戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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白神 紫音さま。誤字報告ありがとうございます。




二十二話

 村はずれの山へ赴く剣丞たち。

 草の根をかき分けるように山へと入っていく。

 

「これは……」

 周囲に沸き立つ木々の葉から漏れだす光が目の前に続く獣道を照らす。

 その獣道には何かを引き摺ったような跡があり山奥へと伸びていた。

 

「剣丞さま、先へ進んでみましょう。」

「そうだね。いこう。」

 跡を辿り進むが一向に景色は変わらず、草木が煩雑に生い茂る光景ばかりが目に入る。

「ふぅ…みんな少し休憩しよう。」

 近くの倒木に腰掛け、額ににじむ汗を拭った。

「!」

 それを見た詩乃は懐から手ぬぐいを取り出し汗を拭きとる。

「剣丞さま。あまり無理をなさらないでくださいね」

「うん。ありがと」

「お頭。お水です。どうぞ」

 水の入った竹筒を渡すひよ。

「ひよもありがと」

「えへへーっ!」

 にへらと笑顔を見せるひよから剣丞へ向ける好意が伝ひしひしと伝わって来た。

 

 ちなみにころはムムムと地図とにらめっこしていた。

  

「剣丞どのはたらしなのですね…」

 

 グ‥‥‥ガ。

 

「人柄がそうさせんだな。‥‥‥?」

 ふと、慶次はどこからか悲鳴を感じとり視線を向けた。

 人の悲鳴でもなくそして動物のものでもない別の何かの悲鳴が聞こえた暗い森の奥。

 

「エーリカ」

「はい」

 

 視線を剣丞たちに移すと同じく何かを感じ取っていたのか真剣な顔付きになっていた。

 

「剣丞。俺たちは様子を見てくる。」

「わかった。俺も行く。ひよところは詩乃についていてくれ」

「はい!」

「任せてください!お頭!」

 グッと手を握る姿に勇ましさを感じた。

 しかしその一方で足は小刻みに震えていた。

「剣丞さま、お気を付けて」

「大丈夫。無理はしないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴の元凶であろうものがいる場所に忍び足で近づく。目の前は開けた土地が広がり、その奥では二人組の何かに鬼が蹂躙されていた。

「「ひゃっはー!」」

 

 

 キン、ガキンと金属音が周囲一帯に響く。

 同時に目視でも分かるほど、鬼が両断され、潰されていく。

「‥‥すごい。あれだけの数を…」

 

 片や自身より大きい槍を、片や自身の身の丈ほどの槍を振るう。

 

「…慶次。あの人達ってさ…」

 剣丞には見覚えがあった。あの髪色、声に。

「………」

 慶次は無言で背負っていた槍を手に取ると森から飛び出していった。

 

 

 

 

 

 慶次が飛び出すと待っていたのは、そこらかしこにちらばる鬼だったものの一部に体液であろうものだった。

 

 

 そしてこの光景を作った彼女たち。

 特徴的な赤目は得物を狩る虎のようにギラギラと輝き陽光に煌めく髪は右に左に振り乱れ、しかしそれと対照的に手にきつく握られた槍は舞踏のような軌跡を描いていた。 何よりも目立つ胸部は彼女の動きと共に激しく揺れていた。

「オラぁ!へばってんじゃねえぞ!クソガキぃ!」

 

 ガキと呼ばれた少女は彼女、桐琴と同じように槍を振るう。

 直線的な軌道は吸い込まれるように鬼に刺さっていく。さながら蜂のようであり刹那に命を奪っていった。

「おっしゃー!てめえで最後だー!」

 最後の鬼は彼女の鋭い一撃をうけ絶命した。

 

 

side 慶次

 

 

 目の前で鬼を惨殺してゆく彼女たちを後方から眺めていた。

 そうして、一分もかからないうちに鬼は全滅してしまった。

「ふうー終わったぜー!」

「よくやったのぉ、クソガキ褒めてやる」

 桐琴にしては珍しく小夜叉に賛美を送る。

 

「そうだな。小夜叉はよくやった」

 すかさず慶次も褒める。

「えへへー。今日はいい日だなー」

 年相応の笑顔を見せる小夜叉についつい手が出てしまい頭を撫でる。

 被り物の上からだがおそらく小夜叉は喜ぶだろうと踏んだのだ。

「調子には乗るなよクソガキ。てめぇは森一家の跡目だろうが。こんな雑魚相手に粋がってんじゃねーぞ」

「‥‥…へーい。ちぇー、せっかく褒めてもらったと思ったらすぐこれだ」

 

「気を落とすなよ小夜叉。おまえのことを心配してんだ」

「わかってるけどさぁー……え?」

 気の抜けた声を上げた。

 

