「海っ!見えたぁっ!」
トンネルを抜けたバスの中で女子が声を上げる。けど、正直それより気になっていた事があった。
「久しぶりだな、希と隣ってのは」
「ああ、中三以来だな」
親友の希はいつも隣に来ようとしないが、今日は違っていた。俺と席を隣にと頼んできた。別に断る理由も無かったから希が窓で俺が通路側に座っていた。ただ、後ろからの女子陣の視線が厳しい……と言うか、不安そうであった。俺にもそうした視線を向けてほしい。
「希さん、一体どうしてですか」
通路を挟んで向こう側のセシリアが怒りとかそうしたのでなく、純粋な疑問で希に質問をしていた。
「兄よ。どうしたのだ?嫁の隣に座るとは珍しい」
セシリアの隣のラウラも心配していた。
「本当にそうだ。昨日変な物でも食べたのか?」
後ろの箒ですら純粋に心配していた。俺もたまには気遣ってくれ。まあそれは置いといて、それより気になるのが
「希……どうしてなの?」
希の真後ろのシャルロットだった。落ち込んでいるような、怒っているような。その周囲も重苦しい雰囲気になっている。
「ごめん、ちょっと色々あって」
ちょっとなのに色々とはおかしい。
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ。それと清水、体調不良なら申し出ろ」
千冬姉も心配をしていた。すさまじい統率力を持つ千冬姉の言葉で全員が席に着いた。だが、俺は希の隣だ。立たなくても質問は出来る。
「なあ、本当にどうしたんだ?お前、落ち込んでるんだろ?」
「そんなわけ無いだろ。いつもどおり元気いっぱいアンパンマンだ」
いや、それはおかしい。いつものようにバレにくい嘘でなく、バレバレな嘘だ。何というか、これ希?そんな風に思ってしまう。いや、付き合いが長くないと分からないレベルの変化だけども、それでもかなり落ち込んでいるような感じである。
「まあ、それならいいさ。どうしてもなら、頼ってくれ。いつも俺はお前に頼りっぱなしだから」
「……ああ」
見ていて不安になった。
「おかしい」
「おかしいですわ」
箒、セシリアはつぶやいた。昨日シャルロットが箒、セシリア、鈴、ラウラの四人を集めて言ってたのだ。
『希がね!昨日ラウラの尾行が終わった後、一緒に遊ばない?って言ってくれてね!』
その言葉から始まった体験談もといのろけ話。いい所あるじゃない希とか思ったのは五分まで。十分にして飽きがきて二十分で気分がだれた。そして
『食事が終わった後希がトイレに行ってる時声をかけられてね。手を伸ばしてきた時、希が駆けつけて倒してくれてそのときになんて言ったと思う!?』
『友達に手を出すな、じゃないの?』
ぐだーとしながら鈴が適当に答えた。
『それがね!俺の彼女に手を出すな、だって!彼女だよ彼女!!』
自分たちは上手く行ってないと言うのに(と言うかこの場でシャルロット以外全員ライバルかつ対象が超絶鈍感)ひたすら着実に進んでいるシャルロットの自慢話に正直軽く殺気を覚えていた。
『おお、さすが兄!』
ラウラを除いて。
『その後に二人をパパッて倒してかっこよかった!……でもね、その時の男に言われたんだ。これが本題なんだけど』
本題にまで入るのにかかった時間は三十分ほどである。やっとかと三人は思った。ラウラは兄のかっこいい話を聞けて満足だった。
『男がね、弱みでも握られてる?弱みに付け込まれてる?って言った時に希の顔が、おびえたんだ。表情が一気に変わったんだ。そして、その後も態度が変でよそよそしくなったと言うか、避けられてるような……ねえ、分かる?』
期待は薄い。シャルロット以外全員脳筋派である。成績は優秀だが。思考が脳筋なのだ。
『正直、分からないわ』
『ですがシャルロットさんを嫌う理由は無いですわね』
『どうしてそんな奴の言葉で傷つくのだ?他人の言葉に耳を貸す兄ではあるまい』
『他人の言葉で傷つくのは図星ぐらいだろう。だが、弱みに付け込んだ、これが図星になるのか?希に対して?』
『弱みに付け込まれたことある?あんたたち』
『馬鹿を言わないでください』
『私の兄を侮辱するな』
『一夏が一緒にいる人間だ。私から判断してもだ。無いだろう』
