紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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前回で過去編は終了です。
今回から、紅霧異変のお話です。
主人公の咲夜さんが戻ってきました。
嬉しい。



紅魔郷編
第10話 スペルカードルール


 

 

 

 

 

「……スペルカードルール?」

 

 私がこの紅魔館の主––––レミリア・スカーレットお嬢様の下で働き始めてから、ひと月が経った頃。

 幻想郷の管理者––––八雲紫が再び紅魔館に訪れていた。

 そしてレミリアの自室にて2人が話しているのをドアの傍で聞いているのが私––––十六夜咲夜である。

 八雲紫は自身の口元を扇子で隠しながら話している。

 お嬢様は、聞きなれない単語に首を軽く傾げていた。

 

「ええ、そうですわ」

「それで幻想郷の妖怪が救われるとでも言うのか?」

「妖怪だけでは御座いませんわ。人間も含めた幻想郷の住人全てが救われるのです」

「……異変発生と異変解決を同時に促進し、擬似的に命を懸けて戦うことで危機感を保つ、か。そんなに上手くいくとは思えんな」

「なぜでしょう?」

「このルールでは双方の合意が必要だろう。幻想郷の妖怪全てが、このルールに従うとは思えん」

「その為の、貴女達なのですわ」

「……私達に、何をさせるつもりだ?」

「貴女達には異変を起こし、巫女に退治されて頂きます」

「ほぅ、つまり私達に生贄になれと言うのか?」

「単刀直入に言えば、そうなりますわ。ですがあくまで弾幕ごっこの範疇ですから、命を落とすことはあまりないかと」

「はっ、これから先"人間に負けた"などという恥を晒しながら生きていくことになるんだ。死んだも同然だろう?」

「……やはり貴女は、妖怪らしい妖怪ですわ。人間を心から見下しているその気質は、妖怪の模範と言っても過言ではないでしょう」

「はぁ……?」

「しかし……いや、だからこそ、この役目は貴女達でなければならない」

 

 ピシャリと音を立てて扇子を閉じると、八雲紫は続けて言う。

 鋭く真剣な眼差しで、お嬢様を見る。

 

「力のある妖怪が、力が無い人間の巫女に退治される。これが与える影響は計り知れませんわ」

「……」

「そして誤解しないで頂きたいのは、『力の無い人間』なのであって、『力の無い巫女』ではありませんわ」

「……そうか。つまりその、博麗の巫女とやらを立てろと言っているのだな?」

「ええ。人間と妖怪のパワーバランスは今まで通りに、妖怪退治の専門家である巫女を育成したいのです」

「なるほど……まあ、お前には咲夜の件で"協力"してもらったからな、その話に乗ってやろうじゃないか。約束だったし」

「賢明なご決断、嬉しい限りですわ」

「フッ……」

 

 お嬢様がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……ただし、それは咲夜を除く紅魔館の者だけだ。咲夜はお前に対して何の恩もなければ、この幻想郷に対する負い目もない」

「そうですか……まあ、いいでしょう。孰れ現れるかもしれないルールに従わない妖怪は、巫女が力尽くでも従わせなければならない。巫女の育成には必要な壁かもしれませんわね」

「おいおい、何を言ってる? 咲夜は人間だぞ?」

「ふふっ、それは失礼致しました」

 

 笑みを浮かべたまま挑発的な視線を送るお嬢様を、八雲紫は妖気を漂わせながら睨みつけていた。

 

「……今日のところは、これで失礼致しますわ。さらなる詳しい話はまた後日、ということで」

 

 八雲紫はスキマを開くと、足を踏み入れ帰っていった。

 

「ハハハハハッ! 見たか咲夜? 尻尾を巻いて逃げていったぞ!」

「八雲紫に尻尾は御座いませんわ」

「はぁ……情趣のない奴だな」

「事実で御座います」

「あー、もういい。疲れたわ。それで、紅茶が空なのだけれど?」

「只今お注ぎ致しますわ」

 

 ––––パチンッ

 

 時を止めているうちに紅茶を注いだ。

 

「ほんと、便利な能力ね」

 

 お嬢様は紅茶を一口、音を立てずに流し込む。

 

