紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第14話 空を飛ぶ程度の能力

 

 

「よっしゃ! スペカ取得だぜ!」

「……なかなかやるわね。でも、これならどう?」

 

 

 ––––日符「ロイヤ……ゲフォッ!!!

 

 

「……な、なんだ?」

「ゲホッ、ゴホゴホッ!」

「おい?大丈夫か?」

「だいじょ……ゴホッ!」

「と、とりあえず中止だ!一旦休もう」

 

 魔理沙はスペルカードルールによる決闘––––"弾幕ごっこ"の中止をパチュリーに申し出た。

 パチュリーはそれを了承することもできずに、ゆっくりと床に降り立つと、そのまま座り込んでしまった。

 

「ぱ、パチュリー様!」

「……こぁ、アレを」

「もう持ってきてますよ!」

「さすがね……」

 

 小悪魔が持ってきた何かでパチュリーは口を覆った。

 その何かは、小さな壺にチューブで繋がれている。

 

「お前は?」

「私は小悪魔、パチュリー様の使い魔ですよ」

「……これは何をつけてるんだ?」

「壺の中に気管を広げる魔法薬が入ってるんですよ。それを吸い込んでるんです」

「へぇ〜魔法でそんなこともできるのか」

 

 パチュリーは思いっきり吸い込むと、数秒息を止めた後にゆっくりと息を吐き、それから話し出す。

 

「……ふぅ。貴女とは魔法使いとしての格が違うもの」

「でも勝負は私の勝ちだぜ」

「それは……そうね。提示した枚数よりは少ないけど、私が出せるだけの弾幕を全て攻略してみせた貴女の勝ちよ」

「よしっ! 初試合で初勝利だぜ!」

「それはおめでとう。私は黒星発進ね」

「そんで、次の相手はお前か?」

「わ、私は戦えませんよ! スペルカードも持ってないですし……」

「なんだよ。悪魔なのに人間と戦えないのか?」

「私は戦闘タイプじゃありませんし、それに"小"悪魔です!」

「いや、そんな威張ったように言うことじゃないと思うぜ……?」

 

 何故か偉そうに仰け反る小悪魔に、魔理沙は呆れたように言い放つ。

 パチュリーはクスクスと笑いながらその様子を見ていた。

 

「それで、ここの主人とやらはどこに居るんだ?」

「レミィなら……こぁ、案内してあげて」

「はい、畏まりました」

「えっと……人間の魔法使いさん、名前を教えてくれるかしら?」

「霧雨魔理沙。魔理沙でいいぜ」

「そう。じゃあ、魔理沙。この子に付いて行きなさい」

「分かったが、その前に」

「何かしら?」

「お前の名前も教えてくれよ、人間じゃない魔法使いさん?」

「パチュリー・ノーレッジ。生まれた時からの魔法使いよ」

「そうか。またな、パチュリー。今度は本を借りに来るぜ」

「ちゃんと返してくれるなら、いくらでも貸してあげるわ」

「おう、ありがとな! 借りた時はちゃんと返すぜ」

 

 そう言うと魔理沙は小悪魔に付いて行った。

 パチュリーはその後ろ姿を見ながら、なんとなくあの時の咲夜を思い出していた。

 魔理沙も強い人間だ。

 現に今日はパチュリーの体調が優れなかったとは言え、彼女との戦いに勝利している。

 しかし––––それはあくまで、"弾幕ごっこ"の範疇を超えないものだ。

 確かに魔理沙も人間の中では"例外"と言えるだろうが……咲夜ほどの"例外"ではない。

 

「博麗の巫女も、この目で見てみたかったわ」

 

 レミィの話によれば、八雲紫が咲夜と同等以上の"例外"であると豪語していたそうだ。

 パチュリーは突然魔法陣を展開する。

 その魔法陣から生まれるように少し大きな鏡が出現した。

 パチュリーがそれを覗くと、そこに映ったのはパチュリー自身の顔ではなかった。

 そこには館の廊下が写っている。

 

「確かレミィはこのあたりに咲夜を配置していたはずだけど……」

 

 あの白黒魔法使いと戦っていて気づかなかったが、いつの間にか博麗の巫女は図書館から消えていた。

 おそらく魔理沙をここに残したまま、この館の主を探しに出たのだろう。

 そしてきっと、咲夜と対戦することになるはずだ。

 

 

 ––––レミィがそれを望んでいるんだもの、そうなるに決まっている。

 

 

