今朝の食堂では大和田と石丸の二人が和気藹々とした空気を作り出していた。あの大和田と石丸が。
つい昨日まで対立し合っていた二人が肩を組んで、そして打ち解けあっているというのは──疑心暗鬼の視線を向け合うばかりのコロシアイ生活という環境下において一つの懸念が取り外されたということなのだから、良いことではあるんだろうけれど──しかしどうしてもその不自然さが気になってしまうのが人のサガというもので、なぜ、どうして彼らが打ち解けあったのかという不可思議さに対する疑問や興味が絶えなかった。
彼らの異様な様相に(あるいは、正常な男子高校生とも言える様相に)好奇心を抱き尋ねてみはしたものの、二人の口から出てくる言葉は『男同士の濃密な繋がり』だとか『女同士とは違う』という言葉ばかりで……昨夜何かがあったに違いないが、しかしそれが一体何なのかはてんで分からないままだった。
きっと目覚めたに違いない! BL的な何かに! ……と、いうのはさすがに妄想の度が過ぎているものの、それに近しい絆のようなものが彼らの間に芽生えていたことは誰の目から見ても確かなことだった。
話は変わらないが、説明しておくと、私は俗にいうところの腐女子という人種である。簡単に言えば男同士の恋愛を好む性癖を持っている。
よく例としてあげられるようなボルトとナットで妄想するといったことよりも、どちらかと言えば私は嗜好品として売り出されているBL官能小説を購入し楽しむようなタイプの人間であった(とはいえ、ナマモノで妄想しないということもない)。
なのでそういう趣味趣向の息がかかった色眼鏡で見た、つまり性癖のフィルターを通した視界で男同士の友情を映し出し、己の劣情を介入させるということは実に愚かな行為であるのだということは重々承知の上なのだが……。
しかしどうにも、苗木から詳しい話を聞いてみると、大和田と石丸の二人はサウナという完全な密室で昨晩遅くから二人きりで閉じこもっていたと言うじゃないか。
男二人、密室で……なにも起きなかったという方が不自然な状況で、現に二人はこうして仲良さげに兄弟だなんて呼び合っているわけで……ふ、不純
つまり、私は、女の子とイチャイチャしても問題はないのだろうかっ!
素行不良のヤンキーと品性方向を貫く風紀委員長というのはありがちな設定でもあり、察しの良い私は二人の邪魔をすることのないよう、不二咲を交えて苗木と三人で朝食を取るのだった。
杞憂であったとしても、そうでなかったとしても、そもそも私と彼ら──大和田と石丸──との間に接点はないに等しいため、例え距離を取らずとも共に朝食を取るようなことはなかっただろうが。
苦手というわけではないのだが、どうにもコロシアイという言葉がチラついて、なかなか人と仲良くなれないのが今の私の心情だった。
不二咲の場合はたまたま私が運動中で、なかば興奮状態にあったこともあってか話しかけれたし。苗木や……舞園とはコロシアイ生活なんてものが始まる少し前の時間に知り合ったから気軽に接せられた。
朝日奈や大神は同好の士でもあったから関われたけど……そう考えると、やはり石丸や大和田と良好な関係を築くきっかけのようなものは見当たらないように感じられた。
きっかけがあったとして、こんな生活の中では死んでしまうのではないかと考えてしまうと気が進まない。
たとえ短い期間の触れ合いであっても、情というものは湧くものだ。
なにより仲良くしていた人の死体を目にしてしまうということは、まだ精神的にも未熟である私にとっては心を病んでもおかしくないようなできごとだった。
セレスや葉隠なんかもそうだ、関係性が非常に薄いように感じる。特に、十神あたりとは性格的な面で仲良くなれそうにない。
……ともかく朝食。やはり私は利腕の右腕がろくに使えない状態だったのでコッペパンをちぎり食べていた。
その際、不二咲に筋肉痛のことを聞いてみたところ、まだ特有のあの痛みは来ていないということらしかった。ただ疲労だけは溜まっていたとのことなので、不二咲は朝食を取り終えてすぐに、そそくさと部屋に戻っていった。
