阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 ちあきフレンド、最終話です。
 本編自体は前回で終了していますが、このお話の冒頭のように後日談としてお楽しみください。


014

 後日談。というか、今回のオチ。

 

 あれから数日後。例の一件でママチャリが大破してしまったので、あれ以降は通学用ではなく、休日暇を持て余した時なんかに乗りたいようなマウンテンバイクで街を駆け、僕は学園へと登校することにしていた。

 先週はあんなことがあったのだけれども、範囲を世界に広げてみれば所詮あんなことなわけで、流石に校内で噂が立つ程度である。

 またその噂によれば、七海、日向を集団でリンチしていた予備学科生徒たちは全員漏れなく退学処分になったらしい。警察沙汰表沙汰にはしたくないとの学園の方針のようで、新聞に載ったりニュースで報道されるようなことはなかった。どうやら、学園が事件を揉み消したらしい。

 そう聞くとあまりいいイメージが湧かず、本当のことなのだろうかと首を傾げるが、噂流行に疎い僕でも知っているようなほどに流布している噂話で、火がないところに煙は立たないというのだから、決して根も葉もない話ではないのだろう。

 

 まさしく正義が勝ち、悪が負ける──といった形になってしまってはいるが、いやはや果たして僕たちは正義なのだろうか、と、考えてしまう。考えさせられてしまう。

 自分が属し信じるものが正義であると定義するなら、もちろん僕らは正義なのだけれども、しかし、退学処分をくらった彼らにも必ず目的があったはずだ。己の何かを信じて、行動していたはずだ。

 あのように恨まれてしまい、憎悪の念がこもった視線で見られ睨まれる僕らは、彼らからすればやはり悪なわけで、また、その人たち自身が正義なのだ。

 

 正義の敵の正義というものは、やはりその敵自身。

 

 いかに自分を正当化できるか……そこに尽きるのだろう。

 やな話である。

 この世の中に、自分がしたことが絶対に良いことであると胸を張って言える人はそういない。もしかしたら皆無かもしれない。

 いるとしたら、そいつは相当な悪か本当の善かのどちらかだ。

 

 僕は胸が張って言えないにしても、もし声高らかに己の信念を掲げることができるときは、果たして善と悪のどちらに僕はいるのだろうか……。

 

 ともかく。兎にも角にも。その、事件というか、揉め事が起こった次の日の夜に七海から電話がかかってきた。なんでも、この前のことをしっかりと謝りたい──そして、今回のことでお礼が言いたいのだそうだ。丁重にお断りしたが。

 なんせ、この前の件については完全に僕が悪いわけだし、あの時のことだって僕が何かをしたわけじゃない。実際に何かをしたのは、予備学科の生徒を押さえ込んだのは八九寺先生率いる超高校級の生徒たちなのだ。だというのに礼を言われるというのはいささか筋が通っていないというものだろう。

 しかし、そうだとしても気が済まないとのことなので、僕にこの前の件を謝らさせてくれ。謝る機会を与えて欲しいとお願いをした。当然のようにそれは断られたのだが、その機会を与えることを僕へのお礼だと思って欲しいと説き、渋々と承諾を得た。

 そして、電話越しではあるものの、以前のわだかまりはほとんど消えて無くなってしまったといっていいだろう。また今度、日向とかいう奴にも謝らないとな。

 

 それから、僕にも友達というものができた。

 かけがえのない、友達だ。

 人間強度が下がるから、友達は作らない──その考えは、今もまだある。だけれども、人間強度が下がりきりもう既に無い物と同じになってしまっているのでそれを取り返そうという無謀なことに出ようとは思えなかったのだ。まあでも、そんな状況に陥ってしまった僕ねはあるが──なぜだか、嫌な気持ちにはならない。

 

 ともかく、友達ができた。

 

 学校に向かうためにアパートの駐輪場に行く。

 

 するとそこには、ロードレーサーに格好良く跨りながら携帯電話を弄っている江ノ島盾子の姿があった。

 

