I made a few mistakes .   作:おんぐ

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ハッフルパフ推しです。でも、ハッフルパフ要素は今回は殆どありません。


I made a few mistakes .

 

 

 

 

 

 

 「 ハッフルパフ!!」

 

 ーー僕、やっぱりハッフルパフだった。………劣等生。

 なんでだろう?ダドリーに呪いをかけようだなんて、ちっぽけな事考えたのがいけなかったのかなぁ…。

 

 「ポッター?」

 「はい…すみません…」

 

 うつむいた顔を上げると、4寮の生徒から突き刺さる、目、目、目、目。

 みんな、僕のこと、馬鹿にして笑っているんだ。

 少なくとも、ハッフルパフ生がそんな目を向けるはずはないのだが、今のハリーには、全て同じに見えていた。

 沈む気持ちと一緒に、視界がどんどん狭くなっていく。ハリーはその場から逃げるように、ハッフルパフのテーブルの端を目指して足を進めた。

 

 ロンは、グリフィンドールだった。

 

 

 

 歓迎会も終わり、ハリー達新入生は、上級生によって、寮の各部屋へと案内された。

 ハリーが案内された部屋は、一番端っこにあるドアの、ベッドが2つ置かれている部屋だった。

 上級生にもう1人が来るまで待つように指示を受けてから、30分経った。しかし、未だ部屋にはハリー1人だけ。

 ‎もう、樽底のような戸に何度目をやっただろうか。幸せなベッドの感触も楽しみ終えたし、荷物も整理した。戸の向こうからは、ワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。

 元は4人部屋だったのだろう、2人部屋にしては広い部屋に1人でいるからか、ハリーは心細くなっていた。

 誰と同室になるのかと、不安も増す。いったい、誰だろう⎯⎯まさかね。

 

 そのとき、戸がギィィと音を立てて開いた。

 ふらふらと幽鬼のように部屋に入ってきたのは、元々青白かった肌を真っ青にさせた少年⎯⎯ドラコ・マルフォイだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

  「ハッフルパフ!!」

 

 ドラコはいったい何が起きたのかわからなかった。

 組み分け帽子はまだ被っているとも言えない状態⎯⎯生地が頭に触れたところで、組み分け帽子が叫んだのだ。

 パサリ。

 ‎呆然としたドラコの手から、組み分け帽子が零れ落ちた。

 

 

 ドラコの姓、マルフォイは、”間違いなく純血の血筋”と認定された、イギリスの魔法族の中でも由緒ある一族の名である。そしてこの一族は代々スリザリンの家系で⎯⎯ハッフルパフなど到底ありえないのだ。

 

 ドラコの名前を読み上げた教授、マルゴナガルも流石に疑問に思ったのか、床に落ちた組み分け帽子を拾い上げて、固まっているドラコの頭にスッポリと被せた。

 しかし結果は「ハッフルパフ!!」変わらなかった。

 

 組み分け帽子の声で、我に返ったドラコは、勢いよく立ち上がる。

 僕がスリザリンじゃない?ありえない!!それも、ハッフルパフだなんて、こんな…おかしい…!父上、父上に連絡をーー

 ドラコは抗議の声を上げようとした。

 しかし、できなかった。シンとした広間に響く、侮辱する声、嘲笑を聞いてしまったからだ。

 

 それは、スリザリンの席からだった。

 

 ーー純血って本当なの?

 ーー拾い子さ、きっと。だってハッフルパフだぜ

 ーーあいつ、家から捨てられるな

 

 思ってもみなかった、心無い言葉が、ドラコの心を抉る。

 両親に捨てられることを実際に想像した。そして、すぐに耐えきれなくなった。

 ‎ドラコは、広間を飛び出した。

 

 むやみやたらに走り回って、体力が切れた頃にたどり着いたトイレの片隅。そこで、ドラコはくしゃくしゃになって、涙を流した。もう既に、怒りの感情はなかった。あるのは、両親に見捨てられるかもしれないという、恐怖だけだった。

 ‎少年の嗚咽は、連れ戻しに来たスネイプ教授に発見されるまで続いた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 「あの…大丈夫?」

 

 ハリーが知る限りの、偉そうで嫌味なドラコとは、打って変わった弱々しい姿。何だか見てはいけない気がして、ハリーは目を逸らしながら声をかけた。

 

 「ッ……ポッター…」

 

 そこで初めてハリーに気づいたのか、ドラコは目を見開いてハリーを見つめた。そして直ぐさま、隠すように顔を背けた。

 

 「……」「……」

 

 以前の邂逅で、こいつとはもう合わないと互いに思った2人だ。そして、周りに、重たい空気が発生する。

 

 「ポッター……きみ、ハッフルパフか。てっきり赤毛のウィーズリーとでも一緒にグリフィンドールにでもいくと思ってたよ」

 

 明らかに、皮肉を含ませたそのセリフ。しかしハリーも、苦々しい顔になりながらも、言い返す。

 

 「そういうマルフォイもね。スリザリンにいくんじゃなかったの?」

 

 「…」「…」

 

 にらみ合いが続く。しかしどちらの瞳も弱々しく揺れていた。

 それぞれ、思い浮かべる。

 ドラコは、スリザリンの面々の顔。冷たく突き放す両親を想像して…。

 ‎ハリーは、少なくない失望の顔を。ハリーがハッフルパフに決まった時の、ロンのホッと安心したような顔。ホグワーツに来るまでの、蔑まれていた日々を思い出して…。

 

 「う、ウワァァ……」

 

 崩れ落ちたのは、ドラコだった。突然のことに、ハリーは我に返って目を丸くさせた。

 

 「やっぱり…もうおしまいだぁ」

 

 そこから暫くの間、ドラコの嗚咽は止まなかった。

 ‎ハリーも黙って立ち竦んでいた。

 

 

 

 「ヒッグ…ヒック…」

 

 全て吐き出したのか、あとはしゃっくりを上げるだけのドラコ。そこにハリーは、ぶっきらぼうに、そして早口で捲し立てた。

 

 「僕、最近まで魔法のことなんかこれっぽっちも知らなかったから、ハッキリとはわからないけど、君が両親に捨てられるなんてことないと思うよ。他の、スリザリンの奴らは知らないけど」

 

 しゃっくりに混ざって、小声で「なんで」と返ってくる。

 

 「だって君、ダドリーと似てるから。きっと、両親に愛されてるよ。バーノン叔父さん達がダドリーを捨てるなんてあり得ないし」

 

 また、しゃっくりに混じって「だれだ」と返ってくる。

 

 「僕のマグルの従兄弟の嫌なやつ」

 「いっしょにするな‼」

 

 今度は大声で、すぐさま返ってきた。

 ハリーはそれを無視して、ふと思い出したように、寂しそうな声で続ける。

 

 「僕、そこでは召し使いなんだ。余計なことなんてすれば、物置に閉じ込められるし、何日も食事抜き。そんなことされたことないだろう?…ちょっとベーコン焦がしただけでも駄目だった」

 

 「…」

 

 「魔法が使えることを知ってたら、いっぱい呪いをかけてやったのに。…でも、駄目みたいだよ。この前どうやってダドリーに呪いをかけようか調べもしたけど、マグルの世界では魔法を使っちゃだめだって」

 

 「……」

 

 まるで屋敷しもべじゃないかと、ドラコは思った。ハリーに同情の視線を送った。そして、ぼそりと言う。

 

 「…やっぱり、マグルってどうしようもないな」

 「僕、君がダドリーに似てるって言ったんだけど。……ハッフルパフって、マグル育ちの生徒が他よりも多いみたいだよ。それに、僕だってマグル育ちだ」

 「君は…混血だ」

 「混血?」

 「君の父が純血の魔法族で、母親がマグル生まれだったからだ。…知らないのか?」

 

 ハリーは少し躊躇って……諦めたように話した。

 

 「…うん。僕、ついこの間まで、両親は自動車…マグルの車で事故にあって死んだって聞いてたんだ」

 

 ドラコは呆れた。魔法界で英雄ともてはやされていたのが、これかと。そして、少なくない同情心が沸いた。

 

 「……」「……」

 

 「その…さ、魔法界のこと聞いてもいい?」

 「え、あ…うん」

 

 「あと、その、列車ではごめん。これからよろしく」

 

 顔を背けて、ハリーはおずおずと手を差し出した。今は、ドラコのことをそれほど嫌な奴には思っていなかった。

 

 「……」

 

