阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 体育館に入る。

 最初の方に玄関ホールを出た者は既に到着しており、私たちより後に出発した者は続々と体育館に現れた。

 

 少し変なことを言うが、体育館は思っていたよりも体育館だった。

 壇上の両サイドには深い藍色の暗幕が垂れており、また隅の方には錆び付いた金属製の棚にたくさんのバスケットボールが置かれていたり、バスケのゴールが四方に設置されていたりと......。

 

 パイプ椅子が人数分並べられているところを見る限り、きっとここに座るのだろうけれど──皆、警戒をしていて座ろうとするそぶりを見せなかった。

 集団心理というものが日本では強く蔓延(まんえん)していて。その実、私も例外無くそれから強い影響を受けている。そのため、この場にいる彼らが座らないのなら、立っているのなら私も立っていようかと、なんともなしにパイプ椅子には座らずにいた。

 

 最後の一人が出入り口の扉を閉めたときだろうか。その鉄と鉄がぶつかる鈍い音と示し合わせたかのように、先ほどのようにスピーカーから錆びた金属が(きし)むような音が聞こえた後、ポップな音が流れてきた。突如鳴り出したドラムロールは、壇上からけたたましく響く。自然と意識がそちらに引き付けられ、思わず目線を向けてしまう。

 

 私たちの間に、緊張が走った。

 

 ある者は音源である壇上をただ見つめ、ある者は少し驚いたような態度をとる。私はというと、半々といったところだろうか。驚いてはいたのだが、それを表に出すことはなかった。

 

 スパッと切るようにドラムロールが止まると同時に、壇上の奥から何か白黒の物体が飛び出してくるのが見えた。思わず身構えたが、それがこちらに飛んでくることはなく、上に高く飛べばそのまま下に垂直落下した。最初から用意されてあった椅子に踏ん反り返るそれは、左半身が黒、右半身が白という、どこぞの平成仮面ライダーを思い出させる(あれは黒と緑だけど)カラーリングだが、本体はまるでヌイグルミのような熊であった。

 

「オマエラッ! 全員集まってるな? それではっ、入学式を行いたいと思います!」

 

 やたらと元気に、かつ上から目線でものを言うなと思いつつ、私はその様子を見ていた。

 

「えー。まず始めに、この学園の理念として、オマエラ超高校級の生徒──つまり、希望の象徴は、大切に大切に守らなければなりません! そこで、オマエラにはこの学園で暮らしてもらいます! 期限は一生! 異論は認めませんし、この学園から出すつもりもありません!」

 

 当然の事ながら、私達の間でどよめきが起きる。事実私も何かを呟いていたと思う。無意識に、かつ自然に漏れ出した言葉であるために──また、彼らの声に掻き消されたがために、それを私が認識することはなかったのだが。

 

 しかし、これは一体……。

 

「しかし、ゆとりだのなんだの言われているオマエらが、外の世界に出たいと言う気持ちを強く強く、抱いているということをボクは、強く強く理解しています……。そこでっ、“卒業”という形をもって、この学園の外に出ることが出来るようにしましたっ!」

 

 そこまで言うと、そのヌイグルミは小さく咳をして(どういう仕組みなのだろう)「そういえば、まだ自己紹介してなかったね」と言った後に、モノクマという名前と、この学園の学園長である──という、なんとも馬鹿げたことを述べた。

 

 そして、私の中に一つ、考えが浮かんだ。考えというか、なんとなく思ったことだけれども、これって実はドッキリなんじゃないかって──希望ヶ峰学園が新入生歓迎会みたいな感じで大掛かりな仕掛けを施していたんじゃないだろうか──と、思った。

 

 だって、おかしいじゃないか。ヌイグルミが喋ったりなんて──まるで緊張感がない。

 

「そして、その卒業の条件ですが……“秩序を乱すこと”です!」

 

 秩序を乱す……か。あまりそう言ったことはしたことがないが、そういう類の人間を生で見たことはある。あんな田舎で見られるような類の秩序の乱し方であれば、私にもできそうなものだな──と思うが、これから新入生として高校生活を歩む私たちに、そんなことをさせて学園側は大丈夫なのだろうか?

 

 私達の中には、札付きのワルのようなやつだっている。下手すれば、謝って済む、警察がいらないといった事態程度では済まない可能性がある──いや、それは考えすぎというものだろうか? それともやはり、何かしらのルールが決められたりするのだろうか?

