TS娘と……   作:いつのせキノン

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新しい子たちの、新しい物語です。

後輩:TS娘
先輩:男


TS娘と些細なキッカケ

 

 特に何があった訳でもないが、バイトをしている。近所の全国チェーンの書店兼レンタルショップだ。ちなみにカフェも併設している。

 高校時代から大学の今、ずいぶんと長くバイトをしてきており、店内ではよくベテラン扱いをされてる。ちなみにメインの担当はレンタル関連。ただ色々と知ってるのも罪なモノで他担当者の分を手伝ったり請け負ったりすることもしばしば。

 

 いや、身の上話はそんなに語らずとも良いだろう。

 

 さて、レンタル関連と言えばCDやDVDがメインだ。

 そして、最近は店長の指示もあってアイドル関連の商品の陳列が非常に多い。定番でメジャーなグループは勿論、新人からマイナー、アンダーグラウンドまで取り揃えていて、一体どこを目指しているのやらと不思議な感覚に陥る。

 そんな事情もあって陳列やレンタル品を戻したりしているうちにアイドルグループの名前くらいは大体わかるようになっていた。流石に楽曲まで熱心に聴きはしないが、顔と名前は一致するようになったのだ。

 

 

 

 今日も今日とてバイトの時間。平日で客足もまばらなので、今のうちにレンタル商品を棚に戻す作業をしておく。ついでに新商品の陳列も。

 しかし、こうして作業しながらパッケージの量を見てると、店長の采配には感服である。どこから情報をリサーチしてきたのか不明だが、これまた意外にもアイドル関連のCDレンタルがかなり売り上げが伸びているのだ。これから時代が来るぞ、とはよく雑談混じりに聞いていたが、見事言い当てた訳だ。

 

 手に持ったCDケースをぼんやりと眺めながら棚に戻してゆく中、ふとあるケースに目が止まった。

 高校生が着るような、セーラー服を来たポニーテールのアイドルがジャケットに写っていた。名前は……いや、初めて見る。もしかしてレンタルに並ぶのは初めてなのか。

 しかし、どうも名前に見覚えがある気がした。確か高校時代の後輩に似たような名前があった気がする。

 ケースを裏返すと、今度はバスケットボールのユニフォームを着た、表のジャケットと同じ女子が。

 

 ……このデジャヴ、非常にスッキリしない。

 

 一瞬手が止まって何度か表裏と読んでみるが、思い出せない。思うところはあるのだが、引っ掛かりがあるのか、詰まっているのか、中々答えが出せなかった。

 

「――――あっ」

 

 すると、不意に、横あいから声がした。

 声に聞き覚えはなく、お客様かと思い至り、咄嗟に「いらっしゃいませ」と言って視線を向けた。

 

 再び、手が止まる。正確には、身体が膠着した。

 

 そこには、今手元で見たばかりの顔があったのだ。服装はジーンズに白いパーカーではあったが、流石に見間違えることはない。

 思わず、頭が真っ白になった。新人アイドルとは言えCDデビュー済みのアイドルが、今まさに目の前に。少し、興奮する。

 

 と、そこで、待てよ、とまた冷静になる。もしかしたらそっくりさんなのかもしれない。よく似た人で、全くの別人という可能性も……。

 

「せ、先輩……、し、知ってたんスか……っ?」

 

 そんな彼女は、こちらを指差して真っ青な顔をしていた。

 

 と言うか、先輩、とな?

 

 しかし、待ってほしい。流石にどう記憶をほじくり返してもこんな綺麗な後輩女子に知り合った覚えはない。

 思わず咄嗟に、人違いでは? なんて口にしてしまった。

 

 が、目の前の女の子はブンブンと顔を横に振って「何言ってんスか!!」と否定。

 

「高校で一緒にバスケしたじゃないッスか先輩っ」

 

 言われて、もう一度過去を思い出してみる。

 高校時代、数年前と言っても意外に記憶が薄れていた。

 

 部活のことをぼんやりと思い出すと、そう言えば当時はよくつるんでいた後輩がいたなと思い至った。そう、確か、今目の前にいる子のような口調で……。

 