 反応がないドラコに、ハリーは不安になって目線を上げる。

 ‎ドラコは固まって、ハリーの手をじっと見ていた。そして、小さく口を開いた。

 

 「ウィーズリーはいいのか」

 

 「あーうん…」

 

 思い起こされるのは、ドラコがハッフルパフに決まった時の、ロンの笑い声。きっと、ロンは今ではハリーのことも笑っているのだろう。ハリーはそう考えた。

 

 「あのときは、ロンが先に君の名前を笑っていたし…僕は、かっこよくていいと思うよ、君の名前」

 

 「…そうか」

 

 答えになっていなかった気もするが、ドラコは気にしなかった。

 ‎ドラコは顔を背けて、ハリーの手を軽く握った。

 ‎ハリーも何だか照れ臭くなって、顔を横にそらした。

 

 「よろしく、マルフォイ」

 

 「…よろしく、ポッター」

 

 

 

 

 

 

 

 手を取り合ったその日、ハリーとドラコは魔法界について⎯途中からはクィディッチの話ばかりだったが⎯時間も忘れて話し込んだ。

 

 次の日の朝、ハリーはフカフカのベッドの中で、気持ちよく目覚めた。夜中に一度起きた気もするが、あまり覚えていない。ならば、気にすることもないだろうと思ったところで⎯ルームメイトが起きていたことに気がついた。

 

 「マルフォイ…おはよう」

 

 「あっ…おはよう、ポッター」

 

 ハリーは眼鏡をかけて、ベッドから起き上がってから、ぐーと背伸びした。

 

 「教科書…?」

 

 こんな朝早くから勉強しているのかと、ハリーは不思議そうにドラコを見た。

 

 「すぐに授業は始まるからね。それに…考えたんだ。どうすれば連中を見返せるかってね。ホグワーツには学期末にテストがあるんだ。僕は、そこでトップの成績をとる。…そのためさ」

 

 「そうなんだ…。僕も頑張らないと…一緒にやってもいいかな」

 

 自信なくハリーは言う。不安になったのだ。ビリになるかもしれない。

 

 「それは君の自由だ。…でも、力になってやってもいいよ」

 

 ドラコはそう言って、教科書に目を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 「あー今日、魔法薬の授業かぁ…」

 「最初があれだったから…予習で足りるかどうか…」

 

 大広間で朝食をとりながら、ハリーはどんよりとした雰囲気でぼやいていた。ドラコも垂らした前髪を肘をついた手でかきあげて、暗い雰囲気を身に纏いながら、ぶつぶつと呟いている。

 両隣と前の席には、誰も座っていなかった。入学してから一週間ほどで、ハリーとドラコはハッフルパフの生徒の中で……いや、ホグワーツの中でも若干浮いた存在になっていた。

 理由としては、ドラコはまずその境遇から、奇異の目で見ても近寄っていくものはいなかった。そしてハリーはというと、グリフィンドールとの合同授業の際、ロンのドラコを冷やかす声から、かばったことが決定的だった。その出来事はすぐに知れ渡り、以来、ハリーとドラコはセットで見られるようになっていた。

 ドラコはもはや、全く周りを視界に入れていなかった。

 ‎始め、ハリーには同じ寮生と交流を持ちたい気持ちはあったのだ。でも、きっかけも掴めないし、1人じゃないからまぁいいやと納得し始めていた。

 

 スリザリンしか出ないはずの名家から出た、スリザリン気質のハッフルパフ生。そして、その悪目立ちしている生徒と2人部屋でいつも行動を共にしている魔法界の英雄のハッフルパフ生。

 ハッフルパフ生はもちろん、他寮の生徒でも、進んで‎関わろうとするものはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 就寝前、ハリーは、午後にハグリッドの小屋にいったときのことをドラコに話していた。

 ‎ファングという、巨大な犬がいること、小屋の中の様子など話すハリーに、ドラコはつまらなさそうにしていたが、時おり相槌を打ちながら黙って聞いていた。

 

 「それでさ………重要なことあったんだ、忘れてた」

 ‎「…なんだよ」

 

 ドラコはもう眠たそうに、聞いた。

 

 「気になる新聞の記事を見たんだ…グリンゴッツに強盗が入ったこと知ってる?」

 「新聞で見た」

 ‎「あれさ、何も盗られてなかったんだって」

 ‎「…それで?」

 

 興味が沸いたのか、ドラコの声が弾む。

 

 「正確には、強盗が入ったときには、もう目当てのものが残っていなかったんだ。金庫が荒らされただけだった」

 「犯人は捕まってないのか?」

 ‎「あ、うん。まだ捜査してるって書いてた。それよりもさ、実はその日、グリンゴッツでお金引き出したんだ」

 「それがどう……」

 ‎「ハグリッドに連れられて、もう1つの別の金庫にも行ったんだ。でも、そこにあったのは、小さな包み1つだけ。ハグリッドはそれを回収したから、もうその金庫には、何も残っていなかったんだ」

 ‎「……」

 「だからさ⎯⎯」

 「待った。お、おしまいだ明日にしよう、もう遅いから…おやすみッ」

 

 捲し立てるように一息で言い切って毛布をすっぽりと被ってしまったドラコに、ハリーは目を丸くした。

 ‎しかし、確かに話に付き合わせすぎたとハリーはちょっと反省した。すぐに寝る準備をした。

 

 

 

 

 ■

 

 

 今日はレイブンクローと合同で、初の飛行訓練の日だ。

 ‎マダム・フーチが説明をする中、ハリーはドラコと小声で話していた。

 

 「何だか…古い?」

 ‎「とんだ骨董品だ。僕が持っている箒は誕生日に父上が買って……いや、なんでもない。とにかく飛べることは飛べるだろうさ」

 

 歪ませた口で、皮肉げにドラコは言った。そんなドラコの様子から、ハリーは何か言わなければと口をモゴモゴとさせたところ⎯

 

 「ほら‼そこ‼右手を箒の前に出して‼」

 

 マダム・フーチの叱咤が飛んできた。周りの生徒は既に、指示に従って右手を上げている。ドラコもいつのまにか上げていた。

 

 「ほら」

 ‎「うん…」

 

 ハリーは「上がれ」と箒に向かって言いながら、ある朝のことを思い出していた。その日、ドラコに手紙が届いていたのだ。誰から来たのか、ハリーは気になっていたが、ドラコはすぐにポケットにしまってしまい、聞くタイミングも逃していた。

 ‎そして未だ封の開けられていない手紙が棚にあるのを、ハリーは知っている。

 ‎ドラコは、時おり両親のことを話題に出す。でもいつもすぐに、ばつの悪そうな顔をして誤魔化すのだ。

 

 

 「ポッター」

 

 ドラコの声に、ハリーはハッとなる。

 

 「上がってないぞ」

 

 「…えっあ、あがれ!」

 

 箒はスーと上がって、ハリーの手の中におさまった。ハリーがドラコを見ると、彼はつまらなさそうに周りを眺めていた。

 

 

 「では、今日はここまで。ですが、まだ少し時間があるので…そうですね。2人出てきてください」

 

 ザワザワと、生徒達が沸き立つ。しかし、押し付け合う声ばかりで、一向に決まりそうもなかった。

 

 「ポッター行こう」

 ‎「あ、うん」

 

 少しだけ声を弾ませたドラコがドンドン前に進む中、ハリーは後を追った。ドラコの目線の先、マダム・フーチの手には、いつの間にかクアッフルが乗っていた。

 

 

 「いいですか、今から魔法界のスポーツ“クィディッチ”のチェイサーというポジションを、私、マルフォイ、ポッターで簡単に演じます」

 

 ハリーとドラコが説明されたのは、箒で浮いてから円になっての、パス回しだった。

 ‎その説明を受けて、つまらなさそうにしていたドラコが一転、ニヤニヤと口を歪ませたことに、ハリーは気づく。当然いい予感はしない。

 

 何度かパスを回したところで、

 

 「あー手が滑った。すまないポッター」

 

 マルフォイは、そんな棒読みの声でハリーに言った。クアッフルは高く上がり弧を描きながら、、易々とハリーの頭上を越えていく。

 ‎慌ててハリーはクアッフルを追いかける。追って…追って…追いかけて⎯⎯地面すれすれでキャッチ。

 向き直って、‎非難の目でドラコを見れば、彼は驚いたように目を丸くさせていた。そして、それはすぐに笑みへと変わった。

 

 「ポッター投げろよ」

 

 ハリーは手の中にあるクアッフルを見つめる。そうだ、ドラコは手を滑らせただけなのだ。だから、ハリーは向こうまで届かせるために、思いきって投げた。

 

