戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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三十一話

「‥‥‥ってなわけで、金ヶ崎の戦はこんな感じだ。気付いたら終わってたんだ」

 慶次は金ヶ崎での戦を事細かに話した。

「す、すごいんだぜ‥‥‥」

「金ヶ崎はそこまでの寡兵で‥‥‥」

 呆然と言った様子の二人。

 だがそれも数秒ほどだった。

「……なぁ前田慶次」

 口火を開いた白髪の少女。ぐっと拳を握り締めこちらへと視線を向けた。

「あたいと……」

 

「? あたいと? なんだ」

 

「し……し、仕合って欲しいんだぜっ!」

 一世一代の告白のように溜めに溜めた大声で彼女は叫ぶように言った。

 それにしても仕合かと慶次は考える。早朝に春日と仕合ったばかりなのだ。疲労と言う疲労は溜まっていないものの、やはり彼女としては全力で挑んで来て欲しいだろう。

 とは言え特に白髪の少女の頼みを断る理由もなかった。

「いいぜ。やってやろうじゃねぇか」

 

「いいのかだぜ!? 」

 

「おうさ」

 

「じ、じゃあ早速やるんだぜ!」

 地に置いた槍──ではなく訓練用の木棒を手に取ると慶次から距離を取った。

 同じように慶次も木棒を取ろうとするが───木棒がなかった。

 

「っと心。槍貸してもらっていいか?」

 

「ええ。構いませんよ……はい」

 彼女から木棒を受け取り、右手に持つ。

 

 慶次の構えは一般のそれと一風異なる。着込んでいる服装も奇抜なのだが槍の構えも奇抜だった。

 

 と言うのも彼は両手を使わずに右腕だけで槍を振るうのだ。更に言えば彼の槍は突き刺す以外に打撃として使うのである。

 

 

「両者、準備は良いですね。と、その前に。生命に関わる急所を狙うのは厳禁です。勝敗は気絶するか、降参するまででよろしいですか?」

 心の声に白髪の彼女と慶次は頷く。

 

「では、始めっ!」

 

「はっはー。俺から行くぜぃ!!」

 電光石火の如く、彼女との距離を詰める。上段に構えた右腕は彼女の肩を狙う打撃。

 

「は、早いんだぜ!?」

少女は慶次の攻撃を避けようと右に避けようと身体をずらす。

だが慶次の振り上げた腕の方が早かった。

 

「!? っ!!」

 

 かろうじて慶次の打撃を受け止めた。

 

 鈍い木の音が響き、少女は顔を歪める。

 

 そして次の瞬間。

 

 バキッ!!

 

 少女の持つ木棒が折れた。

 

「っ!!」

 

「ここまでだな」

 慶次は少女の首に木棒を当てる。

 

 少女の首がなまめかしく蠢き唾を呑み込んでいた。

 

「そこまで! 勝者前田慶次!」

 心の声に慶次は木棒を降ろす。

 

「手も足も……出なかったんだぜ」

 呆然とした様子の少女は地面にぺたりと座り込んだ。

 

「刀じゃねぇからやっぱやりやすいな。さてと、どこも怪我はねぇな。ええと……名前何て言うんだ?」

 原作知識を持ち得ている慶次はもちろん知っている。だがこの世界では初対面と言う程だ。

 

「あ、あたしは……山県粉雪昌景だ、ぜ」

 

「粉雪か。俺はまぁ知ってるからいいな。で、怪我はねぇな?」

 

「う、うん」

 

「なら良かった」

 

「……」

 粉雪は黙りとしたまま、俯く。

 それに気が付いた慶次は心の耳元にそっと話し掛けた。

「(なぁ。粉雪はどうしちまったんだ?)」

 

「(多分ですが、こなちゃん、今まで負け知らずだったから今回の負けが原因だと思います)」

 

 なるほどと合点が言った慶次。確かに今まで負け知らずならば呆然自失───までは行かないがショックを受けるのは当たり前だろう。

 

(どうすっかなぁ)

 特に妙案も浮かばないまま時が過ぎて行く。

 どうにも居たたまれなくなった慶次は思っていたことを素直に話した。

 

「ま、まぁ粉雪。俺は木棒だから勝てたんだ。だからあんまり気にすんな。ほら、俺は打撃を使っただろう?」

 

 本来槍は突き刺す等の攻撃しかないが慶次は打撃として使ったのだ。

 ズルいと言えばズルいのだ。だがそれでも粉雪の態度は変化がなかった。

 

「弱ったなぁ」

 

「慶次さん。私がこなちゃんと話をしときますから」

 

「……分かった。頼む」

 後ろ髪を引かれる思いだが此所にいれば粉雪が話しづらいだろう。

 そう考え、慶次はこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慶次が去った後の粉雪と心。

 

 心は座り込んだ粉雪の側で話を聞いていた。

 

「慶次とどう話したらいいか……わ、分からなくなって。それにあんな風に優しく気遣ってもらうのも始めてでどうしたらいいか分からなくなったんだぜ……」

 

