戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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明らかな矛盾は指摘していただけると。


七話

  1

 

「三割で伸びるとはなんと情けない。だが衝撃を逃がすとはな。評価には値しよう……猿」

 壬月は赤毛の少女を呼びつけた。 少女は荷車を近くまで引き彼女に戦斧を預ける。

「厳しいな。壬月は」

「当たり前だ」

 ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「だが信用はしてやるつもりだ。認めよう」

「おう。三若はどうだ?」

 

「ま、まぁ負けたし。ボクは認めるよ」

 

「雛も。和奏ちんと同じかな」

 

「二人に賛成ー!」

 

「おうそうか、御館さま」

 

「デアルカ。ならば結菜はどうだ?」

 

「そうね……認める。壬月の言葉通りなら彼、中々見所があるだろうし」

 いつの間にかこの場足を運んでいた彼女に久遠は視線を向けた。

 

「デアルカ。うむ」

 満足そうに頷く。

「でも殿ー。夫にするって本気なんです?」

 

「本気だが、何か懸念でもあるのか?」

 

「殿可愛いから、こいつが変な気を起こすんじゃないかなーって」

 

「我の相手がこやつに務まるわけなかろう。夫といっても形だけだ」

 

「それで孺子の扱いはどうされるのです?」

「何らかのお役目をお与えになった方がよろしいかと」

「一応、腹案はあるのだが‥‥‥」

 むむむと悩んでいるようだ。

 

「殿ぉー!たった今墨俣から佐久間様の早馬が来ましたー!」

 橙色の髪の少女が慌てた様子で走ってくる。

 

 佐久間信盛──彼女は退き佐久間の異名を持つ妙齢の将である。戦の引き際を見極める着眼点が鋭いことで名を馳せている将だ。現在は美濃の墨俣の築城を任されていたはずである。

 

「デアルカ‥…猿!貴様もそろそろ武士として名乗りを上げてもいい頃合いだ。剣丞の下に付き、功をあげよ」

 猿と呼ばれた少女は久遠の言葉を聞き、ぱぁっと顔を輝かせた。

 橙色の髪を細いサイドテールで纏め、活発な印象を受ける彼女の名は木下ひよ子。

 

 ひよ子は久遠の小者、つまり奉公人として仕官していた。奉公人は武士の身分ではなく扱いも存外雑だ。しかしたった今久遠が述べたことは事実上の昇進である。彼女はただいまより武士となったのだ。

 

(めでたいことじゃんか。あとで馳走でもしてやるかねえ)

 

「あ、あの私」

 

「うむ。今日よりは武士となれ」

 

「あ、ありがとうございましゅ!」

 

「ひよ、おめでとさんだな」

「ま、前田さま!ありがとうございましゅ!」

 彼女は腰を直角に折り、深いお辞儀をした。

 

「よし、ひよ。あとで剣丞連れてきな。今夜は俺がご馳走してやる」

 

「ええっ!? そそそんな悪いですよ!」

 

「遠慮すんなよ。おとなしく馳走させろ」

「で、でもぉ〜」

「猿、馳走されておけ。慶次は止めても聞かんぞ」

 そう言い久遠は微笑した。

「は、はいぃ〜」

 遠慮がちに頷いた。

「では猿。まずは剣丞を介抱せい。目覚め次第、二人で城に来い。沙汰を与える」

 ひよ子はコクリと頷いた。

 

「これにて剣丞の検分を終える。皆は評定の間に場を移し、墨俣よりの報せを聞け」

 

 こうして剣丞は一応という形だが側仕えとして認められることになった。

 

  2

 

「ほらいくぞ。お前ら、ついてこい」

 今夜は思った以上に明るい夜だった。いつもより月光は強い。とはいえ、夜は夜だ。

 朧気に見える道を提灯で照らしながら件の場所に向けて彼等は歩を進めていた。

 

 暫く歩くと到着したとある無人の民家。

 戸を開き、持参した蝋燭に火を灯した。そのまま囲炉裏にも火を付け、さらにまた蝋燭へ。

 本当はランプが良かっのだが如何せん、かなり値がはる。

 今回は仕方なく蝋燭を使っていた。

「剣丞とひよはそこに座っていてくれ」

 とりあえず居間に座るように指示し彼等は従った。

「なぁ慶次。なにを作ってくれるんだ?」

「それは秘密だ。今回はお前らの祝いだからな。期待して待ってろ」

「楽しみですね!お頭!」

 

「そうだなぁ。でも以外だよ、慶次料理できるんだな」

「意外か?」

 だが今から作るものを料理と言うのかは些か不安ではある。何せ串にさすだけものなのだ。品性の欠片もない男飯である。

 ここの台所を借り、肉料理をご馳走するのが目的だ。とはいえこの時代は肉料理が少ない。食べてはいけないと言われていたからだ。

 しかしそれが何の肉か分からない。如何せん戦国の知識が乏しいのだ。

 

(武田で焼き肉を食っていたくらいだしな。いけんだろ)

 と開き直ると予め長屋に用意しておいたウサギと鳥を捌き始める。

 肉を一口サイズの大きさに捌き、串に五、六個ずつさしていく。

 味付は味噌、塩、のみ。こればかりは仕方がない。次いでしゃぶしゃぶ用に捌いていく。味付けは醤油に、柑子の絞った汁を足したものだがこれが割りとさっぱりしていて美味しいのだ。

 そして最後に白米。肉と言ったらこれだ。

 

「よし、後は囲炉裏にさすだけだな」

 居間に持っていき串を囲炉裏の中へさす。水を入れた鍋を中央に置いた。 特に串焼きは焼きが甘いと美味くはならないから注意しないといけないだろう。

「うわぁ〜美味しそうですね! お頭! 」

 

「う、美味そうだあ……」

 二人は目を輝かせて見入っていた。

 

(気に入ってくれたみたいだ。んじゃあ後は味だけか。そっちも気に入ってくれるといいんだがねえ)

 

 数十分後。

 居間には肉の芳ばしい香りが充満していた。手元には柑子醤油の入った薄い茶碗と飲み水を準備。

 二人は今か今かと目を輝かせ、釘付けだった。

「今日は二人ともお疲れさん。そしておめでとう」

「ありがとうございます!前田さま!」

「ありがとう、慶次」

 

 タレも用意でき、ついに食す時が来た。

 

「「「いただきます!」」」

 挨拶をするや否や二人は物凄い勢いで料理に手を付けはじめた。

「おかひらー、ほれおいひいでふほー!」

 両手に串焼きを持ちながらも食べることをやめないひよ子。

「ひよ、行儀が悪いぞ」

 そんなことを言いながらも串焼きを両手に持つ剣丞だ。

 全く人のこと言えてはいない。

 だがそれは気に入ってもらえた何よりの証拠だった。

 

 慶次は嬉しさを胸の内に抱きながら、自らも串を一つ手に取ったのだった。

 


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