 「ごめーん。手が滑った」

 

 

 

 

 

 その後、時間いっぱいまで手を滑らせていたハリーとドラコは、授業後、マダム・フーチにしっかりと説教を受けることになった。説教を受けながらも、2人ともスッキリとした顔をしていたことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■10月

 

 

 

 

 その日の授業を終えた午後、ハリーは1人で図書館へと向かっていた。

 ‎ほとんど行動を共にしていたドラコは今日はいない。寝不足の日々が続いたためか、熱を出して、保健室送りになっていたのだ。

 ‎熱は既に薬を飲んで下がっていたが、校医であるマダム·ポンフリーによって、今日はもう寮で休むようにとお達しがでている。

 ‎ハリーとしても(本当は少し寂しかったが)異存はなかった。ドラコは、根を詰めすぎていると思っていたのだ。ハリーが寝たあともドラコは勉強している。休日だって、ひたすらに一緒に呪文の練習だ。

 ‎学期末試験だってまだまだ先だ。これで、少しくらい気を緩めてくれればいいなと思っていた。

 

 図書館に着いて中を見回す。いつも通り、ほとんどの席は空いていて、混んではいない。上級生は何人かいるが、同じ1年生はいないようだった。⎯⎯⎯と、いや、いた。入り口からは、陰になっている場所。本棚に挟まれた机の端に座っている、栗色の小柄な後ろ姿をハリーは見つける。

 ‎ハーマイオニー・グレンジャー。彼女はたしか、グリフィンドールに組分けされていたはずだ。列車のコンパーメント以来、会話はしていない。合同授業、もしくはこの図書室で見かけるくらい。

 ‎行動を共にしているマルフォイは、言葉に出すことはないが、それでもマグル出身の生徒を特に苦手としている。ハリーも少し話したことがあるくらいだ。声をかけようと思ったことはなかった。

 ‎机にかじりつく、フサフサとした栗色から目を離して、ハリーは教科書を開いた。

 

 

 

 

 「……ふう」

 

 長く集中していたなぁ。ハリーは一息ついて、ゆっくりと時計を眺めた⎯⎯もうすぐ、夕食の時間だった。

 ‎周りを見ても、もう残っている生徒はほとんどいない。その残っている生徒も、図書館から出る準備をしている。

 ‎今日の夕食は、ドラコと寮で食べるつもりだ。早く行って、さっさと食べる分を確保したほうがいいだろう。

 ‎大広間に向かうべく、席を立ったハリーの目の端に、来たときから変わらずいる、フサフサの栗色が映った。どうやら、彼女もまだ残っていたらしい。

 ‎もう、他に生徒はいない。ハリーは少し迷って⎯声をかけることにした。

 

 「…グレンジャー…さん?」

 「……」

 

 反応がない。余程に集中しているようだ。

 ‎ハリーは、つまずいたことが恥ずかしくなって、思わず周りを見渡した。司書のマダム・ピンスが、呆れた顔でこちらを⎯ハーマイオニーを見ていた。どうやら、今回だけではないらしい。

 ‎だからハリーは、今度はよく聞こえるように、栗色に顔を近づけて言った。

 

 「グレンジャー「ひゃっ」、もう時間…」

 

 栗色がフワッとなって、それから逆立ったように、ハリーには見えた。ネコみたいだと思った。

 

 「え…何」

 「もうすぐ夕食なんだけど…」

 「あっ…ほんと。ありがとう。でも、びっくりしたわ」

 

 ハァーと胸を押さえて息を吐くハーマイオニーに、ハリーは申し訳なくなって、謝罪することにした。

 

 「…ごめん。いきなりだったよね」

 ‎「あ……ううん、大丈夫。ありがとう。えっと…ポッター…?」

 「ハリーでいいよ」

 「あ、うん。ハリー。私もハーマイオニーって呼んで」

 ‎「オーケー」

 ‎

 ‎こほん、と咳払いが聞こえた。マダム・ピンスのものだ。

 

 「じゃあ…大広間に行く?」

 「ええ、そうね」

 

 ハリーとハーマイオニーは、そそくさと、図書館をあとにした。

 

 

 

 

 

 「あなた達って…ハリーとマルフォイってとっても有名よ」

 ‎「ええ……ちなみに、何が?」

 ‎

 ‎ 図書館を出て、ハリーとハーマイオニーは、1階の大広間へと続く階段を降りていた。

 

 「……うーん。皆、面白半分でいろいろ噂しているわ。……聞きたい?」

 ‎「……いや、いいや」

 ‎「うん、そのほうがいいわ。嫌な感じのものも結構あるし、聞かないほうがいいわね」

 ‎「それも聞きたくなかったかなぁ……」

 ‎「あ…ごめんなさい。あ…えっと…2人が来年のクィディッチの選手になるなんて噂も…」

 

 

 その日からハリーは、ハーマイオニーと気軽に話すようになった。用がなくても挨拶は交わすし、グリフィンドールとの合同授業の時は、手を振りあったりする。図書館でも、ハリーが本を探していると、ハーマイオニーがおすすめの本を貸してくれたりするし、その逆もあった。ドラコが自分のことに集中して手が離せない時は、ハーマイオニーに質問することもあった。

 ‎そんなハリーの様子を見ても、ドラコは何も言わなかったし、興味も無さそうだった。顔を露骨にしかめたのも、初めの1回だけだ。しかしだからと言って、ドラコはハーマイオニーに全く関わろうとはしなかった。ハーマイオニーも拒絶の意思を感じたのか、ドラコと関わろうとしなかった。

 ‎そんな環境に、始めは居心地の悪さを感じていたハリーだったが、そのうち気にならなくなり、その空気、距離感にも慣れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ハロウィーンの日

 

 

 ハリーは、夢を見た。始めはすごく暖かくて、安心する夢。男性と女性が2人でハリーのことを、笑顔でみていて、幸せな夢。

 ‎でも、それは、緑の閃光によって⎯⎯⎯⎯⎯⎯

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンの日、10月31日は、ハリーの両親の命日だ。それと同時に、ハリーが魔法界の英雄になった日でもある。

 ‎ハリーは、両親の顔を知らない。知っているのは、2人が魔法使いと魔女であったことだけ。今までも気になってはいたけど、どこか実感がなくて、それまでだった。しかし、両親の命日だからだろうか。今日は、そのことで朝から頭がいっぱいだった。

 ‎午後、足は自然と、初めて両親について教えてくれた⎯⎯ハグリッドの元へと向かっていた。

 

 

 

 

 「いきなりでごめん、ハグリッド」

 ‎「問題ねえぞ。ちょうど暇してたところだ。ところで、ハリー。話ってのは…」

 ‎「うん、両親のことなんだ…」

 ‎「そう…だよなぁ。今日はジェームズとリリーの命日だもんなぁ。あれから10年も経ってるなんてなぁ……」

 

 ハグリッドはハリーを見て、涙をポロポロと流し始めたと思ったら、何かを後悔するように大泣きを始めてしまった。ハリーは、ハグリッドが落ち着くまで、待つしかなかった。

 

 「す、すまねぇ…何でも聞いてくれ」

 ‎「うん…その…両親のお墓ってどこにあるの。ここの近く?」

 「ああ、それはな……」

 

 ハリーの両親が眠っている場所は、ゴドリックの谷という、ここからは離れた遠い場所にあるらしい。今のハリーには、とうてい1人で行ける場所ではないそうだ。ハリーはがっくりと肩を落とした。

 

 「おれが連れて行ってやれたらいいがなぁ…」

 「ううん、いいよ。大人になったら行くから。教えてくれてありがとう」

 

 それからは、ハリーの両親の学生時代の話になった。ハグリッドは、詳しくは知らなかったが、それでもハリーにとっては全てが素晴らしいものだった。

 ‎しかし、ある話題になった時、ハグリッドの様子がおかしくなった。それは、まさに鬼の形相だった。

 

 「ハグリッド…?」

 「……あ、す、すまねえ。もう過去のことだ。関係なかった」

 ‎「……」

 

 ハリーは、どこか腑に落ちなかったが、ハグリッドの顔が怖かったので、聞かなかった。

 

 「それでな、ジェームズには、3人の親友がいた。リーマス、ピーター、…シリウスだ」

 「その人達って今どこに…?」

 ‎「…ピーターはもうこの世にはいない。……シリウスも、いねえ…」

 ‎「…そうなんだ。じゃあ、リーマスさんは?」

 ‎「もちろん、リーマスは生きちょる。だが、どこにいるかは知らんなぁ…」

 ‎「そう…」

 

