両手に花といった感じで、僕と妹二人は学園外周をふらついていたのだが。
やはり冬。
道半ばで風も強くなってきたため、近くの校舎内に入り風を防ぐことにした。廊下は廊下でまた一段と冷え込んでいるのだが、風が吹く外と比べれば幾分かマシに思えた。それに、神原が言う二年生の教室というのもこの校舎の近くにあるため、どのみち中には入ることになるわけだから、ほんの誤差のようなものなのだ。
妹はこんなに寒いというのに、カラ元気か、馬鹿みたいにテンションを上げてはしゃいでいる。もう少し幼ければ分不相応な反応なのかもしれないが、もうこいつらも中学三年生と中学二年生である。小学生三年生、二年生ではないのだ。
もう少し大人の雰囲気をまとってほしいものだが……。まあ、高望みってやつだろうか。儚い夢を思い浮かべながら、横目で二人を見る。
とても、楽しそうだった。
「なあ。火憐ちゃんに、月火ちゃん。そろそろ行くか」
「おっ。やっと超高校級の人と会えるのか。緊張するなー!」
「緊張するねー」
「……」
もう何言っても意味ないと思ったので、僕は口をつぐんだ。
しかし、ふむ。神原はこの短時間で、一体どれほどの人数を集めることが出来たのだろうか。あいつはとてもフレンドリーな性格で、友好関係が学年問わず広いわけだから、いったいどんな顔ぶれが揃っているのか、日頃から超高校級の生徒と顔を合わせている僕も、内心ワクワクしていた。
確か集合場所は二年生の教室。ちょうどこの棟にあるな。
僕は妹二人を連れ、教室の前まで赴く。
外から感じ取れる雰囲気は静寂そのもので、中に誰かいるのだろうかと、少し疑いを入れたくなるほどだった。もしかして、教室を間違えてしまったのだろうか。なんて勘違いするほどに。
恐る恐る引き戸を開き、中に入ると。
「ハァァッピィィッブゥアァッスゥデ……」
勢いよく扉を閉め、「火憐ちゃん、月火ちゃん。どうやらお取り込み中だったらしい。すまないがまた明日だ」と、困惑する二人の背中を押して部屋に戻る。
「待ってくれ! 阿良々木先輩!」
跳ねるように扉は開けられ、暖かい空気、煌びやかな電飾の明かりとともに、一人の後輩が僕の肩を掴んだ。
その異質なる形を隠すように包帯が巻かれた左手でだ。
その手を払いのけ、ため息をつきながら後ろを振り向く。前より少し髪が伸びたのだろうか、なんてことを思う。
「ふう、危ない危ない。今日の主役を取り逃がすところだった」
「まさかこのバースデーパーティーは僕のために開いたってのか! 僕が主役ってことはよ!」
「当たり前だろう? 先輩の誕生日を祝わない後輩がどこにいる」
「誕生日もろくに調査しないで、勝手にサプライズパーティーを開いて爆死した後輩よりはいると思うがな」
「爆死とは、人聞きが悪いな。どう見ても大成功だろう」
「これが成功したように見えるなら、眼科に行くことを勧めるよ」
そう言い、訝しげな表情で、一応教室の中に入った。ハッピーバースデーなんて言っているが特に飾り付けもなく、それらしい要素としてはケーキと、とんがり帽子くらいだった。
「……ええっとだな、神原。もしかしてだが、あれからずっとケーキ買ったりとんがり帽作ったりしていたのか?」
「ああ、そうだが……いやっ、しっかりとついでに人も集めておいた! すれ違う人すれ違う人に声をかけておいたから、もうじき来るはずなのだが……ふむ、遅いな」
ついでって……まあ、頼んでる立場だから文句は言いづらいが、しかしそれでも僕は神原に対して怒ったところで、咎められやしないのではないだろうか。
まあ、妹たちは超高校級のバスケットボール選手という肩書きを持つ神原に会えただけでも、かなり興奮しているからこれで良かったのかもしれないが……。特に、火憐ちゃんは神原のことを先生と慕うほどに好いているからな。ま、いいか……。
僕の気持ちを露知らずといった風に、キョロキョロと神原は廊下や窓の外をしきりに覗く。しかし、人影は見えない。
「ふーむ、まあいい。そろそろ誕生日会をだな」
「するか。さっさと二日後の茶話会の準備でもしとけ」
「冷たいな、阿良々木先輩は。さてさて、ケーキでも食べよう」
