紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第18話 紅魔の絆

 

 

「咲夜さん、貴女本当に人間ですか!?」

 

 悲鳴にも近い声を上げるのは、紅魔館の門番––––紅美鈴である。

 美鈴には、私の体術トレーニングに付き合ってもらっていた。

 普段は1人でトレーニングすることが多いのだが、どうしても対人戦という形を取らなければ出来ない訓練もある。

 それを美鈴に手伝ってもらっているのだ。

 

「人間のつもりよ?」

「つもりって……でも本当に、人間とは思えませんよ」

「ふふっ––––」

 

 私は口元だけで笑ってみせる。

 目はまっすぐ美鈴を捉えており、威嚇するように睨みつけている。

 

「––––嫌味かしら?」

 

 そう言う私は、既に片膝をつき、腹部に手を当て、息切れを抑えるのに必死だった。

 対して美鈴は、驚きの表情を浮かべながらも、二本の足でしっかりと地面に立っていた。

 

「そ、そんなつもりはありませんよ! だって咲夜さん、能力もナイフも使っていないんですから……」

 

 私は自ら、時間を操ることと、ナイフを用いることを禁じている。

 それは偏に、体術トレーニングの為だ。

 私は再び立ち上がる。

 そして、構えをとった。

 まだ、腹部が痛む……

 

「続き、いくわよ」

「まだやるんですか……? お腹、相当痛みますよね?」

 

 私の腹には、先ほど受けたダメージが残っていた。

 美鈴の人間離れした力で蹴りを入れられ、私の肋骨は数本折れてしまっていた。

 吐血をしていないところから、内臓に傷は付いていないと思われるが……

 

 本来、美鈴が本気で蹴り上げていれば、私の内臓はグチャグチャになってもおかしくはない筈だ。

 それほど、妖怪と人間には力の差が存在する。

 それを私も美鈴も理解している。

 だからこそ、美鈴は蹴る時に躊躇したのだろう。

 私に後遺症が残らない程度の力しか出していないのだ。

 つまり私は、手心を加えられている。

 

 私は、より強く美鈴を睨みつけた。

 

「……まったく。負けず嫌いも程々にして下さいよ」

 

 私は少し踏み込んでローキックを放つ。

 美鈴は、それを少し後ろに下がりながら避けると、瞬時に踏み込み間合いを詰める。

 私は美鈴の顔面にジャブを入れて牽制するも、如何せん体勢が悪かった。

 速度もパワーもない私の拳を、掌底で軽くいなすと、私の腹部に手を当てる。

 

「ぐぁッ……!」

「やっぱり、痛いんですよね?」

 

 軽く押されただけだが、私には激痛が走っていた。

 骨が折れているのだから、当然だが。

 

「やめましょう、咲夜さん。これ以上は体に毒ですよ」

「……分かったわ。貴女の言う通り、やめにしましょう。仕事に影響が出ても困るし」

「え、その体で仕事するつもりなんですか!?」

「当たり前でしょう? 館の掃除や、お嬢様のお世話はどうするのよ?」

「そんなの、妖精メイドに任せれば……なんなら、私も手伝いますし!」

「いらないわ」

「で、でも……」

「大丈夫。この程度の傷、仕事には大して影響しないわよ。それともまさか、私を心配しているの?」

「まさかも何も、当たり前ですよ!」

「当たり前……? どうして?」

「だって咲夜さんは、私達の家族でしょう!?」

「家族……?」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「何を言っているのかしら?」

「……」

「私は、貴女達の主を殺そうとしている……謂わば敵なのよ?」

「……」

 

 私は美鈴の背後に立ち、首の急所にナイフを正確に突きつけている。

 美鈴は、何も言わない。

 

「私は仕事に戻るわ。貴女は門番の務めを果たしなさい」

 

 私はナイフをしまうと、美鈴に顔を合わせることなく館の中へと歩き出した。

 やはり美鈴は、何も言わなかった。

 

 

 

 ––––家族なんて、私にはいない。

 

 

 

 私はそんな事を考えながら、なんだか熱いものが溢れてくるのを堪えていた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「本当に素直じゃないなぁ……咲夜さんは」

 

 そんな美鈴の顔は、可愛い我が子を見るような穏やかな笑顔で埋め尽くされていた。

 

 

◆◇◆

 

 

「お待たせ致しました、お嬢様」

 

 美鈴とのトレーニングを終えた私は、お嬢様の"昼食"を用意していた。

 以前は取ることのなかった昼食だ。

 太陽が昇っているこの時間は、吸血鬼にとっては窮屈な時間である。

 もともと窓の少ない紅魔館であるが、全く無い訳ではない為、館内でも行動が一部制限される。

 そんな時間に、何故起きて、何故食事を取っているのか?

