戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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五話

 昨晩は色々とあったようで顛末が柴田壬月から語られた。 

 彼を検分するため家老揃って斬りかかったそうだ。本気では無かったものの中々の武があったようで難なくいなされるに終わる。

 そして原作に密接に関わる鬼が出現し、しかし剣丞によって撃退されたそうだ。

 

「ところで紋、その仮面は何だ」

 壬月は訝しげに仮面を見る。

 

「いやぁ。ちょっと色々あって顔が酷い状態なんだわ」

「見せられない、と?」

 

「おう、だから悪い。これ付けたままでもいいか?」

 

「ふぅむ。御館さまに聞いてみないと分からんな」

 

「なら聞いてみる」

壬月と別れ、久遠の私室へ向かった。なお居城の私室である。

 

「御館さま、今よろしいでしょうか」

 

「紋次郎か。はいれ」

 私室にて彼女は文のようなモノを認めていた。長く連ねられた文字は流麗な形をしている。反対側からなので中々読み取りづらい。

 

 久遠は変わらず貼り付けた能面のように無表情で冷徹な目をしていた。

 あの時からずっとこうだ。弟を討ってしまってから変わってしまった。実母との関係も益々悪くなったと聞く。

 

 何となく昔のようには行かず紋次郎は主君と配下の正しい関係に収まり敬語を使うようになった。

 

「お忙しいところ申し訳ありません」

「よい。日課のようなものだ。なんだ、その珍妙な仮面は」

 

「はい。実は顔にデキモノが出来てしまい、評定にて仮面をつけることを許して頂きたいのです」

 

「仮面をつけるほど酷いのか。よかろう、許す」

 彼女に礼を述べて、頭を下げる。文をちらりと盗み見た。

『すまぬすまぬすまぬすまぬすまぬ……』

 紋次郎の心が、締めつけられた。

 

 評定の間には、織田の名だたる臣が集まっていた。

 筆頭家老となった柴田を始めとし織田の三若と謳われる佐々成政こと和奏、前田利家こと犬子、滝川一益こと雛である。

 

 最後に森一家の名代としてやって来た前田慶次郎利益ことおかめ丸紋次郎である。因みに犬子の前で格好つけた手前、恥ずかしいので仮面をつけている。デキモノ云々は嘘であったのだ。

 

 家臣団の視線は一点にある。

 

 上座に腰を据え、無表情の久遠のすぐ隣に座る男。

 この時代では珍しい純白の服を纏う。緊張しているらしく背筋がぴんと張っており仏頂面だった。

 

 主人公兼種馬の新田剣丞である。一目見た感想としてはイケメン。それに尽きる。

 

「皆の者。こやつが今日より側仕えとなる新田剣丞だ。死なん程度に使ってやれ」

 

「は、はじめまして。新田剣丞です。ええとこちらにいらっしゃる織田三郎久遠さんに保護されました。側仕えとして精一杯努力するつもりですので皆様よろしくお願いします」

 

 緊張した面持ちの剣丞が頭を下げた。一瞬こちらに目線が飛んで来る。おそらく、仮面を付けているので変に思われたのだろう。

 

 評定の間は静まり返った。

 

 聞けば、天上人と言うだけで側仕えに命じたようだ。

 そう言った事に彼女自身、興味がある事を理解している。

 しているのだが『はい分かりました』と首を縦に振るわけにはいかなかった。

 

 なんせ意味不明な現れ方と言い、見たことのない装いと言い怪しさ満載であるのだから。必然的に反対する者が現れる。

 

「ボクは絶対に認めないぞ!」

 赤い癖っ毛が特徴的で、るからに勝ち気そうな少女、和奏がビシッと剣丞を指さす。見るからに敵意満載だ。

「佐々殿の意見に雛も賛成でーす」

 

「犬子も佐々殿と滝川殿の意見と同意見だよ!」

 彼女を始め、横並びに座していた少女たちも同じく反対の意を示した。

 

「そうか。ならば、どうすれば認める? 貴様ら」

 

「ボクらより強ければ認めてやります!」

 

「ちょっとー。ぼくら、じゃないでしょー。雛まで巻き込まないでよー」

 

「和奏のことだからこうなると思ってた」

 

「えーっ!? 雛も反対してたじゃないか!」

 

「でもでも、殿が決めたことだし収まるところに収まるんじゃないかなーって思ってるし」

 彼女たち織田の三若は口々に声を上げたのを皮切りに評定の間は一気に騒がしくなった。

 

