お姉さんの愛し方。   作:とととー腑

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そこで終わって始まって。

「ふふふ」

「なんすか、突然」

 

休日。

それは学生のうちはある程度周期的にやってくる。

社会人になるとどうかは知らないが、ウチの両親を見ると「あぁ…」と思う。

 

働きたくねぇ。

まぁ、とにかく俺たちは休日に予定を入れることができる。

その予定が楽しみで寝れなくなることもある。

6時間前の俺なんてまさにそう。

 

「だってー。考えてもみてよー」

「?」

「好きな人とダラダラ過ごせるんだよ?笑いも出ちゃうってもんよ」

 

今俺たちは並んでソファーに座ってテレビをダラダラと見ている。

実にワカモノのカップルらしからぬ光景だが、幸せがそれを否定する。

 

「ま、そうですね。俺も同意見です」

「あ!好きな人って言葉に反応しなかった〜!すっかりイケメンオーラ出しちゃって!」

「流石にもう慣れましたよ」

「あ!マンネリ化の第一歩!」

「そう言ってるうちは多分大丈夫です」

 

マンネリ化とか言わないでくださいよ。

怖くなっちゃうんで。

 

「そうなんだろうけど、不安だなぁ」

「何がっすか?」

「キミが私に飽きて他の魅力的な女性に移ってしまうこと」

「どっちかというと俺の方が心配ですよ」

「ん?なんで?」

 

え?

素で言ってんのこの人。

流石に自分の魅力には気づいているだろうが、周りはそれ以上に価値を見いだしてる。

陽乃さんを見る男共の視線が顕著にそれを表してる。

 

「自分の魅力に気づいてます?」

「はっ」

 

あ。鼻で笑いやがったこの年上。

どうせ分かってるつもりなのだろう。

が、甘い。

マックスコーヒー並みに甘い。

 

「気づいてるに決まってんじゃん。そんなの小学生の時に自覚したよ」

「…早」

「ふふん」

「でもですねぇ。多分認識にズレがあると思います…」

「ん?どういうこと?」

「陽乃さんは聡明ですから客観的に自分を見れるんですよね。その上で自分の魅力を誇っている」

 

一旦俺は言葉を切る。

陽乃さんは褒められたことが嬉しいのか、ニッコリと笑う。

 

「ありがと」

「まだ終わりじゃないです」

「あ、そうなの?じゃあ続きお願いね」

「はい。えっとですね…陽乃さんが思っている以上に陽乃さんって魅力的なんですよ」

「そ、そうかな?」

「そうです。陽乃さんと出掛けると、全員陽乃さんを見てるんですよ!」

「ん?ふふん」

 

思い出しただけでイライラしてくる。

その思いが声に乗って声のボリュームは自然と上がっていく。

 

「ジロジロと!人の彼女を!」

「ふふふ」

「確かにガン見しちゃうぐらい素敵なのは分かるけど、それでも、それでもですよ!」

「うんうん」

「でもですね、陽乃さんの魅力って顔だけじゃないんです。当たり前ですけどね?」

「あれ?だんだんズレてきてない?」

 

ついつい熱弁してしまう。

自分の好きなモノだと止まれなくなる。

ボッチの悪い性だ。

 

「だから顔だけで鼻の下を伸ばしてくる奴らには腹が立つんです!」

「ちなみにどんなところが魅力的なの?ほらほら言ってみ?」

「えっと、意外と優しいところと、中身はめっちゃ乙女なところと、あと…って何言わせようとしてるんですか!誘導尋問上手いですね!」

「うん。キレイに引っかかってくれてありがとう」

 

くっそ。

一生の不覚。

てゆうか、熱くなっちゃって気付かなかったけどメチャクチャ恥ずかしいこと言ってた。

頬の辺りに血液が流れ込んでくる。

 

「てゆうか」

「な、なんすか」

 

今絶賛恥ずかしトリップ中なので話しかけないでほしい。

 

「キミがそんな独占欲のカタマリだとは思わなかったよ!」

 

陽乃さんはいかにも意外だという声音で言ってくる。

 

「まぁ……自分でも意外ですね。ここまで人に入れ込んだのは」

 

家族以外でと心の中で付け足す。

 

昔の俺なら、絶対にありえなかっただろう。

人を信じるなんて。

ましてや、1番信じれなくてニガテだったお姉さんと付き合うなんて。

 

