戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

13 / 31


10月26修正加筆


十三話

 

 

 真っ先に目に入ったのは天井だった。それも見覚えのあるものだ。

 身体を起こす。肩の傷口を見やると包帯が巻かれてある。ほんの少し血が滲んでいるものの傷口には痛みはなかった。

「くぅ、みぞおちが痛てえ」

 ズキズキと心臓の脈動に合わせ、鈍い痛みが続いている。

「はぁ、調子に乗りすぎたせいかあ」 

 自分が調子の良いやつなのは承知だったが、まさかあれほどまでとは思わなかった。

 ほとほと呆れ返ってしまいそうだ。

 

「慶次。起きてる?」

 部屋の襖奥からくぐもった声が届いた。

「あぁ、起きてる」

「入るわね」 

 襖を開けて入って来た結菜。

 料理の乗ったおぼんを彼が寝ていた布団の脇に置く。

 昇り消える湯気。食欲そそる芳しい香りが鼻腔を撫でた。

 結菜は正座をすると、いすずまいをただし、慶次を見つめる。

「具合はどう?」

「なんともねえさ」

「‥‥‥ごめんなさい」

「お前が謝ることじゃないさ。俺が悪かったんだ」

 (まあ調子乗った俺のせいだしなあ。自業自だよ、ほんと)

「──本当にすまん。何だったら俺をぶっていい」

 その場で深く頭を下げる。すると、結菜はあからさまに大きく息を吐いた。

「はぁ。あなたねぇ、私はそんなことしてほしいわけじゃないの。だからぶったりはしないわ。それよりも、はい」

 結菜が料理のおぼんを差し出してきた。芳しい香りが鼻を包み込んだ。すると、きゅるるーと情けない音を発する。丁度いい具合にお腹が鳴ってしまった。

「ふふっ、丁度よかったわね」

「じゃあ遠慮なくいただくぜ」

 箸で最初に摘まむのは白米。じわ~と味が口内へ広がる。ついで焼き魚も口の中へ。

 ガツガツと食べ続け、気付くと盆には何も残っていなかった。

「あぁ~結菜の飯はやっぱ美味い。毎日食ってみてえなあ」

「慶次がここに住むなら毎日食えるな」

 

「そうなんだよな。けど俺森一家だし、家臣としての領域が行き過ぎている気が‥‥‥!」

 今まで話していたのは!?。

 機敏に声の発する方に振り向いた。

「久遠嬢」

「うむ、我だ。慶次。その、痛みはないか?」

 

「あぁ。大丈夫だ。それと久遠嬢、昨晩は本当にすまなかった」

 慶次はきちんとした態度で臨み、頭を深く下げた。

「あれは我が悪かった。その気になってくれて我は嬉しかったのだが。恥ずかしくてな‥‥‥そ、その我のことを」

 言葉を濁しながら雀のように細い声でぶつぶつと呟く。それに伴って、俯き加減になり表情が暗く陰る。

「そんな顔すんなよ。それくらいで久遠を嫌いになったりしない。むしろ俺がお前らに嫌われるんじゃないかって心配してたんだ」

「な、なにを言うか。我が貴様を嫌いになるわけがなかろう」

「そうよ。私たちがあなたを嫌いになることなんて絶対にありえないんだからね」

「……ハハ。ありがとな」

 意図せず溢れた安堵のため息。彼女たちに嫌われていない。それが知らぬまに安堵のため息をもたらしていた。

 慶次は話を切り上げるようにゴホンと咳を出し、布団から立ち上がった。

「‥さてと俺は森の屋敷に帰るわ。結菜美味かったぜ。また頼む」

 

「ええ。任せてちょうだい」 

 

「うむ。また後で、だな」

「慶次。気を付けて帰ってよね。まだ本調子じゃないんだから」

 

「おうよ。心配しなさんな」

 障子に手を掛ける。と、ふいに久遠から言葉が掛かる。

「我は怒ってなどいないぞ」

「‥‥‥おう」

 そう言い、慶次は部屋を後にしたのだった。

 

 

