紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第16話 紅魔郷EX part 1

 

 

「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

 

 箒を使って飛んで来た私は、境内に軽やかに着地した。

 境内の掃除をしていた霊夢は、私を見ると微笑みながら言う。

 

「あら魔理沙、いらっしゃい」

「ん? 今日はレミリアの奴、来てないんだな」

「まだ来てないだけかも。ここ最近、毎日のように来るわ。あの憎たらしいメイドも連れて」

「ああ、咲夜な。にしても、未だにあの2人の関係はよく分からないなぁ」

「あの日の2人の会話も、意味不明だったものね」

「殺すために仕える、かぁ……本当に奇妙な関係だよな、あの2人は」

「なんだかんだ、想い合ってるようにも見えるけど」

「そうか? まあ、レミリアの方は咲夜を気に入ってそうだけどな」

「そうね」

「そーいや、レミリアの言ってた"お仕置き"てのは何なんだろうな?」

「さぁ……? 血を吸うとかじゃない?」

「あー、そっか。レミリアは吸血鬼だもんな。でも流石にそんな事しないだろ」

「そうかしら? まあ、勘で言っただけだけど」

「霊夢の勘かぁ……」

 

 ––––それなら本当に咲夜は血を吸われているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、不意に背後から声が聞こえる。

 

「貴女達、誰の話をしているのかしら?」

「その声は––––」

 

 私は振り返り、鳥居の前にある階段へと目を向けた。

 よく耳を澄ませば、コツコツと足音がした。

 

「やっぱりお前らか」

「噂をすれば何とやらって奴ね。いらっしゃい、レミリア。そして咲夜も」

 

 姿を現したのは、レミリア・スカーレットと、その横で主の日傘を差している十六夜咲夜だった。

 

「咲夜のヒールの音が大きいからバレるのよ」

「あら、お嬢様が声をかけるからバレたのですわ」

「あ、あれは2人が私達のことを話してるからぁ……って、何の話をしてたの?」

「他愛もない世間話だぜ」

「へぇ……まあ、どうでもいいけど。お茶を出してよ、霊夢。今日は暑くて、喉が渇いちゃったわ」

「相変わらず傲慢な奴ね。もう少しで掃除が終わるから、そしたら出すわよ」

「分かったわ。行きましょう、咲夜」

「はい、お嬢様」

 

 そう言ってレミリアと咲夜は、母屋へと向かって行った。

 

「私も行ってるぜ」

「はいはい」

 

 そして私もその後を追う。

 

 

◆◇◆

 

 

 掃除を終えた霊夢が4人分のお茶を持って来てから、どれくらい経っただろうか?

 既に日は傾いている。

 私達はその間、他愛もない雑談をしていた。

 とはいえ私は、お嬢様の側で3人の会話を静かに聞いているだけだが。

 

 そんなとき、不意に4人を脅かす雷鳴が響いた。

 4人は総じて外を見る。

 

「夕立ね」

「この時期に、珍しいな」

「私、雨の中、歩けないんだよねぇ」

 

 しかし、しばらくたっても雨は降ってこない。

 外の様子を見ると明らかに不自然な空になっていた。

 幻想郷の奥の一部だけ強烈な雨と雷が落ちていた。

 

「あれ、私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」

「ほんとだ、何か呪われた?」

「もともと呪われてるぜ」

「馬鹿なこと言わないでよ」

 

 お嬢様は2人の戯言を鼻で(あしら)う。

 しかしすぐに、腕を組んで小さく唸った。

 

「それにしても……困ったわ。あれじゃ、帰れないわ」

「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」

「いよいよ追い出されたな」

 

 お嬢様は首を振る。

 

「いいや……あれは、私を帰さないようにしたというより...」

「実は、中から出てこないようにした?」

 

 魔理沙が気が付いたように呟いた。

 お嬢様が小さく頷く。

 

「やっぱり追い出されたのよ」

 

 2人の様子を見た霊夢が、状況を察した上で軽口を叩いた。

 フンッと口元では笑っている霊夢だが、その目は真剣そのものだった。

 流石は博麗の巫女……と言ったところだろうか?

