阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 先に学級裁判の前編にあたる部分を投稿しています。未読の場合はそちらをお先にお読みください。


013 非日常編(学級裁判編)

 どう考えたって有り得ないと思えることでも、他のあらゆる可能性が否定出来たなら、最後に残ったその有り得ないと思えるものこそが真実だ──そんな言葉を、昔読んだ本で見た気がする。

 私としては、その『あらゆる可能性』ってやつ以外にも、存外、道っていうものはあるんじゃないのかって思うんだ。それこそノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則に反してるけど、そんなドラマ的な展開は現実じゃあそう上手くいくわけがないだろう。

 現実は小説よりも奇なり、きっとそう、誰も望まない思わぬ展開が待ち構えていたりするはずなのだ──

 

 ──そんな、邪推とも言える考えが浮かぶ。

 でも実際そうなのだろう。

 そういうものなのだろう。

 机から落ちた消しゴムが、必ず自分の近くに落ちているわけじゃあない。ひょっとすれば思わぬところへ運悪く長々と転がってしまったかもしれないし、誰かに蹴られて廊下の方へ飛んで行ってしまったかもしれない。

 どこか遠くに飛んで行った野球ボールが、自分の家の窓ガラスを貫いてる可能性だってゼロじゃない。

 

 何が言いたいのかというと、可能性というものはいつだって未知なのだ。

 未だ来ずと書いて未来と読むが、これに限って言えば未だ知らずと書いて未知。

 

 私は何も知らない。

 だから、私のように何も知らない人間は──何かを決めつけるということしかできない。

 真実でなく、常識という名の偏見でしかものを語ることができないのだ。

 

「まず、舞園さんは食堂の厨房に包丁を取りに行った。

「これは朝日奈さんと大神さんが証言してくれたよね。それに実際、ボクと神原さんも一本欠けている包丁を見ている。

「そして夜になってから、舞園さんはボクの部屋と舞園さんの部屋のネームプレートを入れ替えた。

「で、舞園さんは扉の鍵を開けたまま、部屋で包丁を持って待っていたんだ。

「厨房から持ってきた包丁を持ってね。

「それで、これは舞園さん本人から聞いた話なんだけど、夜、彼女の部屋に誰かがやってきたことがあるらしいんだ。そのときは鍵は鍵をかけていたから入ってくることはなかったって聞いたけど、それでも舞園さんにとっては恐怖だったに違いない。

「それで、その扉を叩いた人──つまり今回の犯人が舞園さんの部屋の扉を開けて、中に入ってきた。

「そう、舞園さんは鍵をかけなかったんだ。うっかりじゃなく、ワザと明けたままにしたんだ。

「そして部屋に入ってきた犯人を舞園さんは包丁で襲って──襲って、殺そうとしたんだ。

「けど、部屋にあった模擬刀を見つけた犯人は、咄嗟にそれを掴んで包丁による一撃を防ぐ。鞘にあった切り傷はその時のものじゃないかな?

「だって普通人を殺そうとするなら、鞘なんて重い物を付きっぱなしで攻撃しようとはしないはずだしさ。

「それに、舞園さんのあの骨折していた手首に付着していたキラキラとしたものは、おそらく模擬刀の金箔だ。少し触るだけで取れてしまう金箔が腕に叩きつけられたっていうんだから、付着してないわけがない。

「そして、舞園さんと犯人は部屋で激闘を繰り広げ──その結果、舞園さんは包丁を落としてしまい、シャワールームに逃げ込んだ。

「ドアの立て付けが悪いことを鍵がかかっていると勘違いした犯人は、男子の部屋にしかない工具セットのドライバーを使用してドアノブを壊したんだ。

「ボクの部屋にも──つまりは犯行現場にもドライバーはあったんだけど、犯人はその部屋を舞園さんの部屋だと勘違いしていたからね。だから使わなかったというより使えなかったんじゃないかな。証拠に、ボクの部屋にはまだ封も切られていない工具箱が置いてあるよ。

