女性サーヴァントしか召喚できないマスターの話をするとしよう 作:れべるあっぷ
仕込みは万端。
勝利の方程式は確約された。
彼のカンチョーに対する並みならぬ執念により、大人気なく、容赦なく、徹底的に子供たちを追い詰めていく。
彼が次に訪れたのは工房だった。
「やあ、ダ・ヴィンチちゃん工房へようこそ」
ここは、天才を自称するサーヴァントの有する工房だ。
「おはようだ、ダ・ヴィンチちゃん。いきなり本題だが、ここにジャックちゃん来てない?」
「ん? 突然藪から棒に人探しかい? ジャックちゃんがどうかしたのかい?」
「あぁ、聞いておくれよ、ダ・ヴィンチちゃん」
彼はドクター・ロマンにしたように事の経緯を説明した。
「ふむふむ、それは大変だったね英之介くん。カンチョーだけは確かにムゴい」
「おぉ、ダ・ヴィンチちゃんも俺の気持ちわかってくれるのか! お前、ひょっとして俺やロマンと同じコッチ側の人間だったか!!」
「否、私は君達と相対するアッチ側の人間だったね」
つまり、カンチョーをするイジメっ子側の人間。
「そんなバカな……お前、俺の気持ちわかってくれたじゃん!!」
「だから、幼い頃は同い年の男の子を片っ端からカンチョーしていって全員ウンコたれの称号をくれてやったのさ」
「お前はとんだ悪ガキだったんだな!?」
「ふふっ、まぁ悪ガキだったからこそ、それ相応の報いを受けたのさ。もう二度としません、ごめんなさい、お母さん。だ」
「………」
だから、君の気持ちがよくわかる、と天才は言う。
だからこそ、君はカンチョーに執着しているとも言う。
「カンチョーをやった者は罰せられる。今ここで子供たちを止めなければ、手に負えないそれ相応の手痛い報いを受けるだろう。だから、君はそうなる前に、子供たちをちゃんと叱って許してやるべきだ」
「うんうん、そうだよな。やっぱりちゃんと怒ってやらないと駄目だよな」
「限度ってものもあるけどね。ほどほどに、ね。それでちゃんと仲直りして朝ごはん食べておいで」
「おうさ。やっぱり、ここに来てよかったぜ。ダ・ヴィンチちゃん。サンキューな」
「そう言ってもらえるとダ・ヴィンチちゃん冥利に尽きるよ」
こうして彼は工房を後にしようと、出て行こうとして、ドアの前で立ち止まった。そして、振り返った。
まるで、何かを思い出したかのように。
まるで、何かを見つけてしまったかのように。
「う、うん? なんだい? 用は済んだよね?? まだ何かあるのかい?? ジャ、ジャックちゃんは、ここにはいないって……隈なく探してみるかい??」
「………」
その件については彼は追及しないようだ。
もう、その仕込みはここでも終えた。今のやり取りをした時点で仕込みは終えた。
そんなことよりもだ。
「なぁ、ダ・ヴィンチちゃん。これはなんだ?」
「そ、それは……」
彼が工房を立ち去らなかった理由。
彼が手に取ったモノが彼の足を止めたのだ。
「な、なんだろうねー、ソレ……」
「お前が開発したお掃除グッズだよ!! そうだよ!! メイド・オルタに変な道具売りつけてんじゃねーよ!! 俺の部屋のトイレ吹っ飛んだらどう落とし前つけてくれる気なんだよ!! こんなもんがあるから!! こんなもん没収だ!! 後でカルデア警察にこさせるからな!!」
「ガッテーム!!?」
それは実在するかしないか噂されるカルデアの秩序を守る特殊組織。
その名を出されてはかの天才も叫ぶしかなかった。
彼は今度こそ工房を後にした。
☆―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、残るは黒い聖女様のちっこい方。
ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィとか長ったらしい名前の女の子を探すだけ。といっても、居場所は大体把握済みだ。
大それたことを云えば、彼女はすでに袋のねずみ状態だ。
彼のサーヴァントの隠密スキルが役に立ったのだろう。
「あれ? マシュじゃん、おはよう」
「あ、おはようございます。英之介先輩」
それは思わぬ出会いだった。
あまり出くわしたくない相手だと言ってもいいだろう。この場合に限るが真面目な彼女と出くわすのは彼もバツが悪いだろうに。