 

「まぁ、どっちみち帰れないわ。食事どうしようかしら?」

「仕方ないなぁ、様子を見に行くわよ」

「へへっ、楽しそうだぜ」

「あんたら2人は、神社の留守番。頼んだわよ?」

 

 霊夢と魔理沙は、やる気満々と行った様子で立ち上がる。

 

「待ちなさい、2人とも」

 

 そんな2人を、お嬢様は制止した。

 

「なによ? あんたも来るの?」

「いいや、私は行かない。そもそも行けないわ」

「じゃあ何よ?」

「咲夜を連れて行きなさい」

「……え?」

 

 霊夢が驚いた表情を見せる。

 それは魔理沙も同様に。

 しかし、一番驚いているのは私だったかもしれない。

 

「お、お嬢様……?」

「咲夜、貴女なら館の内部を正確に理解しているし、雨も平気でしょう?」

「それはそうですが……お嬢様、ここにお一人で残られるのですか?」

「ええ、そうよ。別に構わないでしょ、霊夢?」

「まあ別に構わないけど」

「じゃあ決まりね。きっと私の咲夜なら、貴女たちの力になると思うよ」

「まあ、仲間が多いことに越したことはないぜ。なぁ、霊夢?」

「はぁ……足を引っ張るんじゃないわよ」

 

 私は立ち上がる。

 

「足手まといになるつもりは無いわ」

 

 そして2人に向かってそう言うと、私は振り返り、お嬢様に一礼した。

 

「お嬢様、行って参ります」

「ああ、気をつけて」

 

 お嬢様は笑顔だった。

 今のお嬢様が何を思って、何を考えているかはわからないが……

 きっと、いい未来(モノ)が視えているのだろう。

 そんな予感がした。

 

「よし。いくぜ、咲夜!」

「ちゃんと付いて来なさいよ」

「そんなこと、言われなくても分かっ––––ッ!!」

 

 箒にまたがり飛び上がった魔理沙は、私が言葉を切った事に疑問を覚えた。

 霊夢も同様で、私の方に振り返った。

 

「咲夜、どうしたんだ?」

「……あ、あんた、まさか––––」

 

 

◆◇◆

 

 

「あぁ、今夜も楽しい夜になりそうね」

 

 そう思い、空を見上げるレミリアだが、自分だけが蚊帳の外にされている現状に、深い溜息が漏れる。

 

「困るわー。私も、あいつも、雨は動けないわ...…」

 

 雨は、一部の悪魔には歩くことすらかなわないのである。

 

「……」

 

 レミリアは空から視線を移した。

 その視線の先に何かあるわけではない。

 何の変哲も無い、ただの空間である。

 

 ––––普通の人間から見れば。

 

「八雲紫、そこに居るんだろう?」

「どうして貴女にはバレてしまうのかしら?」

「そりゃあ、視えているからな」

「ふふっ……そうでしたわねぇ」

 

 スキマを開いた八雲紫は、自らの口を扇で隠しながら笑っている。

 レミリアは、それを見ていて不快感を覚えていた。

 

「相変わらず胡散臭い笑いだな。何とかならないのか?」

「あら? 純真無垢な私の笑顔が、お気に召しませんでしたの?」

「……もういい。さっさと見せてくれ。その為に来たんだろう?」

「我儘なことですわ。自分が見たいだけでしょう?」

「違うな。お前は私に見せる必要がある。異変を解決する者として」

「何を言っているか理解しかねますわ。……でも、素直になれないお嬢様の頼み事ですから、見せて差し上げましょう」

「フンッ……」

 

 八雲紫がスキマを開くと、そこには紅魔館へと向かう霊夢と魔理沙、そして咲夜が映し出された。

 

 

◆◇◆

 

 

 館に近づくと、やはりこの場所だけが豪雨の中にあった。

 大粒の雨が降り頻り、吸血鬼でない3人の行く手をも阻むほどだった。

 

「はぁ……濡れるしか無いか? 傘持ってくれば良かったぜ」

「我慢しなさい。それほどヤバイ奴だってことでしょう?」

「そうね。彼女は力の制御が出来ないわ。もしかしたらこの館ごと……いや、幻想郷ごと破壊してしまうかも」

「幻想郷を破壊!?」

「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。その破壊が幻想郷だけで済めば、むしろいい方かもしれないわね」

「あんたら、お喋りはそれくらいにしなさい。そろそろ中に入るわよ」

「待ちなさい、霊夢」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 降り頻る雨が突然、まるで私達を館に迎え入れるように、左右に避け始めた。

 正確には、避けているわけでは無いのだが。

 

「……一体、何をしたの?」

「す、すごいぜ……!」

 

