紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第15話 紅魔の主従 (挿絵あり)

 ––––紅符「スカーレットマイスタ」

 

 

「くそ……なんて弾幕だ!」

「なかなかやるようだけど……そろそろ終わりかしらね」

「やられてたまるかッ!!!」

 

 

 ––––恋符「マスタースパーク」

 

 

「いっけぇ!!!」

「……ボムでゴリ押したか。まあいいわ、次で最後よ」

「気合いで避けてやるぜ!!!」

「あの巫女も面白そうだったけど、貴女も随分といい面構えをしてるのね。人間って、面白い」

 

 レミリアは高い声で笑っていた。

 

「……でも、これがお前に避けられるかな?」

 

 

 ––––「紅色の幻想郷」

 

 

 全方位に大型の弾幕が発射された。

 魔理沙はそれを難なく避ける。

 しかし、レミリアの本命はそれではない。

 大型の弾が通ってきた軌道上に、小さな弾が連なっていた。

 そして一瞬停止していたそれらが一気に動き出す。

 

「な、なんだこれッ!?」

 

 魔理沙は必死に避ける。

 ボムは先ほど使い果たしてしまった。

 そして残機も0。

 もう……後がない。

 

「まだまだ行くわよ」

 

 レミリアは第2波を打ち出した。

 魔理沙は持ち前のスピードを生かして、弾幕の隙間を一気に駆け抜ける。

 

「……ほぅ、なかなかのものだな。だが––––」

 

 レミリアは第3波を打ち出す。

 彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

 彼女には魔理沙の運命が視えたのだろうか?

 

「––––これで終わりだ」

「……ははっ、これはキツイぜ」

 

 

 

 ––––ピチューン

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「……!」

「気がついたかしら?」

「…………」

「どうかしたの?」

「……既視感?」

「何を言ってるの?」

「あ、いえ……なんでもありませんわ、パチュリー様」

 

 眼が覚めると、私はパチュリー様に膝枕をしてもらっていた。

 そこは博麗の巫女と戦った廊下である。

 つい先ほどもこの場所で、人生初の膝枕体験をした気がするのだが……

 

「ならいいわ。貴女の身体、もう良くなってるはずだけど、どうかしら?」

 

 私は起き上がると、手を握っては開いてを繰り返し、足首を回してから、首を左右に倒してみる。

 それから胸に手を当てて、パチュリー様に答えた。

 

「……はい。平気そうですわ」

「それはよかったわ。博麗の巫女が貴女にナイフを刺した時は、流石に死んだかと思ったわよ」

「心配して下さったのですか?」

「当たり前でしょう? 貴女は私たちの家族なのだから」

「……家族、ですか?」

「ええ、当然でしょう?」

「いえ、私にはとても––––「パチュリー様〜!」

 

 私の背後から声が聞こえる。

 少し遠くの位置で、小悪魔がパチュリー様に呼びかけているようだ。

 そして、ふわふわと飛んできた小悪魔が言う。

 

「持ってきましたよ」

「ありがとう、こぁ」

 

 そう言ってパチュリー様は小悪魔から何かを受け取ると、私に視線を移した後にそれを差し出した。

 

「これを飲むといいわ」

「……これは?」

「血清剤よ。文字通り血を清める薬。これを飲めば、貴女は人間に戻るわ」

「……飲まなかったら?」

「時間が経つにつれて、貴女自身の血液成分の増加に伴って徐々に人間に戻るわ。どっちにしろ人間に戻るのなら、今のうちに飲むことをお勧めするわよ」

「何故ですか?」

「半吸血鬼も一応吸血鬼なのだから、日光やその他の弱点が適用されるわ。そしたら、貴女の業務に支障が出るでしょう?」

「承知致しました。陽の光の下に出られないのは不便ですから、飲ませていただきますわ」

 

 私はパチュリー様からその薬を受け取ると、一気に飲み込んだ。

 直ぐに効果が出るのかと思ったが、そんなことはなく、あまり変わった様子はない。

 

「……パチュリー様、お嬢様はどちらに?」

「レミィなら、あの部屋で戦ってると思うけど……そろそろ終わった頃じゃないかしら?」

「畏まりました。では、失礼させて頂きますわ」

「待ちなさい」

「何でしょうか?」

「……お疲れ様、咲夜」

 