ただし、子供たちそっちのけにしても興味をそそられるものがないと言えば嘘になるだろう。彼女は今朝、マスターである藤丸立夏と共に行動していなかったからだ。いつも、共に行動しているわけでもないが、朝一からどこかへ出掛けたマシュが気になったのは本当だ。
彼女は小さな休憩スペースのベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。
「つーか、お疲れ様? 立夏に伝言もせず朝早くから何してたんだよ??」
「あー、その事なんですが……」
マシュもバツの悪そうに頭をかいた。
「とりあえず、お隣どうぞ……」
「それじゃ、お邪魔しますか」
小さくて黒い聖女様の追跡は一旦中止して、彼はベンチに腰掛けた。
「あ、何か飲みます?」
「いや、自分で買うさね」
「でしたら、せっかくなのでフォウさんに選んでもらいましょう」
「フォウ」
「それ、おかしくね?」
小銭を入れた時には遅かった。
キャスパリーグが跳んで跳ねて自販機のボタンを押した。
ピッ。
ガコン……
ビタミンがたっぷり入ってそうな150mlのペットボトルが出てきた。きっと、彼にビタミン沢山摂れと暗に告げているのだろう。
「それで?」
「はい?」
「いや、マシュは朝から何してたんだ、って話」
「あの、そのことなのですが……あまり英之介先輩にも話したくない案件と言いますか」
「ズバっと心にきたぜ、今の」
「あ、いえ、英之介先輩に話せば必ず協力してくださる案件なのですが、そうなると英之介先輩にご負担がさらに圧し掛かるといいますか、下手をすれば死者、この場合は英之介先輩が死んでしまいかねないと言いますか……」
「俺死んじゃうの!?」
だから、マシュは口を濁した。
彼を心配して、彼の身を案じて、たとえ彼がマスターでなくてもマシュは彼を気遣う、こともある。
「でも、本当に困ってるんだったら俺にできることなら何でも頼れよ?」
「はい、ありがとうございます。では、さっそくなんですが今夜お時間ありますか? 英之介先輩にご迷惑をおかけになると思いますが手伝ってください」
「切り替え早いね、ちみ」
その切り替えの早さに彼も驚くばかりだが。
「詳細は今ココで明かせません。その案件も手伝うというか、まずは相談というべきでしょうか」
「ふむ。人生相談みたいなものか」
「確かに人生を掛けた相談とも言えるでしょう」
「マシュたそと逢瀬……オラわくわくしてきたぞ」
「そういう冗談はほどほどに、この事はくれぐれも先輩や英之介先輩のサーヴァント達に悟られないよう、見つからないようにどこかで落ち合いましょう」
「難易度ちょー高っ」
しかし、困った後輩を見過ごせないのが彼の美徳でもある。カンチョー如きに大人気なくなるパイセンではあるが。
2人で密会する場所と時間はまた後でスマホで連絡入れるとのこと。
「あっ、もうこんな時間……」
「フォーウ……」
時刻は午前7時55分。
「………」
彼は時計を見なかったことにした。
「それじゃ、私は食堂に行きますね。英之介先輩は朝ごはんは食べ終わったんですよね?」
「え、ああ、おお……そうだよ?」
「何故、疑問系なんですか……それじゃ、また後ほどお会いしましょう」
「フォウ」
彼の返答に呆れらながら、マシュはその場を後にした。
「さてと……」
そして、彼も動く。
☆―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、カンチョーによって始まった聖戦も終わりを迎えようとしていた。
本当にどうでもいい話だが、それでも彼にとっては聖戦と呼ぶに相応しいメモリアル・ウォーになるのだろう、これは……
落とし前はつけなくてはならない。
そして、彼は勝利を確信していた。
彼はのんびりと時計の針を見つめながら、先ほどのベンチから一歩も動かず、ドリンクを飲んでいた。
「オルタちゃーん。そろそろ出てきたらどうだーい? そこにいるんだろー??」
「………」
無人の休憩スペースから伸びる廊下の突き当たりにある女子トイレに向かって彼が独り言を言っているようにも見えるヤバイ光景だった。
「オルタちゃん、俺もくだらないことでキレて悪かったよー。反省したよー、だから仲直りをしよーよ。もうカンチョーさせろとか言わないからさー」
「………」
これっぽっちも心が篭っていない。
