戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

16 / 31
十六話

 

 

「慶次さま。書簡が届いております」

 侍女は恭しい態度で部屋に入るなり、一通の文を渡す。

 差出人を確認してみたところ久遠からであった。

 文を開き、右から左へと目を通す。

 内容を要約すると『堺にいってくる。護衛には剣丞隊を連れていく。亰で待ち合わせだ』と書かれていた。

 

(堺か)

 原作では明智十兵衛光秀との邂逅を果たす地だ。

 だが慶次としてはほとんどと言っていいほど関心がない。それこそ『剣丞の嫁候補』という認識であった。

 『よし』と声を上げた慶次はすぐさま荷駄の準備へと取り掛かった。

 

 

 それから荷駄の準備が整ったのは半刻ほど過ぎた頃。日持ちの良い食料、路銀、そして武器など持つものは最小限に抑えた。

 

「行くか……その前に」

 懐から取り出した紙に『堺へ行く』と。書き置きを残した。

 

 

 屋敷を出ると、どんよりとした、今にも雨が降りだしそうなほど黒い雨雲が果ての空まで覆い尽くしていた。

 もしかしたら堺は雨が降っているかもしれない。

「……雨降らないでくれよ」

 そう天に祈りながら尾張を発った。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、京に到着した。

 尾張までとはいかないが市は賑わっていた。

 だかその一方で民家や長屋など悲惨な状態だった。苔むしたからぶきやねや半壊、倒壊した家々。

 

 実際は己の眼に写すと最大の商業都市と言うのはほんの少し嘘臭く思えた。

 

 しかしそんなことは慶次とって二の次だった。

 慶次は先ほどから、うるさく泣く己の腹を見つめる。

「飯屋を探さなければ」

 

 ここ数日の食料事情は悲惨なものだった。この時代の携帯食料というのは味が保証できたものではない。

 狩りなどできたら良かったのだが弓など持って来てはいないため基本的には干した携帯食料で腹を満たしたのだ。

 

 だからこそ数日振りにお腹を満たしてくれるような食事をしたかった。

 

 流し目で町並みを眺めながら飯屋を探す

 

「あった……」

 ここからそう遠くない距離だ。『団子』と描かれた旗が風で靡いていた。

 まんまるとした可愛らしいボディ。桃色、白、緑の三色と見るものを飽きさせない色合い。そして何より染み入るような甘さ。

 

 じゅるり……。

 咥内に唾液が分泌されじわじわと広がる。

 

 まるで早く食べろと命令しているように。

 

 一目散にかけ出した。

 

 団子屋を目指し走る、とにかく走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が来た時には店内の椅子は全て埋まっていた。満席だったのだ。

 

 外に併設されたくすんだ色が特徴の長椅子に腰掛けた。

 

「おやじ、団……」

 髭面の男、この店の店主であろう男にオーダーを頼もうとしたとき、壁に張り付けてある紙が目に入った。

『持ち帰り可』と書かれていた。

 

(いくつか頼んでおくか……)

 なんてことを考えるや矢継ぎ早に言った。

 

「団子を十本頼むぜ。あと半分は持ち帰りで」

 

「あいよ、少し待ってな」

 

 

 

 

###############

 

 

団子はやはり美味い。

そんな考えと共に慶次が木葉で包まれた団子を片手に持ち、店を後にしようとしたときだった。

 

「こんっ、くそ!まてっ!」

 男の怒鳴り声がどこからか響き渡った。それと共に銀色の髪を風に靡かせた女性が道の路地から飛び出した。

 その身なりは質素な着物から町娘であることが窺える。

 

 その女性を追うように飛び出して来たを五人組の男。中々に汚ならしい格好をしているが刀を差しているところを見ると武士か浪人と言った所だろう。

 

「そこのもの!」

 

「ん? 俺か……っておいおい」

 女性が後背に隠れる。彼女は一度、五人の武士たちに視線を向けると慶次の着流しの裾を小さく握る。

 

「アンタは……」

 

「すまぬ。助けてはくれぬか……」

 彼女は不安そうな顔を浮かべ、慶次を見つめた。

 

「……」

 見つめるその瞳は儚げな女性を連想させる。だが正体を知っている手前、複雑な気持ちだ

 何せ彼女はチートな剣の腕と御家流を持っている。彼等程度の相手造作もないはずだからだ。

「おい!兄ちゃん、背中の女渡せ。親分をコケどした罪を払ってもらわにゃならんにゃ!」

 

「兄ちゃん、痛い目見とおなかったら早く渡しな!」

 

(まぁいくら将軍さまが強いといえど女に多対一だしな。……いやでも一葉ならこれくらい余裕だろうに……!!!)

 

ぴかーん。と慶次は思いつく。悪癖はここでも出てしまった。

 

(……しゃーないなぁ『俺の女』作戦、実行するときじゃあねえか)

 作戦は至って単純、ただ俺の女だと言い張るだけである。

 

「こいつは俺の女だ。何をしたか知らねぇが手ぇ出すってんなら容赦はしない」

 彼女の美しい銀髪に軽く触れ、そのまま髪を梳いた。一本の糸のようにサラサラとし、それは髪であるかを疑わせるほどの柔らかさだ。

 

「!?」

 細くもあり繊細な彼女の手を掴み、肩を抱き寄せた。

 

「っ!?」

 

「そうかあ……なら無理でも連れてくで! おい!」

 リーダー格の男が仲間の男たちに指示を出すと一斉に刀を抜いた。

 

「はっ! やるってんのかい。……いいぜ、かかってきな」

 

「威勢がいいんも今のうちや!」

 