「ふふふ、もう陽乃なしじゃ生きられないー!ってやつ?」

「まぁ…そうかもしれませんね」

 

今後、陽乃さん以上に俺を理解してくれる人は現れないと思う。

捻くれ者にしか捻くれ者は理解できないのだ。

 

「そっか……あ。ふふふ、ちょっと待っててね?」

「あ、はい」

 

怪しげに笑うと陽乃さんは自分のスマホを持って玄関の方に向かう。

 

ポツーンと1人になった俺は仕方なく付けっぱなしだったテレビに意識を向ける。

スピーカーを通して、様々な情報を伝えてくる。

よくもまぁ、毎日毎日ネタが続くものだ。

 

『新婚さんにインタビューしてみましょう』

 

お。

新婚さんか。

 

『こんにちは」

『こんにちはー!』

『幸せですか?』

『幸せです!』

 

おうむ返しすぎるでしょ。

でも、幸せなのは間違ってなさそうだ。

 

結婚。結婚かぁ。

俺はまだ学生だ。

ただ、俺の誕生日が過ぎた瞬間に日本国憲法の壁は突破する。

 

年齢の問題はオッケーなのだ。

ウチの家族も多分大丈夫だろう。

なんなら諸手を挙げて喜んでくれそうだ。

特に我が妹。

 

後は…雪ノ下家か。

 

あっさり俺のことを認めてくれるわけがない。

一悶着どころか十悶着ぐらいありそうだ。

でも、いつか認めさせてやる。

それがいつになるかはわからない。

いつ会うのかすらわからない。

でも、覚悟はある。

 

 

陽乃さんの隣で笑うのは俺だから。

 

ーーーーーー

 

「…ふぅ、ごめんね!終わったよー」

「おかえりなさい。で、なんだったんですか?」

「ふふふ。聞いて驚け!」

「ど、どうしたんですか?」

「なんと、これから雪ノ下家の方に挨拶に行きます!」

「……は?」

 

え?まじで?

いつかって今日になったの?

覚悟決めたばっかりだよ?

 

「私はずっと悩んでいたんだよ?でもね。さっきの八幡の言葉で覚悟を決めたよ」

「と、いいますと?」

「私たち………結婚しちゃおっか」

「……へ?」

「ど、どうかな…悪い提案じゃないと思うんだけど…。も、もしかして…イヤ?」

 

ほんのり目に涙を浮かべながら恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 

「そ、それは大歓迎なんですが」

「ほ、ほんと!じゃあ!」

 

打って変わったように笑顔になる陽乃さん。

そんな陽乃さんを俺は手で制する。

 

「待ってください」

「な、なに?」

「展開が急すぎます。打ち切り漫画じゃないんですから」

「だって、したいんだもん。1秒でも早く夫婦になりたいんだもん…」

 

恥ずかしさのあまりか、俯いてしまう陽乃さん。

髪の間から覗く耳が真っ赤になっていた。

 

ーーこういうところはウブだよなぁ。

 

そこも可愛いんだが。

ま、俺は陽乃さんと契約してしまった。

もう一生離れられないのだ。

 

俺は息を深く吸い込む。

不思議と緊張はなかった。

 

「陽乃さん」

「は、はい!」

「俺でほんとに良いんですね?」

「う、うん」

「後悔しないですね?」

「私が好きなのは八幡だけだよ」

「クーリングオフは不可能ですよ?」

「不良品とかじゃないから大丈夫」

「俺って、重いですよ?」

「知ってる。物理的にも性格的にもね」

 

そこまで言われたら、腹をくくろう。

陽乃さんの男として一生を終えよう。

 

「僕と……結婚してください」

「はい。よろしくね!」

 

ぴょんと俺の腕にめがけて跳んでくる。

それを苦しみながらキャッチした。

 

やっぱり男の俺からプロポーズしたかった。

俺の腕の中で楽しげに鼻歌を歌ってる陽乃さんが好きだから。

 

「えへへ」

「なんすか」

「夫婦だよ!私たち。ふーふ!」

「そうですね」

「でも、ゴメンね」

「なにがですか?」

「苗字。たぶん雪ノ下になっちゃうよ?」

「あぁ、そんなことですか」

「そ、そんなことって…重要でしょ?」

「俺にとっては陽乃さんの方が重要ですよ」

「あ、ありがと…」

「いえいえ、ってまだ陽乃さんの親に認められたわけじゃないですからね」

「んー、お母さんは多分大丈夫かなあ。前会った時、結構八幡高評価だったよ?」

「あれでですか」

 

