紅魔女中伝   作:ODA兵士長

17 / 55
第17話 紅魔郷EX part 2

 

 

「にしても、本当に広い館だぜ。外から見る以上にな」

「無駄に大きくしすぎて、掃除が大変よ」

「掃除だけで1日が終わりそうだぜ」

 

 私と魔理沙は長い廊下を歩いていた。

 それは本当に長く、終わりが無いと錯覚するほどだった。

 

「あとどれくらいで着くんだ?」

「結構せっかちね、魔理沙は。そろそろよ」

 

 ––––ドォンッ!!

 

 その時、不意に前方で爆音が響いた。

 私たちは慌てて立ち止まる。

 前方は砂埃のようなものが舞っていて、視界が悪くなってしまった。

 しかしよく見ると、壁が豪快に破壊されているのが分かった。

 

「なんかお呼びかしら?」

 

 中から出て来たのは、やはり妹様だった。

 

「呼んでないぜ」

「おまたせ」

「あんた誰?」

「人に名前を聞くときは……」

「ああ、私?」

 

 魔理沙は少し考えてから、ニヤッと笑って言う。

 

「そうだな、博麗霊夢、巫女だぜ 」

「フランドールよ、魔理沙さん」

「あんた、なにもん?」

「魔理沙ッ」

「ぬわっ!?」

 

 私は、妹様に近付こうとする魔理沙の手を引いた。

 魔理沙は驚き、変な声を上げていた。

 

「な、なんだよ咲夜?」

「危険よ」

「え? ああ……やっぱりこいつが?」

 

 私はそれに返事も頷くことも無かったが、ただまっすぐに妹様の事を見ていた。

 

「そうか……」

 

 それを見た魔理沙は、察したようだ。

 妹様は静かに歩み寄る。

 私は魔理沙の手を引きながら後ずさった。

 

「貴女は確か、アイツのオモチャだったっけ?」

「十六夜咲夜でございますわ」

「あれ? お前らそんなに親しくないのか?」

 

 魔理沙が会話に横槍を入れる。

 

「もしかしてお前、家出少女だったり?」

「私はずっと家に居たわ。貴女がこの家に入り浸ってるときもね」

「居たっけ?」

「ずっと地下で休んでいたわ。495年くらいね」

「いいねぇ、私は週休2日だぜ」

「いつもお姉様とやり取りしているの、聞いていたわ」

「お姉様? 妹君かえ」

「私も人間と言うものが見たくなって、外に出ようとしたの」

「良かったじゃないか。ほれほれ、思う存分見るが良い」

「一緒に遊んでくれるのかしら?」

「いくら出す?」

「コインいっこ」

「一個じゃ、人命も買えないぜ」

「あなたが、コンティニュー出来ないのさ!」

 

 妹様は魔理沙に右手を突き出した。

 

「ッ!」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 

◆◇◆

 

 

『パチュリー様、紅茶をお持ちしました』

『ありがとう』

『では、私はこれで』

『待ちなさい、咲夜』

『いかがされましたか?』

『もしもの時の対処法を考えたわ』

『もしもの時……?』

『あれ、レミィから聞いてない?』

『はい、何も』

『……ついこの間、レミィから頼まれたのよ』

『何をでしょうか?』

『妹様が暴れた時の対処法を考えておいてくれ、と』

『妹様が……?』

『詳しいことは分からないけど、レミィがそう言っていたのよ』

『お嬢様が……ということは、近いうちに?』

『ええ。きっとそういうことでしょうね』

『……』

『それで、本題に移るわ。対処法なんだけど、やっぱり1つしか思いつかないのよ』

『1つ……それは一体どういったものですか?』

『妹様の手首を切断しなさい』

『手首を……?』

『そう。妹様は(てのひら)に物体の最も緊張した部分––––"目"を手繰り寄せ、それを握り潰すことで破壊を行うわ。つまり、手首を切断してしまえば、破壊は出来なくなる』

