戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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文才のなさ。。。

10月24 加筆 修正しました


十話

 

 

 剣丞たちが美濃から戻り数日。剣丞はころとは別に、美濃の調査結果の報告のため久遠の屋敷を訪れていた。

 

「‥‥‥ということだから竹中さんは美濃を出ると思う」

 久遠の前に腰を下ろした剣丞は淡々と事の次第を語った。

 

「デアルカ‥‥‥そういえばお前たちが美濃に出たあと稲葉山に城を売れと書簡を送った。結果、西美濃三人衆から高値で買ってやると返事が来たんだが関係があるのかもしれんな」

 

 その言葉を聞き剣丞は何かを思い出すよう考え込んだ。ブツブツと小さい声で一人事を繰り返していたが、ふと顔を上げる。

 

「‥‥‥っ!敵は外だけではなく内にも居る、か。つまり三人衆が」

 

「‥‥‥なるほどな‥‥‥これは我の予想だが」

 

「うん。多分考えている通りだ」

 二人の間に静かな間が生まれる。

 

「久遠……」

「構わん。お前の好きにすれば良い。なにをするかはお前にまかせよう」

 

「ありがとう!」

 

 剣丞は立ち上がると廊下に面している障子に手を掛ける。

「あっ!ちょっと待て!」

 久遠が呼び止め、どうしたんだと思い振り向いた。

「これを持っていけ。我のへそくりだ。あとこれもだ、慶次からだな……」

 剣丞に渡したのは白い紐で口が結ばれている黒い巾着袋。もう一つは灰色を基調とし、同じような白い紐で口を結ばれた巾着袋だった。

 手渡されたときのじゃらりとした音と手に感じる重さから路銀だということが理解出来た。

「っ!久遠、ありがとう!」

 

「慶次にも言っておけ」

 

「わかってる。それじゃあ久遠。竹中さんを奪い取ってくるよ」

 格好を付けると今度こそ出て行った。

「……頑張ってこい。剣丞」

 

 誰もいない部屋で一人呟いた。

 

 

 剣丞が部屋を後にして数分。さっと襖が開き女性が部屋に入って来る。久遠たちの話に聞き耳を立てていたようで、じろじろと久遠に探るような目を向けた。

「ふーん。へそくりねぇ」

 

「‥‥‥へ、へそくりではないぞ?それにな?あれは手元不如意の時用の蓄えだったし、もう手元にはない」

 

 必死の誤魔化しをジト目でみつめていた結菜だったが、フっといつも見る、瞳に戻った。

「別に没収はしないわよ」

 

「そ、そっか。それは良かったぞ」

 あからさまにほっと安堵の息を吐いた。

 

「ねぇ久遠。‥‥‥私、少し出掛けるわ。数日は家を空けることになるけど自分のことは自分でやってね」

 

「構わんが、どこへ行く?」

 

「ただの野暮用よ。あ、慶次を案内でつれていくわ」

 

「ええっ!?せっかく慶次と‥‥‥うぅ、分かった。好きにせい」

 

 慶次との予定を作ろうと思っていた久遠だったが結菜のためと折れる。

 

 こうして何も知らない慶次は結菜の野暮用に付き合わされることになる。

 そしてそれは思いもしない結果を生んでしまうことになるのだが───。

 

 

 

 

 

#############

 

 

 美濃から戻った慶次は一発屋という小料理屋に足を運んでいた。

 

(行列ができる前に並べて良かった。ここは本当にお昼時はすごいからな)

 運よくお座敷に座ることが出来た慶次はあぐらをかき、お品書きに目を向ける。

 

 何十品とお品書きに並ぶ定食はどれもが美味であり人気だ。

 

 だが慶次が選ぶものは決まっていた。

 

 毎回一発屋に来るたびに選ぶ究極の一品だ。慶次が初めて一発屋に訪れた際に注文したものであり、一発屋最大の人気メニューである。

 

「キヨー。焼き魚定食たのむわー。追加で一枚つけてくれー」

 

「あいよー!」

 焼き魚定食であった。

 

 数分待ち、お目当ての定食が運ばれてきた。

 

「はいよ!おまたせー!」

 

 器にたっぷりと盛られた熱々の米。茶色く焦げ目がついた二枚の焼き魚には小高い山のような大根おろしが乗せられており、醤油がかかっている。そして季節の野菜を一杯に煮込んだ具沢山の味噌汁は熱々の湯気を立てていた。どれもが慶次好みの味付けであった。

 

