「兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
「よう、火憐ちゃんに、月火ちゃん」
茶話会まで、あと2日と迫った今日。故郷からは家族である二人の妹と両親が僕の通う希望ヶ峰高校がある都会まではるばるやってきた。目的はもちろん、茶話会を見るためだ。
茶話会は前にも話したとおりに超高校級の生徒たちが出し物をする。その生徒たちの中にはもちろん超高校級の料理人であったり、アイドルだったり、ともかく一流の人材がいるのだ。高校生だからとはいえ、まだ子供だからとはいえ、それでも一人前でとても凄い出し物なわけであり、それを目当てに訪れる野次馬も少なからずいる。
まあ、混乱を避けるため参加できるのは生徒とその親族、及びに友達くらいなのだが。
故郷に友達がいない僕が呼べるのは精々家族くらいなわけだが──今年からは一人、その家族が増えた。
それはペットだとかじゃなくって、れっきとした人間である。
否、人の形をした化物という心の冷たいものもいるのだが──例え、化物だろうと人外だろうと、僕の妹は僕の妹なわけであって、僕は愛情をたっぷりと注いでいくつもりだ。
僕の妹は阿良々木火憐と阿良々木月火であり、その二人は僕の妹以外の何者でもない。
「んで、観光とかするのか? 一応都心なわけだしさ、電車に乗りでもしたらそれなりの有名どころは行けるだろ?」
「いや、今日は長旅で疲れたし、やめておくよ。行くとしてもまた明日だな」
茶色く光るスーツケースにもたれ掛かりながら、僕の父親はため息がちにそう言う。その横で、母親が小さく笑っている。
タクシーを手配できるようなお金は持ってないし、かといって歩かせるわけにもいかないので希望ヶ峰学園前で止まるバスを利用することにした。
──今更だけど、こうして家族全員が揃うのはいつぶりだろうか──月火ちゃんの件を抜きにしても数年ぶりだろうし、月火ちゃん込みでも揃って話すのはいつだって月火ちゃんの問題についてだったから、いつぶりと言うか初めてなのかもしれない。
僕自身の反抗期、思春期によったものもあったが、やはりこの共働きの二人が仕事で同じ日に休みを連続して取れたというのは──とても、珍しく思えた。
「うおっしゃぁ! 兄ちゃん! 希望ヶ峰に着いたら知り合い紹介しろよ!」
「しろよ!」
疲れるどころか逆にテンションが上がりに上がっていて、まるでジェットコースターに乗り終わった高校生みたいなアガリ方であった。月火ちゃんに至っては、「しろよ!」なんてはしたない言葉を使ってるし。……火憐ちゃんの影響か?
「……はあ、みんなの邪魔にならねえようにだぜ?」
「ラジャー!」
「イエッサー!」
あまりに声が大きいので、一度妹たちの頭を強く叩いて黙らせる。そんなこんなをしているうちに、どうやら着いたらしい。
希望ヶ峰学園の敷地はとても広く、その中に所狭しと建てられている棟の中には住宅用のものがある。先生が泊まったり、生徒が泊まるような──いわゆる寄宿舎だ。
希望ヶ峰学園の生徒なら、申請さえすれば卒業までの3年間無償でここに宿泊することが出来る。例外として、今回のように客人が来る場合はそれらの方に貸し出されるのだ。
学園の門付近には、秘密の園である校内を一葉でも撮ろうとカメラを構えたメディア関係者と思しき人が十数人いたが、それを押し分けて中に入る。なお、校内に入るには生徒手帳が必要となるわけであり、同伴者は入園許可証と生徒からの確認が必要となっている。厳重な警備だな……過去に何かあったのだろうか。
僕からしたら見慣れた光景なわけだけれども、妹たちはワイワイとまるで子供のようにはしゃいでいる。(ひょっとしたら子供なのかもしれない。中学生にもなって、子供なのかもしれない。……いや、僕も中学生の頃はあんなんだったっけ? 三年も前のことは覚えてないな)明日観光に行こうという話をしていたのに、体力が持つのだろうか……少し心配になるが、まあ大丈夫だろう。
寄宿舎の部屋は基本一人用なのだが、こういう時は最大二人用にまで拡張できる。拡張といってもベッド数を増やすだけなのだが、そのために両親二人のペア。妹たち二人のペアの二組に分かれる部屋割りに決まった。