『知ってるわよ。一番長い付き合いよ。私も精々酢豚を奢れとか言われたぐらいよ。ただのからかい、と言うかそうした後はいい情報だったりためになることしてくれたし。っていうか、あれは私が負い目を感じないようにしてくれただけだろうし』
『となると、どういうことでしょう?』
『その前の言葉で図星を付かれ、数秒耐えた後表情に出てきた、と言うのはどうだ?』
『シャルロット、直前のセリフを思い出せるか?』
『えっとね、チビとか平凡な奴、とか言われてたけど……』
『まあ、確かに背は低いと言わざるを得ないけどね。……伸び代はどうかしらね』
『ですが、平凡はないですわ』
『半年ほど前まで普通の中学生が、この環境に適応しているのだからな』
『異常に思っていたのだ。戸惑ってもいいはずなのに学園への適応も早かったしな。思考回路がおかしいとはすぐ気付いたが』
『って言うかそんなので傷つくわけないわよね。希が』
『ですわ』
『当然だ』
『だな』
『えっと、結論として?』
『『『『分からない』』』』
キリッと決めたが役には立っていなかった。
『三人集まれば文殊の知恵だから、四人五人ならと思ったけど……ありがとうね、集まってもらって』
『いや、力になれなかった』
『お二人の仲が進むのが希さんへの恩返し、と思ったのですが』
『兄には世話になっているからな』
『もちろん私もね……じゃあ次は私たちから質問だけど、昨日それぞれ箒以外アクセサリー買ってもらったのよ』
『何だと!?』
『全部同じわけではなくて__』
と言う状況だ。そして次の日、いつも女子陣に気を回して一夏の隣はとろうとしないが、違っていた。
(一体何があったのだ……)
(軽く見てましたが、結構危ないのでは……)
二人は精々食あたりを隠しているレベルと思っていたが、もっと危なそうだと今更ながらに思った。
ちなみに、一夏は理不尽な暴力などには全くさらされていなかった。
「いかん、何かあるって言ってるのと同じだろ」
部屋の中でバスの中を思い出した。思考が全く回ってなかった。思考停止はいけない、俺の数少ない誇れる武器だ。
「落ち着け……落ち着け」
いつも通り、今からいつも通りになれば問題を解決した風に装う事は出来る。心の問題だったとか、考えたら推理に結論が出たとか。大丈夫、誤魔化せる。大丈夫だ。
「よし」
幸いに特別に一人部屋だった。落ち着く時間は十分にあった。替えの下着や水着、タオルをリュックにいれて更衣室に向かった。そこで出くわした。一夏と箒に。シャルに出会うより助かった。だが
「そのウサミミ何なの?」
「えっと……束さんだと思う」
こいつが何を言ってるのかさっぱり分からないけど、ひとまず。
「保健室はすぐそこだ。気をつけてな」
熱でやられるのが早すぎだな、もしくは何かまずい物でも食ったのか?
「熱にやられてねえよ!……ちょっと待ってろ」
箒は待たずに行ったけど、一夏はえっちらほっちら。そして抜けた。ちょうどセシリアが来てスカートを覗いている最中……上空を見上げた。何か、来る。目の前にドーンとにんじんが突き刺さった。そして
「あっはっはっは!引っかかったね、いっくん!」
__これが、篠ノ之束、世界を変えた稀代の天才。アメリカ大統領を知らない人でも、彼女を知らない人はいない。今ある最先端の科学技術基部は彼女が構築した物が半数と言われている、その気になれば一人で人類の科学技術を1年で10年進めれる災害。直感的に分かった。彼女があの天才だと。
「篠ノ之、束さん、ですか」
「やっほー、そうだよ。へー……君がいっくん以外でISに乗れる子か」
俺を見る目は、こう、実験動物を見る目?人を人として見ていないような……。
「どうして乗れるか分かります?」
「ナノサイズまで分解していいのなら多分ね」
多分、機体だけじゃなくて俺も含むよねそれ。
「遠慮します」
「と、ともかくお久しぶりです、束さん」
でもあまりもう興味は無い。いつもならハイテンションだったかもしれないが、でもさっさと後にした。
うーん、久しぶりだな。中学一年以来って所か。
「あっ、清水君だ!」
「あら、意外といい体つき」
「男代表でやって来てるからな。そんなひょろひょろは沽券に関わる。お前たちもいい体つきじゃん」
さっと言い返す。このタイミングが重要。そうすれば
