阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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012 非日常編(学級裁判編)

「それでは、学級裁判を開廷します」

 

 なにかをぐるりと囲むようにして設置された台の一端に──もっとも、円に端があるのかどうかは分からないが──私はその要素として存在していた。

 時が過ぎれば凡的とも捉えられるであろう私の一生涯において、こんな状況が訪れるであろうとは思いもしておらず、このような異端な場面に、私は恐怖する。

 私はいつだって、何かに怯えていたのではないだろうか。

 そんな気すらしてきた。

 

 息を吸い、息を吐く。

 そんな行為ですらも、煩わしい。

 そう思えるほどに、今は何かに怯えている。

 その何かが分かれば楽なものだけれど、神様っていうのはそう楽にしてくれないらしい。

 

 畏怖するものに抗うようにして前を向けども、目を背けたくなるような現実から逃避するため左右に目線を逃せども、そこには人がいる。どうしたって、彼らの影が私を指す。それがなんだか、私に対して逃げ場はないんだぞと言っているように見えてしまう。

 地下、という閉鎖空間にいるのも原因かもしれない。

 十六人も人がいるのにも関わらず、どこからも笑い声や話し声が聞こえてこないのが原因かもしれない。

 けれども確かに、事実として、私はこの場の雰囲気に気圧されていた。

 

 はっきり言って今のような状況は苦手だ。それはいつだって母の顔が頭によぎるからだ。

 

「アンタの人生はきっと人より面倒くさい。だけどそれはアンタが優れているからでなく、アンタが弱いからだ」

 

 そのあと、なにか言葉が続いていた気がする──だが、どうしてだか思い出せない、その言葉はポッカリと頭の中から抜け落ちてしまっている──

 しかし、忘れていようとそれは関係ない。

 どうであれ母はそんな言葉を幼い私に言ったのだ。幼い私に、である。

 普通、親というものは子に対し希望を抱くものだろう。この子はきっと強く育つだろう、とか、賢い子になるだろう、とか。そんな想いを胸に秘め、愛でるはずなのに──なのに、母が私に与えた言葉は──そんな、否定的な言葉。

 今思えばそれが不器用な母なりの愛情表現であると捉えることもできなくはないが、けれどもそう考えてしまうとあの幼き日に見た母の姿がふっと私の心から消えてしまう。そのように思う行為が母を否定してしまうように思えて仕方がないからだ。

 母を否定する、というのは思春期の娘にしては遅い反抗期のようなものかもしれないけど、そんな時期に突入したからとはいえ、私が若いが故の怒りや憤りを母にぶつけることはできない。既に母は死んでしまったのだから──叶うはずもない。

 

 もし母が生きているのなら、今の私を見て「アンタがそれでいいなら弱いままで構わない。弱いことは悪いことじゃないからだ。ただ、良いこともない」とでも言うのだろうか。

 

 確かに、良いことじゃないさ。

 でも、私はどうしたって弱いんだ。

 

 いずれにしても──

 

「神原さん、……神原さん?」

「──あ、ああ。ん。どうかしたか?」

「いや、ぼーっとしていたから。大丈夫?」

「んむう、だいじょぶ」

 

 ともかく今は学級裁判だ……舞園の事件について話し合わなければならない。だから、して、遠き日に死んだ母のことなど思い出している暇はない。

 後があるならそのときゆっくりと、思い出に浸ろう。

 気を緩めてはいけない。裁判はもう、始まっているのだ。

 

 といっても。

 スターターピストルが白煙を上げたところで、誰も議論の場に足を踏み入れることはなかった。皆が皆、沈黙を守る。この沈黙はきっと、初めての出来事ゆえの戸惑いであったり、何から話し始めたら分からないといった混乱、言葉を発すると自身に疑いが向くのでは無いかという恐れでは決してない。そう、これは──

 

「……なあ、議論なんてする必要ねえんじゃねえのか。だってよ、舞園は苗木の部屋で死んでたんだろ? じゃあもう犯人は一人しかいねえだろ」

 

 桑田の言葉に、張り詰められた空気が殊更に強調された気がした。きっとこの場にいる大方の人物が思っていた──だけど口にすることを憚られていた言葉を、彼が言ってしまった、と。