 ハリーは手紙のやり取りができるかと期待したため、少し気分が沈んだ。

 

 そこからも、色々と話を聞くことができた。

 ‎ちなみに、ハリーの父親、ジェームズは、学生時代グリフィンドールでチェイサーをしていたらしい。敵なしといったプレーで大活躍だったそうだ。

 ‎話が盛り上がって来た頃、ふと思い出したように、ハグリッドはこんなことを言った。

 

 「スネイプ先生とは、仲が悪かった。……いや、あれはそんなあまっちょろいもんじゃなかったな」

 

 ハリーの容姿は、瞳以外は、父親の生き写しだという。

 ‎ハリーは、スネイプが自分に向ける暗い目の意味が、わかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 夕食どき、‎ハリーはご馳走に胸を膨らませていた。普段は食べられないものも並ぶということで、ドラコも見るからに機嫌が良かった。

 ‎しかし、ハリーの気分は急降下することになる。大広間に入ったところで、耳にした、グリフィンドールの女子生徒の会話が原因だった。

 ‎ハーマイオニーが、ずっとトイレに閉じこもって泣いているらしい。

 ‎何があったのかは、ハリーにはわからない。でもハーマイオニーは、友達だ。しかし、女子トイレだ。いるのが女子トイレではなかったら、直ぐ様会いに行っていただろう。

 ‎ハリーは待ち焦がれたご馳走を見ても、食欲は沸かなかった。

 

 そんなハリーの様子を、怪訝に思ったドラコが気にし始めた時、広間に駆け込んできたクィレル教授によって、トロールの侵入が知らされ、広間は大混乱に陥った。

 

 「マルフォイ、トロールってあの?」

 「…バカでアホの脳なしだ…!」

 ‎「…」

 

 ドラコは顔をひきつらせながら言った。

 ‎ハリーは、酷い言い様だが、だいたいあってるやと納得して、何も言わなかった。そして、ダンブルドアからの指示で、生徒は寮へ帰ることになった。

 

 

 

 

 

 「あ…どうしよう……」

 

 広間から出たところで、ハリーはそっと列から抜け出した。

 

 「おい!ポッター!どうしたんだ、寮に戻るぞ!」

 

 ハリーが抜け出したことに気づいたドラコがあとを追ってきたのだ。ドラコの額には汗が滲んで、髪が張り付いていた。

 

 「マルフォイ…ハーマイオニーがトロールのことを知らない。女子トイレにいるんだ…閉じこもってるって」

 「は……?」

 ‎「知らせにいかないと」

 ‎「おいっ待てっ」

 

 まるで聞く耳を持たずに、走っていくハリー。ドラコは、ハリーと来た道を交互に見て、悲壮感を漂わせながら、ハリーの後を追った。

 

 

 

 

 

 やがて、ハリーはある女子トイレの前にたどり着く。中からは、小さくすすり泣く声が聞こえてくる。しかし、流石に女子トイレに入るのは、抵抗があった。ならばと、外から声をかけようと口を開いたその時。

 ドラコの手が、ハリーの口をふさいだ。

 

 「まずいまずいまずいまずいまずい……」

 ‎「……?」

 

 ドラコが指差した先に、まだ距離はあるが、動くものがあった。そして、それはこちらに向かってきているように見える。

 

 「うぅ…酷い匂いだ……ひとまず、ゆっくり中に入ろう…。…そうだ、ポッター…囮だ“サーペンソーティア”」

 

 「…オーケー。❪向こうにいけ❫」

 

 ハリーの口から出たのは、低く幽かなシューという音だった。

 

 蛇が従ったのを見て、コクンとハリーはドラコに頷いてみせる。そして音を立てないよう、慎重に女子トイレの中に入った。

 

 

 

 

 ‎

 

 

 

 

 トイレの中では、すすり泣く声が響いていた。個室の1つが閉まっていた。

 

 「ハーマイオニー……」

 「……?…ハリー?あなた、ここ女子トイレよ⎯⎯⎯」

 

 ハーマイオニーの、だんだんと大きくなる声を、ハリーは慌てて遮る。

 

 「それどころじゃないんだ……!…ハーマイオニー、ホグワーツにトロールが侵入して、それが今、すぐ外にいるんだ。ゆっくり出てきて……!」

 「…ホグワーツにトロール?そんな「お願いだから、静かに…!」」

 

 突然のことだ。ハーマイオニーは混乱して、状況をよく理解できなかった。しかし、ハリーの真剣な様子は伝わっていた。

 ‎ハーマイオニーは、ゆっくりと音を立てずに、個室から出てきた。

 

 「…ハリー?…マルフォイも?」

 

 緊張した面持ちで、外へのドアに向かって杖を構える二人に、ハーマイオニーは思わず、息を飲む。そこでようやく、どんな状況にいるか理解した。

 

 「……マルフォイ」

 「ぁぁ…近くに……近づいてきてる…」

 

 ドラコは泣きそうな声で答える。

 

 「囮の蛇は?」

 「まだ、消えてはないが…」

 

 そして、それは突然やってきた。

 ドガンッという音と共に、ドアが破壊され、ガラリと倒れていく。

 そこに立っていたのは、蛇を掴んで、こん棒を振りぬいた姿のトロールだった。

 もはや杖を構えることも忘れ、恐怖に押しつぶされたハリーとドラコは、大きく後ずさった。しかし、ハーマイオニーはその場から動けなかった。腰を抜かしてしまって、動けなかったのだ。

  

 トロールがこん棒を振り上げる⎯⎯狙いはどう見ても、ハーマイオニーだった。

 ゆっくりと流れる時間の中、ハリーは必死の形相で、ハーマイオニーに飛びついた。

 何か、何か、何か、何かーー

 

 「プロテゴ!!」

 

 咄嗟に口から出た、本来成功しないはずの呪文。

 

 がきぃぃん

 

 物と物が衝突して、衝撃が空気を震わせる。

 ハリーの杖の先から出た、一見もやにも見える盾は、トロールの頭上から振り下ろされたこん棒を、はじき返していた。

 しかしそれは、ハリーの体を突然襲う酷い脱力感と共に、霞のように消え去ってしまった。

 トロールが再度こん棒を振り上げる。

 

 「プロテゴ…!」

 

 もう、盾は出なかった。それでも…と、ハリーはハーマイオニーを庇う様に、強く抱きしめる。

 そしてついに、それが振り下ろされたその時⎯⎯

 

 「エクスペリアームス…!!」

 

 ハリーの頭の上を、閃光が通り過ぎていった。

 トロールのこん棒が、弾けるように、その手から離れる。

 ボグン

 持ち主の顎に吸い込まれていったそれは、鈍い音を生み出した。

 そして、トロールは、フラフラとなった後、バタンと倒れてしまった。起き上がりはしなかった。

 

 ハリーは後ろの、トイレの壁の方に目を向けた。

 そこには、足をかたかたと震わせ、涙を流しながらも両手で杖を構えたドラコがいた。そして、次の瞬間にはフッと力を失い、白目を剥きながらずるずると崩れ落ちていった。

 

 ハリーも、酷い脱力感に襲われていた。ハーマイオニーを抱きしめていた手が、ストンと落ちる。

 どうにも、もう力が入らない。何日も食事抜きにされた時より、しんどいかも…。

 

 「…ハリー?」

   

 ばたばたと、複数の足音が聞こえてきた。

 

 「ここで何がーー」

 

 そこで、限界がきた。 

 ハリーの意識は、闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐぅー

 

 「う…おなかすいた…」

   

 そして、体が重い。まるで石になったみたいだ。

 ‎ろうそくが淡く灯る、夜の保健室。ハリーはお腹のなる音で目を覚ました。

 

 「ハリー…?起きたの…?」

 

 か細いハーマイオニーの声。仕切りによって見えないが、隣りのベッドにいるようだ。

 

 「ハーマイオニー…ここは?って、君、無事っ⁉」

 「落ち着いて、ここは保健室よ。あと、私は怪我1つないわ……大丈夫よ。…全部、あなたとマルフォイのおかげ。でも、マクゴナガル先生が、今日はここで寝なさいって。…談話室では、ハロウィンパーティーしてるそうだから」

 ‎「あ…そうなんだ。でも…よかった。…マルフォイは?」

 ‎「たぶん、ハリーのとなりに。怪我もないと思う」

 ‎「よかった……トロールやっつけたの、マルフォイだったよね?」

 ‎「ええ、綺麗な武装解除がされてたって先生方は言っていたわ。もちろん、ハリーも。盾の呪文でトロールの一撃を防ぐなんて素晴らしいって。でも、無理をしたから負荷がかかったみたい」