 レミリアの運命操作からは誰も逃れることはできない。

 つまり、咲夜が博麗の巫女と対戦することはもちろん、博麗の巫女に勝利することも確実だろう。

 咲夜の勝つ確率が0でさえなければ、レミリアはその可能性を極限まで引き上げることができるからだ。

 そしてもし0なら、レミリアは咲夜を博麗の巫女に会わせないだろう。

 パチュリーは、そう考えていた。

 

 ––––そろそろ巫女との決着も付いた頃……

 

 

「––––咲夜ッ!?」

 

 パチュリーは予想外の光景に、驚きを隠せなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

「貴女の時間も私のもの……奇抜な巫女に勝ち目は、ない」

 

 そう(ささや)きながら、私は巫女の首を掻き切った。

 いつも通り時を止めて間合いを詰め、そして喉元にナイフを突きつけたところで時を動かし、そのままナイフで喉をえぐる。

 そう、"いつも通り"だ。

 

 ––––だが、酷く手応えがなかった。

 

「これは……ッ!!」

 

 

 ––––「 夢 想 天 生 」

 

 

「まだ未完成だったから不安だったけど……どうやらうまく行ったみたい。ツイてるわね、私って」

「どうして……ナイフが通らない?」

「どうしてって……簡単な話よ。貴女のナイフから浮いただけ」

「ナイフから、"浮く"?」

「もちろんナイフだけじゃないわ。貴女の攻撃全てから……いや、もっと言えば、ありとあらゆるものから浮いているのよ」

 

 そう言いながら、巫女は自身の周りに8つの陰陽玉を出現させた。

 自身の周りにをグルグルと回るそれが、直線的に御札を発射する。

 しかしそれらは全て、私に当たる軌道を描いていない。

 

「……ッ!?」

 

 発射された御札は一瞬動きを停止すると、それら全てが私へと向かって飛んで来る。

 私は時を止めることでそれを回避したが、私の居た位置は御札で埋め尽くされていた。

 ホッとしたのもつかの間、既に陰陽玉からは次の御札が発射されていた。

 

 巫女は、目を閉じている。

 

「これじゃあ切りがないわ……」

 

 

 ––––メイド秘技「殺人ドール」

 

 

 私は大量のナイフを全方向にばら撒く。

 そして時を止めてナイフの方向を変えた。

 巫女の夢想天生とやらの真似のように見えるが、私のは全ての刃先を相手に向けるわけじゃない。

 

「避けれるものなら避けてみなさい」

 

 スペルカードルールでは、不可能弾幕はタブーとされているようだが、私には関係のないことだ。

 避けられないように弾幕を張ったわけじゃない。

 ランダムに刃先を変えたため、避けられるかが分からないだけだ。

 

 ––––巫女は"まだ"、目を閉じている。

 

「あんたは、"浮く"ということを理解できていないわ」

「……え?」

 

 私は目を疑った。

 巫女は避けなかった。

 と言うより、その場で目を閉じたまま動かなかった。

 

 ––––なのに、ナイフが刺さらない。

 

「…………くっ!」

 

 驚くのは後でもできる。

 今はただ、現状を理解するべきだ。

 少なくとも、時の止まった世界は私のモノなのだから––––

 

 

 ––––幻世「ザ・ワールド」

 

 

 私は時間を止めた。

 止めたはずだ。

 

「ありとあらゆるものから"浮く"。それは、何モノにも縛られないということ」

「どうして……何故動く!?」

「時間という縛りから"浮いた"だけよ」

「……なッ」

「あんたの時間も私のモノ……悪魔のメイドに勝ち目は、ない」

 

 巫女は得意げな顔で私にそう言った。

 そして気づいた時には、巫女の放つ御札が私に迫っていた。

 戦う術はもちろん、避ける気力さえも、もう私には残されていなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

「ありとあらゆるものから"浮く"、か……」

 

 レミリアは灯りのない、暗い部屋で一人呟いていた。

 そこは咲夜と初めて出会った部屋である。

 彼女は、霊夢を倒した咲夜と、ここで再び一戦交える運命を手繰り寄せたつもりだったのだが……

 

「要するに、私の運命操作からも"浮いた"ということだろう?」

「……ええ、そういうことですわ」

「それにしてもこのスキマとやらは、便利で恐ろしいものだな」

 

 レミリアと紫は、あるスキマを眺めていた。

 そのスキマには、咲夜を仕留めた霊夢が映っている。

 咲夜は壁にもたれかかりながら座り込んでいた。

 

「離れた空間を繋げて移動に使えるのは知っていたが、こうして覗くのにも使えるのか」

「ふふふ、便利でしょう?」

「ああ、恐ろしいほどにな」

 