 それを裏付けるように、この場にいる誰もが直ぐに反論しようとしなかった。

 この場合の沈黙は同意を示す。

 つまるところ、今この場で静寂が鎮座している状況というのは、そういうことなのだ。

 疑心暗鬼に包まれた雰囲気は一気に気まずさと疑いのものに移り変わる。

 

「そ、そうよ。苗木、アンタが舞園を殺したんじゃないのっ? 小動物みたいな見た目をして……夜になった途端、獣のように、こうっ」

「ちっ違うよ! そんなことない!」

「否定することは、だだ誰にだってできるんだから!」

 

 苗木の部屋で舞園が死んでいたのだから、苗木が疑われるのは当然とも言える事象だ。割れた窓ガラスの側に野球ボールが落ちていれば近くでキャッチボールをしていた人間を疑うように、それは起こるべくして起きた現象なのだ。

 して、苗木が裁判で疑われることは安易に想像ができた──捜査中にだって、みんなの対応は妙によそよそしかったし、結局は苗木が犯人なんだろうという空気が確かに存在していた。

 そう、この自体は予想できて当たり前の事柄であり、予定調和とも言えるのだ。

 しかしそんな事態に対し、私はそう素早く働きかけることができなかった。

 

「待って。苗木くんを今の段階で犯人を決めつけるのは早すぎないかしら」

 

 きっと私も、苗木のことを疑っているのだろう。

 心の底から信じてやることができていないのだろう。

 だから、苗木が犯人でないと思っていても、霧切のようにこの場を制止するため発言することができない。

 できずにいる。

 心の隙にある何かが──邪魔をする。

 あるいはそれが私の本心かもしれない。

 いずれにせよ、明らかにしたくないことだ。

 

「確かに苗木くんの部屋で舞園さんが死んでいたのだから彼を疑うのも当然のように思えるけど、でもまだ不可解なことは多いし、なにより苗木くんが舞園さんを殺したっていう決定的な証拠はまだ無いのよ?」

「……ああ、その通りだ。それにまだ始まったばっかりじゃないか、考えて確実性を上げることに越したことはない」

 

 ようやく私は、霧切の発言に乗っかる形ではあるものの、自身の言葉を発した。

 

 私と霧切の言葉に、反論する者はいなかった。

 沈黙は同意を示す。

 さっきと同じだが、今回ばかりは意味が違った。

 

 十神が、邪険そうに鼻を鳴らす。

 そんな彼を横目に、苗木は硬い苦笑いを顔に映し出しながら自身の疑いを晴らすための議論を開始する。

 

「……えっと、じゃあまずは凶器から」

 

 疑いの矛先を一旦苗木から離し、議論を始めるということに不満を持つ者がいるからだろうか、苗木のその問いかけに反応を示すものは少なかった。

 こういう感じが良いものではないということはよく分かっているのだけれども、私は解決方法というものをてんで何も知らない。取り敢えずの、苦し紛れの返答を苗木に返す。

 

「モノクマファイルによると、外傷は腹部の刺し傷と右手首の骨折だったはずだ。さすがに手首の骨折で死亡──なんていうことはないだろう。だからきっとその刺し傷を生み出したものこそが直接舞園の命を奪った凶器のはずだ」

「……んじゃあ、それだと……包丁か、包丁! そういや血も大量に出てたし、当然っちゃ当然だな」

「多分そうだろうね。そして、おそらくだけどその包丁の出どころも分かると思うんだ。そうだよね、朝日奈さん」

 

 突如自分の名前が出てきたからか、朝日奈は驚いたようにしてピョコンと背筋を伸ばし、戸惑いを隠すことなく慌てた様子で言葉を連ねる。

 

「ほ、包丁……? ああ、包丁、だね。うん、厨房に備え付けてある包丁が一本だけなくなってたんだよね」

「そう、そのことだよ」

「ん、それ本当に信じていいのか? だって朝日奈だぜ」

 

 と、桑田が朝日奈を煽るように小馬鹿にした。

 

