「おっす霊夢、遊びに来たぜ」
箒を使って飛んで来た私は、境内に軽やかに着地した。
境内の掃除をしていた霊夢は、私を見ると微笑みながら言う。
「あら魔理沙、いらっしゃい」
「ん? 今日はレミリアの奴、来てないんだな」
「まだ来てないだけかも。ここ最近、毎日のように来るわ。あの憎たらしいメイドも連れて」
「ああ、咲夜な。にしても、未だにあの2人の関係はよく分からないなぁ」
「あの日の2人の会話も、意味不明だったものね」
「殺すために仕える、かぁ……本当に奇妙な関係だよな、あの2人は」
「なんだかんだ、想い合ってるようにも見えるけど」
「そうか? まあ、レミリアの方は咲夜を気に入ってそうだけどな」
「そうね」
「そーいや、レミリアの言ってた"お仕置き"てのは何なんだろうな?」
「さぁ……? 血を吸うとかじゃない?」
「あー、そっか。レミリアは吸血鬼だもんな。でも流石にそんな事しないだろ」
「そうかしら? まあ、勘で言っただけだけど」
「霊夢の勘かぁ……」
––––それなら本当に咲夜は血を吸われているのかもしれない。
そんな事を考えていると、不意に背後から声が聞こえる。
「貴女達、誰の話をしているのかしら?」
「その声は––––」
私は振り返り、鳥居の前にある階段へと目を向けた。
よく耳を澄ませば、コツコツと足音がした。
「やっぱりお前らか」
「噂をすれば何とやらって奴ね。いらっしゃい、レミリア。そして咲夜も」
姿を現したのは、レミリア・スカーレットと、その横で主の日傘を差している十六夜咲夜だった。
「咲夜のヒールの音が大きいからバレるのよ」
「あら、お嬢様が声をかけるからバレたのですわ」
「あ、あれは2人が私達のことを話してるからぁ……って、何の話をしてたの?」
「他愛もない世間話だぜ」
「へぇ……まあ、どうでもいいけど。お茶を出してよ、霊夢。今日は暑くて、喉が渇いちゃったわ」
「相変わらず傲慢な奴ね。もう少しで掃除が終わるから、そしたら出すわよ」
「分かったわ。行きましょう、咲夜」
「はい、お嬢様」
そう言ってレミリアと咲夜は、母屋へと向かって行った。
「私も行ってるぜ」
「はいはい」
そして私もその後を追う。
◆◇◆
掃除を終えた霊夢が4人分のお茶を持って来てから、どれくらい経っただろうか?
既に日は傾いている。
私達はその間、他愛もない雑談をしていた。
とはいえ私は、お嬢様の側で3人の会話を静かに聞いているだけだが。
そんなとき、不意に4人を脅かす雷鳴が響いた。
4人は総じて外を見る。
「夕立ね」
「この時期に、珍しいな」
「私、雨の中、歩けないんだよねぇ」
しかし、しばらくたっても雨は降ってこない。
外の様子を見ると明らかに不自然な空になっていた。
幻想郷の奥の一部だけ強烈な雨と雷が落ちていた。
「あれ、私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」
「ほんとだ、何か呪われた?」
「もともと呪われてるぜ」
「馬鹿なこと言わないでよ」
お嬢様は2人の戯言を鼻で
しかしすぐに、腕を組んで小さく唸った。
「それにしても……困ったわ。あれじゃ、帰れないわ」
「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」
「いよいよ追い出されたな」
お嬢様は首を振る。
「いいや……あれは、私を帰さないようにしたというより...」
「実は、中から出てこないようにした?」
魔理沙が気が付いたように呟いた。
お嬢様が小さく頷く。
「やっぱり追い出されたのよ」
2人の様子を見た霊夢が、状況を察した上で軽口を叩いた。
フンッと口元では笑っている霊夢だが、その目は真剣そのものだった。
流石は博麗の巫女……と言ったところだろうか?