 パチュリー様は、そう言うと私に微笑みかけた。

 小悪魔もパチュリー様の隣で私を優しく見つめていた。

 私は、彼女達の真意を図りかねた。

 

 

◆◇◆

 

 

「……ん?」

「気づいたようね」

「紫? 此処は……神社か?」

「ええ。"満身創痍"になった貴女を運んで戻ってきたのよ」

「そうか……異変解決は失敗しちまったのか」

「いいえ、空を見てみなさい」

「……あ、霧が晴れてるな」

「貴女が目を覚ます少し前に晴れたわ」

「あぁ……そうか。結局、霊夢が解決したんだな?」

「……半分正解ね」

「ん? どういうことだ?」

「行けば分かるわ。とても面白いことが起こったわよ」

 

 そう言いながら微笑む紫はスキマを開く。

 魔理沙は紫の後を追うようにスキマに入った。

 

 

◆◇◆

 

 

 私は目の前の大きな扉を開けた。

 

「……ノックも無しに入ってる来るなんて、躾がなってないな。飼い主の顔が見てみたいわ」

「鏡をご覧になっては如何ですか?」

「馬鹿を言うな。私は鏡に映らない」

「なら、目玉を()り貫いて見せて差し上げましょうか」

 

 私はナイフを抜く。

 目の前で音を立てながら大きな翼を羽ばたかせている少女––––レミリアお嬢様は紅い目を光らせ、長い牙を剥き出しにしながら私を睨みつけていた。

 先ほど薬を飲んだものの、今の私はまだ半吸血鬼だ。

 この暗い部屋の中でも視界は良好だった。

 

「自分の主にそんな態度を取るとは……私は悲しいぞ、咲夜」

「だったら少しは……悲しい表情をしたらどうですか、お嬢様?」

 

 お嬢様は笑っている。

 心の底から思うこの状況を楽しんでいらっしゃるようだ。

 

「ところで咲夜、今宵は異変解決に乗り出した人間が2人いたな?」

「ええ、そうですね」

「だが私は、まだ1人としか戦っていないんだ」

 

 お嬢様は私から視線を外した。

 そこで私も、背後に人影があることに気がついた。

 

「……お前が2人目の人間か?博麗の巫女」

「ええ。さっさとあの霧を晴らしてもらうわ」

「あ、貴女がどうしてここに?」

 

 当然湧き出る疑問を私が巫女に言う。

 巫女は至極当然の如く、溜息を吐きながら私に言った。

 

「はぁ? 異変解決に決まってんでしょ?」

 

 そう言う巫女の奥には、1人の少女を抱えた八雲紫の姿が見えた。

 

「それとあんたは、私を手伝いなさいよ」

「な……」

「嫌とは言わせないわ。あんたがルールを守らないから、私はこんな目にあったのよ?」

 

 包帯が巻かれた左肩に右手を添えて巫女は言う。

 添えた右手にも包帯が巻かれている。

 しかし元気そうに、巫女は私に言い続ける。

 

「私には、あんたが無傷でピンピンしてるのが信じられないわよ」

「……そう」

「何よ、その言い方?」

「別になんでもないわ。でも今は、こうして話しているよりも集中すべき事があるんじゃなくて?」

 

 私は既に視線をお嬢様へと戻していた。

 それに気がついた巫女も、遅れてお嬢様を見る。

 お嬢様は大きな翼を広げながらも、床に足をつけ、そして笑っていた。

 今日のお嬢様は、本気で私達を殺すつもりかもしれない。

 いやもちろん、そうでなくては寧ろ困るし、今日に限らずそうであるべきなのだが……

 

 翼を広げたお嬢様は、いつでも行動に移す事ができる。

 それは空中であれ地上であれ、可能な限り何処へでも。

 そして地に足をつけたお嬢様は、床を蹴ってスタートする為にいつも以上のスピードが出る。

 只でさえ目にも留まらぬ速さのお嬢様が、さらに速くなるのだ。

 たとえ半吸血鬼––––薬の効果で、弱吸血鬼程度かもしれないが––––である私でも、お嬢様の動きは見えない可能性が高い。

 

