阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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連続投稿のため、本日2話目です。まだ1話目を読んでない方は、ちあきトラップ15をお先にお読みください。


016

 大急ぎで、僕は体育館外へと向かう。やっとの思いでたどり着くと、みんなは学年ごとに縦一列で並んでいた。前列が一年生、二列目が二年生、最後の列に三年生だった。体育館に入ると舞台の上にあるひな壇に立つが、その際は一年生が一段目、二年生が二段目、そして三年生が最後の三段目に立つことになっている。

 

 足音を消すほど余裕がなかったため、かなり大きめに足音を僕は鳴らしていて。

 それがキッカケでか、同級生のやつらが「遅いぞ」「どこに行ってたんだ?」と、やたら興奮したノリで言ってくる。

 僕は軽く手を挙げながら、悪い悪いと軽く返し、自分の立つべき場所に立つ。本来、こういった場合は出席番号順なのだが、茶話会くらい自由にしようと、ひな壇にたった際、各々が仲の良い人物の隣に立つように並んでいる。

 

 そして僕の両隣には、友達が立つ。

 一年前では、考えられないことだった。

 

「あら、阿良々木くん。遅かったじゃない」

「阿良々木くん、ダメだよ。こんなに遅れちゃ。基本15分前行動じゃないと」

 

 戦場ヶ原はやたらと挑発的に、羽川は僕を叱るような態度で、階段を上る僕を出迎えてくれた。

 

「悪い悪い、少し老倉と話をしててな。寸前まで説得してたんだが──ま、それが遅れた原因ってわけじゃない」

「そう……てっきり、七海さんと一緒にいたのかと思っていたけれど──老倉さんといたの」

「……七海? もしかして、七海はまだ来てないのか?」

「そうなのよ、七海さん、どっかいっちゃったみたいで──七海さんに限って、時間を忘れて……なんていうのはないと思うんだけどね」

 

 急用でもあったのかな──と、羽川は心配の色を見せる。

 

 僕自身も、七海がまだ来ていないということに驚きを感じており、どうかしたのだろうかと不審な思いが心に浮かんだ。少し外の風が吸いたいと言っていたが──そのまま、心地よくなって眠ってしまったのだろうか?

 

 何はともあれ、あの七海が遅れるなんてのは考えにくいことだし、きっとなにかサプライズでも仕掛けているのだろう。

 自分にそう言い聞かせ、僕は開きつつある体育館の扉の向こう側を見つめた。

 

「──生徒たちの、入場です!」

 

 八九寺先生の、声が聞こえた。きっと、羽川に代わって司会をしているんだろう。そして、三年生の列が動き出す。一歩遅れて僕も動き出し、体育館の扉をくぐった。

 その先で僕らを出迎えてくれたのは、沢山の歓声と、耳を痛めるほどの甲高い拍手であった。少し、心地が良かった。体育館の中は薄暗く、僕らが通るところがピンポイントでライトアップされていた。

 

 観客の間に設けられた花道を通り、舞台の方へと列をなして進む。ひな壇を上り、僕らは着々と位置につく。全員揃ったことを確認すれば、花道を照らす光は消え、転じて舞台が酷いほどに明るく照らされるのであった。

 

 僕はその眩しさに、少し目を細める。

 もし僕が吸血鬼なら、一瞬にして灰になってしまいそうだと、少しにやけた。

 

 そして、生徒会長である羽川翼が、マイクを片手に声を出す。

 

「今日の茶話会、楽しんでいただけたでしょうか。私たち生徒の一年の成果を──そして、学年が終わる……私たちに三年生にとっては、高校生活が終わってしまう……。そういった悲しみを抱きつつ、最高の思い出を作るべく、ただ単純に楽しみたいというだけで行ったこのパフォーマンスの数々、楽しんでいただけたでしょうか!」

 

 観客の席からは、楽しかった……、応援する……、成長したな……、とても良かった……、見直した……、といった、保護者たちからの数々の声が溢れんばかりに発せられた。その中には、泣く者もいた。

 

「これからも、私たちの活動は続きます──希望ヶ峰学園という枠にとらわれることなく、続きます。どうか、盛大なる拍手で私たちを応援してください!」

 

 わあっと、割れんばかりと歓声と拍手が起こる。

 

 僕は少し微笑んで、肘で羽川の腕を小突いた。羽川も、少し笑って僕を小突き返した。

 そして、薄暗い観客席には、僕の父と母と、そして火憐ちゃんに月火ちゃんの笑顔が見えた──

 

 とても、幸せだと感じた。

 この時が永遠に続くことはないが、しかしそうであるように願いもした。

 本当に、これが最高の幸せであると思った。

 心から、不安などを忘れられた。

 そして、心の隅で、この時がいずれ終わってしまうという絶望を感じた。

 

 なにごとにも終わりが来る──ふと、江ノ島の顔が頭によぎった。なぜだろう。少しばかり疑問を感じたが、それをどうでもよくさせるほど、僕は気分が良かった。

 

 そして、この流れで行くと、次は一、二年生による三年生へ向けてのビデオレターだ。僕たち三年生はひな壇を降り、観客席の方へと回った。

 

「さ、三年生の皆さんっ。茶話会も終わりということで、僕たちからのサプライズメッセージ──もとい、茶話会をさらに楽しんでいただこうという、動画を作りましたのでっ、是非ご覧ください!」

 

 あれは──確か、生徒会副会長の石丸だっけか。やたら緊張しているが、真面目な彼らしいといえば彼らしかった。

 