「じゃあじゃあ兄ちゃん! 紹介してくれよ、超高校級の人!」
「凄そうだねー、超高校級の人」
「……あのな、お前ら。一応僕も超高校級の肩書きがあるんだぜ?」
「……え、そうなの?」
月火ちゃんはその言葉を聞いて、キョトンとした表情をする。おいおい嘘だろ? というか、火憐ちゃんに至っては僕の言葉なんかに耳を貸さずにただただテンションを上げているだけだった。
「……はあ、もういい」
諦め切れないが、諦めをつけないといけないので気分を切り替えて携帯電話を取り出し電話をする。相手は神原だ。
ワンコール目で神原は電話に出る。早っ。
『もしもし。阿良々木先輩のエロ奴隷である、神原駿河だ! 得意技は二段ジャンプ!』
『嘘をつくな! それと、二段ジャンプは人間技じゃねえよ!』
『その声は阿良々木先輩か、失敬失敬。では訂正する。阿良々木先輩の愛人の神原駿河だ! 特技は籠絡!』
「お前もしかして誰に対してもこの挨拶してるのか? 嘘だろ? 嘘だと言ってくれ! ……愛人っ?! というか健全な高校生が籠絡なんて特技にするな!』
愉快な笑い声が電話の向こうから聞こえて来る。その他にも同級生らしき人達が騒いでいる声が聞こえるので、きっと何かの作業中なのだろう。つーか、同級生の前でこんなことを恥ずかしげもなく話しているというのか……なんというか、呆れを通り越して別の感情が湧き上がってくる。
『ところで神原。少し頼みがあるんだけど、いいか?』
『ああ、もちろん良いぞ。早速準備をする。私は阿良々木先輩のために何をすればいい?』
……カッコいいよな、こいつ。
後輩とは思えないほど、女とは思えないほどにかっこいい生き様をしている。いつか僕も相手の要件を聞かずにそれをまるで当然のことかのように受け入れてみたい……。もし僕が女で神原が男なら惚れてしまいそうだ。
『……まあなんてんだ。今、僕の妹たちがこっちに来てるんだけどな』
『ほうほう』
『そいつらに、超高校級の生徒たちを見せてやりたいんだけど、僕だと友好関係が狭いから神原に紹介してもらえないかと思ってよ』
神原はそれをゆっくりと吟味することなく、即答で「了解した。教室に知る限りの知り合いをかき集めるから二年生の教室に来てくれ」と言われ、そのまま切られてしまった。「了解した」のあたりから、靴が廊下を強く踏みしめる音が聞こえていたのを見ると(聴くと)もう既に動いているらしい……。
流石にすぐ集まるということはないだろうから、少し外で時間を潰してから二年生の教室に向かうことにした。時間を潰す、といっても、特に話すこともなくただただ外を歩いているだけなんだけれども。
「……兄ちゃんは、上手くやってるのか? 学校」
僕の身長をとうの昔に越し、今となっては下手すれば見下される立場になりつつある僕に向かって火憐ちゃんはそう尋ねる。
「ああ、まあ、それなりに──ま、上手くいってても、いってなかったとしても、あと一ヶ月もしないうちに卒業するんだけどな」
強い風で厳しく揺れる木の枝が、哀愁を誘う。
春は桜の花で艶やかな景色になるが、その前はこんな風に寂しい風景なのだ。枯れ木、なんてのも悲しいニュアンスである。
「……火憐ちゃんは、上手くやってるのか? 月火ちゃんもさ」
月火ちゃんは突然話を振られて飛び上がるかのように驚くが、すぐに平常心に戻って口を開いた。
「私は上手くやってるよ。友達も出来たし、みんな良くしてくれるし。彼氏も出来たし」
「彼氏? 嘘もほどほどにしとけ」
嘘じゃない、と声を張り上げて言うがどう考えても嘘だしいたところで僕が許さないので無視をした。
「で、火憐ちゃんは?」
「あたしか? あたしはまあ──それなりにだ。空手の方もちゃんとやってるし、勉強は──ま、なあなあって感じかな。彼氏もできたし」
「唐突に彼氏の話をぶち込んでくるな! 流れがあまりにも急だぞ!」
「ひゅーっひゅーひゅっひゅっー」
「露骨に口笛を吹くな」
そんな兄と妹との話は、新鮮に感じれたし、とても楽しかった。
センチメンタルになってるだけかもしれないけれども、暖かみを感じれたようになった。
やっぱり僕の妹はこいつらしかいないとも思えた。