それでは、始まります。
どうしてだか、その娘の目を見た瞬間、手を伸ばさないといけないと思っていた。
その目は明らかに私たちを拒絶していたのに、なんでだろうと自分でも思った。ああ、この娘とは分かり合えそうにないな、と私らしくないことを考えちゃった私が確かにいた。
ただ、あの娘と分かり合うことをやめてしまったら、あの娘の中の「なにか」が壊れてしまうような気がした。
それは、今の自分を支えている「なにか」も一緒に壊れちゃいそうだったから、手を伸ばそうとしたのかもしれない。
だからこそ、そんなあの娘がノイズを腕にまとっていた時は、信じたくない気持ちでいっぱいだった。
私の心が悲鳴を上げているように、あの娘の中の「なにか」も泣いているんじゃないかと思った。
でも、私の中の「ナニカ」は、「ああ、やっぱり」とどこか納得しているみたいだった。
そんなあの娘からたくさんのノイズが飛び出してきて、私や翼さん、それにクリスちゃんに襲いかかってきた。
「なんなんデスか、アレは……」
現在、S.O.N.G.の本部である潜水艦の司令室にて待機中の切歌、調、マリアの三人は、大泉博物館の防犯カメラから中継されている戦闘を映し出しているスクリーンから目を離すことができなかった。
その光景の異常性に、切歌は思わず声を漏らす。その声には、少なからず恐怖が含まれているようだった。他の二人も同じような気持ちだろう。三人以外の面々も、切歌と同様に画面に映っている少女が人間とは思えなかった。
先ほどノイズを腕にまとってみせた少女は、さらに恐るべきことにその体全体からノイズを、まるで絵の具をチューブから一気に押しだすかのように発生させて、装者三人に襲わせているのだ。しかも、1秒間に何十体ものノイズを生み出し続けているという、まさに悪夢とでもいうべき光景だ。
彼女は無限にノイズを作り出せると言われても、自分はそれを信じてしまうだろうとマリアはどこか他人事のように思った。
装者三人も健闘してはいるが、一体倒したら十体、十体倒したら百体のノイズが新たに現れる勢いで増えていっているため、どうしても防戦一方になってしまう。何度か遠距離攻撃ができるクリスが少女を狙うも、すべて右腕のノイズか傍にいるノイズに防がれてしまう。
LiNKERが無ければ戦えない自分たちと違う、まさに選ばれた、その上絶え間ない努力もしている憧れの先輩たち――正直、嫉妬すらしているほどだ――が、ノイズ相手に今まで見たこともないほど苦戦している姿に、切歌と調は敗北という名の不安を感じ、それと同時に強いショックを受けていた。
――いや、違う。ショックを受けていたのは彼女の存在にだ。
正直、ここまで追い詰められたことは、今までだって何度もあったはずだ。彼女たちにも、そして自分たちにも。それでも、そのたびに何とか切り抜けてきた。だから、負けてしまうかもしれないという不安はあるが、それ以上に、今までの結果に基づく信頼がある。「きっと彼女たちは勝ってくれる」という信頼が。
だが、それ以上に相対している少女のインパクトが強過ぎた。人類の敵であるはずのノイズを体から生み出すという、あまりにも常識はずれで理解できない存在であるがゆえに、彼女への強すぎる恐怖が三人への信頼を塗りつぶしてしまうのだ。
先ほどビデオを見せてもらった時も彼女が人を炭化させる瞬間を見て戦慄したのだが、こんなものを見せられては彼女が本当に人間かどうかも疑ってしまう。
「……分からん。分かっていることと言えば、彼女は突然現れることも消えることもでき、さらにノイズをその身から生み出すことができるということだけだ」
