阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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006 (非)日常編

 四日目。

 

 何だか今日は、嫌なことが起きるような気がした。

 それはもはや直感に限りなく近く──いや、そのものであり、確証や根拠というものは一欠片も持ち合わせちゃいなかった。女の勘──というよりかは、虫の知らせ、といった感じだ。

 ──正確に言うなれば特別嫌なことが起こる気がした、かもしれないな。

 実のところ、嫌な予感というもの自体は四日前から全身を通じてひしひしと感じている。この学園で目を覚まして以来、こういった感情に襲われない日はなかったのだから。

 

 いつだって、予感はしていたのだ。

 いつだって、嫌な気分ではあったのだ。

 

 けれども、だけれども、今日だけは特別に嫌なことが起きるような気がしたのだ──予感が、現実のものになってしまいそうに思えて仕方がなかったのだ。なんだろう、嫌なことに、朝から心がざわつく。なにかが慌ただしく、私の奥深くを騒ぎ立てる。

 

 冷や汗がふつふつと浮かぶ皮膚を軽くタオルで拭えば、私は外に出る支度をし始めた。

 

 別に今日は予定もないし、部屋でゆっくりするというのもアリなのだが……と普段なら言えただろう。しかしそう言えないわけがある。なぜ支度をしているのかといえば、それは、今しがたスピーカーから流れた校内放送が関係している。

 

 体育館に集合しろ──

 

 そういった趣旨を含む、いつもとどこか様子の違ったモノクマの目覚ましはなんとも気分が悪いものである。

 今日という一日において最も強く感じる嫌な予感が、妙な現実味を帯び始めた。

 

 陰鬱な雲に心を覆われながらも、私は体育館へと向かいつつあった。食堂で朝食を取ってからでも良かったのだけれども、既に何人かが体育館の方へと歩いて行くのを通りすがりに見てしまったため、その考えはやめにした。モノクマからの招集に遅れた時に何があるか分かったものじゃないからな。

 

 怖い怖い。

 

 ちなみに、道中舞園と苗木の部屋にも立ち寄ったのだけれど、二人とも支度中で「先に行っておいてほしい」との意見があり、今、私は一人である。苗木の部屋の前に石丸がいたりしたけれど、一体どうかしたのだろうか? 殺人鬼うんぬんと言っていたから物騒なことに違いはないのだが……。

 

 体育館の扉を開けば中には既に何人かの人がいた。数にしておよそ十人くらいだろうか──舞園、苗木を含めて、まだ五人ほど来ていないようだ。扉の開く音に反応してか、到着していた者たちからの視線が一度はこちらに集中するものの、すぐにそれは散らばった。

 朝のアナウンスで唐突に呼び出され、みんな警戒しているのだろう。注意力がいつもより増しているということが感じ取れた。

 

 んー。

 

 五分ほどすると、まだ来ていなかった人物たちも体育館に現れ始める。その中には舞園や苗木も含まれており、ようやく全員が揃ったようだ。

 それを何処(どこ)かから見計らってか、三日前に行われた入学式と同じようにしてモノクマが教壇へと登場する。

 飛び跳ねるようにして壇上へと降り立ったモノクマは、どこか怒り気味だ。

 

 機械が怒り気味というのはどこかおかしいような?

 

 ともかく、モノクマは何かに対して怒っているようであった。

 触らぬ熊に祟りなし。私たちは目の前に存在する機械の態度が悪いということに気がつきつつも、しかしそれに対して口を出すことはない。

 すると、そんな様子を物ともしないようにモノクマは話を始めた。

 

「もうっ! 今何日目だと思う? 四日目だよ! 四日目!」

 

 必死に教壇を叩く姿がどこか愛くるしいな……。そういう趣味はないのだが。

 