「そう警戒しなくとも、不意打ちなんて真似はしないさ」

「準備はいくらしても、し過ぎることはないのですよ? お嬢様」

「随分と弱気だな、咲夜? ……怖いのか?」

「まさか。遊戯(ゲーム)を楽しむなら、その下準備を怠ってはいけませんわ」

「ほぅ? なら、楽しい遊戯の始まりといこうか!」

 

「「「こんなに月も紅いのに」」」

 

「楽しい夜になりそうね」

「最期の夜になりそうですね」

「永い夜になりそうね」

 

 

 

 ––––神罰「幼きデーモンロード」

 

 

 ––––幻幽「ザクラ・ザ・ルドビレ」

 

 

 ––––霊符「夢想封印」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「フッ……流石に1対2は、分が悪かったか」

「でも、他の誰よりも強かったと思うわよ」

「人間にそんな事を言われるなんてな……はぁ、私も落ちたものね」

「あんた、キャラが安定してないわね」

「お嬢様は、強がる時に口調が変わるそうよ」

「咲夜、後でお仕置きね」

「……今回は私の勝ちでは?」

「弾幕ごっこはね。でも、私を殺せてないでしょう?」

「はぁ……」

「あんた、お仕置きなんてされてんの?」

「お嬢様のおやつみたいなものよ」

「……おやつ?」

 

 私は巫女に笑ってみせる。

 巫女は何となく察したようではあったが、具体的には分かっていなそうだった。

 

「そんなことより、博麗の巫女」

「何かしら、悪魔のメイドさん?」

「名前を伺ってもよろしいかしら?」

「名前……? 何よいきなり、気味悪いわね」

「いいでしょう? 貴女に興味があるのよ」

「は? 興味? 余計に気持ち悪いわ。それに名前を聞くなら、先ずあんたらが名乗りなさいよ」

「それもそうね。私は十六夜咲夜。そして此方(こちら)が私の仕える紅魔館の主、レミリア・スカーレットお嬢様ですわ」

「私は博麗霊夢。もう騒ぎなんて起こすんじゃないわよ」

「今度神社に遊びに行ってあげるわ。今回のお詫びも含めて、咲夜と2人でね」

「はぁ? 来なくていいわよ。あんたらみたいな妖怪が来るから、うちの神社の参拝客が減るんじゃない」

「あんたらって、咲夜は人間よ? それに、お詫びの品に加えて賽銭も入れるから」

「まあ……それならいいけど」

「お嬢様、神社の参拝なんてしたことあるんですか?」

「あるわけないでしょ? 私は悪魔よ? 神なんかに頼ることなんて、あってはならないもの。咲夜はあるの?」

「私もありませんわ。信じられるのは神などではなく、己の力ですもの」

「あんたら来んな」

 

 

「おーい、お前ら!」

 

 

 私とお嬢様が、霊夢と馬鹿げた会話をしていると、大きな声が部屋に響いた。

 声のする方へと視線を移すと、八雲紫と共に1人の少女の姿が見えた。

 

「魔理沙、あんた身体はもう平気なの?」

「霊夢に言われたくはないぜ。お前の方が重症じゃねぇか」

「本当、その傷でよく私と戦えたわね。貴女本当に人間なの?」

「あんたの従者だって、人間とは思えないわよ」

「咲夜は例外だからね」

「あらお嬢様、私も歴とした人間ですわ」

「お前は人間なのか?」

「……貴女も、人間?」

「ああ! 人間の魔法使い、霧雨の魔理沙さんだぜ!」

「そう。私は十六夜咲夜。此方のレミリア・スカーレットお嬢様に使えるメイドよ」

「咲夜にレミリアか。よろしくな!」

 

 少女は輝かしい金色の髪を持ち、その髪色に負けないほど輝いた笑顔を私達に向けた。

 

「人間にも色々いるのね。食料か下僕としてしか見たことなかったから、知らなかったわ」

「そんなことより、レミリア。さっさとあの霧、止めてくれない?」

「あぁ、はいはい」

 

 お嬢様は手を挙げると何かしらの合図をした。

 

「何してるんだ?」

「貴女が戦った魔法使いがいるでしょう? 彼女に合図を送っただけよ」

「え? あいつ何処にいるんだ?」

「此処には居ないわよ。遠くから見ているでしょうけど」

「ほへー」

「さて、そろそろ晴れたかしら?」

 