 ‎「えっと…君が説明したの?」

 ‎「うん、全部正直に話したわ。なんであの場にいたのかも」

 ‎「そう…」

 

 ハリーは聞いていいのか分からなかった。ハーマイオニーが何故あの場にいたのか。何故人目を忍んで泣いていたのかを。

 

 「私ね、ひとりぼっちなの」

 「え…?」

 

 ハーマイオニーはサッパリと言った。

 

 「それでね、今日グリフィンドールの生徒から言われたの。皆、私のことを悪夢みたいな奴だって思っているって」

 「そんなこと⎯⎯」

 ‎「ううん、いいの、本当のことなの。自分でもわかってる。だから、友達もできたことなかったの」

 

 ハーマイオニーの弱々しい声を聞いて、ハリーは無償に腹が立ってきた。

 

 「…僕は、そうは思わない。君といる時間は楽しかったし、最高だった。……僕達って、友達だよね…?」

 「ハリー……うん…私もそうだったらいいなって思ってた。でも、私でいいの?…さっきだって、私だけ役に立っていなかったし。怯えているだけだったわ…」

 ‎「うーん…僕もよくわからないけど、そういう損得じゃないんだと思うんだ……たぶん。あ、もちろん役に立ってないなんても思ってないよ!」

 「…」

 

 ハリーは自信がなかった。自分だってついこの間まで友達なんていなかったのだから。

 間をおいて、‎クスリと、小さな笑い声が返ってきた。

 

 「うん、今度は私が助けてみせるわ……まだ寝ているマルフォイにも言っておいてね。ありがとうってお礼も」

 ‎「うん…もちろん」

 ‎

 ‎ハリーは反対側をチラリと見た。

 

 「あとね、マクゴナガル先生が、おかしをもってきて下さって、ここで食べていいって。お腹なっていたし、すいているでしょ?」

 ‎「あー…うん」

 

 ハリーはお腹をさすってみた。

 

 「私、もう寝るね。何もしていないのに、安心したら、眠くなってきちゃった」

 ‎「えっと…おやすみ…ハッピーハロウィーン」

 

 「おやすみなさい、ハッピーハロウィーン」

 

 

 

 

 

 

 隣から聞こえ始めた、規則正しい微かな寝息を耳にして、ハリーは反対の仕切りの方を向いた。

 

 「マルフォイ、ありがとうだって」

 「…うるさいぞポッター」

 

 やはり起きていたのか、不機嫌そうな声が返ってきた。

 

 「ぐぅーってお腹鳴らしたの、あれ僕じゃなかったからさ」

 ‎「…」

 ‎「さっきは、ありがとう。君がいなかったら、たぶん、もう終わってた」

 ‎「…まぐれだ、あんなの。…ごめん、恐ろしくて、すぐに動けなかった」

 ‎「そんなことない。君は命の恩人だよ。あの武装解除呪文は本当に最高だった」

 ‎「…ポッターの盾の呪文も、素晴らしかったよ。あの一撃を防いだんだ」

 ‎「……」

 ‎「……」

 

 お互いに照れ臭くなって、2人は黙りこくった。

 

 「でも、なんで成功したんだろう。今まであそこまで成功したことなかったのに」

 ‎「それは僕も同じだ。……あるとすれば、火事場の馬鹿力ってものかもね」

 「そうかな」

 ‎「そうだろう」

 

 「マルフォイ、ハーマイオニーのことだけどーー」

 「僕は、マグルと仲良くするつもりはない」

 ‎「…そう」

 ‎「グレンジャーは……認めがたいが、頭はいい。トップを目指している僕にとっては……敵なんだ」

 ‎「へぇー…ライバル?」

 ‎「違う、敵だ。だからそもそも仲良くなんてできるはずもない」

 ‎「…そうかもね」

 

 ハリーは、嬉しそうに言った。

 

 

 

 

 ぐぅー

 

 「今のは君の音だぞ、ポッター」

 「…わかってるよ。おかし食べようマルフォイ」

 

 「「ハッピーハロウィーン」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 ■11月

 

 

 魔法族では、知らない者はいないといえるスポーツ⎯⎯クィディッチのシーズンがホグワーツで始まった。

 ‎図書館に、こもりっきりのハリーとドラコも、この日ばかりは、期待に胸を膨らませて、競技場へと赴いていた。対戦カードは、スリザリンとグリフィンドールだった。

 

 この2人、帰属心というか、特別、愛寮心というものを持っていなかった。

 ‎そもそも、お互いを除けば、自寮の生徒との会話など、ないに等しいのだ。奇異の目に晒される談話室に行くこともない。寮にいるときは、2人部屋にしては広いスペースで呪文の練習をしたり、寝るだけだった。連帯感など、生まれやしなかった。

 ‎四六時中共に行動している訳ではないが、ほとんど一緒だ。

 ‎だが、最近はそこに⎯⎯「ハリー!…マルフォイも、こっちよ」

 

 「やあ、ハーマイオニー」「…ああ」

 

 1人加わっていた。

 ‎笑顔でパタパタと手を振るハーマイオニーと、露骨につまらなさそうな顔をするも、挨拶は返すドラコ。

 ‎ハリーは何だかそれがおかしくて、次に嬉しくなって、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 三人の周りには、他に人はいなかった。空いていることもあるが、理由はお察しなところ。明らかに避けられているが、しかし誰も気にしてはいなかった。

 ‎むしろ広々としていいーー

 

 「あれ、スニッチ?」

 ‎「…どこだ?」

 ‎「あそこ」

 

 ハリーが指を指した先には、小さな、金色に光るものが浮かんでいた。

 両チームのシーカーもそれに気づいたようで、競り合い始めた。

 

 「なぁポッター…、あのブラッジャーこっちにきてないか…」

 ‎「…え」

 ‎「本当だわ!こっちに…」

 

 選手も、観客も皆スニッチの行方に目を奪われるなか、ブラッジャーの1つが、猛スピードでハリー達の場所に突っ込もうとしていた。

 ‎しかし、ハリーは突然のことで少々焦りはしたが、トロールの経験があったからか、取り乱すことはなかった。

 ‎トロール戦後、もう幾度も練習を重ねたその呪文の言葉を紡ぐ。

 

 「プロテゴ」

 

 ハリーの杖の先から、光が放出され、盾を形成する。

 ‎

 ‎ハリーはトロール戦の後、短期間で盾の呪文を習得していた。本来ならば1年生には使えるはずのない呪文も、一度不完全ながらも作り出し、体が感覚を覚えていたからだろうか、習得は容易とまで言えた。ドラコも同様に、盾の呪文と比べると難易度は下がるが、武装解除呪文を完全にマスターしていた。

 ‎といっても、他の呪文まではそう楽にはいかなかったが。

 

 

 ブラッジャーが迫る。

 ‎しかし、盾にぶつかると思われたその時、急にブラッジャーがピタリと止まり、フィールドへと戻っていった。

 

 「何だったんだ…?」

 

 ハリーが若干ひきつりつつも、おどけて笑ってみせる。ドラコとハーマイオニーも、つられるようにぎこちなく笑った。

 ‎3人とも、ホッとして気を緩めていた。だから、気がつかなかった。

 ‎⎯⎯頭上の高い位置から急降下してくるブラッジャーの存在に。そのスピードは、いつもの比ではなかった。

 

 「ーーえ?」

 

 気配を感じたハリーが上を見たときにはもう⎯⎯

 

 「エバネスコーー!‼」

 

 ‎ブラッジャーが消える。

 消失呪文を‎唱えたその低い声は、競技場に響き渡っていた。

 ‎そして、ブワッと、突風がハリー達を襲う。髪が、持っていかれる。風がやんだ頃、ハーマイオニーの髪はタンポポの綿毛のようになっていた。

 

 『こ、これは、何が起こったのでしょう‼今のは…消失呪文?……え⁉……えーなんと、観客席にブラッジャーが…ああっ、うそだっちくしょうっ…スニッチをスリザリンのシーカーが手にしました……』

 

 

 

 

 

 

 「一瞬心臓止まってた。絶対寿命縮んだ」

 ‎「僕は、もう死んだと思ったね」

 ‎「私は、杖を構えたスネイプの後ろに神々しい光が見えたわ」

 