弦十郎が、厳しい表情でそう答える。事実、彼女の存在が確認されてから時間は経っていないとはいえ、知っていることは少なく、それでいて驚愕する内容ばかりだ。
ビデオで見たように一瞬で姿を消し、先ほどのように瞬く間に出現し、そして今起こっているように、人体を炭化させるはずのノイズを体から無尽蔵に吐き出し続けている。
あれは人の形をしたバケモノではないかと、誰もがそう思うだろう。司令室にいる誰もが、その異常な光景に沈黙してしまう間にも、
◇
いま自分が「しもべ」――ノイズと呼ばれているもの――に襲わせている人間の一人である赤い女から受けた攻撃を警戒し、少女は新たなノイズを作り出して対応することにした。
少女は少し意識を集中させ、毎秒数十匹生み出しているノイズのうち数匹を、自分の望む形になるようにした。
そうして生み出された、通常よりも大きめの鳥型ノイズの背に乗ることで少女は機動力を得た。こころなしか、赤い女が舌打ちする音が聞こえてきたようだ。さらに、護衛のために何体か普通のサイズのフライトノイズも召喚しておく。
この一連の動作の間、少女の体からは絶え間なく大量のノイズが出現しているということに装者たちは何度目かの戦慄を感じた。
少女としては、この三人をほぼ一方的に追い詰めているにも関わらず、この状況に苛立っていた。
最初から全力でノイズを生み出し続けているというのに、いくらけしかけても倒し続け、しかも一向に疲れているような素振りも見せないのだ。
数の暴力でいけば、ノイズの波にのまれるか疲労で戦えなくなるかで、さっさと始末できるだろうと考えていた少女にとって予想外の展開で合った。
ギリッ……という音が少女の耳に響いた。それは、少女が自分の歯を食いしばる音だった。
忌々しい人間相手に、ここまで手こずっている自分にはらわたが煮えくり返りそうな気持だった。
――だが、同時に分かったこともある。
あの三人の口から発せられる「音」、それが胸元にある赤い結晶と共振し、エネルギーを増幅させている。それこそが、既に千を越えようかというほど彼女の「しもべ」を炭に変えても、なお有り余るスタミナのカラクリだと少女は看破した。
(……それならコッチにも考えがある)
少女は、自分の妨げとなる装者たちを確実に葬り去るため、彼女たちの力の源を奪うことにした。
今の彼女には知るよしもないが、その策は装者たちをさらなる絶望へと突き落とすのだった。
◆
少女が、さらに自分たちを追い詰めるために新たな行動を起こそうとしていることにも気づかず、装者たちは目に前に迫りくるノイズを、倒し、倒し、倒し続けていた。しかし、それ以上にノイズが生み出されるスピードが速く、むしろ倒すほどにノイズの数が増すばかりであった。
今までノイズ相手に苦戦したことがないとは言えない。しかし彼女たちは、完全聖遺物であるネフシュタンの鎧やデュランダル、自分たちと同じシンフォギアにネフィルム、錬金術師とオートスコアラーなど、ノイズ以上の強敵と戦い、そして勝利を収めてきた。だからこそ、心の片隅で「もはやノイズは敵ではない」という考えを自覚することなく持っていた。
だが、その考えはこの戦いの中で覆された。彼女たちが相手取っていたのは、いわば本体から切り離された端末であり、その
その身に蓄積された莫大な量の
その恐るべき存在である少女が鳥型ノイズに乗ったことでさらなる機動力を得たことで、さきほど放った自分の攻撃もやすやす避けられてしまったことにクリスは舌打ちする。その間にも、少女の体からは無数のノイズが生み出されていく。
(これじゃジリ貧じゃねぇかよ……!)