「それってどういう意味?! 私はちゃんと見たよ!」

 

 大変ご立腹らしく、卓に手を突き、体を半分以上乗り出して朝日奈は反論した。

 それを見かねてか、大神が証言する。

 

「我が保障しよう。確かに、包丁は無くなっていた。それも不自然な形で一つ、欠けていたのだ。あれを見間違うほど我の目は節穴ではない」

「そうそう」

 

 確かに、包丁は無くなっていた。

 それは私と苗木も確認している事実であった。それは別に構わないのだ、包丁の出どころが厨房だと分かることは悪いことではないし、なにより朝日奈と大神がその包丁を持ち出したと思われる人物を見かけているというのだから、むしろその発見は大きな進展をもたらしたといっても過言ではない──ただ、ただ一つ大きな気がかりがある。あまりにも大きすぎて、それしか見えなくなってしまいそうになるほどの気がかりが。

 最初、朝日奈から話を聞いた時、その時耳にする人物名というのは加害者のものであるだろうと……そう、覚悟して聞いていた。あるいはこの場で事件を究明する手がかりを得るという望みなんてものもあったかもしれないが……ともかく、そんな思いで話を聞いていた。

 するとどうだろう。

 朝日奈の口から出てきたのは、まず加害者の候補から除外されるべき舞園さやかという名前──

 自分で自分の心臓を貫いたというわけではないだろうし(仮にそうだとしても、不可解な点が多すぎるし、なにより彼女にはそんなことをする理由がない)、かといって誰かに自分を殺すことを嘆願するようなやつでもないだろうと私は思うから見間違えではないのだろうかと思ったのだけれども、でもこの事件に全く関連性が見受けられない誰かならいざ知らず、被害者というこの事件の一人目の登場人物の名前が挙がったのだから一概に誤った情報だと決めつけることもできない。

 密かながら朝日奈が嘘をついているのではないだろうか──と思いもしたが、それだっておかしな話である。

 

「包丁、最初は全部あったんだけどね、片付けしてる時に見てみたら一本だけなくなってて。そのときは探したんだけど見つからなかったんだ」

「じゃあ、そんときに苗木が包丁を持ち出したってことか?」

「それは違うよ……! 違うん、だけ、ど」

 

 歯切れが悪そうに苗木は言った。

 朝日奈は伏し目がちに大神の顔をチラチラと伺いながらこう言う。

 

「……その、ね? そのとき、一人だけ食堂に来た人がいたんだ」

「誰だ? ひょっとして苗木じゃねえっていうのかよ」

「うん……。食堂に来たのは苗木じゃなくって、さやかちゃん」

 

 その名前に、裁判場全体がどよめく。

 無理もない。なんたってその証言は、被害者が自身の命を奪うことになる包丁という凶器を厨房から持ち出していたということを主張するものなのだから。

 あまりにも矛盾した証言。信じがたい話。

 これがどう真相に関わっているのかは、未だ明らかではない。

 

「……と、いうことはですよ。朝日奈葵殿の証言が正しければ、舞園さやか殿は自分が用意した包丁で自分の腹をぐさり! と刺したということになりますが」

「そんな……っ、舞園さんは自殺するような人じゃない!」

「そう言われましても……。見間違い、という可能性はないのですか?」

「ううん、それは無いと思う。……確かにあれはさやかちゃんだったよ、ね? さくらちゃん」

「ああ」

 

 ひょっとして超高校級のコスプレイヤー的な人物が舞園に変装して……と思い、それに近しい人物に視線を向けるが。

 

「ん? どうかしましたかな、神原駿河殿」

 

 いや、さすがにないか。

 体型からして違いすぎる。もしそうだとしても、これには皇帝(アンプルール)もびっくりだ。

 

「話をまとめると、あなたたちは食堂にいて、最初に厨房に向かったときは包丁はあった。でも食事を終わらせて片付けを始めた頃には既に包丁が無かった──そしてその間に食堂に来たのは舞園さやかただ一人……」

 

 霧切は続ける。

 