「それセクハラだよ。それにしても、元気になったね」
元気になったねと返してくるはずだから。これ合わせて
「もちろん。問題が片付いてね。心の問題が。もう問題ない」
嘘だ、全く持って解決していない。深刻化するばかり。それでも取り繕っておかないといけない。先延ばしにしかならないと分かっていても。
「清水くーん、あとでビーチバレーしよ。織斑君も誘って」
「時間あればね」
砂浜に一歩踏み出す。やはり、熱い。そこへちょうど一夏と遭遇した。
「出遅れた。それで、予定あるか?」
「別に、気ままに行こうかって気分。泳ぎはするけどね」
「負けないぞ」
「一応、元水泳部だぞ?」
小学校時代は元水泳部である。水泳部で普通って訳ではないが遅すぎるというわけでもなく、10人いたら7番目ぐらいの速さ。何でも大体こなすけど、水泳は苦手だ。企業にいたときにそれなりに訓練したけど、ほどほど上達はしたと思う。
「あっ、そうか……いや、お前水泳苦手だっただろ」
「バレちった。お前も学校の授業だけだろ?今なら追いすがれるはずだ」
家が忙しかった一夏は友達とプールとかは少なかったし。俺も少なかったけど。中学時代負けてはいたが企業で特訓したから互角でいけるはず。こいつはしばらく泳いでないし。
「じゃ、勝負だな」
気分を紛らわそうと勝負をしようとしたとき、そこへ
「い、ち、か~~~!」
鈴が一夏へダイレクトアタックッ!そしてすぐに肩車の体勢に。
「相変わらずいい運動神経だな」
「あんたも、いい体つきね。筋力は一夏より上じゃない?」
「中学校の部活の差はでかいな」
「あっ!?何をしてますの!?」
セシリアがブルーのビキニでやって来た。腰のパレオがいいね。サンオイルを所持していた。見れば一発でどんな作戦か分かる。ひとまず
「口実のためにサンオイルじゃなくてもさ。日焼け止めでいいだろ、持ってるから」
俺は使わないけど誰かに貸せるように。シャルと買い物に行ったときに買う事にした。いつの間にかバッグに入ってて幸運だった。気付かない間に入れといたんだろう。
「え、あ、はい。ありがとうございます」
「ん、どういうこと?……まあいいわ、ともかく、今は監視員と監視塔ごっこしてるの。また後ね」
「セシリア、鈴は海では戦力ダウンしちゃ__」
いらない事をいう癖は治したいなって思ってる。
「ぶっ飛ばすわよ……あ、元に戻ったの?」
「良かったですわ、結構心配していたんです」
「ああ、ごめんごめん。整理付いてね。それじゃ、泳いでくるわ。俺のバッグに入ってるから勝手にどうぞ」
「ありがとうございますわ」
「ちなみに、数人分あるからな、鈴」
「えっ?」
後ろで女子がわんさか集まるのを見ながら、さあ海に。
「やっほー、しみずー」
「のほほんさん、何で着ぐるみ?いや、すごい助かるけどね」
視線を逸らす意味でね。
「私がー、私だからー」
「あら意外と男らしい」
体つきはかなり女らしいけどね。
「褒めてる?」
「立派だよ」
「ありがとー、なでてー」
「はいはい」
小動物ってこんな感じだろうな。見てて和み、撫でて温かくて。傷ついた心を少しは癒してくれる。いくら撫でても愛でても抱きしめても、目の前の現実を解決出来ない所も残念なことに同じだ。小動物を撫でてれば問題が片付く世界が欲しい。そうすれば世界から戦争は消えるはず。
「じゃあねー」
手を振って別れた。和むわー。さて海を見渡すと……
「馬鹿か、鈴」
ISを展開。人命救助だからごちゃごちゃ言われないはず。二人の所まで移動して、物理防御の黒盾ですくい上げる。
「一夏!鈴の状態は!?」
「大丈夫そうだ。そこまで水も吸い込んでない」
よかったよかった。
「全く、鈴。落ち着けっての」
「日焼け止め作戦に気がそがれてたのよ」
屈辱だわとでもいいたげに。
「へいへい」
精々数十秒で浜に到着した。同時に解除。
「体調は問題ないか?」
「無いけど……ちょっと休んでくるわ。それと、良ければでいいけど、希、来てくれる?」
良ければ、って事は多分来ても来なくてもいい、と言うか自分勝手なことだからバカンス最中に迷惑かけたくないという事。それでいて、一夏がらみ。
「へいへい、一夏、他の女子と遊んで来い」
「分かった。頼むぞ」
「OK」