「よお、何日振りだ?ハハハ」

「……貴様。どこをほっつき歩いていた」

「慶次っ!」

 キッと震え上がらせるような眼力で此方をにらみつける桐琴。

 しかし対照的に小夜叉は喜色満面な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「やっぱり。小夜叉ちゃんと桐琴さんだ」

 優しい声が聞こえ慶次の後ろから剣丞とエーリカがやって来る。

「おい!てめぇ!ちゃんはねえだろ!」

 ちゃん付けに全身で不服感を表すと剣丞にグイッと詰め寄った。

「わ、わかった。じゃあ小夜叉でいいかな?」

「呼び捨てかよ……」

 渋々と言った感じだが了承はしたようだった。

 

「あの、剣丞どの。此方の方々は」

「織田の家臣で森一家の当主さんとその娘さんだ。小夜叉、桐琴さん彼女はルイス・エーリカ・フロイス。」

「ご紹介に預かりました。ルイス・エーリカ・フロイスと申します。和名は明智十兵衛光秀と。どうぞよしなに」

 礼儀に倣った挨拶に驚きの顔浮かべるがすぐさまそれは消えた。

「ほぉ。明智の。……ワシは森一家棟梁森三左衛門可成、通称は桐琴だ。よろしくしてやる小娘」

「オレは小夜叉だ。母がよろしくすんならオレもしてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

>>>

 

 

 

 

 

 

 あれから慶次たちは桐琴親子と別れ小谷城への帰路へついていた。

 

 すっかり辺りは暗くなり月が夜空へと顕われ、手に持つ提灯とともにその存在を主張していた。

 

 

 しばらく歩き、荘厳な小谷城が見えてくる頃には剣丞隊の面々は疲労困憊であり周囲一帯の物静かな空間も相まってどこか暗い雰囲気を出していた。

 

 しかしその時。

「あぁ?」

 慶次は何かおかしな物を見つけたような声を出す。

 城門前では武装した兵に加え、提灯や篝火が立てられていた。

 慌ただしく提灯の光が消えたり現れたりで状況が良からぬことを教えてくれる。

 

 それに気付いたころが目を細め、とある旗印を確認した。

「あれは…」

 

「四つ柏、ですね。加えて十二葉付三つ橘…浅井三将のうち二人が出揃っています…いったい何が…」

 そう詩乃が呟くと静かに顎に手を当てる。

 

「何かあったのかもしれない。少し先を急ごう」

 

「んじゃ俺が先触れでいく」

 

「わかった。頼んだ」

 

 剣丞の返事を聞くや否や慶次は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城門前に到着すると眞琴と市の姿があった。

 少しばかり緊迫した空気が漂い、何かあったのだと慶次は確信した。

「帰ったぜ。眞琴、市」

 

 ビクンっと身体を震わせる。

「っ!お、おおかえりなさい慶次さん!」

「けーいじくんーっ!おっかえりー!」

 市が思い切り慶次の腰に抱き着きご主人の帰りを出迎える犬のように頬擦りをした。

「こ、こら。市」

 緊迫した空気はどこにいったのか、二人の声はいつも通りだった。

「いーやーだーっ!」

「‥‥‥市」

「わ、わかったよー‥‥スゥハァスゥ」

 ほんの少しドスの聞いた声色に市は渋々といった感じで絡めていた手を解く。

 胸いっぱい慶次の匂いを身体に入れるために深呼吸をしながら。

 

 若干困惑した様子を見せる慶次だがすぐに切り替える。

「そ、それで何があったんだ?」

 

「じ、実は……」

 

 

 

 眞琴から聞いた話によれば浅井直轄領の一つである横山城周辺に鬼が出現したということだった。

 そして現在、鬼を討伐するための軍編成といった所である。

 

 

「なるほどな。よし、俺も出よう」

「ええ!?そ、そんな慶次さんの手をわずら…っ」

 慶次の矢継ぎ早な言葉に驚きつつもこれは浅井の門題だからと断ろうとする。

「好きさせておけ」

 眞琴の言葉は最後まで紡がれずとある人物に遮られた。

「お、お姉様まで」

「慶次は暴れたりんのだ。好きにさせてやれ。……それにしても慶次。戻ったと思えば我の元に来ず、眞琴と市の元に行くとはな。全く」

 嬉しそうなそれでいて悲しそうな両極端な表情を見せた。

 元来、女の情緒に機敏である慶次は何かを感じ取ったのかすぐさまフォローに入った。

「すまねぇ。‥‥そうさなぁ、よし何か一つ言うことを聞く、これでどうだ?」

 機嫌を直してくれと久遠に媚びるように言葉を発した。

「……なんでも、だと」

 先ほどの表情から一転、真剣そのものになる。

「あ、あぁ。俺が出来うることだけに限るが」

「ふむ。覚えておくぞ慶次」

 そう言い残し慶次の後方から来るであろう剣丞たちの元へと向かった。

 