 腕を組んでククッと笑うレミリアを見ながら、紫はそれを不審に思っていた。

 

「貴女、自分の可愛いメイドがやられたというのに、随分と冷静なのね」

「……別に咲夜が死んだわけじゃない。博麗の巫女が殺せなかったところで、咲夜の価値が下がるわけでもないしな」

 

 そう言いながらも、レミリアの手の爪は鋭く伸びており、それが己の皮膚を破らんとしていた。

 そしてその手は微かに震えている。

 紫はそれに気がつくと、得意げになって笑い出す。

 

「あのメイドには、良い教育材料になって頂きました。霊夢も夢想天生をほぼ完成させたようですし、ご協力感謝致しますわ」

「……そろそろ私も準備をする。邪魔だから消えろ」

「怖いですわね。そんなに邪険にしなくても––––「目障りだ」

 

 レミリアは紫の言葉を遮り、紅い目で鋭く睨みながら言った。

 

「消えろ」

 

 紫はそれを見ると、微笑んでレミリアを見る。

 その笑みに親愛の意が込められていないことは明らかだった。

 

「呉々も、ルールは忘れないでくださいな」

「……」

 

 紫は新たなスキマを開く。

 そして、先ほどまで見物用に開いていたスキマを閉じかけた。

 

「……あら?」

「咲夜……お前ッ!」

 

 互いに話に夢中になっていたのだろう。

 2人とも霊夢と咲夜の状況を見ていなかった。

 先ほどまでとは異なる状況になっていたことに、2人とも驚きを隠せなかった。

 

「……フッ、流石は私の咲夜だ!」

「悪足掻きにすぎませんわ。勝負は霊夢の––––ッ!!」

 

 紫は新たにスキマを開く。

 

「ダメよ、霊夢!!」

 

 紫は飛び込むようにスキマの中へと入っていった。

 

「……ナイフの使い方なら、咲夜の右に出る者はいないさ」

 

 レミリアは先ほどとは異なり、笑みを浮かべていた。

 

「––––私以外、だけどな」

 

 

◆◇◆

 

 

「やっぱり……人間よね?」

「……」

「でも、今は人間とは言えなそうだけど」

「……」

「私は一応、妖怪退治の専門家だから。私の攻撃って妖怪によく効く種類のものなのよ」

 

 巫女が私に言う。

 身体に傷を負い、壁に背を預けて座っている私は、それを黙って聞いていた。

 意図して黙っていたのではない。

 純粋に、喋ることさえ出来ぬほどのダメージを受けていたのだ。

 もちろん時を止めることもままならず、休み時間を作ることなど出来なかった。

 

「惜しいわね。人間だったら、そこまでのダメージは喰らわなかったかもしれないのに」

「……」

「まあ人間だったら、ダメージが軽減したところでそれに身体が耐えられないでしょうけど」

 

 巫女はそう言いながら私に近づき、言葉を続ける。

 

「本当は弾幕ごっこの範疇を超えないつもりだったけど……悪いわね。夢想天生はまだ未完成、威力を抑えることが出来なかったわ」

「……」

「でも、これに懲りたら、今度からはルールを守りなさい」

 

 私はその言葉に反応することはできない。

 身体の傷が癒える様子はなかった。

 巫女もその様子を見て、これ以上の攻撃は無用と判断したのだろう。

 私に背を向け歩き出す。

 

 ––––その無防備な背に、私はナイフを投げた。

 

 身体の傷は癒えていない。

 人間であれば当然だろう。

しかし、半吸血鬼ならば……?

 

 本物の吸血鬼ならば全身を一瞬で回復できたかもしれない。

 しかし私は半吸血鬼。

 全身を回復するには時間がかかる。

 だからこそ私は、右手だけを最優先に回復した。

 それにより、吸血鬼と同等とまではいかずとも、人間とは比にならない回復力で私の右手の傷が癒えていった。

 

「……ッ!」

 

 巫女は何かを感じ取ると、振り返る。

 そしてナイフに気が付き、避けようと左足を引くことで半身になる。

 しかし避けきることができずに、そのナイフは左肩に突き刺さった。

 

「ぐ……ッ」

 

 巫女は肩を抑え、その場で膝をついた。

 そこに、もう一本のナイフが飛んでくる。

 

 ––––巫女はそれを素手で受け止めた。

 今の手負いの状態では避けられない、と判断したのだろう。

 巫女はそのナイフの刃を右手で握りしめ、掌からは鮮血が溢れていた。

 

「痛いわね。よくもこんな––––殺してやろうかしら?」

「……」

 