 最前列に座る壬月は場の騒音に耳を傾けるように目を瞑っていた。

 

 そうして徐々に大きくなる三若の声にぴくり、ぴくりと眉間を動かし、それは堪忍袋が膨れるようであり───。

 

「三若っ! 殿の御前であるぞ、控えよっ!」

 堪忍袋が切れ、壬月の一喝が響いた。

 

「「「うぅ……」」」

 

「強ければ認めるか。面白い、剣丞、三若と立ち会ってみろ」

 

「え、いやでも俺、一発で負ける気がするんですけど」

 

「耳をかせ」

 顔色が優れない剣丞だが、久遠に耳打ちされ腹を決めたようだった。

 

「わかった。精一杯やってみる」

 

「よくぞ申した。あぁ言い忘れていたが三若、わかっているな?」

 

「わ、わかってますよ! あんな、なよなよした奴には負けるわけがないですよ!  そうだよな! 雛! 犬子!」

 

「えー。やっぱり雛もやるんだー。確かに負けないけどねー」

 

「犬子も大丈夫! 」

 

(全くうちの姪どもは……)

 紋次郎は内心ため息を吐く。彼女たちの腕は良いのだが如何せん嘗めて掛かる傾向にある。

 無論、和奏も同様だ。類は友を呼ぶというのはこの事だろう。

 

 剣丞の提案で決闘は庭で行うことになり、紋次郎を含めた家臣たちが広々とした庭で見守ることになる。

 第一の立ち合いは和奏。剣丞は彼女と対峙した。

 刀を抜いた剣丞は構える。我流と見えるものだが隙が窺えない。 

 

 対する和奏は独特の造りをする槍を剣丞に向け、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 

「紋、どうみる」

 壬月が難しそうな顔を浮かべながら、こちらに歩み寄る。

 三若は個人の武力は高いが隙を作りやすい傾向がある──というのが自論である。

 加えてあの三人は剣丞を完璧に見下し嘗めて掛かっていた。

 

 和奏は油断しているのだろう。その証左に勝利は決まったと言う風な笑みを浮かべているのだから。

「剣丞が勝つな、これは」

「ほう」

 ぎろり。鋭い瞳で睨まれる。

「鬼相手に一歩も引かなかったんだろう。それに和奏たちは完全に舐め切ってる。足元掬われるな、これ」

 

   2

 

 紋次郎の予想通り剣丞は三若に見事勝利を収めたのだった。

 揃ってしょんぼりとした顔を浮かべる彼女たちに労いの声を掛ける。

「お疲れさん。どうだった? 剣丞は?」

 

「え? だ、だれ?」

「おにーさんは……」

 流石に仮面してると分からないようだ。

 

「オレだよ。森家のおかめ丸紋次郎」

 

「あっ!」

「変な名前のおにーさんだー」

(雛のそう言う所、おにーさんは苦手です)

 

「ふ、ふんっ。ちょっと油断しただけですよっ! それに鉄炮の玉薬を籠めてれば勝ててましたっ!」

 とは言うが彼女の見栄っ張りだ。

 

 先の仕合で剣丞の策に掛かり、驚きで目を見開いていたのを目にした。

 どうにも敗北を認めたくないようだ。

 

 和奏が使う武器は特殊な造りをしている。戦国時代では考えつかない仕様の武器だ。

 

 一見すると普通の槍だ。変わっている所と言えば先端が膨らんでいること。

 

 驚くことに先端で鉄炮が撃てるようになっている。しかし鉄炮とは元来連射できない白物であり、一発撃ったら玉薬を入れなければならない。加えて命中率の問題もあった。

 

 その隙を剣丞に突かれ敗北したのである。

 

 鉄砲に固執するあまりの敗北だった。

 

 それこそ鉄砲は弓など歯牙にもかけないほどに凶悪な性能なのだがその真価は有り余る殺傷能力に加えて飛距離にある。

 

 デメリットはあるが、今回に限っては二人の間合いが近い分意味をなさなかったようだ。槍で挑めば勝利していたはずだろう。

 

「私もー。もうちょっと速く動けたら勝てたかなー」

 氏族の血縁関係がある彼女だが今回は本気を出したようでお家流を使用していた。

 

 お家流とは武士が持つスキルのようなものである。努力により勝ち取るものから一子相伝のものまで幅広く存在している。

 

 蒼燕瞬歩といわれる雛のお家流はとにかく速く動ける。

 したがってその戦法は至って単純、素早い動きで、撹乱し背後から急襲を仕掛けるものであった。

 