陽乃さんの言葉に若干苦笑してしまう。

前会った時は威圧感がすごかった。

上に立つ者の覚悟を感じた。

 

「うん。しかもあの後家に帰ったら八幡のこと根掘り葉掘り聞かれたよ」

「えっ。まじすか」

「うん。マジマジ」

 

なにを聞かれたんだ。

そしてこのお茶目なお姉さんはなんと答えたんだ。

 

「ちなみに、なにを聞かれてどう答えたんですか…?」

「んー。出会いと、好きなところと、八幡が今までした凄いこと。かな?」

「最後のだけ質問のベクトルが違いますね。そして解答不能でしょ」

 

凄いことなんてしてない。

普通に生きて、普通に陽乃さんに出会っただけだ。

 

「いや。沢山あるよ?」

「えっ」

「キミは自分がどれだけの人を救ってきたか知ってる?」

「はい。0です」

 

ドヤ顔で言い切ってやった。

食い気味の返答にさすがの陽乃さんも目をパチクリ。

 

「びっくりした。自信にみなぎったトーンで言わないでよ!正解したと思ったじゃん!」

「スイマセン」

「ったくもう。で?正解を聞きたい?」

「別に」

「じゃあ発表するね?」

「話を聞きましょうよ!」

「正解は………数え切れないです!」

「は?」

「んー?新妻に対してその態度はどうかなぁ」

「ごめんなさい。大好きです」

「ぷっ!何その謝罪!」

 

陽乃さんは俺の背中をバンバン叩きながら大笑い。

そんなツボに入るかなぁ。

 

なんとなく俺は陽乃さんの言葉を思い出す。

 

 

『出会いと』

 

出会いか。

奇跡みたいなものだ。

雪ノ下と買い物に行かなければ、出会わなかった。

そもそも、奉仕部にぶち込まれなきゃ、出会うキッカケを作ってくれた部長様にも出会わなかった。

 

何かが変わってたら、きっとこんな関係にはなれなかっただろう。

あの時、入試で何か答えを間違っていたら。

いつか、出した足の左右が逆だったら。

 

誰にも知られない奇跡の連続に俺は生きてるのかもしれない。

だから、陽乃さんが愛しくてしょうがない。

だから、陽乃さんを離したくないし、他の人に見せたくない。

 

だから、陽乃さんを抱き締めたくてしょうがない。

 

「へ?八幡?」

「したくなったんです!」

「ふふふ。いつでもウェルカムだよ!なんならお母さんの前でやってもいいよ?」

「それはイヤです!」

「あはは。で、話を戻そっか」

「あ、そうっすね」

「八幡が気づいてないだけかもだけどね。沢山の人を救ってるんだよ」

「えー」

「そこ、露骨なしかめっ面をしない!」

 

抗議の思いを顔で表現してたら、怒られちゃった。

テヘ。

 

「……特に私は毎日救われてるんだよ?」

「へ?嘘ですよね?」

「信じてよー!新妻だよ!」

 

新妻関係ないでしょ。

あなたそれを使えばなんとかなると思ってるでしょ!

 

「や、新妻関係ないです」

「あはは。気づかれちゃった?」

「いや、気付くでしょ」

「こういうとこだよ?八幡くん」

「ん?何が?」

「アタリマエに会話してくれる。それだけで私は救われる……んだよ」

「……俺は会話マシーンてことですか?」

「またそういうこと言う……」

 

アタリマエの会話……か。

意識した事もない。

だって、雪ノ下陽乃は雪ノ下陽乃なのだから。

雪ノ下家のお嬢様でも、なんでも出来る美人なお姉さんでもないんだ。

陽乃さんとて、1人の人間なのだから。

 

「私は、八幡の全てが好きだよ?好き好き大好きだよ?でも、1番惚れたところはアタリマエの会話かな」

「…それって俺の会話がツマラナクなったらポイってことですか」

 

予想以上に低い声を出す自分にビックリ。

そして、苛立ちと不安な自分に納得。

 

「……絶対ない」

「え?」

「私は好きなの!大好きなの!愛してるの!宇宙一愛してるって叫べるの!」

 

怒涛の愛を表す言葉に思わずたじろいでしまう。

 

「だから私から八幡を捨てることなんて絶対ないの!もし、もしだけど、八幡が浮気なんてしたら…分かる?」

 

東京湾ですか?

