お姉さんの愛し方。   作:とととー腑

8 / 10
隣で歩き続けるということは。

 

同棲。

さらに言うなら、結婚生活。

 

それは言うなれば日常の共有だと思う。

恋人関係では目にするコトのない異性を目にするからだ。

 

特別な時にしか会わない恋人が、パーソナルスペースまで、一気に入ってくる。

これが同棲だと思う。

 

いいことばかりではないだろう。

実際、俺もそれは体感してるし。

 

例えば、陽乃さんは意外と酒癖が悪いということ。

めっちゃ絡みついてくる。

精神的にも、身体的にも。

 

好きって言えって強要してくるし。

結婚の話をしながらヤケに左の薬指を見せてくるし。

 

…別にマイナスというわけでもねえな。

単にアピールが可愛いってだけだわ。

 

 

ま、でも同棲してたらイヤでも同棲相手のコトを知っていく。

それでげんなりすれば、残念ながらそいつとはウマが合わないという事なんだろう。

 

じゃあ俺はどうだろうか。

たまに、たまにだが。

げんなりする事はある。

 

俺に対して変なこだわりを持ってたり。

俺に対して過度な期待をしてたり。

俺に対してヤケに心配してきたり。

 

 

…あれ?俺愛されすぎじゃね?

 

でも、その愛にたまにげんなりする。

贅沢な話だとは自分でも思うけど。

 

そして、げんなりした後に独占欲が湧いてくる。

この陽乃さんを誰にも見せたくないっていう稚拙な想いが、心の底から湧きあがってくる。

 

こんなこと陽乃さんに言ったらばかって罵られるだろう。

自分でもバカだなって思ってるし。

 

 

それでも、それでも。

バカだなって思えるぐらいの独占欲が。

 

愛しいって思えるぐらい陽乃さんを離したくないんだ。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「八幡」

「ん?」

 

俺がソファに座ってテレビを見ていると、陽乃さんが声をかけてきた。

 

「買い物行こう」

「えー、今からですか?」

 

陽乃さんはウキウキとした声音で俺に言ってくる。

そんな期待されても。

 

「そ、今からだよ」

「何買うんですか?」

 

別にこの家に足りないモノなんてないと思うし。

インテリアとかはこないだ買いに行ったし。

 

「食材!最近買ってないから枯渇気味なのよ」

「あー。確かに」

 

それなら納得。

お互いそんなマメでもないし、毎日使う食材は減る一方だ。

 

「だから行こ?」

「それなら行きましょ」

「やった!」

 

陽乃さんはわかりやすくガッツポーズ。

そんな嬉しがるもんでもないでしょ。

 

「そんな喜ばないでも」

「えー。だって八幡ってなかなか外に出ようとしないし」

「生きるのに必要な時は外に出ますよ」

「…それ遠回しにデートは不必要って言ってない?」

 

ジト目で睨まれる。

そんな視線に内心怯えながら、俺は答える。

 

「い、言ってないです」

「むー。なんでそんな声が震えてんの」

「こういう声なんですよ」

 

思いっきりバレてました。

そして、それに対する俺の言い訳もひどいし。

陽乃さんの顔がさらに険しくなってる。

 

「……嘘つき」

「バレましたか…」

 

俺の言葉を受けて、陽乃さんはクスクス。

なんだか、ヤケにご機嫌だ。

 

「あー。やっぱ面白いね!むしろかわいいね」

「かわいい…?」

「うん。かわいいよ」

 

陽乃さんは堂々と言い切る。

男子高校生相手にかわいいとか、悪いけど目が腐ってるとしか言いようがない。

 

「…バカじゃないですか?」

「む。ばかとは何だ」

 

陽乃さんはおもむろに近づいてきたかと思うと、俺の頬をツンツン。

 

あまりに自然な所作だったので、俺は避けれず為すがままにされていた。

 

「…恥ずかしいんでやめてください」

「えー、2人きりだからいいじゃん」

「2人きりだからこそ恥ずかしんですよ!」

「そんなもんかな」

「そんなもんです」

 

とか言いながら、2人で目を合わせて吹き出す。

 

「あはははは!ホントに面白いね」

「それを言うなら、陽乃さんだって面白いですよ」

「2人とも面白いのかな?」

「2人だから面白いんですよ」

 

ちょっと照れくさいセリフを言ってみる。

すると、陽乃さんは一気に破顔した。

 

