戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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八話

 

  1

 

 剣丞とひよ子とからなる少数の部隊、剣丞隊が墨俣に城を築いてくれたお陰で美濃奪取の足掛かりが出来た。美濃進行の拠点が出来、家中でのある程度の信用も得られ、風当たりは弱まったと言える。

 嬉しいことではあるのだが剣丞は浮かない顔だった。

 刻々と時間が過ぎる度に彼の顔付きはより深く、自己を否定するような悔やんだ顔付きに変わってきていた。

「どうしたんだよ。 んな辛気くさい顔して」

 縁側に腰を落ち着け、夕焼け空を眺めている剣丞に慶次は声を掛けた。

「……慶次」

 何かにすがるような瞳をしている。顔は生気が抜け落ちたように蒼白く、半開きの口唇もどこか渇いていたようにも見えた。

「俺……俺さ」

 剣丞は振り絞るように声を震わせながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「人を……この手で……俺の手で……! 斬ったときっ。斬ったときにっ! 人殺しに……!」

 そして剣丞は水が溢れたかのように慟哭し始めた。

「……落ち着けよ」

 彼の背を撫でながら、頭に言葉がすぅと染み込んでいく感覚。過去の自分と同じ悩みだった。始めて落武者狩りをして人を斬り殺した。今でも両の手に残照の如くこべりつく感覚を鮮明に覚えている。それは命の重みだった。

 後悔もした。彼等にはまだ生きる道があったのにと。だが心のどこかでこれは仕方ない、自分を守るためだと思う感情も存在していた。

 そして場を踏み、気付いたころには命の重みという罪悪感は消え去っていた。いつの間に慣れてしまったのだ。

 

(いや。逃げただけか)

 苦しみたくなくて逃げたのだ。それこそ生きる道などと吹いていた自分が。今では免罪符を掲げて逃げているのだ。

 

(世話ねぇなこれじゃ。だがまぁ先達として助言することくらいは出来る)

 心構えやその意味をだ。

 背を撫で続けていたことが幸し、ようやく剣丞は平常を取り戻した。

「……辛かったろうな」

 

「っ! ……慶次は……」

 ことぎれた言葉の続きは容易に理解出来た。

「最初は辛かったさ。それこそもどしてたりしてたからな」

「……そうなんだ」

「俺は割り切ったんだよ」

 

「え……」

「森一家と織田を守るためだってな。だから今は辛くない」

「でも、それじゃあ……」

「いいか、 殺すことには確かに意味がある。だがそれを考えんのは今じゃねえ」

 剣丞の瞳をじっと見つめる。

「……うん」

「だから割り切れ。じゃなきゃお前が死ぬ」

「っ」

 剣丞は息を呑む。

「ま、俺から言えんのはこれだけだ。かくいう俺も答えは出せてないからな。あんまり調子良いことは言えんのだわ」

 と、あっけらかんに言う。

「うん……」

 

「んじゃあな」

 慶次はその場を去った。──かのように見えたが廊下の中腹まで歩いたところで機敏に身を翻し、剣丞の元へ戻った。

「一つ言い忘れてた。もし。もしそれでも辛いんなら俺に言いな。また相談に乗るぜ」

 

 剣丞は力なく頷き、答えた。

「分かった。そのときは頼むよ」

 

「おう。またな」

 そして今度こそ、慶次は去った。

 墨俣築城から二日後、夜の出来事だった。

 

 日を跨いで慶次が登城すると背に明るい声が掛かった。

「慶次、おはよう! 」

「おう剣丞。良い顔になったな」

 純白の制服に身を包む剣丞は昨夜とは比べるもなく、スッキリとした顔付きだった。

(……割り切ってくれたのか。良かった)

 

「うん。慶次のおかげだよ」

 少しだけ照れくさそうにはにかむ。

「……ってそうじゃないよ。久遠が探してたんだ! 機嫌悪かったから理由は聞けなかったけど急いだほうが……」

「っ!! それを早く言え! 」

 慶次はすぐさま駆け出す。そして廊下の中腹辺りまで駆けたところで、またもや背に声が掛かった。

 

