阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 前回予告してませんでしたが、今回がむくろシスター最終話です。
 後日談ですね。


009

 後日談。というか、今回のオチ。

 

 戦刃が希望ヶ峰学園に戻ってから一週間。

 その一週間の間、千石の家に再度遊びに行ったり、火憐ちゃんの中学校へ視察へ行ったり、斧乃木ちゃんと遊園地に行ったりしたのだが、特にこれといった問題もなく、僕の帰省期間は終わりを告げた。

 これ以上長く家に滞在していると、ただただ鬱陶しがられるだけだし(経験則だ。知り合いの言葉を借りるなら、三連休のお父さん、である)、なにより僕は同級生との夏休みを謳歌しなければならないのだ。家でぐーたらと麦茶を飲むだけの灰色の夏は御免である(幼女童女のロリコンビと遊んでいられるというのであれば、むしろそっちを優先したいくらいなのだけど、残念なことに夏の予定は既に取り決められた約束事だったりする)。だから、ちょうど帰り時だろう──と。

 まあ、勉強も、しなきゃだし。

 勉強をする──だなんて、一丁前に受験生のようなことを言っている自分というのは、一年前の僕からすれば……厳密には、冬休み前の僕からすれば想像もつかなかった未来なのだけれど、そう思うと、この半年間で、僕は大分変わることができたと言えるだろう。

 半年前の僕なら、変わってしまったと言うのかも知れないが──今の僕なら、変わることができたのだと、言うことができる。

 

 人間としても──いや、そんな根本的な部分でさえ、変わってしまっているというのだから、人生何があるかは分からない。

 ひょっとすれば──ううん、何があるか分からないというのに、ひょっとすればから始まる予想なんていうのは、それだけであり得ないと、ひょっとしないのだと言っているようなものだろう。

 意外性というのは、いつだって人々の考えから逸脱しているものだ。

 

 ともかく、死体人形であり付喪神でもある童女、ロリかっけーの名を欲しいままにする斧乃木ちゃんと、二人で仲良く新幹線に乗り、僕が故郷を離れて暮らす第二の故郷へと戻ってきたのだった(故郷といっても、そのイメージから連想される暖かさからは縁遠い土地だが)。

 こういうとき、お土産のようなものを買っておくのが定石なのだろうけど、僕の土地にはこれといった名産があるわけでもないので(探せばあるのかもしれないが、探さなきゃいけないほどマイナーなものを贈ったところで微妙な反応をされることは明らかだ)、途中の駅で買った饅頭と回転焼きをお土産にすることにした。

 

 そんなこんなで、帰省するときよりも重みが増したリュックサックを背負い、やっとの思いで帰宅した僕は、家に着いた途端安堵感からかどっと疲れを感じてしまい、お風呂にも入ることなく眠ってしまった。

 

 深い深い眠りから眼を覚ますと窓の外は暗く、部屋の電気をつけて時計を見てみると夜の九時。よほど疲れていたからか、半日以上もの間寝てしまっていたらしかった。流石に今からじゃ迷惑だろうから、明日の朝にでもお土産を渡しに行こうかと思案しながら携帯電話を覗くと──どうやら眠っている間に着信があったらしく、おもむろに開いたメールボックスには、一通のメールが届いていた。

 from戦刃。

 to僕。

 内容としてはこうだった。

 

『阿良々木先輩へ。

『先日はお世話になりました。

『一度家に帰ってから盾子ちゃんと話をして、どんな姉が理想なのかを聞いてみたんですけど。

『私でも出来ることだったので、今は安心しています。

『理想の姉になれるよう精進するので、阿良々木先輩は阿良々木先輩で、妹さんともっと仲良くなってあげてください。

『たった一人の妹さん、火憐さんを、大切に。

『今度、機会があれば是非、私たちの家にも来てください。盾子ちゃんと一緒にお待ちしています』

 

 とのことだった。

 どうやら上手くいっているようで、今回役に立てたかどうかがはっきりいって不明瞭であった僕としては、安心しているの言葉だけでも報われたような気分になれた。大袈裟な話だけど、本当に、緊張した数日であったから、真の意味でホッとすることができた。