「……なるほどね。でも慶次さんに失礼だったよ?」

 

「頭では分かってはいるんだ。で、でも身体がいうこと聞かないんだぜ」

 

 その言葉に心はぴんと来てしまう。いや来てしまった。

「こなちゃん。慶次さんのことを考えてみて?」

 

「? わ、わかったんだぜ……っ!!??」

 

「どうだった?」

 

「顔がなんか、熱くなってきた……それに胸も。ここ! あたい何か変な病にでもかかったのかもしれないんだぜっ!!」

 

 そんな赤面した友人の言葉に心はくすりと微笑を漏らす。

「大丈夫だよ。こなちゃん。どこも悪くないよ」

 

「よ、良かったんだぜ……」

 粉雪はほっと胸を撫で下ろす。

「でもね。これからもっと顔が熱くなったりするかも」

 

「ええ!? もしかして不治の病とかなんだぜ!?」

 

「大丈夫だよ。こなちゃん、それは───」

 

 

 

 

 

 

##########

 

 

 

 

 

 粉雪との仕合後、慶次は母屋にある客間へと戻って来ていた。

(粉雪には悪いことしちゃったかなぁ)

 だが親友である心が側にいる分、心配はしていなかった。ただその代わり武田家にいる間、居心地が悪くなる、そんな気がしていた。

(仕方ねぇな)

 自分でやってしまったことだと慶次は腹を括った。

 

 そんなことを考えていたとき。

 

『前田慶次どのはご在室かな?』

 障子の外から女性の声が掛けられる。

 

「おう。いるぜ」

 

「失礼するよ」

「し、失礼します!」

 敷居を跨いで入室して来た二人の少女。一人は見覚えのある朱色の髪をショートカットにしている少女だ。

 

 もう一人は紫色の髪をサイドテールに結んだ少女。慶次から見て左目に黒い眼帯をしている。どこかそわそわした落ち着きのない様子で赤い瞳があちらこちらへと踊っていた。

 

「お! あのときの嬢ちゃんじゃねぇか。で、そっちの可愛い子は……」

 

「か、かわいっ!? は、はぅ〜」

 瞬く間に顔を染めた少女は顔を俯かせた。

 

「おやおや、全く。初対面の女性を口説くつもりかい? 流石としか言い様がないねぇ」

 

「口説いてるつもりはないさ。ついつい本音が出ちまったんだ。悪いな」

 

「ぇ、ええええ!?」

 途端に眼帯の少女が驚愕の声を上げる。

 

「君は自覚していないようだねぇ。まさか素で口説いていたとは。これは手の付けようがない」

 一二三はやれやれと言った様子で嘆息する。

 

「お、おう? そ、それでどうしたんだ?」

 

「いやねぇ。何でも越後に行くつもりが甲斐に来てしまった阿呆な男を見てみよう──って湖衣が言うもんだからさぁ」

 ちらりと隣の眼帯少女に視線を送るとにやりと笑う。

 

「え、ええ!? ち、違います! 違います!」

 慌てた眼帯少女は身振り手振りで必死に否定していた。

「私そんなこと言ってませんー!! も、もう一二三ちゃん!適当なことを言わないで!」

 非難の目を向ける眼帯少女だが当の本人はどこ吹く風だった。

 

「ほぉ〜。なるほどなぁ」

 

「っ! ち、違います! 本当に違うんです〜!!」

 慶次の言葉にびくりと肩を震わせた少女。

 

「ははは。分かってるさ。大方、武藤どのが考えていたことだろうからな」

 

「そ、そそうなんです。わ、わかってくれて良かった〜」

 眼帯少女はあからさまに大きく肩でため息をついた。

 

「ったく。武藤どの」

 

「ふふふ。中々面白かったよ慶次くん。……湖衣どうだい? この男は一目で私の名前を当てたんだ。何かと不思議な男だろう?」

 

「……」

先ほどとは一転し、真剣な顔つきでじぃとこちらを見つめる眼帯少女。

 

(あー。名前の件かぁ)

 正直、原作知識のおかげなどと言っても信じて貰うことは出来ないと思う。

 増してやそれが剣丞にでも伝われば恋姫のストーリーがどうかるか分からない。嘘をつくことは心苦しいが仕方なかった。

 

 そんなときに慶次は閃いた。

 

 面白そうだ。と言うのが慶次の第一の念頭に置いてあるその妙案。

 

 

 それは───。

 

 

「実はな。俺、可愛いなぁって思った女見つめると自然と名前が分かるんだ」

 

「へぇ……」

 嘘だと言う顔をしている一二三。

 

 もちろんそれが正解であるが彼自身の過去を話しても信じて貰えることはないと思っている。だが何より剣丞に知られるわけにはいかないのだ。嘘をつき、それを通すことしか彼にはできなかった。

 

「そうさなぁ。そこの可愛い嬢ちゃんは」

 今もなおこちらを見つめる少女を慶次は見つめ返す。

 一拍の間を置き、見つめ合う瞳に気付き少女は慌てた様子で視線を外した。

 

