戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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十八話

「「「っ!」」」

 一斉に後方を振り向いた。

 間を置かずにひよ、ころ、詩乃は久遠を守るように前に出る。

「そこまでの警戒はいりませぬぞ‥‥‥ふむ」

 此方を見下したようなそれでいて訝し気な視線を送る。

「なるほど、小大名風を装った方が一名、そしてその護衛が四名に異人さんが一名、ですか‥‥‥なんとも珍しい組合せですなぁ」

 途端にニッコリとした笑顔を見せた。

 

「それで?将軍に拝謁に来られたのですかな?」

 

「そうだ」

 久遠が告げる。だがその顔は険しく彼女、幽を警戒しているように見える。

「‥‥‥手土産は?」

「ある。剣丞、渡してやれ」

「ええ!?で、でもさ怪し‥‥っ」

 

「二度は言わん」

 苛立ちを含んだような声に渋々といった様子で背負っていた麻袋からあるもの取り出す。

「‥‥‥わかった。尾張国長田庄住人、長田三郎より足利将軍家へのご進物目録です。銅銭二千貫、鎧一領、刀剣三振り、どうそ御受け取りください」

 背筋を但し恭しく渡す。

「おお!これはこれは、謹んで頂戴仕る。さすが尾張と美濃に跨がる長田庄の当主。ではお客様方を客殿に案内仕りましょう。ささこちらへ」

 

 幽に導かれるままに二条館に入ると館の中は外面と同じく朽ちていたり変色していたりと将軍の御所とは思えない部分が目立っていた。

「‥‥‥そういえばいい忘れておりましたな」

 唐突に立ち止まると久遠たちの方へ向き直る。

「某は足利将軍義輝さまのお側衆を努めております細川与一郎藤孝と申します。通称は幽と。気軽に幽とお呼びくだされ」

「え」

「どうかいたしましたかな?」

「あ、あぁ。なんでもないよ」

 

 

 

 久遠たちが案内された一室は比較的綺麗だった。

 太陽で少しは変色しているが破れがない障子、未だに新緑を思わせる香りがする畳、極めつけは荘厳な掛け軸だった。

「しばらくここでお待ちくだされ。公方さまにお繋ぎ致す」

「まて。少し貴様に頼みたい。この異人にもお目見えの資格がほしい」

「……これはまた難儀なことをおっしゃる」

 ウムムと唸ると考え込んでしまう。

 援護とばかりにそこに詩乃が付け足す。

「このお方の母は美濃、土岐源氏が末裔、明智の血を受け継ぐ方。つまりは……!」

「分かり申した。では三郎殿の従妹という形で昇殿を許しましょう。どうでございますかな?」

「構わん」

「では少しばかりお待ちくだされ。準備ができ次第お呼び致しまする」

 優雅に一礼をすると部屋から出ていった。

 

 

 

 小一時間ほど久遠たちは彼女、幽について話していた。

 先程のやり取りについて引っ掛かる部分があったからだ。

「やはりあやつは喰えんな」

「そのような見解で間違いないかと。尾張と美濃に跨がる‥‥‥あの方は久遠さまのことを、織田のことを知っているような言動をしていました。それにあっさりとエーリカさんの拝謁を許した……私たちの共通認識として警戒はしておいたほうが良いかもしれません」

「久遠さまの従妹、ですもんね。かなり強引に感じましたよ」

「敵対だけはしたくない人ですね」

 結論は油断のならない人物、というものだった。

 

「ごめん。俺には何が何だか……」

 教えてくれと詩乃を見る。

「す、すみません。私にも何が何だか……ですが母のお陰で拝謁が許されたのですね。それだけは分かります。久遠さま、ありがとうございました」

 ペコリと綺麗に頭を下げる。

「構わん……それよりも剣丞。偽とはいえ我の夫だ。もう少し学をつけたほうが良いぞ」

 その言葉にエーリカを除いた四人が一斉に首を縦に振る。

「剣丞さまには教えることがたくさんありそうですね、全く骨が折れそうです」

 嗜めるように言う詩乃はどこか嬉しそうだった。

 

 

 そこからさらに時間が経ったが幽は未だにやって来ない。どうしたものかと話していると

「‥‥ぁ‥‥ん」

 壁を一枚隔てた隣室から小さな声が聞こえてきた。

(俺たち以外にも来ている人がいるのか?いやそれよりもこの声‥‥‥)

 どこか艶を感じさせるその声は聞き覚えがある。剣丞の伯父、北郷一刀の部屋から毎夜毎夜聞こえる声に酷似していたものだったたからだ。

(いやいやいやいや!まさかこんなところでヤるわけないもんな。うん勘違いだ勘違い)

