戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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二十話

 

 

「慶次さん。着替え、置いておきますね」

浴室の外から眞琴の声がかかった。

 

「すまん。助かる」

 

 眞琴に案内された洗い場で血や汗などの汚れを落とし、さっぱりとした面持ちとなった慶次は、目の前に広がる湯船を眺める。

 織田の屋敷や森の屋敷の風呂場より、広く、大きい。浴槽に張られた湯船は織田や森の物より深かった。

 

(少しならいいよな? うん、少しくらいならいいか) 

 自分に言い訳染みた理由を免罪符に湯船に飛び込む。

 広い浴槽で泳いでみたり、潜ってみたり。

 

 童心に返ったように慶次は、はしゃいだ。

 

 

 半刻ほどの時間がたち、浴槽から上がるころには慶次は身体中を茹で蛸のようにを真っ赤にしていた。

「あ〜。はしゃぎすぎちまった」

 手をうちわに見立て扇ぐが、当然、涼しくなるわけはないので、浴室の外で慶次は涼んだ。

 

 ようやく、体温が下がり始めたころ、久遠にさきほどの件を報告していないことを思い出す。

 急いで用意してもらった袴に着替え、脱衣所から出ると、見知った顔が壁によりかかり、規則正しい寝息を立てているの見つけた。

 

「…………」

 彼女はまだ幼さが残ってはいるが浅井の当主としての評価はかなり高い。僅か数年で浅井家を独立させたその手腕は認める者が多い。───と久遠が自慢するように話していたことを思い出す。

 先代が知謀の久政(眞琴の母)なら今代の眞琴は文武両道と言えるだろう。

 

「おーい眞琴」

 ゆさゆさと身体を揺らすと寝ぼけ眼をゆっくりと開いた。

「……あれ?……慶次さん?……っ! すみません!」

 眞琴は立ち上がろうとするが、寝起きのためか、足元がおぼつかない。

 

「おっと」

 眞琴の肩を優しく抱き止めると、たちまち顔を染め上げた。

「っ!」

 

「俺は此処の造りがわかんねぇからな。久遠嬢の所まで案内頼む」

 肩から手を離すと物寂しそうな顔を浮かべ、名残惜しそうに慶次の手をみつめる。

「ぁ………わ、わかりました」

 

 

 

 眞琴に案内された大きな空間は、この城、小谷城の大広間。

 久遠、ひよ、ころ、エーリカの主要なメンバーが思い思いに歓迎の宴を受けていた。

 

「あはは!お姉ちゃんはやっぱりお酒に弱いねー!」

 

「うるひゃい! わりぇはよってにゃんてないろ!」

 顔を酔いで染め、呂律の回らない言葉を出していた。すぐ隣にいる、久遠にそっくりな少女、市にお酌をしてもらっている。

 市がトクトクとお酒を継ぎ足し、それを飲み干す久遠。

 何度も繰り返す所を見ると市も大分酔っているようだ。

 

「あぁんもぉ〜剣丞さまぁ〜」

「お頭ぁ〜えへへ」

 二人は剣丞の両腕にぎゅっと抱きつき、頬擦りをしていた。

「はぁ。ほどほどにと申したのですが」

 詩乃がやれやれと言った様子で苦言を呈する。

「zzz。詩……乃ぉ〜」

 当の本人は座りながら気を失っている。

「っ!」

 彼の口から出た言葉に肩を震わせる詩乃。慎重に彼に近付きあぐらをしている足に座った。

「剣丞……さま」

 そう一言呟きを残し、彼女の目は閉じていった。

 

「……うふふ」

 ちなみにエーリカも酔い潰れていた。

 

 

 

「ま、眞琴」

 

「大丈夫です。もう呼びましたから」

 苦笑を浮かべ彼女たちに視線を向けた。

 この後酔い潰れたメンバーは侍女たちにより部屋へと運ばれた。

 

 大広間に残された二人に、ぽつんと置かれた二人の夕餉。

「なんかこの広いのは落ち着かねぇな」

 

「で、でしたら僕の部屋でどうでしょうか?」

 

「いいのかい? じゃ、お邪魔させてもらうぜ」

 

 眞琴に連れられ彼女の自室に入る。

 織田の客間と変わらず非常に質素な造りをしており、正直これが当主の部屋なのかと疑うレベルだった。

「あ、あまりみないで頂けると……」

 