 

「ありがとう、咲夜。今日も美味しそう」

「光栄でございます」

 

 それは偏に、"あの巫女"の影響だった。

 お嬢様が何を思ってそうしているかは私の知るところではない––––そもそも興味もない––––が、結果を言うなら、お嬢様は人間に合わせた生活をするようになった。

 勝手な推察をするならば、霊夢を訪れるにしろ、霊夢が訪れるにしろ、人間に合わせた生活を送っていた方が都合がいいのだろう。

 実際、お嬢様は霊夢と幾度となく会っている。

 それは全てお嬢様の方から訪れているが。

 さらにそれは、私にとっても都合が良かった。

 あの巫女には、私自身も興味がある。

 

「あぁ、そうだ」

 

 お嬢様は突然食事の手を止めると、私の方へと振り向き言った。

 

「パチェが貴女を呼んでいたわ」

 

 

◆◇◆

 

 

「パチュリー様、紅茶とクッキーはいかがですか?」

「あら咲夜、気が利くわね」

 

 私が図書館を訪れると、いつものようにパチュリー様は本を読んでいた。

 側近の小悪魔は見当たらない。

 

「いえ。ところでパチュリー様」

「なにかしら?」

「お嬢様から、パチュリー様が私にご用があると聞いたのですが」

「ええ、ちょっとこっちに来なさい」

「?」

 

 パチュリー様が、自身の側に寄るように、私に催促をする。

 

「なんでしょう?」

「いいから来なさい」

 

 私はその意図が読めなかったが、とりあえずパチュリー様の横に立った。

 

「これでよろしいですか?」

「ええ、じっとしてなさい」

 

 そう言うと、パチュリー様は私の腹部に手を当てた。

 少しだけ、痛みが走る。

 

「ッ!?」

「美鈴から聞いたわ」

「怪我のことなら、大したことは……」

「いいえ。怪我もそうだけど、怪我じゃなくてね」

 

 私の腹部に添えられた手が、淡い光を帯び始めた。

 あまり実感はないが、直感的に治癒しているのだろうと分かった。

 少しずつではあるが、痛みが引いているようにも思える。

 

「ねぇ咲夜」

「なんでしょうか、パチュリー様?」

「私達は、家族でしょう?」

 

 パチュリー様は私の目を真っすぐ見つめながら言った。

 私はすぐに視線を逸らしてしまった。

 

「そんなことも美鈴は喋ったのですか……でしたら、私の答えも知っていらっしゃいますよね?」

「ええ、知ってるわ。でも、貴女自身の口から聞いた訳じゃない」

「ならば、もう一度言いましょう。私は、貴女達の主を殺そうとしている、敵なのです。家族ではありませんわ」

「そう……」

 

 弱々しいパチュリー様の声に、私は素直に驚いた。

 どうしてそんな声を出すのか、分からなかった。

 だから私は、もう一度パチュリー様へと視線を戻––––

 

 

「私は、貴女のこと……結構好きよ?」

 

 ––––パチュリー様は、目に涙を浮かべていた。

 

「どうして……」

 

 そんなことを言うのか?

 そんな顔をするのか?

 

 私には……分からなかった。

 

「……傷は治ったわ。私の用は済んだから、レミィのところにでも戻りなさい」

 

 パチュリー様は、再び本を読み始めた。

 その目が本の文字を追っているかは、定かでない。

 

 

◆◇◆

 

 

「咲夜、何かあったの?」

 

 今は、お嬢様のティータイム。

 外のテラスで美鈴が手入れする庭を眺めながら紅茶を啜っていた。

 もちろん、お嬢様は日陰にいる。

 そんなお嬢様が、突然私に言った。

 

「……え?」

「なんだか貴女、浮かないような……でも嬉しそうな顔をしていたから」

「そんなことは……」

「パチェに何か言われたの? あいつは偶に訳のわからない戯言を言うから、気にしちゃダメよ」

 

 あれは、パチュリー様なりのジョークだったとでも言うのか?