「そうッスよ、その後輩ッスよ!!」

 

 ああ、なるほど。言われてみればそんな面影もあるような、ないような……。

 

 そうなるとかなりのご無沙汰だ。高校卒業以来は顔を合わせる機会も無かったし。

 記憶の中の彼を思い浮かべ、それから目の前の彼女を見る。……うん、なるほど? よくわからない。

 

 

 

 突然だけど、この世の中には奇妙な現象がある。

 ある日突然、前兆もなく性別が完全に変わってしまうというものだ。病気なのかすら不明とされているけれど、巷ではよく『TSP(性転換現象)』なんて呼ばれている。

 詳しくは知らないけども、この現象が確認された例は世界でも数少なく、原因の究明や研究は全くもって進んでいないらしい。男が女に、女が男に、双方の転換が確認されているが、だからといって身体は健康体そのものであるため病院もお手上げだという。

 

 

 

 つまり、そんなTSPが後輩に起こったことになるわけだ。

 

「いやホントびっくりッスよ。テレビでしか知らなかったことが自分の身に起こるとか思ってもみなかったんで」

 

 驚きとともに会話を交わすと、後輩は苦笑しながら肩をすくめた。確かに、画面の向こう側の出来事が起こるなど、普通は思わない。

 

 いや、まぁ起こってしまったことは仕方ないし、本人もそこまで気にしていないようなので重い話はよそう。

 

 それよりも、だ。

 アイドルをしてたのか。初耳だ。

 

「いや、しょーじきその話は勘弁してほしいんスよ……特に先輩には……」

 

 CD整理の作業を続けつつアイドルの話を振れば、困ったように顔を赤くする。

 しかし無理矢理スカウトされた訳でもあるまい。だとすればどこかやってみたいという想いもあったのではないか、と。

 

「あ、う……ま、まぁ、せっかく女の身体になったんだし、女子らしいこと少ししてみたいとは思ってたッスよ? でもホントにスカウトされるとか思わないし……、」

 

 少し浮かれた、と?

 

「……うッス……、」

 

 なるほど。納得がいった。

 おおかた、男だったからこそ男がどうすれば喜ぶかわかってて、やってみたら想像以上にヒットした、と。アイドルデビューまでするとは、驚いたが。

 

 …………いい機会だし聞いてみるか。

 

「ッ!? せ、先輩ッ、それだけはマジでやめてッ!!」

 

 両手を大きく振って大慌て。

 なぜだ、別に減るモンでもあるまい。

 

「こっちは精神削ってるんスよ!? 周りは全然自分の話聞かないままトントン拍子で話が進むし、取材だのライブだの気付いたらスケジュール全部組まれてるんスよ!!」

 

 なんだ、すごいじゃないか。サインでも後で貰おうか。

 

「う、ぬぅぅ……、そう真正面から称賛されたら嬉しくなっちゃうじゃないッスか……」

 

 (おだ)てられて折れるとかチョロいな。

 

「う、うっせぇッス!! いいじゃないッスか別にぃッ!!」

 

 お客様、他の方のご迷惑となりますので、店内ではお静かに願います。

 

「……先輩クッッッッッッソムカつくぅぅ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ちょうど後輩が来たのがバイト終了時間間際だったのもあり、結局彼女はこっちがバイトを終えるまで店内併設のカフェで待っていた。

 私服に戻ってカフェスペースにふらふらと行くと、いかにも女子が好みそうな、クリームがたっぷりの飲み物を頼んでスマホをいじっていた。あれはカロリーどの程度なのだろうか。気にしたら負けとか言われそうだ。

 

「あっ、先輩やっと来た」

 

 テーブル付近まで近づくと、フードを被り直してた彼女がこっちを向いた。見てくれはジョギング中に休んでる女子学生っぽいが、やはり飲み物で全部台無しだろうこれは。

 

「む、なんスか。先輩も甘いの飲みたいんスか?」

 

 この微妙な時間にそれはきつい。あと甘党ではない。

 

「先輩ガチガチの抹茶好きでしたもんね。すげぇッスよ、あの苦さは」

 