「きっとこのことについて、みんな不思議に思ってるでしょう。なにかを不思議に思うのは、それを分かりきったつもりになっているから。まだ分からない部分が他にもあるんだから、一旦この話は置いといて……そうね、事件現場でもある苗木くんの部屋について話をしましょう」

 

 霧切はこのような状況に慣れているように見えた。妙に冷静というか、こういう場面においての話の進め方に長けているというか。

 彼女についての謎は多い。彼女については一つとして分からないから、私は霧切に対し不思議というよりも冷酷な印象を受けることが多かった。きっと人としての心の触れ合いが無かったからそういった風に思えてしまうのだろうが、直接話したことがないため──また彼女が誰かと世間話をしているのを見たことがあるということがないため、そう思えてしまったのだろう。ともかく私は彼女に対してそんな冷たい印象を抱いていた。

 

 残酷。

 ではなく。

 冷酷。

 

 この二つは似ているようでいて、しかし意味は異なる。

 霧切は残酷な人間ではない、きっと冷酷な人間だ。

 

 つっけんどんな霧切の、その謎について例を挙げるとすると、この場に居合わせる人間すべてがすべからくして所持している超高校級の才能を例外なく霧切も肩書きとして持っているのだろうが、しかしそれについての話を聞いたことは、ここ数日間の記憶を思い返してみればてんでないということだ。

 親しく話すこともないため素性も不明。

 霧切が誰かと歓談を楽しんでいるといった光景を未だかつて見たことがないし、あの様子だときっとこれからも見ることは出来なさそうな感じがする(そもそもこんな状況下で笑っていられる方がおかしいし、むしろこの場における霧切の生活態度というものは、コロシアイという枠組みに当てはめるのであれば正当なものであると言えるだろう)。

 

 探索の時だって一人だったように思う。

 ただ単に孤独を好む人間なのかもしれない、ひょっとしたら引っ込み思案の人見知りという属性を所持している可能性も無くはない。

 いやはや、こうしてアレコレ考えてみると、勝手な話だけれど親近感が湧くというものだ。

 

「まず、苗木くんの部屋は他の部屋とは違うところがいくつかあるのよ」

 

 一つは、舞園の部屋と入れ替わっていたネームプレート。

 二つは、シャワールームのドアノブ。

 三つは、大量に消費されたテープクリーナー。

 

 霧切が挙げたのはこの三つだった。

 どれも既に知っている情報ではあるが、なかなかピンとこない。

 

「ドアノブ? ドアノブがどうしたんだ? なんの変哲も無かったように見えたけどな」

「そう思うのも当然……というか、犯人もきっとそう思ったでしょうね。そうよね? 苗木くん」

「えっ……ああ、もしかしてあれかな」

 

 苗木は辿々(たどたど)しくもハッキリとした口調で話しだす。

 

「僕の部屋のシャワールームのドアだけ、建て付けが最初から悪かったんだ。だからちょっと特殊な開け方をしないと扉が開かなくってさ」

「女子の部屋のシャワールームのドアノブにだけ、鍵がついているの──きっと犯人は、捻っても開かないドアを見て、鍵がかかっていると勘違いしたんじゃないのかしら?」

「で、でも、あの部屋は苗木くんの部屋だったんだよね? だったら、舞園さんが部屋の中にいたとしても、それが苗木くんの部屋だってネームプレートで分かる──あっ、そっか」

「そう、ネームプレートは入れ替えられていたのよ。だから犯人は苗木誠の部屋を()()()()()()()()()といった風に勘違いしたの」

 

 だから、シャワールームのドアは鍵がかかっているものだと思った。

 でも、だとしたらどうしてだろうか?