『時を止めて妹様に近付き、手首を切断する。それが唯一の対処法ということですか?』

『ええ、そうよ。私にはそれ以外……いや、それ以上のものが思いつかないのよ』

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 妹様が右手を突き出したところで、私は時を止めた。

 

 

『妹様は能力発動時に掌を破壊する対象に向けるわ』

 

 

 間合いを詰めて、妹様の右手首にナイフを当てる。

 

 

『それによって、対象の"目"を掌に手繰り寄せるの』

 

 

 ––––パチンッ

 

 

『だからその時に近づいて、"目"を握り潰される前に––––』

 

 

「キュッとしてぇ––––「申し訳ございません、妹様」

 

 

『手首を切断しなさい』

 

 

 私は妹様の手首を切断した。

 

 

「……あれぇ?」

 

 妹様は、突如として無くなった右手を見て、間の抜けた声を出していた。

 まるで痛みなど感じていないかのように。

 

「これやったの、貴女?」

 

 私は()うに、時を止めることで妹様から離れ、魔理沙の横にいた。

 その私に向かって、妹様は問う。

 

「アイツのオモチャの癖に……いや、貴女もしかして……アイツのオモチャじゃないの?」

「私はただの、お嬢様に使えるメイドで御座いますわ」

「メイド……? メイドは妖精がやってるって聞いてたんだけど」

「妖精"も"メイドをやっておりますわ」

「ふーん。ま、何でもいいや。ねぇ、すごく痛いんだけど」

「申し訳ございません」

「謝らなくていいからさぁ……私と、遊んでよッ!!」

 

 

 ––––禁忌「レーヴァテイン」

 

 

 妹様は真紅の(つるぎ)を出現させた。

 その紅は、燃え盛る炎の紅だった。

 その炎で一気にこの辺りの気温が上昇していくのが分かった。

 私の額にも、汗が滲んでいる。

 

「こりゃ、スペルカードルールなんてものは守って貰えそうに無いなぁ」

「仕方ないでしょう? やるしかないのよ」

 

 

 ––––幻世「ザ・ワールド」

 

 

 私は時を止めてナイフを配置する。

 妹様に避ける隙など与える訳がない。

 私の全力で、妹様を再起不能(リタイア)させるッ!

 

「そして時は動き出す」

「……ッ!」

 

 妹様は目を見開いた。

 驚いた顔をしている。

 

 それもその筈だ。

 何もないところから大量のナイフが出現するのだ。

 それは例えレーヴァテインを振り回しても防げないほど、迅速かつ凄惨に。

 しかし、その直後––––

 

「ふふっ、ざんねんでした」

 

 ––––妹様の顔に笑みが零れた。

 

「な……ッ!?」

 

 ナイフは確かに妹様に刺さった。

 それも、夥しい数のナイフが。

 しかし妹様の身体から、血が出ることはなかった。

 その代わりに、ボンッと小さな爆発を起こして身体が消える。

 

「私って、気が触れてるとか言われてるのよね? お姉様に」

 

 先ほど破壊された壁の中から声が聞こえる。

 

「でも……それって違うと思うの」

 

 その中から現れた影は、全部で3つだった。

 その全てが、妹様と同じ姿をしている。

 

「世界が! 私以外が狂ってるの! だから、私が狂って見えるだけ! ねぇ、そうでしょう? メイドさん!」

 

 妹様"たち"は掌を私に向ける。

 どの手に私の目が移動しているのか……私には分からなかった。

 

「三体同時なら、貴女は何も出来ない!!!」

「私を忘れてもらっちゃあ困るぜッ!」

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

 魔理沙は超極太のレーザー光線を放った。

 それは妹様3人を、廊下ごと飲み込むほどの大きさだった。

 

「私がやられても、この目さえ握り潰せばッ!」

 

 妹様は、掌に集めた"目"を握り潰ぶ––––

 

 

「うそ……どうして?」

 

 

 ––––せなかった。

 

 私が、時を止めて手首を切断していた。

 

「い、痛いッ!!」

「ありがとう、魔理沙。助かったわ」

 