 口内であふれ出る唾液を飲み込む。

「これだ、これこれ。」

 今日こそは───今日こそは味わって食べようと考えながら箸を手に取る。そして焼き魚に箸を伸ばした瞬間───。

 

「いつもありがとね!慶次!」

 

「……なんだ? 藪から棒に」

 唐突に彼女から声が掛かった。思いもよらなないことに加え、自身の空腹も相まって少しだけ苛立ちを含ませた口調となった。

 

「だって慶次が美味しいって周りの人に言ってくれたからたくさん人が来たんだもの。だから‥‥‥その、お礼」

 消え入るような声で呟きながら円形のおぼんで目から下を隠した。

 

「ハハ。俺はここの飯が好きなだけだ。それだけだ。何も気にする必要なんてねぇさ」

 顔を赤く染めて言うキヨに疑問を覚えながらも事実を口にする。慶次自身美味い飯を作るキヨたちに逆に礼を言いたいほどであった。

 

「慶次は‥‥‥優しいんだね」

 

 どこか浮わついた、熱の籠った瞳でぼーっと慶次を見つめる。彼女は意を決したかの如く、おぼんを下げると慶次に───と口を開きかけたその瞬間。

 

「おーい!これ頼みたいんだがー」

「っ!はーい!」

 ハッとなるとすぐに客の元に向かった。

 

「? どうしたんだ一体。まぁいい食べちまうか。楽しみだ‥‥‥ぜ」

 思わず言葉が途切れた。気付けば慶次の目の前には美味しそうに焼き魚を食べる女性───結菜がいた。

「‥‥‥結菜。お、俺の魚を‥‥‥」

 

「モグモグ‥‥慶次。これ美味しいわね」

 

 楽しみにしていた魚が結菜の腹に飲み込まれていく。

 一度に口に入れる量が少ない結菜だ。焼き魚は半分以上残っていた。今すぐにでも焼き魚を取り返せば十分間に合うだろう。

 

「……反則だ」

 しかし結菜の笑顔が目に入り、その考えは消え失せた。

 

「まぁいいか。一匹は残ってるんだ」

 焼き魚一匹と女性の笑顔。焼き魚は女性の笑顔にはかなわないのだ。

 それにまたここで食えばいいと慶次は思った。

 焼き魚の腹をつまみ、口に運ぶ。

 塩味とそして大根おろしが絶妙に効いており美味だった。

 

 

 

#############

 

 

 慶次を探している。いつもの河原にも姿は見えず、よく足を運ぶという団子屋にもいなかった。

「どこにいったのかしらね、慶次は」

 城下町を練り歩き慶次を探した。

 

 四半刻ほどそうしていると食欲をそそる甘美な香りと共に列をなした小料理屋が目に入った。

「ここって、剣丞たちが噂してた‥‥‥」

 噂に聞いていたとても美味しいと評判の小料理屋だ。古い看板を掲げているがそれが味を出している。老舗とも取れる雰囲気だ。

 行列に並ぶのは苦手な結菜だがどうしてか慶次がいる気がすると直感していた。

 

(案外こういう感ってあてになるのよね。並んでみましょうか)

 

 列に並び、屋内に入る。意外にもそれほど時間はかからずに店内へ通された。

 店内は外で鼻腔に侵入した、食欲誘う香りが強く漂っていた。焼きおにぎりにお味噌汁。そして焼き魚の芳ばしい香りだった。

(いい匂いね‥‥‥)

 

 グゥ~。

「っ!?……!」

 結菜の腹部から聞こえの良い音がした。思わず周囲をキョロキョロと見渡す。

 どうやら周囲の人々は食事に夢中であり、聞こえてはいないようだった。

(あ、危なかったわ) 

 安堵のため息をついた。 

 

 

「ハハハッ!俺はここの飯が好きなだけだ。それだけだ 何も気にする必要なんてねぇさ」

 聞き覚えのある男性の声が耳に入る。奥のお座敷に座り、給仕の女性となにやら話していた。

 笑顔を向ける慶次に対し給仕の少女が頬を染め、熱の籠った視線を向けていた。

(私の気も知らずに。何してるのかしら……!)