「……はあ、正直ボクはガッカリだよ。ちゃっちゃとコロシアイをしてくれればいいものの……。どこかのピンク髪の高校生なら、四日もあれば世界の半分以上は壊滅させてるよ? ったく……、最近の若者は勢いが足りない! ってよく聞くけど、こういうことなのかな? 勢いに任せて、殺しちゃったりしないのかな?」

「しねえよ!」

 

 と、桑田(クワタ)(げき)が飛ぶ。

 それを鬱陶しそうにしながらも、モノクマは続けた。

 

「ともかく! 兎にも角にも熊にも辺にもっ、コロシアイをしてもらわないと困るんだよね! ……でも、ゆとり教育を受けてきた生粋のゆとり世代であるオマエラが、そう簡単にコロシアイをするはずもないか……そこでね、ボク、考えたんだよぉ!」

 

 いやあ、いい先生だねえ、ボクは。なんて的外れな自画自賛を意気揚々と述べつつ、モノクマか提示した案は──案というか、企画というか。ともかくその考えは、コロシアイをさせるには確かに欠かせないなと納得出来るものであった。

 ……いや、納得しちゃ、いけないんだけどな。

 

「動機だよ、動機! そうっ、オマエラには動機という殺しに重要な要素が欠けていたんだよ!」

 

 というわけで、用意したよー。

 

 そんな軽いノリでモノクマが暗幕の裏から取り出したものは、段ボール箱であった。なんだか色んなシールが貼られているそれを私達の前まで運んできたかと思えば(モノクマが運べるということは、中身は軽いのだろうか? それともモノクマが力強いのか)、それを鋭く尖った爪で開封する。

 

 ……ん。

 あれは……DVD、か?

 CDと酷似しているそれをDVDと見分けられたのには理由がある。それは段ボール箱にマジックペンでデカデカと「でーぶいでー」と書いてあったからだ。

 ……一つ一つはよくあるコピー用の白いDVDなのだが、それらが入れられているケースには各々名前が書かれていた。もちろんその中には舞園や苗木、そして私の名前も存在していた。

 

「ジャジャジャジャーン、テーマはズバリ、人間関係! 君たちの親しい仲にある人たちが映ってるだろうから、是非是非見てみてね! あっ、視聴覚室でだよーっ」

 

 そう言い残し、モノクマはいつの間にか、どこかへと姿を消していた。いつも私たちは置いてけぼりだなと、なんとなく思う。いやまあ仲良しといった雰囲気で話し合っていたりするのはあれだけどな。

 学園長と、生徒。

 まあ、想像してみると和みが生まれないことも……ない、のか?

 

 そんな他愛もない妄想よりも、今は動機と呼ばれたDVDである。動機……、それはつまり、コロシアイを起こさせるための火種ということだろう。この学園から出たいと思わせるような、そんな内容があのDVDには焼き付けられているはずだ。そんな内容のDVDを見るべきかどうか……、その選択に、他のみんなも悩んでいるようであった。一部を除いて、だが。

 何人かは一切の躊躇いを見せずに段ボール箱から自分の名前が書かれたDVDケースを取り出し、颯爽と体育館を去っていった。

 私はというと、そんな彼らを見守るばかりである。

 

 ふむ……、なんだか、格の違いというものを見せられた気がする。さすが超高校級というか……なんというか。こういったときに真っ先に行動できる人間が何かを果たすのだろうなと思う。

 

「……どうする?」

 

 と、若干の迷いを含ませた声で、苗木は私たち二人に問いかけた。

 

「そう、ですね……、出来ることなら見たくはないんですけど、見なかったら見なかったらで、何があるか分からないですし……」

 

 舞園が俯きがちになりながらもそう言った。まあその意見には概ね賛成である。DVDの内容がどんなものであれ、それは見なければならないものだろう。私個人としても、見猿聞か猿言わ猿と現実から目を背けるような真似はあまり好きじゃない──とはいえ、コロシアイの動機とやらを見たり聞いたりするような心構えが出来ているのかと言えば、そうではないのだが。

 