 魔理沙のマスタースパークは、廊下の壁を掠めながら突き進み、突き当たった壁をぶち破っていった。

 それに2人の妹様が巻き込まれ、先ほどと同様にボンッという小さな爆発音とともに消滅した。

 そして今、私は時を止めることで1人の妹様をマスタースパークの軌道から外し、この場所に連れて来た。

 

 3人の中から、本物を見分けるのは容易ではない。

 しかし、魔理沙のおかげで一目瞭然だった。

 先ほどの偽物との対峙で、偽物は痛みを感じず、血も通っていないことが分かった。

 その為、魔理沙のマスタースパークが飛んで来ようとも、目を瞑ることさえなかった。

 しかし––––

 

「どうして? どうして分かったの!?」

「妹様が目を瞑ってしまわれたからですわ」

「め、目を……?」

 

 ––––本物だけは、痛みに対する恐怖心により、目を瞑っていた。

 1人だけ、表情が違ったのだ。

 

「そんなことで……バレちゃうなんて……痛ッ…」

「妹様、すぐに手当ていたしますわ」

「いいよ、どうせ直ぐに治るもん」

「で、ですが……」

「良いって言ってるでしょ」

「……」

 

 まだ夜になりきっていないからか、今宵は満月出ないからか、はたまた銀ナイフによる影響か。

 妹様の修復スピードはかなり遅かったが、着実に治り始めていた。

 

「私、もう気が済んだから、部屋に戻るね。お姉様とパチュリーに、また暫くは大人しくしてるって言っといて」

「はい、畏まりました」

「それと……魔理沙と咲夜だっけ?」

「なんだ?」

「なんでしょう?」

「貴女達……気に入ったわ。また遊んでね」

「おう! 今度は弾幕ごっこしようぜ!」

「そうね。ルール覚えとくわ」

 

 妹様は、安らかな笑みを浮かべた。

 

「妹様、部屋までお供いたしますわ」

「私は大丈夫。貴女は魔理沙のこと送ってあげてよ」

「しかし……」

「部屋に戻るよ、本当に。もう暴れたりしないわ」

「……畏まりました」

 

 妹様は修復中の手を振りながら、その場を立ち去った。

 

「ありがとう、魔理沙。貴女のお陰で命拾いしたわ」

「気にするなよ。私も必死に撃っただけで、その先の事までは考えてなかったんだ」

「でも、貴女に助けられたのは事実よ。今度、ちゃんと礼をさせて貰うわ」

「まあ、くれるって言うなら貰うぜ」

「ふふっ……にしても、マスタースパークの威力には凄まじいものがあるわね」

「だろだろぉ? やっぱり、弾幕は火力だぜ!」

「それは火力の低い私に対する挑戦ということかしら?」

「さぁ、どうだろうな? でも、弾幕ごっこならいつでも受けて立つぜ」

「手加減しないわよ」

「望むところだ!」

 

 

◆◇◆

 

 

「何遊んでるのよ、あの2人は……」

 

 キラキラと輝く魔理沙の弾幕と、無尽蔵に配置される咲夜のナイフが入り混じるのを見ながら、私は呟いた。

 私自身は、パチュリーとの弾幕ごっこを終えて、2人の様子を見に来た次第である。

 

「嫉妬かしら?」

「はぁ?」

「愛しの相棒を取られちゃったみたいだから」

「別に、そんな感情は持ち合わせていないわ」

「ふーん。私は感じてるわ」

「え?」

「今までの咲夜には紅魔館しか居場所がなかったのに……これからの咲夜は、色々と輪を広げていきそうな気がしてね。レミィじゃないけど、そんな運命(みらい)が視えた気がするのよ」

 

 何言ってんだこいつ?