「八幡」

「あ、はい」

「それ採用」

「いつからそういうシステムになったんですか…」

「今から!」

 

どうやらさっきの言葉は陽乃さんの琴線にふれたらしい。

 

「そうですか…」

「うんうん。あ、ほら行こ。時間なくなるよ」

「確かに。じゃ、準備してきます」

「おっけー」

 

とりあえず俺は自分の部屋に向かう。

ろくな服が無いが、少しでもマシな服で自分を飾っていきたい。

 

俺は約束した。

陽乃さんの隣がふさわしい男になると。

 

まだ、頼りなくて。

なれるのにはまだまだだろう。

 

でも、なれると思っている。

かなり遠い未来にそれは待っていると信じている。

 

 

だから、今は。

 

少しでも、自分を磨いていきたい。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

がらがらとショッピングカートのキャスターが音を立てる。

 

俺たちは、近所にあるショッピングセンターに来ている。

今はそこの地下にある食品売り場にいる。

 

カートを押しているのは陽乃さん。

俺は、言われた食材を取りに行く係である。

 

「あ、そこのトマトとって」

「イヤです」

「ばか。取りなさい」

「バカとはなんですかバカとは」

「トマトぐらい食べなさいよ」

「絶対にイヤです」

「むー。あ!分かったよ」

 

陽乃さんはニヤリと笑いかけてくる。

イヤな予感しかしない。

 

俺がイヤな予感で体を震わせていると、陽乃さんはおもむろに口を開いた。

 

「1週間、私が八幡のトマト嫌いを矯正するプログラムを組んであげる」

「地獄になることが容易に想像できるので丁重にお断りいたします」

「えー」

 

なんだよ、プログラムって。

そんな大層なモノでもないだろ。

ただ単に、丸1週間俺にトマトを食わせるってだけでしょ?

 

「ま、でも普通に必要だから取ってくんない?ていうか取って」

「わかりましたよ」

 

俺はいかにも渋々という体で、トマトが袋詰めされた商品を取る。

見ると、陽乃さんは満足げに頷いている。

 

「よし。おっけーだね」

「俺的には何もオッケーじゃないですけどね」

「もー。シツコイなぁ…」

 

呆れたような声音で俺に言ってくる。

いや、俺には大切なコトなんです。

 

「ほら、行こ。美味しく料理してあげるから」

「あ、それなら…」

「ふふふ。ちょっとデレたね。この、捻くれさんが」

「…デレてないですよ」

「いーや。デレたよ」

 

陽乃さんはそう言って、ニヤリ。

だって、陽乃さんの料理は美味しいし、陽乃さんの料理ならいつでも食べたいし。

と、心の中で言い訳。

 

「ほ、ほら。行きましょう」

「はいはい」

 

ようやくカートが動き出す。

次に向かうのは方向的に鮮魚コーナーだろう。

 

「お魚、なに食べたい?」

 

陽乃さんが俺に尋ねてくる。

別にこだわりとかはないんですけど。

 

「や、なんでも」

「それが一番困るよ!」

「…陽乃さんの料理ならなんでも好きなんで」

「え、えっ!……うー」

 

俺が言うと、陽乃さんは返事に窮してしまう。

それどころかコッチを見て、睨みつけてくる。

なんすか。

 

「…なんですか」

「最近の八幡、そんなコトばっか言って卑怯だよ…」

「なにが卑怯なんです…?」

「卑怯だよ!卑怯!私を照れさせるような言葉ばっか選んで!」

「ええ…」

 

本音なんですけど。

いい加減、慣れてくださいよ。

 

しかも、それを言うなら陽乃さんだって。

毎日毎日、俺が照れるようなあざとい言葉や仕草ばっかして。

ズルいですよ。

 

「ばか!今日はトマトの刑ね」

「え!?」

「絶対するから!」

 

なんという暴君だろうか。

もう、陽乃さんに逆らってはいけない。

そう心に刻む。

 

「酷いですよ…」

「ふふふ、そんな苦しそうな八幡が見たかったから…って言ったらどうする?」

「ドSなんですか?」

「別に」

 

あ、陽乃さんってドSじゃないのか。

初めて知った。

 

実際、この人の性癖なんて知らない。

婚約して結構経つ俺らだが、未だに夜の生活はしていないのだ。

 

陽乃さんが『大学に合格してからね』

 