午前中に予定のなかった苗木と私は惰性で食堂に残り、態度が急変した大和田と石丸について話をしていた。
噂の渦中にある大和田と石丸の二人は既に食堂を去っていた。
「いや……多分だけれど、神原サンが想像しているようなものじゃないと思うよ……? そういう愛の形があるのは知ってるけどさ。うん、あれはやっぱり紛れもない友情だと思うよ」
「……そうだろうか? だとしたら私の胸の中にあるドキドキは一体!」
「それは神原サンの趣味だと思うよ?」
と、バッサリ斬られてしまったところで食堂に現れた腐川が苗木をどこかへ連れていってしまい(さっきの話を腐川に聞かれないで本当に良かったと思う。彼女はこういうジャンルを毛嫌いしているようだったから)私はひとりになってしまった。とはいえさほどそれは苦痛ではなく、昼食は少し早めの時間にとり、それから夜時間の二時間前までバスケットボールの練習をしてから私は部屋に戻った。
シャワーを浴びながら思う。
今日のように、何事もない日が続けばいいのに──と。
このコロシアイ生活も既に一週間以上経過しており、死者も既に二人出てしまっている。
明日は我が身か──それとも、他の誰かか。
なにもないという平穏の大切さは、その平穏の中にいるときには分からないのだと──身を危険に晒して、初めて理解することができていた。
人は大切なものがなにかを失ってから初めて気が付くとよく言うけれど、こういうことなのだと思ってしまう。
そして、私が望む平穏をモノクマは望んではいないのだろうと……憎たらしい白黒のボディを脳裏に浮かべながら想像していた。
その矢先、まるで私の心を見透かした上で狙ったかのように、放送が流れた。
夜時間を知らせるものでないことだけは確かだ──なにせ、水が出ない夜時間までに時間の余裕を持たせるため、バスケットボールの練習を早い時間帯に終えたのだから。
現に、夜時間には出ない水がまだ出ている。
では、一体──
未だ慣れないメロディーの後、いつもと様子を変えないモノクマの声が聞こえた。
『えー、校内放送、校内放送。まもなく夜時間となりますが……その前に、オマエラ生徒諸君は、至急、体育館までお集まりくださーい』
ブツリ。と、そこで放送は途切れた。
体育館……行かないという選択肢は、元から与えられていないだろう。
急いで体についた水滴をタオルで吸い取り、服を着て、包帯を巻き、私は体育館へ急いだ。
火照りじわりと湿った肌に張り付くシャツが、酷く不愉快だった。
既に私以外の全員が集まっていたようだが、駆け足気味で体育館に現れた私に視線を向ける者は少なかった。なぜなら多くの者が、壇上に立つモノクマを警戒して強く見つめていたからだ。
「爆弾かも? それともマシンガンとか……? どっちにしたって、オマエラには関係のない話でしょ? でもまあ、どうしても気になるっていうんなら……卒業して確認するしかないよねっ!」
爆弾? マシンガン?
どうやら既に話が進んでいたらしくまるで概要が掴めないでいると、その様子を察してくれたのか、苗木が忍ぶようにして話の前後を教えてくれた。
どうやら葉隠が、玄関ホールで工事現場のようなよくわからない音を聞いたというのだ。
その話をしていたタイミングでモノクマが登場し、そして今に至る……ということらしい。
「……っと、話し込んでるうちに、みんな揃ったみたいだね」
モノクマはそう言って、私たちの方へと体を向き直す。
緊張で体が強張るのを感じる。
その白黒半々のボディは、私の中ではもはや不吉な柄としてインプットされつつあった。
「あのさあ……次のクロがなかなか出てこなくってツマラナイんだよね。刺激がないっていうかさ……カラシ抜きのロシアンルーレットみたいでさあ」
モノクマが刺激と呼ぶものは一つしかない──カラシ入りのシュークリームではなく、それはきっと殺人についてのことだろう。
