阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 待ちに待った茶話会が、いよいよ今日開催する。

 みんな朝早くから最終確認のリハーサルを行い、また会場となる体育館の飾り付けに欠損がないか、来客者の席に不備がないかの点検なども行い、とうとう本番を迎えることとなった。

 

「にいちゃん。確か、にいちゃんも出るんだよな? 茶話会!」

 

 火憐ちゃんはどうやら朝早くから起きていたらしく、ついさっきまでランニングをしていたせいか(なぜか神原と一緒に)若干汗ばんでいて正直なところ近寄りたくないのだが、家族を会場まで連れていかなければならないという決まりのために、僕はぎこちない表情で先導していた。

 

「ああ……まあな、期待はしないでくれ」

「へー、おにいちゃんも出るんだね」

 

 月火ちゃんは月火ちゃんで……まあ、相変わらず浴衣を着ている。西園寺なんかと趣味が合いそうだなと思ったりしたが、二人が揃えばなんだかとんでもないことになりそうな気がしたので、八九寺と月火ちゃんが出会わないように裏で働かなければならないな。

 

 僕が四人を会場へ案内したころには既に会場内にはたくさんの人が到着しており、中には同級生の面影がある人物などもチラホラと見えた。そういった人たちにも軽く会釈をしつつ、僕はみんなが揃っている舞台裏の方へと回る。

 

 今日丸一日をかけて行われる茶話会では、超高校級の生徒たちが各々の才能を発揮し色々な催し物をするのだ。目的は人によって様々であり、一年頑張った成果を見せようとする者もいれば、卒業する三年生を見送るための場として活用する者もいる。僕もその茶話会に出席するのだが……特に目的はない。ただ、楽しもうと昨日からワクワクしていただけだ。

 

 舞台裏の楽屋の方では見慣れた顔ぶれが待機しており、各々晴れ着に着替えて興奮した表情をしていた。中には今にも吐きそうなほどに緊張している奴もいるが、まあそれもひっくるめて楽しい雰囲気であった。

 

 僕は近くにある丸椅子に座り、生徒用に配られた今日の茶話会のプログラムに目を通す。最初は生徒会会長、羽川翼によるちょっとしたお話があるようで、彼女を崇拝し神に選ばれた委員長であると信じてやまない彼女の信仰者である僕は、かなり真面目に聞かなければならない。

 

 まだ茶話会が始まるまでは十分ほどあるため、一応羽川に声かけでもしておこうかなと彼女の姿を楽屋の中で探すが、どこにもその姿は見られなかった。はて、どこにいるのだろうか。

 

 そう、首を傾げていると後ろから肩を叩かれた。

 

「阿良々木くん、どう? 調子は。私としてはあなたが大きな失敗をして赤っ恥でもかくんじゃないかと昨日から楽しみで楽しみで……」

「人の不幸を楽しみにするな! 戦場ヶ原! ……つうか、僕はただ後輩とエキシビションマッチってことで勝負するだけだから、失敗なんて、それこそ大変なことがなければしねえよ!」

「あら、本当にそうかしら? あなたの椅子が座った瞬間に壊れるよう細工されてるかもしれないわよ?」と戦場ヶ原は意地悪な顔で言う。それに対して僕が顔を歪め、少し言い返そうと口を開けば。「……ああ、阿良々木くん。羽川さんを探しているなら、彼女はもう既に舞台の幕裏にいるわよ」と戦場ヶ原は言った。

「……そうなのか?」と僕。

「ええ、私が嘘をつくと思う? 早く行きなさい」

 

 戦場ヶ原はそう言い、僕の背中を押し、また蹴って無理やり楽屋から追い出す形で僕を外に出す。

 

「じゃ、頑張ってねー」

 

 無表情でそう言えば、戦場ヶ原は楽屋の扉を閉めた。

 ……やれやれ、なにを頑張ればいいのやら。

 羽川に対して特に用事もないと言うのに、これから大きな仕事が待っていて集中しているであろう羽川に話しかけていいものかと迷いながら、僕は舞台の幕裏へと歩みを進めた。

 

 その迷いが歩み方にも現れ、少しばかり足を進める速度が遅いように思えた。腕時計の時間を見てみると開始まであと五分。それを見れば、急がなければと言う気持ちに駆られ、僕は話す内容も考えずに幕裏へと到着し、そして羽川の姿を探すのであった。