って言ってきたから、俺も我慢するしかない。

…我慢するにも辛いモノが結構あるが。

 

「あ、そうなんですね」

「私のコト知れた?」

「まぁ、そうなります」

「……なんで私がまだシないって言ったか分かる?」

「や、分かんないです」

 

ぶっちゃけ、俺は早くしたい。

興味があるというのもあるが、それ以上に陽乃さんを知りたいんだ。

 

「まだまだ、お互いに知らないコトばっかりなのに、いきなり夜の顔を知っちゃうと視野が狭くなっちゃうでしょ?だから私はまだしたくなかったんだよ」

「…納得です」

「それにさ」

 

陽乃さんはピンと自分の人差し指を立てて、コッチを見てくる。

俺はそんな動作を見て、思わず足を止めてしまう。

 

「八幡はまだ大学受験があるでしょ?」

「はい」

「夜にもキチンと勉強しなきゃダメでしょ?」

「まぁ、絶対にしなきゃ駄目ですね」

「もし、そういうことしちゃってたら、八幡なら夜になった時点で興奮しちゃうでしょ?」

「ないないない」

 

俺をなんだと思っているのか。

パブロフの犬じゃないんだから。

 

「あはは。流石に冗談だよ」

「冗談じゃなかったらドン引きです」

 

そもそも俺たちは鮮魚コーナーのど真ん中でなんていう会話をしているのだろうか。

周りには子供連れの家族もいるというのに。

 

「でもね」

「ん?」

「八幡のコトが大切だからしないってのはあるよ?」

「どういうことですか?」

「きっと落ちないって信じてるけど、万が一私が原因で落ちたら、目も当てられないでしょ?」

「確かに」

 

もしそれが現実に起きたら、相当なアホだ。

頭の中が桃色になっている。

 

「だから、今はお互いに我慢するんだよ?」

「え?陽乃さんも我慢してるんですか?」

「えへへ、実はね…」

 

これは初耳。

結構嬉しいんだけど。

 

陽乃さん、俺がそれとなく誘ってみても素っ気ないから興味がないのかと思ってた。

俺の独りよがりじゃなかったのか。

 

なんとなく、手を伸ばしてみる。

すると、どこからか伸びてきた手とぶつかる。

俺はその絹のような手を、手繰り寄せるかのように握る。

 

「…幸せ」

「俺もですよ…」

「新婚さんみたいじゃない?」

「俺たちも事実上はそうなんじゃないですか?」

「うっわー。八幡、事実上とかないわ」

 

陽乃さんは本気の呆れ顔。

その顔、結構ムカつくんでやめてくださいよ。

ていうか、その喋り方なんですか。

 

「別にいいでしょ…」

「はぁ……。八幡ったらまだまだだね」

 

なんて言って、大げさなジェスチャーでやれやれ。

なんすか。

 

「なにがですか…」

「女心をまだまだ分かってないね」

「あぁ、一生わかる気がしません」

「ダメだなぁ…」

 

あんな複雑怪奇なモノ、一生どころか三生ぐらいかけても分かる気がしない。

まぁ、分かろうとする気もない訳だが。

 

「私が教えてあげるって言ったら?」

「ぜひ教えてほしいですね」

「いつまで?」

 

陽乃さんは期待に満ちた目でこっちを見てくる。

結局、自分から恥ずかしいセリフを要求してんじゃん。

 

「一生教えてほしいです」

「はーい、八幡アウト」

「はい?」

 

え、嘘。

俺的に超ポイント高いセリフだったのに。

女心の琴線にはかすりもしないの?

 

「そこはね、来世まで教えてください。とか言うんだよ?」

「分かるわけないじゃないですか…」

 

やっぱり難しすぎる。

文科省は女心の読み取りを国語科に追加すべきではないのか。

多分、爆発的に国語力と結婚率が上がるぞ。

 

「ま、これから分かっていけばいいんだよ」

「…俺は別に分かんなくてもいいです」

「あら、なんで?」

「陽乃さんの心さえ分かればそれでいいです」

「…な、な!」

「……………」

「……………」

「……………」

「ばか………」

 

2人して黙り込んでしまった。

お互いにこういう真っ直ぐな言葉にはすこぶる弱い。

ていうか、俺はダメージ受けちゃ駄目だろ。

 

「ごめんなさい、言いたくなって…」

「もう!突然すぎるんだよ!」

 