「そして、ドアノブを壊しシャワールームに侵入した犯人は──拾った包丁を使って、舞園さんを、刺殺した。

「今のボクに分かるのは……これだけだよ」

 

 深い息を吐き出すとともに、苗木は言い終えた。

 語り終えた。

 彼が想像しうる限りの、今回の事件の顛末というものを。

 

「……それが、あなたが見つけ出した全て?」

 

 霧切は真剣な眼差しを持ってそう言った。

 その言葉を聞いた苗木は、「え?」と呆けた声を口から漏らし、驚いたように口をぱくぱくと開き、それから溜飲を下げて慌て気味にこう尋ねる。

 

「ど、どういうこと? 確かに、犯人は見つけ出せてないけど──」

「そうじゃなくって……、んむ、これはいずれ分かることね」

 

 じゃあ、犯人を見つけましょう。

 

 霧切はその“裁判を終わらせる”とほとんど意味が同じである言葉をあっさりと言いのけた。さっきの言葉もそうだけれど、彼女はこの事件の誰が犯人で、そして何があったのかということを分かっているような物の言い方をしている。あるいはもう分かっているのかもしれないが、なぜそれを早く言おうとしないのかは私には理解できないものだった。天才の考えていることは分からないと暫し語られているが、彼女もまたその部類に当てはまる人間なのかもしれない。

 となると、彼女の才能は頭を使うものなのだろうか?

 超高校級の……んむむ、まだ、推測はできない。

 

「犯人に繋がる手がかりは、ダイイングメッセージよ。彼女──舞園さやかはダイイングメッセージを、後ろにある壁に()()()()()()()()()()()の。ここまで言えば分かるわね苗木くん」

「後ろの壁……背を……」

 

 後ろの壁に背を向けて……。何かを想像することが得意な私は(妄想と言った方が良いかもしれない)、後ろに壁があると考え、密かに背にやった左手で『11037』と宙に描いてみる。実際にペンで質量あるものに描いたわけではないので、その数字がどんな形で現れているのかは分からないが、しかしそれでもやってみて分かったことが一つあった。

 

「……あっ、後ろ手で書くと、ちゃんと書けないね。こう、百八十度反対になっちゃうっていうか──」

 

 そこまで言いかけて、苗木は急に慌てて電子生徒手帳を取り出しタッチ画面を操作する。

 そしてそれを()()()()()()()()()私たちに見せてきた。

 

「もしかして、これって……!」

「そう。11037──それ本来、上下逆さまにして読むべきものなの」

 

 L、E、O、N。

 1と1の間にある掠れたような線は、Nの中央にある一つの線だったのか。

 

「LEON……レオン」

 

 それって、ひょっとして……。

 

 そう言いかけたとき、桑田が大きな声で自らを主張する。

 

「違う! 俺じゃない! そんなのただのこじつけだろ、偶然それが俺の下の名前と同じになったってだけで──」

「それは違うよ、桑田クン」

 

 そう言って、苗木はトラッシュルームについて話し始める。

 

「山田クンから聞いたんだけど、トラッシュルームって当番の人しか焼却炉に近付けないらしいね、鍵が必要だからさ」

「それが……どうかしたか? っつーか当番のやつって山田だろ? 俺とは関係ねーじゃねえか」

「違うよ。だって君なら、鍵がなくったって焼却炉を起動させることができたはずなんだ」

「……はあ?」

「焼却炉の近くに、ガラスの破片が砕け落ちていたよ、あれはきっと葉隠クンが無くしたって言っていた水晶玉だよね? 君はそれを格子の間から投げて──そして、焼却炉のスイッチを押したんだ」

 

 そうだよね、超高校級の野球選手の、桑田怜恩クン。

 

「君ならきっと、離れたところからでも水晶玉をスイッチへ的確に投げ当てることができたはずだ」

 

