戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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もっともっと戦国恋姫の二次創作が広がってほしいためハーメルン様にも投稿を始めます。
文才がそこまでないです。
2018.4/16 かなり修正しました。


一話

 

 前田慶次。後の世にそう呼ばれる男がこの日生を受けた。

 彼はこの時代には有り得ない知識を持ち得ている、いわゆる転生者であった。

 転生を果たした世界は『戦国恋姫』

 

 男は歓喜した。ついに自分にも転生というチャンスが訪れたことに。そしてあることを誓う。彼女を救う。無印に続き『X』までも死ぬ運命が変わらない、彼女を。

 森三左衛門可成。通称を桐琴。背中まで伸ばされた金色の髪に、紅い双眸を持つ妙齢の美女だ。彼女はその粗暴な振る舞いをしながらも、たしかな優しさを持つ女性であり武にも長けていた。

 

 彼女は最終的に───討死する。主人公たちを逃がすために。

 

 転生した男は思った。

 あれ? これ、運命かえられるんじゃね、と。 

 

    ~1~

 

 新緑の淡い緑炎が揺れる四月中旬。昨夜の物珍しい大雨はすっかり上がっていた。蒼穹澄み渡る。そんな言葉が似合うほどに青々とした空が広がっている。

 胸元が見えるほどに着崩し、腰には虎模様の腰巻きと瓢箪をつり下げる一風変わった格好の男は、空を見上げ不敵な笑みを浮かべる。

 

 彼は前田慶次郎利益。現前田家当主の養子である。

 (こりゃあ、幸先良い旅立ちになりそうだねえ)

「……利益よ。本当に出て行くのか」

 男の背に声が掛けられた。義父のものだった。

 

「お前は嫡子だ。儂の娘を娶れば何も問題はないのだぞ」

 

「当主ならアイツがいんだろうよ。オレよりかはアイツの方が相応しいさ」

 

「そうか……。すまぬな」

 

「謝罪なんていらんさ。オレのワガママで出てくんだから」

 そうワガママだ。彼女を助けたいと言うワガママ。だから親父殿は、何も心配しなくて良い。

 

「心配はいらん。元気でやるさ」

 

「慶ちゃん!」

 自分の名を呼ぶ幼い声が聞こえ、振り返れば、駆け寄ってくる一人の少女が。槍の又左こと前田利家その人だった。 通称は犬子という。

 

「行かないでっ」

 犬子は慶次郎の腰に抱き着く。

 

「犬子、良い子にするから! 何でもするから! 行かないでよ!」

 

「犬子……」

 徐々に涙を孕んで行く声に、慶次郎は腰を落としやんわりと笑う。彼女は子犬のようでどこか愛らしい。

 

「犬子、お前は大きくなったら何になりたい」

 突拍子も無い投げ掛けに犬子はキョトンとなる。

 涙を拭い、少し考えるような仕草を見せてから言った。

「犬子は、久遠さまを助ける、ううん。守れるような人になりたい」

 

「そうか……あぁ、お前ならなれるな、犬子」

 それは未来が保障している。犬子の頭に手を置いた。

 

 犬子は嬉しそうに目を細める。

「えへへ、慶ちゃんは?」

 

「オレりゃあな、雲になりたいねえ……」

 慶次郎は大空を仰ぐ。つられて二人も見上げた。

 

 蒼穹澄み渡る空である。雲ひとつとてなかった。

 

「雲は、いずこかな……」

 ちょっとだけ格好つけたつもりである。

 

 意図するところが分からない犬子は、

「えっと、遠い所?」

 と抽象的に答えた。

 

「具体的には?」

「美濃国とか越後とか、あとは陸奥とか」

 

「………ああ、そうだ雲は遠い場所にある。何処に行くかも分からん。途中で消えるかもしれん。はたまた、そこに留まる可能性だってある。風の向くまま気の向くままに雲は進むわけさ。オレはそんな自由を謳歌する雲のようになりたいねぇ」

 義父はひとつ大きく頷き「お前らしいな」と感心したように言った。

 犬子は今一理解の及ばない顔を浮かべている。

 

「まあつまりだ犬子。オレにもなりたいもんがあるんだよ」

 あの人を救うためだ。何だってする覚悟がある。例え命を落とすことになってでも。それに家督の問題もある。御家騒動が起こる可能性もあるのだ。その芽は育てる必要なぞない。ある意味一石二鳥とも言える。

 

「それは、ここでは成れないの?」

 