「なるほど。嬢ちゃんの名前は───」

 

「……」

「……」

 二人がごくりと唾を呑み込む音がした。

 

「山本湖衣晴幸」

 その瞬間だった。

 眼帯少女が大きく目を見開いた。

「……な、なぜ知ってるの」

 

「だぁから言ったろ。俺は良い女見つめるだけで名前が分かるんだよ」

 

「誤魔化さないでっ!!!」

 

「……っ!」

湖衣の大声に慶次は押し黙る。

(ヤバイ。ヤバいな。怒らせちまったか)

 

「こ、湖衣。少し落ちつ……っ」

 

「一二三ちゃんは疑問に思わないの!?」

 驚愕の表情を見せる一二三。

 彼女は重々しく口を開いた。

「……慶次くん。仔細お話願おうか」

 

「分かったよ。悪りい、悪りい。実はな───これ御家流なんだわ」

 

「だから誤魔化さ……え」

 

「本当さ。知りたいことを教えてくれる御家流なんだ」

 

「……そうか、なるほど」

 合点がいった。そんな様相を見せる一二三。

 

「じ、じゃあ私の名前は」

 

「御家流を使ったってわけだ」

 

「そ、そうなんですね」

 ほっと胸を撫で下ろしていた。

 考えて見れば見ず知らずの男に名前を知られる───女性からすれば気持ちの悪いことこの上ない。彼女が安心することも無理はなかった。

 

「すまねぇ。騙すような真似して。いやそれよりも怖がらせちまったか。すまん」

 

「い、いえ。全然大丈夫です」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

「慶次くん? それじゃあその御家流の名は何て言うんだい?」

 

「な、名前か」

(考えてねぇ……あ)

 唐突に閃いた。

 彼女たちにこちらへと近付くように手招きをする。

「? 何かな」

 

「?」

 

「(他言無用で頼むぜ? )」

 静かな声を彼女たちに掛ける。

 二人が首を縦に振ったことを確認し、口を小さく開いた。

 

「(俺の御家流の名は———全見通眼ってんだ)」

 

「(全見通眼、か。聞いたことのない御家流だねぇ。湖衣は知ってる?)」

 一二三が湖衣に視線を向ける。

「(……聞いたことない御家流よ)」

 

「(まぁ誰も知らねぇ御家流だからな)」

 

「(しかしこの御家流を使えば色々と出来たんじゃないかい?)」

 

「(制限があってな。見れるもんは決まってんだ)」

 

「(なるほどねぇ……湖衣、納得はいったかな? 湖衣?)」

一二三が視線を向けるとその先では湖衣は顔を真っ赤にさせていた。

 

「おい。大丈夫か?」

慶次が思わず彼女に声を掛けると激しく首を縦に振る。

 

「あっははは! 流石は湖衣だ! あっははは!」

 途端に腹部を押さえ、大きく笑う一二三。

 

 少女は顔を更に赤くしていった。

 

「っ!!!!」

 

「あんまりからかうなよ? 見てる側からすると可哀想だぜ?」

 

「何を言っているんだい? そもそもの原因は君じゃないか」

 

「俺か。いやまぁ確かに失礼なことをしたが……本当に悪いことをした。山本どの」

 慶次は正座をし、頭を地面に付けた。所謂、土下座だ。

 

「あ、あわわ、そ、そんな頭を上げてください! 私もその、怒鳴ってしまいましたから……あ、あの、その」

 消え入るような言葉を呟きながら湖衣は顔を下にしていった。

 

「山本どの? 」

 顔を上げた彼は様子のおかしい湖衣に話し掛ける。

 そんな湖衣を一二三はにやにやとしながら見つめていた。

「……わ」

 

「わ?」

 

「私のことはこ、ここ湖衣でいいです」

 

「分かった。んじゃあ短い間だがよろしくな? 湖衣」

 慶次は彼女に向かって手を差し出す。

 

「え、えと。こちらこそよろしくお願い、します」

 差し出された彼の手をおずおずと言った様子でゆっくりと握る湖衣。

 その視線ははじぃと慶次の手に注がれていた。

「……」

 

「……」

 

「……なぁ湖衣」

 

「っ! は、はい! 」

 びくと身体を震わせる。

「そのー、な? いつまで手握ってんだ? あーいや。俺としては全然気にならねぇがな」

 

「あ、あああ……ご、ごごごめんなさいっ!!」

 ぱっと握っていた慶次の手を離すと風のように部屋を出て行った。

 

「はは。何て言うか面白い娘だ」

 

「おお! 慶次くんもそう思うかい? からかいがいあって私は大好きなんだ」

 

「はは。なるほどなぁ。ま、それはそれだ。改めてよろしくな? 一二三」

 湖衣と同じように手を差し出すと彼女は迷いなく慶次の手を握る。

 

「慶次くん。こちらこそよろしく、と言っておくよ」

 一二三は短い間だけどねと付け加えた。

 

 

 

 

 




オリ主は自分が原作を掻き回していることに気付いていません

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