 ともかく、力になれたようならそれで良かった。

 ……まあ、十割十分火憐ちゃんと千石の功績だろうけど。

 僕と火憐ちゃんの関係性はともかく、戦刃と江ノ島──大切な、可愛い後輩が姉妹として仲良くやっていける未来が可能性として大きくなっているというのなら、それを喜ばずにはいられないというのが先輩としての素直な気持ちだ。

 

 良かった良かった。

 めでたしめでたし。

 珍しくハッピーエンドで終われたことに──いや、これからの、戦刃が築き上げる未来のお話なのだから、これはエンディングではなくオープニングと言うべきか。

 ともかく良い方向に進めたようで良かったと、僕は思う。

 そうだ。これから、あのちぐはぐな姉妹の止まった時間は動き出すのだ──僕はただそれを見守るだけであって、これ以上干渉することはない。

 

 一度眠っただけでは疲れは取れ切れなかったらしく、そのあとお風呂に入ってからもう一度眠りにつき、そして再び朝を迎えた。

 

 朝。

 ご近所さんにお土産を配り、そして今日は受験勉強もなくただただ暇なので、久しく自転車でそこいらを散策することにした。今となっては、僕が愛用している自転車もこのマウンテンバイクしかなく、毎朝毎夕通学時に乗っているからか多少飽きてはきているのだけれど、それでもやはり一度乗ってしまえば、頰に当たる風が心地よく気分が良い。

 

 戦刃と初めて会うことになった緑乃公園を抜け、その向こう側へと走って行く。こうしてみると、いつも何気なく通過している道も趣深いように見えた。

 特に行くあてもなく、風に乗ってただただ走る。

 それこそ時間を忘れて──。

 

 お昼頃になり、今から家に帰るよりは外でご飯を済ませたほうがいいだろうとチェーン店のジャンクフードを買い、近くにあった公園のベンチに腰を下ろし、空腹を満たしていた。

 

「……やけに暑いな、地球温暖化ってやつか」

 

 この一週間、室内にいることが多かった──というのもあるのだろうけれど、なにより地域的に僕の故郷の方が涼しかったのかもしれない。

 それにしても肌に照りつける太陽の日差しが、元吸血鬼ということもあってだろう──酷く痛む。そういえば忍も、外に出るときは大きな麦わら帽子を被っていたな──なんてことも思い出し、やはり今でこそその性質はほとんど失われてしまっているものの、後遺症がある以上は直射日光は浴びるべきではないのだろうと、重い腰を上げて家に帰ろうと自転車に手をかけようとする──すると、後ろから、誰かの声が聞こえた。

 

 後ろといっても、別に遠くの方から聞こえたと言うわけではなく……むしろ真後ろ、耳元で囁かれるようにして誰かに声をかけられた。人の気配を察知するのに長けているわけではないのだが、そのあまりの気配の無さに、僕は驚きで声を上げてしまう。なんせ、耳元で囁くように話しかけられたんだぜ? それも、いきなり、知らない人間に。

 吸血鬼といえば蝙蝠だけど──だからこそ、それなりに音に関しては人並み外れた空間把握能力を有しているはずなのだけど、例えば僕が単に気を抜いていただけ……という話であっても、それでも突然耳元で囁いてくるような仲の友達は、いなかったはずだ……。

 

 戦場ヶ原や江ノ島なら、あるいは、ありえたかもしれないが、残念なことに聞こえてきた声というのは若い男の声だった。

 

「あなたが、阿良々木暦……ですか」

 

 聞き覚えのある声。しかし、それが誰なのかは思い出せない。

 聞き覚えがあっても、身に覚えがない。しかしその声の主が話しかけているのは確実に自分であるため(阿良々木暦、と名前を呼ばれてしまった)、背後に立つ者が一体誰なのかという確認の意味も含め、恐る恐る首を回しその姿を目に入れんとする。

 同級生が声色を変えて話しかけてきた──とかなら笑って済んだ話であるだろうし、とても望ましく現実味溢れた話ではあるが、僕の人生において現実なんてものはそう上手くはいかないようだった。

 

 僕の背後には、異様な男が立っていた。

 僕より身長が高く、体格も良い。気になるところを挙げるとすれば、頭に巻かれた大量の白い包帯だろう。それはただただ異様で、ただただ気味の悪いものだった。怪我をしているというよりも、なにかを隠しているような印象を受けたからだ。