 あるにしたって、おかしな事態であることに変わりはないのだが……。

 

 それとも、私たちは試されているのだろうか? いかなる状況であろうとも、正常さを保つ者のみが希望ヶ峰学園に入学できる──みたいな。

 

「その秩序を乱すという行為は、とどのつまり人を殺すこと! 殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……殺し方は問いません。殺し殺され血で血を洗い死への恐怖を死で拭う……。今、この瞬間からスタートです!」

 

 得意げに、モノクマは言った。

 

 は……? コロシアイ……?

 物を盗むだとか……。暴力を振るうだとか……。そんなのなら、いやそれだとしてもかなりの行為ではあるものの、まだ取り返しのつけようがある。──しかし、殺す。という行為は、たとえどんな人がいたとしても──取り返しがつかない。取り返しのつきようのない。

 

 道徳的にも、人道的にも、信じがたい話であった。……いや、信じるのも馬鹿馬鹿しい話、か。

 

 そう思い、私は他の者たちの表情を伺うようにして辺りを見回す。すると、彼らの顔色は人それぞれではあるものの──総じて、良くないものではあった。決して楽しそうだとか、そんな表情は一つ足りともなく、余裕ぶった表情をしているものは一人を除いて誰一人いなかった。

 みんな、不安そうだった。きっと私も、心の中ではこんな風に考えてはいるものの──しかし、とはいえ表情に不安の色は濃く浮かんでいるのだろう。

 

「コラァ! ふざけるんじゃねえ。コロシアイだぁ? そんなことしてたまるかっ」

 

 と、いかにも不良の格好をとり、今では漫画界でさえ絶滅してしまったのではないかというようなほどのリーゼントを携えた彼が、モノクマに向かって叫ぶのであった。

 

 ズンズンと緊迫した空気を切り裂き前へと進み、やがてモノクマを鷲掴みした。彼は手中に収まったそれに向け、睨みを効かす。ヌイグルミ──いや、あんな動きをしているのだからロボットと形容するが相応しいのだろうが──を睨むなんていうのは、はて効果があるのだろうか? と、私は首を傾げかけた。

 

 突如としてモノクマは黙りこくり、変わって謎の安っぽい機械音声がけたたましく鳴り始めた。それは確実に大きく鳴りつつあり、音も音との間隔もだんだん狭まってくる。

 

 それはまるで警戒音のようで──

 

「──早くそれを投げて!」

 

 凛とし、かつ芯のある声が体育館に響いた。

 

 リーゼントの彼は戸惑いながらも、モノクマを元々あった場所の方へと力強く投げる。

 

 刹那。鼓膜を引っ掻くような爆発音とともに、私の体を爆煙と熱風が包んだ。髪は激しく揺れ、目も開けられない。一体何が──頭の中では未だに爆音が残響しており、ビリビリとした感覚が脚へと届く。

 

 鼻をツン付くような火薬の臭いを感じながら、私は恐る恐る爆音の元へと目をやった。

 

 床は黒く煤けており、また、体育館の隅の方にはモノクマらしき破片が転がっている。これはこれは……。

 

 リーゼントの彼は驚いたと言わんばかりに目を丸め、立ち竦んでいた。私たちも似たような反応を取っており、あまりの衝撃に悲鳴すら出なかった。

 

 そして、私は呟くように言った。実際、それは自然に口から漏れた言葉である。

 

「もし、少しでも投げるのが遅かったら……。それ以前に、投げてなかったら……」

 

 彼は死んでいた。

 

 急激に、コロシアイという言葉のリアリティさが加速する。良くテレビのバラエティ番組で見るようなドッキリでも、火薬は使われる──しかし、あんな至近距離で……さらに、あれはいくらなんでもドッキリで済ませられるような火薬量ではないように思えた。

 

 それを他のみんなも悟ったのだろう。明らかに、空気が変わったように思える。

 

 そんな緊迫感をぶち壊しにするような声が聞こえた。

 

「……ちえっ、せっかく爆発したのに、怪我ひとつないなんて……ま、ボクが殺したいってわけじゃないから、いいんだけどさ。学園長に対する暴力行為は校則違反だよ!」

「わっ、また出てきたべ」

「そりゃあボクは、一人であり複数体だからねっ。どこぞの世界に一人で十人分の体を駆使するような殺し名の人間がいるように、ボクもまた色々な体を持っているんだよ。あんなボクやこんなボクも……あっ! ここから先は有料コンテンツだよ!」

 

 気味悪く頰を赤らめ、体を奇妙にくねらせながら(セクシーだとでも思っているのだろうか)モノクマは言った。それに対し発言していた男子──葉隠とか言ったやつは、血の気が引いたような顔で遠慮するような言葉を放つ。