「ま、見てみよう。案外えろえろなビデオの可能性だってあるんだ」

「そんな可能性、いりませんっ」

 

 愛想笑いを漏らしながら、私は自分の名前が書かれたDVDを手に取る。それに続いて舞園、苗木もDVDを段ボール箱から取り出した。同調圧力、だったっけ。したくなくって躊躇っていることも、誰かがすれば自ずとするものなのだなと今思う。

 

 視聴覚室というのは案外近かったらしく、玄関ホールの近くに位置していた。

 

「んー」

 

 こういうのはあんまり勝手が分からないのだけれど、ともかく席に着くことにした。動機ビデオと言うからには、内容はそれなりのものであると言うことは確かである。きっとそれは、他人に見られては困るものもあるかもしれない。そういった考えの元、私たちは離れた席に着いてDVDを閲覧することにした。

 

 しかし技術も進歩したものだ。こんな薄っぺらいディスク一枚に、何時間もの映像が収められていると言うのだから──いやなに、私は別にフィルムを使って映画が上映されていたりだとか、マグネシウムが燃焼する際の光をフラッシュにして写真を撮るような時代を生きた人間ではないのだが、しかし生まれながらに身の近くに置かれているDVDでも、素晴らしい現代の技術というものを感じるのだ。それに、最近は小指ほどの大きさのメモリーにより多くの情報が詰め込めると聞くから、今しがた私が例として出したフィルムだとかの例えに打って変わり、DVDが使われる時代が来るかもしれない。

 

 未だ見ることができていないDVDの内容を見るべく、ケースからディスクを取り出し、ひとまず手の上に乗せる。辺りを見回してみれば既に苗木と舞園はヘッドホンをつけており、映像を見始めているようであった。こういう時の速さを見ると、やはり現代っ子だなと思わさせられる。

 

 それに急かされるようにして私はデッキにDVDを挿入し、ヘッドホンを装着した。

 

 電源オン。

 

 しばらくの間砂嵐が画面に映し出されていたかと思うと、見覚えのある風景が広がった。

 

「確か……、ここは……」

 

 見覚えがあるのも当然だろう。むしろ咄嗟に名前が出てこなかったことがおかしい。そこは私がかつて通っていた中学校の校門であり、なおかつその場所には私の親友たちが立っていた。おじいちゃんとおばあちゃんもいた。

 

 一瞬、どうしてこんなところに……? と疑問に感じたが、この様子から察するに、どうやらこれは見送りのメッセージのようだ。希望ヶ峰学園に入学する事になった私に対する、メッセージ。

 私が今置かれている状況をこの映像に映っている中でどれほどの人が理解しているのだろうかと考えると、なんだか不思議な気持ちになった。

 

『やっほー! るがー、元気にしってるー?』

 

 この四日間笑みを浮かべることはあれども安息を得ることがなかった私は、友の声を聞き、自然と心を緩ませ弛ませ、強張りが解けていったように思えた。。手を振ったりだとか、変に飛び跳ねたりだとかをしている友を見ると、なんだか和む。

 スパッツが見えてるぞ、よし、いいぞもっとやれ。

 

 その動機ビデオの内容はあまりに日常的で、動機と名を付けるにはあまりにおざなりなように感じる。もしかしてモノクマはビデオの内容を間違えたのかな? このうっかり熊め。

 

 モノクマに対し茶目っ気を感じていたのもつかの間、突然映像の雰囲気が変わったかと思えば、唐突に画面がプツリと暗転した。電源が落ちてしまったのだろうかとデッキを見るが、再生時間は未だに止まらず秒を刻み続けている。

 

「……不良品か?」

 

 溜息がちにそう言い、頬を膨らませた自分が映り込んでいる黒い画面に目を落とす。そうしていると、再度明かりが付いた。むむ、やはり不良品なのだろうか……。

 一度、違う席に移って見直そうかと思いはしたものの、始まり出したので──続きが始まったので、それは辞めにした。……が、

 

「……なっ!」

 