「まぁ、どっちみち帰れないわ。食事どうしようかしら?」
「仕方ないなぁ、様子を見に行くわよ」
「へへっ、楽しそうだぜ」
「あんたら2人は、神社の留守番。頼んだわよ?」
霊夢と魔理沙は、やる気満々と行った様子で立ち上がる。
「待ちなさい、2人とも」
そんな2人を、お嬢様は制止した。
「なによ? あんたも来るの?」
「いいや、私は行かない。そもそも行けないわ」
「じゃあ何よ?」
「咲夜を連れて行きなさい」
「……え?」
霊夢が驚いた表情を見せる。
それは魔理沙も同様に。
しかし、一番驚いているのは私だったかもしれない。
「お、お嬢様……?」
「咲夜、貴女なら館の内部を正確に理解しているし、雨も平気でしょう?」
「それはそうですが……お嬢様、ここにお一人で残られるのですか?」
「ええ、そうよ。別に構わないでしょ、霊夢?」
「まあ別に構わないけど」
「じゃあ決まりね。きっと私の咲夜なら、貴女たちの力になると思うよ」
「まあ、仲間が多いことに越したことはないぜ。なぁ、霊夢?」
「はぁ……足を引っ張るんじゃないわよ」
私は立ち上がる。
「足手まといになるつもりは無いわ」
そして2人に向かってそう言うと、私は振り返り、お嬢様に一礼した。
「お嬢様、行って参ります」
「ああ、気をつけて」
お嬢様は笑顔だった。
今のお嬢様が何を思って、何を考えているかはわからないが……
きっと、いい
そんな予感がした。
「よし。いくぜ、咲夜!」
「ちゃんと付いて来なさいよ」
「そんなこと、言われなくても分かっ––––ッ!!」
箒にまたがり飛び上がった魔理沙は、私が言葉を切った事に疑問を覚えた。
霊夢も同様で、私の方に振り返った。
「咲夜、どうしたんだ?」
「……あ、あんた、まさか––––」
◆◇◆
「あぁ、今夜も楽しい夜になりそうね」
そう思い、空を見上げるレミリアだが、自分だけが蚊帳の外にされている現状に、深い溜息が漏れる。
「困るわー。私も、あいつも、雨は動けないわ...…」
雨は、一部の悪魔には歩くことすらかなわないのである。
「……」
レミリアは空から視線を移した。
その視線の先に何かあるわけではない。
何の変哲も無い、ただの空間である。
––––普通の人間から見れば。
「八雲紫、そこに居るんだろう?」
「どうして貴女にはバレてしまうのかしら?」
「そりゃあ、視えているからな」
「ふふっ……そうでしたわねぇ」
スキマを開いた八雲紫は、自らの口を扇で隠しながら笑っている。
レミリアは、それを見ていて不快感を覚えていた。
「相変わらず胡散臭い笑いだな。何とかならないのか?」
「あら? 純真無垢な私の笑顔が、お気に召しませんでしたの?」
「……もういい。さっさと見せてくれ。その為に来たんだろう?」
「我儘なことですわ。自分が見たいだけでしょう?」
「違うな。お前は私に見せる必要がある。異変を解決する者として」
「何を言っているか理解しかねますわ。……でも、素直になれないお嬢様の頼み事ですから、見せて差し上げましょう」
「フンッ……」
八雲紫がスキマを開くと、そこには紅魔館へと向かう霊夢と魔理沙、そして咲夜が映し出された。
◆◇◆
館に近づくと、やはりこの場所だけが豪雨の中にあった。
大粒の雨が降り頻り、吸血鬼でない3人の行く手をも阻むほどだった。
「はぁ……濡れるしか無いか? 傘持ってくれば良かったぜ」
「我慢しなさい。それほどヤバイ奴だってことでしょう?」
「そうね。彼女は力の制御が出来ないわ。もしかしたらこの館ごと……いや、幻想郷ごと破壊してしまうかも」
「幻想郷を破壊!?」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。その破壊が幻想郷だけで済めば、むしろいい方かもしれないわね」
「あんたら、お喋りはそれくらいにしなさい。そろそろ中に入るわよ」
「待ちなさい、霊夢」
––––パチンッ
降り頻る雨が突然、まるで私達を館に迎え入れるように、左右に避け始めた。