 ハリーは放心状態にあった。ドラコもハーマイオニーも同様で、遠い目をして、ベンチに力なく腰かけている。

 

 「マルフォイ、クィディッチって思ったよりずっと危険だ」

 ‎「…いや、危険なのは確かだけど……あれは例外だ」

 ‎「でも私、レフェリーが試合中に突然消えちゃって、サハラ砂漠で見つかったって本で見たわ」

 「……」「……」

 

 「「スネイプ先生に、お礼言いにいこう」」

 

 ハリーとドラコはブルッと身を震わせて、声を揃えて言った。

 

 

 その後、ハリー達はスネイプにお礼を言うために地下室へと赴いた。これでもかと言うくらいお礼を言ったが、ぞんざいに扱われて、直ぐに追い出された。

 

 

 

 

 大広間での夕食時、ハリーはふと疑問に思ったことをドラコに尋ねた。

 

 「昼のあれさ、最初のブラッジャーもスネイプが逸らしてくれたのかな」

 ‎「…ん?…ごくん。そうかもね、随分と不自然な動きだったからね」

 ‎「ねえ、あれまさか最初から僕を狙ってたってことは…」

 ‎「いや、まさか……ありえるかも…でも、誰が…?」

 「僕、1人浮かんだよ。見てると傷が疼くんだ」

 ‎「ああ、そう…(何言ってるんだこいつ)」

 

 

 

 

 

 

 

 ■12月

 

 

 授業を受け、宿題をこなし、図書館で勉強。休日はクィディッチの観戦や、呪文の練習。心に小さなしこりを残しつつも、ハリーの学校生活の毎日は、順調に過ぎていった。 ‎

 

 今は、クリスマス休暇。学校内はどこも閑散としている。いつも賑わっていたハッフルパフの談話室に人がいないのは、ハリーにとって新鮮な光景だった。ゆっくりと暖炉の側でドラコと語りあうクィディッチ談義(ハリーは殆ど聞く側)は、部屋での会話とは、どこか違って、ハリーは楽しい時間を過ごせていた。

 ‎そして、クリスマスの朝。ハリーの元へ届いたプレゼントはーー

 

 「マルフォイ、これ手触り最高だけど、何でできているんだろう?」

 

 母親から届いたプレゼントに未だ感動しているドラコに、ハリーは尋ねた。

 ‎ドラコが貰ったものは、手が疲れにくい羽ペンという、中々の優れものだそうだ。先程までは、父親からプレゼントがきていなかったことに、口には出さなかったがショックを受けていた。しかし、どうやらもう立ち直ったらしい。使い心地を確かめながら、ニマニマしていた。

 

 「ん?…うわぁっ!‼ポッターお前っ」

 

 ドラコが顔を真っ青にさせて、ひっくり返った。

 

 「え、何その反応…?…うわっ何これ…」

 

 ハリーは気づいた。マントで覆った体が透明になって、下が透けてみえていたのだ。ドラコの視点では、首だけが浮いて見えているのだろう。

 

 「……あ、なんだ透明マントか」

 

 ドラコが身体をビクビクとさせつつも、拍子抜けした声で呟いた。ドラコの家にも、1着あるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 「ボッター…?どこに行くんだ?」

 

 ハリーは、びくりと肩を揺らした。

 

 

 クリスマスの一段と豪華な食事を終え、いいクリスマスだったとベッドに入った後。ハリーは透明マントでホグワーツを散策しようと思い立ち、部屋を抜け出すところだった。しかし、物音を立ててしまったのだろうか、ドラコが起きてしまっのだ。

 

 「えっと、散歩に行こうと…マルフォイも行く?」

 

 ハリーとしては、1人で行くつもりだったのだが、ドラコに悪い気がして、誘うことにした。

 

 「…行く」

 

 ドラコはぴょんとベッドから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 「それでポッター。どこに行くかは決めているのか?」

 

 ハッフルパフ寮から抜け出し、廊下に出たところで、思い出したようにドラコがハリーに尋ねた。

 

 「ああ、うん。禁じられた本棚に行こうと思ったんだけど、それだと図書館と近くて、いつもと変わらないよね」

 「じゃあ、どこに?」

 ‎「…4階の右側の廊下って、今立ち入り禁止だよね。マントで姿隠せるし、少し覗いてみない?」

 「…いや、でも危険なんじゃないか?」

 ‎「うーん…じゃあ、やめる?」

 

 少し挑発的にも聞こえるハリーのセリフに、臆病と言われているようで、ドラコはムッとした。

 

 「行くさ。僕も気になってたんだ」

 

 

 

 

 

 

 クリスマスの夜だからだろうか、見回りに見つかることもなく、ハリーとドラコは目的の廊下までたどり着き、突き当たりにあるドアの前にいた。

 ‎ハリーがそっとドアを押してみたが、びくともしない。

 

 「鍵がかかってる。マルフォイ、あの呪文使えたよね」

 「…仕方ないな“アロホモラ”」

 

 鍵が開く音がして、ドアが少しだけ開いた。

 

 「よし、入ってみよう」

 

 静かにドアを押して、中に滑り込む⎯⎯部屋の中は、真っ暗だった。ブオーと風が吹いて、ハリーとドラコの顔にかかる。 

 

 「ルーモス」

 

 ハリーが杖の先に、明かりを灯した。マントの中で、灯りが広がる。じんわりと視界が開けていったその時、ドラコがハリーの服を引っ張った。

 ‎何?とハリーがドラコの顔を見ると、彼は口を固く閉じて⎯⎯前を凝視していた。ハリーもつられて⎯⎯

 

 「…‼ぅ」

 

 叫び声を上げそうになったハリーの口を、咄嗟にドラコが手で塞いだ。

 ‎目の先にいたのは、3つの頭が生えた、顔だけでハリーの背丈ほどもある、巨大な犬だった。

 ‎幸い、2つの頭は眠っているようで、もう1つの頭も目が半開きだった。しかし、匂いを嗅ぎとっているようで、鼻がスンスンと動いている。

 ‎戻ろう⎯⎯ドラコがジェスチャーで、ハリーに訴えてくる。勿論ハリーは賛成した。

 ‎慎重に出ていく間、見つかってしまうのではないかと、気が気ではなかった。去り際、ハリーは気づいた。3頭犬の足元には、扉がついていた。

 

 

 

 ハリーとドラコの緊張が溶けたのは、寮の部屋に戻って、自分のベッドに飛び込んで暫くしてからだった。そして、2人は恐る恐る話し出した。

 

 「知ってた?あんな恐ろしいものがホグワーツにいるなんて……」

 ‎「僕も信じられない。それと、見たか?ポッター…」

 

 ハリーには、ドラコが何を言っているのか、直ぐにわかった。ハリーの頭から離れていなかったことだ。

 

 「3頭犬の下に、扉」

 ‎「ああ、その中に何かあるんだろうね」

 

 

 

 

 次の日、朝食を食べ終えてから直ぐに、ハリーはドラコと図書館向かい、昨夜見た3頭犬について調べていた。宿題もあったが、今はそれよりも優先すべきことだった。

 分かれて探しはじめてから1時間ほどたったころ。

 

 「マルフォイ、これ」

 「これ、マグルの本じゃないか…」

 「うーん、でもさマダム・ピンスがこれを薦めてくれて…それに、このケルベロスって…」

 

 その本には、気になることが書いてあった。

 ‎曰く、3つの頭は交代で寝るが、音楽を聴くと、全ての頭が眠ってしまう。

 

 「これ、本当か?胡散臭いじゃないか」

 「でも、試してみない?」

 ‎「え、また…行くのか?」

 ‎「うん、行くなら生徒がいない今だと思う」

 

 ハリーは少し退屈していたのだ。ホグワーツに来てからというもの、勉強続きだ。勉強も嫌いなわけではないが、やはりクィディッチという心引かれるものを知って、それができないことに、ストレスが溜まっていた。それに、今はクリスマス休暇。少しくらいハメを外してもバチは当たらないはずだ。

 

 「まあ、いいけど…少しだけだぞ」

 ‎「そうこなくちゃ」

 

 何だかんだも、ドラコも発散の場を求めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 午後、ハリーはハグリッドの小屋にいた。ドラコはハグリッドを毛嫌いしているため、ハリーは1人だ。おそらく、何時ものように図書館にいるのだろう。

 

 「ハグリッド、クリスマスプレゼントの横笛ありがとう。あれ、最高だよ」 

 ‎「そうかそうか…!削った甲斐があったってもんだ」

 