わざわざみんなを集めてまで、刺激が足りないと……つまりは殺人の頻度に対して物足りないと文句を言うということは、つまりはモノクマが何かを企んでいるだろうということでもあった。
「刺激がないんだよ刺激がさ! ボクはもっとエキサイティングなコロシアイを望んでいるのです! というわけで、こんな動機を用意しましたー!」
そう言ってモノクマはどこから用意したのか、封筒の束を取り出した。
それぞれに名前が書かれてあるようで、確認したわけではないがおそらくは私の名前が書かれた封筒もその中には含まれてあるだろう。
「今回の動機はズバリ“恥ずかしい思い出”や“知られたくない過去”。この封筒にはオマエラのそんなマル秘情報が入っているのです!」
そう言ってモノクマは、多くの封筒を私たちの足元へとばら撒くように放り投げた。
動機というのは……つまりは、そう、以前に配布されたビデオと同系統のものだろう。
人に人を殺めさせるためのキッカケ──見るわけにはいかないが、しかし、殺人という人として最大の過ちを犯さざるをえないようなことが書いてあるというのなら、それを見ずにはいられないという背反的な思いがどうしたって存在していた。
言い知れぬ恐怖と緊張で鼓動が高まるのを感じながら、床に散乱した封筒の中から自分の名前が書かれたものを探し出し、封を開けた。
…………。
封筒の中身を見る者、見ない者に別れてはいるけれど、皆一様に封筒を手に取っていた。
私はというと、それは前者であった。
未だに慣れない右手で覗いた内容は、正直、ぞっとさせられるような私の過去であった。
「制限時間は丸一日。二十四時間経ってもクロが現れなかった場合は、この秘密を外の世界に公開するからね~!」
いつもは憎たらしく思えるモノクマの表情が、今は恐怖の象徴であるかのように思えてしまった。
少し、勘違いをしていたのかもしれない。
モノクマは、ただ、頭がおかしいというだけのやつではないのかもしれない。
「こんなことでボクらは人を殺したりなんかしない」
隣にいた苗木が力強い声でモノクマに対し反感の意を見せる。
「そうだ、実にくだらない! この程度のことで殺人など起こるはずがない!」
これは石丸の弁だった。
その二人の強い意志にあてられてか、朝日奈や不二咲たちも声を上げていた。私はというと、そんな彼らとは対照的な態度だったと思う。
彼らの言葉を聞いて、モノクマは愉快だとでも言いたげな調子の良い声で疑いを投げかける。
「ホントかなぁ……うぷぷ……、知られたくない秘密っていうのは、人によりけりだからね。度合いがあるものだよ」
そう言いながら、モノクマがこちらの方を見たような気がした。それは錯覚に違いなかったが、そう勘違いしてしまうほどに、視線を意識してしまうほどに、私の秘密というものは心を急かすものであった。
「じゃあ、もう夜時間だしボクは先に失礼するね。夜更かしは毛並みに悪いから」
後に残された私たちは、手に封筒を握ったまま話を始める。
モノクマは人によって秘密の度合いが違うといった──恐らくはくだらない秘密から、人としての価値観が決定されかねないような秘密まであるのだろう。
殺人を犯さなければならないほどの秘密が書かれた封筒は、この場には一体いくつあるのだろう。そのうちの一つに私の秘密は含まれているのだろうか。
「秘密を秘密のままにしておくから、これは動機たりえるのだ。今ここで、お互いに自身の秘密を公開し合うというのはどうだろう」
神妙な面持ちで、しかし自信ありげに石丸がそう提案した。
確かにそれは事態を解決することができるだろうが、同時に大変難しい策でもあった。
石丸の言うように秘密が秘密で無くなったのなら、秘密を秘密のままにするために誰かがクロになる必要はない。
ただそれは、あくまで皆の協力が必要なことであった──どうしても、知られたくないことがある人からすれば、協力したくてもできない策に違いない。
事実、私がそうだ。
知られる、知られない以前に──理解もされないであろう話なのだから。
そしてさらに疑問が深まる──なぜモノクマは、私の過去を知っていたのだろうか?