「……あっ、阿良々木センパイ。どうしたんですか? その怪我。ああ、七海センパイを助けに行ってたんだよねえ。ヒュー! 救世主ぅ!」

「ご近所さんの迷惑だぞ。それに、これももうすぐ取れる」

 

 そう言いながら僕は江ノ島の頭にげんこつを叩き込んだ。

 ポカン、とやけにコミカルな音が鳴ったような気がしたが、気のせいだろう。

 江ノ島は声を上げて頭を抑える。

 

「いてて……。いきなりなんなんでーすかぁ?」

「お前こそいきなりなんなんだ……? 確か、お前、こっちじゃないだろう? 家」

「まあそうですけどね、ちょっとお聞きしたいことがありまして」

 

 購買でパン買いたいんで早く行きましょーと、江ノ島は急かすようにしてベルを鳴らした。おいおい、罰金食らうぞ。

 僕はマウンテンバイクに二重でかけている鍵を外し、サドルに跨る。

 

「行くぞ」

「イエッサー」

 

 ゆっくりと走り出し、徐々にスピードを出す。

 僕の横にぴったりとくっつくようにして江ノ島は並走し、顔を覗くようにして話を始めた。

 

「で、どうやってあんな十五、六はいる予備学科生を?」

 

 にっこりとした笑顔を浮かべ、江ノ島は僕に尋ねた。

 おいおい、前を見ろ。危ないぞ。

 

 僕としてはあまり話したくないことであったが、この件に関しては江ノ島は一枚二枚噛んでいるので、話してやらないこともないかと口を開く。

 

「それは、あれだ。ほら、この前お前が色々と電話番号なりメールアドレスなんかを大量に教えてくれただろ?」

 

 そう、今僕の携帯電話の電話帳なんかには大量の人名組織名が登録されているのだ。それもかなり恐ろしいものからポピュラーなものまで。その中で、あまりにも意外なものが一つあったのだ。

 

「その中に、八九寺先生の電話番号があったから、そこに電話したんだよ。『七海とその友達が、予備学科の生徒に襲われている。僕一人じゃどうにもならないから、助けてほしい』──って。場所こそ伝えてなかったが、世の中GPSっていう便利なものがあるからな」

「ほう、そうきたか……」

 

 さして興味なさそうに頷いては、「で?」と返してきた。

 

「……それで、八九寺先生って人望があるから、一声かければみんな付いてくるんじゃないかと思ってさ──ほら、まだ放課後でみんな学校に残ってるだろうし」

 

 かなり少ない確率だが、もしかしたら誰もいないと言う可能性もあったのだ。やはりそこは賭けであったし、また、この電話番号が正しいものかどうかも分からなかったのでそこも勝負に出たところなのだけれども──でも。

 

「さすが、阿良々木先輩。少ない確率だといっても失敗する確率があるのにも関わらず挑戦するとは」

 

 やはり彼女はどこか僕をおだてるような言い方をしているような気がする。なんつーかな。

 

「江ノ島、これは某賭博漫画の言葉だが──そりゃ、百パーセントは素晴らしいし、それが一番好ましいけれどさ。でも、そんなのは不可能に近い。それこそゼロだ。時には現実を見なきゃいけない。だから、十割確実とは言わず七、八割確かな自信が出たら勝負に出る。それが基本だぜ。そこまでなら頑張ればなんとか持っていけるからな」

 

「ふーん……」

 

 ま、いい話聞かせてもらいました。センパイのこと少しは見直したりして、キララン。と、効果音を自分で言いながら、足早に僕を置いてけぼりにして先の方へと走り去っていった。

 

 先輩より購買のパンか……。少し悲しい気持ちになってしまう。

 それと同時に呆れたという感情も生まれ、自然と頰を掻いた。

 既に腫れや痛みといったものはなくなっているのだが、それでも未だに惰性でガーゼや絆創膏を貼っているのは、それが少し誇らしいと感じているからだろうか。

 

 いつも通りの通学路をいつも通りに登校する。

 

 教室に入ると、やはりというか、そこには八九寺先生がいた。待ってましたと言わんばかりの佇まい。フレンドリーな顔つきで、ボールのように弾む声で話しかけてくる。

 