 途端に舞台は暗闇と化し、スクリーンの降りる音がする。そして、一、二年生も観客席の方へと降りてきた。

 

 明るくなったかと思えば、『三年生の皆さんへ』と丁寧な字で書かれた(およそ察するに、副会長の石丸が書いた字だ)タイトルが浮かんできた。

 まるで卒業式みたいだなと思ったが、内容はそういった堅苦しいものとは違うようであり、一年生から出席番号で順当に、一発ギャグやショートコントなどのお笑いから始まった。やはり素人なためにお寒いものでもあったけれども、身内ネタなため、それぞれの知り合いはゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。特に、十神がかませメガネといじられていたところは、あいつも少しは丸くなったんじゃないかと思わせてくれた。無論笑ったし、当の本人はどんな表情をしているのかと少し表情を見てみれば、無表情でじっとスクリーンを見つめていたため、さらに笑いがこみ上げてきたのは言うまでもない。

 

 そして、最後に、何かあるらしい。

 一瞬画面が点滅し、ポップな感じのテロップで、『一方その頃…』と出た。

 

 僕ら三年生と、保護者たちはさらなる期待を感じていたのだが、どうも様子がおかしく、先生たちと一、二年生が少しざわつき出した。

 

「──どうか、したんだろうか?」

 

 両隣の、二人に尋ねる。

 

「さあ?」

「私もちょっと、分からないかな……。でもちょっと、用意した側の反応がおかしいよね……」

 

 僕は眉をひそめる。

 

 そして、そのテロップが映る画面も変わり、とある教室の風景が映し出された。夕陽に照らされてか、赤く、紅く、染まっていた。

 

 ガタリという音とともに、画面が動いた。その挙動や画質、音質などから察するに、どうやらホームビデオか何かで撮影しているらしい。

 

『ジャーン、アタシ様からのサップルァァイズッ! いやー、手がかかっちゃったけど、ほんっと、アタシって優しいんだからっ。飽き性だってのによくやったと思うわーほんと、ね? お姉ちゃん』

『うん……、そうだね、盾子ちゃん』

 

 ガラス窓を背景に──というか、僕らが今いる体育館を背景に、江ノ島は喋る。どうやらその隣に戦刃がいるらしく、画面の端に少し、手が見えた。

 

『ちょおっとお姉ちゃん、これ持ってて』

 

 江ノ島は戦刃にカメラを渡したらしく、使い方がわからないよだなんて気弱な声が聞こえてくる。しかしカメラは一切ブレていないところは恐れ入る。

 

『だいじょーぶだいじょーぶ、持ってるだけでいいの! ……さて、本題に入るけど』

 

 江ノ島は、グイッとカメラに顔を近づけ、こう喋った。

 

『あ、ちなみにこれ録画だから、この映像をみんなが見る頃には、アタシはこの教室にいないんだけど──』

 

 お姉ちゃん、カメラこっちに向けて。と、小声で江ノ島が言う。こうして姉妹で何かをしている場面を見ると、少し和んだ。戦刃の可愛さと言うものが映えるように思えた。

 

 しかし、そんな和みすら──可愛さすら、吹き飛ばすような衝撃が──絶望が、画面の先に写っていた。

 

『ねえっ? どう? 女子高生誘拐してみた、なんつって!』

 

 そこには、拘束状態にある七海が写っていた。

 足は手錠のようなもので身動きが取れないようになっていて、後ろに回っている両腕も、おそらくそれと同じ状態であり──口はガムテープで防がれ、そして、さらに追い打ちをかけるように、日向が──カムクライズルが、包丁を片手に七海の首根っこを掴んでいたのだ。

 

『こうなったらもう……やるしかないっしょ、女子高生殺してみたっ』

 

 キャルルンとした江ノ島の態度を疑うと同時に、これがサプライズであると──ただのタチの悪い、学生ゆえの若気の至りというドッキリであるはずだと、心から祈った。祈るだけだった。

 

 祈るだけではいけないと、僕は硬直した筋肉を動かし、立ち上がった。

 他のみんなの様子を見てみると、恐れに飲まれ、驚きや、七海が危険な状態にあるという恐怖に打ちひしがれているように見えた。

 

 先生たちは大きな声をあげ、今すぐ映像を中止しろ、今すぐに教室に迎えなどを叫ぶように言うが──なっ?!

 

 いつの間にか、体育館内に見知らぬ集団が現れ、それらの行く先を塞いでいた。どこかで見たことがあるような──白と黒の、クマのお面を被ってだ。こんな状況で僕は七海の元へと行けるのだろうか──考えても無駄だと、僕は舞台の方へと駆ける。その瞬間、スクリーンは暗転した。否、ところどころ見えるところが残っており、さらにほんのりとその奥には赤い色が見える。──これ以上は、考えたくなかった。

 

 舞台裏へと滑り込み、とにかく、走った。どうやら奴らは舞台裏の方まではいなかったらしく──否、まだ来ていなかったらしく、なんとか僕は体育館を抜け出すことができた。

 

 あっちには影縫先生がいるし、羽川もいる。きっと──安心していいはずだ。

 

 そうして僕は、全力で走るのだった。ただ、ひたすら、夕日を背に、七海がいるであろう校舎へ走った。

 最悪のサプライズだった。




本日21時、0時にちあきトラップ017、018を投稿予定です。
最終話と例の後日談ですので、読んで見てください。

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