現状に焦りを覚えているのはクリスだけではなく、翼や響もだ。
シンフォギアがもたらす身体機能上昇の特性により、通常時とは比べ物にならないスタミナが装者たちにもたらされ、さらにそれは歌によってますます増大している。ゆえに響たちは、数えるのも億劫なほどのノイズを倒していても、なお体を動かし、戦い続けることができている。
だが、終わることのない敵との長時間にわたる戦いは、戦姫たちの体に少しずつ疲労を蓄積させていっていた。今はまだ余裕がある方だが、それもいつまで続くか分からない。
いつまで続くか分からない戦いに心と体が疲れ始めた装者たちを、元凶たる少女は冷たい目で見ていた。
「……っ、このぉぉ!」
その目を見て、現状を何とか打破しようと弾丸を撃ちこむクリスだったが、またしても周りにいるノイズに防がれてしまう。そしてその隙を狙っていたかのように、死角から彼女へと十数体のノイズが体当たりを仕掛ける。
「しまっ――」
自分に迫りくるノイズの存在に気づくクリスだったが、防御も回避もする間もなくノイズが急接近し、
ズパッ!
青き剣に斬られ、炭となって霧消していった。
「す、すまねぇ……」
「気を抜くな、雪音。……とは言っても、気持ちは分からなくもない」
間一髪でクリスの危機を救った翼だったが、その表情は芳しくはない。彼女もまた、追い込まれていることを自覚し、焦りに心を支配されつつある一人なのだから。
そこに周りにいるノイズを吹き飛ばしながら跳躍してきた響も加わり、三人は背中合わせになって周りからの奇襲に備える。
もはや見渡す限りに隙間なくノイズがおり、博物館もノイズに覆われて見えないほど大量のノイズが三人の隙をうかがっていた。この四面楚歌の状況に装者たちの誰もが打開策を求めていた。
「倒しても倒しても切りがねぇ。それどころは、アイツはどんどん増やしてやがる」
「生半可な攻撃では増殖に追いつけないのなら、それ以上の破壊力で殲滅し、発生源を何とかする必要がある。今我々ができることは……」
「抜剣、ですよね」
響の言葉に、翼とクリスがうなづく。確かに、シンフォギアに組み込まれたダインスレイヴの欠片により破壊衝動を引き出し、それを理性で抑え込むことで戦闘能力を大きく向上させるイグナイトモジュールならば、増殖を上回るスピードでノイズを殲滅し、発生源となっている少女の喉笛に噛みつくことができるかもしれない。
「これ以上ノイズが増えちまったら、増え過ぎた分が狙いをアタシたちから一般人に変えるかもしれねぇ」
「それだけは阻止しなければならない。覚悟はいいな! 立花! 雪音!」
「はい!」
「当たり前だ!」
イグナイトモジュールを起動させるため、三人はマイクユニットを取り外そうと胸元に手を伸ばすが、それは許さないと言わんばかりに周りのノイズが攻撃を仕掛けてくる。
なんとか攻撃を躱し、反撃しながらも、イグナイトモジュールを起動させる時間を作るために再び歌い始めた瞬間に、それは聞こえてきた。
――a~~~~~~~♪
それは、とても澄んだ声であった。いや、それは声というよりも、コトバのないウタと表現した方がいいだろう。知る人がこの場にいれば、その歌い方は、母音唱法、あるいはヴォカリーズと呼ばれるものだと気づくだろう。
その自らの喉を楽器として奏でられたコトバのないウタは、この場にはとても似合わないほど美しい旋律であった。
その旋律を耳にした装者たちは、ここが戦場であることも忘れ美しい音色に聞きほれてしまったが、すぐに異変に気付く。
自分たちの歌が、その
「歌が……消えてる……!?」
「か……各装者のフォニックゲイン、減少!? 初期値へと戻っていきます!」
「信じられない……どうしてこんなことが……!?」
S.O.N.G.の司令室でも、その異変は確認されていた。さきほどまで歌によって高まっていた装者三人の、シンフォギアの力の源たるフォニックゲインが、いきなり低下し始めたのだ。