誰にも、言ったことは、なかったはずなのに。
「石丸、多分だがそれは不可能だ。いや、絶対にできないと断言できる。モノクマの言っていた通り、この秘密の重要度は人によって異なるようだからな──それこそピンからキリまであるだろう」
石丸は封筒が握られた手を自身のこめかみあたりに当てながら深く思案し、そして唸るようにこう答えた。
「……むう、確かにそうでなければ、モノクマも動機にはしない……か」
それからはみんな、しんと静まり黙ってしまった。
言いたくない秘密を抱えている人が、あまりにも多すぎた。
石丸の秘密は彼にとっていかほどの重要性があるのかは知らないけれど、彼もまた苦しそうな表情で私たちに告げた。
「ただ、僕らは味方同士なのだ。確かに秘密とは色々あるのだろうが……皆で解決できるような秘密ならば、打ち明けてほしいと僕はおもう。もちろん、二十四時間が経ったあとでもだ。取り返しのつかないことであっても、人は償えるのだから」
その言葉を最後に、モノクマが新たに打ち出した動機に対し具体的な解決策も出ないまま、その日は解散することになった。
個人の秘密というだけに手の出しづらい動機であり、悔しいことだが私はモノクマの企てを阻止できなかった。
体育館を出ようとすると、後ろから誰かに声をかけられた。
この声は、不二咲だ。
「あ、あのぅ、神原さん」
「……ん、どうかしたか? 不二咲」
身構えてしまう。秘密について聞かれてしまうのではと、つい思ってしまったのだ。
現に不二咲は私と目を合わせようとせずに、自身の持つ封筒と地面を交互に見交わしていた。
私は不二咲が話し出すのを待っていた。
私の受け身な姿勢に気付いてもなお口籠っていた不二咲だが、そう長くない余白の後に、周囲を気にするように口元に手を当てながら、ただでさえか細い声を小さくして言った。
「あ、あのね? 神原さん……、えっと、その。夜時間になった後、体育館で、会えないかな? ……動機の秘密で、僕、話したいことがあるんだ」
「体育館……それは構わないが」
構わないけれど、ただ、夜時間というのがどうしても気になった。
「夜時間じゃないとダメなのか? 夜は、危険だろう」
「……うん、そうなんだけどねぇ……。でも、朝時間だと誰かに聞かれちゃうかもだし、夜時間のほうが良いかなって」
ダメかなあ? と、不二咲は上目遣いで言った。その行為に故意的な意図はないのだろうけれども、そんな目で見られてしまっては断れるものも断れないというものだ。
こういうのに、私は弱い。
「ああ分かった。夜時間に体育館だな? うむ。待ち合わせだ」
「うんっ」
その日の夜時間、私は誰もいなくなった体育館で不二咲を待ちながら動機について考えていた。
封筒の中身を見る前に、みんなのものを集めて処分してしまうという方法はなかなかに良いものであるかもしれないと思ったが、おそらく十神あたりは非協力的な姿勢を取るだろうし、なにより既にあの場で封が切られてしまっている以上それは手遅れとしか評することのできない策であった。
そしてそれとはまた別の意味で、動機への対策などもはや手遅れだということにも気付かずに、私は来ることのない不二咲を待ち続けていた。
翌朝はいつにも増して気分の優れない朝を迎えた。
心なしか体も重いような気がしてならない。
不二咲に待ち合わせをすっぽかされたのもそうだが、夜になり寒くなっていた体育館で一時間以上も薄着でいたことがまた、影響しているのだろう。
風邪をひいていなければいいのだが。
なにせこの閉鎖空間ではまともな医療も受けられないだろう。
唸るように首を傾けて枕元の目覚まし時計を見ると、まだ朝時間まで数時間ほど余裕があった。こんな環境にあっても早寝早起きが染みついてしまっていることが、なんだか恨めしく思えた。
夜時間は食堂が空いていないので、朝早くから体育館で運動をするときは昨晩のうちから水やら朝食やらを用意しておかないといけないなと考えながら、私は柔軟体操に軽い筋トレを部屋の中で行うことにした。
夜時間は出歩かないというルールが私たちの間で決められたこともあるが、なにより外に出る目的がなかったというのもある。食堂は夜時間の間、閉鎖されているのだし。
一通りの自主練をやりきったところで、朝時間まであと少しという時間帯だった。
滝のように肌の上を流れる汗をシャワーで流すことができないのが惜しいところだったが、あと十数分で朝時間だということを考えるとそれも苦ではなかった。
時間に余裕がないわけでもなかったため、左腕に巻いた包帯を解きながら昨晩に配られた封筒の内容について考えた。
私にとって、秘密というものはそう多くない。
なぜなら私は人生の大半を運動に注ぎ込んできたため、そう誰かに隠さなければならないことは少ないからだ。プライベートな時間は大抵部活の仲間たちと過ごしてきたし、一人の時はいつもコソ練をしていた。
秘密と言える秘密はなかった──練習方法だって、普段走っているジョギングのコースだって、私は人に快く教えるだろうから秘密たりえない──ただ、そう、私が運動を始めたきっかけとなる出来事は、簡単に人に教えられるものではなかった。
しかし不思議なのは、どうしてこのことをモノクマは知っていたのだろうか──?