「逆だ! 慶次」

 

 

  2

 

 現在美濃からの早馬があったということで緊急軍議のため家臣団は清洲城に登城していた。

 騒がしいくらい家臣たちの声が響いていた。

「みな、揃っているな」

 久遠が口を開くと一斉に場が静まる。

 

「先ほど美濃に忍ばせていた草から連絡が入った‥‥‥その内容なのだが、どうやら稲葉山城が何者かに占拠されてるらしいとのことだった」

 場が一気に騒然となった。

 それもそのはずだ。稲葉山城は自然の地形を大いに利用した堅城なのである。山の斜面を利用し築城されている山城は敵の侵入を拒み過去に落城した記録は存在しなかったのだ。

「ちょ、ちょっと待ったー!稲葉山城って稲葉山城は天下の堅城って言われるくらい強固なお城ですよね」

「北条の小田原に越後の春日山そして美濃の稲葉山。まぁほかにも堅城って言われるお城はたくさんあるけどねー」

 

「その難攻不落の城が落とされたって‥…」

 和奏の顔には驚愕の表情が浮かんでいる。周囲にもそれは伝わっており、同じ表情を浮かべた者がほとんどだった。

「いや。ただ草とまだ正確に事態を把握仕切れていないらしく、どうもそうらしい、という報せでしかないのだがな」

「不明瞭な報せだな。他にはなんて?」

 剣丞は眉をひそめながら問う。

「落とした部隊のことだが──十六人ほどで落としたらしいぞ」

 騒然としていた評定の間が、静まり返った。中にはあんぐりと口を開けた者も見受けられる。

「……なんですとっ!?」

 家臣団が呆然としている中、ようやく我に立ち帰った壬月が口火を切った。

「どうやったのかも気になりますが、誰がやったのか。そこを知る必要がありますね」

 次いで麦穂が極めて冷静な口調で話す。しかし事態が少しだけ彼女を早口にさせていた。

 

「そういうことだ。首謀者の情報は一切ないのだが‥‥‥調べて来てはくれぬか?剣丞」

 

 剣丞が有用な情報を持ち帰ることで墨俣築城の件に加え、家中での信用を確実に取る、久遠らしい策だ。

「いいよ。やれるだけやってみる」

 現在の剣丞のもとには原作と同じくひよ子と転子がいる。

 転子は墨俣築城に於いて、織田家に仕えることになった。元々、土豪を率いていたこともあり、剣丞を中心としたを部隊のほとんどの足軽を率いている。

「ひよ、ころ。いけるかい?」

 

「はい!」

 

「いつでも大丈夫です!」

 

「剣丞。護衛に慶次をつける。存分に使い回してやれ」

 にっこりと黒い笑顔を向けられた。

 

 

 翌日、『一発屋』という小料理屋で朝食を済ませ、軽く打ち合わせをした。

 今回の剣丞隊の目的は美濃での情報収集。なぜ稲葉山城が落ちたのかそれを知るためだった

 美濃での割り振りはひよ子ところが情報収集、剣丞と慶次が城の偵察といったところである。

 身支度を整えて、美濃へと出立した。距離としては一日で到着するらしい。

 

 馬を走らせ、到着したのは夜中だった。疲れた足腰に鞭を打ち、宿を探した。やっとのことで見つけた宿に入り、この日はどっぷりと眠った。

 

 

「さて、本格的に行動しようか。まずは城の様子を探って、そのあとに町で聞き込みって所かな」

 翌日になり、剣丞はさっそく指示を出した。

ひよ子と転子が城下町、慶次と剣丞が城の偵察。そして残った一人が──。

 