 久遠の屋敷と森一家の屋敷にはかなりの距離がある。

 馬で行けば半日もかからないが歩けば丸一日の時間を要する。

 慶次は馬を取りに馬舎へ向かったのだが、どうしてか、すべて剣丞隊と三若に回されていた。既に残る馬は無いとのことだった。

 慶次は疑問に思いつつ、我が家に帰るために歩き出す。

 結果、到着は夜の戸張が下りた時分となってしまった。

 桐琴に説教される未来を想像しながら慶次は屋敷の門を潜る。

「帰ったぜー」

 慶次は桐琴たちが毎夜いる居間へ向かう。

 暗い廊下は静けさも相まって不気味な雰囲気を醸し出している。やけに大きく響く、ぎしがしとする足音。

 今夜は屋敷の雰囲気がどこか可笑しい。

 そう思いながら居間の前まで辿りつく。中からは明かりはおろか寝息すら聞こえてこない。

 

 そっと居間の障子に手を掛けた。

「ほう。夜帰りとは随分といい御身分だな?慶次」

「っ!!」

 思わず背筋がピンと伸びた。

 ドスのきいた低い声が慶次の背に響いたのだ。紛れもない桐琴の声。

「さらに言うなら数日も家に帰らなかった。全く殿から事情を聞いたからいいものの帰らんなら言えとワシは言ったはずだ」

 呆れ顔を見せる桐琴は腕を組んで、慶次を見据える。

「す、すまんかった。次からは言うようにする。小夜叉は?」

「部屋にいる。貴様がいないいないと騒いでいたからな。よほど心配だったんだろう」

 

(──会いにいくか、謝らなければならないか)

 慶次はすぐ心に決めた。

「小夜叉の部屋に行ってくる」

 

 

 

 

 

「おちび、帰ったぜ?」

 小夜叉の部屋。障子の前で声をかけると。

「え?」

 どどど。中で彼女の足音がする。

 と、ばたん。思い切り障子が開いた。

「ぁぁ、慶次! てめぇ今までどこほっつき歩いてたんだよ! 心配したんだぞ! 連絡くらいよこせよな! あとおちびってよぶなっ!」

 ドタドタとこちらに走り寄ると抱き付いてきた。

「悪りい」

「本当だぞ!てめぇはオレの。お、オレの、婿なんだからな!」

「‥‥‥そっか。なら本当に寂しい思いをさせたな」

 初耳だった。

(……婿なんて話は聞いてないんだが)

「まあ、すまん。これで許してくれ」

 ぽんと、彼女の頭に手を乗せる。

「な、なあ慶次もオレに会えなくて寂しかったのか?」

「あぁ、そうだ」

 半ば適当に答える。

「ふ、ふーん。慶次は素直だな」

 そっぽを向いた顔はしまりのない笑顔が浮かんでいた。

「クソガキが。一丁前に色気付いたな。おい!慶次、森の婿になるってこたぁワシの婿でもあるんだろう?」

 深い笑みを刻み、身体を摺り寄せてくる。同時に慶次の顎にしなやかな指先を当てると艶やかに頬まで運んだ。

 妖艶さを感じさせる仕草に年齢を感じさせない身体。  

 どくんと、心臓が妙な打ち方をした。

「……そうなるな。俺はお前をとことん愛すさ」

 だが調子の良い慶次。

「ガハハッ! こんな年増の心をくすぐるか!‥‥‥慶次。ワシは覚えておくぞ」

 今まで見たことのない屈託のない笑顔を見せてくれる桐琴。

「‥‥‥慶次ー。オレにはないのかー?」

 服を軽く引いた小夜叉は拗ねたような口調で言った。そんな子供らしさが余計に可愛く見える。

「心配すんな。俺は小夜叉も愛するよ」

「‥‥‥そ、そっかぁ」

 また顔を隠すようにそっぽを向く。

「あー身体が火照っちまった。クソガキ、鬼殺しに行くぞ。慶次貴様も付き合え」

 

「おうよ!母!慶次、ぼーっとしてんなよー」

 いつも通りの流れになってきた。帰ってきた実感が沸いた。

 「行きたいのは山々なんだがなぁ。怪我しちまってな。今日は行けねえわ」

 慶次は自分の肩を指差した。

「なんだ、怪我をしていたのか。まぁいいさ。だが埋め合わせは考えておけよ」

「まー怪我なら仕方ねぇーよな」

 二人はそのまま槍を担ぎ上げ、慶次の元を離れていった。

 何かしら言われると思っていたがその心配は杞憂に終わったようだ。

 それにしても。

「‥‥‥結婚ね」

 今思えば過剰なまでの反応は強い思いの裏返しだったのかもしれない。なるほど、そう考えるとかなりの女性に好意を抱かれていることになる。

(考えすぎかなぁ──)

 とはいえ目的を達成するまでは彼女たちの思いに答えるつもりはなかった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告