今年は伊勢神宮へ初詣に行って参りました。
僕は毎日自然とは触れ合いがない生活を送っていますので、木が多い山の中を通り、こう言うところもいいかなと思いました。
いざ住むとなると音を上げるのでしょうが。
両親、そして妹達が希望ヶ峰学園に訪ねて来て、そして江ノ島にパイをぶつけられた翌日。
つまり、茶話会前日。
僕は明日に迫った大イベント、茶話会の最終確認、およびその準備や始末に追われていた。それは羽川や七海といった生徒会会長、学級委員長もまた例外ではなく、みんな共々練習やらで一部を除いて家族と話をする間も無く忙しい思いをしていた。
その一部というのは、茶話会にあまり乗り気でない人たちのことだ。主に、江ノ島や──日向。準備中にあいつらの姿を見たことはとても少ない。
まだ江ノ島は呼べば来る方なのだけれども(それでも面倒くさそうにしている)日向が来ることは絶対にないのだ。
昔はあんなやつじゃなかったのに……と、僕は心の中で思うことがあるが、しかし、彼とはまだ一年も付き合いがない。僕が彼と出会う前は、ああいう性格だったのかもしれないし、やはり人というのは戦場ヶ原を良い例に時とともに変わるものなのだ。
本来の日向がああなのかもしれないし、何か理由があってあんな風に様変わりしてしまっているのかもしれない。
なんにせよ、僕みたいな部外者が口出しできるような事ではないし、また口出しできる立場であったとしても、したところで彼が元に戻ることを僕は望んでいないようにも思えた。
なぜだろうか。
理由は分からない。
さて、本題に戻ろう。
僕らの話をしよう。
準備を終えた僕らは明日の本番を待つだけとなった。ので、今日は前夜祭的なものをしようと、急遽購買でパンを買ったり、ジュースを用意したり、花村が下準備で不覚にも余らせてしまった食材を使って簡単な料理を作ってくれたりしたのだ。
そしてそれを77期生、78期生の生徒のみで集まり、ワイワイと明日に響かない程度騒ごうということだった。
きっとみんな、明日の茶話会が今からでも待ち遠しく、もう既に興奮している胸の高鳴りを抑えられないのだろう。普段協調生がないやつも、仕方なしという風に参加していた。
一番驚いたのは、老倉がいたということだろうか……一応気を使って、というか自分の身を守るために、老倉の姿が見えた時点で気付かれないように僕は会場を抜け出したのだが……見つかってないよな?
そんな不安感を抑えるために、僕は家族の元へ向かうわけでもなく、また家に帰るわけでもなく、ちゃらんぽらんに外を歩いていた。
やはり、熱が収まらない。
僕自身も、昔は人間強度が下がるから……なんて理由で頑なに友達を作ろうとしなかったが、やはり明日の茶話会が楽しみなのだろう。一体僕は、なぜこうも変わってしまったのだろうか──しかし、悪い気分はしない。
どうやら学校内をもう一周してしまったようで、前方には前夜祭が開かれている会場が見えた。まずいまずい、人に見つかったら連れ戻されちゃうかもな……と思い、向きを変えて今までとは逆方向へ歩いて行こうと足を踏み出せば、後方から僕を呼ぶ声が聞こえた。
やれやれ、見つかってしまったのだろうか。そう思い、その声は聞こえなかったというフリをして、少しばかり早めに歩みを進める。
すると今度は足音がドンドンと近づいて来た。僕に向かってかけられる声に悪意があれば、僕はそのまま走って逃げていただろう。
しかし、聞き慣れたその声を聞いて僕はピタリと歩みを止め、「なんだ?」と面倒臭そうな表情で振り返る。
「──阿良々木くん、こんなところにいたんだね。良かったあ、最初はいたのに探したらいなかったからさ」
彼女は右手に輪ゴムで止められた発泡スチロールの入れ物、割り箸。右手に缶ジュースとそれぞれ2人分持っていた。それを餌という風に前に差し出して、こちらのベンチに座ろうという仕草で僕を誘う。
まあいいかと、快くその誘いに乗り、僕はベンチに腰をかけた。その後に七海も座り、僕に一人分の缶ジュースなどを寄越してくれた。
「七海、いいのか? お前は茶話会を仕切ったりして、主役みたいなものだったろうに」
「それを言うなら阿良々木くんもだよ? 何を言っているのやら」
ささ、早く食べようと、七海は膝の上で発泡スチロールにかけられた輪ゴムを解き、それを開ける。すると寒い冬の外気にさらされて、暖かい湯気が濃い白となって立ち上った。
どうやら、たこ焼きらしい。
「阿良々木くんは、タコ食べられる人だよね?」
「ああ、僕は食べれるよ」
「良かった」
七海はそう言ってから、割り箸を使い熱々のたこ焼きを食べ始めた。やはり冷まさないと熱いのだろう、はふはふと忙しない動きをし始めた。その光景を微笑ましく見ながら、僕もたこ焼きを口に運ぶ。