「はーい!じゃあみんな!はりきっていこー!」

 犬子だった。彼女らしく天真爛漫な雰囲気を出し、拳を掲げた。

 何でも彼女は慶次たちが稲葉山城に討ち入ると聞き、武功目当てに付いてきたらしい。

 

 (雛の阿保に騙されたなこいつは。全くあいつはほんっとに……)

 時と場所を考えて欲しかったと慶次は思う。原作と同じとはいえ今回は自分がいるのだ。来ないだろうと考えていたのだが現実は『来ていた』のだ。見通しが甘かったと言わざるを得ない。

 だが既に来てしまったのは仕方ない。だが未来の織田を構成する中核の将だ。自分勝手に動かれては流石に不味い。

 しかるべき罰は必要だろう。囲みに雛もである。

(全くあの悪戯娘は) 

 用意に犬子が雛に嘘を吹き込まれる姿が想像出来る。

『ねぇねぇ』

 

『わふ?』

 

『慶次くんたちが稲葉山に討ち入るんだってー。慶次くんが犬子たちには手柄を譲らないって言ってたよー』

 

『なあにー!? いくら従兄と言えど独り占めはずるいー!!』

 小悪魔のような微笑みを見せたであろう雛は今頃、ほくそ笑んでいるだろう。

 

「ねぇねぇ、早く行こーよー。剣丞さまー」

 剣丞の服の袖を引っ張っていた。剣丞は困ったような笑みを浮かべながら、こちらに視線を向けた。

(うちの姪は……)

 無言で彼女の前まで歩み寄ると──ぱちんと人差し指で彼女の額を弾いた。

 

「いだっ!? ……け、慶くぅん!?」

 弾かれた部分をおさえ、犬子は目尻を下げた。

「ったく。織田三若たるものがこれだと先が重い……雛の嘘くらい見破れるだろうがよ」

 ああ。壬月の苦労がとくと分かる。

 

「うわあ。ころちゃんあれ絶対痛いよ」

「うう。前田さまは絶対に怒らせちゃダメね」

 

「まあまあ、落ち着いて。落ち着いて」

 二の手を考えていたとき、剣丞が間に入る。

「! 剣丞さまー!! 」

 これ幸いとばかりに剣丞の背に犬子は身を隠した。

「おおう。良い度胸じゃねぇか犬子? ああ?」

 

「お、落ち着いて、ね? 慶次」

 まぁまぁと剣丞が慶次を制した。

 

「人員は少しでも多いほうがいいんだ。それに少し割り振りを変えるだけで済むしね。そうするとひよ子と犬子の二人が町で情報収集、そして俺ところ、慶次が城の偵察で、いいかな」

 

「……まぁ今回の作戦は剣丞が要だ。従うよ」

 しぶしぶではあるが。

 

 ひよたちと別れ、稲葉山城周辺まで歩を進めた。

 そびえたつ山や崖など自然の地形を利用した城。所々目に写る岩肌が剥き出しとなり、凸凹とした山の斜面を形成している。そしてその中央にどっしりと構えるように築城されているのが稲葉山城。

 その堅城は自然の要塞だった。

 眼前には登り階段がありその先に大きな城門が見受けられた。

 その近辺には門番らしき男が一人、槍を手に立っていた。だがそれだけであり、周囲には人の気配を感じなかった。

「人の気配が感じねえな」

「そうだな。清洲だともっと賑やかだったはずだ」

「居るのは門番一人。何かあったのは事実のようですね」

 ぎろり。門番の男がこちらに気付き、訝しげな視線を向けた。階段の下から、見上げていたのが警戒心を抱かせたらしく、槍を空いている手が槍の柄に向かう。

「こりゃあ一度引いたほうがいいな剣丞」

 

 城門から離れ、近くにあった河原で休憩を取りながら、これからどうするか話し合う。

「城の裏手に回ろうか。どこかに隙があるかもしれないし」

「ですが、稲葉山は険しい山ですからね。どこまで行けるか‥‥‥」

「まぁ山登りは慣れてるから、ころたちには迷惑かけないよ」

 