 四刻半も探し回ったのにも関わらず彼は己の知らない女と親しげに興じている。急激に黒い感情が胸を包んだ。

 

 本来であれば、彼がどうしようと気に留めることでもないのだが今の結菜にはイライラが募り、顔にまでも現われてきていた。

 むすっとした不機嫌そうな顔だが幸いなことに周囲の人々はやはり気付いていなかった。

(そうだわ!慶次の焼き魚を‥‥‥)

  

 慶次が夢中になっている隙にさっとお座敷に上がり込むと焼き魚を口に入れた。

 塩味が効いていてかつ大根おろしと醤油の味が感じとても美味しい。

 

「結菜。お、俺の魚を」

「慶次。これ美味しいわね」

 

 ぱくぱくぱく。仕返しだとばかりに丸ごと一匹食べ終えた。

 結菜は得意気にふふんとお返しだとばかりに胸を張った。とはいえお返しは一方的ではあるのだが。

 慶次は微笑を含ませた困り顔を浮かべるも大して気にはしていないようだった。

「まぁいいさ。一匹残ってるしな」

 

(何よ‥‥‥その顔は)

 何事もなかったかのように結菜を咎めることをしなかった。

 

 少し時間が経ち、定食を食べ終わり二人は無言でいた。

 そんな中口火を切ったのは慶次だった。

「それで? 今日はどうしたんだ? 俺を探してたんだろう」

 彼の言葉で己の目的を思い出す。

 

「‥‥‥慶次。私‥‥‥美濃に行きたいの。だから───」

 美濃は結菜の故郷だ。特に稲葉山城は彼女の母、道三と最後に過ごした場所である。

 

 そんな思い出がたくさん詰まった城が落とされたと聞き、居ても立っても居られなくなった彼女は一つの案を思いついたのであった。

 それは───。

 

「‥‥‥ついてってやるさ。結菜の故郷だもんな。気になって仕方ねえのは当たり前だ。道中は俺が守ってやるから」

 結菜の言葉を遮った。慶次の言ったその言葉は結菜が求めていたものだった。

(いつも私の欲しい言葉をくれるのね、慶次は‥‥‥)

 

 守ってやる。結菜の心に残響のように残る。

「っ!」

 言葉を理解した瞬間ドキッと聞こえるほどの音が耳に響く。

 守る───この言葉を聞き心の臓がうるさいほどに響き、顔全体がだんだんと熱を帯びてくる。

「‥‥‥いいの?」

 結菜は慶次が断らないことを知っている。誤魔化すために聞いた。顔が赤いことを悟られないためだ。

 

「ハハハッ! なんだなんだ? らしくねぇ。俺は断らねぇよ。よし、んじゃあいくか。勘定置いとくぜー」

 結菜の手を取り、引っ張るようにして店を出た。

 手を握る強さに、温かさに結菜の心がまたも跳び跳ねた。

「ぁ……! 」

 慶次はなぜこんなにも己の心を乱すのだろうか。

 慶次といるとなぜこんなに熱く、そして幸せな気持ちになるのだろうか。

 

 ───知ってはいるのだ。

 いつからだろうか。己が彼に惹かれ始めたのは。気付けば彼は己の心を支配していた。それこそ彼を考えない日はなかったのだ。

 

 慶次が好きだから。

 

 久遠よりも大好きだから。

 

 誰よりも誰よりも大好きだから。

 

 独り占めしもしたいし二人で一緒にいたいから。

 

 でもそれはできないことも結菜自身理解している。

 

 久遠も麦穂も三若だって慶次に懸想しているのだ。

 

 だから独り占めも二人でも一緒にもいられない。

 

「結菜?どうしたんだ?早くいくぞ」

 慶次の声で現実に引き戻される。気付くと目と鼻の先にある端整な顔が飛び込んできた。

 

 ドキッと三度目の心の臓が跳び跳ねる音が耳に響いた。

「っ!? ち、近いわよっ!」

 

 反射的に慶次を押し返した。

 

「あだっ!? ど、どうしたんだよ結菜」

 慶次は困惑した顔を見せた。

 

「なんでもないわよ。もう」

 何時にも増して積極的な結菜は慶次の大きい手を取る。 

 結菜はいつ慶次を好きになったのか覚えてはいない。しかし好きになったのは間違えではないと胸を張れるほどに自分の気持ちに自身がある。

(いつかは彼と───)

 

 夕焼け空に見守られながら二人は美濃への道程を歩む。

 

 

##########

 

 

「け、慶次。ごめんなさい。実は私路銀持ってきてないの」

 

「心配すんなよ。路銀にはかなり余裕があるからな。俺が出す」

 

「‥‥‥そ、そう。ありがとう」

 

(慶次と二人旅ね。‥‥‥私の心の臓大丈夫かしら)

 

 

 

 


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