理由は火を見るよりも明らかだ。少女がヴォカリーズで歌い始めた途端、戦姫たちのフォニックゲインが、歌がかき消されたのだ。戦姫たちは失ったフォニックゲインを再び高めるために、もう一度歌おうとするが、少女のヴォカリーズによってフォニックゲインはかき消えていく。三人の装者たちが今までにない事態に動揺を隠せないことが、画面越しでも伝わってきた。
それは司令室にいる面々も同様であった。今までにもシンフォギアの力が通用しなかったことはあるが、それはあくまで単純な彼我の力の差によるものであった。そんな力の差を覆し、彼女たちに勝利をもたらしてくれたのはいつだって歌だった。
その歌が、よりにもよって人類の敵たるノイズを生み出す少女に奪われたのだ。ここにいる皆が受けたショックの大きさは、言葉で言い表すことはできないだろう。
特に、歌の力に何度も救われてきたマリアたちは、体を震わせ、なにか言おうとしても口をパクパクさせるだけで何も言葉を発することはできなかった。
比較的ショックが少ないエルフナインが、できるだけ冷静に状況を分析しようとする。
「お、おそらく……彼女の口から紡ぎだされる旋律の波長が、響さんたちの歌の波長を打ち消しているものと思われます……。そのため、歌によって発生しているフォニックゲインもかき消えてしまっているかと……」
「そんな!? 一人で三人分の歌をかき消す波長に合わせるなんて……!」
「ありえないデスよ!?」
エルフナインがなんとか絞り出した仮説を、切歌と調が否定の声を上げる。自分たちの支えとなってくれた歌に否定されたくないとばかりに。
「し、しかし……そうではないとすると一体……」
「……彼女のあの歌の特性と考えるほかないわね……」
困惑するエルフナインに続くように発言したのは、苦い表情を浮かべているマリアだ。
「私たちの絶唱は、シンフォギアごとに特性が違う。立花響の絶唱が『他者と繋がる』特性を持っているように、各々を反映した歌となる。
それと同じように、彼女の歌も『他の歌をかき消す』特性を持っていると考えれば、筋が通るわ……」
「でも、シンフォギアを身にまとっているわけでもないのに!」
「めちゃくちゃデスよー!」
「……いずれにしても、注意すべき点はノイズだけではないということだな」
ノイズを生み出すだけではなく、自らの歌によって他者の歌をかき消した少女。そんな存在を目の当たりにした弦十郎たちは、歌をかき消されてもなお戦ってくれている装者たちの無事を祈らずにはいられなかった。
◇
少女は正直、この三人がここまでしぶといとは思ってなかった。
彼女たちの力の源たる「音」を、自らの「声」で相殺してもなお彼女たちは戦うことをやめようとしなかった。少しでも逃げる素振りをしたら、その隙をついて一気に畳みかけようと思っていたのに、だ。
確かに目論見通り、「音」を消したら感じていたエネルギーも無くなり、その証拠とばかりに三人の動きに切れが無くなり、荒い息を吐いたりと少しずつ疲れてきているようにも見える。
だが、実のところ、それは彼女にも同じことが言える。
彼女の体に蓄えられたエネルギー――フォニックゲイン――の総量からすれば、これくらいのしもべの生産に使った量は微々たるものでしかない。だが、それとは別に製造には体力を使うため、途切れることなく生み出し続けた彼女も、本当のところを言うと疲れ切っていた。
さらにその三人も、何度「音」を中断させても、すぐに同じことを繰り返してきた。別に自らの「声」でそれをかき消すことは容易いのだが、そのたびに彼女たちの体力がわずかながらも回復しているようで、まだまだ倒れないのではと考えてしまう。
どっちが先に倒れるか分からないこの状況を、彼女は好ましく思っていなかった。
まだ自分には、やるべきことがある。それなのにこんなところでくたばってたまるか。この戦いは絶対に乗り越えなければならないものなのだと、少女は強く感じた。
しかし、このまま生み出し続けても、状況は何も変わらない。ならどうするか?