一夏を見送りながら、別館に移動する。そして深刻そうかつ恥ずかしげに頬を染めて
「ねえ、一夏相手に意識させるってどうすればいい?」
水着でモジモジしながらってのも格別。
「難しいね。お前はまあ、その、アレだし。なおかつ小学校からさっきみたいにしてるんだろ。体を当てるってのは秘儀でもあるが、効果は薄れやすい。一年ぶりってのは少し効果を増大させてるけど。真正面から抱きつく、ってのはどうだ?」
「それ恥ずかしい」
顔を赤くする鈴可愛い。
「じゃあ、セシリアをパクろう。背中を日焼け止め塗ってとか言えばいいんだよ」
「でも、やっぱり恥ずかしいし……」
「あのな、たいして長くも生きてないけど思ってる事がある。何かを変えることのできる人間がいるとすれば、その人はきっと大事な物を捨てる事が出来る人だ。超絶鈍感をも凌ぐ必要に迫られたのなら、羞恥心すら捨て去る事ができる人の事だ。何も捨てる事が出来ない人には何も変えることはできないだろう」
「あのね、アレと状況が全く違うし、色々とね。そのセリフに対して侮辱よそれ」
ですよね、ガチシリアスなセリフをここまでアホみたいなセリフにするのはね。
「まあ冗談で。羞恥心が無いとね、男から見たらね話にならない。ともかく、そうだな……一夏に触れられると、温かいの、体も心も。みたいな事を言いながら行けばいいよ」
「よくそんなセリフ簡単に思いつけるわね」
むしろなんで思いつかない。アンタ天才じゃない!みたいな顔しないで。
「複数の作品を混合して効果的そうなのを言うだけ。実際、試すとなれば難しいよな。銃口の先しか弾は飛ばないから、銃口を見れば弾はよけれるとか。口では簡単だけど実際にやるとなるとかなり難しいだろうし「えっ、簡単じゃない」俺の知ってる鈴はどこ行った。他にも作戦はあるけど?」
ちなみに、俺も一応は出来る。訓練で何度かやった。でもアレはねぇ。あまりしたくはない。
「教えて!」
いい食いつきである。自信満々に胸を張って腕を伸ばして
「一夏お兄ちゃんと言って来るんだ」
「ねえ、希お兄ちゃん。真面目にお話して欲しいな」
萌えより恐怖を感じるお兄ちゃんはこれが初めてだ。頭に名前をつけるおをつける高等テクのお兄ちゃん呼びなのに。希にぃとかでも恐怖を感じてたと思う。
「へい、冗談。タオルを借りて一夏の頭を拭いてあげるとか。一夏がパラソルとかで休んだ瞬間もたれかかりに行くとか。そろそろ中学の時の話とかより、現在や未来についての話題を増やすべきだな。過去のアドバンテージもそろそろ捨てるべきだ。あと他に、今のうち夕食を隣で食べたいとか言っとけ。先んずれば即ち人を制し、後るれば即ち人の制する所となる。中国人ならこれぐらい覚えとけよ」
「全く、相変わらず恐ろしい奴ね」
「当人とは違うんだよ。当人は目の前のことでいっぱいになるけど、傍観者は違う。視点が違う。ああ、そうだ。他にも昼助けてくれたお礼にアーンしてやるとか言えばいいだろう。温泉上がりに卓球勝負で賭けしましょうとか言えば遊ぶ約束ついでにデートも行けるんじゃないか?常に二手三手四手先を考えろ。目の前の小さな勝利より、後の大きな勝利を取りに行け」
本当に、どこまでも口だけは立派だ。俺は。自分の問題を解決できてもいないのに。どうして鈴にこんな事を言えるのか。当人は目の前の事でいっぱいってのはまさにその通りだ。前言ったけか、アドバイスってのは楽な物だって。自分で動くわけじゃないから。
「本当に頼りになるわ。希は。ラウラじゃなくて私の味方をしない?そうすれば勝てると思うんだけど」
「ラウラは助言はしてるんだけどな。やっぱり兄に頼りきりより、自立させた方がいいかと悩んでてな。と言うか、何度も言うがかなり肩入れしてる。他の奴にも言うかもしれないからな、さっさと攻めて来い。って言うか、俺の力を頼りにばっかしてるような奴が争奪戦で勝てはしないぞ」
とは言えそんな事思ってる奴ではない。鈴は。ちゃんと自分を持ってる。
「分かってるわよ。冗談。ただ、他の子に肩入れしすぎるのは止めてよ。でも、本当にありがとうね。じゃ!」
体力は復活したようで、砂浜に駆けて行った。全く、ラウラじゃないが、妹みたいな気分である。
さて、そろそろこっちも楽しむか。気分を余計に紛らわしたくなった。