「決まったな。そんじゃ、一度町に戻ろうか。装備とか整えんとな」

 慶次の言葉に二人は頷き、一度稲葉山を下山した。

 町の店で食料や小太刀などを探す。主な食料はほとんどが干物だ。長旅と言うわけではないが基本的には多く購入しておく。加えて数本の小太刀を購入した。

 途中で町に活気がないことに気付く。尾張のようなガヤガヤとした朗らかな雰囲気は存在せず、どこか暗い印象だったのだ。

「(なんかこう、暗いなぁ)」

 周囲を見渡した剣丞が呟いた。

「(これも稲葉山城のことが関係しているのでしょうね)」

「(んー。一概にもそうとは言えないけど確率は高いと思う)」

「(なるほどぉ)」

 再び稲葉山に向かう。今度は裏手である。

 ゴツゴツとし岩肌に加え、しばしば襲ってくる急斜面。ツルや木々か折り重なるように雑多に茂る道なき道を進んだ。なかなかに道が険しい。

 徐々に標高が高くなり、空気が透明感のある冷ややかなものに変わる。

 ころと剣丞を先頭に登っていたが、急に立ち止まった。

「この辺りが裏手になるのか」

「稲葉山城が向こうだから、うん。この辺りですね」

 ころが地図を見ながら、指差す先には稲葉山城が見える。

 目の前には一歩でも進めば滑落しそうな切り立った崖があった。眼下には先ほどまでいた河原とまばらに点在する村が一望出来る。それらの周辺はほとんどが鬱蒼と茂る森ばかりでタカの姿も見受けられた。

「これは……」

「た、高い、ですね……」

「迂回するのが一番かな。ころ、迂回路は」

 

「ええっとちょっと待ってください。確認してみます」

 再び地図を広げ、にらめっこをし始めた。

 すると近くの獣道から誰かがこちらに来る気配を感じ取る。

「(お前ら、誰かこっちに来る。隠れるぞ)」

 二人を木々が煩雑に生い茂る場所に誘導し身を潜めた。

 少しずつ何者かが、此方の方に向かい歩を進めていた。

 足音が徐々に大きくなり、息を殺し、近付く気配の正体を探る。

 

 気配の正体が通り過ぎようとしたが、足音が止んだ。

「人でしょう?そこの人出てきて」

「……」

「……」

 

「早く出てきたらどうですか?」

 苛立ちを含んでいる声色を向けられる。十中八九こちらのことだ。

 

 剣丞、ころが顔を向き合わせる。

 二人が観念し、出ていく中、慶次は行かないことを選択した。

 少し話し込んでいた二人だが、こちらに戻ってくる。

「何かわかったか?」

 

「あぁ。獣道が近くに……って慶次。なんで出て来なかったんだ」

「怒るな怒るな。すまねぇって。実は腹の調子がだな」

 とは言うが、出て行かないのは何となくだった。

「……」

「……お、お頭?ゆ、許してあげましょうよ」

「いや怒ってるわけじゃないんだ。ただ……まぁいいよ。稲葉山城に向かう」

 どこか険しい顔をしながら前を向かれる。

 薮に覆われた道は、いつのまにか獣道へと変貌していた。辺りは太陽の光があまり通っておらず暗かった。

 どんどん進んでいくと稲葉山城の裏手であろうものが目前に確認出来た。

 

「お頭。本丸近くに翻る旗。あれは竹中半兵衛どのの家紋です。尾張ではかなり評価は高いですけど美濃ではそこまで評価されていないそうですね」

 

「……結果を残しているのに、それが評価がされない。それで城を占拠か。ふむ、野心でもあったのか」

 ぶつぶつと一人言葉を紡ぐ剣丞。

 

「よし、一度宿に戻って情報を整理しようか。あの二人も何か情報を持ち帰っているはずだ」

 

 こうして稲葉山城の偵察は終了した。

 

 

 

 


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