 霊夢が怪訝な顔を私に向けながら言う。

 魔理沙も私に顔を向けるが、彼女は嬉々とした表情だった。

 

「時を操ることとは、即ち空間を操るということなのよ」

「空間を……?」

 

 魔理沙は正面に向き直る。

 そこには不自然に雨量の少ない空間があった。

 

「そう……そういことね」

「何が"そういうこと"なんだよ、霊夢?」

「つまり、空間を引き延ばしているのよ」

「空間を……引き延ばす?」

「こんな事が出来るなんて、本当に恐ろしいけど……」

「おいおい、私はまだ納得できてないぜ?」

「要するに、目の前の空間を左右に引き延ばす事で、その場所に降る雨の量を減らした……そういうことでしょう、咲夜?」

 

 同じ雨量でも、それが降る面積を増やせば、単位面積当たりの雨量は少なくなる。

 単純に考えれば簡単なことだが……

 

「ええ、そうよ。よく分かったわね」

 

 "常識的に考えて"あり得ないことだ。

 

「いまいちピンと来ないんだが……」

「とにかく行くわよ。吸血鬼がこの隙間から出てくるかもしれないでしょう?」

「それはないわ。吸血鬼が苦手とするのは雨ではなく、流水なのだから」

「……なんにせよ、急ぐに越したことはないでしょうが」

 

 霊夢が先を急ぐように飛んで行く。

 それを追いかけるように、魔理沙と私も付いて行った。

 

「にしてもお前、本当に凄い能力だな。助かったぜ」

「まあ……少しくらい良いところ見せないと、私、ただのお荷物じゃない」

「ははっ、確かにそうだな。本当の意味で"お荷物"だしな」

「ッ……」

「にしてもまさかお前––––飛べないなんてなぁ」

 

 私は魔理沙の後ろで箒に腰掛けていた。

 空を飛ぶ事ができない私は、魔理沙に運んでもらっている状況だった。

 悔しくて堪らないが、仕方のないことだ。

 どうして私は––––

 そう思いつつも、そして魔理沙の言葉に少しだけ苛立ちながらも、私には何も言えなかった。

 

「まあ、お前ほどの魔力があれば、ちょっとキッカケがあれば飛べそうだけどな」

「……そういうもの?」

「ああ。私だって、生まれた時から空を飛べたわけじゃないんだ」

「あんたら、そろそろお喋りを辞めなさい。此処からは油断してらんないでしょう?」

 

 気づけば、既に館のエントランスに着いていた。

 私は箒から降りると、大きな扉が目の前にした。

 いつも目にしている扉だが、何故か初めて訪れたような気分になっていた。

 それはまるで、"あの時"のように。

 

「因みに咲夜」

「何かしら?」

「霊夢は生まれた時から飛べるんだ。あいつの場合はそういう能力(ちから)だからな」

「さあ、開けるわよ!」

 

 霊夢が話を遮るように声を出しながら、その大きな扉に手をかける。

 そしてそれを押し開けた。

 

 

「なによ、また来たの?」

 

 ドアを開けると、待ち構えていたようにパチュリー様がフワフワと飛んできた。

 

「また来たの」

「あんたかい? これらの仕業は?」

「今それどころじゃないのよー」

 

 2人を邪険に扱いながら、パチュリー様は私のことを見ると、少しだけ目を見開いた。

 

「咲夜……? 貴女も来たの?」

「お嬢様の言いつけですわ」

「なるほど……ちょうど良かった」

「パチュリー様?」

「あの子を止めてくれるのなら、私は邪魔をするつもりはないわ。私だけでは力不足だし……だけど」

 

 パチュリー様はビシッと霊夢を指した。

 

「そこの紅白!」

「何よ?」

「貴女は此処に残りなさい」

「はぁ……?」

「咲夜、魔理沙を案内してあげて。あの子は今、レミィの部屋にいるわ」

「畏まりました」

「ちょっと待って。なんで私は残るのよ?」

 

 ゆっくりとパチュリー様は地面に降り立つと、何処からか魔道書を出現させた。

 そしてそれを開きながら言う。

 

「興味があったのよ、博麗の巫女の力にね」

「……要するに、私と戦いたいってこと?」

「今日は、喘息も調子いいから……とっておきの魔法、見せてあげるわ!」

「仕方ないわね……魔理沙、咲夜、後は頼んだわよ?」

「おう、任せとけ!」

「ええ、頼まれてあげるわ」

 

 

 


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