(……あれを使うか)
そして少女は、少し考えた末に
◆
歌をかき消された装者たちは、最初こそ焦り、動揺してしまい、何発か『いい』のをもらってしまったが、戦場に立った経験が一番多い翼が「構わず歌い続けろ!」と一喝。何度も中断されながらも、歌うたびにわずかに発生したフォニックゲインをスタミナに変換しながら、なんとか戦闘継続が可能な状況を作り出していた。
すんでのところで全滅という事態はなんとか避けられてはいるが、それでも雀の涙のフォニックゲインを体力と身体機能の向上にあてながら戦うのは、綱の上を歩いているような気持ちにさせた。
あまりにも急な展開に、三人の頭の中から「抜剣」の二文字は消え去っていた。
「まさか歌でやられるかもしれない事態になるなんてな!」
「ああ、夢にも思っていなかった! 今まで歌には幾度となく助けられてきたからな!」
そう言い合いながら、近くに寄ってきたノイズをクリスは撃ち抜き、翼は斬り裂いた。その額には大粒の汗が浮かび、荒い息を吐いている。響も似たような様子だ。
歌を奪われた三人が受けたショックは、S.O.N.G.の本部にいる面々が受けたものよりも大きい。それでも彼女たちが絶望に沈むことなく戦い続けられるのは、彼女の人類への憎悪をたぎらせた目を見て、防人として誰かを守るために、これ以上争いの犠牲になる人を増やさないために、彼女を倒さなくてはならないと決意したのが三分の二だろう。
それと、どんな強力な力を持った相手でも、諦めずに戦い続け、勝利してきた軌跡こそが、今の彼女達を動かすものであった。
「だが、あの少女の様子を見てみろ。今の私たちと同じように、疲れの色が見えてきたぞ」
そういいながら、翼はノイズをなお生み出し続ける少女を指さす。装者たちと同じように、息を荒くし、疲れた表情を見せており、確かに最初のころと比べると疲弊してきたようだ。生み出しているノイズの数も、今は1秒に5匹くらいになっている。
「ああ。後はもうちょい踏ん張れば……」
「体力を使い果たしたところに、ようやく一太刀入れられるというわけだな」
ようやく勝利への道筋が見えてきたことに、少女を打倒すべき敵だと見定めていたクリスと翼は表情を緩める。
しかし、唯一少女に対して別の感情を抱いていた響は気づいていた。少女の目だけは、最初のころよりも強い殺意を宿していることに。
「……! なにか来ます!」
そして、最初に響が、次に翼とクリスが、少女に異変が起こったことに気づく。
今まで自然体でノイズを生み出し続けていた少女が、初めて腕を動かしたのだ。今まで続けていたノイズの製造をやめていたことも、彼女が何をするのか分からない不気味さを醸し出した。
少女は手を胸の前に持っていき、何かを抱えているような形にする。すると、少女の両の掌から青いものが染み出し、それらは少女の胸の前で合わさり、一つとなり、やがて球体となっていった。
「今度は何をするつもりだ……!」
「こっちはもうドッキリは腹いっぱいだぞ……!」
これまでの行動があまりにも予想をはるかに上回るものだったため、クリスと翼が少女の行動に対して最大限の警戒をするが、それを気にすることなく、少女は手の中で生まれたソレを、三人に向かって放り投げる。
それは、青い色をしたノイズだったのだが、背骨のようなものが生えてきたと思ったら、その体を覆うように緑色のイボ状の肉が次々と内側から溢れ出し、瞬く間に膨張していった。最初こそ手のひらに収まる程度だったソレは、今や一軒家を軽く呑みこむほどにまで膨れ上がっていた。
その正体に気づき、装者たちの顔色が変わる。
「まさかアレは……!?」
「冗談だろ……!?」
増殖分裂タイプ。かつてフロンティア事変の序盤、「QUEENS of MUSIC」のライブステージにてF.I.S.のメンバーであったマリアたちと戦った時に、彼女たちの去り際にナスターシャ教授が差し向けたノイズであった。
体積の増大と分裂を繰り返すこのノイズに、生半可な攻撃は通じない。さらに、早い段階で有効打を打てなければ、その特性上被害は広範囲に広がることだろう。そう、かつて先史文明期に、このノイズによって滅ぼされた国のように。
「なら、絶唱で迎え撃つしか……!」
「このバカ! 今はあの時と訳が違うんだぞ!?」