 ぐさり。

 そんな音が桑田の方から聞こえてきた気がする。

 言葉が、心に刺さる音というものは、非常に生々しい。それは桑田の芯を砕くことはなかったが、しかし大きな傷をつけ、肉を削いだことに違いなかった。

 桑田は苦しみに悶え酷く歪んだ表情で言葉を返す。

 

「……ありえねえ! ありえねえ、ありえねえ!」

「言い訳になってないぞ、もう少しマシな言葉を思いつかないのか」

「うるせえ!」

 

 桑田は頭を抱え、小さく呻き声を上げながら何かを考える。そして考え付いたのだろう、酷く歪んだ表情のまま切り返していった。

 

「そもそも、それだけじゃなんの証拠にもなりゃしねえんじゃないのかっ? 確かに俺は野球選手で、そしてあの距離でもきっとガラス玉をスイッチに命中させることはできただろう」

 

 でも。

 

 台を両手で力強く叩き張って、大きな声で叫ぶように言う。

 

「大神や大和田だって、ガラス玉を投げる力はあったはずだ! もしかしたら何かの道具を使ってスイッチを入れたのかもしれないし、焼却炉の鍵を盗んだなんてこともあるかもしれねえ! それに、それに──」

 

 もしもの話を続ける桑田に、苗木が言葉を投げかける。

 

「じゃあ桑田クン。工具セットを見せてよ」

「……工具セット?」

「ドアノブのことは、覚えてるよね? あれは工具セットのドライバーを使ってネジを外したんだと思うんだけど──もし、君が犯人じゃないんだったら、工具セットを見せてよ。きっと封がされているはずだ」

 

 桑田の体から、力が抜けていくのが目で見えて分かった。罵声の言葉を飛ばすも、その声量はツマミを捻られたように小さくなっていき、先ほどまで力一杯台を張っていた両腕は柳のように垂れている。

 工具セットなんて、犯行以外にも使う機会はあっただろう。それこそ気になったから封を開けてみただけで、使ってない。なんて言い訳もできたはずだ。

 しかし桑田はそれ以上反論を続けることはなく、彼のその落ち込みようからして犯人は特定されたようなものだった。

 

「……桑田クン、君が、舞園さんを殺した犯人だったんだね」

 

 苗木は、悲しみに満ちた目で桑田を見、そう言った。

 それに対し、力のない声で桑田は返す。

 

「正当防衛だよ……そうだ、正当防衛だ! 舞園のやつがイキナリ襲っていたから、俺は自分の身を守るために止むを得ず──」

「止むを得ず、と言う割には、殺す気満々ではないですか」

「んだよっ、どこがだ?」

「だってあなたは舞園さんを殺す前に、()()()()()()()()工具セットを手に取り、そこからまた彼女がいる部屋へとわざわざ殺すために戻ったのでしょう? その間、いくらでも思い直す時間はあったと思うのですが」

 

 冷たく突き放すように言ったのはセレスだった。

 確かにその言葉は的を得ていた。

 的を得ていたからこそ、桑田はなにも言い返すことが出来ず、ただただ拳を固く握り締め俯いている。

 彼は今、なにを考えているのだろうか。

 

「おやおや、もう終わり? それじゃあ、投票タイムに行っちゃおうかな?」

 

 お気楽な調子でモノクマは言う。

 誰も裁判の延長を求める人間はいなかった。

 

「……テンション低いねえ、まあいっか。それじゃあお手元のボタンをポチッと!」

 

 台の上に現れたパネルを見て、私は思う。

 本当に桑田の名前を押してしまってもいいのだろうかと。

 それは、彼が犯人じゃないのではないだろうかと言う一抹の不安から来たものではない。私の中では、彼は既に犯人として決定しているのだから。

 ただ、思うのだ。

 きっとこの投票で桑田は最も多くの票数を獲得するだろう。それはすなわち、多数決による犯人の断定だ。そしてそれは間違っていない。おそらく真実だろう。

 そして、皆に選ばれたクロは、裁判終了後にオシオキを受ける──それはきっと、死だ。

 倫理的な問題として、私は彼に死を与えるに相応しい人間なのだろうかと思うのだ。死刑囚の死刑執行のためのボタンは、執行人の精神的負担を和らげるために複数個ボタンが用意されていると聞く。今回の場合においても、それぞれみんなが──計十四個のボタンがあるが、けれどもそれは意味が違ってくる。死刑のボタンは、押したとき自分が命を奪うきっかけになったのかどうかは闇のままだ。ただ、この学級裁判の投票ボタンはそれと異なる。