それでヒトを騙せると思っているのだろうか、ましてや相手はちいさくて黒くても聖女様だ。
「俺はねー、オルタちゃん。小学校の時にさー、イジメっ子にカンチョーされて、クラスメイトが周りにいてる中で我慢できず洩らしちゃったことがあるんだー。カンチョーって凄いよね。恐いよね。ウンコたれになるわ、臭いわ、イジメられるわ、もう笑っちゃうよねー」
「………」
彼は勝つために己のプライドさえドブに捨てられる。
「その後、どうなったと思う? 学校を変え家を引っ越すまでそのイジメは続きましたとさー。男子からしつこくカンチョーされ続け、女子から避けられ、担任の先生も見ぬフリでしたー……ねえ、それ聞いてどう思った? 俺のことちょっとは可愛そうな奴と思った?? 思ったのなら、こっちに来て話そうよ。平和的に解決しようよー」
「………」
過去の彼がどうあれ、平和的にと彼が言うだけで不穏な響きにしか聞こえないのは何故だろう。
「オルタちゃん、ここで俺と仲直りしてくれないと、一生このままずっとずるずるカンチョーのこと引きずってしまうよー。だから、ね? トイレから出てきて話し合おう。今なら俺の膝の上に座らせてあげるからさー」
「ろ、論理的に言ってそんなことで私が出て行くわけないですからねっ!!」
だけど、オルタ・リリィは反応してしまった。
「あ、やっぱりそこにいるんだな、オルタちゃん。だったら、俺がそっちに行ってやるよ」
「あ………」
ついに決着がつく。
彼のサーヴァントが暗躍していたことに気付かなかった子供たち。カルデアにはあちこちにサーヴァントの反応があるが、もっとも警戒しなくてはならないのは彼だ。彼を警戒するあまり、他のサーヴァント達が盲点になっていたというのもあるのだろう。
それと、もう一つ。
情報操作されたこということ。
情報を制した者が戦局を制するともいうように、彼はサーヴァントを使い、それっぽい噂をカルデア中に流したのは事実だ。「もう俺は怒ってないよ。仲直りしよう」と逃げ回る子供たちを見かけたら、それとなしに伝えるように指示しておいた。
廊下ですれ違った食堂を後にした他のサーヴァント達(とりわけ安全な部類の)でも、カルデア職員達にそれとなく伝えておくだけでよかった。
ドクター・ロマンやダ・ヴィンチと会話していたのも、そのためだ。
あとは噂が噂を呼び、カルデアは広大だが噂のそれは予想以上に拡散され子供たちの耳に届き、子供たちは勝手に疑心暗鬼に陥るだけだ。
子供だから単純に騙せると踏んだのだろうけど。本当に彼は怒っていないのかな、と不安になるだろう。であれば、いつまでも隠れているわけにもいかない。情報を得るために、最終的に事の発端である人物の様子を伺いたくなるものだ。
もう、子供たちは彼の罠にハマっていた。
「やあ、やっと会えたね、オルタちゃん。俺は君に会えて嬉しいよ」
「そんな悪い顔で言っても嬉しくありません、エッチなトナカイ2号さん」
対峙する2人。
子供と大人。
サーヴァントと人間。
そして、彼らはお互いが切り札を用意していた。
「さあ、そこから出てきてお話をしようじゃないか」
「嫌です。信用なりません。私はここから一歩も動きませんもんね」
「やれやれ、そんなほっぺたを膨らましてかわいこぶっても駄目だぜ、オルタちゃん。年長者の話は聞くもんだ」
「でしたら、私をここから出してみてください。できますか? 貴方に」
「………」
それはお互いを分かつ境界線。
男性禁制、不可侵の領域に立つオルタ・リリィが一歩優位に立っていた。
「えっへん。トナカイ2号さんも流石に女子トイレに入ってくる度胸なんてないでしょう」
「………」
彼はふと、昔のことを思い出した。
小学生の頃、まだイジメがなかった頃、彼が気になる女子にちょっかいをかけ、怒らせて追いかけられ男子トイレに逃げ込んだ時のことを。また、女子が彼にちょっかいをかけ、彼が女子を追い掛け回し女子トイレに逃げられた時の頃を、懐かしく思い出した。
彼はふっ、と笑う。
「さあ! どうしますかトナカイ2号さん! このまま耐久勝負と行きますか! まあ、論理的に言ってしまえばそうなっては勝負ありです! 何故なら、私のお尻を狙うエッチなトナカイ2号さんが女子トイレ前で悪い顔してるだなんて、すぐに誰かにバレてカルデア警察に通報されますよ!!」
「………」