 

「……あっ、羽川」

 

 裏幕の方で、これから読むのであろう挨拶の台本を目に通し、それを呟いている羽川は僕の声でこちらに気付き、視線を僕に移し、にこやかな笑顔をこちらへと向ける。僕は出来るだけ自然体を装ってそちらへと歩いて行く。

 

「よう、羽川。どうだ? 気分の方はさ」

「まあ、程よく緊張できていて、ちょうどいいよ」

 

 幕の向こう側からは僕ら生徒の家族親戚達の話し声が聞こえてきていて、彼らに僕らの話し声が聞こえないよう、少し控えめの声量で話す。

 

「そうか、それは良かった。てっきりガクガクに緊張して呂律も回らないくらいになってしまっているんじゃないかと心配してたんだよ」

「嘘ばっかり。流石の私でも呂律が回らなくなるくらい緊張しないよ。まあ──どうなるかは数分後に分かるんだけどね」

 

 と、羽川は自分の腕時計を確認しながら言った。

 あと数分で大勢の人の前で挨拶をしなければならないと言うのに、羽川からは良い意味で緊張というものが感じ取れず、とてもリラックスしているようだった。流石超高校級というべきなのだろうか……僕とは大違いだな。

 

「流石だな、羽川」

 

 僕が彼女に対し素直に感心し、本音を述べると、羽川は少し困惑したような表情で言った。

 

「えっ?! な、なに? 突然……。流石って、私は何も凄くないよ?」

「いいや、凄いぜ? ……頑張ってくれ」

「……そんなことないよ!」

 

 ムキになり頑なに否定する羽川の頭を少し撫で、困惑し続ける羽川をよそに逃げるようにして楽屋の方へと戻った。

 

 楽屋には大きなモニターが設置されており、そこから体育館の壇上で行われていることが見えるため、羽川の挨拶を楽屋でちゃんとみることができるのだ。そのため、見逃すことがないように僕は走って楽屋へと向かう。

 

 すると、楽屋の扉の前に江ノ島が立っており。足音で僕に気付いたのか、こちらに満面の笑みを浮かべて大きく手を振ってきた。

 

「よう、江ノ島」

 

 僕はそう言い、扉のドアノブに手をかけようとすれば江ノ島が扉を開けた。何も僕に話しかけることなく、言葉の一つ発することなく、ただほのかに笑みを浮かべ、部屋の中でも僕の後ろへとついてくる。僕が椅子に腰をかければその隣へと座るのだ。

 

 それを不思議に思い、江ノ島の顔を覗き込むようにして見ると、こちらをまた向いてニカリと笑った。

 

「……江ノ島、気味が悪いぞ」

 

 僕はもう少し江ノ島のことを探りたかったが、羽川の挨拶が始まってしまったためそれは憚られた。

 

 そうすれば、江ノ島は口を開くのであった。その時の彼女の表情を僕は知らない。

 

「……阿良々木センパイ。人生においての絶望と希望の起伏っていうのは、幸運と不運の起伏と重なっていると思いますか?」と江ノ島は言った。

「……なんだ? それは。生憎、僕は哲学の話をされてもよく分からないぜ」

 

 今は羽川の挨拶中なのだからという憤りを少しばかり乗せた声色で僕はそう答えた。

 

「分からないならいいんですけどね。もうすぐ分かりますよ……」

「……おい、江ノ島。どうしたんだ? 今日はなんだか変だぜ? 緊張のしすぎじゃないか?」

 

 彼女の態度に少し、妙に思えた。

 どこかおかしい、と。

 

「いやいや、そんなことないですよー。んじゃ、アタシはしないといけないことがあるんで」

 

 江ノ島はそう言って、楽屋を出ていった。プログラムを見る限り……江ノ島の出番はまだまだ先のはずなのだが。はて、野暮用だろうか?

 

 僕はそれについて不可解に思いながらも、羽川の挨拶を聞かねばとモニターに目線を向ける。すると……もう既に終わってしまっていた。

 

「……やっちまった!」

 

 情けない声を出して、僕は肩を落とした。

 

 

 

 


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