「ああ。ま、何れ会えるさ。辛気くさい顔しなさんな」

 

「……分かった」

 渋々といった様子であるが頷く。

 

「んじゃあオレは行くぜ。親父殿、犬子またな」

 犬子が行かないで——と言い掛けて、義父に止められた。

 

 こうして、前田慶次郎は雲となるため旅立ったのだった。

 

 

 

 まあそれは建前である。

 

 本音を言えば森家に仕えるべく出奔したのだった──。

 

 森一家。

 

 音に聞こえた不良一家だ。つい先日から美濃斉藤より織田家へ鞍替えしたばかりの新参者の武家である。

 眼前に聳える大きな武家屋敷。慶次郎は森三左衛門可成こと桐琴を救うための第一歩を踏み出そうとしていた。

 

 自然と右手に持つ、三間半ほどの槍に力が入る。みしみしと音が鳴った。

 

 森一家に入ると言うのは何も難しいことではなかった。

 曰く。

 

「ワシより強かったら認めてやる」

 とのことである。

 つまりは仕合で勝てば、森一家へと入れる可能性がある訳だ。

 

(よし、いくか)

緊張感を湛えながら武家屋敷の中へと足を踏み入れた。

 使い者に屋敷の庭園へと案内される。案内された場所は、閑散とした庭園だった。身を立たせるような乾いた風が吹き抜ける。幾つも植えられた松の木は裸一貫。刺々しい芯は枯れ落ちていた。こも巻きが巻かれているようだが意味を為していない。

 

 地面には草の根一つ足りともない。弱々しく照り付ける陽射しは胸元を暑くする。

 緊張しているのだ。

 

 塀で陰になる箇所には枯れ落ちた松の芯がこんもりと集められ、庭園の中心にはとてつもない雰囲気を放つ者が。

 

 槍を片手に持った女性だった。

 

 毛先の纏まっていない金色髪。最低限だけを隠した胸当てにはぎゅうぎゅうに押し込まれた双物がこれでもかと主張をしている。

 

 既に肌着と言っても差し支えないかもしれない。ウェストはきゅっと細く、傷の一つも見当たらない。

 

 そして何よりも目を引く瞳。まるで自分が強者であることを疑わないようなギラギラした瞳。

「ほう。余所見とはいい度胸だな」

「あぁ、悪りい」

 

 悪びれることもなく、口だけの謝罪をした。改めて槍を握り直して気持ちを切り替える。

あぁ、それでも緊張はする。画面の前でしか拝めなかった想い人が自分の眼にて視認出来るのはどうにも悪い意味で調子が上がってしまう。

 

(情けねェ所は見せられないな)

 女性──桐琴と対峙する。慶次郎には武がある。養子とはいえこれでも武家の者だ。家中の者に稽古をつけてもらっていた。

 

 右手に持つ槍の柄をしっかりと握りしめ大きく息を吐いた。身体が軽くなった気がする。

 鋭い瞳が向けられた。射るような、紅い瞳が獲物を狩る虎をイメージ連想させる。

 さしずめ自分は獲物と言った所だろうか。

 先手必勝。慶次郎は利き腕に狙いを定め、素早く足を前に繰り出した。同時に腕をしならせて槍を突き出す。

 

 刃と刃がぶつかり金属音が響き、腕に痺れが伝わった。

 

 それを誤魔化すように連続で追撃を行う。今度はしならせずにただ突きを繰り返す。速さを考慮した結果だった。

 

 目を見開いている桐琴を尻目に慶次は徐々にペースを上げていく。

 

「はっ!やるじゃないか、孺子ぉ! 名をなんという……!」

 傍目にも分かるほどの高揚感を感じさせる声音が届く。瞳は相変わらずの獰猛。その間も彼女は慶次郎の連撃を防ぐ。

 

「おかめ丸紋次郎だっ!」

 

「はっ! 紋次郎! ワシの一撃を受け止めてみろ。もしできたなら認めてやるさ。覚悟しなぁ!」

 言うや否や先程まで防戦一方だった桐琴が槍を弾き返した。

 

 態勢を立て直すため飛び退く。

 振りかぶる桐琴はまさに神速ともとれる、ぶれた槍先を喉元目掛けて突き出してきた。

 

「っ!!!」

 本気で殺る一撃が襲い来る。槍を横手に弾くようにして防ぐ。

 その一撃はとても重く、今生一と言っても過言ではなかった。

 腕が軋み比べものにならない痺れが襲う。両腕が悲鳴を上げ思わず槍を落としそうになるが、ぐぅと堪える。

 