 自分考えは間違っている、というように首を振る。

 

「なぁ詩乃」

「どうかしましたか?」

「さっきさ隣から変な声聞こえたよな?」

「変な声というのがどうゆうものか分かりませんが何も聞こえませ‥‥‥‥っ!」

「‥‥‥そこは‥‥‥‥ぁ‥‥‥んっ!」

 詩乃の声を遮るように声が聞こえる。

 先程よりも大きい声だが残り四人には聞こえていないようだった。

 

「‥‥‥‥‥」

 氷のように固まってしまう詩乃。

「け、剣丞さま‥‥‥」

「う、うん。たぶんアレだと思う」

「ッッっ!」

 一気に顔を赤くしてあからさまにたじろいでしまう。

「どうした二人とも。顔が赤いぞ」

 二人の様子が気になった久遠が尋ねる。

 

「い、いや」

「ぁぅ‥‥‥‥」

 二人は隠そうとしたわけではなかった。

 いきなりのことに思考がついていかないだけだった。

 だが不運なことにそれは何かを隠すように捉えられる。

 ましてや顔が赤い分余計にである。

 そのため久遠、ひよ、ころは聞き出そうと根掘り葉掘りに問い詰めようとするが───

「お二人は何か人に言えないようなことでもしたのですか?」

 久遠たちの気持ちを代弁するようにエーリカが尋ねた。

 

 

 

「「「「‥‥‥‥‥」」」」

 四人は事の次第を聞き顔を染める。

 

「………」

 微動だにしない久遠。

「ころちゃ〜ん……」

「ひよ〜……」

「……」

 彼女たちとは裏腹に険しい顔を見せるエーリカ。

 彼女らしからぬその顔には一抹の希望が見え隠れしていた。

 それもそのはず、彼女はこんな場面見たことがなかったからだ。

 

 

 

side out

 

 久遠たちの隣室では一人の男が女性の背中に馬乗りになり身体に触れている。しかしそこに殺伐とした空気は存在しない。寧ろ竹馬の友のような和やかな雰囲気があった。

 黒い髪に筋肉質な体つきの色男と絹のように真っ白な髪に世の女性が羨むほどの抜群なスタイルを持つ美女。

 前田慶次と将軍足利義輝、この二人は現在二条館にいた。

 

「ふぅ〜中々上手ではないか。天にも昇るような気持ち良さじゃ」

 恍惚とした顔を浮かべる彼女の身体は脱力し慶次にされるがままだった。

「将軍ってのは色々と大変らしいな。かなりこってんな……」

 大きな手で優しく肩を揉みほぐす。

 指圧を組み合わせさらなる快感を彼女に送ってゆく。

「……ん……」

 時々耳に入る艶のある声が慶次の色情をほんの少しずつ刺激していった。さらには女性特有の香りがその刺激を助長する。

(む、息子が……ほんっとに節操がねぇな)

 自嘲的な苦笑を漏らしながらも肩に掛かる手を強くしていく。

「ぁ……そこ……」

 身体を張らせると一気に脱力する。

 

 

「お姉さま……」

 障子の外から声が聞こえると光沢のある黒髪が特徴の少女が部屋に入ってくる。

 彼女の名前は足利義秋、一葉の妹である。

「あ……慶次さま。こちらにいらしたのですね」

 チラりと慶次の手に目を向けると一瞬だけ泣きそうな表情を見せる。

 そんな双葉に気付いたのか慶次は右手で一葉のとなりに来るように合図をする。

「双葉か、よし。こっちにきな」

「はい!」

 優しく呼び掛けると花が開いたような笑顔を見せ、一葉の隣に同じようにうつ伏せになる。

「こうで、よろしいのですか」

「おう。んじゃいくぜ?」

 一葉とは一周りも二周りもちがう身体は思った以上に女性としての柔らかさが存在していた。

「……ぁ……っ!」

「ッ!すまねぇ双葉、痛かったか?」

 違うと否定するように首を振る。

「その……き、気持ちが……」

「な、なるほどなあ」

 

「慶次ー……余にはないのかー」

 拗ねた口調で呼ぶ彼女はいつも見る泰然自若な態度とは違いしおらしくなっていた。

「悪りぃ悪りぃ」

 右手で双葉の肩を、左手で一葉の肩を。

 まるで両手に花であった。

 

 

小一時間後。

 

 