 巫女は立ち上がる。

 そして私に向かって歩き出す。

 その血で紅く染まった右手には、私のナイフが握られている。

 

「私、そんなに怒りっぽい性格じゃないつもりなんだけど…………ごめん、あんたのその顔、イライラするわ」

 

 私は巫女に視線を移す程の体力はなかったが、口角を少しあげる程度の体力ならまだ残っていた。

 私は笑っている。

 面白くて堪らなかった。

 嬉しくて堪らなかった。

 こんなに強い人間がいるなんて。

 こんなに私を楽しませてくれる人間がいるなんて。

 

 

 ––––貴女と一緒に、お嬢様と戦えたらどんなに楽しいか。

 そして気付けば、巫女のナイフが私の胸に––––

 

 

「……あぁ、霊夢。やってしまったの……?」

 

 突如現れた八雲紫が呟いた。

 レイム、とはおそらくこの巫女のことだろうか?

 そういえば、巫女の名前を聞いていない。

 また会う機会はあるだろうか?

 

 ––––そんなことを呑気に考える余裕が、私にはあった。

 

 巫女のナイフは私に突き刺さってはいなかった。

 巫女は右手でそのナイフを持って、私の胸に突いていた。

 先ほど刃を握り、損傷した右手では力が入らなかった。

 その為、私の胸に少しの傷を負わせることはできたものの、半吸血鬼である私の硬い皮膚や骨を貫くほどの致命傷を与えることはできなかった。

 そして何よりその巫女の腕は、私の右手が掴んでいる。

 

「……もういい。この勝負は引き分けってことにしてあげるわ。だから離しなさい。あんた握力強すぎよ、痛くて堪らない」

 

 巫女の腕を離すと、私は再び口角を上げた。

 

「本当に、ムカつくわね……その顔」

「霊夢。殺しては……いないのね?」

「……ええ。殺すつもりだったけど、出来なかったわ」

「殺すつもりって貴女……いや、お説教は後にしましょう。異変解決は一旦中止にして、その傷の手当を優先しなさい」

「別にこれくらい……」

 

 巫女は左肩に刺さるナイフに手をかける。

 

「それを抜いてはダメよ。傷が広がるし、出血が止まらなくなるわ」

「……分かったわよ。こんなもの刺さった状態で戦うなんて無理だし、おとなしく帰るわ」

「なら、異変解決は中止ということでいいかしら?」

「待ちなさいよ、紫。あんた、魔理沙を忘れてるんじゃない?」

「……魔理沙に異変解決の続きをやらせるつもり?」

「相手がスペルカードルールに従うなら、あいつでも異変解決はできるでしょ」

「このメイドのように、従わなかったらどうするつもり?」

「それはそれで、いい経験なんじゃない?あいつは逃げ足速そうだし」

「まったく貴女は……」

 

 深くため息を吐いた後に、八雲紫は続けた。

 

「……わかりました。異変解決は魔理沙に任せましょう。貴女はここで中断して、その傷をなんとかしなさい」

 

 そう言うと八雲紫は、何もないはずの空間へと視線を向ける。

 

「レミリア嬢、見ているのでしょう? そう言うことになったから、くれぐれもルールに則って頂きたく思いますわ」

 

 そう言うと八雲紫は新たなスキマを開く。

 そして霊夢に視線を戻す。

 

「さあ、帰るわよ」

「紫、あいつはあのままでいいの?」

 

 巫女は私を指差して言った。

 

「いいわよ、アレは。人間じゃない今なら、治癒力も高いでしょうし」

「まあ、そうね」

「貴女も霊力がある分、治癒力は高いでしょうけど……所詮は人間以上。早く手当てをしないと後悔するわよ?」

「分かったって」

「でも……よかったわね。顔や胸に傷が付いたわけじゃなくて」

「別に、身なりなんて気にしないわ」

「ダメよ。貴女も女の子なんだから少しくらいは……」

「説教は後でするんでしょ? さっさと帰るわよ」

 

 八雲紫の背中を押しながら、巫女はスキマの中へと消えていった。

 

「……」

 

 巫女を殺すことはできなかったが、私は十分に満足していた。

 あの巫女は強かった。

 それはそれは、人間とは思えないほどに。

 半吸血鬼となった私に"ほぼ"勝利した彼女は、おそらくお嬢様とも互角に渡り合えるほどの実力があるだろう。

 

 ––––彼女は、人間でもあのレベルに達することが出来るという生きた証明だ。

 

 私はそれが嬉しくて堪らなかった。

 私は今も尚、笑っている。


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