「……いいだろう、認めるさ」

 あっけらかんに桐琴は言った。瞬間、重みが消失した。先程までの空気が一気に払拭された。

「ワシの名は森一家棟梁、森三左衛門可成。通称は桐琴だ。いいか、森一家に入ったからにはワシに従えよ」

 

「わかってるさ。改めて、オレはおかめ丸紋次郎、紋次郎でいいさ。よろしく頼むぜ」

「はっ!よろしくされてやるさ」

 ふっと桐琴は笑った。

 森一家に入ってからの日常は殺人まがいの稽古や落武者狩りであった。前田慶次郎こと、おかめ丸紋次郎にとって凄惨な日々と言って過言ではなかった。

 

 元は一般人と言うこともあり人を殺すことに抵抗があったのだ。平気で人体の一部が飛んで行く光景に吐き気や頭痛が止まらなかった。

 

 その度に桐琴に馬鹿にされていたのだが人間いつかは慣れるもの。

 いつのまにか吐き気や頭痛は鳴りを潜めていた。

 

 これが慣れ。──そう思うと少し怖かった。自分がどうにかなってしまったかのように怖かった。

 だが殺らなければ殺られる戦乱の世。割り切る以外に方法はない。

 加えて自分の目的のため。彼女のためにはと。

 

 

 

 

 因みに慶次郎がおかめ丸と名乗っているのは身バレを防ぐためである。まあ顔立ちでいずれはバレてしまうだろうが。

 

    2

 

 月日は流れ、前田慶次郎ことおかめ丸紋次郎が森一家に士官し早二年。この日桐琴は主家である織田家に呼び出しを受け屋敷を空けていた。

 

 詰まる所、休日と言うことである。とは言え基本的に森一家は一に落武者狩り、二に落武者狩りが日常茶飯事。ようは居ないが居ようが変わらない。

 

 当の慶次はと言うと趣味になりつつある釣りをしに川へと向かっていた。

 

 場所は所謂穴場。誰にも知られていない秘密の場所だ。

 

 煩雑に茂る雑草に覆われた閑散としている名もない川辺である。本当は名前があるのだが彼自身そこまで覚えていなかった。 

 

 お日様に照らされながら釣竿と籠をセットに紋次郎は軽やかな足取りで畦道を歩く。

 

「あぁ~いい天気だなぁ。絶好の釣り日和だ」

 見上げれば蒼穹冴え渡る空に、わたあめのようなふわふわした薄い白雲が幾つも浮かんでいる。

 畦道を歩きながら、そして季節特有の陽気を感じながら、畦道が小高い坂道に差し掛かる。坂道の両側には腰まである雑草が鬱蒼と生えていた。

 

 ここまで来れば、後は坂を登りきれば目的の場所に到着する。

「今日こそは大物を狙いたいな」

 流石に小物ばかりと言うのは飽きる。言うなれば一週間ずっと同じ食事をすること。たまには異なるものを食してみたい。

 

 そんなことを考えつつ、坂を登りきり、毎度来る川が見えてくる。

 

 勾配のある土手を降り、早速準備を始める。

 

 まずは一メートルはある細い竹に糸をくくりつけ、餌を結ぶ。そして頃合いを見計らい川面に糸を垂らした。次いでいつも腰掛けていた切り株に腰を下ろした。

 

「今日は何が釣れっかな」

 どんな魚を釣れるのだろうか。わくわく気分に自然と鼻歌が出た。

 川面は眩しいほどの陽光が降り注ぎ水面を煌めかせている。

 

「いやぁ~この輝き。いいねえ。……ん?」

 風流だ。そして雅でもある。

 

 しかし一種の宝石のように反射する水面とは対照的に、顔を俯かせ、影を落とした黒髪の女の子がいた。

 ──と言うよりかはたった今、ひょっこりと姿を現したのだが。

 

「……」

 黒い髪を風に揺らしながら顔を下にしている。

 この時代、戦国時代には存在しない黒いゴスロリ風の衣服を着こんでいる少女だ。彼女は川辺へと歩みを進めるとおもむろに水面を見つめ始めた。

 

(あれは……)

 覚えのある顔つきだった。後世の歴史の教科書に嫌と言うほど出てくる存在だ。

 紋次郎は少しばかり下心を持ちながら、歩み寄る。

「どうした? 嬢ちゃん」

 