 お嬢様はそう言って、部屋の窓へと目を向ける。

 それを見て、私を含めた他の者達も視線を移した。

 窓のカーテンは閉じられていたが、僅かな隙間から朝日が流れ込んでいた。

 

「あら、もう夜が明けちゃっていたのね。そろそろ寝ないと」

「さすが吸血鬼だな、日が昇ると同時に眠るのか」

「もちろんよ。日光は私の弱点だもの」

「お前に日光を当てたらどうなるんだ?」

「さぁ?」

「さ、さぁ?ってお前……」

「見たことがないのよ、日光に当てられた吸血鬼なんて」

 

 お嬢様は薄い板の壁のように流れ込んでいる朝日に近付く。

 

「でも分かるのよ。空を飛べない人間が高い所を怖がるように、私はこの光が怖くて堪らないの」

「…………」

 

 私はそんなお嬢様に時を止めてゆっくりと近付き、その背中に手を触れた。

 

「私の事を押すつもりなの? 咲夜」

「ええ。興味がありますので」

「いいわよ、そのまま押しなさい」

「れ、レミリア!? 何言ってんだお前!?」

 

 お嬢様の言葉を聞いた魔理沙が、驚きを隠せぬ様子で叫ぶように言った。

 

「私も興味があるのよ。怖いもの見たさ、ってやつかしら?」

「そ、それで死んだらどうするんだよ?」

「それもまた運命(さだめ)。私はここで命尽きる運命だったというだけ」

 

 魔理沙はその言葉の意味を理解出来ずに、驚いた様子のまま私に視線を移した。

 

「お、お前、本気で自分の主を殺すつもりか!?」

「ふふっ……」

「何がおかしいんだ……?」

「元より私は、コイツを殺すためにこの館に来たんだもの」

「はぁ……?」

 

 魔理沙は完全に呆気にとられていた。

 それに対してククッと笑い声をあげながらお嬢様が私に言う。

 

「おい咲夜、主を"コイツ"呼ばわりとはいい度胸じゃないか」

「あらお嬢様、この状況でもそんなことが言えるのですか?」

 

 私は少しだけ背中を押した。

 そして、前のめりになるお嬢様の背中の服を掴み、ギリギリ日光が当たらないように支えた。

 お嬢様の体には力が入っていない。

 私に全てを委ねているようだ。

 尤も、空を飛べるお嬢様に重力という枷は無いのかもしれないが。

 

「離さないのか?」

「お嬢様、口調が変わっておりますわ」

「本当に……パチェの戯言には困ったものだな」

「お嬢様、一つ伺ってもよろしいですか?」

「ええ、構わないよ」

 

 

 

 ––––レミィ。貴女、自分がどんな時に口調が変わるか気付いてる?

 

 

 ––––それは相手よりも優位に立ちたい時、或いは……大切なモノを守りたい時よ。

 

 

 

「お嬢様は、私のことが大切なのですか?」

「……」

 

 お嬢様は黙り込んでいる。

 その表情は、こちらからは確認できない。

 しかし、お嬢様の羽が少し震えたのが分かった。

 それがどんな意味を持つのかは、分からないが。

 

 

「––––咲夜は」

 

 少しして、お嬢様は口を開いた。

 

「十六夜咲夜は、私の家族だ」

「……」

「––––大切に決まっているだろう?」

「……殺す」

「……」

「殺してやる!!」

 

 私は、お嬢様の服を掴んだまま腕を引いた。

 お嬢様の体は、私の後方へと投げ飛ばされる。

 バサバサとお嬢様が宙を舞う音がした。

 その音が聞こえなくなるとともに、私は振り返る。

 そこにはニヤリと笑うお嬢様がいた。

 

「日光なんかに頼らない。私は私の手で––––このナイフでお前を殺してみせる」

「……フッ、それでこそ私の"大切な"咲夜だ!」

 

【挿絵表示】

 

 そう言うと、お嬢様は大きな笑い声をあげた。

 そして再びニヤリと笑う。

 

「だが主に向かって"お前"などと言う悪い子にはお仕置きしないとな」

 

 その言葉に、内心少し喜んでいる私がいた。




*挿絵について

Twitterにてヒビワレハート様より頂いた支援絵です。
ヒビワレハート様、本当にありがとうございます!!

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