
そして、頷いた。
「……つまり、そういうことだぜ」
––––魔理沙に教える気は、毛頭ない。
◆◇◆
結局何の収穫もないまま、魔理沙宅を後にした。
いや、パチュリー様の本を取り返せたことが唯一の収穫だろうか?
私はその本を持って紅魔館に戻り、図書館へと向かっていた。
「おかえり、咲夜」
「ただいま戻りました」
図書館へと入り、普段パチュリー様が腰掛けて本を読んでいる場所に向かうと、お嬢様から声をかけられた。
お嬢様はパチュリー様と談笑を楽しんでいたようだ。
「……なに? 咲夜、出掛けてたの?」
パチュリー様が不思議に思った様子で、私に尋ねる。
「はい。霧雨魔理沙の家に、少々用事があったもので」
「あら、じゃあもしかして、その本はあの子から取り返してきてくれたのかしら?」
「左様でございます」
私は時を止め、パチュリー様のデスクの上に取り返した本を積み上げた。
「ありがとう、助かったわ。こぁ、これらを整理してちょうだい」
「はーい、かしこまりました〜」
ふよふよと何処からか飛んできた小悪魔は、積み上げられた本の中から幾つか取り出すと、またどこかに飛んで行った。
「それで咲夜、何か得たものはあったの?」
「その本ですわ」
「そりゃパチェにとってはね。貴女にとっての収穫を聞いたのよ」
「いえ……何も」
「それは残念ね」
「……訂正いたします。私にとっての収穫もありましたわ」
「あら、何かしら?」
「能ある鷹は爪を隠す、ですわ」
お嬢様とパチュリー様は、少しキョトンとしていた。
◆◇◆
『まあ、手ぶらで帰らせるのも悪いし……一つだけ教えてやろう』
『……何かしら?』
『私は、箒なしでも飛べるんだぜ』
『そう……それで?』
『それだけだ』
『……ただ自慢したかっただけかしら?』
『お前がそう思うんなら、それでいいぜ』
『……?』
『じゃあ、気をつけて帰れよ。この森は妖怪が多いからな』
『ええ、ありがとう。失礼するわ』
私の苦悩は続く––––