「熱っ」
「あはは、ちゃんと冷まさないと」
お前に言われたくないなと口出しをしようと思ったが、すんでのところで思いとどまり、モゴモゴとたこ焼きを食べた。
「……阿良々木くんは、明日の茶話会、出るんだっけ」
「ああ……うん、まあな。お前も、出るんだろう?」
「まあね」
七海は僕が茶話会に出るということを知っていたはずだが、唐突にどうしたのだろうかと不思議に思い、ちらりと彼女の方を向く。すると、七海もこちらを向き、目が合った。
それを何もなかったかのようにし、七海は再び前を向いた。
「……阿良々木くんはさ、変わったよね」
「……なんだ? どうした? 藪から棒に」
「いや、どうもしないよ。本当に、変わったなあって。だって、昔の阿良々木くんだったら茶話会なんて出席しなかったでしょ?」
酷ければドタキャンするだろうし。と七海。
「おいおい、酷いな。流石にドタキャンはしないよ」
「あはは、そうだよね。昔の阿良々木くんでも、それはないか」
「……ったく、お前の中で僕のイメージは一体どうなっているのやら」
少し不機嫌になり、僕は姿勢を少し崩して勢いよく缶ジュースを開ければ、それを一気に喉へと流し込んだ。それはとても冷たく、身に染みるようであった。
「あーごめんね。もっとオブラートに包むべきだったよ」
「いや……いいんだよ。よく考えてみたら、ありえない話でもなかったし」
そして、お互い無言になった。けれども、今のこの雰囲気を苦しいとは思わなかった。むしろ、幸せだと思えた。
「……七海、お前は変わらないよ。僕が初めてあった時から」
「初めてって……いつから?」
七海はジュースを一口飲み、僕にそう尋ねた。
「そりゃ、二年の終わりからだよ」
二年の終わり。つまり、今から一年前──今思えば、あれが僕の人生の分岐路だったのだろう。彼女と出会わずとも、忍野メメやキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードといった“あちら側”に僕は足を一歩踏み込んでいたのだろうし、きっと戦場ヶ原ひたぎや神原駿河といった怪異に巻き込まれ、巻き込まれに行った一般人にも出会うことになっていたのだ。
けれども、今の自分は七海が居てこそなわけであり、彼女が居ない自分というのは、今の僕に比べればツマラナイ人間なのだろう。
そう考えてみれば、彼女には感謝するべきであるのだな。
「ふうん……私は、成長できてないのかな。阿良々木くんは、進歩してるのに」
足をぶらりと揺らし、空になった発泡スチロールの入れ物を物寂しい目で七海は見つめる。彼女の横顔からは、哀愁の色が伺えた。
「そんなことは……ないだろう。お前は変わってないけど、成長はしてるさ。身体的にも、精神的にも」
少し無責任な物言いであったと僕は喋りながら思ったが、けれども嘘をついているとは思わなかったため、変に訂正は入れなかった。
「……いいや、私は成長してないよ。まだまだ子供。私だって、ワガママは言うし、嫉妬だってするし、サボりたいって思うことはあるんだよ? ただ……それを、発散する方法を知らないだけで、抑え込んで、溜め込んじゃってるだけ」
……七海は、なにかを悩んでいるのだろうか。
これは、僕が七海になにかをしてやるべきなのだろうか。僕ごときが、なにかをしてやれるのだろうか。
いつもとは少し様子の違う七海を見て、僕は少し戸惑い、目をパチクリとする。呆けた表情を見て、七海はハッと目が覚めたかのようにし、慌てたようにして喋り出した。
「ご、ごめんね。ちょっと、疲れちゃってたみたいだよ。変なこと言っちゃってさ、私らしくないよね」
「いや、いいんだよ。七海。疲れているなら、僕を頼ってくれ。みんなを頼ってくれ。僕らはお前にいつも助けられてばかりだから、お前の力になることを快く受け入れるぜ──だから、一人で抱え込まないでくれよ。僕らのことも、頼りにしてくれ」
いや──七海は、こんなことを言わなくっても、僕らのことを頼ってくれるか。でも少し、それさえも彼女が無理して人に頼っているのではないかと思えた。
誰かに、役割を与えるために必死に奔走しているのではないかと、思えた。
ともかく、僕はそう言い、腰を立ち上げる。彼女の顔を見ることは何故だか躊躇いが生まれたので、頭の上にポンと手を置いた。
「……うん、ありがとうね。阿良々木くん。じゃあ、とりあえず明日の茶話会を成功させよう」
力強い声で七海は言い、僕の背中を強く、ポンと叩いた。こんなにも力があるものなのかと前へよろめいたが、コケると言うことはない。
「ははっ」
「へへ」
青春のようだと思えた。
実際、これが青春なのだろう。
体は寒かったが、心はとても、ポカポカとした。