あの時は、絶唱のコンビネーション技であるS2CA――正式名称は「Superb Song Combination Arts」――の中でも最大級の効果を発揮する絶唱の三重唱、S2CA・トライバーストにより増殖分裂タイプは一片も残さず消し去ることができた。
しかし、この絶唱の三重唱は諸刃の剣でもあり、負荷は連携の中心に据えられた「他者と手を繋ぎ合う」特性を持つ響ひとりに集中するため、いかに当時の響が融合症例であっても、身体に圧し掛かるダメージは中和しきれないほど重いものであった。
しかも、今の響はもう融合症例ではない。負荷を制御できるマリアがいないこの状況で、もしS2CA・トライバーストを使おうものなら、響の肉体は集中する絶唱の負荷に耐えられないだろう。
――いや、それ以前に……。
頭に湧き上がった恐れを振り払うかのように、クリスはかぶりを振った。もし本当にそうだとしたら、あの少女には勝てないことを認めてしまうようにすら感じたからだ。
今だノイズは多数存在しており、さらには思わぬ強敵が出現してしまった。いまだ追い込まれた状況下にある装者たちを、少女はただ冷たい目で見るだけであった。
◇
『お久しぶりです、サンジェルマン』
「……あなたの顔は数日前に見たばかりなのだけど」
『いえいえ。我らパヴァリア光明結社の目的である神の力がいよいよ手に入る日が近づいてきたとなれば、たった数日でも長く感じてしまうというものですよ』
「……まあいい。それよりも要件は何かしら」
『ええ、フィーネの忘れ形見を纏った装者たち相手に、私が開発した機能特化型ノイズを使ってくれたと耳に挟んだもので、どれくらいお役に立てたかと思いまして……』
「正直なところ、彼女たちにはあまり通用しなかったようね」
『それは残念です。社会的な分業と専門化は人類を発展へと導いたもの。アルカ・ノイズにも同じようなことが言えるのかと思って開発したのですが……』
「……用事は済んだかしら。私たちはラピス・フィロソフィカスの最終調整に忙しい。これ以上の無駄な時間は……」
『ああ、最後にもう一ついいでしょうか』
「厄介ごとなら断る」
『ちょっとした調べ事ですよ。ついさっき、日本の方で空間の歪みを感知しましてね。もしかしたら、そちらの方に何か出てきているんじゃないかと思ったのですよ』
『例えば、ノイズとかね』
増「S2CAであっさりやられたけど、俺って結構強い方だと思うんだ……」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。「いや、これはおかしいだろ」とお思いになる場面もあったかと思われますが、お楽しみいただけたなら幸いです。
最初は1話にまとめるつもりでしたが、思った以上に長くなってしまったため、初戦闘の結末は次回に持ち越したいと思います。
ストーリーについては大体出来上がっているのですが、いざ文章にすると思った以上に進めないことを実感しました……。更新速度を上げるためには、変にいい感じの小説にしようとするプライドを焼却して執筆するべきか……。
内容についてのご指摘は、感想欄でしていただけるとありがたいです。皆様のご感想が、この小説を書くモチベーションを上げてくれます!
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます! これからも、よろしければ応援お願いします!
オリジナルキャラの挿絵などもあった方がよろしいでしょうか?(作者自身が描くが、画力は期待しない方がいいレベル。描くならペイントか手描きの二択)
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挿絵はあった方がいい(ペイント)
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挿絵はあった方がいい(手描き)
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挿絵はない方がいい
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どちらでもよい