 チョコだかコーヒーだかはわからないが、味が濃くて甘ったるそうなそれをストローで吸い切り、満足そうな表情をする。

 まぁ確かに、自分の抹茶好きは普通のソレとは違うんだろう。随分と前になるが、少し抹茶モノのデザートをあげたとき、目の前でかなり苦そうなしかめっ面をしたのは印象強い。

 

 いや、身の上話はする必要もない。

 飲み終わったカップをゴミ箱に放り込む様子を見守ってから外へ出た。

 

 そう言えば、と彼女に話を振る。

 

「へ? 何でレンタルCDのコーナーにいたかって?」

 

 うん、気になる。

 

「あー……えっと、暇だったから?」

 

 あながち嘘でもなさげだが、本質は違うような態度だ。

 あれか、大方自分のCDの売れ行きとかの確認でもしに来たか?

 

「ぬ、ぅ……むぅ……」

 

 図星らしい。歯がゆそうに表情を少ししかめつつ、軽く顔を赤くして目を逸らした。

 確かに自分が関わったものが店に並ぶというのは気になるだろうし、手にとってくれるとなれば喜びもひとしおだろう。確認したくなるのは悪いことではない。

 

 あ、それじゃああの辺の棚で目立つように配置を変えてみようか。きっと売れ行きは伸びるぞ。

 

「はぁぁぁぁぁっっ!? なっ、何を口走ってるんスか!?」

 

 せっかくだしお節介をと思って。

 

「余計なお世話ッスよ!! ってか先輩って以前から世話好きの割には大胆に一歩踏み込んで来るんスよねぇ!?」

 

 デリカシーなさ男ッスよ!? という言葉に、何だそれは、と返す。聞いたこともない。造語か?

 

 それよりもアイドルの話だ。現役アイドルに話をする機会なんぞ無いと思ってたので、この際友人の仲という好機を活かして色々と聞きたい。

 

「えっ、いつからアイドルをやってるかって?」

 

 聴いてみれば、彼女は少し考えながら曖昧に口にする。

 

「いや、実はもう半年前くらいにはなると思うんスよ……。ちょっと、ネットで配信したりしてたら直々に連絡が飛んできて……。冗談半分でオーディション受けたら合格、すぐに練習漬け、歌にダンスに女子だらけの空間……もう混乱しまくったッス……」

 

 少し哀愁漂う表情で横目に言う姿は、苦労に揉まれた現代人さながらである。

 

「まぁ、踊るのは結構好きッス。皆と合わせて踊って、上手くいったときはめちゃくちゃ気持ちいいし……元々バスケやってたんで、運動神経も結構自信あるんスよ」

 

 ステップには自信あり、と。なるほど。

 

「難しいステップとか、ユニットの中じゃ一番上手いってよく言われるんスよ」

 

 見てほしいッス、と、何やら複雑そうなステップを踏んで、軽い振り付けも合わせる。素人目に見ても難しいだろうし、運動神経が全盛期だった自分でも、動きは合わせられても今の彼女のようなキレまでは出せまい。

 ほんの一瞬の、真剣でもない動きの模倣だっただろうに、彼女が持つアイドルとしての強みを垣間見た気がする。

 

 うん、上手い。豪語するだけはある。

 

「ただのイキった後輩じゃあないんスからねッ」

 

 ドヤ顔でこちらを指さして来た。うんうん、あんよがじょうず。

 

「バカにしてるッスよねぇッ!?」

 

 さぁ、どうだか。

 

「いーや、先輩ちょくちょくイジってくるの知ってるんスよ!! 高校の時も散々だったじゃないスか!! 今更ながら納得いかねーッス!!」

 

 ではどうしろと……。

 

「勝負ッスよ勝負!! こっちが勝ったら先輩の奢りで焼肉食べ放題ッス!!」

 

 チャラにするには高いコストだな……。

 

「先輩が勝ったら……そうッスねぇ……。ラーメン奢ってあげるッスよ!!」

 

 つり合いが全くもって取れてないのだが?