 驚いたように身体を震わすと目元を拭った少女は、こちらを敵意の籠もる金色の瞳でギロリと睨みつけた。

「っ!……なんだ貴様は!」 

 

「怪しいやつじゃあねぇさ。俺は紋次郎ってんだ。紋ちゃんでいいぜ」

 

「……我に構うな」

 少女は悲し気な顔を浮かべ、視線は再び水面へと移った。

 

(ったく。構うなって言うならそんな顔をすんなよ) これでも紋次郎は大人だ。価値観の押し付けにはなるが子供を導くのは大人の役目なのだ。 

 

 そんな考えから紋次郎は、遠慮することなく彼女の隣に腰をおろした。まあ下心が無い訳ではないが。というか、八割方そちらが占めている。

 

「ガキが遠慮すんな。んな辛気くせぇ顔してたら心配すんだろ」

 

 端から見ると長身の男と暗い表情をする少女──怪しい雰囲気満載である。

 

 ちらりと横目で彼女を覗くと目尻に涙が溜まっていた。

(うーん。流石に泣かれるのはねぇ……)

 古来より、男は女の涙に弱いのだ。

 

「俺の話さ……聞いてくれねぇか」

 紋次郎は語り出す。今までに行った主君、桐琴へイタズラの数々を。

 多少盛った部分もあるが『カエルをぶちまけた』、『大好きな酒を全部飲み干した』等々。

 

 面白おかしく身振り手振りの誇張表現を交えながら言葉を紡いだ。

 しばらく話していると次第に彼女の顔は遠慮した感じはあるものの、綻んでいった。

 そして最終的には破顔した。

「くく、あはははは!」

 

「はは、やっと笑ったな」

 

「あっ!いや‥‥‥その、すまない」

「気にすんな、笑ってほしくて言ったんだ、オレも気が楽になったぜ」

 

 しかし、彼女は何かを思い出したのか先ほどのようにまた黙り込んでしまった。

 どうしたものかと悩む、史実の歴史から見れば何が原因なのかは推測は出来そうだが紋次郎に至ってはからっきしだ。

 

「楽になるぜ?話してみなよ」

 できるだけ優しい声音で言った。

 

「‥‥‥」

 金色の瞳がこちらを見た。見定めているかのようで目線を外したくなる。

 やがて彼女の方から視線を外し、紡いだ言葉は弱々しく、そして子供が言うには恐ろしく重たいものだった。

 

「わ‥‥‥私は弟を討たなければ‥‥‥ならないんだ‥‥‥!」

 彼女は自分が置かれている状況や愛している弟との確執を語った。

 

 母の急逝による弱冠十五歳での家督相続。

 

 それに反対する者が弟を担ぎ上げ謀反を画策。 

(何て重い問題だ。こんな小さな少女の肩にどれだけ重くのし掛かってんだ。史実の織田信長も、こんな風な問題を抱えてたのか?)

 

 肉親による謀反。その最後は切腹か打ち首。

 謀反がただの血縁関係だった問題はないのかもしれない。例えば顔を見たことのない血縁のみの関係だ。

 

 だが画策しているのは愛している実弟である。

 今にも泣き出しそうなその表情から彼女の苦しみが痛いほどに伝わって来た。 

 

 正直な話、お家騒動にも似たこの状況。解決なんて大それたものじゃないが、紋次郎には一つしか浮かばなかった。

 

 至って単純だがその分家臣たちからの反発も大きいと思う。それこそ、若くして継いだ彼女には批判が相次ぐだろう。そこは彼女の腕の見せ所だろうが彼女の苦しみは幾分か楽になると思う。

 

「‥‥‥なら、許してやりゃあいいじゃねぇか」

 

「しかしっ!それでは家臣に示しがつかんっ」

 

「そうだな。けど許して何が悪いんだ? 示しがつかない? 決めるのはアンタだ。一回目は見逃してやりゃあいい。ただ二回目はないってそう言えばいいじゃねぇか」

 無論、何らかの罰は必要だ。

 人間という生き物は単純だ。ほとんどが温かみを帯びた人間についてくる。

 

「冷酷なだけじゃあ人はついてこないからな」

「……………そうだな」

 ややあって硬い顔つきが一気に柔らかくなったように思える。

「ありがとう紋次郎。確かに話してみると気が楽になった。なんてお礼をしたらいいかわからないが、いつかこのお礼はする」

 

「なら期待しておくよ」

 彼女れ「頑張れ」と励ましの言葉を送り、彼女は去っていった。

 