 そう思うも、口にはしなかった。

 なんだかパチュリーの横顔が寂しく見えたのだ。

 

「綺麗ね」

 

 パチュリーは2人の弾幕ごっこを見ながら呟いた。

 私は何を言ったら良いのか分からなくて、ただ頷いた。

 

 

◆◇◆

 

 

「はぁ、やっと帰れたわ」

 

 お嬢様は部屋に戻ると、そう呟きながら深いため息を吐いていた。

 部屋には私とパチュリー様も一緒にいた。

 妹様が荒らした室内を、私が掃除し、パチュリー様が修復していた。

 もう殆ど、作業は終了している。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ずっと見ていたわ。良くやったわね、咲夜」

「ありがとうございます」

「にしても、パチェも随分と原始的なやり方を考えたのねぇ」

「……文句でもあるのかしら?」

「いいえ、そういう意味じゃないわ。ただ、魔法使いらしくない発想だなと思っただけよ」

「魔法使いとは、常に合理的な手段を選ぶのよ。今回はあの方法が一番合理的だっただけ」

「あの霧雨魔理沙とかいう魔法使いは、随分と合理性に欠ける気がするけど?」

「あれは所詮"人間"の魔法使いだもの」

「あら、パチュリー様。人間を侮辱するのですか?」

「当然よ。所詮人間は、妖怪には勝てないもの」

 

 私はスッとナイフを取り出した。

 

「落ち着きなさい、咲夜。貴女は例外なんだから」

「人間には変わりありませんわ」

 

 パチュリー様は、焦るように私を(なだ)めるが、その顔色に恐怖の色は無かった。

 私も本気で怒っているわけではない。

 私達は、ただ戯れを楽しんでいるだけだった。

 

「そういやパチェ、霊夢と対戦していたわね」

「ええ。まあ、ただの弾幕ごっこだけど」

「でも、それなりに強さは把握できるでしょう?貴女には、博麗の巫女はどう映ったのかしら?」

「……強いわ。あの巫女も、確かに例外よ」

「咲夜と比べたら?」

 

 お嬢様のその質問は、パチュリー様にとって答えにくいものであったのだろう。

 極力顔に出さないように努めているつもりなのだろうが……

 雰囲気で、私はパチュリー様の答えを察した。

 

「咲夜、紅茶を淹れてきてくれるかしら? 時を止めずにね」

「……畏まりました、パチュリー様」

 

 パチュリー様が私を退室させたことで、私はより一層、その答えを確信した。

 

 

「で? どうなんだ、パチェ? わざわざ咲夜を外に出して……まさか」

「博麗の巫女は、強いわ。とても人間とは思えない」

「それは咲夜とて同じだろう?」

「ええ。咲夜も確かに強いわ。でも、咲夜が勝てる未来が、私には想像できないの」

「……そうか。お前も……そう言うのか」

「どういうこと?」

「いいや、何でもない。忘れてくれ」

「……ふふっ」

「な、何がおかしい……?」

「レミィは咲夜のことを、自分の事のように想っているのね」

「はっ……当然だろ。だってあいつは––––」

 

 ––––コツコツコツ

 

 ヒールの音が鳴り響いた。

 

「……早かったな、咲夜」

「私は––––」

 

 

 既に部屋のテーブルには、2人分の紅茶が用意されている。

 "時を止めるな"と、パチュリー様は仰っていたが、私には無理な話だった。

 どうにもムシャクシャして堪らなかったのだ。

 それはパチュリー様に対してではない。

 もちろんお嬢様や、霊夢も関係ない。

 

 博麗の巫女は強かった。

 そんなの、実際にスペルカードルール無しで闘った私が1番よく分かる。

 私は彼女に、絶対に敵わないだろう。

 

 だから私は、私自身に苛立っていた。

 それと同時に、嬉しかった。

 霊夢と対戦した直後に感じた喜びと同じだ。

 霊夢も私も同じ人間。

 つまり私だって、あのレベルに辿り着くことが出来る……かもしれない。

 小さな希望かもしれないが、私は充分に嬉しかった。

 

 そして私はいつか、霊夢と同等の……いや、霊夢をも凌ぐ力を持って––––

 

 

「––––貴女を絶対に殺してやる。だから、安心しなさい」

「……フッ、流石だよ。私の可愛い咲夜」

 

 私は今日も、お嬢様を殺すことに失敗した。

 

「後でお仕置きだ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。