 しかし──同じ学校の生徒だろうか。

 そんな風に思ったのにはきちんとした理由がある。

 一つは声には聞き覚えがあるからだ、ひょっとすれば学校ですれ違ったりしていたのかもしれない。それ抜きにしたって、以前まで友達を作らないといった命題を掲げていた僕にとって、聞き覚えのある声など希望ヶ峰学園関係者くらいしかありえないからだった。

 そして二つ目は、その男が着用している服であった。これは決定的とも言えるもので、それは、僕が二年半通っている希望ヶ峰学園の夏服──であったのだ。少なくとも、本科か予備学科の生徒であることは、確かである。その長い包帯によって相手の顔がうかがえないため誰かは判別できないが──しかし、その顔が隠れているという状況が、より知り合いである可能性を引き立てる。

 少なくとも、全く知らない顔で、他人であるという判定はまだできないわけだ。

 

「──あ、ああ。そうだ、僕は、阿良々木暦だ」

「……僕の名前は、カムクライズルです」

 

 感情のない声──二度目の言葉で受けた印象はそれだ。

 相手が名乗ったのだから、自分名乗るべきだろう──そんな意図で発せられたような言葉だった。

 しかし、カムクライズル──聞いたことのない名前である。いや、どこかで聞いたことがあるような気も──しないわけじゃあ、ない。どこだっけ。確か、学校で──

 

 こういうときに、忍のように脳髄をかき混ぜでもすれば思い出せたりするのかもしれないけど、人前であるし、それに、そのような行動をとって無事でいられる保証はゼロなので実行に移すことはない。

 だけど、今思い出すべきことがあるはずなのだと、猛烈に僕のあてにならない本能が叫んでいた。

 

 その後、いくらかの沈黙が、僕と彼との間に重く漂っていた。

 周囲の芝生で駆け回る小学生の歓声は、遠い遠い場所から聞こえる音のように思え、車の排気音さえぼかしがかかったように聞こえる。

 

 いつまでも、いつまでも……そんな言葉を使うほど長い間彼と面を合わせていたわけではないけれど、苦々しい雰囲気というものは時間を長く感じさせてくるもので、僕にとってはその数分程度の時間が悠久の時のように思えた。

 

 そんな空気に耐えられなかった──というわけでもなく、ただ来るべくして来たのだというように、カムクライズルは、

 

「時間です」

 

 と言い、僕に背を向けた。

 時間といったが、カムクライズルはさして時計を見るようなそぶりはしていなかった。腕時計をしている様子もなかったし、この近くに設備時計があるようでもない。何を基準に時間を判断したのかは分からないが──それが、彼がこの場から去るための口実としてついた嘘ではないのだろうと、根拠はないがそう思えてしまう。

 

 その、「時間です」以外の何も言わずに、カムクライズルはこの場から去って行った。分からないことが多すぎるから、分かっていることが少なすぎるから、せめてもう少し話をするべきだと手を伸ばそうとしたけれども、どこかその行動を憚られるような圧迫感を彼の背中から感じてしまい、結局声の一つもかけられなかった。

 

 なにがなんやら──得体の知れなさがこうも人に不信感を与えるものなのだろうかと、思い知らされた気になる。

 希望ヶ峰学園のものと思われる制服に身を包んだ、同級生くらいの若い男……希望ヶ峰学園の生徒なら、男子であれば誰にだって当てはまりそうな条件だけど、でも何者でもないのだろうとも同時に思う。

 

「……怪異、か?」

 

 今後起こる一連の事件を想起して考えてみるのなら、その独り言はどうしようもなく愚かな間違えである。

 僕はこれからの短い人生で、世の中で一番恐ろしいものは怪異ではなく、人間なのだということをその身をもって思い知らされるのだから。

 

 そんなことはつゆ知らず、僕は呑気に考えるのであった。

 カムクライズル。そう名乗った彼の正体を。




 次回、ちあきトラップ。
 元々ちあきフレンドの時にする話でしたので、もしかしたら5話くらいで終わるかもしれません。分からないけど。

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