「でも、私も聖女の端くれみたいなものです。今ならまだ許して……ってなんで入ってきてるんですかー!?」
「いや、話長いし」
今の彼に恐れるものなかれ。
彼は普通に女子トイレに侵入してちっこい聖女様を捕まえ、廊下に引きずり出すのであった。
「そ、そんな、私の完璧な作戦が……」
「ふっはっはー! 女子トイレにビビる男子がいてたまるかー! オルタちゃんとイチャイチャしたいという気持ちが俺に勇気をくれたんだ!! もっと触らせろーーー!!」
「なななななななーーーーっ!?」
カルデア警察のおまわりさーん、変態はこっちでーす。
「さーてフィナーレといこうじゃねーか。そこに隠れてるんだろ? ジャックちゃんにナーサリーちゃん!! 君たちも俺のされるがままの運命なんだよ、出ておいでー!!」
廊下の角からこっそりこちらを窺っているのは噂に引きつられてやってきた2人。主役は整った。
「あわわ、どうしよう。オルタちゃんが捕まっちゃった」
「お母さんを呼んできた方が……っ!?」
「もう手遅れだぜー、ジャックちゃん!! もっと周りを見て!! 君たちが助けを呼びに行ったらオルタちゃんがたいへんなことになっちゃうよー!!」
「あはははははっ、こしょこしょはらめれす~トナカイにごうさ~ん///」
手始めに、オルタ・リリィはこしょこしょの刑にあった。
「くっ、こうなったら実力行使でオルタちゃんを助けるしかないの……っ!!」
「そうだね。2人で同時にかかれば……っ!!」
「君達、人質の意味分かってる?? ほら、オルタちゃんがもっと酷い目にあうぜ~」
「わひゃひゃひゃひゃひゃっ、脇もダメなのでしゅ……///」
「「ぐぬぬぬぬっ……」」
サーヴァントである前に2人は子供だ。マスターの指示もなく、この絶望的状況下を突破することはできなかった。
そして、さらに子供たちに絶望が待ち受ける。
「よーく覚えておくんだな、ちみ達。あんまり俺を怒らせるとこうなるってことをさー。
「「はい、マスター」」
「なっ!??」
「やっぱり、私たちだけじゃお兄ちゃんに勝てないっていうのっ!?」
こんなくだらない茶番につき……おっと失敬。
彼の忠実なるサーヴァントの2人がどこから音も無く現れ、ジャックとナーサリーの背後に回り獲物で完全に動きを封じ込めた。
この場において、もう子供たちに戦意は残っていなかった。
「ふはっ、ふははっ、ふはははっ、ふははははっ、ふはははははっ、ふははははははっ、ふはははははははっ!!」
何はともあれ、彼は完全勝利に高らかに笑った。
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されど、オチは必要だ。
今回も犯罪すれすれの彼の行為に天誅を下す者はやっぱりいた。
「貴様、そこで何をしている……??」
「…………」
時刻は午前8時を回っていた。
当然、彼のスケジュールはびっしり詰まっていて午前8時からは確か朝の稽古だった。その、稽古担当のサーヴァントが冷酷な目で彼を射抜いていた。
メイドではない方の黒い我が王・アルトリア・ペンドラゴン・オルタの登場に場が静まりかえった。
ので、彼は高らかに笑うのをやめて、死んだ目で彼女を見返した。
「朝飯も食べに来ないで、時間通りに道場も来ないで、ナニをしているかと思えば……なにか、言い訳でもあるか?」
「ナニモゴザイマセン」
の、直後に彼に正当な制裁が下された。
ようは腹パンだ。
「ゴバババー!??」
「「マ、マスター!??」」
「あぁ、貴様らも同罪だな、
「え、私はマスターのために……っ!?」
「だ、段蔵も初任務を頑張っただけで……っ!?」
直後、2人の脳天に拳骨が落ちた。
「「きゅ~」」
白目を剥いてノックダウンだ。
「さて、子供たちよ。アタランテやお前たちのマスターが心配していた。早く食堂へ行ってやれ。このバカは私が責任を持ってしごいておこう」
「「「は、はーい」」」
こうしてカルデアに平和が戻った。
というか、いつもと同じオチで落ち着いただけなのだけど。
まあ、子供たちの逆転勝利ということで聖戦の幕は閉じるのであった。
くだらない話で2話使って申し訳ぬ。
そして、段蔵ちゃんが好き過ぎてフライングで彼のサーヴァントとして登場させました。
これからの活躍ご期待ください。
おまけは後日、思いついたら書きます。