 続き──と言うには、繋がりがないと言うか、おかしなものであった。先程飛んだり跳ねたりしていた友の姿は何処(いずこ)へ。背景として存在していた我が母校は、ガラスが割れていたり、門に有刺鉄線が絡ませてあったりと、何かあったのではないだろうかと心配にさせられるような雰囲気を帯びている。端の方に見える赤いものが、私の想像し得るものでないことを祈るばかりだ。

 そして、まるでテレビのコメディ番組を彷彿とさせるような演出により促されるコロシアイ──

 そこで、映像は途切れた──

 

 この時点で、心に一つとして不安がないというのは嘘になるだろう。しかし、どこかに大丈夫だろうという彼女たちに対する謎の信頼が存在した。何を根拠にそう思ったのか──それは不明だ。

 

 深く、そして嘆くような息を吐き、私はヘッドセットを外す。……その瞬間だ。

 

 不安と恐怖が入り混じったような悲鳴が聞こえたかと思えば、私の隣を舞園が走り抜け、そして視聴覚室を飛び出していったのだ。それに困惑し視聴覚室全体を見渡せば、舞園を追いかけるようにして走る苗木がいた。

 

「……っ、舞園さんが、ビデオを見て、ああなっちゃって!」

 

 そう言い、苗木は視聴覚室の扉を開けた。

 

「それは大変だ! 手分けして探そうっ」

 

 私は寄宿舎の方を。苗木は視聴覚室のある方を探すことになった。

 しかし、悲鳴を上げてしまうほどの内容……。私の動機ビデオはそうさせるまでの効力はなかったが、しかし、舞園に対しては動機ビデオとしての効力を遺憾なく発揮していたようだ。あのような彼女の取り乱した姿を見るのは、初めてである。……とっても、心配に思えてきた。

 

 コロシアイの引き金として用意されたDVDな訳だから、舞園がなにか不審な行動を起こしてもおかしくない──そう考えると、苗木の身に何かが起こってしまうのではないかという焦りを心に覚えさせられるが、しかしあいつも男だ。舞園もいくらか鍛えているとは言え女子なわけだし、いざ殺さんと襲いかかられたと言えども大丈夫だろう……大丈夫か?

 ともかく、寄宿舎がある方の棟に舞園はいなかった。鍵のかかった個室にいる可能性も少なくないため絶対にいないとは断言しきれないのだが、焼却炉や食堂、寄宿舎の廊下などに舞園の姿は見えなかった。

 

 となると、苗木の方か──

 

 私はそう思い、早めの駆け足で向かう。しかしどこにいるのかは分からないため、私は片っ端から教室やらを開けることになるのだが──

 かなり序盤で彼らを発見することとなった。しかし、ただ、なんとも声をかけづらい雰囲気である。

 

 泣きじゃくる舞園に、それを慰める苗木。

 私が教室の扉を開け中に入ったときには、既にそうなっていた。大体なにがあったのかを想像するのはあまりに容易いことである。

 

「…………」

 

 私はその二人を抱えるようにして、後ろから手を回してやる。

 二人の鼓動と、肩で息をする様子が腕を通じて伝わってきた。

 

「大丈夫だよ、ボクたちが付いてるさ」

 

 そう、舞園に語りかける苗木の言葉に、私はただ頷くばかりであった。




同級生からのメッセージというときに、私は日傘星雨のことを思い出したのですが、宵物語にて日傘星雨のルビが(せいう)ではなく(ほしあめ)となっていたりしました。結構この話は有名?で、物語シリーズ好きなネットの友達からも「なんかルビ違うかったね!」と言われたりしました。

元から存在する(せいう)のルビが正しい!だったり、後から出てきたため最新版である(ほしあめ)が正しい!という意見もあるのですが、個人的にはどちらも語感としては好きですし、どちらでも好きなことには変わりないので、日傘星雨名前のルビによって人格が変わる二重人格者説を推していきたいと思います。

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