それとも後ろから暴走トラックですか?

はたまた新薬の実験台?

それかタワーマンションの柱?

 

「浮気した相手を東京湾して、八幡を3日かけて説教だよ!」

「……恐ろしい」

 

相手に至っては殺されてるじゃないですか。

それ以上に恐ろしいのが陽乃さんなら平気でやりそうだなってアッサリ思えること。

 

「それぐらい好きってことだよ!」

「….分かりましたよ。降参です」

「ふふふ。姉さん女房には逆らえないんだぞ?」

「結婚の約束して10分で尻に敷かれた…」

「プライドズタボロだね〜」

「…余計傷付くんで声にしないでください。あと他人事みたいに言わないでください。陽乃さんが原因です!」

「え〜」

「絶対そうです!」

 

こんな下らない何気ない会話が、陽乃さんを救っているのだろうか。

それなら、嬉しい。

 

愛している人が、喜んでくれる。

その事実だけで、俺も救われる。

 

「さ、八幡。そろそろ正装に着替えてきて。迎えが来るよ?」

「え。迎えの人とか来るんですか?」

「うん。一応客人だからね」

「一応ってなんすか!」

「うんうん。ほら着替えてきて」

「…上手く流された」

 

陽乃さんの言葉に若干不満だが、急いで2階に上がる。

あれ?正装なんて持ってたっけ。

 

俺が頭を抱えて悩んでいると、ドアがぎぃと開いた。

 

「…お兄ちゃん」

「はっ!小町!兄を救ってくれ!」

「うん分かってるよ。全部聞いてたし」

「え…?」

「お兄ちゃんたち、声デカすぎ。ドア閉めてても小町の部屋までガンガン聞こえてたよ?」

「まじか…」

「まさか陽乃さんとはね。ダークホースで大穴だったよ。ま、これで小町の努力も実ったわけだ」

「スペックは何一つダークホースで大穴じゃないけどな」

「由緒正しき名家の生まれだもんね。そんな人と…こんな凡人の凡家の生まれのお兄ちゃんが…」

「おい。凡家とかいう造語を作んな。母ちゃんと親父泣いちゃうぞ」

 

なんなら親父は泣き叫ぶまである。

あのクズ親父、相当苦労したんだろうな。

俺の人格を形成したクズエピソードの数々は、親父の人生を垣間見るのには充分だ。

 

「ま、おめでとうお兄ちゃん。小町は嬉しいよ。巣立つ雛を見守る親鳥の気分だよ」

「…わざとらしいな。…ありがとな」

 

よよよと手でわざとらしく泣き真似をする小町。

あざといな。

 

「さ、小町プロデュースの服に着替えて、行くよ!」

「お、おう」

「今はないからしょうがなくお父さんの使うけど、陽乃さんと結婚するならいいスーツの1着、2着は持っといたほうがいいよ」

「そうだよなぁ」

 

自然とため息が漏れてしまう。

なぜかって?

買ってもらえる確率が限りなく低いからだ。

比企谷家ヒエラルキーの底辺に位置する俺は、頼み事をしても取り合ってくれない可能性が非常に高い。

 

「小町から頼んであげよっか?」

 

俺の心を読んだかのような小町の言葉。

とても魅力的な提案だ。

これに乗らない手はない。

 

「是非。お願いいたします」

「はい。引き受けましたよ」

 

そう言ってえへへと笑う。

ほんと、小町って堕天使に見えたり天使に見えたり、ブレブレ。

 

「ほら、着替えるよ!」

「うわ、待てよ!」

「時間ないんだって!」

 

親父の部屋に無理矢理詰め込まれる。

比企谷コレクションが、開始を告げた。

 

ーーーーーー

 

トントンと、小気味いい音がする。

俺は小町に1番いいスーツを着させられて、髪型もピッシリ整えさせられた。

 

俺をこんなんにした小町は

 

『うわっ。すご』

 

と。

 

似合ってないんならスパッと言ってくれ。

俺はそのことを伝えたが、陽乃さんの反応が全ての答えだから。

とか言って気にも留めない。

 

絶対ドン引きされるよ。

これ。

 

あまり乗り気はしないものの、俺は陽乃さんのいるリビングに戻った。

 

「ただいまです」

「んー、おかえりー」

 

陽乃さんはテレビをボーッと見ながら返事をしてくる。

 

「さぁ、どんな感じになった?….おぉ」

 

陽乃さんは短く歓声をあげる。

その声はどういう意味を含んでいますか?

