001 (非)日常編
軽く、目の前にある扉を叩いた。
その扉には、この部屋の主である彼を模したドット絵のプレートが飾られている。よく似てるなあ、なんて間抜けなことを、彼が出てくるまで考えていた。ちなみに、私の部屋の扉にも同じプレートが存在し、それには私が(ドット絵で)描かれていた。しかしそれに存在する私の左腕には包帯は巻かれておらず、左右対称的なものであったのだ。
となると、そのプレートが作られた後に──私の腕がこうなってしまったのだろうか。
猿の手と──化してしまったのだろうか。
まるで、化物みたいじゃないか。こんな腕。
忘れたくても脳裏にこびりついて離れないそれを抑えるように、私は左腕を包帯の上から強く握った。鈍い痛みがした。
そうこうしているうちに、扉が開く。
「……あ、神原さん」
「ん、意識は戻ったみたいだな。苗木。あの後は大変だったんだぞ? 君が気絶しちゃったから」
「ああ……。そっか、僕、気絶しちゃってたんだね」
申し訳なさそうに姿勢を丸めた苗木は、苦笑いを浮かべながら頭をかいた。ただでさえ私より身長が低いのに、その姿はさらに縮こまって見えた。
そんな苗木の肩に手を置く。
「大した怪我をしてないみたいだし──いや、気絶こそしたが。ま、いいじゃないか。それより、そろそろみんなが食堂に集まる時間だろうから、一緒に行こう。舞園もきっと待っている」
「食堂……? あ、そっか。もうそんな時間……」
あまり元気がなさそうな苗木の前に立ち、私は誘導するようにして食堂へと向かった。
そして、体育館でのモノクマとの初対面があったり、コロシアイ
まず、苗木が気絶したということ。
そして、この施設をみんなで探索しようということになり、いくつかのグループを作って施設を探索し、出口を探したこと。
まあ、私と舞園、それから大和田に関しては、苗木を部屋まで運ぶ必要があったため途中から探索を始めたし、一部の人たちは探索を行っていなかったようだが(食堂でくつろいでいるのを見かけた。単に休んでいただけかもしれないけれど)。
それを聞いていた苗木は、申し訳ないことをしたなあ、迷惑かけちゃったなあと言った表情になっていたため、
「そう、気にすることはないぞ。苗木はなにも悪くないんだし」
と私は言うのだった。
私はこれといった手柄が無かったが、他の誰かが何かしら成果を出してくれているだろうと、自分にしては珍しく安直で他人任せな考えをその時は持っていた。
食堂へと向かう道中に誰ともすれ違わなかったところを見ると、もう既に食堂に集まっているのだろうか? それとも、まだ探索の最中なのかもしれない。
なにはともあれ、何事もなく食堂に到着したため、私は観音開きの扉をゆっくりと開けた。
「──あ。苗木くんに、神原さん。体の調子は大丈夫でしたか? あんなことがありましたけど……」
ちょうど厨房から出てくる舞園がそこにはいた。まあ、食堂が集合場所なのだから何ら不思議なことは無いのだが──しかし、食堂を見渡して見る限り、他には誰もいないようだった。
食堂の時計を見上げてみると、集合時間までまだ少し余裕があることに気がついた。なるほど。どうりで食堂付近にも関わらず人がいないわけだ。
「うん。ボクは大丈夫だよ、それよりありがとうね。お世話になっちゃったみたいで……はは、情けないなあ」
「いえいえ、いいんですよ。助け合いです、助け合い! それに、苗木くんは情けなくなんかないですよ。私、ちゃんと知ってます」
「そうだぞ。苗木は気にすることなんてない」
しかしどうしたものか。大和田はカッとなって苗木を殴り飛ばした──そりゃ、いきなりコロシアイなんて単語を聞かされたり、危うく自分が死ぬかもしれなかったわけだから混乱していたのだろうけど。これからの生活、いつまで続くか分からない、終わりの見えない今の状態が続いていると、やはり、再度混乱することもあるだろう……。
それは、大和田に関わらず他のみんなにも適用される。例外もれなく私もだ。
うろ覚えだが、密閉空間に人を閉じ込めた際、十七日ほどで気が狂い始めたなんてことを聞いたことがあるような気がする。
十七日。
不確かな記憶なために、それが確かな数字かどうかは自信を持てないが、約半月。
約二週間。
うーん。どうなんだろう。
現実逃避が故なのか、それともただ私が呑気なのかのどちらかなのだが、私はただ単純に、素朴に、食料が足りるのかどうかと思い悩んでいた。
なんせ、十六人いるのだ。いくらなんでもずっと食料を供給できまい。となると、私の死因は餓死になってしまいそうなものだ。いや、それよりも前に誰かが助けに来てくれるだろう。自意識過剰気味だが、一応私はあの有名な希望ヶ峰学園の生徒なのだ──それに、私だけじゃ無い。御曹司とか、アイドルとか、各界で有名な人がたくさんいる。
そんな人間が姿を消すのだから、どんな些細なことでも取り上げるようなマスコミが取り上げないはずがない。騒がないはずがない──