 

「ともかく! 期限は無期限! 外に出たけりゃ人を殺せ! ……ってことだよ。流石のオマエラでも理解はしたよねっ?」

 

 そう言って、モノクマは、私たちに液晶のパネル? を配った。

 恐る恐るそれの画面を触れてみると、ほのかな明かりが灯る。希望ヶ峰学園の校章が画面に映った後、私の名前が浮かび上がった。

 

「それはオマエラの電子手帳だよ。携帯電話なんて便利な機械が当たり前のように流通しているこの世の中ではお世辞にも便利とは言えない代物だけど、この学園に関することだったり、校則とかが載っているから、目は通しておいた方がいいかもねっ。命を無駄にしたくないならさ……」

 

 それじゃ。と、モノクマは急に姿を消した。

 音もなく現れ、そしてまた消える。だというのにも関わらず、モノクマは私たちの心の中に確かなものを残していったのだ。

 己の将来に対しての不安。

 更には、その将来が果たして明日あるのだろうか──突如として見知らぬ場所に縁も繋がりもない人々と閉じ込められ、更にはコロシアイ──まるで冗談みたいな話だし、事実冗談であってほしい話でもある。

 

 嫌なものだ。

 そもそもこんな話、真に受けるのは馬鹿馬鹿しい──と、割り切れたらどれだけ楽だろうか。どれほど幸せだろうか。

 

 体育館には、暫しの静寂が訪れた。

 確実に、時間は経って行く。

 しかし私たちの関係は膠着したままであった。

 

 そんな中、先程リーゼントの彼に対しモノクマを投げるようにと指示を出した女子が言うのである。

 

「……まずは、校則を確認することが一番よ。無闇やたらに行動して、校則を破り、さっきみたいなことになったら──堪らないもの」

「……ああ? 俺のことを言ってるのかっ?」

 

 リーゼントの彼が言う。すると、いかにも文学少女といった風体をした女子が、

 

「アンタ以外に誰がいるのよ……」

 

 と呟く。しかしこの静かな体育館では、それはとてもよく聞こえるためにリーゼントの彼にも聞こえたのだろう。

 

「うるせぇ!」

 

 と、一喝されていた。

 

「まあ、そうですわよね。わたくしも命が大切ですし、変なことをされてそれを失うなんてことがあったら、笑い話にもなりませんわ」

「あぁ?!」

「……はあ、なんで突っかかってくるのか分かりかねますが。なにか異論があるならお一人で勝手に行動して、危険な目に会えばよろしくって? 馬鹿は死んでも治らない──と言いますが、それなら治るでしょう」

 

 挑発的な態度をとるゴスロリ服の女子に対し、リーゼントの彼は今すぐにでも殴りかからんと拳を握り締める。しかしすんでのところで留まり、その拳を見つめながらリーゼントの彼は言うのであった。

 

「……俺は、男の約束をしたんだ。だから、まだ死ねねえ……」

「ということは、静かに黙って校則を確認する、ということですわね?」

 

 ゴスロリ服の彼女からの問いかけに、リーゼントの彼は黙って頷いた。

 

 ──校則の内容は、ある一点を除けば安易に想像できるような内容であった。ただ引っかかったのが、六つ目の校則だった。

 

『仲間の誰かを殺したクロは"卒業"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。』

 

 いや、別に、私は誰かを殺そうだなんて考えちゃいないのだけど、知られてはいけない──というのは、どういうことだろうか。てっきりバトルロワイヤルみたいなことを予想していたのだが、こうなってくるとまた違うように思えた──知られてはいけない。このような閉鎖空間で、そのようなことが可能なのだろうか?

 

「ところで、なんだけど」

 

 凛とした声の女子が言った。

 

「この施設──あのヌイグルミが学園長って言うくらいだから、学校を基にした場所なんだろうけど……探索、するべきなんじゃないかって思うのよ」

「確かに、その通りだ」

 

 私は頷いた。

 するとゴスロリ服の少女が言う。

 

「──面倒臭い。わたくしはそんなこと、しませんわ。皆さんでお好きなように」

「いや、なんでだよ」

 

 リーゼントの彼が突っ掛かる。

 

 一触即発か──緊張感が、私たちの間に走る。

 それを割って入るようにして、苗木が間に入った。

 

「や、やめなよ」

「ああっ?! うるせぇ!」

 

 次の瞬間見えたのは、リーゼントの彼に殴られ宙を舞う苗木の体だった。

 

 ああ。


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