 

「なーに言ってるんスか。バスケで勝負するッスよ、先輩の方が有利な勝負なんスから余裕ッスよね!!」

 

 そう言って彼女が指差したのは、野外公園のストリート用のバスケットボールコート。

 なるほど、1on1をやると……。

 

「まさかぁ勝負を下りる、なーんて“逃げ”はないッスよねぇ〜?」

 

 にひひ、と意地の悪い笑みを浮かべて肘で突いてくる後輩に嘆息する。多少のブランクがあるとは言え、勝負事で逃げるのは好きじゃない。受けて立とう。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 指をパチンと鳴らして弾き、意気揚々とコートに入っていく。何ともまぁ、自信満々なことで。現役アイドルで運動してるから余裕とでも思ってるのか。

 ……まぁ、思ってるだろうなぁ。じゃなきゃ体格差のハンデが大きいバスケで勝負など言うはずもない。

 が、負けてやる通りもない。先輩として、後輩に負けるのは悔しいのだ。

 

 ボールは適当に、備え付けの雨避け付きのカゴに入った少々ボロいゴムボールを取り出した。

 

「んじゃ、勝負ッスよ!!」

 

 

 

 先攻のオフェンスは後輩に譲り、3点先取で勝ちだ。

 1本目は普通に取られて1失点。攻守交替(こうたい)するも、抜けずにミドルシュートを落として得点ならず。

 2本目、互いに1点ずつ得点。これで2対1で後輩が王手をかけた。

 が、しかし、3本目で後輩のレイアップをブロックし、オフェンスで得点。これで2対2である。

 

「にゃああぁぁぁぁっ!? 股抜きされたぁ!!」

 

 ディフェンスの足元がガラ空きだったので、後輩の脚の間にボールを通した技。意識してないと止められないだろうこれは。地団太を踏む姿を見てほくそ笑む。

 

 さて、残り1本。容赦なくまたブロックして止めてやろうか。

 

「きぃぃぃぃぃっ、今までブロックされたことなかったのに……っ!!」

 

 そうだろうそうだろう。だからこそ悔しがるその顔がとても愉悦である。

 

「うぬぅぅぅぅぅ……絶対勝つッッ!!!!」

 

 4本目、後輩のオフェンスでスタートだ。

 左右に振るフェイクに対応、ボールの突き出しにもピッタリと付けてコースは譲らない。

 

「ってか先輩ディフェンスさらに上手くなってないッスか!?」

 

 サークルで時折練習する程度には続けてるし、プロの試合観戦もしてる。舐めないでほしいところだ。

 それに、バスケはオフェンスよりディフェンスの方が得意だと自負してる。()()も相変わらず直っていないようだし? はい、カット。

 

「なんっ!?」

 

 一瞬、体勢が浮いたところでドリブルカット。これで無得点、こちらのオフェンスだ。勝ったも同然では?

 

「かああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ファウル!!」

 

 体に全く触れてないであろうことは一番わかってるだろうに……負け惜しみはよせ。

 さぁこちらのオフェンスだ。ラーメンを奢る覚悟はできたか?

 

「まだ……、まだッスよ!! 先輩肝心なとこでシュート外すクセあるッスから!!」

 

 なんて失礼な奴だ。ここは綺麗に1本決めてやろう。

 

 ボールを貰う瞬間、わずかに体重を後ろにかけて半歩後ろへスライド。ボールが手に触れ瞬間に引き寄せ、シュートを放てる体勢へ。

 すかさず後輩が詰めてくるが、構わずそのままシュート――――フェイク。

 

「しまっ……!?」

 

 見事に引っかかってくれた……までは良かった。そこからがまずかった。

 視界いっぱいにせまる後輩。ポンプフェイクに騙され、思った以上に飛び過ぎたらしく、完全にこっちに飛び掛かってくる体勢になっていた。

 

「ほわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?!?」

 

 そのまま、ダイブ。

 ここまで見事に引っかかるとは思わなかったので、こちらも予想外で固まってしまい、そのまま押し倒される形に。咄嗟にボールを手放して何とか受け身は取れたが……。

 

「せっ、先輩っ、大丈夫ッスか!?」

 

 うーん……仰向けの身体の上に伸し掛かってマウントを取るような形に跨る彼女。思ったよりも衝撃が強く……。

 