「やあスメラギくん。おはよう」

「良い加減に名前を覚えてください……。僕の名前は阿良々木な訳であって、そんなにおい(スメル)みたい名前じゃありません。もしくは(スメラギ)でもありません。……おはようございます。先生」

「冷たいねえ。これは一種のコミュニケーションなんだよ? せせらぎくん」

「僕の名前を風流豊かな表現っぽくしないでください! 僕の名前は阿良々木です!」

「失礼、噛んでしまった」

「いや、わざとだ……」

「かみまみた!」

「わざとじゃない?!」

 

 閑話休題。

 

「──ともかく、先週はお疲れ様。君が教えてくれなかったら、今頃どうなっていたのやら……考えるだけでゾッとする」

 

 面白おかしく道化に先生は自分の体を抱きしめるようにして腕を己の体に絡め、怖い怖いという感情を表す。

 

「いえいえ、そんな。……結局僕は、なにも、出来てないですよ。こちらこそ、急なお願いに応じてくれてありがとうございました」

 

 そう言い残し、僕はそそくさと自分の机へと向かった。

 いつもの通りに自分の前の席は空いているはずだが──そこには、七海千秋の姿があった。どうやら眠いらしく、半開きになった虚ろな目でどこかを見つめ、かくんかくんと不安定に首を動かしている。これから学校だっていうのに、大丈夫だろうか。

 

 彼女を起こすべきか否かを判断するのに少し時間がかかったが、このままここにいたらいたで色々と困ることがあると考え肩を揺すって起こすことにした。

 ハッと意識を取り戻した彼女は、目をこすりながら曖昧に口を動かしあくびをする。なんて無防備なんだろう。こういう姿を見ると日本の平和さが伝わってくる。平和ボケ……と言えば聞こえが悪いが。

 

「おはよ。……阿良々木くん」

「……あ、ああ。おはよう。七海」

 

 簡単な挨拶をし、自分の席に着く。例のごとく学生鞄に教材は入っていないので鞄を机の横に引っかけるだけで朝の準備は終わる。

 僕が朝の準備とも言えないものを終わらせたのを見計らってか、未だに僕の一つ前の席に陣取っている七海は口を開いた。

 

「私、うれしいよ」

 

 七海は、僕に視線を向けるわけではなく空へと目線を移す。僕もそれにつられて空へと目線を上げるが、いつもとなにも変わらないただの空であった。一体なにを見ているのだろうと七海と空を交互に見比べたりしたが、やはり分からなかった。

 

「なにがだ?」

「阿良々木くんと、友達になれたこと。……すごく、うれしい」

 

 本当に嬉しそうに、言う。

 とても眩しいその笑顔に、僕は思わす目を逸らしもう一度空を見上げる。窓には七海の顔が反射して写っていて、また目を逸らし廊下側へと視線を落とす。

 

「僕なんかでよければ、何度でも友達になるよ」

「ええっ、それじゃあ何回も絶縁するってことでしょ? いやだよ。私」

「……言葉の綾ってやつだ。僕は人と絶縁できるほど偉いやつじゃないぜ」

「どうだか」

 

 静かに笑う声が、左から聞こえてきた。

 もうじき僕も三年生。この冬を越せば、三年生へと昇華するのだ。

 高校一年生の冬からおよそ一年間、僕は完全に人間関係を拒絶していた。それ以前だって人付き合いをとてもよくしていたわけじゃない。精々学校で話をしたりはするものの放課後遊んだりはしなかったのだから。

 はたして、僕は七海と、日向と、どんな友達になれるのだろうか。心なしか楽しみでもあった。

 

 来週からは春休み。

 親睦を深める──という、僕の人生で一度も出てこずまた出てくることもないだろうということを、春休みという二週間ばかりの休みにしてみようかなと考えてみたりもした。

 

 横目で彼女の顔を見る。

 七海千秋。僕はこの同級生のことを──




 二週間お付き合いいただき、ありがとうございました。
 

 

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