「悪りぃ。つい、な」

 ちなみに布団が二つ敷いてあった。おそらく眞琴と市のものだ。

 

 女中に運んでもらったを夕餉をいただき一息をつく。

「ふぅ。美味かった」

 少しだけ膨らむお腹をぽんぽんとたたく。

 

「喜んで貰えてなによりです……あ、あの慶次さん」

 唐突に名を呼ばれる。慶次が視線を向けると居住まいを正した眞琴に強い瞳を向けられた。

 

「さっきの約……っ!」

 眞琴が言い終える前に廊下に足音が響く。

 

トドタドタドタ。バタン。

 勢いよく、部屋の障子が開かれた。

「まこっちゃーん、お風呂……っ!! 慶次くーん!」

 慶次の姿を目にした途端、少女、市が目をききらき、輝かせながら、彼の胸に飛び込んだ。

「市か! 久し振りだなぁ!」

 受け止めた市の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「はぁ〜慶次くんの香りだぁ〜スゥーハァ、スゥーハァ」

 ぐりぐりと顔を彼の胸に埋めると深呼吸を繰り返した。

「……市」

 かげりのある表情を見せる眞琴。

「ほら眞琴がこういってるからな、市」

 

「ええーっ」

 

「またあとでな」

「うぅ。わかったよー」

 さも残念そうに市は口を尖らせた。

 

「またあとでしてもらえばいいよ」

 

「うん!」

 にっこりと市は眞琴に微笑む。そして眞琴も微笑を返した。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 二年前 尾張・清洲城。

 

 黒髪の幼い少女が一人の男に尋ねた。

「長政ってどーゆー人なのかな?」

 慶次は後頭に両手を組み合わせながら、大きくあくびをした。

「………久遠嬢によると気弱でなき虫だが、見所のあるやつ、とのことだ。ま、いつも通り行けばいいさ───市」

 

「もうー。慶次くんてきとーすぎるよ」

 頬を膨らませ抗議する。だがいつも適当な彼には感謝していることが彼女自身にはたくさんあった。

 今の市を形成したのは慶次と言っても過言ではなかったからだ。

「……(本当は慶次くんとがよかったな)」

 

「どうした?」

 

「っ! ううん! なんでもない! それより待たせてるから早く行こ!」

 

「そうだな。………って早っ!?」

 

 走り去っていく市は、もうすぐ豆粒サイズになろうというところまで離れていた。

 

「慶次くーん!はやくー」

 

「おう!」

 

 

 今日が市と浅井長政初めての邂逅の日。質素な造りの部屋には四人の人物がいた。

 まず市と慶次の織田家、そして少年か、または少女の風貌をした者に、そのお付きの老人武者たち、浅井家だ。

 

「半刻後にまた来る。それまで二人は色々と話し合いな……さて赤尾どの、こちらへ」

「あいわかった」

 二人を部屋に残し、慶次たちは部屋から退散した。

 

 

半刻後……。

 

 

「そろそろ時間か。行こうか赤尾どの」

「うむ」

 別室でお茶をしていた二人は市たちの居る部屋に向かった。

 部屋の外からでも聞こえるほどの声で何かを話している。

『そ、それじゃあ市さんの武術は』

 

『うん。そうだよ。慶次くんのお蔭で強くなったし自信が持てたんだー!』

 

『慶次、さんですか』

 

『さっきのでっかい男の人!すっごく強いんだよ。けどねーいじわるのところもあるんだよー!』

『面白そうな人ですね。羨ましいです。僕もそんな人が欲しかったなぁ……』

 

 円滑に会話が出来ていたことにほっと胸を撫で下ろす。実際原作でもケンカなどはなかったため心配はしていなかったが万が一ということもあり得るからだ。

「ほっほっほっ良かったですな。これで両家は安泰じゃ」

「ええ。全くその通りです」

 慶次たちはしばらくの間、和やかな雰囲気の話に、聞き耳を立てていた。

 

 二人の話が終わったのは夜の戸張がおり、辺りがすっかり暗くなった頃だった。

「浅井どの、赤尾どの。夜も深くここで返すのは何かと危険だ。今宵はお泊まりになってはいかがか?」

 

「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます」

「では頼もうかの。前田どの」

 

 侍女に二人を客間へと案内させ、そこで夕餉を共に摂る。

 

「さて。それでは俺た……私たちは先に」

 

「おやすみー。まこっちゃん」

 