「……咲夜」

「何でしょうか、お嬢様?」

「この紅茶、"隠し味"が効いていて、とっても美味しいわ」

「お褒めに預かり光栄です」

「まったく……一体どこから毒なんか手に入れるのかしら? この程度じゃ、私には効かないからいいけど」

 

 お嬢様は椅子を引いて立ち上がり、私の下へと歩み寄る。

 

「"お仕置き"が必要ね」

 

 笑ってみせるお嬢様の口元には、吸血鬼特有の八重歯が光っている。

 

 私がここにいる目的は大きく分けて2つある。

 1つは衣食住の確保。

 ここで雇われれば、衣食住は確実に提供される。

 何不自由なく暮らすことができるのだ。

 

 そしてもう1つは、レミリア・スカーレットの暗殺。

 私は私自身のプライドにかけて、このレミリアお嬢様を殺すと誓った。

 その誓いを果たすべく、今もこうして紅茶に毒を仕込むことで殺そうとしたのだ。

 だが、驚くことに全く効かなかった。

 せめて動きさえ封じることが出来れば、このナイフで––––

 

 お嬢様は翼を広げ飛び上がると、驚異的なスピードで私の背後に回る。

 そして私の髪を退けつつ肩を抱き、私の首に(かぶ)りついた。

 私が暗殺に失敗すると、お嬢様は決まって"お仕置き"をする。

 それはこうして、私の血を軽く吸うことを意味していた。

 

「ッ……」

 

 

 ––––気持ちいい。

 

 

 お嬢様の歯が首元に突き刺さり、破れた血管から血が溢れ出し、それを美味しそうにお嬢様は吸っている。

 その痛みが、吸われている感覚が、或いはお嬢様に肩を抱かれているこの状況が––––

 直接的な原因は分からない。

 だが私は、明らかに快感を覚えていた。

 

「……このくらいにしておくわ」

「!」

「あんまり飲みすぎると貴女、人間じゃなくなるもの」

 

 お嬢様が私の首から口を離し、私の肩から腕を離す。

 私は腰が抜け、その場に座り込んでしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

「本当に美味しいわ。病みつきになりそう」

 

 お嬢様はクスクスと笑いながら、広げていた羽を畳みつつ、床に降りる。

 そして座り込んだ私の前へと回り込み、顔を覗き込ませた。

 口元に私の血をつけたまま、お嬢様の瞳は私を捉える。

 

「……貴女は既に、病みつきかしら?」

「ッ……」

 

 私は目を逸らす。

 このお嬢様の瞳を見てはいけない。

 

「ふふっ、案外貴女には、既に私への殺意なんて無いのかもしれないわね」

「……え?」

「"お仕置き"が欲しいから、私を殺そうとしているだけなんじゃなくって?」

「そんな……ことッ!」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……そう。それでいいのよ」

 

 私はナイフをお嬢様の首に突きつけていた。

 しかし同時に、お嬢様の鋭い爪が、私の首に突き立てられている。

 私の首からは鮮血が滴っているが……これは先ほどの"お仕置き"によるものだろう。

 

「私を殺すのは貴女よ。他の誰でも無いわ」

「……ええ。覚悟しておきなさい」

「いい顔してるわ、咲夜」

「……」

 

 お嬢様が私の頰に手を伸ばす。

 少し撫でられた後に、私はその手から逃れるように退いた。

 

「それでは、朝食の準備をして参ります」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……そう。咲夜が私を殺すのよ。十六夜咲夜、貴女がね」

 

 私が姿を消した部屋でお嬢様は一人呟きながら、毒の入った紅茶を喉に流し込んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 吸血鬼の夜は長い。

 午後6時、日が沈みかけて空が紅くなる頃にお嬢様は起床なさる。

 身支度を整えた後に夕食を摂ると、お嬢様は決まってある場所へと向かう。

 それは夕食に限らず、毎食後なのだが、私にある料理を作らせては、それを何処かへ持って行かれる。

 毎回『付いてくるな』と言われる為、お嬢様が何処へ向かっているのか、私に知る由はない。

 