 ああ、いや、うん、大丈夫だ。

 

「もっ、申し訳ないッス……いや、ホント、フェイクだと思わずつい……」

 

 あぁ、うん、そうだと思った。それはわかったので……どいていただけないだろうか。いつまでも腹の上に居座られるとだな……その、顔が近い……のと……。

 

「っ!? そっ、あっ、まっ……!?」

 

 慌てた様子で、転げ落ちるようにドタバタと後ずさり、足に引っかかって「うにゃあ!?」と後ろ回り。それはそれで慌てすぎでは、と思う。

 大丈夫か、と取り敢えず起き上がってから手を差し伸べ、

 

「ほっ!? あ、やっ、大丈夫、大丈夫ッスよ……」

 

 一瞬、こちらの手を握ろうとして固まり、やや間があって恐る恐る手を掴んできてくれた。そのまま引き上げ、立ち上がらせる。

 

 いや、ともかくお互いに怪我がなくて良かった。遊びで怪我なんぞ、笑い話にしては少々冗談がキツイ。

 

「そ、そッスね……」

 

 ……なぜか目を逸らしてパーカーの袖で顔を隠している。話を聞いてないな?

 

「や、いやっ、そ……んなことはぁ、ないッスよっ?」

 

 動揺しすぎて目が泳いでいるのだがこれ如何に。

 

「あっ、あーっ!! そうだそうだそう言えばッ!! この後仕事の打ち合わせがあったんだったー!!」

 

 はい?

 

「ってなワケで先輩また今度ーっ!! いやー、予定あるんだったなァー!! あはははははははははははっ!!」

 

 いや、ちょっと……、

 

 などと、制止する間もなく、すたこらと挙動不審な早足で公園を飛び出していった。

 

 ………………………………………………………………。

 

 何となく、胸のあたりに手をやった。

 

 ……あー、なるほど……。

 

 動悸が、早かった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、……っ、はっ、はぁっ……!!」

 

 彼女はひたと走っていた。公園から逃げるように、木陰の道を。

 

 やがて、人通りのない開けた道にまで出て、ようやく止まり、膝に手をつき肩で息をする。

 

「な、なんで……っ」

 

 バクバクと、心臓が早鐘を打っていた。

 全力疾走をしていたから。

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 明らかに、それとは異なる原因がある。

 

 息を吐きながら、彼女は電柱に背を預け、ずるずると座り込む。その顔は赤く……驚愕に満ちて、苦しそうだ。

 

 思い出すのは、先輩の顔だった。

 高校の部活で初めて顔を合わせ、よく面倒を見てもらった。考え方が似てるのか、気付けば意気投合して、学年の垣根を超えた関係であった。

 卒業後は時折連絡を取り合う仲だったが、TPSが発症してからは怖くて連絡がとれず……。

 

 そうして、()()()()()()()()()()

 

 たまたま出掛けた先が先輩のバイト先で、奇跡的に居合わせて。

 

「――――あっ……」

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ……それが、たまらなく嬉しかった。

 

 自分がかつてとは全く違う人になってしまい、周りからの見る目が変わってしまった。

 

 けれども、先輩は、あの人は、何も変わらなかった。

 あの時みたいに、冗談でからかい合って、バスケをして、下らない話もして……。

 

「…………あー……、」

 

 今だって、そうだ。

 考えるだけで、安心する。

 

 そして、もっと、欲してしまう。

 

 転んで、倒れ込んだとき。

 身体が女性になってしまったからこそ感じた、男の体格。自分をすっぽり覆ってしまうような、大きな腕や身体。筋肉だって、固くて。

 

 もやもやと、考えてしまうのだ。

 

 思わず、顔に手を当てた。

 熱が出たのかと思うくらいに、熱い。

 きっとこれは、顔も真っ赤になってるだろうと、確信する。

 

 いつもなら、絶対に気付かなかったであろう、思いつきもしなかったであろう、この感情は――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………先輩、わたし、は――――――――、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【知らなくてもいいような、どうでもいい補足】
・後輩ちゃんのアイドル名は、実名の漢字を異口同音で書き替えたもの。
・2人は別々の大学

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