そう言って、神原はおよそコンビニのものと思えるビニール袋から複数種類のケーキを取り出し、机に並べる。それにつられて火憐ちゃんと月火ちゃんはそちらへと小走りで向かって、椅子に座った。
「えーっと、火憐ちゃんに月火ちゃんだっけ? 阿良々木先輩から色々と話は聞いてるよ」
神原は、火憐ちゃん月火ちゃんの前の席に座り、ケーキのプラスチックケースを開けながら二人に話しかける。二人は緊張しているのだろうか、いつにも増して背筋を伸ばし、ひしと相手の目を見ていた。
せっかく後輩が用意してくれたわけだし、不満をたれ流したままじゃなくってお礼を少しでも言おうかなと僕も三人の元へと歩いて近づく。
「うちの兄が、お世話になってます」
火憐ちゃんは少し喋れてないようだったが、月火ちゃんは丁寧な言葉遣いでそう言う。
「どちらかといえば、僕がお世話してる立場なんだがな」
と軽口を叩いてみれば、二人からの集中砲火を食らったので、僕は潔く口をつぐむことにした。
四人で机を囲み、神原が買ってきてくれたケーキを各々食べながら、ちょっとした世間話をすることになった。
「改めて、自己紹介をさせてもらうよ。最近は活動休止しているから、もしかしたら忘れられてしまっているかもしれないし」と、神原は懐かしむように自分の左腕を眺める。猿の手、怪異に憑かれ。否、怪異に願いを望んだがゆえの結果、負の遺産である包帯が巻かれたその左腕を。
「私は希望ヶ峰学園二年生。超高校級のバスケットボール選手の神原駿河だ。よろしく頼むぞ、火憐ちゃんに──月火ちゃん」
「は、はい! 神原先生!」
「こちらこそ、よろしくお願いしまーす」
月火ちゃんは相変わらずだが、火憐ちゃんは口元にクリームをつけたままガタリと勢いよく立ち上がった。
それを見て、神原は朗らかに笑う。
僕はそんな三人を遠巻きに眺めながら、一言。
「火憐ちゃんと月火ちゃんも、自己紹介しとくか? お前らのことを神原に話したことがあるって言っても、そこまでだし、やっぱり直接自己紹介しといたほうがいいだろう」
僕がそう言うと、跳ねるように扉が開き「WRYYYYYY!!!」とどう考えても危ない奴が教室に飛び込んできた。
「アタシは人間をやめるぞ! 阿良々木ーーッ! 私は人間を超越するッ! 阿良々木 おまえの血でだァーッ!!」
彼女はそう言い、おおよそケーキと思えるものを僕の顔に目掛けて振りかぶった。僕はあまりの驚きで椅子から仰け反っていたのだが、それも計算のうちと言わんばかりの的確さで、そのケーキは僕の顔面に命中し、白いクリームが後方のガラス窓に四散し、まるで血しぶきのように広がった。
「ごふっ」
僕は口に入ったクリームを吐き出すが、一部が宙に舞っただけで口の中はまだ無味なクリームだらけであり、急いでブレザーを脱いでは顔を拭って。
「江ノ島! この野郎! 一応僕はお前の先輩だぞっ?」
「えー、阿良々木センパイはもう卒業するんですし、無礼講ってことで」
「無礼講にしちゃあやりすぎな気がするが……」
ちょっと洗ってくると、僕は手洗い場に向かって顔を水で洗い、神原から借りたスポーツタオルで水滴を吸い取った。教室に戻ると窓の汚れを江ノ島がしっかりと拭いていた。その側で戦刃のやつも一緒に手伝っているところを見ると、どうやら戦刃に言われてやっているらしい。ため息をこぼしながら教室内へ。
「阿良々木先輩。大丈夫だったか?」
「いやまあ、うん。クリームが当たっただけだから、怪我とかは特にないよ」
ありがとうと言う言葉を添えて、スポーツタオルを神原に返す。
「あ。阿良々木先輩。さっきは盾子ちゃんが……すいません。まさか投げるとは思ってなくって……」
「戦刃が謝ることじゃないさ。怪我もないし、あまり服も汚れてなかったから気にしなくってもいいよ」
そう気にかけるように言うが、それでも戦刃は申し訳なさそうな顔をしていた。
「で、江ノ島。僕に言うことがあると思うんだけれども」
ちょうど掃除をし終えたようで、スカートの汚れを払いながら江ノ島は立ち上がり、こちらを振り返ってこう言った。
「ハッピーバースデー。阿良々木センパイ」