 そう。ハリーにとって最高にタイミングのいいプレゼントだった。今晩、3頭犬に再チャレンジする予定だったが、肝心の楽器を持っていなかった。まさか歌うわけにもいかず途方に暮れたところで、ハグリッドからのクリスマスプレゼントを思い出したのだ。

 

 「…休暇中も勉強って、おまえさん随分まじめなんだなぁ…」

 ‎「うん。新しいことばかりで楽しいし、授業では点数も稼げるしね。でもやっぱり、魔法史は少し退屈かな」

 

 最近は、ドラコと稼いだ点を競いあったり、賭けをしたりしている。

 

 「ハーマイオニーってグリフィンドールの生徒と友達になったんだけど、今度一緒に来てもいいかな」

 ‎「おお、ハーマイオニーは知っちょるぞ。そうかぁ、あの子と友達になったのか。大歓迎だ」

 「そうだったんだ。でも、ハーマイオニーも喜ぶよ。ありがとう」

 

 それから暫く会話を楽しんだ。

 ‎そして帰り際、ハリーは何でもない風に、ハグリッドへと尋ねた。

 

 「あの日さ、僕の誕生日の日に金庫から取り出したものって、ホグワーツにあるの?」

 「ダンブルドア先生のいらっしゃるここが一番安全だからな」

 

 すっかり気分の良くなっていたハグリッドは素直に答えた。後から思い出して、少し後悔したが、あれくらいならば問題ないと、気にすることをやめた。

 

 

 

 

 その日の夜、ハリーとドラコの作戦は失敗に終わった。

 ‎ドアを開けて中を覗くと、なんと3つの頭とも起きていたのだ。透明マントで姿を隠していても、唸り続ける3頭犬に、ハリー達はたまらなくなって、逃げ出した。また、ベッドに飛び込んだが、その後はクスクスと笑いあった。

 

 

 次の日の夜、ハリーとドラコは既に夢の中だった。

 ‎この日、競技場で箒を使う許可が出たため、午後の時間中2人は飛び回っていたのだ。

 ‎スニッチとブラッジャーは流石に無理だったが、クアッフルを使うことができただけで、2人は満足だった。

 ‎様子を見に来ていた、ハッフルパフの寮監スプラウトはこの時、この2人がハッフルパフを優勝に導いていくことを、確信していたという。

 

 

 その次の夜も、作戦の決行を諦めざるを得なかった。4階に行く途中の階段で、管理人フィルチの猫を見つけたからだ。猫がいるということは、フィルチも近くにいるかもしれない。また、明日ということで、その日は諦めた。

 

 

 そしてついに、作戦は決行された。

 ‎じつは、今までの失敗も無駄ではなかった。時間があったため、ハリーの横笛の技術が、メロディーを奏でられるほどに、上達していたのだ。

 3頭犬は眠り、作戦は成功した。しかし、成功はしたが、そこからがどうしようもなかったのだ。

 ‎扉を開けた先には、闇が広がっていた。階段もなかった。もちろん、そんな所に降りていく勇気もなく、何もすることができなくなってしまった。

 ‎最後は呆気なく終わったが、それでもハリーは満足だった。ちょっとした冒険が楽しかったのだ。終わったときには、ドラコも笑顔になっていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 新学期が始まった。

 ‎新学期が始まる1日前にホグワーツに帰ってきたハーマイオニーに、ハリーはクリスマス休暇の出来事を話した。それを聞かされたハーマイオニーとしては、夜中に何度も寮を抜け出して危険なことをしたハリーに、最初は怒りの感情が沸いたが、ハリーがあまりにも楽しそうに話したためか、結局強く言えなかった。本人ももう行かないと言っていたため、軽く注意する程度だった。

 ‎ちなみに、それを横で聞いていたドラコは、自分のことは棚に上げて、もっとハリーに注意しろよと、内心嘆いていた。

 

 

 新学期が始まってから暫くは、何かトラブルが起きるということもなく、ハリーの学校生活は順調だった。

 ‎授業のないときは、基本図書館に入り浸る。他には、ドラコとクィディッチを観戦したり、ハーマイオニーとハグリッドの小屋に行ったり、休日は呪文の練習に当てたりと、変わらない日々だったが、充実した日々を過ごせていた。

 ‎

 

 

 

 ■4月

 

 

 クリスマス休暇から3ヶ月が経過した、4月のイースターの休みの日。

 ‎ハリーは、最近になって頻度が増した頭痛に頭を悩ませつつも、図書館で勉強に精を出していた。

 ‎その日、ハリーは珍しいものを見た。もっぱら城の外にいるハグリッドが、図書館にいたのだ。普段は分からないが、ハリーが図書館にいる間に来たのは、恐らくこれが初めてのはずだ。

 ‎ハグリッドは、妙にソワソワしながら本を探していた。ハグリッドがいることに気づいているのはハリーだけで、ドラコもハーマイオニーも各自集中しているのか、全く気づいていなかった。だから、ハリーも気にしないことにした。ハグリッドだって、本を読むことくらいあるんだ、と。

 

 しかし、午後。先ほどの納得はなんだったのか、ハグリッドの小屋に、ハーマイオニーと2人で、ハリーは向かっていた。

 ‎昼食前、ハーマイオニーが重要なことを言ったからだ。

 ‎ 

 ‎「ハリー…あのね、私、石について調べたの。グリンゴッツの金庫に隠して、ホグワーツで3頭犬に守らせるような石は…2つしかなかったの」

 

 「1つは、これは物語に出てきたんだけど…よみがえりの石。それでね、2つ目。2つ目は賢者の石なの」

 

 「この賢者の石はねーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでお前さん達。いったいなにが聞きてえんだ?」

 「あ、それはーー」

 「私ね、“吟遊詩人ビードルの物語”を読んだんだけど、ハグリッドは本当に存在していると思う?あの3つの秘宝」

 ‎「…おまえさん、あれは物語のもので……ああ、そうか。ハーマイオニーはマグル出身だったな」

 

 何で今更?という表情から変わり、よくそんなもんあったなとハグリッドが呟く。

 

 「ハーマイオニー、それ何?」

 

 尋ねるハリーに、ハーマイオニーは目を光らせる。

 

 「簡単に言うと…その物語にはね、3つの秘宝が出てくるの。1つはニワトコの杖。2つ目は、よみがえりの石。3つ目は、効果の切れない、とうめいマント。……ハグリッド、この3つは存在していると思う?」

 ‎「いや、ハーマイオニー。これは、物語の中のものだ。この世におんなじものがあると思っとる奴はいねぇ」

 

 ハグリッドは少し言いづらそうだった。ハーマイオニーは、心底残念といった顔になる。

 

 「…そうよね。杖とマントはありそうだけど、そんな凄い力をもった石なんてあるはずないものね」

 「いや、落ち込むことはねえぞ。世の中には考えもつかないような凄いものがいっぱいある」

 ‎「例えば?」

 ‎「ああ、賢者の石っていって……あ‼いや、なんでもねぇ‼ともかく落ち込むことはないってことだ」

 「うん…ハグリッド、ありがとう」

 

 ハリーは、戦慄を受けたように、その会話を聞いていた。何だかハーマイオニーがーー

 

 「ハリー?」

 「え、何?」

 

 ハーマイオニーからの然り気無い視線の誘導で、ハグリッドを見ると、彼の瞳が揺れているのに、ハリーは気づいた。やっちまったという顔をしていた。

 

 「ハーマイオニー、すまねえ。俺はこれ以上力になれそうもねぇ!…悪いな」

 「あ、うん。もういいの。私、マグル出身だから特に色々気になっちゃって…ベゾアール石何かも、すごく興味深くて…」

 

 ハグリッドの瞳が、また揺れ始めた。

 

 

 

 

 

 もう、わかったようなものだ。なぜハーマイオニーは話を終わらせないんだろう。ハリーは、ハグリッドのことを気の毒に思った。

 ‎それにしても、暑い。見渡せば、暖炉に火がついているではないか。なんでハグリッドはこんな日に暖炉に火なんか⎯⎯ハリーは、盛大に顔をひきつらせた。

 

 「……ハグリッド。あれってまさか…ドラゴンの卵じゃないよね…?」

 

 ハグリッドは、びくりと肩を震わせた。

 

 「お、あ……なんで、おまえさんが」

 

 見間違いではなかった。ハリーは表情をなくした。

 

 「ちょっと前に、マルフォイとドラゴンの本を読んだんだ。しかもそれって、ノルウェー何とかっていう……」

 

