戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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三話

  

「いやぁ〜風呂までいただいちまって。何か悪いな」

 屋敷の門前に点てられた篝火の傍に三人の姿がある。

 

「いいのよ。気にしないで。ね、久遠」

「うむ」 

「それじゃあな。お二人さん」

 

「うむ。またな」

「ええ、おやすみなさい」

 二人に見送られ帰路についた。

 

 しばらく歩いていく内にはっと紋次郎は気付く。

 周辺の連なる家や今いる道が見たことのないものばかりだったのだ。 

「ここどこだろ……」

 そう言えば、と思い出した。自分は、気絶して久遠の屋敷へと運ばれたのである。

 

 つまりここがどこかわからないと言うことだ。ましてや森の領地周辺の地理しか知らず、加えて夜中と言うこともありその地理は一層不鮮明だ。

 

(屋敷に帰れねぇな。不味いことになった……!)

 それからともかく歩いた。西へ東へ。北へ南へ。直感を頼りに狭い路地や田畑の畦道を進んだ。

 

 夜通し歩き続け、結局、紋次郎が自分の屋敷に到着したのは太陽がかなり高く上がったころだった。

 

   2

 

「やはりおもしろいやつだ」

 彼の背を見送り、やがて闇へと消えたころに久遠は呟いた。

 

「久遠はからかわれてたものね」

 

「わ、忘れろっ!」

「‥‥‥」

 思い返せば、久遠がこんなになるのを見るのは久し振りだったような気がする。

 本当に久し振りだ。自分の母が亡くなってからは見たことがなかった表情だ。

 なんだか妬けてきてしまう。

 

 しかし彼は久遠を笑顔にしてくれた人物だ。曲がりなりにも妻である自分が出来なかったことをしてのけたのだ。

 

 だから嫉妬はしつつも感謝の念もあった。

「私たちも戻りましょうか」

 

 そうして屋敷の中に戻ろうとしたときだった。

 ぞわり。背筋に視線を感じ、振り返る。

 薄暗い夜道にちらりと人影が見えた──ような気がした。

「……?」

 こちらを見ていたのだろうか。

 

「どうしたんだ? 結菜?」

「ううん。何でもないわ」

 気のせいだろうと考え、結菜は久遠を伴い今度こそ屋敷へと戻った。

 屋敷に戻ってゆく二人を陰から覗く者が一人。

「ハハハっ。お姉さま。いや信長。織田の当主は僕だ。今すぐに座を降りてもらうぞ。ハハハっ!」

 狂うように笑いながら闇夜に消え行く者は───。

 一人の将が清洲城で久遠に謁見していた。

 

「久遠様。此度は謁見を許可していたただき誠に……っ!」

「前置きはいい。それで、柴田勝家、何をしにきた」

 彼女──柴田勝家の言葉は久遠によって遮られる。

 

 諱で彼女を呼ぶ、つまり敵とみなしているのである。

 しかし彼女は驚く素振りも見せずに答える。

 

「我が主、織田信行が再度謀反を企てている模様。此度はそれをお伝えに参った次第にございます」

 

「「「っ!?」」」

 

「柴田殿っ!それは誠にございますかっ!」

 女性が驚愕の表情で問う。彼女の名前は丹羽長秀、通称麦穂という。

 こくりと柴田は頷く。

 周囲の者が息を呑む。一度許されたにも関わらずまたも謀反を画策している。その現実がたたきつけられたのだ。

 

 家族を大切している久遠であるが、しかし、二度目となれば許すわけにはいかなかった。

 久遠は顔色を変えながらも 「‥…デ、アルカ」と精一杯答えてみせた。

 弟がまた謀反を企てているという報告がもたらされ、信行を殺したくはないという思いが久遠にはある。

 

 だがそれでも───。

「殺らねばなるまい……麦穂っ!」

「はっ!」

「我が病で臥せっていると城下に流布しておけ!」

「御意」

 付き合いの長い麦穂には考えていることが分かっているらしく何も言うことはなかった。

 そのうえここまで早い指示を出すあたり、予想はしていたのだろう。

 

 あの信行のことだ。おそらく城下に密偵を放っているはず。今回はそれが仇になる。

「信行……」

この日、愛している弟は、愛していた弟となった。

 久遠が病に臥せっているという噂が流れ始めた。

 城下の者は心配するものから特に興味がないというものまでその顔色は様々だった。

 森の屋敷にある道場で彼等は槍で打ち合っている。

 稽古である。死ぬほどの攻撃が襲ってくるという条件付き、かつ死ぬほど痛いが。

 そして何合か仕合っているときだった。不意に視線を感じ始める。

 

 桐琴の攻撃をいなしながら、ちらりとその方向に視線を向けると、道場の引き戸が少しだけ開けられていた。

 

「すきありだっ!!」

 槍を振り払われてしまった。

 かこんと乾いた音が響いた。

 

「っとお。いってー、やっぱ桐琴に勝つのは無理だなあ」

 