 直接、人の命を奪う。

 十四分の一ではあるが、しかし確実に十四分の一、私に責任が負わされる。

 それを逃れたいと願うのは、いけないことだろうか?

 

 結局私は、桑田の顔をデフォルメしイラスト化されたものを選択し、押した。

 

 この行為を、後、何度行うことになるのだろうか。

 

 数秒の後、モノクマは実に愉快と言わんばかりの活発さで投票の結果を発表した。

 

「パンパカパーン! だーいせーいかーい! 超高校級のアイドルの舞園さやかさんを殺害したのは、超高校級の野球選手である桑田怜恩クンでしたー!」

 

 破裂音とともに、辺りに紙吹雪とテープが舞う。

 どう考えても私には、この行為が私たちを侮辱しているようにしか捉えることができなかった。

 

「いやぁ、みんな初めての学級裁判だっていうのに、上手いことやっちゃうんだから。ボク驚いちゃったよ──安心したっていうのも、あるのかな」

 

 ともかく、と。

 モノクマは今まで座していた椅子から飛ぶように降り、私たちと同じ目線に立つ。

 そして、待ってましたと言わんばかりに、両腕を広げる。

 

「ではではっ、桑田クンには超高校級に相応しい、スペシャルなオシオキを用意しましたー!」

 

 そして、モノクマは下から出てきた赤いボタンを、どこからか取り出した槌で叩き付ける。

 それと同時に裁判場の奥の扉が開き、拘束具のようなものが飛んできた。それは桑田の首を的確に掴み、そして時間を巻き戻すかのようにして桑田を捕まえたまま奥へと消えて行く。

 この場にいる全員が、それを黙って見ていた──それはみんなが冷たい人間だからという意味ではなく、口出しや手を出す暇もなく、ほんの一瞬間で桑田が連れ去られたからだ──そして、桑田が消えて行った先へ自然と集められた視線を遮るように大型のスクリーンが現れた。

 

 そこには、着々と準備が整いつつある処刑場があった。

 一目見て処刑場と判断したのには理由がある。

 あれはきっと、野球場を模しているのだろう。地面があって、金網があって、そして点数を記録する板も用意されている。後ろには大層なことに子供の落書きのような青空もあった。

 そしてただただそれが、おどろおどろしく、異形で、嫌悪感を抱いてしまうような印象を私に与えてしまうのだ。

 

 そう時間も経たないうちに、桑田の姿が現れた。そして、処刑は執行される──

 はっきり言って、それから目を離さずにじっと見ていられるほど、私は強い人間ではない。自分の立場がただの人間ならば、すぐにでもこの場を立ち去っていただろうし、少なくとも目線を手で遮ったり視線をどこか端の方に逃がしたりしただろう。

 ただ、彼のこの処刑には、私も関わっているのだ。

 彼自身の罪とはいえ、私にだって罪はあるはずなのだ。

 それから逃れたいと思えども、しかし現実で逃げてしまうほど、私はヘタレじゃない。

 

 彼の死に様を見届け、そして、心の中で叫んだ。

 

 モノクマ、私は弱いかもしれない、と。

 けれどもモノクマ、私は悪には負けない、と。

 

「モノクマ! これがお前の望んだことか! こんなこと、誰も望まないっていうのに!」

 

 苗木は胸が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 無機質な悪は、私たちをそのガラス玉の目でただ見つめるだけだった。




 せめて一月中には投稿したかった。
 神原の考えに重きを置いて書いてみたつもり。

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