 「ハグリッド…これって、犯罪だわ。これ、どうしたの…?まさか、卵を孵すつもじゃないわよね?」

 

 ハーマイオニーが顔色は真っ青にさせて、ひきつった笑みを見せる。

 そのハーマイオニーの様子に、ハグリッドは顔をうつむかせた。

 ハーマイオニーの目の色が変わる。

 

 「ドラゴンの飼育は、実験飼育禁止令の対象だし、法律で禁止されているのよ‼」

 「だ、だが、もう俺はこの子のママなんだ‼ちゃんと孵さねえと…途中でほっぽり出すなんてできねえ!‼」

 

 それからはもう、ハーマイオニーが何を言っても、ハグリッドは態度を変えなかった。

 ‎しかしそれも、ハリーの一言が出るまでだった。

 

 「アズカバン送りになるかも」

 「…え、ハ、ハリー…おまえさん何を」

 ‎「ハグリッド、アズカバンに入れられちゃうよ。下手したら、ドラゴンの卵どころじゃなくなるよ。……ダンブルドア校長もどうなるか…」

 

 ハグリッドは、真っ青になって震えだした。

 

 

 

 

 結局、ドラゴンの卵は、ダンブルドアによって、然るべきところへ送られることになった。ハグリッドにも、反省の態度が見えるからと、何のおとがめも無かった。

 ‎もちろん、ハリーとハーマイオニーは納得していない。しかし、ハグリッドにアズカバン送りになってほしいとは露ほども思ってもいない。どうにもできなかった。

 ‎ちなみにハリーはこの日、ダンブルドアに権力の黒い影を見た。

 

 

 

 図書館の前の廊下で、ハリーはハグリッドの小屋に行ってからの出来事を、ドラコに話した。ハーマイオニーも簡単に補足する。

 ‎ドラコは、つまらなさそうに聞いていたが、話が終わる頃に、眉を寄せて尋ねた。

 

 「その馬鹿の野蛮人は、どうやって卵を手にいれたんだ?タダってわけでもないだろう?でも、あれにドラゴンの卵を手にいれるほどのお金があるとも思えない」

 

 はじめのハグリッドに対しての酷い言いように、少しだけムッとしたハリーだったが、もはやそれどころではなかった。

 

 「いや、待って…厄介払いで貰ったって言っていたような…」

 ‎「ええ、でも…それだけじゃない気がしてきたわ」

 

 ハリーとハーマイオニーは、顔を見合わせる。ドラゴンの卵に目が行きすぎて、その考えに至っていなかったのだ。

 

 「でも、まあその程度、ダンブルドアも気づいているだろう。気にしなくてもいいさ」

 「うん…」

 ‎「…でも」

 

 ハリーとハーマイオニーとしては、気になるのだ。

 ‎その2人の様子を見たドラコは、呆れたように溜め息をついた。

 

 「ダンブルドアだけじゃない。ここには、スネイプもいるんだ。…それで、僕達が何かできると思うのかい?そんなの、たかがしれているよ……僕、もう戻るよ」

 

 ドラコは、そう言い残してサッサと歩き始めた。

 

 「そうだポッター。さっき、スプラウト先生から競技場の使用許可がおりたぞ。明日の早朝の少しの時間、どの寮のチームも競技場を使わないから、自由にしていいってさ。優等生で得したな、ポッター」

 

 ドラコはニヤリと笑って、今度こそ去っていった。

 

 「…やった」

 

 ハリーは小さく笑って、嬉しさから拳を握りしめた。久し振りに、自由に飛び回れるのだ。もう、ドラゴンの卵のことなど、すっかりと頭から消えていた。

 ‎ハーマイオニーは「スプラウト先生がひいき……」となにやら軽くショックを受けていた。

 

 

 

 

 

 ■6月

 

 

 学年末試験が終わった。

 ドラコとハーマイオニーは勿論、ハリーもそれなりに手応えを感じている。3人で、答え合わせの討論も終え、あとは残り少ないクィディッチの試合を見ながら、結果を待つだけだった。次の日、緊張の糸が切れたのか、ドラコが季節外れの風邪をひいて、保健室送りとなっていたが……。

 

 

 「やっぱり、クィレルが…」

 ‎「そうね…」

 

 学年末の試験後、クィレルはホグワーツから姿を消していた。生徒には、病気の療養のためと聞かされているが、真偽は定かではない。少なくとも、ハリー達は信じていなかった。何より、頭痛がピタリと止んでいたのだ。クィレルが何かしら、闇の魔術……若しくは、ヴォルデモートに関わっていた可能性もあったということだ。

 

 教授のいなくなった、闇の魔術の防衛術の授業は、他の科目の教授が交替して教鞭をとっていた。そのだれもが急なスケジュールの変更に疲れた顔をしていたが、唯一、スネイプ教授だけが生き生きと授業をしていたという。

 ‎ハリーはその日に当たらなくて、よかったと思った。

 

 

 

 

 学年末パーティーの日。寮対抗杯の優勝は、スリザリンだった。ハッフルパフは、惜しくも2位と、あと一歩届かない結果だった。

 ‎

 ‎そして、ついに学年末試験の結果が返ってきた。

 

 

 「…やったね、マルフォイ」

 「……あ、うん。ありがとう……」

 

 学年末試験で、ドラコは100点を越える点数をとって、見事学年トップの座を掴み取っていた。ハーマイオニーとは総合点で3点差といったところで、本当に僅差のトップだった。

 ‎ハーマイオニーは、それほど悔しそうに見えなかった。むしろ、どこか晴れやかな表情をしているように、ハリーには見えた。もうすでに、次の学年末試験は1位と取ってみせると意気込んではいたが。

 ハリーも、教科によって波があったが、しっかりと上位に食い込んでいた。レイブンクローの生徒も押さえていたのだ。大健闘したと言っていいだろう。

 

 そして、ハリーはホグワーツをあとにした。ハグリッドから貰った、両親の写真がとじてあるアルバムを大切そうに抱えてーー

 

 

 

 

 

 

 列車の旅を終え、駅でまず迎えていたのは、ハーマイオニーの両親だった。

 

 「ハリーよ!大切な友達なの!こっちは…ライバルのマルフォイ。学年末試験で、彼が1位だったの。……初めて、2位だったわ」

 

 いつもと違って、随分と幼いハーマイオニーに、ハリーとドラコは目を丸くした。

 ‎ハリーは、ハーマイオニーの両親と、少し会話をしたが、マルフォイは一言挨拶をしただけだった。それでも、ハーマイオニーはニコニコと満足そうで⎯⎯最後には、別れを惜しみながら、両親とともに去っていった。

 

 

 

 「マルフォイ」

 ‎「…うん」

 

 ドラコの寂しげな表情から察して、ハリーが声をかけたその時、1人の女性が足早にこちらへと歩いてきた。

 

 「母上…」

 

 ドラコは嬉しそうな声で呟いて、すぐに身を固くした。そして、ぎゅっと目を閉じたところで⎯⎯ドラコは力強く抱きしめられた。

 

 「……母上?」

 

 ドラコの力のぬけた声に、ナルシッサはハッとなって身体を離し、コホンと小さく咳をした。そして、誤魔化すように慌てぎみに口を開いた。

 

 「帰りましょう、ドラコ」

 「あ……はい。…父上は…?」

 

 ドラコはキョロキョロと周りを見渡す。しかし、父と思わしき影は見当たらなかった。

 

 「ルシウスは…今日は重要な用件があったので、来ることができませんでした。…夜には会えます」

 「そうですか……」

 

 その答えに、ドラコは少しだけ寂しそうな顔をしたが、振りきるように笑顔を見せた。

 

 「あっ、待って下さい母上。…友達ができたんです。ハリー……ポッター。僕の、親友です」

 

 ドラコは、青白い肌を赤くさせつつも、はっきりと言った。

 ‎ナルシッサはハリーの名前のところで固まったが、ドラコの様子を見て、そして顔をほころばせてハリーを見た。

 

 「…そう。私はナルシッサです。ハリー…これからも、ドラコをよろしくお願いします」

 「えっ……いや、その、僕の方こそ……これからもよろしくお願いします」

 ‎「…ええ」

 

 ナルシッサは、柔らかく微笑んだ。

 

 「ポッター…」

 ‎「何、マルフォイ」

 ‎「いや…」

 ‎「……」

 ‎「……」

 

 「また、ね……ドラコ」

 

 「! っああ……また、ハリー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコの姿が見えなくなったあと。

 ‎ハリーはアルバムを、ぎゅっと強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 ‎

 ‎

 

 


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