 

「いいよ!メチャクチャいい!」

「それは身内の贔屓ということではないですか?」

「いやん、八幡たら。もう身内だなんて。気が早いんだからぁ」

「いやいや、そういう意味じゃないですし、もう身内みたいなもんですよね?」

「あはは。冗談だよ。でも、カッコいいってことは冗談じゃないよ?」

「まじすか?」

「うん。これなら雪ノ下家行っても浮かないよ」

「そうですか…」

「小町ちゃん?」

「え?」

「これ、小町ちゃんでしょ?」

「あぁ、そうですね。上で待ち構えてました」

「ん?ということは…」

「はい。思いっきり聞こえてたみたいです」

 

衝撃だよな。いや、笑撃か?

妹がいるのを忘れたまま、大声で愛を囁きあう。

社畜の親がいないのがまだ幸いである。

 

「あ、あはは。1番先に知ったのが小町ちゃんだったか」

「みたいですね」

 

陽乃さんは恥ずかしいのか、赤くなった頬をポリポリ。

 

と、そこで玄関のチャイムが安っぽい音を響かせた。

 

「あ、来たかな?」

「迎えの方ですか?」

「そ。多分都築かな」

 

と、パタパタ玄関に駆けていく陽乃さん。

俺もそれに倣うことにした。

 

陽乃さんが玄関のドアを、えいっと開ける。

 

「陽乃お嬢様、お迎えに上がりました」

「ん。ご苦労様。ちょっと待っててもらえる?」

 

そういうと、陽乃さんは階段の前に立ち大声で小町を呼んでいる。

きっとご挨拶するのだろう。

 

「さて、若旦那様」

「ちょ、まだ早いっすよ」

 

都築と陽乃さんに呼ばれていた男性の言葉に恥ずかしくなる。

 

「ふふふ。私にとってはもう若旦那様みたいなものですので」

「まだ、認めてくれるかもわかりませんし…」

「大丈夫だと思いますがね。今、雪ノ下家は大慌てですよ」

 

都築さんはいかにも面白いとばかりにクスリと笑う。

そんな所作がオトナのおじさんだな。

と、単純に感じた。

 

「え、俺が来るからですか?」

「そうですね」

 

なんか、申し訳ない。

陽乃さんの唐突な思い付きのせいなのに。

まぁ、その思い付きのおかげで、俺たちの関係が終わって、始まったわけだが。

 

「申し訳ないです」

「ふふふ」

「あ、ごめんね。もういいよー」

 

後ろから聞きなれた声がする。

お、終わったか。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「うん」

「よ、よろしくお願いします」

 

玄関から足を踏み出す。

その行為が俺の人生のターニングポイントの始まりな気がした。

 

「お兄ちゃん」

 

呼び止められた。

なんだよ、兄が進もうとしてるでしょうが…。

 

「陽乃さんと、絶対結婚してね!」

「そのつもりだが…」

「うん。それなら安心!早く陽乃さんのことを義姉ちゃんて呼びたいんだから!」

「分かったよ」

 

俺は片手を上げて、その思いを念押しする。

 

大丈夫。

きっと。

多分。

 

だから、俺は頑張る。

 

ーーーーーー

 

「つ、ついたか…」

 

俺の家から車で約35分ほど。

周りに広がる高級そうな家々に気圧されながら、その中で最も輝いているそれの前に立つ。

 

「さ、こんな所でビビってたらダメだよ?入るよ」

「…え!うわ、ちょっと、恥ずかしいですよ!」

「だいじょーぶ」

 

何を思ったか、陽乃さんは俺の手を取ってきた。

マジで恥ずかしいのでやめてくださいよ。

 

「ったく」

「えへへ。やっぱり優しいね。振りほどかない。…私もちょっと緊張してるんだよ?」

「マジすか?」

「うん。怖い…んだ。だから手を繋ぎたくってさ。八幡を認めてくれなかったらって考えたら…」

 

まぁ、そうだよな。

俺も多分、陽乃さんを家の家族に紹介するとき緊張すると思う。

 

「大丈夫ですよ。俺と、陽乃さんですもん」

「何が大丈夫なんだか…。まぁ、そうだね。ポジティブにいるよ」

「それならなによりです」

 

と、陽乃さんは玄関のチャイムに手を伸ばし、スイッチを押す。

すると、上品な音が来客を雪ノ下家の人間たちに告げる。

 