 そして戻ってきたお嬢様は、何かしらの娯楽を楽しまれる。

 ある時は音楽鑑賞をされ、またある時はパチュリー様と共にチェスに興じられる。

 因みにこのとき私は、館の手入れをする。

 掃除はもちろん、館の修理や拡張、美鈴への食事の支給など、仕事は様々だ。

 一番頑張ったのは図書館の拡張だろう。

 山積みになり埃まみれだった本たちも、今では綺麗に本棚に並べれている。

 

 そうして時間が経ち、午後11時頃にお嬢様は夜食を摂る。

 そして例の料理を何処かへと運ぶ。

 戻って来ると今度は深夜のティータイムが始まる。

 私の作るお菓子と紅茶で、お嬢様は優雅なひと時を過ごされる。

 この間に私は美鈴に食事を届けた後に、パチュリー様と共に紅魔館の経理実務を行う。

 以前はパチュリー様1人で行なっていたそうだが、今は2人で、孰れは私1人に任せるようだ。

 外の世界で蓄えた膨大な財産を崩しながら生活しているようだが、そもそも今現在、金を使うようなことはほとんどない。

 水は近くの川や湖から引くことができるし、電気やガスなどは通ってなくとも、パチュリー様の魔法でなんとかなっている。

 食料も八雲紫によって無償で"用意"されている。

 ごく稀に、八雲紫に金を渡して外の世界の道具を手に入れることがある程度にしか、金を使うことはない。

 紅魔館の経理管理は非常にシンプルなものだ。

 

 ……とはいえ、こんな新入りのメイドに経理を任せようとすること自体はどうかと思う。

 他に雇われている妖精メイドが仕事をしない為、既にメイド長としてこの紅魔館にいる私だが、一応新入りなのだ。

 まあ、私が何かの不正をする可能性が0であることもお嬢様には、お"視"通しなのかもしれないが。

 

 そして午前4時頃にお嬢様は朝食を摂る。

 例によって、あの料理を何処かへ届けた後に自室へ戻り、何故かふかふかなベッドの上に置かれた棺桶の中で、太陽が昇った頃に就寝なさる。

 

 お嬢様が就寝なさったのを確認すると、私は美鈴と門番を交代する。

 その間に美鈴は3時間ほど睡眠を取る。

 3時間の睡眠だけで、ほぼ一日中立ったままでも平気だという彼女だが、やはり妖怪と人間の体力の差なのだろうか?

 しばしば、勤務中に居眠りしていることもあるが……

 そして3時間ほど門番をし、美鈴が戻ってきた後に私は館へ戻り掃除や洗濯を始める。

 掃除はやってもやっても終わりはないし、洗濯は日の出ているこの時間にしかできないため、お嬢様の寝ているこの時間が一番私は忙しい。

 

 因みに私には、休憩時間などない。

 それは私が酷使されているからというよりも、私に休憩時間が用意される必要がないのだ。

 私はそれこそ時間を止めてでも、自分の時間を作ることが出来るのだから。

 

 

◆◇◆

 

 

 そろそろ夜が明ける頃だろうか?

 いや、まだまだ夜は長いかもしれない。

 そんなことを考えながら、暗闇の中を男は歩いていた。

 自分が何故こんな場所にいるか、理解できていない。

 普通ならば取り乱し発狂してもおかしくはない事態だが、余りにも理解が追いつかないために、逆に冷静だった彼は必死にこの場を抜け出す策を考えていた。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 そして私は、そんな彼に音もなく忍び寄る。

 しかしそれは決してコソコソと近づいているわけではない。

 堂々と正面から近付き、そして背後に回る。

 それから首にナイフを突きつけて––––

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……ッ!?」

 

 そのままナイフを平行移動させるだけで、その男は声も出せずに倒れこんだ。

 これが八雲紫が"用意"した食料だ。

 

 私は時を止めてその男を運び––––そうしないと、血が床に垂れて掃除が大変だから––––お嬢様のお口に合うように加工する。

 人体を切り刻むことに、私は何の抵抗もなかった。

 寧ろ愉しみさえ感じるほどだった。

 

 そうして朝食の準備を終えた私は、お嬢様に伝えるために、お部屋へと向かった––––


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