「うん、市も。おやすみ」

 いつの間にか二人の仲は深まっていた。それに喜びを感じる慶次は市とともに自分たちの部屋へと戻る。

 

 部屋へ戻り、女中が敷いてくれた布団に横になった。市はくたくたで疲れ果てていたため、途中から彼がここまでおぶってきた。

 

「おつかれさま市。どうだった? 長政は」

 

「とってもね。優しい人だった、よ。慶次くんと同じくら……い」

 全てを言い終える前に、市は寝付いてしまった。すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。最後に慶次は市の頭を撫で、物音を立てないように静かに部屋を出た。       

 手に一つの徳利を持って……。

 

「こんな月の綺麗な日に寝るなんて勿体ねえからな」

 夜空には雲一つなくここが自分の領域だと言うばかりに存在感満載の満月が登っていた。

 満月が良く見える位置の縁側に腰掛けると徳利を、そのままらっぱ飲みをする。

 

ごくごく。酒が胃に届く。

「……やっぱり美味い」

 なにより風情がある月見酒だ。思わず慶次は息を吐き出した。

 そのとき、背に声がかかった。

「……あの」

 

「うお!?」

 

「あ! も、申し訳ありませんっ!」

 謝罪の声と共にドタっと音がする。長政が頭を下げていた。

「顔を上げな。当主どの」

 

「申し訳、ありません」

 

「気にしなさんな。それでこんな夜更けにどうした? 寝れねぇのかい?」

 笑いながら尋ねると『お恥ずかしいことながら……』と苦笑を浮かべた答えが返ってくる。

 

 すぐ隣に腰掛けた長政に慶次は言う。

「月だ」

 眞琴は空を見上げた。

「……満月、ですね」

 

「あぁ、綺麗な月だ」

 二人で空に浮かぶ、満月を眺める。

 

「あの……一つ聞いてもいいですか?」

 ふと、長政が問うてくる。

 

「ん?」

 慶次が長政に視線を向ける。

「人って……変わることができますか?」

 

「変われるな。努力、次第で」

 『努力』という言葉を聞いた辺りから長政は顔をしかめた。

 憎むような、諦めたような、どっちつかずなどろどろとした表情をしていた。

 

「……努力しても、僕は変われなかった」

 

「どうして変わる必要があんだ?」

 

「僕は浅井の当主です。だから浅井の誰よりも変わる必要があるんです」

 『みんなに慕われるように……』とか細い声が慶次の耳に届いた。

  

 久遠が言っていたことを思い出した。『気弱で泣き虫』と。

 なるほど、合点がいった。

「……気弱な所に悩んでんのか」

 

 その一言にびくっと身体を震わせた眞琴は、少し語気を強める。

「……いけませんか?」

「いや。そんなことはない。ま、人生の先輩としての俺の話を聞いてくれ」

 

 少しだけ、説教染みた言葉になるだろう。だがそれは彼女にとって必要なことだと思う。

 慶次はそう考えると口を開いた。

「……人ってのは一概にもお前の考えてるだけのやつだけじゃねぇ。それにな、完璧な当主なんてもんはこの世には存在しない。みながみな弱さを持ってんだよ」

 

 

 

side 眞琴

 

 その言葉に身が打たれるような思いだった。

 今の今までそのような考えをしたことがなかったから。

「気弱な所の何が悪いんだ。それはお前の個性ってやつだ。大切にしたほうがいいぜ。当主だから誰かに頼ってはいけない、なんてことはないだろ? 気弱でも家臣がいる。浅井は脆くはないはずだ」

 

 そうか。そうだった。

 頼れる家臣たちがいた。

 みんなは「直せ」なんて一言も言ってはいなかった。

『眞琴さま。私たちを頼ってくだされ。私たちはあなたの手足なのですぞ』

『眞琴さまそのままで十分です!私たちが支えていきますから』

 

 彼らの言葉を思い出すとなんともいえない高揚感が包む。

 一人ので悩んでいたことが馬鹿見たいに思えてきた。

「あ、ありがとうございます。ええと……」

「前田慶次郎だ。慶次でいいさ」

 

「慶次さん。ありがとうございました。知っているとは思いますが僕の名前は浅井長政。通称は眞琴です」

 

「眞琴か。良い名前だな」

 突然、彼が頭を撫でてきた。

 唐突だったため身構えるが撫でられることに抗うことは出来ずに、ゆっくりと構えを解いてゆく。

 

(そう言えば市が言ってたなぁ)

 