 私は、疑問をぶつける。

 

「……直接舞園から聞いた話だが、あいつは夜誰かが部屋のドアを叩くんだって怯えていた。だからこそ苗木と舞園が部屋を交換したというのはなかなかどうして道理が通っているものだと私は思うんだが──だが、なんでネームプレードまで交換してあったんだ? そんなの、誰も得しないじゃないか」

「そうだよ……舞園さんがわざわざ変えるわけもないし、僕だってネームプレードを変えてない。それに、イタズラにしたって意図が読めない」

「本当にそう?」

 

 霧切は苗木を見据え、言葉を続ける。

 

「本当に、舞園さんは怯えていた? 部屋を変える目的が、本当にそれだけだったと?」

「……どういう意味?」

 

 苗木は、霧切のその言葉を睨みつける。

 霧切もそれに応えるように、じっと苗木の瞳を見据えた。

 

「話を変えましょう」

 

 霧切は落ち着いた様子でそう言った。

 これは雰囲気を変えるため──ではなく、ただ単純に議論を進めるためのもののようだが、しかし先の話がもう済んだ話であるとは言い難いため、実際進んでいるのかどうかと尋ねられると「保留にして前に進んだだけ」としか答えられない。

 でもこれにも、彼女なりの理由があるのだろう。

 不思議と、私は確信を持ってそう思えた。

 

「部屋に落ちてあった模擬刀、あれの鞘について、苗木くんは覚えているかしら?」

「鞘……?」

 

 苗木はさっきのことを引きずっているのか、少々不貞腐れた物言いで答えを出す。

 

「確か、切り傷が付いていた気がする……あと、人の手形だね。といっても、たくさん付いてるものだから誰か一人を特定することは難しそうだけど」

「その切り傷が重要よ」

「切り傷が……」

 

 苗木は長考する。

 

 にしても、切り傷……か。あの模擬刀は舞園が使用したものとばかり思っていたが、朝日奈から聞くに舞園自身が包丁を持ち出した──つまりは所持したというから、きっと真に護身のために用いられたのはその包丁だったはずだ。となると、部屋に置いてあった模擬刀で襲いかかってきた犯人の攻撃を防いで──

 ? あれ、少し、違うような──

 

「……あ、え、あ、いやでも」

 

 苗木は何かに気が付いたらしく、混乱したように顔を俯き、何かを呟き始め──そして、恐る恐る前を向いてから一言、

 

「そんなはずがない……だって……だって、舞園サンは……」

 

 と、今にも消えてしまいそうな声で言った。

 

「苗木くん。あなたは言わなければならないわ。その義務がある」

「でも、舞園さんはあんなに怯えて……ッ」

 

 苗木のその動揺の仕方から、私は全てとはいかないものの、ある程度察することができた。

 それは私の推理力とか、洞察力とか、そういったものじゃない──(げん)に、犯人に対する予測というものは一つだって浮かんできゃしない。だが──苗木の心をこうまで掻き乱す事柄というものは、一つしかないだろう。

 

 そうそれはきっと──舞園のことについてだ。

 

 なぜ、被害者であるはずの舞園が、包丁を持ち出していたのか。

 なぜ、部屋のネームプレートが入れ替わっていたのか。

 なぜ、模擬刀の鞘に傷が付いていたのか。

 

 その原因を、苗木は、気が付いたのだ。

 

「……最初に、ボクが言っておきたいのは」

 

 苗木は私の方を見た。

 その瞳は何かを覚悟しているようでいて、半分悲しみに暮れているようだった。

 

「舞園さんが、憔悴仕切っていたことだ」

 

 この裁判場にいる全員に語りかけるように、話し続ける。

 

「動機ビデオ、っていうのがあったよね? みんな、内容は人それぞれだと思うんだけど──ボクは舞園さんの動機ビデオを見たんだ。そうしたら、舞園さんが所属しているアイドルグループのメンバーが不穏な形で消えていく様が映し出されていた──」

 

 私を標的にした動機ビデオも存在していた。内容は親代わりのおじいちゃんやおばあちゃん、それと学校の友達が舞園同様不穏な形で消えてしまったというものだが──それを見て感じ取る恐怖の度合いや衝撃をぶつけられるメンタルの強さというものは、私と舞園では違うのだろう。

 私は、まだ、ビデオを見ても心を保っていられた。

 けれども舞園は、ビデオを見ている途中で叫び声をあげて泣きじゃくるほどだった。

 

 ただ一言にメンバーが消えたといっても、その重大さは私には計り知れないものだろう。

 彼女の悲しみや不安を、知ったような口では語れない。

 

「そして、それに対して舞園サンは酷く心を乱していたっていうことだ」


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