「ハッ! ワシが負けたらそれこそ棟梁としての面目がつぶれるわ。負けるわけがなかろうに」

 ハハハと笑いながら紋次郎の肩を強めに叩く。そして引き戸を見ながら叫ぶようにして声を大にした。

「クソガキぃ!見ていたのは分かってる。はいってこい」

 

 そうして叫ぶと、道場へ入って来た少女。

 

 年の頃は十二歳から十三歳ほどだろうか。意志の強そうな瞳が特徴的だ。

 金色の長髪に虎模様の帽子、そして袖長の黒い服を着ている。

 

 紋次郎が観察するように見ていると、すぐさま桐琴の後ろに隠れてしまった。

「おい」

「ぅ」

 桐琴が低い声音で少女に声を向ける。するとしぶしぶといった様子で一歩前に進み出た。

 

 紋次郎は腰を屈める。

 

 第一印象は大事だ。できるだけ優しい大人と思われるようにしなければ。

「小さい桐琴か。オレはおかめ丸紋次郎。紋ちゃんと呼んでくれ。おチビちゃんはなんて言うんだ?」

「おい! てめぇおチビちゃんはないだろっ! ふざけてんのかよ。オレの名は森小夜叉長可だ 小夜叉でいいぜ! にしても、おかめ丸紋次郎って、何だよ」

 

 怒った表情から一転し、とても眩しい笑顔に変わる。

 

「こいつはワシのガキだ。まだまだ青いヤツだが森の次期棟梁でもある。それ故経験を積ませなければならん。そこでだ紋次郎、貴様にはクソガキの補佐を頼みたい」

 小夜叉の頭をわしゃわしゃと乱す。

「わかった」

 

「さてクソガキ、こいつが今日から貴様の補佐にはいる。何かあったらこいつを頼れ、いいな」

 

「わかったぜ!母ぁ。紋次郎、長いから紋でいいや。よろしくな!」

 

(小夜叉補佐いらねぇだろうなあ。これ)

「ひゃっはーーー!」

『『『ヒャッハーーー!』』

 紋次郎の目の先には、二人の夜叉がいた。顔は血で染まり薄く気味悪く笑っている。

 

 彼女は初陣で華々しい戦果を挙げた。

 

 母親と同様に、必要以上に前線に出たがる気質なのだが、それが功をなしたらしく敵将を見るや否や頸をはねたのだった。

 

 そのうえ勝鬨を挙げることもなく、次いで周囲の敵兵を屠殺にかかる。自然と経験が身に付いていたようで苦戦などしなかった。

 

 寧ろ、終始彼女が優勢だったと言ってもいい。

 

「頸はもらうぜぇ!」

 槍を振り回し敵兵の頸を刈る。身の丈より大きな槍を巧みに扱いながら一人また一人と命が刈り取られていった。

 

 そのさまを、紋次郎は間近で見ていた。

「紋っ!てめぇ何体だ!?」

 何体と言うのは倒した敵兵の数だろう。

 

 しかし一々敵兵の数なんて数えてはいなかった。命のやりとりをしている最中、他のことに思考を向けることなど今の紋次郎には出来なかった。

 

 とはいえ答えないわけにはいかず、あてずっぽうに返答した。

「あー。二十三くらいかなぁ、たぶん」

「よっしゃぁー勝ったぜ! オレは三十だっ!」

「クソガキは戦の機微をしらんな。まだまだだ」

 

 

 

 

 久遠が病で臥せっているという情報が城下に流れ、信行は早速行動に出た。

「お姉さまは病で臥せっておられる。僕が城に行き、譲り状を書かせる」

 そう自信満々に言い、信行は清州城に向かった。

 到着した信行は門前で止められた。

 

「お待ちください、ここでは帯刀を禁じています」

「これは失礼を」

 刀を兵に手渡す。久遠の策のひとつであった。

 刀を取り上げることで武力を奪うのだ。

 

 城の中に入り、天主の間に案内され、臥せっている久遠を拝謁する。

 布団に寝かされており、枕元に水が入った桶が置いてあった。

 見るからに具合が芳しくないようであった。

 

「お姉さま、体の具合はどうでございますか?」

「ゴホッ……我は……大丈夫だ」

 辛そうな顔をしながら身体を起こし、額に置いてある手ぬぐいを適当なところへ置く。

 

 どうやら本当のようだと、ついに確信した信行は笑みを浮かべる。

 

「お姉さま。実は……っ!?」

 そのときだった。ゾロゾロと刀をもった兵が幾人も現れ、久遠を守るように彼女の前に立ち、残りは信行の周囲を囲んだ。

 

「き、貴様らっ!」

 囲まれる信行は何か言おうとするも、瞬く間に頸をはねられ絶命した。有無を言わせない一刀であった。

「せめて安らかに眠れ……」 

 久遠は驚愕に目を見開く弟の目蓋を優しく閉じたのだった。

 


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