なんせ秘密だ。私はこのことを誰にも打ち明けたことがない。
誰にも知られることのなかった話だ。
いや、結果だけならば調べれば知ることができたかもしれない──しかしなぜあの封筒の中に入っていた手紙には
言い逃れようのない恐怖が囁くようだった。
罪を償うべきだということか?
時効だなんて言い訳をするつもりはさらさらないものの、しかしその贖罪としてこのコロシアイ生活に巻き込まれてしまったのだというのなら、なんて遠まわしな誅罰なのだろうと思わざるを得ない。
自然と包帯を解く手に力が入った。
思えば、あのとき私が願った木乃伊の手もまた左手だったということを思い出した。
願いを、悲しみを生むことでしか叶えることのできない、猿の手──猿の、手?
なにかに気が付きそうになったところで、玄関の方から鳴り響く忙しないチャイムの音が私の気付きを遮った。
扉を開けると、そこには朝日奈がいた。
包帯を解いてしまっていたために、毛むくじゃらの左腕を隠すようにして半身だけを扉から出し彼女に挨拶をする。
「おはよう朝日奈。……朝から騒がしいぞ」
「おはようじゃないよっ! もうっ、心配したんだから!」
「……心配? どういう、ことだ。……またなにかあったのか!?」
朝日奈の様子がどうにもおかしいことが見て取れた。
おそらくは寄宿舎の端からチャイムを押して行っていたのだろうか、そして手分けしていたのだろう、向こうの方からは誰かの部屋のチャイムの音が遠く聞こえていた。
「どうもこうもじゃないよ! どうして食堂に来なかったの!?」
「食堂……? いやだって、まだ朝時間じゃないだろう」
朝時間であることを知らせるチャイムはまだ鳴っていなかったはずだ。私が起きたときに目覚まし時計を見たときはまだ七時前だったし、二度寝をしていた間にということでもないだろうに。
私がそう答えると、朝日奈は困惑気味に「モノクマは来なかったの?」とだけ言った。
その答えは「来なかった」なのだが、それを口にする前にまたアナウンスが流れたのだ。
今度は朝時間を知らせる放送ではなく、また別の意味を含んだものが流れた。
『ピンポンパンポーン。死体が発見されました──』
「っ!」
「……!」
その放送を聞くのは二度目だった。
一度目は、舞園の死体を見つけたとき。
あのときと違って私の目の前にいるのは生きた人間だけれど──しかしあの日のシャワールームの光景がフラッシュバックするようで、一気に息が苦しくなった。
「朝日奈……!」
「た、確か、上の階に苗木たちが探しに行ってたはずっ」
その言葉を聞いた途端、私は駆け出していた。少なくとも朝日奈の言葉から察するに、苗木はまだ生きているらしいかった。
それだけが唯一の救いであったように思う。
いや、救いなんてものはないのだろう──誰かが死んでしまった以上、最悪の結末を迎えることしかできないのだから。
ただどうしてか、彼を死なせてはならないのだと警鐘が鳴らされているような気がして仕方がないのだ。舞園のことを引きずっているのだろうか──
左腕に包帯を巻く時間はなかったためベッドのシーツを左腕にさっと被せて、苗木たちが向かったという二階へと駆けて行った。
二階に上がった途端、妙に騒がしくなるのを感じた。
どうやら更衣室の方から聞こえてくるようだったが、自分の心臓の鼓動も相まってより騒がしいように感じられた。
女子更衣室の扉が開いていて、中で十神と苗木の後ろ姿が見えた。
変質した左腕のため左右の重さが違うからかふらつく足を押さえながら、倒れるように部屋に入り込む。
ただ、例えこの左腕がまともな状態であったとしても、私は倒れ込んでいたかもしれない。
目に入ってきた凄惨たる光景はまさしく猟奇的なものであり──そして、その被害者の有様というものがあまりにも酷たらしいものだったからだ。
「…………」
「……か、神原サン」
物言わぬ死体は不二咲だった。
彼女はどうしようもなく死んでいた。
活動報告の方でもちょっと話してたんですけど、化物語の方を読んで思い出したことがありまして、神原さんは左手の関係で左右バランスがが異なってるんですね……そのため本編中いくつかそういった描写を書き加えたりしてます。あと利き手うんぬんとかも。
別にそれほど本編では重要な話でもないので、再度読む必要はないです。