ややあってドアがガチャッと開いた。

そこにいたのは。

 

「おかえり陽乃。そして、いらっしゃい!八幡くん」

 

陽乃さんのお母さんだった。

 

「あれ?お母さん自ら出迎えるなんて珍しいね」

「当たり前でしょう。娘の婚約者ですよ?丁重におもてなしするに決まってます。さぁ、つまらない家ですがどうぞ」

「…イヤミですか?」

「ふふふ、どうでしょうね」

 

キツそうな見た目とは裏腹に意外とお茶目な面もあるのかもしれない。

けどやっぱり怖い。

 

通されたのは応接室と呼んでいいだろう。

そんな部屋だった。

 

俺と陽乃さんは2人掛けのソファーに。

陽乃さんのお母さんは1人掛けの椅子に。

それぞれ腰掛けた。

 

「さて、じゃあ改めて聞きましょうかね。今日いらした目的はなんですか?」

 

ジロリと目で見られる。

その目線に若干ビビりながらも、思い直して言葉を紡ぐ。

 

「…単刀直入に言います。陽乃さんとの結婚を許してください!」

「お願い、お母さん!」

 

そう言い、2人で頭を下げる。

 

「ふむ。2人とも顔を上げて?」

「はい」

「八幡くん」

「…」

「あなたは、雪ノ下家のために死ねと言われたら死ねますか?」

「…」

 

雪ノ下家のため…か。

これは俺の覚悟を試す質問なんだろう。

言葉は濁さない。

俺の、心だけ。

 

「陽乃さんに死ねと言われたら死にます。それだけです」

「…」

 

真っ直ぐ、自分の言葉で。

自分の想いを。

 

「ふふふ、貴方は本当に面白いですね」

「気に入っていただけてなによりです」

「合格。ですよ」

 

その言葉を受けて険しかった陽乃さんの顔がパーっと明るくなる。

 

「じゃ、じゃあ!お母さん!」

「そうね。八幡くん」

「はい」

「是非、雪ノ下家の方からもお願いしますわ。陽乃と結婚してくれますか?」

「は、はい!喜んで!」

「ふふふ。成立ね」

「良かったぁ」

 

陽乃さんが心の底から絞り出したような変な声を出す。

俺も心の中でガッツポーズを30回ぐらい決めた。

ただ、陽乃さんのお母さんの前なので表に出すのは自重する。

 

「ただし、条件があります」

「あ、はい?」

「まず、雪ノ下家に婿入りすること。それと大学卒業後に必ず雪ノ下建設に入社すること。その2つです」

「約束します!」

 

言い切った。

もう逃げられない。

雪ノ下の人間として生きることが今、決まった。

 

「本当ですね?」

「はい。覚悟は出来ております」

「ふふふ、本当に素敵な子ね。陽乃と出会ってくれて本当に良かったわ」

「あ、ありがとうござます」

「それじゃ、この後食事を一緒にしましょうね。お祝いパーティーよ。ちょっと待っててね」

 

そう言うと、陽乃のお母さんは忙しく部屋から出て行く。

 

「八幡!」

「はい、なんでしょう」

「よかった、良かったよ!私、嬉しすぎて」

「はいはい。好きなだけ喜んでいいですよ」

「む、何その態度。もうちょっと喜んでもいいんじゃない?」

「いや、他人の家ですし」

 

口に出してからハッとする。

あ、俺今トンデモナイこと言った。

 

「もう、他人の家じゃないよ?」

 

ニッコリと恐怖を煽る笑顔を見せてくる。

いや、どうやったらそんな顔が出来るんですか。

 

「ごめんなさい、失念してました」

「次言ったら、抱きつきの刑ね。無論お母さんの前で」

「…もう2度と言いません」

 

そんなの死んじゃう!

主に俺のメンタルが。

 

 

でも、徐々に実感してくる。

婚約したんだなってことを。

 

どんどん変わっていく周りと俺らの関係。

変わる前のモノはもう触れないけど。

 

変わったモノはそれ以上に素敵で大切だから、後悔はない。

 

終わった俺たちのカップルという関係。

そして始まったのは新婚さんという新しい関係。

 

 

そして、変わらないモノもある。

 

陽乃さんに愛してると叫びたいこの想いは、未来永劫変わらないだろう。

 

 

だから、いつまでも陽乃さんを抱き締めていたい。

 

 

ガラにもなく、世界にそう呟いた。


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