陽乃さんはプンスカと怒っている。

しかし、照れていたせいなのか何も怖くない。

むしろ可愛いぐらいだ。

 

思わず俺の頬は緩んでしまう。

そんな俺を見て、陽乃さんの機嫌はさらに悪くなった。

 

「あー!笑った!」

「いや、つい」

「ついって何!?ヒドイよ!」

「可愛くて…つい」

 

俺の言葉を受け、陽乃さんは目を剥く。

あ、またやってしまった。

 

「か、可愛いか…。そ、それなら許す」

「ちょろ…」

「…本気で怒るよ」

「嘘です。嘘」

 

睨んでくる陽乃さんが恐ろしくて、思わず全力で謝ってしまった。

尻に敷かれすぎだろ。

 

「むー。納得いかない……」

「ほら行きましょ」

「あ、まだお魚を選んでないよ!」

「そういえば」

 

俺たちは何をしていたのか。

鮮魚コーナーの前で。

しかも、割と長い時間話してた気がする。

 

「コレでいいかな?」

「大丈夫です」

 

俺には魚を目利きできるぐらいの実力は備わっていないので、なんでも出来そうな陽乃さんをとりあえず肯定しておく。

 

「おっけー。じゃ、次いこっか」

「はい」

「お肉買お。お肉」

「おー。いいですね」

 

我が家では、完全に陽乃さんが台所を支配しているので、献立も全部陽乃さんが考えてくれている。

 

美味しいし、バランスいいし、被らないしで、毎日が幸せ。

ここに、陽乃さんこそ最強の奥さん説を打ち立てる。

 

「豚?鳥?牛?」

「…牛」

「高いから鳥ね」

「聞いた意味…」

「一応聞いたっていう事実をね」

 

なんて言って、舌をペロッと。

あざとい。

この奥さん、あざといよ。

 

「ていうか」

「ん?」

「高いからってそんなに家計が厳しいんですか?」

 

あんまり家計が火の車ってイメージはない。

別に贅沢してるわけでもないし、2人とも働いてるし。

…俺はバイトだが。

 

「全然。むしろ、我が家は大幅プラス収支です!」

「ならなんで…?」

「節約できるとこはしようよ。節約したら2人で出来るコトも広がるでしょ?」

「まぁ…確かに」

 

温泉旅行とか。

なんなら、豪華な結婚式でも。

 

 

「だから、我慢してね?」

 

 

上目遣いで、いかにも申し訳なさげに言ってくる。

そんな仕草で言われたら、納得しなきゃいけないじゃないですか。

 

「分かりましたよ」

「良かったー」

 

とか言いながら、鶏肉のパックをかごに入れる。

だいぶ中身の増えたかごは、2人で買い物をしていることを証明している。

 

「次はなんですか?」

「んー、飲み物とかかな」

「牛乳とかです?」

「うん」

 

確かにウチの冷蔵庫の中には、基本的に水分が枯渇気味。

ここいらで大量に補給しとかねば。

 

「分かりました」

「じゃ、行こっか」

 

陽乃さんはカートを押しながら。

俺はその横に居ながら。

2人で手を繋ぎながら。

 

歩いていく。

 

多分、それは。

カートがなくなっても。

歩かなくなっても。

 

隣にいて、手を繋いでいるコトは。

きっと、変わらない。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

無事、牛乳をかごに入れ、残すは会計のみになった。

今は2人でレジに向かって歩いている。

 

「いっぱい入れたね」

「そうですね」

「これってさ、結構効率悪くない?」

「というと?」

「まとめて買って、暫く買い物に行かないスタイル」

 

え、別に効率は悪くないと思うんだけど。

むしろ、こまめに買いに行く方が効率悪くない?

 

「別に悪くないんじゃないですか?」

「あ、えーっと、そういうわけじゃなくて」

 

陽乃さんはなんだかバツの悪そうな顔。

どうしたんですか?