 

「眞琴。俺は雨森殿の所へ行く。下知は任せたぞ」

「はい!」

 眞琴の威勢の良い返事を背中で聞き、雨森の元へと向かった。

 

 

 

「まこっちゃん‥本当に‥」

 行かせてもいいのと問いかけるような瞳に眞琴は戸惑いを見せるが…。

「うん。大丈夫、慶次さんは強いから」

 胸に手を当て、心の激しい動悸を感じる。

 それは慶次に寄せる感情が大部分を占めているが今は初めて慶次と臨む戦であることの方が大きかった。

「そっか…」

「うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横山城・近辺

 

 

 慶次の眼前には綺麗に隊列を組む浅井軍が見える。

 さながらファランクスを組んだどこぞ兵のようだった。

 表情は引き締まり、皆が皆ジッと何かを待つように眞琴を見つめている。

 

 

 大勢の人間から注目される緊張感に苛まれていないだろうかと心配したがそれは杞憂に終わった。

なぜならそこにいた眞琴は昔の眞琴ではなかったからだ。

 

 二年前の弱々しい眞琴ではなく、雄大豪壮でありそれでいて花顔柳腰、浅井家当主眞琴がそこにいた。

 

「江北の勇者たちよ!敵は横山城が近く、三田村にいるという!どれほどの数がいようが民を守るため、勇を、業を奮ってみせよ!」

 

「「「「応ーっ!」」」」

 地を震わす力強い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三田村・近辺

 

 

 

 月明りに照らされ、蠢く黒い何か。闇に光る眼はギョロギョロと動き、絶えず獲物を探している。

 

 数は少なく見積もっても二百。甚大な被害が出ることが予測できた。

 

 

 

 村を一望できる小高い丘に布陣した浅井軍。

 

「全軍!突撃ーっ!」

 眞琴の声が周辺一帯に反響し、一気に浅井軍が突撃を始めた。

 その先頭にいる一人の槍を構えた慶次が雄たけびを雄々しく上げながら鬼に斬り込んで行った。

「オラぁ!!」

 時には二体を串刺しにすると勢いをつけ、引き抜いた。

 鬼の血が吹き出すのに目もくれず他の鬼へ向かった。

 時には腰の刀で両断、そして時には殴り倒し、耳をふさぎたくなるほどの残酷な声や叫び声が聞こえてくる。

 

「す、すげぇ。あれが織田の鬼。前田慶次‥‥‥」

「なんてやつだ。素手で顔面を‥‥‥」

 兵たちが驚嘆の声を上げる中、鬼は急速にその数を減らしていった。

 

「織田の前田殿に続けーッ!我ら浅井の力を見せるのだ!僕も出るぞ!」

 眞琴が好機とばかりに号令を掛けるや否や前線へと割って入る。

 眼前にいた鬼を袈裟斬り、そして返す刀で切り裂いた。

 

 唐突に口を開いた。

「淡海の天征く鳰の羽は、悪を切り裂く正義の翼……」

 急激に眞琴の周囲の空間が揺らぎ力強い波動が生まれる。

 

「北近江、浅井が当主・眞琴長政が諸悪の根源、鬼を討つ!我が正義の刃を受けてみよ!」

 刀を横に一閃した途端、水晶のように透き通った氷の鳥が現れた。

 

「夕波千鳥ッ!! 行く手阻む鬼を切り刻め!」

 氷の鳥が鬼の身体を切り刻み、腕を、足を切断していく。

 しかし致命傷には至らない。

「ぐっ…ダメか」

「そんなことはねぇさ。奴らが動けねぇ今が好機だ。行くぞっ!眞琴!」

 ポンっと眞琴の肩に手を乗せると鼓舞するように声を掛ける。

「は、はい!」

 

 二人で斬り込んで行こうとした瞬間にそれは起こる。

 

  

 

 グシャッッ!ボリッ、バリッ!

 

 

 

 なにかを咀嚼しかみ砕くような音だった。

 

「なんて外道な…」

「ひッ‥‥」

 その姿は彼らの戦意を奪っていく。

 鬼がその剥き出しの牙で鬼を喰らっていた。

 欠損していた身体は回復し、五体満足な状態へと早変わりし、身の毛がよだつ叫び声を上げた。

 

 だがその鬼の数は始めの十分の一にも満たなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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