まあ、誰かが誰かを殺すようなことなんて、流石に起きやしないだろし、大丈夫かな。
そう、楽観視するのであった。
そういえば、そろそろか。
集合する時間も近付いてきたなだなんて、チラと扉を見た。
すると、扉が開いて。
「……む。苗木くんに、舞園くんに、神原くん。」
後ろ手で扉を閉めながら、石丸が入ってくる。
「てっきり僕が一番乗りかと思っていたが……ぐぐぬ、先着がいたか。次は僕が一番を取らせてもらうぞッ。はっはっはっ!」
「あはは……」
苗木が困惑してるじゃないか。まあ私も少し苦笑い気味なのだが、それでも笑顔を浮かべる舞園はさすがというか、なんというか。
「ところで苗木くん。さっきは体育館であんなことがあったが──特に異常はないか?」
「う、うん。ちょっと倦怠感が残ってるけど、疲れてただけだと思う。痛いとかはもうないよ」
「そうかそうか、それは良かったっ」
時間となる頃には、大半の人間が体育館へと集まっていた。半分ほどが時間の前に余裕を持って到着し、後はポツポツと食堂へと来るのだった。
一分や二分、五分十分。更に時間が経過するものの、一向に姿を現さない人物がいた。あまりみんなに対して協力的ではない人間でさえ(時間に遅れてはいるが)来ているというのにもかかわらず、こうまでも遅いと何かあったのではと心配になる。
眠っていたり、食堂の場所が分からないなんていう可愛らしいことが原因であればいいのだが──
「ぐむむ、遅いな……一体何をやっているんだ」
流石にもう待っていられないとのことで、第一回目の報告会は一人欠席という形で幕を開けた。
「ではまず! 僕から行かせてもらおう」
そう、意気込んだ声で名乗りを上げたのは石丸であった。
「大発見だ! 大発見。なんと、寄宿舎を発見したっ。それも人数分だ!」
「あー……うん、知ってる」
「な、なんだとっ?!」
さっきの元気はどこへやら。石丸は肩を落とし、徐々に小さくなる声で次誰かいないかどうかと発表を促す。なんか、ドンマイって思った。
その次に発表するというのは、雰囲気が雰囲気だしなかなかどうしてキツイものがある。しかしまあ、いつまでも黙っていちゃ始まらないと悟ったのだろうか。健康な褐色肌の女子──確か、朝日奈といったか。彼女が口を開いた。
「あのね。教室とか、いろんなところの窓に設置されてる鉄板があるでしょ? あれを外せないかなってさくらちゃんと叩いたりして回ったんだけど、ビクともしなかったんだ……」
さくら……ちゃん? そんな子いたっけ──
私の言葉を代弁するように、ド派手な格好をしている桑田が言った(あれでも野球をしているらしい。あれでもというのは、彼は髪型が坊主ではなくチャラ男風なのだ。……いやまあ、野球少年がカツオくんよろしく皆共々坊主なわけじゃないんだろうけど)。
「さくらちゃん……? そんなやつ、いたか?」
「……我だが」
一瞬、場が凍りついた。いや、結構長い時間その緊張感は続いていたように思える。気まずいというか、「アイツ死んだな」感というか。
「は、はっはっは! ま、まあ名前なんてどうでもいいじゃないか! しかしそうか、大神くんの力を持ってしても開かないとなると……」
「ちょっとっ、さくらちゃんも女子なんだよ! やめてよねっ」
「完全にあれはオーガだべ……」
「むう……」
閑話休題。
ともかく、その後は各々が調べていたことについて話し合った。中には何もしていなかった──と言う人もいたが、しかし、誰の情報を取っても有力なものは一つとしてなかった。
残ったのは、どうしようもないと言うやるせない気持ち。
外に出られるかもしれない──と言う希望を潰し、私たちは外に出られないと言う結果を得たのだ。
中に入ったのだから、必ず出入口があるはずなのだが──それはきっと、あの厳重な鉄の塊のような扉がある玄関ホールなのだろう。
「これで全部……か」
収穫なし。
それが、第一回報告会の結果だ。
食堂には、暗い空気が流れていた。それはとてもどんよりとしている。息が詰まりそうだった。
そんな中、遅れたことに対し悪びれることもなく食堂に入って来た者がいた。
「……なにも見つからなかった、といった感じかしら。この雰囲気を見た感じだと」
霧切であった。なにかを手に持っているように見えたが、彼女は食堂へと入る動きそのままで空席へと向かう。
「私も、特にこれといったものはなかったんだけど──」
その手に持つ何かは、どうやらパンフレットらしかった。今いるこの施設のパンフレット──希望ヶ峰学園と、それには銘打たれていた。
ああ、そういえばこれ、私も持ってるなと。体育館の場所が分からなかったから使った覚えがある。
「この施設の……校内、と言えばいいのか分からないけど、地図が載ってた。電子生徒手帳のものと酷似していたから、このパンフレットがもしも本物なら──」
ここは希望ヶ峰学園なのかもしれない。
非常に落ち着いた声で、霧切はそう言った。