 

「ん?陽乃さん、キチンとした説明をください」

「あ、えっとね。そのね?」

「はい」

「こうやって2人で買い物に出かけるのがたまになんて勿体ないかなーって」

 

顔を赤くしながら、陽乃さんは自分の思いを言葉にする。

なるほど、そういうことですか。

 

「あ、なるほど」

「だからさ」

「ん?」

「毎週、2人で買い物に来ようよ。これを2人のルールにしてさ」

「お、いいですね」

「でしょ?」

 

陽乃さんは満面の笑みを浮かべる。

無邪気だなぁ。

と、自然に思えるぐらい、素敵な笑顔だった。

 

「決定ですね?」

「うん。決定!」

「破ったらどうします?」

「んー。あ、自腹」

「なかなかにエグい罰を持ってきますね…」

 

なんだ、その地味だけど結構なパンチになる罰は。

ただでさえ、俺の小遣いは少ないというのに。

 

「破らなきゃいいでしょ」

「まぁ、そうなんですけどね」

 

ま、破ることは絶対にないだろう。

俺の予定は陽乃さん優先だし。

他に予定も基本的にないし。

 

「じゃ、これからね」

「オッケーです」

「…なんかいいね」

「何がですか?」

「こうやって2人だけのルールを決めていくこと」

「…それは女心からくる感情ですか?」

「お。大正解」

 

ちょっと分かるようになってきたかも。

あくまで陽乃さん限定だけど。

 

「ま、でもそれは俺も思いますね」

「でしょ、でしょ!?」

「なんでそんな食い気味…」

「あ、あはは。ごめんごめん。ちょっと嬉しくなっちゃってね」

 

陽乃さんは頭を掻いて照れたジェスチャー。

食い気味の陽乃さんって結構レアかも。

 

なんだか、普段と違う陽乃さんを見れた気がしてちょっと気分は上がる。

 

「別にいいですけどね」

「えへへ、ごめん。あ、お願いします」

 

陽乃さんが急に真面目な声音になったかと思ったら、レジの順番が来たようだ。

 

レジ打ちのお姉さんがかごから商品を取り出して、テンポよくバーコードを読み取っていく。

ピッという電子音が鳴るたび、合計金額の数字が増える。

 

 

暫く、読み取っているとついにかごは空になった。

すると、レジ打ちのお姉さんが俺たちに声をかけてくる。

 

「合計、こちらになります」

「あ、じゃあカードで」

 

金額を見て、陽乃さんはカードでの支払いを頼む。

お姉さんはそれを笑顔で了承する。

 

そして、2人でやりとりを交わしている間に、買い物は終わったみたいだ。

お姉さんが笑顔でこちらに頭を下げている。

 

「よし、八幡」

「はい」

「かご持って」

「分かりました」

 

力仕事は男の俺の出番なので、意気揚々とかごを持つ。

沢山の商品が詰まったかごはなかなかに重かった。

 

俺はそれをサッカー台に置くと、一息ついた。

すると、陽乃さんが笑顔でマイバックを取り出した。

 

「えっと…」

「うん。詰めて」

「ですよね」

 

突き出された時点で、俺は覚悟を決めたので何も驚かない。

むしろ、陽乃さんも詰め始めたことに驚く。

 

え、陽乃さんもやるんですか?

 

「俺が全部やりますよ?」

「ダメダメ。共同作業だよ」

「ま、陽乃さんがいいならいいですけど」

 

と、短く言葉を交わして、黙って作業を続ける。

2人で空気を共有している感じが、たまらなく心地よかった。

 

「よし、終わった」

「あ、俺も終わりましたよ」

「おっけ。なら行こっか」

 

俺は黙って陽乃さんの片手に握られた袋を奪い取ろうとする。

すると、陽乃さんはその手をはたいてきた。

 

「え、ちょっと。痛いんですけど」

「ばか。察しなさいよ」

「や、察したから袋を貰おうと」

「ダメだなぁ。私がして欲しかったのはこっちだよ」

 

陽乃さんは、ピタリと俺の横に並んでくる。

なんだろうとボヤッと思っていると、突然俺の手をギュッと握ってきた。

 

 

「こうしたかったんだよ?」

「…なるほど」

 

 

今、俺は少し理解した。

次はこうしようと思う。

 

だって、約束したから。

毎週、陽乃さんと買い物に来るって決めたから。

 

 

だから、来週は。

 

袋ではなく、陽乃さんの手を繋ごう。

 

 

そして、変わらない日常を陽乃さんの横で過ごそう。

そう、心の中で誓った。

 

どこまでも、どこまでも2人で歩いていこう。

地平線の彼方でも、時間でも、どこまでも。

 

いつまでも隣にいよう。

日常という幸せの中でいつまでも踊り続けよう。

 

 

半分こになったマイバックの重さが。

そんなことを教えてくれた。

ような気がした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。