「こないな優男殺っちまえーっ!」

 

 慶次は背負った槍を片手に持ち──一凪、そしてまた一凪と。

 

グサッ、ドゴッ。

 

「ひ、ひぃ!」

 

「に、逃げろぉ!!」

 

 我先にと争うように、転けた仲間を気にせずに走り去る。まさに脱兎の如くである。

 中には失禁しているのか金的部分が黒く染めている者が見受けられた。

 

「逃げたみたいだな」

 大丈夫かと声を掛けようと彼女に目を移すとぼーっと固まっていた。心ここに有らずといった感じだ。

 だがその目線はハッキリと慶次を捉えジーっと見つめている。

 

「どうかしたかい?」

 

「っ!う、うむ、助かった……あ、あとできれば……手を、だな……」

 消え入るような声で呟き、もじもじとし始めた。

 疑問に───思う暇もなく、将軍さまを抱き寄せたままだった。

「おっと、すまん」

 抱いていた手を離すと風のようにすばやく距離をとった。

 

 

 

###############

 

 

 

 

「幕府の権威なぞ地に落ちている」

 朝、昼、晩、と毎日のように口から出る。

 錢がないければ、食料もない。

 ある時は町に出て悪漢から錢を、またある時は山へ行き山菜を。生きるためには手段を選ばなかった。

 

 そんなある日、町を歩いているた民を襲おうとしている五人組の男を見かけた。

 今にも刀を抜きそうな勢いでまさに一触即発だった。

『またあいつらや……』

 

『放っておきなさい……』

 周囲からは恐怖の目や関わりたくないという視線を向け誰もが助けようとはせずに脇目を振らずに足早に去っていく。

 

 しかし彼女には助けないという選択肢は存在はしなかった。

 名ばかりでも将軍、力有るものとして外道畜生には落ちたくはなかったからだ。

「そこの殿方。余と遊ばんか?」

 すぐ傍にいた男に着物の隙間からチラリと胸元のものをのぞかせる。

「(はよう行け)」

 その隙に、逃げるよう民に促すとコクコクと頷き走り去った。

「あぁん?こんアマァ!痛い目みたくなかったらすっこんでろ!」

 

「まぁ待て……へへっいい女じゃねぇか」

 首領格であろう大男が身体全体を舐め回すような視線を送る。特に視線が集中するのは胸。

(男というのは……全く)

 大男の手が身体に触れる。太腿から尻へ、ついには胸にまでいこうとする。

「くっ……」

(下衆め)

「グヘヘ~」

 だらしない顔をうかべる男の金的を思い切り蹴り上げると彼女は一目散に駆け出した。

 

 声も出せずに地に伏せる大男は股間をおさえながら地面にのたうち回る。

 仲間の男たちが唖然としている。仲間だけでなく野次馬の町人たちもだ。

「「「お、親分っ」」」

 

「ぐぐぐぐぅ………あのクソ女っ!あいつをつれてこい!」

「「「へい!」」」

 

 

 路地を曲がり暗けた狭い道を進むが男たちはスルスルと通り抜け追ってくる。

「刀さえあれば……」

 いくら剣豪将軍とはいえ得物がなければただの町娘同然だった。

 

 小一時間ほど逃げ回った頃だろうか。とある団子屋に一人の男を見つける。

 

 身なりとしてはかなり奇抜だ。男のように月代でなく、着込む袴や着流しは色合いが派手。だが背負う槍の年季が伺え数々の修羅場を潜り抜けてきたことを物語っていた。 

 

 そして何より雰囲気がそこらにいる素人とは異なり、鋭く強者のものだった。

 

「そこのもの!」

 彼女のよく通る声が響くと男、慶次の背を盾にするように隠れた。

 

「おい、兄ちゃん、背中の女を渡せ。親分をコケにした罪を払ってもらわにゃならんのだ」

 

「そうだぜ?痛い目みたくなかったら早く渡しな!」

 そんな脅し文句を気にも留めず唐突に彼は彼女の髪に触れた。とても優しく、それはもう壊れものを扱うかのように。

 

「っ!」

 

「こいつは俺の女だ。何をしたか知らねぇが手ぇ出すってんなら容赦はしない」

 彼女の手を取ると男は自身の胸元に抱き寄せ、己の身体を片腕で包み込んだ。

 

「!……ぁ!」

 突然のことに目を白黒とさせ艶のある声が出そうになった。

(今の余の声か!?)

 まさかこのような情婦の声が出るなんて思いもしなかった。

 

 

 そして───。

 

 

 

 ゴロツキたちを返り討ちにした慶次の腕の中には彼女が収まっていた。

 

「逃げたみたいだな」

 

「っ!」

 漸く彼女は己の状態に気付く。己の身体が抱き締められていたのだ。耳が、頬が紅潮していくのを感じる。

 

「う、うむ、助かったぞ……その、できれば腕を……」

 

 手を離すとすぐさま距離をとる。

(余の心の臓がおかしくなっておるのか……!)

胸に手を当て、鼓動を確かめる。ばくばくとうるさいくらいに高鳴っていた。  

 

「………じゃあな」

 どこか物かなしい顔を見せ彼女の元を去る彼。

「ぁ………」

 

『そういう意味でない』と手を伸ばし触れようとするが──できなかった。

 勇気がなかったからではない。

 とある部分が痛いほどに脈動し邪魔をしたからだった。

(心の臓が……心が…痛い? なぜじゃ!? まさか余は……あの男を……)

 

 一葉はこの感覚を知っていた。経験したからではなく自身の直感で。

 

 

 

 

 所謂一目惚れだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告