 私には、とてもそうとは思えなかった。

 

「一度貴女に言ったことがあると思うけど……」

 

 私がお嬢様の御言葉に返事もせず、ただ惚けていると、唐突にお嬢様が切り出した。

 

「私は、運命を操ることが出来る。でもそれは、他人の思考を支配できるということではないの。だから私は、貴女が何を考えているかは分からない」

「……」

「ねぇ咲夜。貴女は今、何を思い、何を考えているの?」

「私は––––」

 

 ––––何を考えているのだろう?

 どうして、困惑しているのだろう?

 

 目の前のお嬢様は、私が殺すべき存在だ。

 そんな彼女はもちろん敵であるだろう。

 そしてその友人や、仕える者たちも、味方とは言えないだろう。

 況してや、家族なんて––––

 

 そうだ。

 私を惑わせているのは、"家族"という言葉だ。

 両親どころか、自分の名前すら忘れてしまった私には縁のない言葉だ。

 

 気付いた時には独りだった。

 今までずっと独りだった。

 そしてこれからもずっと独り……の、はずだった。

 

 気付いた時には周りに人がいた。

 お嬢様、妹様、パチュリー様、美鈴や小悪魔、霊夢に魔理沙……

 たくさんの人がいた。

 もちろん"人"の中には妖怪も多く含まれている。

 

 

 ––––私は今、独りなのか?

 

 

 お嬢様に生きる名前を貰い、生きる場所を貰い、生きる意味を貰った。

 

 

 ––––私は今、独りなのか?

 

 

 美鈴に家族だと言われ、パチュリー様に好きと言われた。

 

 

 ––––私は今、独りなのか?

 

 

 私は––––

 

 

「––––嬉しいのです。お嬢様」

 

 少し……いや、かなり時間を置いたのちに、私はお嬢様に告げた。

 お嬢様は、口元に笑みを浮かべていた。

 そして更に、私は言葉を続ける。

 

「貴女が無防備な姿を見せてくれることが」

 

 そう言って私は、時を止めてお嬢様の首元にナイフを当てた。

 

「それでこそ、私の咲夜だ」

 

 お嬢様は、まだ笑みを浮かべていた。

 

「さて、お仕置きの時間だ」

 

 彼女には、私の本心など、きっと見抜かれているのだろう。

 その日のお仕置きは、今までで一番心地良かった。

 

 

◆◇◆

 

 

 夜、私は自室にいた。

 以前ならば、お嬢様の活動時間である為、仕事が山ほどあった。

 しかし、お嬢様が人間の生活に合わせるようになった今、夜に行う仕事は限られてくる。

 また、妖精メイド達も少しずつ成長しているようで、昼のうちに作業が順調にこなせている。

 それでもする事が無いわけではないのだが、これもお嬢様の命令だ。

 人間らしく夜は睡眠を取れ、と。

 今では時間を止めて休憩することも禁じられている。

 だから私は、こうして自室で休息を取っている。

 

「……」

 

 私は今、無性に仕事がしたかった。

 掃除でも料理でも、はたまた殺しでも何でもいい。

 とにかく、仕事がしたかった。

 

 ––––今は何も考えたくない。

 

「……」

 

 しかし、何もすることがない今、何かを考えざるを得なかった。

 

 

『––––嬉しいのです。お嬢様』

 

 

 あの言葉は本心だった。

 いや、本心であるとしか考えられないのだ。

 だってあれは、意図せず私の口から出たのだから。

 声になって初めて、自分が発した言葉の意味を理解したのだ。

 だから、私は嬉しかったのだと考えるしかないのだ。

 

「……滑稽な話ね」

 

 人に恐れられて人を憎み、孤独を選んできた私が……

 妖怪達によって"人"の温もりを感じるようになって……

 それを、嬉しいと思っているのだ。

 もう私は、笑うしかなかった。

 でも、現実の私は泣いていた。

 悲しくないのに、泣いていた。

 

「本当に……どうしちゃったのかしら?」

 

 私に訪れているものは、変化なのか?

 それとも––––

 

 

 


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