 ちなみに釣りの成果は呆気のないものだった。

 

   3

 

 森一家は織田久遠信長の実弟である織田信行軍を迎え討っていた。なおおかめ丸紋次郎の初陣でもある。

 事の発端は『うつけ』と称される信長排除し、聡明な信行に家督を継がせようとしたことにあった。

 

「森の鶴紋なびかせて、尾張が一の悪ざむらい!刈る頸、刈る耳、刈る武功!荒稼ぎの邪魔するやつぁ、味方と言えどもぶっ殺す!」

 

(ぁぁ、物騒過ぎるよぉぉ……)

 

 威風堂々と言った様相で敵兵の進路を塞ぐ妙齢の美女。

 眼光炯々と輝き、その佇まいは野生の獣──理性をかなぐり捨てようとする危険な雰囲気だ。

 

 狩る側と狩られる側。その構図が出来上がった瞬間だった。

 敵兵は脅え、散開した。足軽もいるがそのほとんどが雑兵であった。

 

「森の戦ぁ、その目でとくと拝みやがれ!」

 

『『『ヒャッハー!』』』

(うわぁ、まじもんの見ると迫力がすげぇよ……。)

 迎え討つはずが討ち入る気満々。森衆の面々は今にも爆発しそうな雰囲気だ。桐琴と言う火種が点けば、今すぐにでも爆発する危うさがある。

 

 紋次郎は無論、最前線である。初陣と言えども容赦は無かった。まあ桐琴に見栄を張って、初陣である事を伝えてない事が原因なのだが。ただ伝えたとしても結果は変わらなかっただろう。緊張は無かった。落ち武者狩りで鍛えた胆力と桐琴の指導のお陰だ。

 

 相手方は織田信行を総大将に据え、柴田勝家、林秀貞など約千七百余名。

 対し我ら織田信長軍は森一家に加え丹羽長秀、前田利家ら七百余名だ。

 

「我が名は柴田勝家!森三左衛門とお見受けする。その頸頂戴いたす!」

 

「はっ!いいだろう。逆にワシがその頸もらおうか」

 勝家と桐琴との一騎打ちが始まった。

 剣戟の激しさ周囲の空気を震わせる。周囲には誰一人とも近づかない。

 

「いけッ!私が抑える!」

 桐琴が勝家に目をとられているその隙を突き、柴田兵が本陣まで入り込んだ。

 さすが戦上手な柴田だと紋次郎は思った。だがこのままでは総大将が危険だ。

「ここは任せる! オレは本陣に行く!」 

 

「了解しました!」

 近くの森衆の兵に指揮を任せ本陣へ急行した。

 

 織田の陣幕に近付いたとき。

「我ら織田に歯向かうかっ!!」

 本陣から怒気を孕んだ一喝が響いた。

 

 どうやら敵兵に対して放ったようでその瞬間、柴田兵の勢いが水を浴びた火のように弱まった。その隙を信長の小姓たちが兵を斬り捨てる。我が従妹の勇ましい姿もあった。

 

 恐怖を帯びた様相を浮かべ兵達──中でも動揺が酷い織田の足軽はたじろぐ。小姓の働きによって数を減らす柴田兵。戦意をなくすものが増え、逃走するものが続出していく。

 

 敵軍の半数を占めていた雑兵はクモの巣を散らすように逃げていき、数の不利や猛将の一端を垣間見せた従姉妹の活躍もあって足軽の姿も数を減らしていく。

 

 元よりこの戦は身内同士のものであったためか、織田久遠信長の一喝による効果は抜群であったのだ。

 

「今が好機だっ! うちかかれぇ! 我も出る!」

 総大将の一喝で味方の士気が上昇し、勢いが増す織田軍。ダメ押しと言わんばかりに大将が出陣するともなればもう負けるわけにはいかなくなる。

 

「な、なりませんっ! 久遠さまっ!」

 必死に宥める家臣だが久遠は耳も貸さない。

 

「うるさい麦穂! いくぞ!」

 馬へと騎乗した彼女は急かすように馬の腹を蹴った。

 高い嘶きを上げた馬は走り出し、後方から先程の家臣と兵も必死に駆けていく。

 

 半刻も経たず陣太鼓と共に彼女の声が鳴り響いた。

「黒田半平っ!この織田久遠信長が討ちとった!」

 勝鬨が辺りに響き渡る。これを皮切りには信行軍は崩れ始め敗走した

 


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