『慶次くんの撫で撫では気持ちが良いよ!市は慶次くん撫で撫でが好きなの!』

 

『羨ましいです。僕も一度でいいからされてみたいなぁ』

 

『ふふっ!大丈夫!慶次は女の子には絶対やるんだから!』

 

(市の言うとおりだった。ほんとうに気持ちいい)

 初めてということもあるかもしれないが、今まで感じたことのないものだった。

 

 ドキドキと高鳴る心に気付かずに異性の手にされるがまま。

「そろそろ寝ないと明日に響くぜ?。じゃあな」

 最後にポンポンと軽く触れると去って行った。

「心が……」

 彼がいなくなり初めて自分の身体の変化に気付く眞琴だった。

 

 

 

 

 

 次の日の朝、朝食の時間に慶次を一瞥する。

 少し見ただけで昨日のことを思い出し、全身が熱くなった。

「まこっちゃん?」

 

 今度は、ほんの少しだけ見つめてみる。

 鋭さ持ちつつも暖かさを感じる瞳に、爽やかな声音。

 どれもが自分に向いているように感じ胸の鼓動が徐々に高鳴っていく。

(そ、そういえばいじわるだって言ってたけど……)

 昨晩のことから察するにあまり意地悪だとは思えなかった。

 

「まこっちゃん!!」

「うわっ!!」

 

「ボーッとしてどうしたの?」

 

「う、ううんなんでもない。そ、それにしてもこの汁物美味しいですね」

 

 誤魔化すように赤尾に問うた。

「そうですな。塩気と共に素材の味がしてとても美味です、それに加えて熱くもなく緩くない絶妙な温かさ、これを作った者は浅井家に欲しいですな」

 

「ハハハ、そりゃ光栄だ。作った甲斐があるってもんだ」

 

「な、なんとぉ!? これは前田どのが! いやはや貴殿はなんとも多才なお方だ。ただ派手な装いをしている若造かとは思いましたが、いやはや拙者の目は曇っていたようです。……眞琴さま」

 赤尾の声は届かず一人妄想に耽っていった。

(慶次さんが僕の御家にかぁ………)

『ほら、おきろ。眞琴』

 

『う、うーん………スヤスヤ』

 

『可愛い寝顔じゃねぇか。ナデナデ』

(寝坊した僕を優しく起こしてくれて、それで頭を撫でてくれて。そのあとに……)

 自分の頬が熱くなる。

 

「眞琴さま!」

 大きな彼の声で、現実に引き戻された。

 

「まこっちゃん。顔赤いよ。具合悪いの?」

「だ、大丈夫!僕はこの通り元気だから!」

 心配はしないでというばかり微笑んでみせる。

 

「もしかしたら夜風に当たったのが悪かったのかもな。どれ少し……」

 

 慶次の手が伸び眞琴のおでこに触れる。

 

「これは……かなりの熱だな。やっぱり昨日のがダメだったか。申し訳ないなこれは」

 

「いや、こればかりは仕方がないでしょう。今までの疲れが出たのかもしれませぬ」

 

「市、眞琴を部屋に運んどいてくれ。何かを滋養に良いものを作ってもっていく」

 

「……うん。わかった」

 市は釈然としない表情で頷いた。

 

 

 

 その後部屋に運ばれた眞琴は布団に寝かされた。

(ど、どうしよう。本当は風邪じゃないのに……)

 軽い自己嫌悪に苛まれていたがすぐに思考を中断させられる。

「ねぇ。まこっちゃん」

 

「な、なに市?」

 

「慶次くんに、惚れちゃった?」

 

「っ!え、えええええ!?」

 あからさまに狼狽する様子に市はくすっと笑う。

「まこっちゃん分りやすすぎ!そんなにかみかみだと惚れちゃったって言ってるみたいなものだよ」

 

「………」

 

「きちんと寝てないとダメだよ?」

 そう言い残すと部屋から出ていった。しかひ眞琴には彼女の言葉が頭には入ってこなかった。

(僕は……慶次さんのことが)

 頭の中で昨夜の出来事が甦る。

 悩みを聞いてくれて、肯定してくれて、気付かせてくれて。

 そして初めて異性の優しさに触れて。

 

 とても心が温かくなり同時に痛くも感じた。

(これが好きってことなのかな)

「ぼ、僕は慶次さんのことが……す、すすす好き」

 口に出すと肯定するように胸がドクンと脈動した。

 

 


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