「お姉さま……癖に……なりそうです……」

「全く……じゃ……慶次のは、癖になる」

 二人揃って恍惚とした表情を浮かべていた。

 熱く濡れた目に上気にした頬、何かいけないことを連想させた。

「ハハハッそれは大袈裟すぎねぇかい」

 笑う慶次だがされた本人たちからすれば天にも昇るような気持ち良さだった。

 

「お取り込み中申し訳ありませぬ」

 障子が開き幽が部屋に入ってくる。

 そのまま一葉の隣まで歩くと静かに腰を下ろした。

「一葉さま、双葉さま。お客人が拝謁を申し込んで来ております。急ぎご支度を」

「……狸ではあるまいな?」

「尾張と美濃を治める者かと」

「……分かった。双葉」

「はい、お姉さま」

 慶次を置いたまま部屋から出ていった三人。

 部屋には彼一人が残された。

 

「尾張と美濃を治める者、ねぇ」

 幽の言葉を頭の中でも反芻する。十中八九久遠のことだ。

「まぁそれはそれだ。なるようになるだろうな」

 畳みに寝転びただただボーッとしている慶次の目は段々と細くなっていく。

 いつからか部屋には規則正しい寝息が広がっていた。

 

 

 

「ふわぁ~あ。寝ちまったのか」

 身体を起こし軽く伸ばす。

 ポキポキと耳当りの良い音が鳴り長い時間寝ていたことを物語る。

 

 

 

『剣丞さま〜なぜ鼻の下を伸ばしているのですか〜』

(久遠嬢たちか。お目見えは……)

 この緊張感のない空気から察するに目的は達したのだろう。

 

 障子に耳を当て隣室の動向に注意を向ける。いわゆる盗み聞きだった。

 

ゴツンッ!

 

 殴るような重く鈍い音が響く。

『あだっ!?ち、違うんだ!詩乃!わざとじゃなくて』

(詩乃に剣丞か……っ)

 夫婦のようなやり取りに苦笑を漏らしそうになるがグッと堪える。

 

『詩乃。その辺にしておけ。それと金柑、剣丞を離してやれ』

『……そうですね』

『ご、ごめんなさい……私ったらなんてはしたないことを……詩乃さん、本当に申し訳ありませんでした』

『い、いえ。エーリカさん頭を上げてください!悪いのは剣丞さまですから』

 エーリカという単語に身体を震わせる慶次。

 彼が一番に警戒している人物だからである。

 

『そ、それより久遠。そっちの女の人は‥‥‥ってさっきの』

『うむ。世話になったな』

 声色から察するに将軍である一葉だった。

 

『なんだ、知り合いなのか。なら話は早い。我は幕府と同盟を結ぶことにした』

『久遠さまっ!?なにをおっしゃって』

 

 

『一葉』

 

 なぜ久遠が一葉のことを知っているのか。

 実は慶次が熟睡している頃、怖いもの知らずの久遠は将軍である一葉にお目見えを許されたのだ。そこから通称で呼び合う仲になったのである。

 つまり相手を認めたことの証だった。

 

『わかっておる……みな、余の名は足利義輝。通称は一葉、気軽に呼ぶといい。名ばかりだが将軍じゃ』

『しょう!?』

『ぐん!?』

『さま!? 』

 上から順にひよ、ころ、エーリカが驚愕の声を発する。

『しょ、将軍さま』

『余は堅苦しいのは嫌いじゃ。もっと砕けても良い。……話は変わるが盗人のような奴は余は好かん。のぅ?久遠』

『うむ。何者だ、そこに居るもの』

 鋭い声がとある障子へと掛かる。

 障子越しに慶次は聞いていたが───まさか自分に言っているなどとは微塵にも思ってはいなかった。

(盗み聞きとは洒落たことをするやつだ。まぁ人のことは言えんけどなハハハ)

 

『ふむ、出てこぬか。幽』

『いやはや公方さま。あの方をお忘れですぞ』

 ボソッと小声で呟き障子に手を掛ける。

『剣丞』

『わかった。ひよ、ころ一応準備はしておいて』

『『……コク』』

 剣丞も幽と同じく手を掛けた。

『準備は良いですな』

『うん』

 

ガタンッ!

 

「うおっ!?」

 二人が一斉に障子を開くと一人の男が転がるように入ってきた。

 

「「「……」」」

 部屋にいた全員の目が点になった瞬間だった。

「あ~痛ってぇ……」

 さして痛くもないであろう頬をさすりながらも一言。

「ん?なんだお前ら。俺の顔に何か付いてるかい」

 ニカッと笑いながら言った。

 

 

 

 

 


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