正確には、避けているわけでは無いのだが。
「……一体、何をしたの?」
「す、すごいぜ……!」
霊夢が怪訝な顔を私に向けながら言う。
魔理沙も私に顔を向けるが、彼女は嬉々とした表情だった。
「時を操ることとは、即ち空間を操るということなのよ」
「空間を……?」
魔理沙は正面に向き直る。
そこには不自然に雨量の少ない空間があった。
「そう……そういことね」
「何が"そういうこと"なんだよ、霊夢?」
「つまり、空間を引き延ばしているのよ」
「空間を……引き延ばす?」
「こんな事が出来るなんて、本当に恐ろしいけど……」
「おいおい、私はまだ納得できてないぜ?」
「要するに、目の前の空間を左右に引き延ばす事で、その場所に降る雨の量を減らした……そういうことでしょう、咲夜?」
同じ雨量でも、それが降る面積を増やせば、単位面積当たりの雨量は少なくなる。
単純に考えれば簡単なことだが……
「ええ、そうよ。よく分かったわね」
"常識的に考えて"あり得ないことだ。
「いまいちピンと来ないんだが……」
「とにかく行くわよ。吸血鬼がこの隙間から出てくるかもしれないでしょう?」
「それはないわ。吸血鬼が苦手とするのは雨ではなく、流水なのだから」
「……なんにせよ、急ぐに越したことはないでしょうが」
霊夢が先を急ぐように飛んで行く。
それを追いかけるように、魔理沙と私も付いて行った。
「にしてもお前、本当に凄い能力だな。助かったぜ」
「まあ……少しくらい良いところ見せないと、私、ただのお荷物じゃない」
「ははっ、確かにそうだな。本当の意味で"お荷物"だしな」
「ッ……」
「にしてもまさかお前––––飛べないなんてなぁ」
私は魔理沙の後ろで箒に腰掛けていた。
空を飛ぶ事ができない私は、魔理沙に運んでもらっている状況だった。
悔しくて堪らないが、仕方のないことだ。
どうして私は––––
そう思いつつも、そして魔理沙の言葉に少しだけ苛立ちながらも、私には何も言えなかった。
「まあ、お前ほどの魔力があれば、ちょっとキッカケがあれば飛べそうだけどな」
「……そういうもの?」
「ああ。私だって、生まれた時から空を飛べたわけじゃないんだ」
「あんたら、そろそろお喋りを辞めなさい。此処からは油断してらんないでしょう?」
気づけば、既に館のエントランスに着いていた。
私は箒から降りると、大きな扉が目の前にした。
いつも目にしている扉だが、何故か初めて訪れたような気分になっていた。
それはまるで、"あの時"のように。
「因みに咲夜」
「何かしら?」
「霊夢は生まれた時から飛べるんだ。あいつの場合はそういう
「さあ、開けるわよ!」
霊夢が話を遮るように声を出しながら、その大きな扉に手をかける。
そしてそれを押し開けた。
「なによ、また来たの?」
ドアを開けると、待ち構えていたようにパチュリー様がフワフワと飛んできた。
「また来たの」
「あんたかい? これらの仕業は?」
「今それどころじゃないのよー」
2人を邪険に扱いながら、パチュリー様は私のことを見ると、少しだけ目を見開いた。
「咲夜……? 貴女も来たの?」
「お嬢様の言いつけですわ」
「なるほど……ちょうど良かった」
「パチュリー様?」
「あの子を止めてくれるのなら、私は邪魔をするつもりはないわ。私だけでは力不足だし……だけど」
パチュリー様はビシッと霊夢を指した。
「そこの紅白!」
「何よ?」
「貴女は此処に残りなさい」
「はぁ……?」
「咲夜、魔理沙を案内してあげて。あの子は今、レミィの部屋にいるわ」
「畏まりました」
「ちょっと待って。なんで私は残るのよ?」
ゆっくりとパチュリー様は地面に降り立つと、何処からか魔道書を出現させた。
そしてそれを開きながら言う。
「興味があったのよ、博麗の巫女の力にね」
「……要するに、私と戦いたいってこと?」
「今日は、喘息も調子いいから……とっておきの魔法、見せてあげるわ!」
「仕方ないわね……魔理沙、咲夜、後は頼んだわよ?」
「おう、任せとけ!」
「ええ、頼まれてあげるわ」