 それを剣丞に見破られてしまい、一撃をもらい敗北したのである。

 お家流は強力な力である反面、使い手次第では大きな隙を作り得る。

 

「うぅ~。あと少しだったのにー」

 犬子は猪突猛進だった。気概は十分なのだが如何せん、動きが単純だ。

 

 相手からすれば攻撃してくださいと言っているようなものであり避けることは容易であったろう。

 

 案の定、猪突猛進な行動を読まれ、犬子は敗北した。

 

 だが取り分け、三若の中でも犬子の実力は高い。身内贔屓であるが槍捌きは見事なものだった。

 

(ホントにこいつらは……)

 壬月の嘆きが理解出来た。

 

 常日頃から壬月は口煩く彼女たちに小言を弄しているのだがいざ彼女たちの戦いぶりを目にしたときその意味を知った。

 

 頭を抱えるとはこのことだ。こんな体たらくとは情けない。

 とはいえ彼女たちは若い。褒めれば伸びる。負けたとしてもそこから得るものがあるから強くなれるのだ。

 いずれ織田を背負う人材の一柱だ。若人のうちに敗北を経験できて良かったろう。

 

 なんて格好をつけてみた──のだが、彼女達はいつの間にか始まった立ち合いに意識を向けていた。

 

「はぁ!」

 麦穂が鋭い声を上げながら剣戟を起こす。一方的な攻撃であり剣丞は防戦一方だった。

 

「ぐっ!?」

 剣丞の顔には焦りが見える。汗が飛び散った。

 

 対して麦穂は余裕の見える涼しい表情で素早く刀を打っていた。 

 

 彼女ほどの力量であれば勝つ事は容易いのだが中々行動には移さない。時折、彼が防ぎにくい箇所へと刀を向けている事を見るに力量を計っているらしい。

 

 剣丞は、流石にこの長時間に及ぶ剣戟に嫌気が指したらしく麦穂の刀を斬り返し──突然、胸を鷲掴みにした。

 

(……な、なんだと!?)

 そして直後。彼らの剣戟を見守っていた者たちをしらけた空気が包む。しーんと静まり返っていた。

 

「……きゃ」

 一瞬の間を置く。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 耳を劈くような甲高い声が空気を震わした。

 観戦側である三若からは非難の声があがる。

 その瞬間、剣丞は女性陣の敵となった。

 

「サイテーだあぁぁぁ!!」

「破廉恥な男ー。雛、気をつけないと妊娠させられるかもー」

「女の敵ー!変態ー!変態ー!」

 

「貴様は‥‥‥全く」

 ため息をつきながら壬月は額へと手をやった。半分、呆れ返っているのだろう。

 

 剣丞は四面楚歌状態だった。

 

「あ、あのー」

 申し訳なさそうな、それでいてバツが悪そうな顔で剣丞は膝から崩れ落ちるように膝を畳み、頭を地につけた。

 

「ご、ごめんなさいっ! 今度お詫びになんでもしますから許してくださいっ!」

 

「だ、だ大丈夫ですよ。これでも、ぐすっ。か、家老の一人ですし、ぐすっ、余り怒ってはいませんから」

 居た堪れない空気となったのは言うまでもないだろう。

 麦穂に続き、剣丞と対峙する壬月。

 

 男女には覆せない体格差があるのだが、改めて俯瞰する側に立つと壬月のほうが大きく写った。

 

 剣丞の方が身長は高いはずだが歴戦の猛将としての気迫が彼女を大きく見せているのだろうか。

 

 思い出したように壬月が待ったを掛ける。

 

「少し待て、孺子……猿!」

 

「は、はいっ!」

 猿と呼ばれた赤毛の少女が大きな斧を乗せた荷車を引いてきた。

 壬月が使う武器だ。銘を金剛罰斧。とにかくデカい戦斧である。並の者が使えるようなものではない代物だ。

「貴様には本気で参ろうか」

 麦穂の敵討だ。

 

「えっ、あの、それ、し、死んじゃいませんか?」

 困惑の声が上がった。

 壬月も女性だ。剣丞に立腹するのも無理はない。

 ましてや麦穂とは付き合いが長い分尚更だ。 

 

 剣丞が勝つには隙を突くしかないだろうが、しかし壬月ほどの猛将が隙を作ると考えられない。

 したがって剣丞はこの一戦で敗北するのだろう。

 思った矢先。すさまじい突風が巻き起こり思わず目を瞑る。

 突風が止み、目を開けると飛び込んできたのは地面に突っ伏した剣丞の姿だった。

 

 


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